2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
今日の話題

2006年11月25日(土)
創価学会のマスコミ支配と洗脳方法

 「遊牧民」さんが書いた創価学会の実態をもう一つこのホームページに掲載しておきたい。今度は「遊牧民」さんの要請通り全文転載します。

マスメディアに対する創価学会のマインドコントロール
☆創価学会の機関紙「聖教新聞」は何部発行されているかご存知でしょうか?
 聖教新聞の発行部数は公称550万部。読売新聞の1000万部、朝日新聞の800万部 に次ぐ第3位です。
 創価学会は公称820万世帯ですが実数は200万~300万世帯とも云われております。では仮に300万世帯とすれば550万部の「聖教新聞」発行部数とはかなりの隔たりがあるのにお気づきになるでしょう。でも、答えは簡単です。1世帯で数部とっているからです。普通、新聞は一家に1部ですよね。でも学会家族は最低でもひとり1部!

 これには訳があって、、、学会は、おっちゃんたちの「壮年部」。おばちゃんたちの「婦人部」。そして若者の「青年部」。青年部には男子青年部(男子部といいます)、女子青年部(女子部といいます)、それから大学生の「学生部」、高校生の「高等部」、中学生の「中等部」、小学生の「少年部」があります。そのほか山本リンダや沢たまきなどのタレントが所属する芸術部とか司法関係者の部門とかの専門部があります。

 で、聖教新聞の話ですが、、、同じ日の同じ時刻に会合があって、そのときの教材として聖教新聞を持参しなければなりません。するとパパは壮年部の会合へ、ママは婦人部の会合へ、おねえちゃんは女子部の会合へ、ぼくは高等部の会合へ、それぞれが同じ日の聖教新聞を持参します。だからひとり1部なんです。

 10部も20部も取ってご近所に毎日無料配達している熱心な学会員もおります。聖教新聞をたくさん取ることは「成果」として評価されます。値段は普通の全国紙より若干安いですが、一家で5部も10部も取るとかなりの費用負担になります。

☆その聖教新聞の印刷を毎日新聞社をはじめ読売も朝日も北海道新聞も毎日せっせと印刷やっているのです。
 聖教新聞社の社主(オーナー)は池田センセイです。学会の資力財力を持ってすれば自前で印刷工場を持って印刷したほうが安上がりです。でも学会はそれをしません。理由は「週間金曜日」がコマーシャルを受けつけないのと逆の発想です。

 莫大な印刷費用を大手新聞社に支払うことによって、創価学会は大手新聞社のいちばんのスポンサーになることが出来たのです。大手新聞社は創価学会に首根っこを抑えられました。毎日系のTBSのNEWS23の筑紫さんが頑張ろうとしても上層部が圧力をかけます。

 同じ理由で、学会はいろんなところに広告を出します。電車の中吊り広告などで、「第三文明」「灯台」「グラフSGI」「潮」などの月刊誌はすべて創価学会の本です。知らずに執筆している評論家もいますが、、、

 学会の本などは電車の中吊り広告などしても買うのは学会員だけです。でも、学会はいろんなところのスポンサーになって、反学会の意見を封じ込めようとしているのです。

■一般学会員に対するマインドコントロール
 では遊牧民の体験を通して解説します。
 創価学会のそれは、オウム真理教のような薬物を使ったり非合法なことなしません。合法的にマインドコントロールをします。

 それはナチスがドイツの民主的選挙を勝ち抜いて独裁政治を打ち立てたことに似ています。群集心理をうまく使ったマインドコントロールです。

 僕は11月16日のブログにも書きましたが、学会2世で生まれたときから創価学会員でした。
 でも、高校まではほとんど活動はしてません。それどころか批判的でした。ところが高校(学会組織は高等部)の時に、あることがきっかけで活動家に変貌?し、学会の地域組織の高等部の部長(中心グループ長と云う名称)まで務めました。そのきっかけとは~???

 大きな会合に参加したのがきっかけでした。学会では、今でもあるらしいですが、1~2ヶ月に1度、県単位での大きな会合があります。1000人も2000人も収容できる公会堂や市民会館を借りて、たとえば「○○県男子部幹部会」が行われます。幹部会と云う名称ですがペーペーの学会員も動員されます。

 当時ノンポリシー高校生の僕は、地域の男子部のリーダー格の人の自動車に乗せられて片道1時間もかけて(僕は寝てましたが)、都会の市民会館に連れていかれました。2000人入る大ホールが満員でした。

 学会の会合では必ずといっていいほど学会員の「体験発表」があります。
『みなさん、こんばんわ。私は○×地区の○山です。元気一杯体験発表をしますから、よろしくおねがいします!』から始まって、学会活動をしたおかげで、病気が治ったとか、医者から諦めろと云われたのに赤ちゃんが出来たとか、貧乏から脱出できたとか、、、さまざまな体験が披露されます。発表者も感極まって涙したり、聴衆ももらい泣きしたりします、、、

 そして会合の締めくくりは、その会合でいちばん偉い人の講演(幹部指導と云ってます)です。僕が活動家に変貌したきっかけとなったのは、福島源次郎副会長(故人・役職は当時・のちに副会長・さらに池田センセイに造反し失脚、その後脱会)の講演でした。物凄い生命力と迫力と説得力で、まるで目からウロコが落ちる思いでした。

 講演が終わると(もちろん大拍手)、学会歌の合唱です。舞台壇上の幹部も客席も全員が立ち上がり、スクラム組んで学会歌を唄います。
 演奏は県単位でつくってある「音楽隊」という吹奏楽団!この「音楽隊」も学会員のボランティアです。「音楽隊」も普通の学会員で昼間は仕事をして、夜に練習します。すべては池田センセイのために~

 最近の学会歌はどんなのかは知りませんが、学会歌のスタンダードナンバーで昔からずっと歌い継がれてきた「威風堂々(いふうどうどう)の歌」の一節を紹介します。

    「威風堂々の歌」
濁悪(じょくあく)の この世行く 学会の
行く手を阻むは 何奴なるぞ
威風堂々と 信行(しんぎょう)たてて
進む我らの 確信ここに~

今日もまた 明日もまた 折伏(しゃくぶく)の
行軍すすめば 血は沸きあがる
威風堂々と 正法をかざし
民を救わん 我らはここに
       

 もの凄い歌詞でしょ?創価学会のむびょう性(間違いなど無いと云う意味)が表れています。

 で、活動家もそうでない人も一緒にスクラム組んで学会歌の大合唱!訓練された音楽隊の吹奏楽に合わせて!ドラムの音が全身に響きます。感極まって涙する参加者も続出!

 そして、極めつけは、シュプレシコール!
全員が立ち上がり、こぶしを握ります。
舞台では会合で一番偉い人がマイクを握ります。

偉い人「われわれは、頑張るぞ~!」
全員「われわれは、頑張るぞ~!」

偉い人「われわれは、たたかうぞ~!」
全員「われわれは、たたかうぞ~!」

偉い人「われわれは、勝利するぞ~!」
全員「われわれは、勝利するぞ~!」

偉い人「先生、見ていてください~!」
全員「先生、見ていてください~!」・・・

 このあたりで涙声の参加者続出(先生とはもちろん池田センセイのこと)

偉い人「たたかうぞ~!」
全員「たたかうぞ~!」

偉い人「たたかうぞ~!」
全員「たたかうぞ~!」

偉い人「カチドキ用意!」
全員「オー!!!」

偉い人「えい、えい、おー!それ!」
全員「えい、えい、おー! えい、えい、おー! えい、えい、おー!!!」 (大拍手大歓声)

ものすごい迫力です。
ここまでくると半数以上の参加者が感動して眼に涙を浮かべます。労働組合や市民団体の「団結がんばろう」なんて問題になりません。

 特に選挙前の会合は「たたかう」の意味は公明党の選挙のことになります。
 そして、僕もこのような会合に何回か引っ張られるうちに青春時代を創価学会活動にすべてをささげた活動家に変貌していったのでした。

 でも、今思えば、、、僕も普通の高校生のように女の子をナンパしたかった(笑)

 補足ですが、福島源次郎副会長(故人)は、のちに学会の強烈な金集めで、学会員がサラ金に借金してまでも学会に寄付している実態を池田センセイに「ご注進」して池田センセイが激怒してクビになり脱会しています。

すべて事実です。

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今日の話題

2006年11月24日(金)
創価学会の選挙違反

 沖縄知事選挙では糸数さんが惜敗した。沖縄が強いられている過酷な問題や沖縄の人たちの意識のありようなどの分析を通して、その原因をキチンと捉えることが重要だ。この問題を近いうちに取り上げたいと思っているが、今日は今回の選挙でプンプン匂っている疑惑を取り上げたい。

 選挙直後からネット上で「期日前投票と不在者投票」への疑念が取りざたされていた。期日前投票と不在者投票の合計が今までの2倍も多かったというのだ。11万606票。総投票数669,142票の、何と16.52%!もある。しかも、そのほとんどが与党候補の得票だったという。

 この選挙での各社の出口調査では数ポイント糸数さんが有利とでていた。私は選挙の開票速報をあまり熱心に見ない方だが、今までの記憶では「出口調査、恐るべし」という感想を持っていた。まず、外れたことがない。その出口調査が外れたのだ。

 最終開票結果は仲井真と糸数さんの投票数の差は「347,303-309,985=37318」だ。明らかに期日前投票・不在者投票の110,606票のほとんどが仲井真票だったことが今回の選挙の結果を決定づけた。

 次のような報道がある。


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有権者の1割が期日前投票、大半が仲井真票との見方も(BY Yomiuri online)
 02年の前回、98年の前々回の知事選では、不在者投票はともに5万人台だった。期日前投票導入で手続きが簡略化されたとはいえ、ほぼ倍増したことになる。仲井真陣営は「堅い支持者にあらかじめ投票を済ませてもらい、その後は支持拡大に余力を振り向ける」とし、期日前投票の少ない市町村のテコ入れなどを進めたという。自民党幹部は「期日前投票の7割程度は仲井真票ではないか。投票日の票は、糸数氏と互角ぐらいだったかもしれない」という見方を示した。
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「堅い支持者にあらかじめ投票を済ませてもらい、その後は支持拡大に余力を振り向ける」などという理由にもならない言い訳をしている。「あらかじめ投票を済ます」と「余力を振り向ける」ことができる? どういう論理構造だ?
 「あらかじめ投票を済ます」と「当日も選挙運動ができる」というのなら論理的にはつじつまが合う。選挙当日の選挙運動は創価学会がやってきた常套手段だ。でもそれは選挙違反だぜ。語るに落ちるとはこういうことをいう。

 その創価学会の選挙違反の様子を赤裸々に書いている文章がある。

 次の文は「元創価学会員」だった人のブログ★遊牧民★メディアの棒読み! からの転載です。「遊牧民」さんは『この文章は転送・転載していただいてもOKですが、転送・転載する場合は全文をそのまま掲載してください。部分引用や抜粋引用はお断りします。』と言っていますが、出典をはっきりさせた上で、創価学会の選挙違反の部分だけを引用させていただきます。


■創価学会の伝統~投票日当日の選挙運動!

 公職選挙法では、「投票日当日の選挙運動」は禁止されております。
 しかしながら、創価学会が政界に進出した昭和30年代から今の今に至るまで、「伝統的?」に「投票日当日の選挙運動」が半ば公然と行なわれているのです。はっきり申し上げまして、これこそが公明党=創価学会が「集票マシン」と云われる由縁なのです。おそらく今後も「伝統的に」行なわれるでしょう!

   この「投票日当日の選挙運動」は、常日頃の活動が下敷きになります。
 創価学会は「地域友好」とか「友好活動」と称して、学会の「シンパ」や「少なくとも批判しない人」を一人でも多くつくる活動を「金集め」の次の「最優先課題」に掲げております。

   分かりやすい例をあげます。
 日常の「友好活動」は主に婦人部のおばちゃんが主役です。
 婦人部のおばちゃんは、スーパーでは「特売品」しか買いません。特売品でない食料品や衣料品などは、商店街や町の対面販売のお店(商店)で買います。わざわざ遠周りになるのにそのお店まで買いに行きます。
 大根1本買って、適当に世間話をして帰ります。毎日だって通います。必要の無いものまで買ったりします。当然、お店の人に顔を覚えられます。

 そして~いずれ、何処でも地方選挙や国政選挙が巡ってまいります。
 そんなある日~

「ねえ、八百屋のおっちゃん! 最近売れ行きどう?」
「あ、奥さん、毎度おおきに。売れ行きでっか? さっぱり、あきまへんわ!」
「やっぱりねえ~。政治が悪いんやねえ~」
「政治?私らみたいな、ろくに学校出てないもんには、分かりまへんわぁ~」
「ねえ、おっちゃん。今度の日曜日に参議院選挙の投票があるけど、誰に入れるか決めてんの?」
「奥さん。私ら、政治なんて関係あらへん。選挙なんて、ここ10年ぐらい行ってまへんわ。せやなぁ~社会党が無くなってからかなぁ(しみじみ)」
「ねえ、おっちゃん。ほんなら、公明党に入れてえなあ! 公明党は悪いこと一切してへん清潔な党やで。弱いもんの味方やで」
「でもねえ、奥さん。投票日は日曜でっしゃろ? 私ら、日曜も店開けなあきまへんねん。日曜は青果市場が休みで仕入れが無いけど、朝8時には店開けてます。投票所の小学校は遠いし、私らクルマ持ってまへんねん。足がおまへんがな」
「そんなら、おっちゃん。うちの息子にクルマで送り迎えさせるがな! 行こ、行こ、投票に! 公明党に投票に! せや、日曜の朝7時過ぎに迎えに来るわ! 奥さんも一緒に投票に行きまひょね。比例区は公明党て書いてね。選挙区は○○さんやで。投票の帰りにどっか喫茶店でも寄ってモーニング食べまひょか?私が奢るから心配せんでもええよ。ほな、日曜の朝7時過ぎに~」

~と、まあこんな具合に無理矢理?交渉成立!

   投票日当日は午前6時から学会の大ブロック拠点(ほとんどが大ブロック長の自宅)に集合し「勤行」します。そのあと、誰が町内の誰を連れていくかを再確認して、いよいよ出陣!

 まず先に自分たち創価学会員が投票を済ませ、その足で「連れ出し」に参ります。「連れ出す」約束時間は厳守します。
 先ほどの婦人部のおばちゃんは、八百屋夫婦を息子の運転するクルマに乗せて、クルマの中では「比例区は公明党て書いてね。選挙区は○○さんやで」と何回でも繰り返し唱えます。覚えが悪い人には「メモ」を渡したり、手のひらにサインペンで書いたりします。この「カンニング・ペーパー」や「カンニング・手のひら」が投票所で発覚し、選挙違反で捕まったケースも少なからずあります。

 「連れ出し」が終ると拠点宅に戻って、次の「連れ出し」の確認をします。お昼ごはんは基本的には自分の家に戻って食べて、再び拠点宅に集まります。
 この「連れ出し」は夜まで続きます。特に、ひとり暮らしのご老人や、投票所に出向くのが億劫な方には、この「連れ出し」が喜ばれました。

 もちろん、この「連れ出し」のガソリン代や喫茶店の費用、お昼の食事代、夜の食事代などはすべて学会員の自腹です。この「地道?な選挙活動」こそが集票マシンの原動力なのです。

 僕は学生部(大学生)の時には、この「連れ出し」に命燃やして、運転手していました。「選挙違反」とは知っていましたが、「投票率を上げて選挙管理委員会に貢献しているんやで。どこが悪いねん!」と心から思っていました。でも、多くの学会員は「選挙違反」とも知らずに「連れ出し」に邁進しています。

 今、闘われている沖縄県知事選挙や尼崎市長選挙に於いても、11月19日の投票日、創価学会の地域の拠点宅には、朝6時に自転車やクルマが整然と並んでいることでしょう!

 今回はこの「連れ出し」を「期日前投票」でも行ったのだろう。病院の入院関係者に期日前投票をさせたとか、自民党、公明党が働きかけ「公共事業と引き替え」に期日前投票をさせたとか、もっぱらのウワサだそうだ。

 この「期日前投票」については保坂展人さんがブログどこどこ日記 で取り上げて、次のように述べている。

 昨夜10時すぎに沖縄県知事選挙で、野党統一候補の糸数けい子さんが惜敗した。地元沖縄現地で糸数さんを統一候補におしあげた皆さん、また総力戦でこの戦いに挑んだ各党と沖縄の市民の奮闘に心から敬意を表したい。

 私が応援に入った先週の時点で、大票田の那覇市で遅れをとっていたこともあって糸数さんが猛追撃をかけていたのは間違いない。昨日の段階では、出口調査で糸数けい子さんが3%~7%リードしていたという情報もあり、僅差の勝利の瞬間を待ち望んでもいた。ただ、ひとつ懸念点は、全有権者数(104万7678人)の10%を超えた空前の期日前投票11万606票の行方だった。

 どのように票が動いたのか。この敗北の原因を検証し、重要法案を抱えている与野党対決の結束をさらに固めるように、今日から動いていきたい。

 ぜひ「11万606票」の秘密を暴いてほしい。
今日の話題

2006年11月22日(水)
コイズミ構造破壊の惨い爪あと

 東京新聞夕刊の匿名コラム「大波小波」が『世界』12月号の特集「これが『負担増』だ!」を取り上げている。

 難病の娘を持つ堀切和雅が書いている。「医療や福祉の分野の予算はあざといまでの巧妙さで削られ続けている。それは当事者でさえ気付くのが遅れるほどの複雑な操作だ」。

 小泉政権下の国民負担増を年表にした山家悠紀夫は「よくもまあ、これだけのことを」と慨嘆し、多田富雄も「180日でのリハビリ打ち切り」を「保険制度始まって以来の患者切り捨て」と憤り、リハビリ制限を受けて先日他界した鶴見和子の
「老いも若きも、天寿をまっとうできる社会が平和な社会である。生き抜くことが平和につながる」
との言葉を引いている。

 堀切は弱者切り捨ての背後にはリバタリアニズム(極端な私有主義)があると看破しているが、これは「私有制」そのものを疑う社会学者の立岩真也の仕事の上に立つ発言だ。「格差社会は当然」とする風潮の中、このような根本的な問いも、また力を蓄えている。資本が主人公となっている現今の世界を、根源的に構想し直す思想的営為が求められている。

 そうでないと、人間社会はついに金銭欲に屈服することになる。まさに歴史の終わりだ。

 もちろん『資本が主人公となっている現今の世界を、根源的に構想し直す思想的営為』が、かっても今もないわけではない。それは連綿と引き継がれていまなお多くの人が真摯に手がけている。このホームページで私は、そのような営為の数々を追っているつもりだ。

2006年11月23日(木)
コイズミ構造破壊の惨い爪あと(つづき)

 現在の景況について政府は相変わらず虚言を垂れ流している。今朝の東京新聞一面のトップ記事は「景気拡大 戦後最長」である。その景気判断の根拠は2%ほどの実質経済成長率が続いていることだそうだ。

 しかし、景況の判断の最大の要素は個人消費の動向如何にある。政府発表は、東京新聞が『実感なき「いざなぎ」超え』といっているように、庶民感覚とは全く異なる。もちろん庶民感覚の方が事実を確かに掴んでいる。

 11月19日、東京新聞の「時代を読む」というコラムにロナルド・ドーアというイギリスの政治経済学者が『格差社会で変質する日本企業』と題する論考を寄せていた。外からの目の方が「コイズミ構造破壊の惨い爪あと」の実体がよく見えるようだ。ロナルド・ドーアさんは政府発表より庶民感覚の方が正しいことを、数字を挙げて論証している。

 好況がもう57ヵ月も続いて年率2%ぐらいの勢いで経済が成長している事を大喜びする向きもあるのだが、果たして持続的な景気なのか。

 輸出も順調だし、企業の投資も伸びている。しかし総需要の最大要素の個人消費となれば、10月の月例経済報告書が書いたように、「このところ伸びが鈍化している」。

 当たり前である。春闘も形骸化され、物分かりのよすぎる企業内組合が「会社は苦しいから」という経営者の説得に甘んじる世の中になった。企業利益ばかりが、未曾有の水準に達しているのに、給料・ボーナスが抑えられている。法人企業統計がその経過をはっきり物語っている。

 一番大きい非金融企業(資本金基準で大きい)5600企業の従業員は民間企業の全従業員の一割で、一番恵まれた一割だと思っていいだろう。従業員一人当たりの給料・ボーナス・福利厚生費の総額が、2001年からの5年で、5.8%減ったのである。
 他方、役員一人に従業員2.5人といったような零細法人企業の従業員なら(民間法人労働人ロの16%)同じ期間で10%減っている。給料水準が頂点に達した1993年からの縮小は名目21%、実質22%である。

 高利益時代の恩恵を蒙っている人はいないわけではない。従業員の給料が5.8%安くなっているその大企業では、役員報酬が同じ期間に90%上がった。配当が175%上がった。

 すでに裕福な役員たちは、消費しないで、余分のお金を投資信託などに投資したり、配当の相当な額が東京市場の上場企業株の四分の一を持っている外国投資家にもっていかれたり、平均消費水準「上昇の鈍化」に対抗し、国内需要を増やす効果は少ないに決まっている。

 しかし、景気に対する影響よりも重大なのは、所得の分布のばらつきが開くことだろう。結果として国民の生活水準も、教育機会も、文化享受の機会も、市民としての尊厳も、ますます格差がおおきくなりそうだ。

 経済学者が言うだろう。月例経済報告が言うように「雇用情勢の厳しさが残る」と。当分は、低賃金現象は仕方がない、自然な市場現象だ、と。しかし、最近の岩波新書「労働ダンピング」が語るように、派遣労働者もわずかの給料をもらうのにサービス残業を強いられるような社会、疑似請負が横行するような社会になったのには、労働市場における規制緩和の責任もある。最低賃金制はあるのだが、ヨーロッパ諸国で、平均賃金の50%程度なのに、日本では34%だけであって、生活保護の水準より低い。それでも守られていない。

 格差について、「市民としての尊厳の格差」も挙げたが、企業内でも尊厳は重要な点である。QC(品質管理)サークルを覚えているだろうか。現場の平の従業員も、自分たちの毎日の仕事を見つめれば、それをより効率的にするいい知恵が必ず出てくるという信念を前提にしていた。日本的経営の大成功の重要な要素だと、大々的に宣伝されていた。サークルがどれだけ実質的技術改良に貢献したかは疑問だが、とにかく、経営者たちが従業員を「協力者」として認めて、自主的人間としての存在を評価していた事を象徴する制度であった。

 最近はQCサークルの話は聞かない。協力的態度より「成果」を求めるように、人事管理哲学が変わった。日本的企業を優れた日本人の知恵として政治家も財界大物も、褒めたたえた時代の「従業員」・「社員」は、もはやなるべく安く買う「労働力」となりつつある。

今日の話題

2006年11月21日(火)
衆院特別委員会の茶番劇

前々回、教育基本法特別委員会の中央公聴会での公述人の方々の意見を掲載したが、その中央公聴会に対する自滅・混迷野合与党委員たちの対応が大変酷いものだった。

 今日届いた『「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会 通信第27号』に教育基本法改悪案を強行採決した衆院特別委員会の傍聴記が掲載されていた。マスゴミがまったく報道しない腐りきった自滅・混迷野合与党の欺員の実態を伝える貴重な報告です。転載します。

 中央公聴会の傍聴に朝からかけつけました。5人の公述人の3人は、政府案に反対し、

「議論すべき沢山の課題が残されている、時間をかけての慎重審議を求める。」

とし、それぞれの発言は説得のある、この国の子どもと教育のあり方に対して、事実を織り交ぜて、真摯な心に響く話が続きました。テレビが入っていないのが実に残念です。

 公聴会の場は、本来国民の声を幅広く聴き、国会審議を深めてより良い法律を作る各地の地方公聴会での「やらせ質問」の場であったと同様に、国会での中央公聴会の場は、特別委員(自民30・公明2・無1・民社9・共1・社1・国1)の与党33名中、9時開始時は16名。11時現在では、出たり入ったり座席にいるのは11名だけなのです。全く反対の声を聴こうとしないのです。

 午後13時委員会再会。野党4党は「審議は尽くされていない。」と出席拒否。

 野党欠席の中で、(今度は与党33名全員出席)、

 自民・河村
「野党審議拒否は、責務の放棄だ。審議に105時間をかけた、野党の要望を受けて中央公聴会4回もやった・・・、採決を。」

 安倍、国会開始時と全く同じ原稿を読む。
「志ある国づくり品格のある国づくり…。イジメ・未履修も規律を教える教師、学校・教委の『規範意識』のなさから来ている…。『イジメ』は昔から存在していた。自殺はなかった。学校・家庭・地域が一体となっての取り組みを…」
と意味不明を繰り返す。

 許し難いのは、最後の公明・斉藤
「『改正案』は、『与党教基法検討委員会』で3年間、自民・公明両党で議論し作り上げた。(こそこそと密室で作ったことは、おくびにも出さない。)105時間かけたのにまだ議論が足りないとは呆れる・‥。」
と採決を促す。

(野党持ち時間の5時まで休憩に入る。)

 「イジメ自殺」「未履修」「やらせ」問題等、沢山の審議課題があるのに、5時過ぎ与党単独で強行採決。

今日の話題

2006年11月19日(日)
言葉を取り戻せ!

 ウソと詭弁と非論理でまるめた中が空洞の政治の言葉に、私(たち)はどのように対抗したらよいのか。「ウソ・詭弁・非論理」という同じ愚劣な土俵に上がって、ウソと詭弁と非論理でまるめた言葉の砲弾を投げ合っても仕方あるまい。ますますむなしくなるばかりだ。

 私(たち)の日常の言葉をより豊かにして、ということはつまり、よりよく生きて、それをたゆまず紡ぎ出していくほかない。今朝の東京新聞の「「筆洗」を、私はそのように読んだ。政治家の空疎なワンフレーズに豊かな暮らしの言葉を対置していて、秀逸だ。

 「もったいない」。漢字で「勿体無い」と書く。ノーベル平和賞を受けた環境活動家のワンガリ・マータイさんがこの言葉に共感し、世界に広めようとしている。その意は「そのものの値打ちが生かされず無駄になるのが惜しい」(「広辞苑」岩波書店)

▼琵琶湖の調査などで三十年間、滋賀県内をくまなく歩いた環境社会学者の嘉田由紀子さん(56)は、地域の人から「もったいない」の言葉を教わった。正確には方言で「もったない」

▼今夏の知事選で新幹線新駅の凍結などを訴え初当選。今や「もったいない」は県政運営の柱になっている。「税金のむだづかいもったいない」「琵琶湖や自然本来の力、壊したらもったいない」「子どもや若者の自ら育つ力、損なったらもったいない」

▼嘉田さんが都内で講演した。お茶入りの小さな水筒を持参していた。外出時に欠かせない。「もったいない」はワンフレーズではなく「地域の人がつくり出した暮らしの概念、暮らし言葉」との説明に得心した。だから人々の心に訴えが届いたのだろう。「持続可能な社会を」と訴えられてもぴんとこない

▼滋賀県といえば近江商人の家訓「三方良し」が知られている。「売り手良し、買い手良し、世間良し」。「企業の社会的責任(CSR)を」と言われるより頭にすっと入る。何のために儲(もう)けるのか。根源の問いへの答えでもある

▼地方分権の時代は暮らしの概念を政治に生かしたい。暮らし言葉で語り合いたい。嘉田さんが地域の人によく言われる言葉がもう一つある。「ほどほどでいい」


2006年11月20日(月)
言葉を取り戻せ!(つづき)

 私は見たことがないが、テレビのワイドショーの権力へのゴマすりがひどいという。2ヶ月ほど前、「TVウワサの真相」(朝日ニュースター)がワイドショーの功罪を論題にしていたのを視聴した。「罪」ばかりで「功」などなさそうだ。

 昨日の「今日の話題」を書いているとき、ワイドショーに登場する政治屋どもの騒々しく空疎にして軽佻浮薄な「放談」=「砲弾」を歯切れよく批判している文章を思い出した。スクラップブックから探し出した。大川正彦(東京外国語大助教授)さんの「政治に奪われた言葉」(5月31日付朝日新聞夕刊)という論説だった。その論旨は昨日の私(たち)の論点と重なっている。

 朝のゴミ出しのあと、テレビをつけると、ワイドショーでは現役の国会議員が威勢よく時事放談をしている。つい先日も、深夜の討論番組で長広舌をふるっていたひとたちだ。

 「テロ」がはびこる世界で「国際平和のための国際協力」を果たすのは日本の責務である。犯罪急増で「身近な生活に隣り合う脅威」が増大した今こそ、共謀罪の創設を急がねばならない、云々。

 政府・与党からは不安を掻き立てるモンダイが騙り煽られ、一挙にその不安の最終解決が果たされるかのような言葉が千切っては投げつけられる。〝わからないとは言わせない″とでも言いたげな、わかりやすい(非)論理の、まさに「放談」=「砲弾」だ。

 反対すれば、あたかも国際平和や国際協力など大事でないと思っているかのように、組織犯罪を肯定しているかのように、仕向けられる。異論封殺の危ういトリックが、ここにはある。

 野党の側はどうか。旧い話になるが、「国際平和」は日米同盟だけに比重を置く外交を批判する者たちの、「構造改革」にしても資本制社会の内部的改良を目指す者たちの言葉であった。にもかかわらず政府・与党の「横領」を許し、失語状況に甘んじている。その鈍さ、立ち遅れの責任は重い。

 ともあれ、ワイドショーに出演する与野党の議員たちはカメラ・アングルにあわせ、ほんの一瞬のうちに、手慣れたカメラ目線で、割り切ったワンフレーズをスッキリと、あっけらかんと言い放つ。政治の言葉はかくも騒々しく空疎、そして軽挑浮薄。なのに、どうして、力をもつのか、もちうるのか。

 もはやここには、国家権力という怪物に手を汚していることへの厳粛な責任を担う姿など見る影もない。今日、政治の非専門家、それぞれのふつうを生きて暮らす人たちにとって、さまざまな媒体を通じて伝達される政治の言葉とは、治者による専権事項、「既に設定されてしまった選択肢」にほかならない。

 それは生活のほとんどすべての領域に喰い込み、個々人の情動にすら浸り入り、さまざまな情念の蠢き、揺らぎを、一挙に一定の方向へと水路づける。とくにテレビでは、いったん発せられた言葉を吟味する余地など与えられない。ニュースは「はい、いったん、コマーシャル」で別の場面に切り替わる。

 小泉首相を筆頭とする、テレビを意識した「政治の言葉」の再生産のこうしたありようは、国内のワイドショーに限らない。米国の大統領が先日漏らしてしまったように、いまや世界は第三次大戦のさなか、だとか。戦時動員体制となれば、敵か味方かを一方的に迫るスローガンが重要になるのも、統治者の論理からすれば当然か。

 言葉はひととひとの間を切り裂きもするし、その間を結び直しもする。いま、人びとが一方通行で見聞きさせられる数々の「政治の言葉」は、これまで編み継がれて来た関係の網の目を、将来編まれるだろう網の目を、繋ぎ直し不可能なような仕方で切り裂く。

 ここには、国家暴力の圧倒的な迫り出しが如実にある。そんななか、それぞれの人生の専門家である生活者が、どのようにして言葉に本来そなわる繋ぎ直しの働きを奪還するか。小さきものが生き延び生き抜けてゆく際の呪文として抱える言葉を、手間暇かけて取り戻すか。-これが問われている。

 あるいは、じぶんのなかでどうしても生じてしまう不安・不信の解消への傾きを突っ放して眺めること。不安に限られない、己がさまざまな情念―怒り、歓び、哀しみ、恐怖、怨み、など―のひとつひとつを、どのように語らい、どのように味わうか。さまざまな情念の襞を表出する言葉を、朴訥に、どう紡ぎ直してゆくのか。

 つまり、いわゆる「政治/統治の言葉」をゲロとして吐き出し拒食すること、「こんなもん、不味くて喰えねえよ」と突っ返すことが、いま、試されているようにおもう。


 いや、それは、いつも、どこかで、おこなわれている。生活のなかで握りしめられた一片(ひとかけら)の重い礫として。

 ただ、「はい、いったん、コマーシャル」のミニ世界からは見えないだけだ。政治家やニュースキャスターからは口にされないだけだ。

今日の話題

2006年11月18日(土)
「ウソ・詭弁・非論理」を恥じない破廉恥漢

 このような破廉恥漢でないと政治家は務まらないらしい。最近その害毒を最も多く撒き散らしたヤツは、いわずと知れたポチ・コイズミ。中身のない片言隻句と詭弁を得意とした。

 跡を継いだオコチャマランチ狆ゾウは、自分でも良く分かっていないらしいカタカナ英語を多用する。もちろん中身がなくて空疎。そして、政治家特有のステレオタイプのウソ発言はキチンとマスターしている。

 教育基本法改悪案を強行採決し後、記者団の質問に答えて言う。

「参院において、さらに広く深く議論して、速やかに成立を目指したい。野党が出席しなかったのはたいへん残念だが、衆院では十分議論も深まった。」

 野党の欠席戦術についてはこうだ。

「なるべく野党のみなさんにも出てきてもらって、国民の皆さんの前で議論しながら、判断してもらうことも重要ではないか。」

 こういう空々しい言葉を聞かされると、本当にむなしくなる。軽々しくウソを撒き散らしながら、重たい悪法が作られていく。

 一体いつ「広く深く議論」したんだ。あの強行採決は「国民の皆さん」の「判断」をまった上での採決だとでも言うのか。

 やらせの八百長ミーティングの意見は無効だぜ。中央公聴会の参考人を国民の代表と認めるるとしよう。じゃあ、参考人たちはどんな意見だった?なに、眠ってた!

 さて、私は参考人たちの意見を知りたいものといろいろ検索してみたがヒットしなかった。衆議院のホームページにもまだ公開されていない。(こういうのは公開されるのかな?)
 しかし、森田実さんのホームページの「声」特集で、「11月6日の衆議院インターネット審議中継」から抜粋された方の投稿がありました。転載します。

教育基本法特別委員会の参考人、尾木直樹氏(法政大学教授)の発言より
◆日本の教育制度はきわめて競争主義的で子どもがストレスのため人格障害をおこしかねない。1998年に国連子どもの権利委員会からこのように勧告を受けている。2004年にもまた同様の勧告を受けている。こんな国は他にない。
◆ゆとり教育や学校評価導入など、矢継ぎ早の改革と矛盾する競争原理をもちこんで数値目標を掲げるようになった結果、現場は混乱をおこし歪みを生じた。数だけを追求するのでは人間性あふれる教育はできない。改正案は、いま以上に格差と競争を生み出すシステムをつくることになり教育現場とかみあわない。
◆校長先生のアンケートで改正案を読んだ人の66%以上が内容を心配し反対している。 国家の教育権になってしまい、子どもたちの権利を後退させてしまう危険性がある。

同参考人、藤田英典氏(国際基督教大学教授)の発言より
◆現教育基本法を変えてもいまの教育問題は解決するどころか、ますます混乱をきたしてしまう。
◆いま起きている問題は現法案のせいではなく、この10年教育現場を無視し無用な改革を推し進めてきた結果の弊害だ。改正案は能力主義をより加速させるまちがった方向だ。
◆現案は権力を制限しているが、改正案は国が子どもたちにこのような人間になれと命令する性質のものだ。不当な支配の危険性があり民主主義のルールから離れる。
◆教育は未完のプロジェクトだ。いまは日本の英知が問われている。政治の良識が問われている。拙速に無責任な決定をしないよう切に願う。責任ある賢明な判断をお願いする。

 このようにまともな中央公聴会参考人の意見は全く無視して強行採決が行なわれたのだ。


<追記 2016年10月26日>  アベコベ軽薄姑息うそつきオカルト首相は相変わらず息をするようにウソをついて恥じない。17日に、今審議中の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に関する衆院特別委員会で民進党の今井雅人議員の質問に対する答弁で
「そもそもですね、我が党において、いままで結党以来ですね、強行採決をしようと考えたことはないわけであります。」


 無知にして無恥。全くあきれた破廉恥漢だ。10年前の教育基本法改悪の強行採択ばかりか、つい昨年の7月16日の戦争法の強行採決もすっかり忘れてしまったのか。そして戦後の自民党政権の国会運営は強行採決のオンパレードであったことも知らないのか。ちなみにデータベース20世紀・21世紀年表で検索したら強行採決は1960年~1999年の40年間で40件もあった。
今日の話題

2006年11月13日(火)
理想の会社

 現在の資本主義システム下という条件で、理想の会社とはどんは会社だろうか。どんな可能性があるだろうか。

 企業の論理を導入して成果(一体どんな成果を期待しているのか。)をあげようという愚かな考えが教育の場に持ち込まれたが、それが愚行でしかないことがあらわになってきた。教育の荒廃の元凶はそこにある。

 例えば「数値目標」を設定して労働者を馬車馬のように駆り立てるような成果主義。そういう企業の論理は当の企業でも破綻を現しはじめている。

 11月11日朝日新聞の経済欄に「アンチ成果主義 結実」と題した記事があった。岐阜県にある「未来工業」という会社の紹介記事です。本文は割愛して見出しと「未来工業」の独創的な試みを箇条書きに抜き出してみる。そこから理想の会社を想像してみることも、労働者の搾取しか念頭にないあまたの醜悪な資本家への批判的視点の創出につながるだろう。

「見出し」より

●残業禁止・育児休暇3年・ノルマなし…でも好成績
●社是は「なぜ、なぜ、なぜ」

「試み」
●全員正社員:働く約800人はすべて正社員で、パートや派遣社員はゼロ。「机を並べて同じ仕事をして給料が違うのはおかしい」
●社員旅行:行き先を伏せた「ミステリーツアー」や海外旅行を5年に1度、社員が企画し、全額会社負担で実施。06年はグループ企業も含む社員1250人を豪州旅行に招待。
●ユニホーム手当:工場を含め、制服を廃止。年に1回、1万円の衣服代を支給。
●勤務管理:タイムレコーダーはなく、勤務中の私用電話が可能。菓子を食べてもいい。
●節電:蛍光灯には社員名を記した札がかかり、こまめに消すよう奨励されている。
●管理職の決定方法:上場した91年、「上場企業にふさわしい組織に」と旧大蔵省から指摘され、課長を25人から65人に増員。社員名を書いた紙片を扇風機の前に置き、飛んでいった社員を名義上の課長に引き上げた。

 最後の「試み」など、形式主義の権化の官僚をあざ笑うような試みで、いいですねえ。

 この記事の前日10日の東京新聞「あのひとに迫る」という特集記事が『刺しても痛くない「世界一細い」注射針』を開発した東京下町の町工場の経営者・岡野雅行さんを取り上げていた。この社長さんの名刺の肩書きは「代表社員」だという。これもいいですねえ。
(今回は2006年11月12日の記事と2006年11月15日の記事が同じ事項を扱っているので一緒に再録することにします。)

今日の話題

2006年11月12日(土)
11・12全国集会

 「自由」と「民主」が自由民主党・公明党によって扼殺されるか、民衆の団結力によって甦るか、の正念場です。日比谷野外音楽堂での「教育基本法改悪をとめよう!11・12全国集会」にカミサンと一緒に参加してきました。今までの最高の約8000人が参集したということです。詳しいことは主催者の報告にゆずります。

 若い人の参加が増えてきているように見えました。頼もしいことです。私が密かにエールを送っているユニオンの代表者が始めて壇上で力強い決意表明をしました。次の2枚の写真はそれぞれ「首都圏青年ユニオン」「ユニオンぼちぼち」の代表者です。

青年ユニオン

ユニオンぼちぼち

 また壇上に畏友Sさんを認めて力いっぱい拍手を送りました。次の写真に写っています。

佐野さん

 次はデモに出発する先頭の集団です。
 デモの先頭を行く人は右から呼びかけ人の小森陽一さん・大内裕和さん・三宅晶子さん、次が社民党党首の福島瑞穂さん、一番左が呼びかけ人の高橋哲哉さんです。

デモ

 右翼がボリュームをいっぱいに上げた騒音を撒き散らして妨害をしていましたが、ご苦労なことです。集会はなんの影響も受けずに、冷静に正々堂々と滞りなく完遂しました。

 闘いはまだまだ続きます。

2006年11月15日
イカサマで成り立っている醜い国家

 福田和也に心酔しているウヨク青年(老壮年も?)が多いらしい。その福田が時にはまともないいことも言うようだ。江藤淳への追悼文のなかの一文。

『氏(江藤淳)がなくなった日、衆院内閣委員会で国旗・国歌法案が可決されたのは極めて皮肉だったと思う。このようなイカサマな手続きででっち上げられていく「国家」など、江藤氏はけして認めやしなかっただろう。』

 今日また、自滅・混迷連合与党が衆院特別委員会で、イカサマな手続きで教育基本法改悪案を強行採決した。インチキはやらせタウンミーティングだけではない。強行採決前の公聴会では慎重論・反対論の方が多かったという。公聴会で意見を述べた人々を愚弄している。形式的な手続きを積み上げて審議は十分しただと?

 イカサマ手続きで自滅・混迷連合与党がでっち上げようとしている「国家」をウヨク諸君も恥じるべきだ。

 「教育基本法の改悪をとめよう!11・15緊急国会前集会」は強行採決への抗議・糾弾集会となった。集会なかばで雨が落ち始め、怒りの雷鳴が轟いた。続いて首相官邸前でオコチャマランチ狆ゾウに怒りのパンチ。参加者は続々と増え続け、1000人を超えた。明日はさらに増えるだろう。

 帰宅してニュースを見ようとテレビのスイッチを入れたら、北海道でマグニチュード8.1の地震の報道。天地ともに怒っている。私の怒髪も天をつく。

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 闘いは2ラウンドへ。しなやかに、闘い続けよう。
今日の話題

2006年11月11日(金)
外交の本随

 11月5日の「今日の話題」『沈タロウのたわごと』で、「核」の脅しをちらつかせることが「外交の本随なんだよ。」と、わけしり顔に得意になってほざいていたたわごとを批判した。そのとき、では「外交の本随」とはなんだろうか、と考えていた。私の頭には「ダイアログ」という言葉が浮かんでいた。そんな折、またしてもわが意を得たりというべき文章に出会った。

 童門冬二さんが東京新聞夕刊に「人生を支える歴史の言葉」というコラムを連載している。そのコラムの11月7日の表題が「外交は明鏡止水の心で 勝海舟」で、まさに真の「外交の本随」を説いている。

 明鏡止水というのは、心を輝く鏡のようにし、同時に静かな水のようにしておけば、相手の動きや心がすべて映る。それによってこちらの対応策を決めようということだ。

 外交では、事前に余計な情報をたくさん仕入れて、相手がこうきたらこうしよう、こう出たらこう応じようなどということをあらかじめ決めておくことがいちばんいけないという。むしろ、知っていることは知っているといい、知らないことははっきり知らないといって、臨機応変に対応することが大事だと語る。つまりあらかじめみこみを立てて交渉の場に臨むのがいちばんよくないというのだ。

 強調(赤字)部分はそのまま「ダイアログ」の真髄を述べているものといえる。これこそ「外交の本髄」であり、「核」を振りかざすなどゲゲゲの沈タロウなのだ。

 勝海舟は、もうひとつ外交の極意をあげているという。それは「正(誠)心誠意」。これも「ダイアログ」の真髄のひとつと別ではない。

 「正(誠)心誠意」をもって臨んで成果あげた幕末の外交官のことを次のように記している。

 維新前に幕府の外交官僚だった岩瀬忠震(ただなり) がアメリカと、川路聖謨(かわじとしあきら)がロシアと渡り合ったのは、すべてこれら日本の外交官の正心誠意の成功だという。

 かれらは当時の国際情勢に決してあかるいわけではなかった。しかし堂々とアメリカの使節やロシアの使節と渡り合って、それなりの成果を得たのはやはりかれらが知らないことは知らないといい、また国家のためにゆずれないことは一歩たりとも譲歩しなかった、という姿勢にある。

 しかし、折り合う点は穏やかに折り合うという態度が、向こう側の使節の心を打ったのだ。だからアメリカの代表もロシアの代表も、相手(日本側代表)を (だま)すことは決してよくないと反省し、日本国の面目を保つことができたのだ。

 このような高邁な外交は、「日の丸・君が代」をかざして学校(教師や生徒)を高圧的にねじ伏せることを有効な教育行政だと思い込んでいる愚劣な沈タロウには理解できないだろうな。
今日の話題

2006年11月10日(木)
アルバイト従業員が労組結成

 『シモーヌ・ヴェイユの神(7):工場体験(3)』で、東京新聞の報道をもとに「ユニオン」という労組について書きました。今日また東京新聞に新しい「ユニオン」誕生の記事がありました。見出しは

『アルバイト軽視 モー我慢できぬ
「すき家ユニオン」を結成
20代のアルバイト6人 不当解雇撤回など成果』

で、本文は次の通り。

 牛丼チェーン店「すき家」で働く20代のアルバイト従業員6人が9日、不当な解雇や残業代未払いをなくし、労働条件を改善するため「すき家ユニオン」を結成したと発表した。

 6人は東京・渋谷の店舗に勤務。6月に「店舗のリニューアル」を理由に突然解雇を告げられ、地域労組の首都圏青年ユニオンに加入して、すき家ユニオンをつくった。すき家を経営する「ゼンショー」と団体交渉し解雇を撤回させたという。

 交渉の過程で残業代の割増分の未払いも判明。過去2年分の計約39万円を支払わせ、社会保険の加入も認めさせた。メンバーの1人は「バイトだからと雑に扱われ悔しかった。法律を守らせるためにユニオンが役立つと思う」と話した。

 同社に労組はこれまでなかった。首都圏青年ユニオンは「最低限の基準すら守られず、ただでさえ低い労働条件が、さらに切り下げられて不安定な雇用になっている。バイトだけでなく、正社員にも加入を呼び掛けて改善していきたい」としている。

 ゼンショーは「法律に基づいて誠実に対応したい」と話した。

 外食産業では今春以降、日本マクドナルドや日本ケンタッキー・フライド・チキンにも初の労組が結成されている。

(共同)


 2005年1月17日の記事で『大杉榮の「直接行動論」』を取り上げました。大杉さんは「僕等に残されたただ一つの力」を発揮することを「直接行動」と呼んでいます。「僕等に残されたただ一つの力」とは「自分のことは自分でやる」自立した者たちが組むスクラムです。

がんばれ!「ユニオン」。

全国ユニオン


今日の話題

2006年10月4日(火)
ブッシュのもう一つの犯罪

 昨日からマスゴミはアメリカの中間選挙で民主党が大勝したことでもちきりだ。ブルジョア独裁下の議会制民主主義を虚妄と断じている私には全くの空騒ぎに思える。しかし、私たちは今のところそのまやかしのシステムの中でしか選択の余地がないないのだから、そのかぎりでいまはブッシュが否定されたことを評価するだけである。この結果、何が変わるか変わらないか、じっくり見ておこう。

 今日配信された「きくちゆみの地球平和ニュース」に、わが意を得たりと同意した文章があった。

『私はラムゼー・クラークがいつか「アメリカには共和党も民主党もない、いつの世もただ戦争党があるだけ。そして金を支配する少数がすべてを支配している。本当は民主主義だったことは一度もない」と言っていたことが正鵠だと思います。それでもやっぱり選挙は大事。政府の決定で戦争が始まり、戦場に送られ、手足やいのちまで奪われることもあるから。』

 私はアメリカの中間選挙の空騒ぎよりむしろ、片隅に追いやられていた次のニュースに関心を引かれた。

『ニカラグア 大統領にオルテガ氏 16年ぶりに左翼政権復活』

 オルテガ氏は60歳。サンディニスタ民族解放戦線(FSLN)を率いて1984年~1990年まで大統領を努めていた。その後、90年の選挙から3回続けて敗れている。今回は米国が推した2位候補に9ポイントの差をつけて当選。貧困問題を何も解決できなかった歴代保守政権(後ろにアメリカの影をもつ)に国民がノーを突きつけたことになる。

 このニュースで私がまず思ったことは、アメリカが政権転覆を企んで陰に陽に干渉を強めてくるのではないかという懸念だった。

 このこととラムゼー・クラークさんが結びつく。

 ラムゼー・クラークさんはアメリカの元司法長官で国際行動センター(International Action Center)を創設し、国家犯罪を厳しく追及している。 wsfj mailing list で、次のようなメッセージを見つけた。


ラムゼー・クラークからのメッセージ

2004年3月1日

ブッシュ政権はこの3年間、ジャン-ベルトラン・アリスティド大統領をその地位から追い出すことに、腐心してきた。一方的禁輸措置を実施し、西半球で最も貧しい国への人道援助を一切行なってこなかった。アリスティド大統領支援に対しては妨害にこれ努めつつ、反大統領勢力を後押ししてきた。大統領を引き摺り下ろすために、容赦ない宣伝を繰り広げてきた。ハイチの憲法と法律に違反してでも選挙を行なえとの要求に、支持を与えてきた。

ごく最近アメリカは、重火器を持ってハイチに侵入したハイチ軍の元将校や、FRAPH(Front for the Advancement and Progress of Haiti、ハイチの進歩と発展のための戦線)の指導部や犯罪分子を支援して、武力侵略で無理やり政権交代を行なった。戦闘や特殊部隊にたいする防御などの訓練を受けたこともない、武器としてはピストルしか持たない警官たちを殺しながら、この武装集団は、人数は数百人に過ぎなかったが、カパイシアン、ゴナイブ、ヒンチェ、およびレケイを簡単に陥れた。

もし平和の人アリスティド大統領が、ハイチ軍の廃止という賞賛に値することをしなかったとしたら、これほど小規模な武装集団がハイチに侵入するなどということできなかっただろう。残念なことだが、この軍の廃止がハイチを武力侵略に対して無防備にしてしまったのだ。

 国際組織である、CARICOM(CARIBBEAN COMMUNITY、カリコム=カリブ共同体)、OAS(Organization of American States、米州機構)および国連は、民主的に選ばれたハイチ政府を守るために行動すべきだった。コスタリカが軍隊を廃止したあと、ニカラグアのソモザ大統領(この大統領のことを米大統領フランクリン・ルーズベルトは"アワ・ソッブ"[our SOB=我らのろくでなし、訳者註:SOB はson of a bitch ろくでなし、の略語]と呼んでいた)がコスタリカを侵略するぞとおどしたことが2度あったが、1度はOASによって、もう1度はベネズエラによって、結局思いとどまらせることができたのだった。

 アメリカはアリスティド大統領に、ハイチから立ち去り、憲法に由来する大統領の職務を放棄し、民主的手続きを無効にし、ハイチ民衆を見捨てて旧体制のなすがままにまかせることを強いるべく、一貫して行動した。軍隊、民兵組織であるFRAPH、犯罪組織、そして旧式の寡頭政治が、アメリカの支援のもとに、30年にわたってデュバリエのハイチ民衆に対する恐怖政治を支えてきた。1986年にベビ-・ドック(Baby Doc、訳者註:デュバリエの愛称)デュバリエが力ずくでその地位から引きずり下ろされたとき、デュバリエの圧制的暴力装置はもはや民衆の怒りを封じ込めておくことができず、デュバリエはハイチ貧民の汗から搾り取った数百万ドルを身につけてアメリカ空軍機でフランスのリビエラに逃れたのだった。

 アリスティド大統領は、ブッシュ政権からの重圧を受けながらも、民衆を見捨てること、職を辞すること、ハイチの民主主義と立憲政治を覆すことを、拒否し続けてきた。かつて、民主的に選出された初めてのハイチ大統領として第1期の9ヵ月目になる1991年に起きた暴動によって、大統領の地位を再び脅かされていたときにも、アリスティド大統領はアメリカからのあの重圧に何ヵ月もさらされていた。ハイチこそ、奴隷の反乱が起こり、それが成功した、史上最初で最後の国である。この革命は、1791年にトゥサン・ルベルチュールによって開始され、1804年、ジャン-ジャック・ドゥサリーヌらが総勢2万のナポレオン軍団を打ち破 り、ハイチの独立を勝ち取ったのだ。

最初のフランス亡命中の1992年に出版された自叙伝の中でアリスティドは、「ハイチでは、奴隷制に反逆する反抗的民衆の高揚を、我われは見守っている。私は鏡に映る像、あの運動のこだまであるに過ぎず、彼らこそが、主役である。生きることのもろもろの困難の中を通りぬける過程で、私はただ彼らと同じ世界に身を置くように努め、愛と非暴力を示すことに努める、それだけが我われを前進できるようにしてくれるだろうから。」

 アリスティド大統領は、自伝の最終章の中で、"ハイチ民主主義の十戒"を列挙した。それは1991年9月に開かれた国際連合総会の席で大統領が初めて言及したものである。貧民の、貧民に寄り添う、貧民に奉仕する司祭、学賢、一人の人、の政治的信条でもある大統領の十戒は、次の通りである:自由、民主主義、人権への忠誠、食べそして働く権利、ハイチ人の離散の防止、暴力の否定、人間への忠誠、最高の形の富、ハイチ文化への忠誠、誰もが同じテーブルに着くこと、である。

これが、ブッシュ大統領が辞任に追い込んだ人物である。

アメリカが最後の友をも失い、世界を何年にもわたって巻き込むテロの波を創り出す前に、一方的侵略戦争、国際法とアメリカ憲法の違反、そして政権転覆というブッシュ政権の政策にストップをかけるには、アメリカ議会は以下のことを精査しなければならない:

1. アリスティド大統領をハイチから退去させた際のアメリカの役割

2. ハイチに対する今回の侵略における訓練実施、資金供与、武器供与に関してブッシュ政権が与えた援助

3. ハイチの社会秩序を不安定にし、旧軍、FRAPH、寡頭政治を行なう富裕な支配階級を支援するために、ブッシュ政権がとった行動

4. アリスティド大統領のあらゆる公式声明に反する、大統領の突然のハイチ退去と、遠く離れた国への大統領の移送に際して、アメリカが果した役割

5. 旧軍、FRAPH、およびその他の暴力集団に、所持する武器、もともとアメリカが彼らに供与した武器の放棄を、大統領の強制出国の直前まで要求しなかったことについての、ブッシュ政権の釈明

6. 民主的に選挙されたハイチ大統領に憲法に基づく権力を放棄させるために、米政府は持てる圧力のすべてを行使したのは何故か

7. アリスティド大統領はなぜ事実上拉致されたのか、まさに1803年にトゥサン・ルベルチュールが拉致されてフランスで投獄され、1901年にフィリピン-アメリカ戦争を終結させるためにフィリピンのエミリオ・アギナルド大統領がアメリカ兵によって拉致されたように

 アメリカの軍事的および経済的干渉と政体転覆がなくなり、あらゆる人に正義が保証され、ハイチに対する過去の不法行為に対する賠償が支払われるまでは、また、アリスティド大統領が民衆に奉仕するためにハイチに帰還するまでは、西半球は安全な地、あるいは幸せな地、ではありえない。

今日の話題

2006年11月8日(火)
マスゴミの中にで光る真のマスコミ(2)


 事件から再起した後も、雑誌的には皇室ものを扱わざるを得ない編集方針だったため、右翼団体による抗議は断続的に続いた。しかし、それらの抗議に関しては、事件の教訓とこちらの学習能力により、大事に至らずに話し合いでなんとか事を収めてきた。

 ところがこの事件から20年後の00年6月、「雅子妃を呼び捨てにした」という理由で広域暴力団住吉会系の右翼団体で全国一の組織力を誇る日本青年社の右翼構成員2人が編集室に乗り込み、突然大暴れするという事件に遭遇した。全治40日の大怪我を負った筆者の血で編集室は血だらけになり、止めに入った男性スタッフ4人も負傷した。構成員2人は現行犯逮捕され、共に懲役1年4ヵ月の実刑判決を受けた。

 この事件には、裁判の過程でも解明されなかった不透明部分もあったが、「雅子妃」とすべきところを「雅子」と記述したというこちらのミスが、右翼2人に大暴れする理由を与えてしまったということだけは認めざるを得なかった。普通ならば、謝罪することで笑って許されるというレベルのケアレスミスだが、それにすらイチャモンをつけて「休刊しろ!」と迫ってくるのだから、いくら出自が任侠系の右翼団体とはいえ、何事も話し合いをすれば打開の糸口が見つかるという筆者の信念が吹っ飛ぶ、あまりにも理不尽すぎる抗議だった。

 こうした右翼団体による威嚇的な抗議行動は、筆者のような一匹狼タイプであっても、スタッフ4人に被害が及ぶような事態になれば、動揺せざるを得ない。最初から筆者ひとりに危害が及ぶ分にはやむを得ないという覚悟はあったが、スタッフにまで危害が及ぶのは本意ではなかったし、予想外の出来事だったからだ。これが、大手メディアの場合には、より組織的な対応が迫られるために、事前に自主規制してしまうことが圧倒的に多くなる。『風流夢譚」事件以降、右翼団体のターゲットにされたのが、大手メディアではない、少部数のマイナー系雑誌ばかりだったということが、そのことを雄弁に物語っているのではないか。

 大手メディアの場合には、右翼だけでなく、宮内庁への〝配慮″もある。たとえば、かつて大手の女性週刊誌が、皇族の女性を表紙に起用した際、写真が裏焼き(左右反転の状態)になっていたことで、自主的に全部数を刷り直したことがあった。一般読者は気がつかないはずの裏焼きぐらいで、全面刷り直しというのは大げさだが、そもそも写真自体がお貸し下げ写真(宮内庁から借り受けた写真)という事情もあって、皇室や右翼団体に対する神経の使いようは尋常ではないのだ。これじゃ、メジャー誌においては宮内庁や右翼に配慮し て、皇室がタブーになるのは必然だろう。

 このような理不尽が大手を振ってまかり通る国家なのだ、日本は。天皇家がさかんに平和で慈しみにあふれた家族を装っていても、この理不尽が「天皇制」の正体だ。<デスポット>とそれに隷属する<奴隷>という<アジア的>構図。

 このような理不尽な暴行者に対する刑が懲役1年4ヵ月とは甘い。出てくればハクがついたとさらに顔を醜悪にしてのさばることは目に見えている。言論封じを目的とした暴力に対してはもっと厳しく対処すべきだ。

 岡留さんは「任侠系」と言っているが、住吉会は「任侠」とは全く無縁だろう。国家権力に寄生して暴力を飯のタネにしている単なる暴力団だ。暴力団が右翼を偽装するのは、その集団がやはり<デスポット>とそれに隷属する<奴隷>とから成り立っているからだ。もちろん、住吉会は狆ゾウにも寄生している。いや、持ちつ持たれつなのだろう。インターネットで検索すると「安倍晋三―工藤会―住吉会―救う会―統一協会―創価学会……」という金魚のウンコ的連鎖がわんさか出でくる。
今日の話題

2006年11月7日(月)
マスゴミの中にで光る真のマスコミ(1)

 以前、『噂の真相』のコラム「撃」のダイジェスト版『非国民手帖』を取り上げてずいぶんたくさんのことを学んだ。そんないきさつがあったから、『噂の真相』の編集長だった岡留安則さんの名を見つけて立て続けに2冊の本を買った。『噂の真相 おかわりっ!』と『噂の討論外伝』。前者で「朝日ニュースター」の「TVウワサの真相」という番組を知って先月から見始めた。これからは、これらからも話題を頂戴しようと思う。

 さて、岡留さんについては『噂の真相』の編集長だったことしか知らなかったが、上記の本やテレビでの様子から、すっかりファンになってしまった。すごい人だ。

 右翼によるテロでは「浅沼稲次郎刺殺事件」「『風流夢譚』事件」「本島長崎市長銃撃事件」「朝日新聞阪神支局記者殺傷事件」最近では「加藤紘一議員宅放火事件」をすぐ思い出す。国家権力は右翼の暴力を本気になって取り締まろうとしない。まるで天皇制護持のためにそれを利用しているようだ。警察は外国からのテロ対策よりまず自国内のテロ対策をしっかりとせい! これでは日本は見せかけだけの法治国家じゃないか。北朝鮮をわらう資格はない。

 岡留さんは権力や権威のタブーに挑むジャーナリストという道を選んだとき、結婚して家族を持つことを断念している。(以下、引用文は『噂の討論外伝』より。)


 天皇制のタブーに触れるのであれば、そうしたテロの可能性がある‥ことを想定しなければならない。そのため、筆者自身も雑誌の編集長としての責任を全うするために、配偶者を持つという選択肢は最初から捨てる覚悟をした。家族を危険な目に遭わせてはいけないとの思いは、誰しも同じだ。筆者とて人の子、その危険性を察知すれば、 天皇制のタブーに触れること自体をやめようという日和見主義になりかねないからだ。ならば、その危険性をあらかじめ排除しておくほうが、これから言論戦を願うという自分の決意が揺らがなくていいだろうとの判断である。

 「噂の真相」でも、筆者が危惧した通り、創刊2年目(80年)には防共挺身隊を筆頭にした在京右翼の大手7団体から総攻撃を受け、印刷会社、広告主ともに取引全面中止の事態に追い込まれた。

 前述した「風流夢譚』事件の余波で、天皇制に対する批判的言説やパロディ表現がメディアから消えて、70年代に入って代わりに登場したのが奥月宴に代表されるアングラ出版による皇室風刺小説だった。そうしたアングラ出版のひとつだった小冊子の内容を紹介する形で、その小説に挿入されていた皇室ポルノ写真をカットとして「噂の真相」誌上に転載したことが右翼団体の逆鱗に触れたのである。「噂の真相」が書店で広く一般に売られている雑誌であることを思えば、当然、右翼団体の目にもとまるだろうし、実際に抗議を受けたことで、カットを掲載した筆者の最終判断に配慮不足があったことを認めざるを得なかった。結局、完全屈服とも傑作パロディとも言われた謝罪文を、天皇家と日本国民に宛てる形で「噂の真相」に載せることで和解した。

 その謝罪により、右翼団体による抗議行動はヤマ場を越えて、筆者の命まで狙われるような深刻な事態は収まったが、関係者に多大な迷惑をかけただけではなく、雑誌自体も潰れる寸前にまで追い込まれた。

 この事件により、筆者自身も天皇制タブーに触れることの重みをハッキリと実感さ せられることになった。戦後の民主主義下といえども、右翼の暴力に対しては、言論機関も警察権カもなす術がなかったのである。筆者が32歳の時だった。

 「結婚はすべきでない」という思いは、この事件により、覚悟するというレベルから一段と強い確信に変わった。

 『噂の真相』への右翼テロはさらに続く。
今日の話題

2006年11月5日(日)
沈タロウのたわごと

 前々回で取り上げた沈タロウの「知事会見ファイル」にはもう二つの項目があった。 それにも一言批判をしておこう。

①「小田急高架訴訟の住民側敗訴の最高裁判決」についての感想で

『このごろ日本の裁判もおかしい。とくに一審をやった人は有名な人で、あの人の判決は二審でひっくり返る確率が異常に高い。裁判官の資質が問われるべき問題じゃないかな。』

 日本の裁判がおかしいのは今に始まったことではない。ただおかしいのは沈タロウがいうのとは逆で、上級審にいくほどおかしいのだ。だいたい最高裁判事を総理大臣が任命するというのがおかしい。これじゃ最高裁判事は行政府にはなから首根っこ押さえられていることになる。三権分立は絵に描いた餅になりかねない。総理大臣の憲法違反を訴える訴訟では決まって憲法判断を避けた判決しかできない。資質を問われるべきは最高裁判事なのだ。

 上の沈タロウの発言は、もちろん、予防訴訟の難波判決を念頭においてのことだ。「上級審はオレの味方だ」ってわけだ。

②自民党中川政調会長の「核保有の議論」発言について

『みなさんね、現実の戦術、戦略の展開が、兵器の性能を含めてどうなっているかを知った上で、議論したらいい。だから必要がないとか必要があるとか。まず議論があるのは好ましいと思う。中川発言というのは大きな意味があって、あれで中国はびっくりした。中国が一番嫌っているのは日本の核保有。それを封じるために中国は北朝鮮に対して積極的に動かざるを得なかった。これが外交の本随なんだよ。』

 「あれで中国はびっくりし」て、「北朝鮮に対して積極的に動かざるを得なかった。」だって。手前味噌もいいとこだ。

 コイツは戦争がらみの問題になると得意げになる。特に中国や北朝鮮がらみだとますます饒舌になる。そのたわごとのたわけ度も急上昇する。どっかで「自衛隊で攻め込んで拉致された人たちを取り戻せ」といい「これに国民の90%は賛成するだろう」と言っていたっけ。いい気なもんだ。

 したり顔に外交を語っているが、コイツは外交の何を知っているんだ。だいたい自分の発言が、核を振りかざしてだだをこねている北朝鮮の外交を「外交の本髄」と喝采していることになるのを分かっているのか。かって大日本帝国がそのような外交の末、無謀な戦争に突入してしまったことも知らないのか。歴史を学び直せ、バカめ。

今日の話題

2006年11月4日(土)
フィンランドの教育

「学力テストで予算に差」
 これは今朝の朝日新聞のトップ記事の見出しです。「学力テスト」で振るわない学校に手厚い予算を配慮するのかと思ったら、なんと「上位校手厚く」だと。この足立区の狂育委員の狂った精神は特異なものではなく、全国的に跋扈しているものです。昨日取り上げた沈タロウの教育政策も同類です。いや、全国の狂育委員が沈タロウに追随しているのです。

 この施策を支持しているバカ学者がいる。この御用学者の名前をキチンと記録しておこう。伊藤隆敏・東京大大学院教授(マクロ経済学)。政府の経済財政諮問会議の民間議員を務めているそうだ。新聞の記事を引用する。


 伊藤教授は、競争によって努力を引き出すことは基本的に好ましい、との立場だ。

「足立区教委の考え方も理解できる。予算に競争を促す要素が組み込まれていると、学校のやる気も高まるだろう」

 伊藤教授は、学校の意欲をもっと高めるため、学校がこの予算をできるだけ自由に使えるようにすることを求める。

「長期的に運用できる制度でなければいけない」と説く。

   沈タロウが「脅し」で教員に競争をけしかけているのに対して、こちらは鼻先に「ニンジン」をぶら下げて突っ走らせようとしている。三浦朱門(「第4回 2004年8月18日」)といい江崎玲於奈(「第7回 2004年8月21日」)といい、政府はこういうバカを良く探し出してくるな、ただただ感心してしまう。コイツラのイデオロギーが表明しているものが、オコチャマランチ狆ゾウの狂育改革が目指している方向でもある。単なる知識の量とそれを吐き出す速さを「学力」と思い込んでいる連中は「競争」という発想しかできない。
(三浦朱門と江崎玲於奈のバカ教育論についてはそれぞれ
『「君が代日の丸」が「考えるな、服従せよ」と恫喝する』
『「非才、無才」が反逆する』
で取り上げています。)


 「経済協力開発機構(OECD)」による「生徒の国際学習到達度調査(PISA)」(2003年度)ではフィンランドが41ヶ国中学力一位であったいう。フィンランドは競争による教育をやめたら一位になったそうだ。

 PISAがいう「学力」がまずバカ連中の「学力」と異なる。PISAは「日常的な問題解決力、批判的思考、コミュニケーション能力、忍耐、自信といった教科を横断した能力が大事である」という考えの下で作られた問題でのテストだった。

 ではフィンランドはどのような教育をしているのか。
 フィンランドでは、PISAの結果が出た次の日、文部省が『総合制教育の勝利である』とのコメントを出した。その総合教育の中核とされてあげられた要因は次のようです。

「教育の機会平等」
「差別の皆無」
「非選別的教育」
「学習への個人的支援と福祉」
「順位付けやテストをしない」
「無償の教育」
「地方自治体の自由の保障」
「教師の自立性の保障」

 日本の教育は全項目反対方向を向いている。そして、ますますその反対方向へと遠ざかろうとしている。

 もっと詳しくフィンランドの教育について知りたい方には、次の中嶋 博 氏(早稲田大学名誉教授)の講演録をお薦めします。

真の学力向上にせまるフィンランドの教育に学ぶ


 この講演会は、なんと、都教組足立支部教研の催し物なのです。足立区の狂育委員たちは自分たちの足元の教師たちをみならえ。
今日の話題

(今回は関連性があるので2回分を再録します。)

2006年10月28日(土)
教育課程偽装問題

 必修科目未履修の高校が出てくるは出てくるは、ついに全国で399校に拡大、生徒数で言うと7万人以上になると言う。

 新聞では「履修漏れ」という言葉を使っているが、届け出た科目とは違う内容の授業をしたり、虚偽の報告をしたりで、これは「漏れ」たのではなく「偽装」したのです。政治家の「学歴偽装」、マンションの「耐震偽装」、企業の「業績偽装」・「請負偽装」……「隠蔽」も偽装の一種とするなら今日の国家権力は「偽装」で作られた張子のブタみたいなものです。この国は偽装で飾られたまことに「美しい国」であります。



 しかしこの「教育課程偽装問題」の元凶は言うまでもなく「学習指導要領」にある。この問題に関しては、私は偽装側に一部分だけ同情的です。この問題についても私の基本姿勢は「学校のことは学校が決める。これでよいのだ。」ということで、「偽装」という姑息なことをしなくともといようにすべきなのです。各学校が、生徒・保護者・教師の合意の上で独自のカリキュラムを作れる仕組みにすればよい。「学習指導要領」はあくまでも基準でよい。

 「教育課程偽装問題」に対する新聞・識者の議論は、「学習指導要領」を守らなくてはいけないということを大前提としている。学習内容を国家が定めることについての疑念は全くない。特に東京新聞の社説はひどい。

『卒業に不可欠の必修科目は学校教育法に基づく学習指導要領で定められ、法的拘束力がある。教育現場の学校や教師がルールを無視した責任は重い。』だとさ。

 文科省が決めた「必履修科目」を履修しなかったことがそんなに問題かね?これが私の偽らざる感想です。

 特に「世界史」が問題の焦点のようです。これを必履修にした理由は、国際化の時代に世界の国々への理解が必要と考えたからなのでしょう。学習指導要領はその目標を「世界の歴史の大きな枠組みと流れを,我が国の歴史と関連付けながら理解させ,文化の多様性と現代世界の特質を広い視野から考察させることによって,歴史的思考力を培い,国際社会に主体的に生きる日本人としての自覚と資質を養う。」と言っている。まさか「国際社会に主体的に生きる日本人としての自覚と資質」というのは外国を蔑視する排外的なナショナリズムではありますまいね。そういう偏頗なナショナリズムから自由になるための学習であることを期待したいね。

 私は高校でも大学でも世界史を学ばなかったけれども、外国を蔑視する排外的なナショナリズム、イシハラのような醜悪なイデオロギーとは無縁でしたけどね。

 私が偽装側に大部分同情できないのは、その動機に主体性がない上にこころざしがセコイからです。大学受験のために有利になるようにですって。都立のホシの一つ、八王子高校では2000年ころから偽装が行われていたそうです。イシハラが学校間競争をあおり始めた頃からでしょうか。イシハラに忠実に従うためには偽装するほかなかったのですね。ある進学重点校ではある時期、過労・疾病で倒れる教師が続いたということを仄聞しています。

    あと、受験生に得だとか不利だとか、過去の未履修卒業者と比べて損だとか得だとか、低次元の議論が続いています。そんなことどうでもいいでしょう。

 問題の核心は、現在行われている「銀行型教育」への疑念が、特に教育関係者に皆無である点にあります。

 「銀行方教育」とは何か。シリーズ『教育とは何か』の『15. 銀行型教育』から、再録します。

 1 教師が教え、生徒は教えられる。
 2 教師がすべてを知り、生徒は何も知らない。
 3 教師が考え、生徒は考えられる対象である。
 4 教師が語り、生徒は耳を傾ける---おとなしく。
 5 教師がしつけ、生徒はしつけられる。
 6 教師が選択し、その選択を押しつけ、生徒はそれにしたがう。
 7 教師が行動し、生徒は教師の行動をとおして行動したという幻想を抱く。
 8 教師が教育内容を選択し、生徒は(相談されることもなく)それに適合する。
 9 教師は知識の権威をかれの職業上の権威と混同し、それによって生徒の自由を圧迫する立場に立つ。
 10 教師が学習過程の主体であり、一方生徒はたんなる客体にすぎない。

 ちなみに「銀行型教育」を止揚した教育を「課題提起型教育」呼んでいる。シリーズ『教育とは何か』では「『17. 課題提起型教育』で取り上げている。興味がありましたら参照して下さい。

2006年11月3日(金)
卑怯にして愚劣な沈タロウ

 「教育課程偽装問題」について、沈タロウが偉そうに駄弁を弄している。(東京新聞「知事会見ファイル」)

 『先生が子どもを商品化して、商品を並べている自分の学校の店舗としての名声を稼ぐために、ああいう骨抜きをしたんでしょうね。このごろの教育者の実質的なレベルを示す一つの証左で、先生自身が点取り虫になっちゃった。高校における教育とは何かという本質を外れて、受験という実績で点数を稼ぐことだけに先生が腐心したら本当の教育者とはいえない。そういう教育者を放置したのは文部省の責任じゃないですか。これから七十時間、どんな先生が補習するか知らないが、気の利いた歴史の本を読んだ方がよっぽど早い。ぼくはそういう方法もあると思うが、(補習は)学校という規律、規格の中で職務を果たさせるためにね。これは一学校の問題じゃないね。』

 都立高校の「名声を稼ぐために」進学校に企業もどきの数値目標やら業績評価やらを導入して「受験という実績で点数を稼ぐことだけに先生が腐心」するように追い詰めたのはお前だろう!!「そういう教育者」を作ってしまったお前の責任だ。お前の卑怯さが良く現れているぜ。もっとも、お前の旗振りにいともたやすく踊ってしまっている教師たちも同じ穴の狢だけどね。

 「気の利いた…本を読んだ方がよっぽど」良いのは、文部科学省検定の教科書全てについて言えることなのだ。そういう意味で補習など無用。そのまま卒業して何の不都合がある?もうすでに何十万の未履修卒業者がいるんだぜ。そのせいで、何か困ったことが起こっている?困っているのは「学習指導要領」の権威を無視されている文部科学省とお前のような国家主義者だけだろう。なにしろ「日の丸・君が代強制」を正当化するお前の論拠は「学習指導要領」だけだものな。

 だいたい「高校における教育とは何か」という高尚な理念や哲学などお前には皆無じゃないか。お前の念頭にあるのは教育ではなくて、「学校という規律、規格の中で職務を果たさせる」という教師や生徒に対する管理だけだろう。こういうのを「語るに落ちる」という。バカめ。
今日の話題

2006年10月27日(金)
日教組執行部の欺瞞

 今日、ヤジウマ程度の参加で心苦しいのだが、国会前の座り込みに参加してきた。ハンストを行っている人たちを中心に、北海道から九州まで、全国からたくさんの教育労働者がズラッと座り込んでいた。教育労働者だけではない。私が座った末席あたりは私と同じフリーの人たちのようだったし、すぐ近くののぼりには「平和フォーラム」「全農林」「国公総連」とあった。自由民主党の中川政調会長は「日教組の一部活動家はデモで騒音をまき散らしている」、「下品なやり方では生徒たちに先生と呼ばれる資格はない。免許はく奪だ」などと、自由と民主のなんたるかをわきまえないバカ丸出しのトンチンカン発言をしているという。



 現場で受け取った「国会闘争速報」によると、昨日は日教組関係の座り込みの人たちは一時国会前を離れて、日比谷野外音楽堂での「教育基本法改悪阻止!10・26日教組緊急中央行動」に合流した。その集会の参加者はやがて8,500人のデモ隊となって再び国会前にやってきてハンスト団とエールの交換をした。

 全国からはせ参じている教育労働者たちは、もちろん第一には各自の確固とした考えと決意があった上でのこととはいえ、直接には日教組執行部が出した「非常事態宣言」に呼応してはるばると上京してきたのだと思う。国家権力と狎れ合って久しい日教組執行部もやっとこれまでの路線の間違いに気づいたのかと、私は期待をしていた。しかし、昨日の日比谷野外音楽堂での集会の模様を「国会闘争速報」は次のように伝えている。


 26日夕、北海道から沖縄まで、全国各地から結集した日教組組合員が日比谷野外音楽堂を埋め、一部は会場の外にあふれ出た。その数8500人。みな非常事態宣言に奮い立ち、闘争方針を求めてかけつけている。だが肝心の森越委員長の姿はない。「委員長は何をしている」「本部はストライキ方針を出せ!」の怒号が飛びかい、業を煮やした組合員が壇上の司会者に詰め寄った。貝体的な行動方針も全く提起されず、言葉だけの「非常事態宣言」が空しく響いた。
 集会後のデモでは本部の裏切りをのりこえて進もうという決意がみなぎった。

 何のことはない、「非常事態宣言」は組合貴族たちの免罪符に過ぎなかった。やはり日教組執行部は腐りきっていた。

 それにしても、もう驚くこともなくなったが、8500人の「教育基本法改悪反対」の全国的な集会をマスゴミはまったく報道していない。
今日の話題

2006年10月25日(水)
「君が代」と「鼻毛」

 今朝の朝日新聞の見出しを拾い読みしていて思わず噴き出してしまったところがある。

上海マナー改革多難
万博まで4年「礼節を」
半裸で外出しない
鼻毛は短く切ろう

 ここで噴き出してしまった。上海市の行政権力は鼻毛まで管理したがっている。その下の段に次の見出しが続いている。

「暮らし手いっぱい」
庶民、気配りの余裕なし

 市が真っ先に取り組むべきはこっちの問題でしょう。

 しかし、他市のこととただ笑って済ますことはできない。私はすぐに東京都のイシハラ行政権力が学校教育の全て取り仕切りたがっていることを思い出した。その中でも特に儀式への介入は噴飯ものです。それは日の丸・君が代の強制にとどまらず、国旗や都旗の掲示の仕方から座席の配置・指定の仕方、教職員の服装にまで及んでいる。私には、たとえば、「鼻毛を切れ」というような指示と五十歩百歩だと思えてしまう。私が上海市の 「鼻毛は短く切ろう」を笑ったように、イシハラの教育行政を仄聞して笑っている人が他の国に多々いることだろう。しかし、井の中のバカ大将には何も聞こえまい。
バカボンのパパ
 バカボンのパパが言っている。「わしの鼻毛のことはわしがきめる。学校のことは学校が決める。これでいいのだ!!」
今日の話題

2006年10月24日(火)
第五福竜丸事件

 10月10日の「今日の話題」(『言葉の詐術』)で紹介した詩人のアーサー・ビナードさんが「第五福竜丸事件」を題材にした絵本を出しことを「赤旗日曜版10月22日号」で知りました。児玉由紀恵記者のインタビュー記事です。

 「第五福竜丸事件」。そのころ私は高校生だった。どちらかというとおくての私は社会的な事件への関心が薄く、この事件がとてつもない大事件だという認識をもつこともなく、その事件はすっかり記憶の底に埋もれてしまっていた。

 思えばアメリカのならず者ぶりは今に始まったことではない。太平洋のど真ん中で広島に落とされた原爆の千倍の威力という水爆の実験を我が物顔にやっていたのだった。

 私(たち)は次々と起こる国家が起こす不祥事や暴虐な事件に呆れ怒り抗議したりするが、また次々と忘れていく。人間の健忘症が支配階級の支配の永続を許している。

 「第五福竜丸事件」を改めて復習します。資料は事件史探求(現在はブログを閉じているようです。2016年10月13日、追記)からいただきました。

1954年3月1日
 静岡県焼津漁港の遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」が太平洋・マーシャル諸島のビキニ環礁近く出漁していた。午前3時50分、水平線から一斉に光があふれ昇ってきた光が第五福竜丸を包み込んだ。漁労長の見崎吉男は無線長の久保山愛吉に「アメリカの船や飛行機が哨戒しているはずだ。厳重に見張ってくれ」と指示し甲板員に「エンジンを掛けろ、縄をつかめ」と指示した。

 閃光から7~8分後、轟音とともにキノコ雲が上空を襲い付近は一変した。午前7時頃、白い灰が雨といっしょに降り始めた。灰は甲板に足跡が残るぐらい降った。二日目には目や口元がヒリヒリし手のひらが痛み出した。一週間すると仲間の髪を掴むと掴む分だけ髪が抜けた。

 3月14日、乗組員23人を乗せた第五福竜丸は静岡県焼津に帰港した。ガイガー・カウンターで計測したところ全員のからだが激しく反応し「急性放射能症」と診断された。結局23人の内8人が亡くなり、生き残った乗組員も後遺症に悩まされることになった。

 以下はビナードさんへのインタビュー記事からのビナードさんの言葉の抜粋です。

 五福竜丸のことを英語で〝ラッキー・ドラゴン″と言いますが、皮肉な因縁めいた名前だと言う人がいます。でもぼくはそう感じない。被災したのは不幸なことでしたが、23人の乗組員はその後、力強く自らの運をつかんで離さなかった。常に海に立ち向かって過酷な労働をしていた彼らが、世界一の軍事大国とわたりあって、生き残ったのです。

 乗組員の平均年齢は25歳。無線長の久保山愛吉さんが最年長で39歳でした。マーシャル諸島の海域でいつか漁船が不審な消え方をしたという話を聞いていた久保山さんは、自分たちがアメリカの軍事機密に遭遇したことをすぐ察知した。無線で助けを求めたり、日本に知らせたりしなかった。発信が傍受されたら撃沈されかねないから。

 ビキニで「死の灰」を浴びて吐き気に悩まされ髪は抜け、顔は黒ずんで吹き出物ができた。それでも2週間も耐えて静岡の焼津に帰りついた。それは奇跡です。乗組員は、被害者であることをのり越えて、水爆の生き証人となりました。

 事件の持つ意味の大きさ、それに見合ったベン・シャーンの絵の雄大なスケール、その両方が、ぼくに今こそ絵本を作らなければ、と思わせたんです。漁労長だった見崎吉男さんに聞いた話を思い出すと、23人の乗組員と一緒になっているように思える時がある。そこで気がつく。この物語が葬り去られたら取り返しのつかないことになると。忘れられるのをじっと待っている人たちがいますから。

 本当は、人間という生き物は、そんなに忘れっぽくないはずですけど。ただ、毎日テレビのまがいものニュース、ホワイトハウス本営発表の洪水に流されて、忘れてはいけないことまで忘れているんです。一人ひとり脳みそと心を鍛えて日々抵抗しなければ、大事なことをどんどん取り上げられてしまいます。

 ここで再び核兵器が使われる戦争を許したら、おしまいです。ぼくの母国が、朝鮮戦争でもベトナム戦争でも核兵器を使用できなかったのは、許さないという世界の市民の良識が力を発揮したからです。

 日本語に魅せられて来日したのは、90年の6月。まもなく湾岸戦争パート1が始まりました。そのときの日本の動きの中心に日本国憲法があって、議論の土台になった。そしてアメリカのマッチポンプの茶番に、日本の兵士が引きずり込まれなかったのは、憲法のおかげです。そんな防火壁になる、骨のあるすばらしい憲法があるんだ、と驚きました。

 憲法を守ろう、とよく言うけれど、それってちょっと生意気なんじゃないかという気がします。日本に住むぼくらみんな、どれだけ憲法に守られているか、どれだけその恩恵を受けているか、計り知れない。憲法の歯止めがなければ、日本国民もアメリカ国民並みに「国防費」を吸い取られ、社会を乗っ取られかねない。現行の憲法を変える必要はなく、もっと積極的に生かすべきです。

 安倍政権がどんなに憲法法に冷水を注いでも、憲法そのものはビクともしない。危ないのは憲法ではなくて人間です。憲法の危機ではなく、ぼくら日本の生活者の危機なんです。わが身にひきつけて考えることが大切で、そこから行動する勇気と活力がわいてくる。行動さえすれば世の中は変わるはずです。

《追記 2016年10月13日》
 この引用文中の安倍政権とは勿論第一次安倍政権だ。現在のアベコベ軽薄姑息うそつきオカルト政権は強引に「戦争法」という解釈改憲を行ない、「国防費」を大幅に増やし、アメリカから不当に高い戦争道具を買いまくっている。このようなアベコベ軽薄姑息うそつきオカルト政権の支持率が50%というのだから、その愚民たちにまたまた深く嘆息せざるを得ない。
今日の話題

2006年10月23日(月)
ジャーナリストのあるべき姿勢

 朝日新聞(10月18日)に、来日中のイグナシオ・ラモネというフランスのジャーナリストへのインタビュー記事(赤田康和記者)があった。もちろん、私には未知の方です。

 表題は「グローバリズム、残酷な社会生む」。グローバリズムが地球規模で富を収奪し、失業や経済格差を生む、というような指摘は日本でも良質の識者の指摘するところですが、私が記事に惹かれたのは「持続的な発展と人間の連帯を重視する経済システムを、市民運動でつくることは可能だ」と強調している点です。ブルジョア民主主義国家の支配層が「持続的な発展と人間の連帯を重視する経済システム」というような崇高な理念に自らの思想的営為で思い至る契機は、まずあり得ない。「政府を動かすのは市民運動だ」というのが、ラモネさんの持論だという。記事からラモネさんの言葉を抄出する。

 グローバリズムの問題点について。
「社会に競争を持ち込み、人間の連帯を破壊する」
「労賃がより低い国へと産業が移転し、失業が生まれる。すべてのモノは商品として扱われ、環境破壊が進む」

 日本でもそうした破壊がすごい速さで進行中です。

 グローバリズムは産業のみならず、文化の多様性も破壊する。
「英語が、どんな言語にも寄生虫のように浸食している。アメリカにとってハリウッド映画などの文化は、支配の道具だ」

 そういえば、オコチャマランチ狆ゾウの所信表明演説はカタカナ英語のオンパレードだった。そして、ポチ・コイズミがプレスリーのぶざまな物まねでブッシュに媚を売ったのも記憶に新しい。



またまた雑談日記さんの傑作アニメバナーです。

 グローバリズムは「人間が持つ消費への飽くなき欲望」のせい?
「世界の3分の1の人たちは、生存のための最低限の欲望も満たせずにいる。先進国の欲望とは全く違う」

 記者が「でも、あなたにも欲望はあるはず」と問うと
「私の欲望は世界が変わることです」

「政治家とメディアはグローバリズムは良いものだとささやいてきたが、それが残酷で乱暴な社会を生むものだと、人々は気付きつつある」

 マスゴミに毒されているマスゴミ愛好者たちは永久に気付かないだろう。自らがグローバリズムの直接の被害を受ける羽目になったとき、「悪いのは自分だ、自己責任を取ろう。」としか考えないのだろう。

 ラモネさんは自らが社主で編集主幹を務めている月刊誌「ルモンド・ディプロマティーク」(紙版と、日本版も含めたネット版を合わせて30カ国以上で発行されているという。)を、「ロード・ローラー車のような支配的な思想に対する、抵抗の砦」であり、「大衆の知的道具」でもあると位置づけている。その月刊誌も2年前から売れ行きが落ちているという。そのことについて
「世界中の有料日刊紙は、無料紙やインターネットとの競争に苦しんでいます」「生き残ることができるのは分析や考察ができるメディアです。」

 「分析や考察」の全くできない日本のマスゴミは早々に滅びるがよい。
今日の話題

2006年10月22日(日)
「共謀罪」、強行採決か?

 このホームページで初めて「共謀罪」を取り上げたのは、開設後間もない「第45回 2004年9月28日」(『共謀罪って、知ってましたか』)でした。「第456回 2006年3月20日」(『「共謀罪」が成立?』)ではその悪法の内容をアップしました。

 出しては引っ込め、引っ込めては出す、なんともしつこいヤツラだ。今回は引っ込めたばかりですぐ翻意、北朝鮮のイシハラもどき将軍さまの応援を受けて、ここぞチャンスと明後日(10月24日)の強行採決を狙っている。

 マスゴミは、それが自分たちにも降りかかってくる爆弾であるにもかかわらず、相変わらず知らん振りを決め込んでいる。そんな中、今日、東京 新聞が「こちら特報部」で大きく取り上げた。またまた東京新聞だけです。その中の小さなコラム<デスクメモ>が、短文ながら、現況の中での共謀罪の位置をみごとに言い表している。

 加藤紘一氏の実家への放火はテロだが、政府与党はだんまり。イラク戦争とその後の犠牲者は数十万人に上るが、ブッシュ政権は無視。都合のいい風にテロだの脅威だの。「〇×詐欺」の源流は、このへんにないのか。今週は後々、「暗い時代への転換点」と語られる一週間になるかも。もう十分、暗いけど。(牧)

《追記》2016年10月11日
 「共謀罪」は2004年に小泉政権によって提出されている。この時は翌年の衆議院解散によって廃案となった。小泉政権は2006年に再び「共謀罪」を提出した。この時は三回にわたって修正案が提出されたが、全て廃案になった。次いで2007年に「共謀罪」を提出したのは安倍政権だった。安倍は通常国会での成立を目指したが、審議に入らないまま継続審議となる。そして同年の特別国会に再提出され審議入りしたが、2009年の衆院解散によりふたたび廃案となっている。そして今、またまた安倍政権が来年度での成立を目指して策謀をめぐらしている。大変なご執心ぶりである。治安維持法よりひどいと言われている国民弾圧法案の成立に執心している自民党を支持している愚民が相変わらず多い。何をか言わんや、私は言葉を失っている。
今日の話題

2006/10/18(水)
国会前でのハンガーストライキ始まる。

 10月7日に掲載した吉田司さんのコラムの中の言葉「先鋭的な非暴力行動主義」は私(たち)の言葉では「非暴力直接行動」のことです。労働組合のストライキを初めとする各種の運動、大衆が主体となって行う各種の市民運動、集会、ライブ、デモ、座り込み、ハンガーストライキ…。「日の丸・君が代の強制」に対する不起立も権力が恐れている「非暴力直接行動」です。

 「非暴力直接行動」を権力はひどく恐れる。大日本帝国時代、労働運動はもとより、単なる言論集会でさえ容赦なく弾圧された。権力者の恐怖のほどがわかる。
 もちろん、よりソフトで巧妙になったとはいえ、現在でも言論弾圧は行われている。一部のマスコミを除いて、テレビ・大新聞などのマスゴミは自主規制という全面屈服をしている。集会・デモに対しても公安警察の監視やいやがらせも目につく。あからさまな弾圧もある。ビラを配っただけで逮捕とか、ごく普通のデモで逮捕された人もいる。

 植草一秀さんの「痴漢事件」は植草さんの口を封じるための冤罪のようです。最高裁は植草さんの特別抗告を棄却し、不当な勾留が続いている。「痴漢」容疑で保釈を拒むなんて一体どうなっているのだろうか。抹殺されかねないと植草さんの身を多くの人が憂慮している。この事件を詳しく論じているブログを紹介します。
神州の泉


 さて、有志の人たちが、教育基本法「改悪」反対を訴えるため、精神的にも肉体的にも過酷なハンガーストライキを始めた。掲示板「メールの輪」に[ant-hkm]MLで配信された現場報告を転載しておきました。
あんころ で写真入の詳しい報告が読めます。

 東京新聞は写真入で報道しています。朝日新聞は一行もなし。

(追記 2015年3月25日)
 「神州の泉」は筆者の高橋博彦さんが2015年1月26日に逝去されて今はアクセス出来ません。ご冥福をお祈りします。

 ブログ「あんころ」さんも、その後閉じられたようです。代わりにハンガーストライキを行った人たちの記録を紹介しておきます。


「2006年10・17教育基本法改悪阻止リレーハンスト突入速報写真集」
今日の話題

2006年10月16日(月)
キチガイに日の丸

 今日は朝から、みなさんと共有したいと思う情報がわんさかあって、どれを選ぼうか大いに迷いました。とりあえず[anti-hkm]MLで知ったおぞましい光景(写真)を紹介することにしました。
 「おぞましい」と書きましたが、写真を次々と見ていくうちに可笑しさがこみ上げてきてつい吹き出してしまうしろものです。ともかく見てみてください。

dr.stoneflyの戯れ言

 どういういきさつでこうした事態が出現したのか分かりませんが、まさにキチガイの様相を呈しています。これ相当な税金を使っていますよ。それとも私財をなげうってのご乱心でしょうか。いずれにしても常軌を逸しています。公共建造物にこのような醜悪なデコレーションをすることは許されません。このデコレーションは偏頗なイデオロギーのデモンストレーションとも言えましょう。市民の皆さんは黙認しているのでしょうか。

 つまらぬイチャモンをあらかじめお断りしておきます。おせっかいな「言葉狩り」に血道をあげる視野狭窄になっている人たちに対してです。

 「キチガイ」は「平常心を失って奇妙な行動をすること」という意味で「差別用語」ではありません。どだい、もともと「差別用語」などという言葉はありません。「言葉狩り」は言葉が本来持っている豊かさをそぎ落として、言葉を貧弱にしてしまう行為です。

 言葉はその使われる文脈によって「差別用語」になったりならなかったりするのです。そして『文脈によって「差別用語」』になるということは、意図的であろうとなかろうと、その文を書いた人の差別意識が表出されたということです。イシハラの「三国人」や「ババア」などはその典型です。

 肝心なことは、物心ついて以来身につけさせられてきた差別意識を、各自が真実を見る目を養うことを通して解消していくことでしょう。私の中にもまだたくさんの差別意識が残っていることを私は自覚しています。
今日の話題

2006年10月14日(土)
「うそ」を「ほんとう」で塗りつぶせ

 リバタリアン社会主義を実現した国こそ「美しい国」です。しかしこれだけではあまりにも抽象的過ぎてオコチャマランチ狆ゾウの「美しい国」と区別できない。
(リバタリアン社会主義については『リバタリアン社会主義(1)』『リバタリアン社会主義(2)』を参照して下さい。)

 一人一人の日常的な希望や願いを具体的に列挙していくことによって、偽の「美しい国」を私たちの「美しい国」のイメージに塗り替えていくのも必要ではないでしょうか。

 朝日新聞の「声」欄に「特別ではなく普通の政治を」(大阪府 門前幸恵さん)という次のような投書がありました。

 投資で大金持ちにならなくても、毎日まじめに働いたら、家族が安心して暮らせるようにして下さい。

 どうしても働けず困った時は、人間の尊厳を傷つけるようなことは言わずに、生活保護で助けて下さい。

 介護保険料は毎月払いますから、病気になったら安心してプロに介護していただけるようにして下さい。

 何でもかんでも民営化しなくてもいいですから、郵便局や役所が便利な距離にあって、安心して相談できるようにして下さい。

 大企業の大もうけの陰で、リストラや過労死がまかり通るようなことはやめさせて下さい。

 憲法は変えなくてもいいです。守ることに専念して下さい。

 少子化対策、特別なことは考えてくれなくてもいいですから、安心して子どもを産み、育てられる国にして下さい。

 アメリカのごきげんばかりとらずに、近隣の諸国とも仲良くできるような外交をお願いします。

 以上のことをやって頂ければ、教育基本法にわざわざ「愛国心」を書き足さなくてもよくなるでしょう。



 全部賛成します。しかし、「…して下さい。」とお願いするのではなく、主権者として「強く要求する」としてほしかった。

 次は本日の東京新聞の「本音のコラム」。鎌田慧さんの「日本の危機」。

 

 一カ月ほど留守にしていただけなのに、帰ってみると首相が代わって、日本は「美しい国」にペンキ塗り替え中。「国のために命を捨てる」という首相の言葉は前任者のように軽い。

 子どものときから効率で追い立てず、若者に希望をあたえ、女性が安心して子どもを産み、老人が大事にされ、身体の不自由なひとたちが不安にならない、そんな思いやりの社会なら、美しい国といえる。

 水道代さえ払えなくなって餓死したり、老老介護に疲れて無理心中したり、フリーターや派遣から脱出できないまま老人になりそうな、膨大なひとを生みだした責任をどうするのか。

 その人たちを尻目に、「戦後レジーム」とか、「再チャレンジ」などと、カタカナ語で政治を語ってほしくない。魂が入っていない。

 寄り合い所帯の新内閣がこれからどうなることやら、とクビをかしげていると、突然の北朝鮮の核実験騒ぎ。それも「二度目の実験」などの誤報 で大騒ぎになってタカ派の首相への「ご祝儀」のようになった。拉致問題で顔を売った首相は、こんどは「制裁」を振りかざして、このチャンスで受けにいっている。

 が、このカラ騒ぎが落ち着いたあと、中国、韓国との関係をどうするかが、依然として残されている。日本の危機は、テポドンや核ミサイルにあるのではない。すきに乗じて軍備を強めようとする、政権タカ派にある。



 門前さんと同じ「美しい国」を描いています。

 「日本の危機は、テポドンや核ミサイルにあるのではない。すきに乗じて軍備を強めようとする、政権タカ派にある。」という洞察にも賛成します。「政権タカ派」を私は「大日本帝国のゾンビ」と呼んでいます。
今日の話題

2006年10月13日(金)
『「アーミッシュ」という衝撃』の追記です。

 アーミッシュのことを書きながら、この共同体と外部の社会との関係が気になっていた。アーミッシュの人たちにとってこの共同体はユートピアに違いない。しかし、閉じられたユートピアは抑圧的な管理共同体になるか崩壊する。(『吉本隆明の「ユートピア論」(8) 「システム」を開く』を参照してください。)アーミッシュがユートピアとして300年も継続してきたからには、それなりに開かれた共同体ではないかと予想した。

 今日の東京新聞(朝刊)の「こちら特捜部」でアーミッシュが取り上げられていた。その記事の中に、アーミッシュと一般社会の関係に関する記述があった。

   池田氏(玉川大教授)によると、謙虚さを失わないために「他人より優れている」と思うことさえ否定するという。高等教育否定も高慢にならないための方途で、学校では読み書きと計算ぐらいしか教えない。他宗派の教義を知る機会はなく、賛美歌も独自のものという。

 このような記述からは完全に閉じられた共同体しかイメージすることができない。しかし、である。


 そんなアーミッシュを周囲の「イングリッシャー」は、どう見ているのか。

 栗原氏は「よき隣人同士という関係。アーミッシュは、古いアメリカの生活を残しているだけで、カルト(狂信的宗教)ではないから、治安がよく、観光資源でもある。エコブーム、健康志向からプラスイメージで取り上げられている」と話す。

 池田氏(「プレイン・ピープル ―アーミッシュ」の著者)は「アーミッシュは兵役を拒否をするため『ずるい』と批判されたりもするが、税金を払っているのに、国や自治体の世話にならないという生き方をしている」とも。

 無抵抗を貫徹するアーミッシュは幼児洗礼を否定するため、大人になったときに、「イングリッシャー」になることを選択できる。しかし、アーミッシュにとどまる率は、八割にものぼるという。

 一般社会からも好意的に受け止められていているし、外に開かれた仕組みをもっているようです。

 ちなみに、アーミッシュでは古いドイツ語が用いられていて、外部社会の人を「イングリッシャー」と呼んでいる。

 余談。
 「兵役を拒否をするため『ずるい』と批判」するのは、よくお目にかかる劣情表現です。労働者のスト(例えばかっての国鉄スト)を、いつも他の労働者が声高に迷惑がって足を引っ張り労働組合つぶしに手を貸してきた劣情。いまではさしずめ、公務員(もちろん、ここでいう公務員とは支配層を構成している高級官僚ではなく、労働者としての一般公務員を指す。)は給料が高いとか労働条件がめぐまれすぎていてけしからんという劣情。
 みんなが兵役を拒否すれば、支配層だけで戦争をすることになる。そうなれば支配層は戦争という手段を捨てるでしょう。またもし、公務員にかぎらず、よりよい労働条件の恵まれた労働者がいるのなら、その条件を自分たちのレベルまで引きずり下すのではなく、自分たちの置かれた条件を恵まれた方の条件に引き上げる運動をすべきでしょう。
今日の話題

2006年10月9日(火)
「アーミッシュ」という衝撃

 先週、アメリカの学校内で生徒を射殺する事件が立て続けに2件報道された。そのうちの一つ、ペンシルベニア州のアーミッシュの学校での事件には強い衝撃を受けた。

 学校に侵入した男(32歳)は男子生徒を教室から出るよう命じた後、女子生徒を黒板の前に並ばせて縛り、処刑をするように頭を撃って3人の生徒を射殺した。ほかに8人が負傷している。その後、男は自殺。

 少女たちの年齢は8歳から13歳。射殺された少女の一人(13歳)は年少の子どもを逃がそうと「自分を先に撃ってください」と男に申し出たということが、生存者の証言で分かった。さらにこの少女の妹も自分を撃つように男に訴えたという。妹は撃たれて肩などを負傷した。

 私はこの少女の言動に衝撃を受けた。この自己犠牲の精神はいったい何だろう。私の怯懦な心がたじろぐ。羞恥でうつむく。やがて、少女への畏怖の念がうつうつと湧き上がる。

 アーミッシュはドイツ系プロテスタントの宗派で、300年ほどの歴史をもつ。ヨーロッパでは異端視され続け、最もよく信仰の自由を保障しているペンシルベニア州(「第138回-2004年12月30日~第139回-12月31日」参照)を選んで移住してきたという。厳格な教義を守り、電気や自動車などの近代文明を否定し、農業を中心に質素な生活を続けている。男性は黒い山高帽に白いシャツ、サスペンダーで吊るした黒いズボン、女性は白い作業ドレスを着用して質素で静かな生活を守っている。

アーミッシュ1

アーミッシュ2


 私の驚愕はさらに続く。

 事件後、アーミッシュの人々は「加害者の家族のために祈れ」ということを最優先に活動しているというのです。アーミッシュ長老のウェス・ヨーダ氏はTVの取材に対して、「全国から送られた弔意には感謝しますが、我々への弔意ではなく加害者の家族のために祈って欲しい」というメッセージを発信している。

 また別の長老は「人間が悪意の犠牲になることは、残念だが根絶はできない。ならば、憎しみとともに生きるよりも、死を受け入れ、死もまた人生の一部として生きてゆくしかない」と言っている。

 そして凶行の当日の晩に、アーミッシュの年長の婦人グループが加害者の家を密かに訪れて、夫であり父親である男が「殺人犯として自殺した」ことで衝撃の中にあった家族に対して「赦し」のメッセージを伝えているという。

 亡くなった少女たちの葬儀が5日に執り行われた。供花や賛美歌などの演出は一切ない禁欲的で質素で、しかも凛として静かなものだったという。

 また、この葬列は墓地に向かう途中で加害者宅の近くを迂回して、改めて「赦し」の姿勢を示した。そればかりか加害者の妻を葬儀に招いてもいるという。  金儲けや権力への接近にばかりうつつをぬかしいるカルト宗教もあれば、教義のために無差別殺人をするカルト宗教もある。また、日本のマスゴミとその付和雷同者らは「被害者の正義」に悪乗りして、必要以上に加害者の家族を追い詰める。
 このような日本社会の醜悪さを日々見せつけられている私には、アーミッシュのこの無限の寛容と許しの精神には、今は畏怖の気持ちばかりで言葉がない。
今日の話題

2006年10月8日
パリ不戦条約

 昨日の吉田さんの文章から二つのことが私の心に残った。「パリ不戦条約」と「先鋭的な非暴力行動主義」。今日は「パリ不戦条約」のことを調べた。

 第一次大戦後1927年にアメリカ合衆国、フランス、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、日本といった当時の列強諸国をはじめとする15か国が署名し、その後、ソビエト連邦など63か国が署名した。

 表面的には、戦争の拡大を防ぐためとされるが、実際は、欧米列強の自国の植民地を守るために作った国際法だという見方が一般的だそうだ。しかし、その内容は日本国憲法の「戦争放棄」の思想と同じで、画期的なものです。

 この条約には期限が明記されていないため、今日においても国際法として有効であるとされている。しかし、世界は戦争という殺戮が今もって絶えない。加盟国の多くが自衛権という名目で戦争を留保している。またこの条約には違反に対する制裁条項もないため実効性をもたないのです。

 しかし、理想は持ち続けるべきです。そうじゃありませんか、オコチャマランチ狆ゾウ殿。

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 条文は次のようです。


 人類ノ福祉ヲ増進スベキ其ノ厳肅ナル責務ヲ深ク感銘シ、其ノ人民間ニ現存スル平和及友好ノ關係ヲ永久ナラシメンガ爲國家ノ政策ノ手段トシテノ戰爭ヲ率直ニ抛棄スベキ時期ノ到来セルコトヲ確信シ、其ノ相互關係ニ於ケル一切ノ變更ハ平和的手段ニ依リテノミ之ヲ求ムベク、又平和的ニシテ秩序アル手續ノ結果タルベキコト及今後戰爭ニ訴ヘテ國家ノ利益ヲ増進セントスル署名國ハ本條約ノ供与スル利益ヲ拒否セラルベキモノナルコトヲ確信シ、其ノ範例ニ促サレ世界ノ他ノ一切ノ國ガ此ノ人道的努力ニ参加シ且本條約ノ實施後速ニ加入スルコトニ依リテ其ノ人民ヲシテ本條約ノ規定スル恩澤ニ浴セシメ、以テ國家ノ政策ノ手段トシテノ戰爭ノ共同抛棄ニ世界ノ文明諸國ヲ結合センコトヲ希望シ、茲ニ條約ヲ締結スル

第1條
 締約國ハ國際紛争解決ノ爲戰爭ニ訴フルコトヲ非トシ、且其ノ相互關係ニ於テ國家ノ政策ノ手段トシテノ戰爭ヲ抛棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ厳肅ニ宣言ス

第2條
 締約國ハ相互間ニ起コルコトアルベキ一切ノ紛争又ハ紛議ハ其ノ性質又ハ起因ノ如何ヲ問ハズ平和的手段ニ依ルノ外之ガ處理又ハ解決ヲ求メザルコトヲ約ス

第3條
 本條約ハ前文ニ掲ゲラルル締約國ニ依リ各自ノ憲法上ノ用件ニ従ヒ批准セラルベク且各國ノ批准書ガ總テ「ワシントン」ニ於テ寄託セラレタル後直ニ締約國間ニ實施セラルベシ

(今回は2回分をまとめて掲載します。)

今日の話題

2006年10月6日(木)
「美しい国」を逆から読むと?

 面白いこと考える人がいますね。「うつくしいくに」→「にくいしくつう」→「?」

 またまた雑談日記さんのアニメバナーです。 雑談日記さんの安倍アニメ決定版Ver.1~Ver.2一挙掲載

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2006年10月7日(金)
私の新聞の読み方

 私は新聞のあまりよい読者ではない。まず、一般記事については大きい字(表題や副題)をザーッと見る。その結果関心を引かれた記事だけを読む。だから、一般記事をまともに読むことはあまりない。

 署名入りのコラムはわりとよく読む。それを読むためにだけ購読しているといってもよい。ここ2,3年の朝日新聞の論調に不満で、朝日新聞をやめて東京新聞に変えようと思ったが、思い直して続けている。加藤周一さんや丸谷才一さんなどの文章を楽しみにしているからです。東京新聞はこの4月から購読を始めました。私が読む記事は東京新聞のほうが断然多い。

 東京新聞の「本音のコラム」の辛口コラムストの発言が楽しみの一つです。もちろん、甘口コラムストもいる。ここで「甘い」「辛い」というのは支配者もどきの「規範意識」への帰属度・抵抗度のことです。甘口コラムは底が見えていてあまり読む気がしないが、一応批判精神の鍛錬のために読むことにしている。

 新しく吉田司さん(ノンフィクション作家)が加わった。昨日、そのデビュー挨拶がありました。今後が楽しみです。


憂国の言葉

 新連載です。「挨拶をかねて日本を思う<憂国の言葉>をるる並べさせ ていただきます。

 安倍普三内閣の『美しい国』づくりがスタートしましたが、はて、この美しい国の故郷とはどこでしょう?

 吉田松陰らを生んだ山口県「長州藩」だと思っていたら大きな間違いです。この内閣は「日米同盟は不可欠…ベストの選択」(『美しい国へ』)と広言してはばからない<アメリカ印のナショナリズム>内閣ですから、その故郷は日本国内に在らず。遠く海を渡ったサンフランシスコの「戦争記念オペラハウス」(1951年の日米安保条約調印会場)が故郷なのです。

 そこで、私も所属する「主権在民!共同アピールの会」は先月、オペラハウス前でパリ不戦条約(28年)の「戦争放棄」宣言を読み上げ、「美しき集団的自衛権」内閣への〝先制攻撃″をしてきました。

 その時に出会ったカリフォルニア大のマイケル・ナグラー教授の言葉を伝えます。

「日本人は平和憲法という<非暴力>の伝統を持っています。今はそれをもっと先鋭的な非暴力行動主義に変えて、安倍内閣に対抗してゆくべきです」。アメリカでも、日本国憲法のもつ《不戦の力》に注目するうねりが少しずつ起き始めているのです。
今日の話題

2006年10月5日(水)
「コイズミ・タケナカの悪事」の情報源

 10月1日の「今日の話題」で取り上げた「コイズミ・タケナカの悪事」の情報を流した人は藤原直哉氏らしいと私は書きました。

 ウソと分かっている情報を故意に流せばその人の信用にかかわり、それなりのステイタスをもっている人なら社会的に抹殺されかねない。そのようなリスクを払ってまでウソ情報を故意に流す人はいないだろう、と私にはそのように思っていました。だから、匿名の記事を鵜呑みにすることはありませんが、氏名を明記して発する情報は信用してもよいという判断が私にはありました。しかし、「コイズミ・タケナカの悪事」の件ではすっかりだまされたようです。甘かった。

 藤原氏はこの件の情報源について次のように述べています。

『(略)まず3兆円(米国にくれてやった340兆円の1%に相当します)の情報ソースですが、自民党政権の裏方をやっている実力者2人からほとんど同じよう話を聞きましたので、事実だと考えています。お2人とも私の昔からの友人で、そのうちの1人は小泉ともよーーくお知り合いですから、小泉にネタ元は誰だかわかるでしょ、と聞いてもらえばわかると思います。小泉政権誕生の際の自民党総裁選挙のとき、おれが出ても橋本にかなわないよ、と弱気を言っていたのを、純ちゃん出るしかないよ、と言って背中を押した人です。』

   この件について次のように分析している人がいます。 神州の泉さんです。紹介を兼ねてその一部を引用します。


 ここで語られている驚くべき内容の真偽は確かめようもないが、すでに郵貯が米国債に充当されたという事象は俄かには信じがたい。郵政民営化が本格始動するのは来年の10月であるから、時制的におかしいし、金融関係者からその話がリークされている様子もない。もしそういう巨大な資金 の動きがあったのであれば、これに不審を抱く者が必ずあらわれると思うからである。そういう噂がいっさい出ていない。

 しかしである、数字そのものはともかくも、郵政民営化の本当の目的がこの話の構造と一致していることは確かである。すなわち「郵政米営化」である。ここで私は二つの推測をした。一つは、この話は郵政資金の外資食いを防ぐために世論喚起として故意に投入した可能性と、もう一つは、郵政資金の流れに対して、日本人が今、どれほどの警戒感を抱くのかという、米国政府機関による日本人の反応をリサーチする目的があるのかもしれない。私自身は前者の可能性が高いと思っている。すなわち警告のために、敢えて米国の思惑が完了したと過去形で語っているような気がする。


 この続編もあって、なかなか鋭い論説をしています。

 なんだか謀略の臭いプンプンです。政治の世界はこわいですねえ。油断ならない。実証のない情報にはよりいっそう用心深くしましょう。

(追記2016年10月3日
 「郵政米営化」を取り上げている記事を思い出した。紹介しておきます。
『日本の支配者は誰か(6)「政党と国会はアメリカの意志で動いたし、動いている」』
今日の話題

2006年10月4日(火)
大日本帝国が愛したワン・フレーズ

 朝日新聞(3日)の丸谷才一さんのコラム「袖のボタン」はコイズミ・オコチャマランチ狆ゾウを代表とする昨今の日本の政治家の言葉の軽さ・貧しさがテーマです。私には冒頭の部分が面白かった。


 小泉前首相の語り口はワン・フレーズ・ポリティクスでいけないという、あの非難を耳にするたびに、おや、と思った。物心ついてからこの方、日本の政治はみなワン・フレーズであったからだ。

 わたしの歴史は六歳になったばかりの満州事変勃発ではじまるのだが、その張本人、石原莞爾は満州国の国是として「五族協和」をかかげた。天皇機関説が問題になると「国体明徴」とか「万世一系」とか「金甌無欠」とかがしきりに言われ、昭和史前半の標語は「八紘一宇」だった。近衛内閣は「聖戦完遂」と唱えつづけ、平沼内閣は欧州情勢が「複雑怪奇」であるとして退陣し、東条英機はいくさが敗けそうになると「本土決戦」「一億玉砕」などと強がり、いよいよ手をあげるとき鈴木内閣は「承詔必謹」と国民に諭した。吉田茂は南原繁を「曲学阿世」とくさし、池田勇人は「所得倍増」で、田中角栄は「列島改造」、中曽根康弘は「不沈空母」だった。こうして見ると四字熟語の連続で、字数が多いのは「統帥権干犯」(北一輝)、「大東亜共栄圏」、「ABCD包囲陣」(この二つは誰が言い出したか不明)くらいのものか。



 この諧謔・揶揄を大日本帝国のゾンビたちは「自虐だ!非国民だ!」とわめくだろうか。

 大日本帝国以来、為政者たちは民心をたぶらかすための標語に「四文字熟語」を愛用してきたのですね。ポチコイズミのワン・フレーズはこれを「ぼっこわした」。なかなかの功績です。そして、オコチャマランチ狆ゾウはカタカナ英語でその無知無能を糊塗しようとしている。いや、アメリカの属国であることを表明したかったのかな?

 さて、私は「金甌無欠(きんおうむけつ)」と「承詔必謹(しょうしょうひっきん)」というのには始めてお目にかかった。「承詔必謹」の意味は調べるまでもなく分かる。しかし「ひっきん」は「失禁」の間違いではないかと思ったりする。 だって、あまりにも恐れ多くてつい「しっきん」、なんちゃって。

 「金甌無欠」のほうはさっぱり分からない。調べました。

 まず「甌」という字の意味は「小さな土器・小さなかめ」です。したがって「金甌無欠」は「少しも欠けたところのない黄金のかめ」という意で、転じて「外国の侵略を受けたことがない完全な独立国家」という意味になるそうです。出典は「南史」の武帝の言葉。

 なんだ、大日本帝国の発明語じゃないんだ。さんざんバカにしてきている中国からの借り物だった。もっとも漢字そのものが中国からの借り物でした。
 そして「金甌無欠」と自慢しながら、その中国を侵略しまくっていたんだなあ、大日本帝国は。そしてその大日本帝国のゾンビたちがまた中国と戦争したがっている。

 なお付け加えると、沖縄もアイヌモシリも日本国によって侵略され属領とされたのでした。