2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《沖縄に学ぶ》(32)

沖縄問題の本質(9):辺野古問題

 辺野古問題の発端は普天間基地問題にある。普天間基地の危険性については何度か触れてきたが、改めて取り上げておこう。

(以下、新崎盛暉著『日本にとって沖縄とは何か』を教科書にしています。)

 新崎さんは普天間基地の危険性を次のようにまとめている。

 普天間基地の危険性がとりわけ強調されるようになるのは、04年に沖縄国際大学に普天間基地所属のヘリが墜落したことをきっかけとしている。普天間基地が、アメリカであれば米軍の飛行場安全基準違反で存在しえない基地であることを具体的資料を探し出して明らかにしたのは、当時の伊波洋一宜野湾市長だった。06年11月1日、伊波市長は、「普天間基地安全不適格宣言」を発し、速やかな危険性の除去を訴えた。普天間基地周辺には、米軍の安全基準が土地利用を禁止しているクリアゾーンであることが明らかにされていなかったために、そこに公共施設・保育所・病院が18ヵ所、住宅約800戸もでき、3600人もの住民が住みついてしまったのである。

 ここに住み着いた人たちに対して、「アメリカ世の沖縄(3)」で取り上げたように、百田という作家がとんでもない妄言を披瀝している。しかし驚いたことに、同じ妄言を発しているのは自民党議員かネトウヨだけかと思っていたが、大学の教授までいると言うのだ。

 普天間基地の危険性が強調されるようになると、ネット上には、「危険への接近論」が登場する。誰もいないところに基地をつくったら、カネを求めて住民たちが寄って来たという主張である。この荒唐無稽の主張は、瞬く間に広がり、大学の教壇から、自民党議員の勉強会まで、さまざまなところで語られるようになった。13年10月18日付の琉球新報のコラム「金口木舌」には、次のような話が紹介されていた。

 先月、安全保障を学ぶ関東の大学生が宜野湾市の嘉数高台を訪れた。そこで驚き、戸惑ったのは、住宅に囲まれた米軍基地の光景だけではない。「ここには戦前、六つの集落があった」との案内人の説明に、だ。
 学生は国際政治学の教授からこう教わっていた。「普天間飛行場は何もない原野に、米軍が適正な手続きを経て造った。その後、基地からの金を求めて、周りに住民が住み着いた。今になって反対する沖縄の人はおかしい」と

・・・・・・・・・・・
(注)
「金口木舌(きんこうぼくぜつ)」という四字熟語に初めて出会った。手元の「四字熟語の読本」(小学館)で調べてみた。次のような意味だった。
〔意味〕
 すぐれた言説によって社会を教え導く人のたとえ。
〔参考〕
 元来は、木製の舌(木舌)をもった金属製の大きな鈴の意で、木鐸(ぼくたく)と同義。昔中国で、官吏が命令や法律を人民に示すときに振り鳴らしたものをいう。 ・・・・・・・・・・


 ところで、教科書にも沖縄への偏見記述があることが報道されている。そしてその偏見は文部官僚が共有しているらしい。琉球新報の2016年4月24日付の社説を転載しておこう。

<社説>帝国書院教科書 文科省が「間違い」正せ

 2007年に公表された文部科学省の教科書検定結果は「集団自決」(強制集団死)の記述に関し「沖縄戦の実態について誤解する恐れがある」として修正を求めた。

 軍関与を断定的に表現しないという新基準を設け、各社教科書は沖縄戦の実相を伝えられない結果になった。沖縄の歴史、事実をゆがめるという意味で、文科省は今、同じ過ちを繰り返そうとしている。

 17年度から使われる高校教科書、帝国書院「新現代社会」のコラムで沖縄経済への事実誤認があった問題は、帝国書院の訂正申請が認められたが、本質的に沖縄への無理解は改められていない。

 この問題で教科書への軍命記述復活を目指す「9・29県民大会決議を実現させる会」は、文科省に帝国書院への再訂正申請を促すよう求めた。しかし文科省側は「完全に間違いという判断に至らなかった」と事実誤認を放置する姿勢だ。

 帝国書院教科書コラムは「誤解する恐れ」どころか、誤解と構造的差別を助長する記述にあふれる。

 「毎年約3000億円の振興資金を支出」「(基地が集中するのは)東南アジアに近く地理的な要衝」「アメリカ軍がいることで、経済効果があるという意見」があり「基地を容認する声もある」。

 コラムの記述は、ネット上に流布するデマと変わらない。それどころか教科書という権威でデマにお墨付きを与えることになりかねない。基地への経済依存度が高いなど一部は修正されたが、まだ明らかな事実誤認は残っている。

 帝国書院は再訂正するかどうか言及していない。ならば「誤解する恐れ」のある記述には、文科省が修正を求めるのが筋であろう。

 教科書検定制度は、適正な教育内容の維持、教育の中立性の確保といった社会の要請に応えるものとされる。適正でもなければ、中立でもない記述は県民の要請に従って直ちに見直すべきものだ。それができないのであれば、検定制度そのものの意義が失われる。

 論語に次の言葉がある。「過ちては改むるに憚(はばか)ることなかれ」。また「過ちて改めざる、これを過ちという」。

 そもそも文科省が検定の過程で、事実誤認に気付いて修正を求めれば、こうした問題は起きなかったはずだ。今からでも遅くはない。文科省は指導力を発揮して、沖縄の現実を反映しない教科書が社会に出ることを止める責任がある。

 さて、普天間基地の危険性が認められて、それでは何故その代替基地が辺野古なのか。私には、普天間基地を返還するだけで代替基地を新設する必要など無い、と思えるのだが。

 一方では逆に、危険性の除去が新基地建設促進の口実として強調されるようになった。その傾向が最も顕著なのが、安倍政権である。普天間基地の移転先をどこにするのか。日米両政府が、名護市辺野古を候補地として挙げた理由の一つも危険性の除去だった。普天間基地周辺には、基地の危険性が及ぶ地域に8万5000人が住んでいるが、辺野古周辺は1500人しか住んでいない、というのである。

 基地の危険性が及ぶのは、必ずしも基地周辺の住民だけではない。普天間基地所属の軍用機の墜落事故は、乗員の死亡を伴うものだけでも何件もあるが、それらは、基地から離れた訓練場や海上で起きている。事故の発生件数やその被害ということでいえば、最も危険な米軍基地は、嘉手納基地である。

 嘉手納基地所属の米軍機の事故は、普天間基地をはるかに上回り、その中には、死者17人・負傷者121人(後に一人後遺症で死亡)を出した石川市(現うるま市)の宮森小学校へのジェット機墜落事故(59年6月30日)、死者2人・負傷者4人を出した具志川市(現うるま市)のジェット機墜落事故(61年12月7日)など住民を巻き添えにしたものもあるが、それは、必ずしも基地周辺で発生するわけではない。

 実は日米両政府が辺野古にこだわるのは、米軍が、60年代に、大浦湾のキャンプ・シュワブ沖を埋め立てて、現在とほぼ同様な基地建設を計画していたからである。ベトナム戦争当時の沖縄の政治情勢やアメリカの財政事情もあって、この計画は実現しなかったが、普天間返還の代替施設として、この基地建設計画がよみがえったのである。しかも経費はすべて日本が負担する。

 「撤去可能な海上ヘリ基地」から、「辺野古沿岸沖2キロのリーフ上の15年使用期限付き軍民共用空港」へ、そして「大浦湾から辺野古沿岸を埋め立てV字型に2本の滑走路を持ち、強襲揚陸艦も接岸可能な港湾施設や弾薬搭載場も持つ」現在の案へ、計画は軍事的観点から見れば理想的な形に近づきつつある。

 米国防総省の報告書によれば、この基地は、「運用年数40年、耐用年数200年」といわれている。「埋め立て」といっても、海面から10メートルもある、見上げるような基地がジュゴンの餌場の上にそびえたつ。沖縄の未来は闇に閉ざされる。このころになると、基地容認、安保容認の現実主義者たちも、安保が必要なら日本全体で考えてほしい、普天開基地の代替施設が必要なら県外へ、と主張せざるをえなくなったのである。

 かつて沖縄は、「太平洋の要石」と呼ばれたこともあり、軍事的観点からその地理的位置が重視されたこともあった。だが、軍事大国としての中国の台頭は、かえってその脆弱性を浮き彫りにしつつあり、「沖縄の負担軽減」を口実に、海兵隊の一部を日本が基地整備の経費を負担してグアムなどに移転させようとしている。

 軍事専門家の森本敏は、防衛大臣を辞任するときの記者会見(12年12月)で、普天間代替施設は、「軍事的には沖縄でなくてもよいが、政治的に考えると、沖縄がつまり最適の地域である」と述べている。こうした発言をする彼と同じ立場の軍事専門家は少なくない。すなわち、軍事的観点からは、沖縄である必要はないが、米軍基地はできるだけ沖縄に閉じ込めておくほうが、全国的な政治問題化しにくい、というのである。中谷元も防衛大臣就任前の14年3月、学生団体のインタビューに対して「理解してもらえる自治体があれば(県外にも)移転できるが、なかなか「米軍反対」というところが多くて移転は進まない」、「分散しようと思えば九州でも分散できる」と答えている(14年12月25目付沖縄タイムス)。

 これまでの学習により私たちは森本も中谷もウソをついていると分る。沖縄以外の自治体への働きかけなど全くやる気はない。辺野古以外を選べないのはアメリカの意向に逆らえないからだけなのだ。前回に取り上げた1957年の秘密文書には次のような一項(日本政府が合意してしまった)があるだ。
「新しい基地についての条件を決める権利も、現存する基地を保持しつづける権利も、米軍の判断にゆだねられている」

 辺野古問題の大きな側面として「海を埋め立てる」ことの是非問題がある。新崎さんは次のように解説している。

 もう一つ、那覇空港の沖合展開(第二滑走路の建設)に関して、「危険性の除去」を「新基地建設促進」に利用しようとするのと似た議論があることに触れておこう。

 那覇の埋め立ては容認しながら辺野古の埋め立てに反対するのは、ダブルスタンダードだというのである。復帰後沖縄は、47都道府県の中で、もっとも埋立面積の比率が高くなっている。広大な米軍用地に押し出された形である。だが、埋め立てられた土地が必ずしも有効利用されていないこと、著しい環境破壊につながることなどを理由に、金武湾闘争から現在の沖縄市の泡瀬(あわせ)干潟の埋め立て反対運動まで、埋め立て反対の運動は強まりつつある。那覇空港の沖合展開も好ましいことではない。

 解決策は何か。那覇空港の民間専用空港化である。さらに言えば、世界一危険な嘉手納飛行場の返還である。

 那覇空港の沖合展開を認めるなら、辺野古の埋め立ても認めろといった転倒した議論は、やがて、非軍事化こそ、自然環境の保護と経済的文化的交流拠点の構築・発展の両立に最も望ましいのだという議論を呼び起こし、強めていくことになるだろう。

 沖縄のアメリカ軍基地はすべて「銃剣とブルドーザー」によって住民から奪った上地に建設したものである。もし、辺野古での基地建設を認めてしまったら、それは沖縄県民が初めてアメリカ軍基地の存在を容認すること意味する。これが辺野古での新たな基地建設に対して、沖縄の人たちが体を張って粘り強い抵抗運動を闘っている最大の理由だ。上記のような密約に合意をして、今でもそれを後生大事にしている傀儡日本政府には何も期待できないことを沖縄の人たちはよく分っているのだ。
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《沖縄に学ぶ》(31)

沖縄問題の本質(8):日本には国境がない

 前回掲載した「横田ラプコン」図に「横田空域と米軍基地太平洋上から横田空域を通って米軍基地にノーチェックで米軍基地に降り立った米軍関係者他が、へリコプターで六本木にあるへリポートに移動し、日本への「入国」が完成する。」という解説文が添えられていた。今回はこれを取り上げよう。

 これまで見てきたように、1952年のサンフランシスコ講和条約により日本は独立を回復したはずなのに、アメリカの軍事占領状態が継続していた。これまで、それを明らかにしてきた証拠としてアメリカで機密解除された公文書をいくつか取り上げてきたが、その中に日本がアメリカの植民地状態に置かれていることを示す文書がある。1957年2月14日、日本のアメリカ大使館から本国の国務省にあてて送られた基礎資料を基に作成された秘密報告書がそれだ。その報告書は当時、再選されたばかりだったアイゼンハワー大統領が、世界中の米軍基地の最新状況を把握するため、フランク・ナッシュ大統領特別補佐官に命じてつくらせた極秘報告書で、「ナッシュ・レポート」と呼ばれている。

 その報告書については『沖縄問題の本質(2)』でも紹介した新原昭治著『日米「密約」外交と人民のたたかい』で取り上げられているが、矢部さんが英文から部分翻訳したものを読んでみよう。

「在日米軍基地に関する秘密報告書」

 日本国内におけるアメリカの軍事行動の(略)きわだった特徴は、その規模の大きさと、アメリカにあたえられた基地に関する権利の大きさにある。〔安保条約にもとづく〕行政協定は、アメリカが占領中に保持していた軍事活動のための(略)権限と(略)権利を、アメリカのために保護している。安保条約のもとでは、日本政府とのいかなる相談もなしに(略)米軍を使うことができる。

 行政協定のもとでは、新しい基地についての条件を決める権利も、現存する基地を保持しつづける権利も、米軍の判断にゆだねられている。それぞれの米軍施設についての基本合意に加え、地域の主権と利益を侵害する数多くの補足的な取り決めが存在する。数多くのアメリカの諜報活動機関(略)の要員が、なんの妨げも受けず日本中で活動している。

 米軍の部隊や装備(略)なども、地元とのいかなる取り決めもなしに、また地元当局への事前連絡さえなしに、日本への出入りを自由におこなう権限があたえられている。すべてが(略)米軍の決定によって、日本国内で演習がおこなわれ、射撃訓練が実施され、軍用機が飛び、その他の非常に重要な軍事活動が日常的におこなわれている。

 ほとんどは、すでにこれまでの『沖縄問題の本質』で取り上げてきて、私たちにとっては既知の事柄だが、赤字部分が今回のテーマと関連する。

 矢部さんは「横田ラプコン」図から読み取れることを、次のように解説して「日本には国境がない」と慨嘆している。

 太平洋上空から首都圏全体をおおう巨大な空域が米軍によって支配されています。日本の飛行機はそこを飛べませんし、米軍から情報をもらわなければ、どんな飛行機が飛んでいるかもわかりません。

 そしてその管理空域の下には、横田や厚木、座間、横須賀などといった、沖縄並みの巨大な米軍基地が首都東京を取りかこむように存在しており、それらの基地の内側は日米地位協定によって治外法権状態であることが確定しています。このふたつの確定した事実から導かれる論理的結論は、
 「日本には国境がない」
という事実です。

 2013年にアメリカ政府による違法な情報収集活動が発覚したとき(いわゆる「スノーデン事件」)、「バックドア」という言葉がよく報道されました。つまり世界中にあるさまざまなデータべースが、表面上は厳重に保護されているように見えても、後ろ側に秘密のドアがあって、アメリカ政府はそこから自由に出入りして情報を人手していたというのです。

 日本という国には、まさに在日米軍基地というバックドアが各地にあって、米軍関係者はそこからノーチェックで自由に日本に出入りしている。自分たちの支配する空域を通って基地に着陸し、そのまま基地のフェンスの外に出たり入ったりしているのです。だからそもそも日本政府は、現在、日本国内にどういうアメリカ人が何人いるか、まったく把握できていないのです。

 国家の三要素とは、国民・領土(領域)・主権だといわれます。国境がないということは、つまり領域がないということです。首都圏の上空全域が他国に支配されているのですから、もちろん主権もない。日本は独立国家ではないということになります。

 矢部さんは続いて「ナッシュ・レポート」の赤字部分を次のように解説している。

 だんだん書いていて悲しくなってきましたが、いくらつらくても、「はじめに」で書いた「大きな謎を解く」ためには、現実をしっかり直視しなければなりません。この問題に関連してもうひとつ、非常に重要な事実があるからです。

 それは米軍基地を通って日本に自由に出入りするアメリカ入のなかに、数多くのCIAの工作員が含まれているということです。こう言うと、
 「ほら始まった。やっぱりこいつは陰謀論者だ」
と思う方がいるかもしれません。しかし、ちがうのです。先ほどど紹介した大統領特別補佐官への秘密報告書をもう一度見てください。そのなかに、はっきりとこう書かれているのです。
 「数多くのアメリカの諜報活動機関(略)の要員が、なんの妨げも受けず日本中で活動している」 とちゃんと書いてありますよね。驚くべきことではないでしょうか。こうした権利も1960年の密約によって、現在までなにも変わらず受けつがれている。

 現在でも米軍やCIAの関係者は直接、横田基地や横須賀基地にやってきて、そこから都心(青山公園内の「六本木ヘリポート」)にヘリで向かう。さらに六本木ヘリポートから、日米合同委員会の開かれる「ニューサンノー米軍センター」(米軍専用のホテル兼会議場)やアメリカ大使館までは、車で5分程度で移動することができるのです。それでも日本政府はなんの抗議もしないわけです。

 先にふれたスノーデン事件のとき、電話を盗聴された各国(ドイツやフランス、ブラジルなど)の首脳たちがアメリカ政府に激しく抗議するなか、日本の小野寺防衛大臣だけは、
 「そのような報道は信じたくない」
と、ただのべるだけでした。日本の「バックドア」は情報空間だけでなく、首都圏上空や米軍基地という物理空間にも設けられている。そのことを考えると、いまさらそんな盗聴レベルの問題について抗議しても、たしかに意味はありません。そう答えるしかなかったのだと思います。

 六本木というのは東京の都心中の都心です。そこに「六本木ヘリポート」というバックドアがあり、CIAの工作員が何人でも自由に入国し、活動することができる。そしてそれらの米軍施設内はすべて治外法権になっており、沖縄や横須賀や岩国と同じく、米軍関係者が施設外で女性をレイプしても、施設内に逃げこめば基本的に逮捕できない。これはまちがいなく、占領状態の延長です。

 PART1でお話しした私の本(『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること―沖縄・米軍基地慣行ガイド』)のメイン・タイトルにある「沖縄の人はみんな知っていること」、それは同時に「本土の日本人以外、世界中の人が知っていること」でもあるのですが、それは、
 「外国軍が駐留している国は独立国ではない」
という事実です。

 だからみんな必死になって外国軍を追い出そうとします。あとでお話しするフィリピンやイラクがそうです。フィリピンは憲法改正によって、1992年に米軍を完全撤退させました。イラクもそうです。あれほどボロ負けしたイラク戦争からわずか8年で、米軍を完全撤退させています(2011年)。綿井健陽さんという映像ジャーナリストがいますが、彼がイラク戦争を撮影した映像のなかで、戦争終結直後、50歳くらいの普通のイラクのオヤジさんが町で大声で、こんなことを言っていました。
 「アメリカ軍にアドバイスしたい。できるだけ早く出て行ってくれ。さもなければひとりずつ、銃で撃つしかない。われわれはイラク人だ。感謝していることもあるが、ゲームは終わった。彼らはすぐに出て行かなければならない」(『Little Birds イラク戦火の家族たち』)
 普通のオヤジさんですよ。撃つといってもせいぜい小さなピストルをもっているくらいでしょう。しかし、これが国際標準の常識なんだなと思いました。占領軍がそのまま居すわったら、独立国でなくなることをよく知っている。

 前出の孫崎享さんに言わせると、実はベトナムもそうなんだと。ベトナム戦争というのは視点を変えて見ると、ベトナム国内から米軍を追い出すための壮大な戦いだったということです。

《沖縄に学ぶ》(30)

沖縄問題の本質(7):米軍ヘリ墜落事故

 前回に出てきた沖縄国際大学で起こった米軍ヘリ墜落事故を改めて取り上げることにする。

(今回は『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』が参考書です。)

 沖縄の土地の18%がアメリカ軍基地として使われている。それだけでも驚くべきことだが、なんと、上空は100%アメリカ軍に支配されているという。つまり、アメリカ軍の航空機はアメリカ人居住地以外はどこでも自由に飛べるし、どれだけ低空を飛んでもかまわない。爆音問題だけでなく、いつどこで墜落事故が起こるか分らない。爆音訴訟では厚木基地・横田基地の周辺の人たちも訴訟を起こしていたように、これは沖縄だけの問題ではない。

 私は羽田での飛行機の発着陸がなぜ千葉の方に向かうのか疑問に思っていたが、遅まきながら、その疑問が解けた。
横浜ラプコン
 上の図は横田ラプコン(RAPCON略語: Radar Approach Control レーダーによる航空交通管制)と呼ばれているアメリカ軍の管理空域を示している。日本の飛行機はそこを飛べないことになっているからなのだった。

 だから羽田空港から西へ向かう飛行機は、まず東の千葉県のほうへ飛んで、そこから急上昇・急旋回してこの空域を越えなければならない。そのため非常に危険な飛行を強いられています。

 まったく沖縄と同じなのです。法律というのは日本全国同じですから、米軍が沖縄でできることは本土でもできる。ただ沖縄のように露骨にやっていないだけ。

 では、2004年8月13日午後2時17分に起こった沖縄国際大学墜落事故の様子を見てみよう。

 訓練をしていた米軍機が沖縄国際大学に墜落し、ヘリの破片が大学と周辺のビルや民家に猛スピードで飛散しました。破片のひとつはマンションのガラスを破り、直前まで赤ん坊がスヤスヤと眠っていた寝室のふすまに突き刺さったのです。ケガ人が出なかったのは「奇跡中の奇跡」だったと、だれもが口をそろえるほどの大事故でした。

 さらに人びとに大きなショックをあたえたのは、事故直後、隣接する普天間基地から数十人の米兵たちが基地のフェンスを乗り越え、事故現場の沖縄国際大学になだれこんで、事故現場を封鎖したことでした。

 そのとき沖縄のテレビ局(琉球朝日放送)が撮影した映像を、一度、世界中の人に見てもらいたいと思います。自分たちが事故を起こしておきながら、「アウト! アウト!」と市民をどなりつけて大学前の道路から排除し、取材中の記者からも力ずくでビデオカメラをとりあげようとする米兵たち。一方、そのかたわらで米兵の許可を得て大学構内に入っていく日本の警察。まさに植民地そのものといった風景がそこに展開されているのです。

 つまり、米軍機が事故を起こしたら、どんな場所でもすぐに米軍が封鎖し、日本側の立ち入りを拒否することができる。それが法的に決まっているのです。警察も消防も知事も市長も国会議員も、米軍の許可がないとなかに入れません。いきなり治外法権エリアになるわけです。

 ひと言で言うと、憲法がまったく機能しない状態になる。沖縄の人たちも、普段はみんな普通に暮らしているのですが、緊急時にはその現実が露呈する。米軍は日本国憲法を超えた、それより上位の存在だということが、この事故の映像を見るとよくわかります。

 このような治外法権エリアがまかり通る法的根拠は行政協定の次の条項である。

第17条3項(g) 日本国の当局は、合衆国軍隊が使用する施設及び区域内にある者若しくは財産について、又は所在地のいかんを問わず合衆国軍隊の財産について捜索又は差押を行う権利を有しない。(後略)

 基地の外側、つまり日本国内のどんな場所にあっても、米軍の「財産」については捜索も差し押さえもできない。ですからヘリの破片を米軍が「財産」だと強弁すれば、たとえ皇居だろうが国会議事堂だろうが、米軍はヘリの墜落現場を封鎖して日本側の立ち入りを拒否する権利を、日本の独立後も変わらずもっていたのです。

 しかし、さすがにあまりにひどい主権侵害だったからでしょう。1953年にNATO地位協定にならって日米行政協定(第17条)が改定されたときに、この条文は姿を消します。だから日米地位協定には、もちろんこの条文はありません。

 ところが、ここが最大の問題なのですが、協定から消えても実態として米軍側の権利はつづいているのです。それはごく一部の人間にしか知らされていなかったのですが、1953年の行政協定の改定時に、日米で合意した「事実上の密約」があったからです。
「日本国の当局は、通常、合衆国軍隊〔米軍〕が使用し、かつ、その権限にもとづいて警備している基地内にあるすべての者もしくは財産について、または所在地のいかんを問わず合衆国の財産について、捜索、差し押さえ、または検証を行なう権利を行使しない。(後略)(「日米行政協定第一七条を改正する議定書に関する合意された公式議事録」1953年9月29日、東京)

 この密約はアメリカと沖縄との密約ではなく、アメリカと日本との密約なのだから、もしも東京でアメリカ軍機の墜落事故があれば、沖縄国際大学墜落事故で起こったことが再現されることになる。
《沖縄に学ぶ》(29)

沖縄問題の本質(6):爆音訴訟

 前回までに、日本の裁判所が用いる詭弁理論は、アメリカ軍基地関連裁判では統治行為論であり、原発関連裁判では裁量行為論であることを知った。こうした詭弁を臆面のなく用いる日本の官僚・政治家の姿勢は、具体的に言えば
『強い国の言うことはなんでも聞く。相手が自国では絶対にできないようなことでも、原理原則なく受け入れる。その一方、自分たちが本来保護すべき国民の人権は守らない。』
ということになろう。アメリカ側の交渉担当官は、アメリカ側の要求通りのことを受け入れているのだから文句はないが、心の中では完全(な状態)、高潔、正直、誠実、全体性と軽蔑しているそうだ。「インテグリティ(integrity)」は辞書を引くと「完全(な状態)、高潔、正直、誠実、全体性」という意味とされているが、人物評価の場合の意味を、矢部さんは次のように解説している。

 「インテグリティ(integrity)」というのは、アメリカ人が人間を評価する場合の非常に重要な概念で、「インテグレート」とは統合するという意味ですから、直訳すると「人格上の統合性、首尾一貫性」ということになると思います。つまりあっちとこっちで言うことを変えない。倫理的な原理原則がしっかりしていて、強いものから言われたからといって自分の立場を変えない。また自分の利益になるからといって、いいかげんなウソをつかない。ポジショントークをしない。

 そうした人間のことを「インテグリティがある人」と言って、人格的に最高の評価をあたえる。「高潔で清廉な人」といったイメージです。一方、「インテグリティがない人」と言われると、それは人格の完全否定になるそうです。ですからこうした状態をただ放置している日本の政治家や官僚たちは、実はアメリカ人の交渉担当者たちから、心の底から軽蔑されている。そういった証言がいくつもあります。

 さて、「インテグリティがない」日本の官僚・政治家たちが用いている詭弁理論がもう一つある。「第三者行為論」と呼ばれて、爆音訴訟で用いられている。

(以下は『地位協定入門』を参考書にしています。)

 爆音訴訟は沖縄では嘉手納基地爆音訴訟・普天間基地爆音訴訟があるが、本土でも厚木基地騒音訴訟・横田基地爆音訴訟が起こされている。訴訟は「激しい騒音(爆音)による住民の被害を訴え、補償を求めると同時に、今後被害をおよぼすような米軍機の飛行について差し止めてほしい」という内容だが、裁判所が下した判決は、「損害賠償は認めるが、米軍機の飛行差し止めは棄却する」という内容である。

 第三者行為論は第一次厚木基地爆音訴訟の最高裁判決(1993年2月)から使われ始めた詭弁である。裁判所は米軍基地による住民被害を認めながら、その被害の原因である米軍機の飛行差し止めを行なわない理由を「第三者である米軍の飛行を規制する権限は日本政府にはない」と述べている。以来全ての爆音訴訟でこの詭弁が踏襲されている。前泊さんが普天間基地爆音訴訟についてまとめているので、それを読んでみよう。

 米軍機の爆音訴訟について、沖縄の普天間基地を例にくわしく見てみましょう。

 鳩山政権以来、本土でもすっかり有名になった普天間基地は、人口約9万人が柱む宜野湾市の中心部に位置しています。本土ではときどき、
「最初に基地があって、住民はあとがら来たんだろう。だから文句をいうな」
というようなムチャクチャなことをいう人がいますが、この基地はもともとほとんどが私有地でした。1945年4月の沖縄戦で、沖縄本島に上陸した米軍が、住民を収容所に強制収容したあと、宅地や農地などを次々と接収して建設した基地なのです。

 その面積は宜野湾市全体の約32パーセントを占めています。市の中心部に位置しているため、周辺には住宅が密集して、学校や病院などが数多く建っています。

 普天間基地は、岩国基地とともに在日米海兵隊の中核的な航空基地です。固定翼機やヘリコプターが多数配備されていて、日常的に離発着訓練や旋回訓練を頻繁に行かっています。そのため基地周辺の住民は、日々、米軍機による基地騒音による健康被害(難聴、高血圧、不眠症)、精神的被害、生活妨害、睡眠妨害などをこうむっているほか、米軍機の低空飛による墜落の恐怖を感じつづけているとして、米軍機の飛行中止を求めて再三、国を訴える爆音訴訟を起こしてきました。

 これまでの裁判で、原告である住民側は健康被害に加え、低出生体重児(出生時の体重が2500グラム以下の子ども)、幼児の問題行動、低周波による健康被害などもデータにもとづいて訴えてきました。

 すでにお話ししたとおり、裁判中の2004年8月21日には、普天間基地を飛びたった米軍の大型輸送ヘリコプターCH53Dが普天間基地に隣接する沖縄国際大学構内に墜落・炎上しています。

 このため訴えた住民たちは軍用機墜落の危険性や墜落の恐怖についても重ねて訴訟のなかで訴え、飛行中止を強く求めるようになりました。

 普天間爆音被害の特徴は「W値」といわれる「うるささ指数」では測れない、墜落の具体的不安、ヘリコプターによる低周波騒音、爆音による健康被害(とくに虚血性心疾患のリスク)などが多いことで、訴訟においてもその基地としての欠陥性が訴えの内容となっています。

 訴訟では当時現職の宜野湾市長だった伊波洋一氏の証言も行なわれ、伊波市長は普大間基地の基地としての危険性、不適格性、騒音防止協定がまったく守られていない状況などを説明しています。

 その判決は2010年7月29日、福岡高裁・那覇支部で言いわたされました。

 結果はどうだったでしょう。普天間爆音訴訟は夜間・早朝の飛行差し止めと損害賠償を求めた裁判でしたが、先ほどふれたように判決は、爆音被害を認めて「損害賠償」も認めたものの、米軍機の飛行差し止めは棄却しました。

 裁判所は判決で、海兵隊のヘリコプターによる低周波被害も認定しています。日米間で結ばれている「騒音防止協定」についても、米軍が協定を守っていない状況が普通になっていることも認めています。
「国も騒音防止措置を効力のあるものとするために適切な措置をとっておらず、騒音防止協定は事実上形骸化している」
とさえ指摘しました。

 判決は、普天間基地のクリアゾーン(航空法上、離着陸する飛行機の事故の可能性が高いため居住などを禁止している場所)内に学校や病院その他の施設が存在し、基地と民間施設とが極めて近接していて、「世界で一番危険な基地」といわれていることも指摘しました。

 その上で、爆音訴訟で長年来変わらなかった損害額の基準を「うるささ指数」の高いW75地域で月額6000円、さらに高いW80地域では月額12000円と、過去の判決から倍にする判決を下しています。

 もしもこの判決の結果を全国の爆音訴訟に適用した場合、国の賠償額は数百億円単位に跳ね上がることになるほど、影響力の大きい判決となりました。

 それなのに、住民が求めた肝心の「飛行差し止め」は、棄却されたのです。

 棄却の理由は、これまでの爆音訴訟と同じく「第三者行為論」といわれるものでした。第三者行為論とは、簡単にいうと、米軍は日本の法律がおよばない「第三者」なので、米軍に対して飛行差し止めを求める権限を日本政府はもっていないというものです。

 日本国内に米軍の駐留を認め、その米軍がもたらす行為によって日本国民が被害を受けているというのに、被害をおよぼす行為を止める権限を政府がもっていない。これはどう考えても、納得できない論理です。

 判決文をくわしく読むと、米軍に対して裁判所はなにも口出しできないという「司法の限界」がよくわかります。 「米軍機の飛行差し止めについては、司法による救済はできない」
と裁判所は、はっきり断言しているのです。

 現実に日本国民に対して人権侵害が行なわれている。そのことを裁判所は認めています。だから「賠償金の支払い」を国に求めているのです。それなのに、人権侵害の根源については司法では「救済」できないとするその論理は、「人権救済の砦という裁判所の役割を放棄したにひとしいものだ」という批判を受けました。まったくそのとおりです。

 ただし、判決は国に対しては「米軍機の騒音の改善をはかるべき政治的責務がある」ということを認めています。

 裁判所は、普天間基地に所属するヘリの騒音に特有の低周波音被害が、通常の騒音被害と比べて「心身に対する騒音被害がいっそう深刻化するという経験則」があることを認めています。さらにそのうえで、航空機騒音のこれまでの評価基準であった「うるささ指数(W値)」では評価できない被害があるということも認めています。

 また墜落などの事故の恐怖を真正面からとらえて、一審判決と同じく「墜落への不安や恐怖は慰謝料算定の要素になる」ということも判断しています。福岡高裁のこの判決は、一審判決からさらに踏みこんで、米軍機の墜落への恐怖はたんなる不安ではない「現実的」なものとして認め、不安感や恐怖感は「生命または身体に対する危険への不安感」であると認めています。米軍機の飛行があたえる恐怖について損害賠償の対象としたという意味では、非常に重要な判決だともいえるのです。

 福岡高裁の判決は、日米地位協定についても「決めたことが守られていないと、はっきりのべています。それは具体的には、1996年の日米合同委員会で合意された騒音防止協定のことを意味しています。

 その騒音防止協定では、「夜間早朝の飛行禁止」や「住宅地の上空を避けた経路の設定」などが合意されています。しかし実際には、「午後11時までの飛行が常態化」しているとして、福岡高裁は国の責任を次のように追及しているのです。

 「被告(日本政府)は、米軍に運用上の必要性について調査・検証するよう求めるなど(略)適切な措置をとってはいない。そのため、平成8年の規制措置(騒音防止協定)は、事実上、形骸化している」

(中略)

 過去三次にわたる爆音訴訟を起こし、そのたびに勝訴しながら、爆音はいっこうに減ることなく、むしろ激しくなっているのです。日本の裁判制度というのは、いったいなんのために存在している のでしょうか。

《沖縄に学ぶ》(28)

沖縄問題の本質(5):日米原子力協定

 3月9日、大津地裁が関西電力高浜原発3、4号機の運転差し止め訴訟で運転停止を命じる判決を下した。ところが一昨日(4月6日)、今度は福岡高裁が九州電力川内原発の運転差し止め訴訟では運転を追認する判決を下した。前者は福島の原発事故を考慮して国の新規制基準を「再発防止には原因の徹底究明が必要だが、まだ不十分。原子力規制委員会の姿勢に疑問を感じる」と判断したのに対して、後者はまるで福島の原発事故など無かったのように「地震リスクはゼロでないが、耐震安全性の観点から高度の合理性を持つ」と国の方針に追随した判決だった。この判決の原型は1978年の建設予定の原発の安全性をめぐって争われた伊方原発訴訟の判決に見ることができる。

 一審判決(柏木賢吉裁判長)
「原子炉の設置は国の高度の政策的判断と密接に関連することから、原子炉の設置許可は周辺住民との関係でも国の裁量行為に属する」
 最高裁判決(1992年 小野幹雄裁判長)
「〔原発の安全性の審査は〕原子力工学はもとより、多方面にわたるきわめて高度な最新の科学的、専門技術的知見にもとづく総合的判断が必要とされる」から、「原子力委員会の科学的、専門技術的知見にもとづく意見を尊重しておこなう内閣総理大臣の合理的判断にゆだねるのが相当である。」

 田中耕太郎の砂川判決の論理は「統治行為論」というと呼ばれて、伊方原発訴訟の方は「裁量行為論」と呼ばれているが、内容は全く同じである。矢部さんはこうした法理論の行き着く先を
「司法による人権保障の可能を閉ざす障害とも、また行政権力の絶対化をまねく要因ともなりかねず…司法審査権の全面否定にもつながりかねない。」
と憂慮している小林節さんの言説を(『政治問題の法理』より)引用して、次のように続けている。

 まったくそのとおりのことを、過去半世紀にわたって日本の裁判所はやりつづけているのです。また、そうした判決に向けて圧力をかけているのが、おそらく81ページの「裏マニュアル①」をつくった最高裁事務総局であることは、すでに複数の識者から指摘されています。裁判所の人事や予算を一手に握るこの組織が、「裁判官会同」や「裁判官協議会」という名目のもとに会議を開いて裁判官を集め、事実上、自分たちが出したい判決の方向へ裁判官たちを誘導している事実が報告されているからです。(『司法官僚』新藤宗幸著/『原発訴訟』海渡雄一著/ともに岩波書店)

 こうして駐日アメリカ大使と日本の最高裁が米軍基地問題に関してあみだした、「統治行為論」という「日本の憲法を機能停止に追いこむための法的トリック」を、日本の行政官僚や司法官僚たちが基地以外の問題にも使い始めるようになってしまった。官僚たちが「わが国の存立の基礎にきわめて重大な関係をもつ」と考える問題については、自由に治外法権状態を設定できるような法的構造が生まれてしまった。その行きついた先が、現実に放射能汚染が進行し、多くの国民が被曝しつづけるなかでの原発再稼働という、狂気の政策なのです。

 矢部さんが「裏マニュアル」と呼んでいる文書は三つある。いずれも日米合同委員会における非公開の「合意議事録」の事例をマニュアル化する形でまとめられたものだという。

①最高裁の「部外秘資料」(1952年:正式名称は「日米行政協定に伴う民事及び刑事特別法関係資料」最高裁判所事務総局/編集・発行)
②検察の「実務資料」(1972年3月:正式名称「合衆国軍隊構成員等に対する刑事裁判権関係実務資料」法務省刑事局/作成・発行)
③外務省の「日米地位協定の考え方」(1973年4月:正式名称同じ。外務省条約局/作成)

 参考図書としてあげられている著書も転載しておこう。
①・②
 吉田敏浩著『密約―日米地位協定と米兵犯罪』(毎日新聞社)
③はいま利用中の前泊博盛編著『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』が挙げられている。この著書の「PART2」の表題は『外務省機密文書「日米地位協定の考え方」とは何か』である。いずれ取り上げる予定である。

 さて、原発問題に関して地位協定と同じような役割をしているのが日米原子力協定である。日米原子力協定の「仕組み」は次のようである。

 その後調べると日米原子力協定という日米間の協定があって、これが日米地位協定とそっくりな法的構造をもっていることがわかりました。つまり「廃炉」とか「脱原発」とか「卒原発」とか、日本の政治家がいくら言ったって、米軍基地の問題と同じで、日本側だけではなにも決められないようになっているのです。条文をくわしく分析した専門家に言わせると、アメリカ側の了承なしに日本側だけで決めていいのは電気料金だけだそうです。

 そっくりな法的構造というのは、たとえばこういうことです。日米地位協定には、日本政府が要請すれば、日米両政府は米軍の基地の使用について再検討し、そのうえで基地の返還に「合意することができる(may agree)」と書いてあります。

 一見よさそうな内容に見えますが、法律用語で「できる(may)というのは、やらなくていいという意味です。ですからこの条文の意味は「どれだけ重大な問題があっても、アメリカ政府の許可なしには、基地は絶対に日本に返還されない」ということなのです。

 一方、日米原子力協定では、多くの条文に関し、「日米両政府は○○しなければならない(the parties shall…)」と書かれています。「しなければならない(shall)」はもちろん法律用語で義務を意味します。次の条文の太字部分を見てください。

「第一二条四項
どちらか一方の国がこの協定のもとでの協力を停止したり、協定を終了させたり、〔核物質などの〕返還を要求するための行動をとる前に、日米両政府は、是正措置をとるために協議しなければならない(shall consult)。そして要請された場合には他の適当な取り決めを結ぶことの必要性を考慮しつつ、その行動の経済的影響を慎重に検討しなければならな(shall careflly consider)」

 つまり「アメリカの了承がないと、日本の意向だけでは絶対にやめられない」ような取り決めになっているのです。さらに今回、条文を読みなおして気づいたのですが、日米原子力協定には、日米地位協定にもない、次のようなとんでもない条文があるのです。

「第一六条三項 いかなる理由によるこの協定またはそのもとでの協力の停止または終了の後においても、第一条、第二条四項、第三条から第九条まで、第一一条、第一二条および第一四条の規定は、適用可能なかぎり引きつづき効力を有する

 もう笑うしかありません。「第一条、第二条四項、第三条から第九条まで、第一一条、第一二条および第一四条の規定」って……ほとんど全部じゃないか! それら重要な取り決めのほぼすべてが、協定の終了後も「引きつづき効力を有する」ことになっている。こんな国家間の協定が、地球上でほかに存在するでしょうか。もちろんこうした正規の条文以外にも、日米地位協定についての長年の研究でわかっているような密約も数多く結ばれているはずです。

 問題は、こうした協定上の力関係を日本側からひっくり返す武器がなにもないということなのです。これまで説明してきたような法的構造のなかで、憲法の機能が停止している状態では。

 だから日本の政治家が「廃炉」とか「脱原発」とかの公約をかかげて、もし万一、選挙に勝って首相になったとしても、彼にはなにも決められない。無理に変えようとすると鳩山さんと同じ、必ず失脚する。法的構造がそうなっているのです。

 日米原子力協定は30年間の協定なので、2018年に期限が切れるが、悲しいかな、現在の官僚に牛耳られている属国傀儡政権では絶対に破棄することはできない。ダメナ野田政権の前例がある。

野田内閣は2012年9月、「2030年代に原発稼働ゼロ」をめざすエネルギー戦略をまとめ、閣議決定をしようとしました。このとき日本のマスコミでは、
「どうして即時ゼロではないのか」
とか、 「当初は2030年までに稼働ゼロと言っていたのに、2030年代とは九年も延びているじやないか。姑息なごまかしだ」
などという批判が巻き起こりましたが、やはりあまり意味のない議論でした。外務省の藤崎一郎駐米大使が、アメリカのエネルギー省のポネマン副長官と9月5日に、国家安全保障会議のフロマン補佐官と翌6日に面会し、政府の方針を説明したところ、「強い懸念」を表明され、その結果、閣議決定を見送らざるをえなくなってしまったのです(同月19日)。

 これは鳩山内閣における辺野古への米軍基地「移設」問題とまったく同じ構造です。このとき、もし野田首相が、鳩山首相が辺野古の問題でがんばったように、「いや、政治生命をかけて2030年代の稼働ゼロを閣議決定します」と主張したら、すぐに「アメリカの意向をバックにした日本の官僚たち」によって、政権の座から引きずりおろされたことでしょう。

 いくら日本の国民や、国民の選んだ首相が「原発を止める」という決断をしても、外務官僚とアメリカ政府高官が話をして、「無理です」という結論が出れば撤回せざるをえない。 たった2日間(2012年9月5日、6日)の「儀式」によって、アッというまに首相の決断がくつがえされてしまう。日米原子力協定という「日本国憲法の上位法」にもとづき、日本政府の行動を許可する権限をもっているのは、アメリカ政府と外務省だからです。

 本章の冒頭で、原発を「動かそうとする」主犯探しはしないと書きましたが、「止められない」ほうの主犯は、あきらかにこの法的構造にあリます。

《沖縄に学ぶ》(27)

沖縄問題の本質(4):日米合同委員会(2)

 『地位協定入門』の共著者のお一人である矢部宏治さんの著書『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』を併読している。どちらの本にも『日米合同委員会組織図』が掲載されているが、この図についてのお二人の解説をまとめてみよう。

 田中耕太郎という売国最高裁長官のとんでもない砂川判決については過去に何度も取り上げている。その中から、機密指定を解除されたアメリカ側公文書により明らかになった事実、田中がアメリカの傀儡だったという事実を取り上げた「《『羽仁五郎の大予言』を読む》(9)」を紹介しておこう。

 矢部さんはこの砂川判決が日本のアメリカ属国化を確定したのだったと言う。

 深刻なのは、田中耕太郎が書いたこの最高裁判決の影響がおよぶのが、軍事の問題だけではないということです。最大のポイントは、この判決によって、
 「アメリカ政府(上位)」>「日本政府(下位)」
 という、占領期に生まれ、その後もおそらく違法な形で温存されていた権力構造が、
 「アメリカとの条約群(上位)」>「憲法を含む日本の国内法(下位)」
という形で法的に確定してしまったことにあります。

 安保条約の条文は全部で10ヵ条しかありませんが、その下には在日米軍の法的な特権について定めた日米地位協定がある。さらにその日米地位協定にもとづき、在日米軍を具体的にどう運用するかをめぐって、日本の官僚と米軍は60年以上にわたって毎月、会議をしているわけです。それが「日米合同委員会」という名の組織なのですが、左ページの図(日米合同委員会組織図)のように、外務省北米局長を代表とする、日本のさまざまな省庁から選ばれたエリート官僚たちと、在日米軍のトップたちが毎月二回会議をしている。そこでいろいろな合意が生まれ、議事録に書きこまれていく。合意したが議事録には書かない、いわゆる「密約」もある。全体でひとつの国の法体系のような膨大な取り決めがあるわけです。しかもそれらは、原則として公表されないことになっている。

 そうした日米安保をめぐる膨大な取り決めの総体は、憲法学者の長谷川正安・名古屋大学誉教授によって、「安保法体系」と名づけられています。その「安保法体系」が、砂川裁判の最高裁判決によって、日本の国内法よりも上位に位置することが確定してしまった。つまり裁判になったら、絶対にそちらが勝つ。すると官僚は当然、勝つほうにつくわけです。

 官僚というのは法律が存在基盤ですから、下位の法体系(日本の国内法)より、上位の法体系(安保法体型)を優先して動くのは当然です。裁判で負ける側には絶対に立たないというのが官僚ですから、それは責められない。

 しかも、この日米合同委員会のメンバーがその後どうなっているかを調べてみると、このインナー・サークルに所属した官僚は、みなそのあと、めざましく出世している。

 とくに顕著なのが法務省で、省のトップである事務次官のなかに、日米合同委員会の元メンバー(大臣官房長経験者)が占める割合は、過去17人中12人。そのうち9人は、さらに次官より格上とされる検事総長になっているのです。


 このように過去60年以上にわたって、安保法体系を協議するインナー・サークルに属した人間が、必ず日本の権力機構のトップにすわるという構造ができあかっている。ひとりの超エリート官僚がいたとして、彼の上司も、そのまた上司も、さらにその上司も、すべてこのサークルのメンバーです。逆らうことなどできるはずがない。だから鳩山さんの証言にあるように、日本国憲法によって選ばれた首相に対し、エリート官僚たちが徒党を組んで、真正面から反旗をひるがえすというようなことが起こるわけです。

 この章のはじめで、私が沖縄に行ったきっかけは、
「鳩山首相を失脚させたのは、本当はだれなのか」
「官僚たちが忠誠を誓っていた『首相以外のなにか』とは、いったいなんだったのか」
 という疑問だったと言いましたが、この構造を知って、その疑問に答えが出ました。  彼らは日本国憲法よりも上位にある、この「安保法体系」に忠誠を誓っていたということだったのです

 最近アメリカの大統領選のトランプという共和党候補者の乱暴な言説が日本の新聞にも報道されているが、その発言の中に、私が「それいいじゃないの」と思ったものがある。「日本が在日米軍の駐留経費を大幅に増やさなければ、在日米軍を撤退させる」という発言だ。もしそうなるのなら、当然安保条約や地位協定は廃棄されることになる。これは日本が真の独立国になるため第一歩である。この場合、もちろん憲法9条や自衛隊をどうするかという問題が真摯に議論されなければならない。この問題については矢部さんが『本当の意味での「戦後体制からの脱却」とは』と題してご自身の見解をまとめている。後ほど取り上げる予定です。

 さて、昨日から国会で自民党の公約違反のTPP審議が始まった。その審議のために開示されたTPP関連文書が、なんと、表題を除いて黒く塗りつぶされていたことを今日の東京新聞が一面で写真付きで報道していた。実は日米合同委員会組織図に関する前泊さんの言説はこのTPPと関連させて書き始めている。

 一方、話は少し飛びますが、下はTPPの分科会の一覧図です。
TPPの分科会
 私〔前泊〕はTPPそのものについてはあまりくわしくないのですが、日米合同委員会についての知識をあてはめると、TPPの未来については見えてきます。Q&A⑨で見たとおり、安全保障問題について、日米間で結ばれた条約は日本の国内法よりも上位にあります。米軍ヘリ墜落事故のところで見たように、米軍の法的地位は日本政府よりも高く、事実上、行政権も司法権ももっています。  しかしそれがあまりにもあからさまになってしまうと困るので、「日米合同委員会」というブラックボックス(密室)をおき、そこで対等に協議しているふりをしているのです。

 結局TPPとは、いままで安全保障の分野だけに限られていた、そうした「アメリカとの条約が国内の法体系よりも上位にある」という構造を、経済関係全体に拡大しようという試みなのです。TPPの11の分科会での協議がどうなるかは、日米合同委員会を見ればわかります。分科会ごとにアメリカの官僚と日本の官僚がひとりずつ選ばれて代表をつとめ、さも対等に協議しているようなふりをしながら、実際には密室でアメリカ側がすべていいように決めてしまう。そうなることは火を見るよりもあきらかです。

  TPPと日米合同委員会については面白い話があります。NHKスペシャルで、TPPの参加問題をめぐって討論が行なわれたときのことです。(2011年11月18日「NHKスペシャル徹底討論TPP どうなる日本」)

 政府を代表して、参加推進派の論陣を張ったのは、民主党の山口壮外務副大臣。おそらく外務大臣である玄葉光一郎氏がまったくの素人なので、彼をサポートするために任命されたのでしょう。外務省出身の人物です。

 その山口外務副大臣が、
「一度TPPに参加表明してしまうと、あとで抜けるのはむずかしい。だいたい日本政府がアメリカと対等な交渉をするのは非常にむずかしいので、慎重に考えるべきだ」
と、みずからの経験をまじえて語る榊原英資・元大蔵省財務官に対し、次のように答えました。
 アメリカとの交渉について私がひとつ思いだすのは、戦後すぐに吉田茂さんが交渉したときは、部分講和か全面講和か迷って、そのあとに行政協定で統一指令部、要するに米軍が〔日米〕の全軍を指揮するんだと、それを吉田茂は断りきったんですね。
 そのなかでダレス〔アメリカ国務省顧問〕という人がいて、あんまり断るんだったら日本のサンフランシスコ講和条約をオレは上院で批准するのをやめるぞ、ずっと占領国でいろ、そこまで脅かされた。
 だけど吉田茂という人は悩みながら、〔最初の主張を〕守りぬいた。だからいま、日本とアメリカの指揮権というのは並列から始まっているんですね。そのあといろいろな経緯があって、なかなか日本とアメリカとの交渉はそんなに簡単じゃなかったと思います。だけど私たちのアメリカとの関係はそういうオリジン〔出発点〕から始まっているということを、もう一度私も大事にさせていただいて、今日諸先輩から本当に重いアドバイスをいただきましたので、そこは本当に慎重にやらせていただきたいと思っています」

 しかしこれは、まったく事実に反しているのです。

 統一指揮権(合同司令部)については、吉田茂は日米行政協定には書きこまないよう頼んだものの、その後、口頭で了承したことがすでに30年前、アメリカの公文書によってあきらかになっているからです。(古関彰一・獨協大学法学部教授が発見しました。1981年5月22日号「朝日ジャーナル」)

 山口副大臣は、まちがいなく民主党きっての外交通だったと思います。外務省出身のそうしたエキスパートが、まったく史実に反する「絵本のような歴史」にもとづいて外交交渉を行なっている。これでは対米交渉が百戦百敗になるのは当たり前の話です。

 1951年に日米合同委員会が密約によって設置されたことは前回で取り上げたが、「統一指揮権」という密約まであったとは!! この密約は1952年7月と1954年2月の二度、ロ頭でアメリカに伝えている。

 前泊さんはTPPをめぐる山口副大臣の「絵本のような歴史」認識に負けず劣らずの事例をもう一つ挙げている。あのダメナ野田首相である。

 さきほどの「絵本のような歴史認識」と似ているのは、2011年11月にAPECの首脳会議でTPPへの交渉に参加することを表明をした野田首相(当時)が、出発する前日の時点でISD条項というTPPの基本知識について、なにも知らなかったことです。いまやネット環境があれば、だれでも普通に知っているISD条項を首相が知らない。内容を知らないのにどんどん参加表明だけはしてしまう。野田内閣という1年4ヵ月つづいた政権が、最初から最後まで日本人の民意とはなんの関係もない存在だったことは、このエピソードをひとつ見ただけでも、すぐにわかります。

 以上のような情けない官僚や政治家に牛耳られている限り、日本が属国から真の独立国に脱皮することは夢のまた夢と言うほかないだろう。
《沖縄に学ぶ》(26)

沖縄問題の本質(3):日米合同委員会(1)

 欠陥だらけの地位協定が復帰後の沖縄にもそのまま適用された。そのためアメリカ軍政下の過酷な負担がそのまま沖縄に継続され続けることになった。『沖縄の記憶』から引用する。

 米軍による直接軍事占領のもと、沖縄には(日本)本土よりもはるかに高密度で米軍・米軍基地が配備され、(日本)本土とは異なる種類、あるいは(日本)本土にはない種類の米軍部隊も配備され、(日本)本土では行なわれない軍事演習や訓練、作戦が行なわれ、しかも(日本)本土とは比較にならないほど多くの米兵犯罪が起こっていた。にもかかわらず、(日本)本土と同じ日米地位協定で在沖米軍を規律しようとしたのである。このこと自体に大きな問題があった。それに加え、地位協定を実際に運用する日米合同委員会は、個々の「施設及び区域」について、沖縄返還前と同じ使用条件を確保するとした補完措置を講じた。

 この「保管措置」とは「沖縄返還協定(3)」で取り上げた「5・15メモ」で明らかにされた日米合同委員会での密約である。『地位協定入門』は日米合同委員会を「密約製造マシーン」と呼んでいる。今回はこの日米合同委員会を取り上げよう。

 日米合同委員会は地位協定第25条に基づき設置された委員会である。

第25条

 この協定の実施に関して相互間の協議を必要とするすべての事項に関する日本国政府と合衆国政府との間の協議機関として、合同委員会を設置する。合同委員会は、特に、合衆国が相互協力及び安全保障条約の目的の遂行に当たつて使用するため必要とされる日本国内の施設及び区域を決定する協議機関として、任務を行なう。

 合同委員会は日本国政府の代表者一人及び合衆国政府の代表者一人で組織し各代表者は一人又は二人以上の代理及び職員団を有するものとする。合同委員会は、その手続規則を定め、並びに必要な補助機関及び事務機関を設ける。合同委員会は、日本国政府又は合衆国政府のいずれか一方の代表者の要請があるときはいつでも直ちに会合することができるように組織する。

 合同委員会は、問題を解決することができないときは、適当な経路を通じて、その問題をそれぞれの政府にさらに考慮されるように移すものとする。

 しかし、実は合同委員会の起源はもっとさかのぼる。行政協定の第26条は上とほとんど同じ文章の条文である。そして、その起源は講和条約の交渉過程の中にあった(以下の引用文は『地位協定入門』より)。

 1951年2月、ダレスとの交渉で、日本を再軍備させ、その軍隊を米軍の指揮下におくという内容を見せられたときに、吉田首相はこんなとり決めが国民の目にふれたら大変だ、どうしても削除してほしいと頼んだ。

 その代わりに、再軍備問題もふくめた幅広い内容の米軍駐留に関する問題を議論するために、合同委員会を設けたいという提案をしたのです。つまり協定には書かないが、委員会をつくって、あたかも対等に協議しているようなふりをしながら、そこで必ずアメリカの要求どおり決めることにしたわけです。それが現在の合同委員会の起源なのです。

 ですからすでにのべたとおり、いまでも地位協定の問題点というと、必ず「合同委員会の透明性の確保」という項目があがります。密室での合意事項をすべて公表しろとか。でも、そもそも国民の目にふれさせられない問題を、密室のなかで決めるための機関なわけですから、透明性が確保されるはずがないのです。1951年に成立した「吉田秘密外交」の最大の負の遺産、それが日米合同委員会だといえるでしょう。

 勿論、この秘密性は現在まで引き継がれている。

 日米合同委員会は、1960年に日米地位協定が締結されてから、これまで千回を超える委員会が開催されてきました。

 開催場所は毎回日米で持ちまわりになっていて、外務省内や東京港区の三田共用会議所、南麻布の米軍施設・ニューサンノーホテルなどが主な会議場として開催されています。定例会は毎月二回の頻度で開催されています。会議場所だけでなく議長も日米が交互に務めています。日本側からは外務省北米局長、米側からは在日米軍副司令官らが出席しています。

 「ニューサンノーホテル」を私は知らなかった。ウィキペディアを見たら「ニュー山王ホテル」と表記していた。そして
「この施設はホテルの形態をしており、アメリカ軍関係者が東京を訪問した際の宿泊施設、及び在日米軍のための保養所、社交場として機能している。さらに、駐日アメリカ大使館関係者にも開放されている。日本人は勿論、アメリカ人であっても軍と無関係の民間人は、原則として立ち入ることは不可能である。」
と書かれていた。

 さて、合同委員会で取り上げられる問題について、外務省は「日米合同委員会の合意のほとんどは米軍基地の提供にかかわるもの」と説明していて、会議後に発表されている中身は、米軍基地の土地の返還や新たな施設の提供といった「秘密性」とは無縁の合意事項であるが、問題は、発表されない「内容」があることだ。その発表されない「内容」の実態は次のようである。

そのなかに、米軍人・軍属・家族をめぐるとり決めや米軍基地の運用にかかわる議案などがあります。たとえば日米地位協定第17条の刑事裁判手続きの運用改善合意などが行なわれた2004年の合同委員会合意の発表では、外務省が配布した「日米合同委員会合意(仮訳)」に、日本側が米兵被疑者を取り調べる際に米政府代表者を同席させるという、きわめて簡潔な文言だけが記されていました。実際に合意のなかにあった「捜査に支障かある場合は同席を認めない」ことや、「その他特定の場合」はすべての犯罪が対象になるといった事項は、あくまで「日米間で確認された」という外務省側の口頭での説明に限られ、正式な「合意文」には明文化されていなかったのです。

 1996年12月には、日米両政府は地位協定の九項目について運用改善することで合意しています。「日米合同委員会合意の公表」もそのひとつです。合意の公表については「日米合同委員会合意をいっそう公表することを追求する」と書かれています。しかし、最終報告に盛りこまれたのは、あくまでも「合意」内容の公表であって、合意にいたるまでの政府間の協議のやりとりを記した「議事録」の公表ではありません。

 どんなやりとりがあって、なにが合意され、なにが合意されなかったのか。米側はなにを受け入れ、なにを拒否したのか。日本政府はなにをどのような理由で要求し、なにを実現し、なにを実現できなかったのか。そのことがどんな意味をもつのか。なにが前進して、なにが停滞しているのか。日米安保のかかえる課題に、日米両政府はどのような判断をしているのか。いずれも詳細な議事内容の開示が必要なものばかりですが、実際には「表題だけ」が開示されているというのが実態です。

 つまり、公表されているのは「表題だけ」であり、肝心なことは事は全て「ヒ・ミ・ツ」なのだ。