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《『羽仁五郎の大予言』を読む》(87)

終末論の時代(24)

「独占資本主義の終末」補充編(8)

羽仁提言「三つの原則」の検討(7)


原則2:「社会主義」(6)

<参考書2>
中谷巌著『資本主義以後の世界』(徳間書店2012年刊)

の続きです。


 「交換の思想」から「贈与の思想」への転換

 中谷さんは、「交換」から「贈与」への転換が必要とされる具体的事例として「超高齢社会」を取り上げて、『豊かな「超高齢社会」をどう創造するか』を論じている。とても興味深い論考だが、その論考の直後に、その問題を一般化した問題として『人間は「アトム化」から立ち直れるのか』という表題での論考が続いている。この後者の論考を紹介することにする。

 これまで詳細に見たように、高齢社会の根本問題は「個人の孤立」である。

 資本主義は人間の大地からの遊離、社会からの孤立、そして人間の「アトム化」をもたらした。資本主義は人間を「労働力」として捉えるから、たとえば家族などというものの価値は下がってしまう。家族の価値は(値段がつくわけではないから)市場では評価されない。その結果、家族にはなんらの価値がないかのように放置されてしまうのである。いや、誰がどれだけ稼げる仕事をするかということだけが問題にされるため、家族との団らんは犠牲にされてしまう。

 地方の疲弊が問題視されているが、その原因は、資本がそれぞれの地域の事情などは無視して、利潤を追求してきたことに求められる。資本が見放した地域は過疎化し、人々は仕事を求めて動かざるをえなくなる。すると、ますます過疎化が進み、地域共同体は崩壊する。人の移動が激しくなれば、人と人との地縁もなくなり、社会における長期的な信頼関係や安定的な人間関係もなくなってしまう……。

 かつての農村には、たとえば「結」と呼ばれる制度があった。田植えや刈り入れの時期にはみんなで助け合うシステムである。大水が出れば住民総出で決壊した堤防をふさいだ。どこかの家が火事になれば、みんなで消火に当たり、家を直し屋根を葺いた。そういうかたちで人と人が結ばれていた。貧しい人がいれば、当然のように村全体で面倒を見た(「贈与」の精神、「互助」の精神が自然にそうさせた)。

 ところが都市化が始まり、農業が衰退すると、農村共同体も消滅してしまう。そうなったとき、日本でかつての農村共同体に似たコミュニティの役割を果たすようになったのが企業であった。いまはほとんど見られなくなったが、年に一度は社員旅行があり、温泉へ出かけ、宴会を開いて懇親を深めたものである。社員の家族も参加する「○○会社大運動会」なども開かれていた。

 当時の日本企業は「完全雇用文化」を持ち、人と人との長期的信頼関係をベースにした日本的経営を行っていた。これは、日本的経営に競争がなかったということでは決してない。むしろ、社員は長期にわたって多くの職場を経験し、多くの上司に仕え、それぞれの職場で仲間の期待に応えなければならなかった。「完全雇用文化」にはそれだけの厳しさもあったのだ。実は、戦後の日本企業はそんなふうにして伝統的な農村共同体に代わる、人と人をつなぐ役割を果たしていたのである。

 その企業がグローバル資本主義の波に呑まれ、共同体の役割を放棄するようになってしまったのがここ20~30年の現象だ。田舎からも離れ、核家族化で地縁・血縁が薄れ、企業という疑似共同体をなくした日本人は、「アトム化」せざるをえなかった。

 「アトム化」というのは、社会における人間関係が薄れ、人が砂粒のような「個」に分解してしまうことである。社会には「国家」と「個人」しか存在しなくなってしまい、近所づきあい、家族、仲間といった中間組織がなくなってしまった。そこで国が福祉予算を組んで、「アトム化」した個人を救済すべく、年金などの社会保障を強化せざるをえなくなった。社会保障とは、近代化が進み、共同体が崩壊し、個人が「アトム化」したことに対する国家によるとりあえずの救済システムに他ならない。

 このように「アトム化」した「個人」を、「とりあえずの救済」ではなく、根本的に変革する方策として、中谷さんは『「還付つき消費税」で「分厚い中間層」を復活』させることを提言している。

 国による現金救済システムとしての社会保障には、個人の「アトム化」を根本から是正する力はない。しかし、それは設計次第では、富裕層から貧困層への意味ある「贈与」にもなりうる。

 ここでは、所得格差の拡大によって引き起こされた中間層の崩壊という問題に対する処方箋を提案したい。

 これまで何度か述べてきたように、歴史的に見ても日本は階級社会ではなかった(拙著『日本の復元力』『資本主義はなぜ自壊したのか』参照)。言いかえれば、中間層・庶民層が中核として活躍してきた社会である。それが日本の競争力の源泉にもなっていた。多くの国民が自嘲気味に「一億総中流」と言っていた30~40年ほど前の日本社会には勢いがあった。だからこそ、驚異的な経済成長も可能だった。ところが今日では「一億総中流」は夢物語となった。貧困が深刻な社会問題となってしまったからである。フリーターとかワーキングプア、さらには「プレカリアート」(不安定な立場に置かれた無産階級)という言葉まで生まれている。

 「完全雇用文化」も消滅し、非正規社員(嘱託、派遣従業員、パートなど)の全就業者に占める割合は4割近くにまでなった。その結果、組織に対する帰属意識、責任感、当事者意識が薄れ、さらには「自分は疎外された人間である」とさえ感じるようになる。その結果、日本企業の競争力の源であった現場力が失われる。

 先にも言及したコロンビア大学名誉教授のドナルド・キーン氏は、日本に帰化した理由に関して、「日本人にはとても親切にしてもらった。日本人には恩義を感じているからだ]と語っていた。穏やかな社会、人に親切にする思いやりの文化、そして豊かな自然と、日本ならではのよさがある。キーン氏にしても、アメリカ社会にいるよりも日本社会にいるほうが居心地がよいと感じてこられたに違いない。そうでなければ、コロンビア大学の名誉教授が89歳にもなって日本に帰化するはずがない。

 だが二極化が進み、日本を支えてきた分厚い中間層が弱体化すれば、そういう温かい社会も消え、人間関係もギスギスしたものになってしまう。本来のあるべき解決策は、競争力のある「完全雇用文化」を復活させ、分厚い中間層を再生させることである。しかし、それには時間がかかる。そこで、とりあえず、貧困層に対して「贈与」の手を差し伸べる所得再分配政策を提案したい。

 貧困層に対する「贈与」の財源は消費税、所得税の増税、富裕税の創設などによって調達する以外にはありえない。もちろん、増税には反対意見が多いが、要はそれでなにをするのかということだ。私の提案は、日本社会の急速な貧困化を阻止し、「分厚い中間層の復活」のため増税をするというものである。

 仮に、消費税を20%とした場合、貧困者対策をどうするのか。

 消費税は国民全員に均しくかかる税だから、貧しい人であれ富裕層であれ、なにかを買えば必ず20%かかってくる。これでは貧しい人の負担が大きくなるばかりである(逆進性)。実際、消費税が20%となったとき、年収200万円の人の負担額は(全収入を消費に回したとして)40万円になる。年間消費額が1000万円の人は、200万円の税負担をするが、それでも800万円は手元に残る。消費税にはそうした逆進性の問題がある。

 そのために、私かかねてから主張し続けてきたのは、消費税率のアップと同時に貧困者に対する還付制度を導入するというプランである(詳しくは、たとえば、『資本主義はなぜ自壊したのか』参照)。「貧困者」にのみ還付金を支払うのが理想的だが、「貧困者」をどう定義するかという技術的に難しい問題が出てくるので、仮に国民全員に毎年、無条件に20万円の給付をすると仮定する。すると、親子、子供二人の標準家庭を例にとって話をすると、消費税を20%にした場合、年間消費が400万円の家庭が支払う消費税は80万円であるが、還付金が80万円(20万円×4)あるので、この家族が支払う消費税額は差し引きゼロである。つまり、この家族の消費税率はゼロ%ということになる。しかし、年間消費1000万円の家族が支払う消費税額は200万円、還付金80万円、差し引き120万円の税額となり、この家族にとっての実質消費税率は12%になる。年間消費2000万円の家族は、消費税400万円、還付金80万円、差し引き320万円の税額となり、消費税率は実質16%という計算になる。

 貧困層の実質消費税率は低く抑えられ、金持ちになればなるほど、実質消費税率は20%に近づいていく。この例で行くと、年間消費が400万円以下の家族にとっては、手取り収入が増えていくという仕組みである。たとえば、年間消費が200万円の家族は消費税40万円、還付金80万円で、差し引き40万円の手取り収入の増加が見込める。

 もちろん、具体的な制度設計についてはさらなる検討が必要であることは言うまでもないが、このような還付制度を併用すれば、消費税に固有の問題といわれてきた逆進性の問題は解消する。すなわち、消費税を引き上げても還付金制度を併用することにより、貧困者がさらに困窮化するという問題は回避できるだけでなく、極貧層は大きな恩恵を受けることができるようになる(このような考え方は、いわゆる「ベーシック・インカム」の考え方に近い)。
(管理人注:ベーシック・インカムとは「すべての人に必要最低限の所得を給付する」という社会政策。オランダ第4の都市ユトレヒトで、この制度の有用性を確認するため、2016年1月から実験的に導入することを予定しているそうだ。なお、「ミニ経済学史(20)」で、フリードマンが「ベーシック・インカム」と同じような制度を、「負の所得税」と名付けて提案していることを紹介している。)

 ちなみに北欧諸国では、国民の負担率は70~75%に達する。汗水流してせっかく手にした所得の70~75%を国に取られてしまうのは、誰でもいやであろう。だが実際にスウェーデンやデンマークに行って話を聞くと、彼らはこの高い国民負担率をそれほどいやがっていないのだ。国がすべての面倒を見てくれるから老後の不安はないし、教育も医療もすべて無料である。失業しても職業訓練は充実しているし、失業保険給付も非常に長期かつ高額を保障されている。このように、所得の70~75%を税金や社会保険料で徴収されていても、それに見合った安心・安全を保障されているから「これでいい」と言うのだ。

 日本で北欧と同じことをせよというつもりはないが、日本の競争力の源泉であり、豊かな社会をつくる上で不可欠と思われる「貧困層の撲滅」「分厚い中間層の復活」を目指した、大胆な政策が必要になっていると思う。

 「社会主義とは何か」 で、吉本隆明さんの論考を引用したが、そこで吉本さんは「理想の原型としての社会主義は、単純で明噺な数個の概念で云い尽すことができる」と言い、四点の要件を挙げていた。その第一点は
『貨労働が存在しないことである。いいかえるとじぶんたち自身の利益に必要な社会的な控除分をべつにすれば、誰もが過剰な労働をする必要がないことである。』
だった。この意味で、上の中谷さんの構想は理想的な社会主義社会への一つの道筋と言えるのではないだろうか。
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《『羽仁五郎の大予言』を読む》(86)

終末論の時代(23)

「独占資本主義の終末」補充編(7)

羽仁提言「三つの原則」の検討(6)


原則2:「社会主義」(5)

<参考書2>
中谷巌著『資本主義以後の世界』(徳間書店2012年刊)


 中谷さんは経済学者で、かつては新自由主義者であったが、新自由主義の誤りを認めて、そこから転向している。ウィキペディアから引用する。
『過去に自分が行っていた言動(アメリカ流の新自由主義や市場原理主義、グローバル資本主義に対する礼賛言動、構造改革推進発言など)を自己批判し、180度転向したことを宣言した上で、小泉純一郎・竹中平蔵・奥田碩の三人組が実行した聖域なき構造改革を批判し、ベーシック・インカムの導入等の提言を行っている。労働市場についてはデンマーク・モデルを理想としている。』

 さて、中谷さんは
『グローバル資本主義の危機を克服するには、究極的には「文明の転換」が不可避』
という立場から、資本主義後のあるべき未来社会を構想するための基本的な考えとして次の三点を挙げている。

 グローバル資本の「投機的性格」を是正

 「交換の思想」から「贈与の思想」への転換

 「自然観の転換」
 この三点を詳しく論じている論考を追ってみよう。

① グローバル資本の「投機的性格」を是正
 「資本主義以後の世界」においては、まず、グローバル・マネーの投機的な動きが規制されなければならないだろう。そうでなければ、アジア通貨危機、リーマン・ショック、ユーロ危機のような国際金融危機はますます恒常化するだろう。ユーロ危機のような国際金融危機は、各国の財政再建に加えて、グローバルに動く投機資本の規制が国際合意されなければ根本的な解決には至らないだろう。恒常的な国際金融危機を回避したければ、EU諸国に加え、アメリカ、日本、中国、ロシアを含む世界的協力体制によってグローバル資本という「モンスター」の暴走を食い止める合意が不可欠であろう。

 ただし、投機資本の規制に対しては、グローバル資本はあらゆる政治勢力を動員して反対してくるはずだ。ウォールストリートの金融資本がホワイトハウスの政策形成に与える影響力の大きさを考えれば、このことはすぐに理解できるだろう。それ故、投機資本の規制が早急に実現する可能性はかなり低いと言わなければならない。実際、ノーベル経済学賞受賞者ジェームズ・トービン(イェール大学経済学部教授)が1972年に提唱したトービン税は、投機目的の短期的な国際金融取引に対して課税をしようという提案であったが、強烈な反対に遭ってこれまで無視されてきた。

 たしかに、投機的取引と実質的な資産の売買を伴う資本の取引を区別するのはそれほど簡単なことではない。コンピュータを使って電子の速度で取引される巨大な資本取引の中身を瞬時にチェックし、課税・非課税を判定することは技術的に見ても恐ろしく困難な仕事であろう。

 ただし、それは不可能ということではない。すでに第4章で詳しく見たように、中国においては実物資産取引の裏付けのない投機資本の流人を厳しくチェックすることで、リーマン・ショックの中国経済に対する悪影響を最小限に食い止めることに成功している。もちろん、投機資本を阻止するため、中国は厳重な資本管理体制を敷いており、かなりのコストを負担していると思われるが、世界的な金融危機の影響を最小限に食い止めるというきわめて大きなメリットを享受しており、そのことを考えれば明らかにコストよりも便益のほうが大きいと思われるのである。

 中国が投機資本の流入を厳しくチェックしていることについては、アメリカ政府などが規制の解除(人民元の国際化・自由化)を強く求めているが、中国はその要求を直ちには受け入れないだろう。中国共産党は、投機的取引の自由化が中国経済の安定にとってきわめて危険であることを十分に理解しているからである。さらに重要なことは、中国における投機資本の取引規制が、実物取引のための資本流入を阻害しているという証拠はないということだ。逆に、改革開放以来、グローバル資本は長期にわたって中国に着実に流入してきており、それが中国経済の成長に大きく貢献していることは明らかである。

 このように、投機的な資本取引規制は経済活性化にとって致命的な悪影響があるという新自由主義者たちの主張が正しくないことは、中国の事例を見ればすぐにわかることなのである。重要なことは、投機資本が自由に国境を越えて移動できるかどうかということではなく、その国の経済に十分な潜在力があるかどうかなのである。実際、潜在力が十分あると認められた中国に対しては、投機的取引規制が敷かれているにもかかわらず、大量の(実物資産取引の裏付けのある)資本が流入し続けてきた。

 いずれにしても、世界経済の安定化のためには、投機資本の取引規制が国際合意されることが望ましいのだが、それに対してはアメリカやイギリスなどが強硬に反対することであろう。実際、リーマン・ショックの直後、ドイツやフランスが投機資本の規制を提案したが、イギリスやアメリカは強硬に反対した。日本はアメリカに同調した。これが世界の現実である。

 そうであるとすれば、投機的取引規制に合意できる国が協調し、それらの国には投機資本の流出入が規制されるようにすればよいのではないだろうか。これまでの経緯を見る限り、イギリスを除くEU諸国の多くは投機的資本取引の規制を支持する可能性がある。ただし、移行措置はかなり慎重に行われなければならない。そうでないと、投機資金が規制に一斉に反応し、それが新たな世界的金融危機を発生させる恐れがあるからである。

 もうひとつの可能性は、相次ぐ金融危機により、グローバル資本の政治力が弱まることである。現在の世界的金融危機が解決されず、アメリカやイギリスなどのグローバル資本勢力が大きなダメージを受け、国際的な発言力が低下していくならば、グローバル資本の国際間移動が規制される可能性が出てくるかもしれない。あるいは、投機資本の流入を制限することで金融危機の被害を最小化することに成功してきた中国の国際社会での発言力が強くなり、グローバル資本主義というイデオロギーそのものが修正されるようになるというシナリオもありうるだろう。それほど、グローバル資本に対する世界の目が厳しくなってきているからである。

 このような動きが出てきたとき、日本はいかなる対応をすべきなのだろうか。「資本の自由な国際間移動こそが経済を活性化させる」と考える新自由主義者と、「過剰な資本移動こそ経済を不安定化させる元凶であり、国際的な投機取引は管理すべきである」という保守主義者の間で大きな論争が起こることだろう。

 私自身は後者の立場をとる。もちろん、投機資本と実物投資を目的とする資本をどう見分けるのかという昔からの技術的な問題は残っているが、それはやる気次第でどうにでもなる問題であり、規制反対勢力が反対のためにする議論であるにすぎない。

 先にも述べたように、長期的な観点から見て最も重要なのは、規制の有無ではなく、その国が持つ潜在力、もしくは、産業競争力であり、それさえ確立できれば、資本は投機資金の規制には関係なく必ず吸い寄せられてくる。

 国際的な投機資本の規制 ― 世界がまずもって目指すべきはこの問題を解決するための知恵を出し合うことである。もちろん、アメリカ、イギリスを中心に反対は強いと思う。それは、これらの国では、金融資本と国家の結びつきが強いからだ。日本はそのような結びつきが強くないこともあって、投機的取引の規制を国際的に提案することは政治的に不可能ではないだろう。また、中国をはじめとする新興国やヨーロッパ大陸諸国の多くは、投機的な取引規制には賛成に回る可能性が高いのではないだろうか。

 これまで、投機的取引の規制の必要性について述べてきた。それでは、実物資産の取引をともなう資本取引については、規制の必要はないのであろうか。本書の文脈からすれば、実物資本についてもその「移動性」については一定の規制をかけるべきだということになる。たとえば、外国資本による工場建設が行われた場合、それがあまりに短期的に撤退することについては制限を設けたほうがよい。なぜなら、短期的に工場が撤退することを許せば、工場が建設された地域は大きな混乱に巻き込まれることになるだろうからである。グローバル資本の気ままな移動によって、地域社会が大きく影響を受けないように、たとえば、工場建設後数年間は撤退できないようにするなどの制限を設けるのである。

 「投機的取引の規制」によって、資本主義体制下の社会的不正がいくらかでも是正できるのなら、それにこしたことはない。しかし、私は、資本主義体制の中で利権に群がっている連中が国家を牛耳っている限り、それはほとんどあり得ないことだと思う。中谷さんは「中国をはじめとする新興国やヨーロッパ大陸諸国の多くは、投機的な取引規制には賛成に回る可能性が高いのではないだろうか。」と期待を寄せているが、現在進行中の中国の経済破綻とそれに対する金融緩和や人民元の切り下げなどの経済政策と、その中国に煽られている世界経済を見る限り、残念ながらこれもほとんどあり得ないことと思う。なぜなら、現在の中国経済はアメリカ発(それに追従する日本など)の新自由主義経済とほとんど変わりがないのだから。

 ここで一つ思い出したことがある。2015年3月22日にサイト「ちきゅう座」に掲載された論文『現代中国を読む座標軸 知識人の現状認識と展望』(筆者は元共同通信社記者の岡田充さん)を記録しておいた。その論文中の中国経済を論じた部分を転載させて頂こう。

 なお、予備知識として、次のことを確認しておく。
 引用文中の「銭」とは魯迅・毛沢東研究者の銭理群のことであり、銭さんは「57体制」(1957年の反右派闘争以後の「党がすべてを指導する」体制)→「64体制」(1989年6月4日の天安門事件の後の体制)という独自の時代区分を用いている。


銭の分析。
「64体制は57体制を引き継いでいるが、権威主義的資本主義が姿をあらわし、二極化が表面化。新しい階級が生まれ①権貴資本②私営企業家③知識エリート。政治エリート、経済エリート、知識エリートが権力の中核に姿をあらわした。これに対するのがレイオフ労働者、失地農民、農民工。かくも両極化した状況は過去になかった」。

 グローバル化が進行する中で、中国は今や米国と共にグローバル資本の世界経済支配をけん引している。根底には「新自由主義」思想がある。中国の「特色ある社会主義」は、権威資本主義がもたらす両極化に歯止めをかけられるのか。

(中略)

 変わらぬ共産党の一党独裁の中で、変化に着目する識者も多い。新華社高級記者の王軍は、一連の経済改革が民間の権利意識を高め「2007年物権法が施行され、土地使用権が認められるようになって、人々の権利意識が強くなった」とみる。そして、土地の私有化と非公有制経済の進展によって「市民社会が再構築されつつある」と分析し、中産階級を主体とする「公民社会」に改革の希望を託す。

 王は言う。
「公民社会はまず政府を信じないことから始まる。これは98年の住宅私有化の延長線上のもの。アジア金融危機があり、内需拡大に迫られた側面も。大量の公有住宅が私有化された。住宅を手に入れた住民は転売したことにより内需は刺激された。2007年の厦門パラキシレン(PX)工場の建設撤回は政府が妥協した典型的具体例。」

 中国では、約4億人の収入が1万ドルを超えた。彼らを中産階級と呼んでいいだろう。台湾、韓国などアジアの多くの開発独裁国家では、経済成長とともに育った中産階級が民主化の担い手になったが、中国も同じ道をたどるのだろうか。NGO活動家の周鴻陵は
「中国がシリアと同じように危機的状況で、何が起きてもおかしくないと批判する声がある。一方、ホテルやショッピングモールは消費を楽しむ人であふれ、ホワイトカラーや中産階級の間では現状を肯定的にとらえる傾向が強い」
と、中産階級の保守的性格を強調する。経済学者の胡星斗(北京理工大教授。戸籍・土地制度に精通)も
「3、4億人の中産階級がいるが、彼らが真の独立した社会改革を求める公民になることはなく、改革を促す力になるとは考えられない」
と、中産階級が改革の原動力になるとの見方には否定的だ。

「中国モデル」(儒家思想)
 リーマンショックを乗り切って以来、中国の発展モデルである「中国モデル」がもてはやされてきたが、知識人の間ではこれを評価する声は皆無である。人気ブロガーで「張鳴博客」の筆者の張鳴は、中国モデルの優位性は、低賃金で労働組合のない大量の労働力にあるとする。
「中国モデルとは何か。表面的には効率的。国有企業改革でも大手を守って中小企業を切り捨て、数千万人がレイオフ。ほかの国では複雑なプロセスが必要な制度改革も中国では軍隊に命令を下すような方式で処理。その結果、役人が中国で最も豊かで権勢を誇る階層になった」
「人権の低さによる優位性。その背後には戸籍制度の二元体制の下、農民工の存在がある。」

 歯切れのよい分析である。「新自由主義」と権威主義のドッキングが為せる業というわけだ。

 ところで、本日(8月26日)の東京新聞のコラム「筆洗」で中国経済の本質を突く実に分かり易い見解が語られている。中国経済に関する部分を転載させて頂く。

 中国での株価急落が、世界中を揺るがせている。「世界経済のエンジン」とも称される巨竜がのたうちまわることになれば、どんな大波が起きるか。欧米メディアは「中国版・暗黒の月曜日」と報じている。(管理人注:世界大恐慌が始まったのは1929年10月24日(木)であった。この日は「暗黒の木曜日」と呼ばれている。)

 考えてみれば、共産党政権という不透明きわまりない政府が透明性が求められる市場を操る不可思議。「卒業することは、失業すること」と言われるほど若者の就職難は深刻なのに、公表される統計からは把握しようもない実態。そんな謎だらけのエンジンがエンストすれば、アベノミクスも急減速はまぬがれまい。

《『羽仁五郎の大予言』を読む》(85)

終末論の時代(22)

「独占資本主義の終末」補充編(6)

羽仁提言「三つの原則」の検討(5)


原則2:「社会主義」(4)

<参考書3> エルヴェ・ケンプ著、神尾賢二訳『資本主義からの脱却』(緑風出版2011年刊)
の続きです。

 ケンプさんは独占資本主義下の「貧富の格差(労働者からの収奪)」や「枯渇する資源(自然からの収奪)」といった問題について、多くの提言をしている。全部を紹介するにはちょっと多すぎるので、とりあえずそれぞれのテーマについて、私として最も重要と考えている提言を一つずつ紹介するにとどめる。残りの提言は今後の他の<参考書>での議論で関係が出てきたら取り上げることにする。

<貧富の格差>

 ケンプさんは「金持に課税するのは当然である」と言い、次のように述べている。
『非常に高い所得への課税は、正義と社会的調和のある環境をめざし、盗まれた金を共同社会に返す― つまり、役に立つ活動への融資のこと ―ための前提条件である。脱税とタックスヘブンとの諸国家が連携した戦いは、この政治を補完するものである。』

「盗まれた金を共同社会に返す」という辛辣な言い分には資産家たちはさぞご立腹なさることだろう。

 「貧富の格差」の是正について、弱者の立場に立って論じた政治家の言葉を、ケンプさんは二点引用している。それを転載しよう。

ロバート・ライシュ(アメリカ人 政治経済学者 クリントン政権のとき労働長官を務めている)
『1950年代では、非常に高い所得に対しては税率91パーセントの税金がかけられていた。現在では、ヘッジファンドの運用担当者にかけられる税金は税率15パーセントである。もし彼らにかけられる税率が40パーセント以上だったとすれば、アメリカに愛想を尽かす者はわずかしかいなくなるだろう。』
 ケンプさんは「さらに進めて、ヘッジファンドなど無くしてしまうことだってできる。」と付言している。

ヴァウター・ボス(オランダの財務大臣)
 企業幹部について「あまりにも理不尽な高報酬であるだけでなく、報酬に見合う仕事をしているかどうかもよくわからない」と述べ、企業幹部の報酬に上限を設けること(「最大許容所得」論)を論じた人である。
『1995年に国連の一機関から提起された、巨万の富の遺産から税を徴収する、というアイディアも再考すべきだ。世界には、1000万人の億万長者がいる。その全財産は40兆7000億ドル(約4000兆円)に上ると考えられる。世界の貧困と飢餓を減らすことをめざした「ミレニアム開発目標」を達成するためには、2015年までに毎年1950億ドル(約19兆5000億円)必要であると、2005年に見積もられている。1000万人の億万長者の遺産から5パーセント徴収すれば、ちょうど足りる。』
<付記>
 ヴァウター・ボスさんてどういう人かなとネット検索したら、ボスさんのすてきなエピソードに出会った。紹介しておきます。
「ミナミも、ええよ。 その31」


<枯渇する資源>

 この問題については実に多岐にわたって論じられている。その中から、いま日本でも「限界集落」という言葉が象徴しているように「農業の危機」問題があるが、それを取り上げよう。

 ケンプさんは現在の農業の危機を、全地球的規模で、次のように捉えている。

 エネルギー価格の上昇で輸送費が上がり、産業活動を「復帰」(地域に)させる。つまり、生活必需品が輸入依存から、現地生産に戻る。これは、自治領域の再建を助け、個人、家族、共同体は市場に頼らずに必需品の一部を充足できる。これにより、交換活動が減少し、商品の運搬で生じる公害も減少し、環境を改善し、普段から自分たちの資源を大切にしている人々を元気にする。さらに人は、生活の創造的な技を取り戻し、終局の資本主義に特徴的な欲求不満のノイローゼがやわらぐだろう。

 イングマール・グランステットは分析する。
「これは『ろうそくの生活に戻る』のではなく、終わりのない、とどまるところを知らない競争を拒否することによって、科学的好奇心と技術的想像力を歓迎し、しかも人間的レベルの領域の生活と両立できるような新しい今日的テクノロジーを考え出すことを、私たちに余儀なくさせるということの率直で勇敢な認識なのだ」

 これは、より幅広く言えば、この自我にまだ意味があるかぎり、成長発展の概念さえ変えることである。支配者の図式に従えば、世界は西洋が19世紀末の産業革命で歩んだ道を辿らねばならなくなる。農業生産性の向上、農村の過疎化、都市労働者の搾取、工場制マニュファクチュアの生産力の向上、生活水準の総体的改善、などだ。しかし、この図式はもう機能しない。なぜか?

 まず、西洋がその汚染を吸収させるために生物圏を好きに使い、そこに大量の原料を注ぎ込んだからだ。これは、エコロジー状況が工業化を厳しく限界づけている南半球の大国にはもはや適応しない話である。大気汚染、水質汚染、旱魃、洪水、暴風雨、生物多様性の喪失などは、次第に経済発展に対して敏感にブレーキをかけている。
 次に、貧困国においては、農業の生産性は十分に向上していない。農村の過疎化が進行しているのは、農家の貧困化が広がっているからである。しかも、すでに工業生産力があまりにも高くなり、都市は農村から押し寄せてくる人々に十分な仕事を供給できるまでには至らない。都市には、何十億を越える貧民スラムがひしめき合っている。
 三番目は、ヨーロッパはその過剰の貧困をアメリカ、オーストラリア、南アメリカに向けて大量に流し込むことができた― 「インディオ」やアボリジニーズが割を食ったわけであるが ―ということだ。今世紀に、同じ可能性が貧困の南半球にある、というのはいささか疑問である。

 ここでもまた、支配的考え方を覆す必要がある。未来は、工業やテクノロジーの中にはなく― 工業やテクノロジーがたとえつねにそこにあったとしても ―、農業にある。これはまた、労働運動が崩壊したのに対して、今の時代に最も象徴的な闘争の一つが遺伝子組み換え生物問題をめぐって展開しており、それが大きく農民によって支えられているとしても、決して偶然ではない。これは、雇用を抑え、人的資源のパテントを取得し、農民による農業を圧迫する環境軽視の産業モデルを阻止することに他ならない。

 農業の主要な役割は、2007年、農産物の価格の高騰によって― 一部にはバイオ燃料の開発に誘発されて ―ダッカからポールトープランス、マニラからドゥアラ、アビジャンからジャカルタヘと次々と食糧暴動が引き起こされた時、ようやく認識された。

 こうした問題に対処する基本的な姿勢として、ケンプさんは
「小作農家を救済しなければならない」
という。そして、このような農業の危機を認識し、かつ農民の立場に立った国の政府による農業に対する政策には次のような進展が見られるようになったと言う。

 20年にわたって市場開放と工業発展を唱道して来た挙句に、世界各国政府、諸団体はこう言ったのだ。後は、この言葉を具体的展開に置き換えるだけである。それは、農家が肥料を手に入れ、地域市場に売り先を見つけ、種子を共有し、農業指導を仰ぎ、地域社会の知恵を復活し、森林農業を開発させられるような農業政策を整備する、ということである。

 富裕国でも同様に、工業的農業はエコロジーヘの大きなインパクトの割には、収穫高において限界に達しており、環境を大切にし、雇用を創出する新しい農業が再発見されなければならない。

 こうした政策が誤ることなく推進されれば、その先には協同組合的組織が見えてくる。ケンプさんは農業関係などで成功している協同組合的組織の例を次のように紹介している。

 資本主義が通った後、草一本生えなくなった土に、無数の新しい生き方、生産の仕方、消費の仕方が芽を吹く。

 「地域支援型農業」が、非工業的農業生産者から消費者団体への生産者直売を組織するための大販売網を作り上げている。これは、1980年代にアメリカで開始され、ヨーロッパに広がり、フランスではAmap(家族農業を支える会)の名称で活動している。

 また、若い農業者の定着を援助するために協同で土地を購入する形態もある。共有菜園は都市部で増加している。マルジュリッド県(フランス、ロワール川上流)、グランリューの「プロデュクテュール=生産者」のように協同販売システムを組織する農家や、労働銀行方式で時間を分担するユール・ラ・パラード県(フランス南部、ラングドック=ルション地方)のコス・ロゼール生協などもある。

「Objecteurs de croissance=成長の反対者」は― 質素なライフスタイルを採り入れながら ―より少ない労働、より少ない収入で幸せに暮らしている。

 カルカソンヌ(フランス南部ラングドック=ルシヨン地方の都市)では、60時間の公共労働を提供した青年には運転免許取得費用を援助している。

 パリ、リヨン、ツールーズでは自転車を共同で使用している。コボワチュラージュ(乗り物共有)は日常語の一つになった。

 イルエ=ヴィレーヌ県では個人が風力発電に出資し、上がった利益を省エネ対策に再投資している。

 連帯貯蓄グループのFinansolは貯蓄高1000億ユーロを突破したと発表している。

 アベコベ政府は「地方創成会議」を創設していろいろな政策を打ち出しているが、どれもが官僚主導の政策で、交付金のばらまき政策でしかない。例えば、今回のテーマの一つである農業政策を見てみよう。

『「農林水産業・地域の活力創造プラン」に沿って、他の産業分野と連携して生産性を向上させ、農林水産業の成長産業化を推進。』
と謳っているが、実際には何が行なわれているのか。(サイト「法学館憲法研究所」に掲載されている岡田知弘(京都大学教授)さんの論文『「地方創生」のねらいと対抗軸」』から引用します)。

 産業競争力会議による改訂版「日本再興戦略」(昨年6月)では、多国籍企業の「稼ぐ力=収益力」が最大目標とされ、雇用、福祉、医療、エネルギーに加え、農業が重点分野に据えられた。そのための方策として規制改革会議では、雇用、医療と並んで農業の「岩盤規制」に「ドリル」で「風穴をあける」ことに固執している。その「ドリル」の役割を果たすのが「国家戦略特区」制度である。

(中略)

 (先の総選挙の際の自民党「政権公約2014」中で)「地方創生を規制改革により実現し、新たな発展モデルを構築しようとする『やる気のある、志の高い地方自治体』を、国家戦略特区における『地方創生特区』として、早期に指定することにより、地域の新規産業・雇用を創出します」と述べている。すでに特区制度を活用して、新潟市にはローソン、養父市にはオリックス、ヤンマーが農業に進出している。安倍首相は、この「政権公約」に基づいて、国家戦略特区の追加指定を、石破担当大臣に指示している。

 ここでも、やることなすことアベコベ政府の面目躍如というところ。企業が利益を上げるだけで、「協同組合的組織」が生まれる余地など皆無である。しかし、アベコベ政策に対する対抗軸、つまり「協同組合的組織」へとつながる運動が生まれていると、岡田さんは言う。


 自治体や国土再編の構造改革路線への対抗軸は、憲法理念に則り地方自治の重要性を主張するとともに、住民自治を基にした福祉の向上をはかり、人口を維持し増やす地域づくりを実践してきた「小さくても輝く自治体フォーラム」運動に見いだすことができる。

 小規模自治体ほど、住民一人ひとりの命と暮らしに視点をおいたきめ細かな地域づくりや、有機農業や森林エネルギーの活用、地球環境問題への取り組みが可能になることは、長野県栄村や阿智村、宮崎県綾町、徳島県上勝町、高知県馬路村などの取組みからすでに明らかなことである。島根県海士町や福島県大玉村、北海道東川村などでは人口を増やしているのである。

 小規模自治体の優れた地域づくりの展開を見れば、団体自治と住民自治が結合してはじめて、住民の福祉の向上をともなう地域づくりがすすむことがわかる。まさに「憲法を暮らしの中にいかした」実践であり、これを大規模自治体にも応用し、広げていくことが求められている。

 以上で<参考書3>の紹介を終わります。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(84)

終末論の時代(21)

「独占資本主義の終末」補充編(5)

羽仁提言「三つの原則」の検討(4)


原則2:「社会主義」(3)

 前に挙げた4冊の参考書がそれぞれ、「資本主義の終末」に向けてどのような未来社会を構想しているのか、一冊ずつ紹介していくことにする。発刊年順に読んでいくことにする。

<参考書3> エルヴェ・ケンプ著、神尾賢二訳『資本主義からの脱却』(緑風出版2011年刊)

 ケンプさんはジャーナリスト(フランス人)です。資本主義後のあり得べき社会について、次のように述べている。

 私たちは、資本主義以外の規範に准ずる社会に生きたいと思う。利益よりも共有財産を、競争よりも協同を、経済(エコノミー)よりも環境(エコロジー)を希求する社会である。

 それは、これから半世紀の人間的政治の目標として生物圏の崩壊を防止する。この目的の実現は物質的消費の削減を前提としており、社会正義なくしては到達できないのだとの結論に至った社会である。

 そのためには、どうすべきか?
 考え方を変えよう。私か「私」であると思っているものは、大きく私の文化的、金銭的財産に条件づけられた心理的生産物であり、私の「自由」とは、大きく社会的な相互活動に由来するものであり、私か「考える」ものとは、大きく私か理解を容認した結果である、としよう。この30年、かくも効果的に植えつけられてきた図式が逆転し、現実にはこんにち、個人主義が影を潜め、団結がよみがえっている。

 これは良い知らせである。団結が幸せを取り戻す。(以下略)

 そして、ケンプさんは「オルターナティブ(alternative 既存のものと取ってかわる新しいもの)はもうそこにある」といい、生活協同組合の歴史を振り返り、その代表的な例として、ケベック市(カナダ)の例を紹介している。

 20世紀初頭、ケペック人はイギリス系カナダ人の支配下で暮らしていた。文化的には否定され、経済的には搾取されていた。銀行は実業家しか相手にせず、普通の人が融資を受けたければ高利貸しのところに行くしかなかった。レヴィに住む元新聞記者がいた。その名を、アルフォンス・デジャルダンといった。デジャルダンは、ヨーロッパで当時飛躍的に盛り上がっていた生協運動を勉強し、これが政治的に認知されるためには経済的に成り立たねばならないと考えた。労働者も、農民も、一人では無力だ。しかし、みんなが数セントか数ドルを共同貯金に積み立てていけば、事業に融通できるし、ケペック人の解放の助けにもなる。

 こうして1900年12月6日、レヴィ市にケース・ポピュレール(Caisse Populaire=信用金庫)が誕生した。郷土史研究家の説明を聞こう。

「それは、人的組織であると同時に、一つの企業でもありました。メンバーは貯蓄を共有する協同組織をつくり、必要な時に頼りにできる融資用の貯金を設置しました。オーナーでありながら利用者でもある、『一人一票』の規則による民主的基盤の上に立った管理経営が行なわれ、個々の出資額はいくらでもよかったのです」

 預金受付の初日、26ドル40セントの入金があった。スタートこそささやかなものであったが、デジャルダン信用金庫は20世紀の年月を幾多の障害を乗り越えて成長し続け、ケペック人のアイデンティティの確立に貢献した。ケース・ポピュレールはこんにち、貯蓄市場の44パーセントを抑えるこの地方のトップ金融機関になっている。

 続いてケンプさんは、このような「個人的利益ではなく、共同の福祉のために資金資材を醵出して作られた経済組織はごまんとある」と、フランスでの例をたくさん挙げている。もちろん、このような組織が多く出来ただけでは資本主義を克服することは出来ない。例を列挙した後、ケンプさんは次のように述べている。

 この辺にしておこう。小さなエピソード、大企業、新しい組織、テクノロジーの有効利用……次々と湧き出てくる創意と工夫の泉の物語を詳述するなら、本書のような書物が何冊も必要になるだろう。地球上のいたる所で噴出する、実行と実体験の多彩な世界を探検することほど元気の出るものはない。ここにはフランスの例しか取り上げていない。すべての国、すべての大陸に、同じように花開く姿を見つけることができる。私たちには新しい世界を考え出す必要はない。新しい世界はもうそこにある。黄金の収穫をもたらすために耕されるのを待つ土のように、今そこで息をこらしている。

 しかし、蒔いた種が足並み揃えて芽を出してくれなければ、収穫はない。一人一人が、各グループが、それぞれの場所でちょっぴりユートピアを実現することはできる。それはたぶん楽しいことではある。しかし、体制のパワーが、各個が個人主義的行動をとっているという現実に根ざしている以上、単にこれだけでは体制は大して変えられない。同様に、「グリーン消費」で総商品化の論理をくつがえせないし、「オールタナティブ菜園」などで怯えるような資本主義も存在しない。なぜなら、「各個」が分裂し、連携することなく行動するのが資本主義にとって一番ありがたいことだからだ。オールタナティブは、資本主義が作り出した国の保護事業の弱体化を覆い隠すことになり、この事実を看過させ、逆に資本主義に手を貸すことにさえなる。その上オールタナティブは、別の基準で機能するシステム内に単独で組み込まれ、総体的所得配分には寄与しない。

 社会学者のアラン・カイエの問題提起は的を得ている。
「共同社会建設の意識性を持たせて、無数に存在する諸志向をいかに結集するのか?」

 肝心なことは、オルターナティブを始めることではないのだ。経済システムの中心に生協的精神を設定して、最大利潤主義を除外することである。資本主義から脱け出る政治運動の中にそれが位置づけられるなら、オルターナティブの実践も意味を持つ。

 しかし、「経済システムの中心に生協的精神を設定して、・・・・・・資本主義から脱け出る政治運動」の構築は難事業であろう。問題は現在の政治を牛耳っている財閥・官僚・御用学者・その手の内で踊る政治家たちの質の低さにある。彼らはどんな人物たちか。ケンプさんはとてもうまい比喩を使って説明している。

 街灯の下にいる真夜中の酔っ払いの話をご存知だろうか。通行人が通りかかる。
 「何をしてるんですか?」
 「ああ……ヒック、車のカギを探してるんですよ。あっちで落としたんですがね」
 「しかし……どうしてここで探してるんですか?」
 「だって、ここは明るいスから……」

 私たちを指導する知的最高権威も、夜中の酔っ払いと同じ、ピントのはずれた理屈に追随している。私たちの時代が抱える問題は、このような酔っ払いが権力の座にあるということである。

 しかし、健全な精神を待った人間が責任をとる時のことを考えなければならない。国内総生産以外の指標にしたがって経済を動かすこと、これが彼らの優先事項になる。

 これが、共有財産なのであり、一人だけの利潤をめざす一人だけの個人的イニシアチブでは持続的に管理できない領域を集団で引き受けることへと論理的に導く。

 世界中の先進国で、酔っ払いのような独占資本家の意を受けた酔っ払いのような知的最高権威が考え出した政策を酔っ払いのような政治的最高権力者が唯々諾々として実行している、というのが21世紀の世界情勢である。もちろん日本もそれに追従している。それが現在日本を破滅寸前にまで退化させているアベコベ政権のアベコベ諸政策である。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(84)

終末論の時代(20)

「独占資本主義の終末」補充編(4)

羽仁提言「三つの原則」の検討(3)


原則2:「社会主義」(2)

 前回の記事『「独占資本主義の終末」補充編(1)』での<論文1>からの引用文  
「このような議論(資本主義の終焉論)は、かつてはマルクス経済学者の専売特許であったが、最近では近代経済学の論者の中にもそういう議論を展開するものが現れつつある」
という的場昭弘さんの指摘に注目したが、いくつか選んだ関連の本を読んでみると、最近の学者さんたちが考察する「資本主義の終末」後の未来社会もマルクスが描く未来社会(アソシエーション)に接近しつつあるようだ。そこで、その人たちの考察を検討する前に、マルクスが描く未来社会をおさらいしておこうと思う。

 アソシエーションについては過去記事のいろいろなところで取り上げているし、前回引用した<論文1>からの引用文中でも、「(マルクスの)共産主義を特徴づけている基本的な視点」の第3として取り上げられていた。ここでは改めて総復習という意味合いで、<論文2>の第4部「協同組合というアソシエーション」を読んでみることにする。

 <論文2>の第4部はまず『ゴータ綱領批判』の次の一節を引用している。

『共産主義社会のより高次の段階において、すなわち諸個人が分業に奴隷的に従属することがなくなり、それとともに精神的労働と肉体的労働との対立もなくなったのち、また、労働がたんに生活のための手段であるだけでなく、生活にとってまっさきに必要なこととなったのち、また、諸個人の全面的な発展につれて彼らの生産能力をも成長し、協同組合的な富がそのすべての泉から溢れるばかりに湧き出るようになったのち――その時はじめて、ブルジョア的権利の狭い地平は完全に踏み越えられ、そして社会はその旗にこう書くことができる。「各人からはその能力に応じて、各人にはその必要に応じて!」』

 実はこの引用文は<論文2>の第1部の終わりにも引用されていて、それに対する分析が第2部にも受け継がれている。第1部・第2部では「諸個人が分業に奴隷的に従属することがなくなり・・・・・・彼らの生産能力をも成長し」までの部分の解説が行なわれている。それを引き継いで、第4部では後半の「協同組合的な富が溢れんばかりに湧き出る・・・・・・」以降の解説を行なっている。「草食系院生」(論文の著者)さんによると、前半部分の見解は『ドイツ・イデオロギー』当時のマルクス(初期マルクス)から引き継がれたものであり、後半部分は中期以降に付け加えられた見解であると言い、「これらの条件はいずれも、詳しく見ていくと興味深いものなのですが、その考察はまた今後の記事で触れることにしましょう。」と第1部を結んでいる。

 では第4部を読んでみよう。

 ここで「協同組合的な富」(genossenschaftlichen Reichtums)とはどういう意味でしょうか。「協同組合」というと、一般的に僕たちの生活に馴染みが深いのは「生協」、すなわち生活協同組合でしょう。生協とは「一般市民が集まって生活レベルの向上を目的に各種事業を行う協同組合」のことで、その事業(活動)内容は「食品や日用品、衣類など商品全般の共同仕入れから小売までの生活物品の共同購買活動(店舗販売、宅配)が中心であるが、それ以外にも共済事業、医療・介護サービス、住宅の分譲、冠婚葬祭まで非常に多岐にわたる」とされています(wikiより)。

 協同組合の起源は19世紀にロバート・オーウェンが、働く者の生活安定を考えて、工場内に購買部などを設けた「理想工場」をスコットランドのニュー・ラナークに設立したことに遡る、とされます。オーウェンは養父から引き継いだニュー・ラナーク工場で、労働条件の改善を行い、託児所では子供を保育し、共済店で生活用品を原価供給、病人には治療を施しました。工場は経営的にも大成功し、ニュー・ラナークの名声はヨーロッパ中に伝わり、王族、政治家、社会改良主義者らが多く訪れました。彼らはその清潔で衛生的な工業環境、満足して活力にあふれた労働者、全員が力を合わせて作り上げた成功した「理想工場」の姿を目にして驚嘆したと言われています。

 その後、マンチェスター郊外のロッチデールにおいて、生活用品を高く買わされていた労働者達が、資金を集めて、商品を安く購買できる自分達の企業を作ったのがロッチデール先駆者協同組合であり、これが世界で最初の生活協同組合となりました。ロッチデール協同組合では、「組合員の社会的・知的向上」「一人一票による民主的な運営」「取引高に応じた剰余金の分配」などが掲げられ、少しずつではあれ、協同組合運動の理念が実践に移されていきました。

 当時、オーウェンの活動や思想に影響を受けて多くの協同組合が組織されましたが、そのほとんどは失敗に終わりました。オーウェンもニュー・ラナーク工場の成功後、アメリカに渡り、私財を投じて共産主義的な生活と労働の共同体(ニューハーモニー村)の実現を目指しましたが、これは失敗に終わりました。エンゲルスは、オーウェンを、サン=シモンやフーリエと共に空想的社会主義者として批判しつつ、その実践活動には高い評価を与えています。

 さて、マルクスの「協同組合的な富」についてです。先にも書いたように、協同組合では「一人一票による民主的な運営」が原則とされます。それゆえ「協同組合工場」では、資本家―労働者、経営者―従業員という非対称的な関係性は廃棄されているのが理想です。ひとりひとりの労働者が平等に発言権をもち、民主的な話し合いによって、その工場の運営方針や労働環境、生産計画が決定されるべきとされます。また、ひとりひとりの労働者が生産物・利潤の分け前に平等に預かる権利をもちます。

 当然、こうして民主的に決定された事項については、これを実践・運営していく義務が構成員に課されることになります。つまり協同組合工場のもとでは、どのように働くかを自分たち自身で決定し(政治的行為)、そして実際にその取り決めのもとに働き、その成果を平等に分配する(経済的行為)という実践が行われるのです。

 実は、前々回の記事で紹介した「〈活動〉に転化した〈労働〉」や「アソシエイトした労働」とは、まさにこのような政治的=経済的行為を指していたのではないか。協同組合というアソシエーションの元で行われる〈労働〉とは、手段としてのみならずそれ自体を目的としてなされるような、また固定的な分業を廃棄した自由な〈活動〉として現れてくるものとして、マルクスの頭のなかで構想されていたのだと考えられます。言うまでもなく、これは一種のユートピア思想ですが、マルクスが理想とした社会―経済の未来や労働の未来を知るうえでは協同組合というアソシエーションを念頭に置くことが重要だと思われます。

 アソシエションは「生活者の視点」と「疎外の視点」を軸に考察を重ねた結果、マルクスが到達した理想の未来社会だった。

 では、次回は現在の学者さんたちが説く「資本主義の終末」後の未来社会に向けた提言を検討してみよう。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(83)

終末論の時代(19)

「独占資本主義の終末」補充編(3)

羽仁提言「三つの原則」の検討(2)


原則2:「社会主義」(1)

 羽仁さんが「社会主義」という用語でどのような社会を想定しているのか、「21世紀を生き抜くための原則(2)・(3)」で引用した文だけでは判然としないが、あえてまとめると次のようになろう。

 羽仁さんは、社会主義として「ロシアの社会主義革命」を念頭に置いていて、その基本的理念として「大衆の自由を実現する」ことを強調している。もう一つ、もしも日本が社会主義国家に移行できたならば、その社会主義国家が「国家の消滅」・「軍備の撤廃」などを経て、共産主義国家というユートピアを目指すことに大きな期待を持っていることがうかがえる。

 羽仁さんは最終章で社会主義についてもう少し詳しく語っている。そこに次のようなくだりがあった。

『ソ連の社会主義が共産主義に移っていこうとする段階にあった時に起こってきた問題が、ナチスとの戦争だね。社会主義が共産主義に移っていくなんていう偉大な事業が、ナチスと戦争しながらできるわけがないんだよ。したがって、ソ連の社会主義から共産主義への移行は、現実の問題になりえなかったんだ。』

 ソ連の解体は1991年だから、羽仁さんは『・・・大予言』の頃にはソ連にもまだ一抹の期待を持っていたのかもしれない。しかし、ここでも羽仁さんが言う「社会主義」「共産主義」の内実は判然としない。矢崎さんとの対話での論談だから厳密な論考を求めるのは筋違いかもしれない。

 ところで、先日たまたま「VIDEO NEWS」というサイトに「もしも共産党が政権の座に就いたなら」という記事がアップされているのを知った。動画は志位委員長へのインタビューをまとめたもので、43分もの長いものだった。現在の段階では共産党が政権を取るなど絵空事だから、動画を見るのはスルーしたが、その解説文は読んでみた。その中に共産党という党名にこだわる理由を問われて、それに志位さんが答えている文があった。次のようである。

『過去の記憶などから多くの人が抵抗を覚える共産党という党名について志位氏は、資本主義が人類の最後にして最良の制度ではないという主張の上に立ち、現在の資本主義がいずれは社会主義、共産主義に発展していく可能性を展望する政党という意味で、現在の党名への強いこだわりを示す。』

 ここで示されている「資本主義→社会主義→共産主義」という図式は羽仁さんが描く図式と同じである。たぶんこの図式がマルクスが描いたものとして一般に流布しているようだ。しかし、私はこれはいわゆる「マルクス主義」であって「マルクスの思想」に対する誤解だと思っている。私はマルクスの思想を充分に知っているわけではないので、独断的な説になることを覚悟で言うと、私は次のように理解している。

 私の理解によればマルクスか説いたのは共産主義だけである。つまり「資本主義→共産主義」という図式である。現在、社会主義国家と呼ばれているのは既に崩壊したソビエット国家に代表される「歪曲された共産主義国家」の謂である。「資本主義→社会主義→共産主義」という図式は今ではほとんど意味不明な図式である。

 以下、私は羽仁さんの「原則2」を「社会主義」ではなく「共産主義」と読み替えて、改めて「共産主義とは何か」を考えてみることにする(またまた長くなりそう)。

 そこでこの問題を論じている人はいないだろうかと、ネット検索をしていて二つの論文に出会った。
 岩佐 茂(一橋大学名誉教授)さんの論文
「3・11後にポスト資本主義論を構想するマルクスの視点から」
と、「草食系院生」さんの論文
「〈労働〉の未来-マルクスの未来社会論から考える1」(第2部・第3部・第4部と続く)
である。以下はこの2論文を利用させていただく。それぞれ<論文1>・<論文2>と呼ぶことにする。

 まず、<論文1>の第2章「マルクスのポスト資本主義論の基本的視点」から引用する。

 資本主義をラジカルに批判したのは、マルクスであった。彼は、資本の論理による人間の収奪(労働者の搾取)と自然の収奪を批判した。彼がポスト資本主義論として提起したのはコミュニズム(共産主義)であった。コミュニズムは共産主義と訳されて定着したが、共同主義といわれるべき方がより適切であるかもしれない。

 だが、マルクスの理念の実現を目指したはずの東欧の社会主義国は、マルクスの掲げた理念を色あせたものにして崩壊した。ここでは、その理由は問わない。マルクス後のマルクス主義、既存の社会主義国に彩られた社会主義のイメージではなく、マルクスその人の思想に即したポスト資本主義論を問うことにする。

 「コミュニズムは・・・共同主義といわれるべき」という指摘に同意する。「ロシア革命の真相」でも『吉本隆明の「ユートピア論」』でも「コンミューン型国家」が大事なキーワードになっていた。マルクスが論じていたのは「社会主義国家」ではなく「共同主義国家=コンミューン」であった。

 若きマルクスや『資本論』も含めて、かれの共産主義を特徴づけている基本的な視点を3点ほど指摘しておきたい。

 第1は、生活者の視点である。生活者とは、たんに消費者としての生活者を意味するのではなく、自然と社会的な交わりのなかで、労働し、飲食し、談笑し、余暇を楽しみながら、喜び、悲しみ、ときには怒りをあらわにして生きている人々のことである。生活者は、自らの生活をとおして、自己を表現し、生活を享受する。この生活者の視点は、若きマルクスより『資本論』にいたるまで貫かれている。
 生活者にとって、もっとも基本となるのは衣食住の欲求である。人間の衣食住の充足の仕方は、労働によって生産物をつくり、それを消費することによっておこなわれる。飲食し、呼吸し、排せつする外的自然との物質代謝と、衣服をまとい住まうことによる安全・安心や健康の確保が、その中心となる。

 第2は、疎外の視点である。『パリ手稿』では、「第一手稿」で「疎外された労働」が、「ミル評注」で「疎外された交通」が、そして「第三手稿」で「疎外された生活」が分析された。「第一手稿」では、疎外された労働に疎外されざる労働が対置されているだけであるが、「第三手稿」では、疎外の揚棄が論じられている。この疎外論の視点は、若きマルクスより『資本論』にいたるまで貫かれている。
 その特徴のひとつは、「私的所有の積極的揚棄としての共産主義」のテーゼにおいて語られている。マルクスは、現実の「私的所有」による疎外された否定的現実(「疎外された労働」と「疎外された交通」という「経済的疎外」とそこから派生する二次的疎外を含む「疎外された生活」全体)を具体的に、徹底して批判しつつ、そのうちに潜在的に含まれている肯定的契機を対自化・理念化することを通して、その対極に共産主義を構想したのである。
 もうひとつの特徴は、「人格の物象化と資本の人格化」という『資本論』で提起された物象化論にある。資本家が資本家であるためには、資本という物象に纏わりつかれて、人格が物象化され資本という物象を体現した経済活動を強いられるからである。物象化は、疎外の一形態である。

 第3は、アソシエーションとしての共産主義の視点である。アソシエーションは、「協同団体」あるいは「連合」「結合」といった意味である。マルクスは、共産主義を自立した「自由な諸個人のアソシエーション」としてとらえた。アソシエーションは、将来社会において突如として形成されるものではなく、疎外され、物象化された現実のなかでも、協同組合やNGO、社会的企業などのように、資本の論理にかならずしもとらわれていない組織や運動のうちに萌芽的にみることができる。

 マルクスの共産主義は、疎外され、物象化された現実の批判をとおして、自立した「自由な諸個人のアソシエーション」が実現される社会として構想されている。このアソシエーションの視点は、若きマルクスより『資本論』にいたるまで貫かれている。

 それゆえ、マルクスのポスト資本主義論は、資本主義の全面否定ではない。資本主義の否定的現実を疎外として批判しつつ、そのうちに潜在的に含まれる肯定的契機を共産主義として構想し、制度化しようとするものである。

 <論文2>の第4部の表題は「協同組合というアソシエーション-マルクスの未来社会論から考える」である。この「アソシエーション」も共産主義を理解するための大事なキーワードの一つである。(次回へ続く)
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(82)

終末論の時代(18)

「独占資本主義の終末」補充編(2)

羽仁提言「三つの原則」の検討(1)


(読むべき本が数冊あったことに加えて、日常に個人的に落ち着いた時間が取れない状況が出来(しゅったい)して、約1ヵ月のブランクを作ってしまいました。再開します。)

 前回の<参考書1>からの引用文は
『資本主義の終わりの始まり。この「歴史の危機」から目をそらし、対症療法にすぎない政策を打ち続ける国は、この先、大きな痛手を負うはずです。』
という文で結ばれていた。安倍が自慢しているアベコベミクスは対症療法にすぎないし、しかも既に過去失敗の例がある対症療法である。
(このことについては
「リフレ策は本当に有効なのか(1)」
「リフレ策は本当に有効なのか(2)」
「リフレ策は本当に有効なのか(3)」
を参照して下さい。)

 では、対症療法ではなく、「資本主義の終末」という事態の本質を踏まえた新たな体制の創造はどの方向に求められるべきだろうか。 ここで、羽仁さんが提出した「21世紀を生き抜くための三つの原則」を検討してみよう。

原則1:「小国主義」
(詳しくは「独占資本主義の終末(2)」を参照して下さい。)

 私はこの提言には全面的に賛同する。現在アベコベ政権が日本をとんでもない方向に引き摺り込もうとしている道はまさに「大国主義」への道である。しかもアメリカの尻馬に乗った他力本願の「大国主義」である。では「大国主義」とはどのようなイデオロギー(虚偽意識)か。その代表例として、安倍が心酔して止まない吉田松陰を取り上げてみよう。

 吉田松陰を思いついたのはたった今のことで、今朝、『週間金曜日』最新号(7月31日 1050号)で『吉田松陰は「偉人」なのか』という纐纈厚(こうけつあつし 山口大学教授)さんの論考を読んだからだった。私は松陰の思想については詳しいことは知らぬまま、松陰が持ち上げられれば持ち上げられるほど、何となくうさんくさい奴だと思ってきた。だから松陰が持ち上げられるドラマは全く見る気がしない。ところが、纐纈さんの論考で私が知らなかった松陰の中心イデオロギーを知ることになったのだった。これによって、私の論拠のなかった松陰嫌いはいよいよ確実な物になった。以下、纐纈さんの論考を利用させて頂く。

 纐纈さんは「日本近代化思想の負の部分」を次のように指摘している。

 幕末期に西欧諸列強から開国を迫られるなかで、中国・朝鮮を中心とするアジア大陸への関心が浮上し、やがて国家権力の外に向かっての膨張志向(膨張主義)と軍事力による領土拡張(侵略主義)、そして民族的優越性の誇示(民族主義)を特徴とする日本の近代化思想が生まれていく。

 この「膨張主義・侵略主義・民族主義」を基軸とする負のイデオロギーこそまさに「大国主義」である。ヨーロッパ・アメリカはこのイデオロギーを掲げて世界を征服し、冨を略奪していった。纐纈さんは「この思想が多くの幕末期思想家によって見出される。」と言いその代表的な思想家として
『真っ先に朝鮮の領有を主張した林子平』
『日本が世界の中心であり世界の全ての地域は天皇が支配する「皇大御国(すめらおおみくに)」であると主張した佐藤信淵』
を挙げている。纐纈さんはこの佐藤のイデオロギーを出典を挙げて次のように解説している。

 佐藤は『宇内(うだい)混同秘策』(1823年)で、「皇大御国は、大地の最初に成れる国にして世界万民の根本なり」と記し、日本が世界の中心国であり、世界のすべての地域は「皇大御国」=天皇の国家日本に従属し、天皇こそ唯一の支配者であるとする強烈な自民族優越主義を説いていた。

 3月16日の参院予算委員会で自民党の三原じゅん子参議院議員が口走ってその無知ぶりをさらけ出した「八紘一宇」という言葉はまさにこのイデオロギーを象徴する言葉である。

 さて、纐纈さんはこの佐藤のイデオロギーの内実を佐藤に勝るとも劣らず語ったのが松陰だったと言い、松陰のイデオロギーが維新政府を牛耳っていた松陰の弟子たちによって忠実に履行されていった歴史を次のように論じている。

 『吉田松陰全集』に収められた有名な『幽囚録』(1868年刊)の一節をまず引用しよう。
 そこには、日本近代思想の特徴である領土拡張主義が赤裸々に展開される。松陰は領土拡張の恒常的な実践による国家の発展を期して軍備拡大を図った上で、「則ち宜しく蝦夷を開墾して……加摸察加隩都加」存文字》険都加(カムチャツカ・オホーツク)を奪(かちと)り、琉球を諭(さと)し朝観會同(ちょうきんかいどう)し比して内諸侯とし、朝鮮を責め、質を納め貢を奉る、古(いにしえ)の盛時の如くし、北は満州の地を割り、南は台湾・呂宋(ルソン)諸島を牧(おさ)め、漸に進取の勢を示すべし」と主張する。

 要するに軍事力を背景として、アイヌなど先住民族を排して蝦夷地(北海道)の開拓を進め、ロシア領のカムチャツカやオホーツクを奪取し、琉球を大和化し、朝鮮を日本に従わせ、満州を分割接収し、台湾とルソン(フィリピン)を統治し、着実に攻勢をかけるべきとする。あたかも、その後の明治国家の戦争政策を予測していたかのようだ。そして、その弟子たちが忠実に吉田の主張を履行した。

 「明治維新」とは、武士階級間で起こった政変(クーデター)であり、西南戦争を頂点とする内戦によって明治政府の権力構造が決定されていくプロセスである。それは、変革あるいは革命とする定義とは程遠い。国内の権力闘争が激化するなか、結局は松陰の思想を実現する方向で、権力発動の矛先として近隣アジア諸国が膨張主義の対象として設定されていく。

 表向きは西欧諸列強の侵略や干渉を排除していく理由づけのなかで、松陰は徹底した膨張主義・侵略主義・民族主義を伊藤博文や山県有朋に代表される明治政府の中枢に位置する権力者たちに教え込んでいたのである。

 松下村塾が世界遺産に登録されたことに対して、韓国が問題視したのはもっともなことである。纐纈さんは次のように指摘している。

 韓国の保護国化の立役者であり、初代韓国統監である伊藤博文が松下村塾の塾生であり、松陰の教えを最も強ぐ受け継いだ政治家であることは韓国では周知の事実である。その伊藤を暗殺した安重根(アンジュングン)は、豊臣秀吉の「朝鮮出兵」を撃退した李舜臣(イスンシン)と並ぶ韓国の英雄なのだ。

 ポツダム宣言を詳らかに読んだことのない安倍が『幽囚録』を詳らかに読んでいるとは思えないが、松陰のイデオロギーを信じているのは確かなようだ。いま、松陰の悪しき「大国主義」を、アベコベ政権がこの国の国家権力の基本イデオロギーとして復活させようと目論んでいる。纐纈さんも次のように憂慮を吐露している。

 これらの悪しき思想を背景としながら、アジア太平洋戦争で敗北するまで、戦前の日本は侵略戦争を繰り返した。その思想は、1945年8月の敗戦で清算・払拭されるはずだった。

 しかしながら戦後70年を経た今日、そうではない現実に向き合うことになる。むしろ、新たな表現形態を伴いつつも、膨張主義・侵略主義・民族主義を特徴とする日本の近代化思想が、再び醸成されている感が強い。

 資本主義が終末を迎えるに至った原因の大本は強欲独占資本の「大国主義」であったと言ってよいと思うが、今またその「大国主義」を対処療法にしたのでは資本主義は絶滅することになるだろうが、それは同時に人類の滅亡かもしれない。私は羽仁さんが提言した「21世紀を生き抜くための原則1=小国主義」を是とする。