2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(20)

権力が教育を破壊する(3)

戦後教育の民主化(2)


教育勅語の廃止

 「裁判は階級的である(2)」で羽仁さんの参議院議員時代の履歴を紹介したが、その中に
「参議院文教委員会で教育勅語廃止を要求して発言、討論する」(1948年5月)
という事項があった。前回の引用文の続きはそのときのことを語っている。

 さらに教育勅語の廃止ね。この廃止はね、もし教育勅語に何かの理由があったならば、占領軍によって廃止されるはずはないんだよ。日本に何か一本の理屈が通っていれば、占領軍だって、強引に廃止することはできなかったでしょう。参議院の文化委員会で最後に決定したんだが、その時に、最後の段階になって、未練げに、元貴族院議員の徳川君が発言して、
「この教育勅語の廃止はわれわれの本意に出でるものじゃなくて関係方面からによるものであるということを記録に残しておきたい」
というから、
「ちょっと持て、君がそういうことをいうなら、俺もひと言、いう。教育勅語の廃止は、日本国民心の底からの願いである、決して関係方面からの指示によるものではない、これを記録にとどめておいてもらいたい」
といった。
「教育勅語のためにわれわれ国民は道徳を権力の下に置かれてどんなに泣かされたかわからない。天皇を拝まなくても親に孝行をしたいんだよ、天皇を想わなくても夫婦相和したいんだよ」
ということをいったんだ。

 「徳川君」を調べてみた。水戸徳川家第12代当主・徳川篤敬の次男で徳川宗敬。1946年6月19日に第15代(最後の)貴族院副議長に就任している。羽仁さんと同じ、第一回参議院議員選挙で当選して参議院議員になっている。

 ところで、敗戦直後、私の家に教育勅語が保存されていた。今は手元にないが、旧仮名遣いでルビが振られていていた。小学生だった私は弟とその書き出しを読んで「これなに?」と笑い転げたことを思い出した。その部分を覚えている。こうである。「チンオモフニワガクワウソクワウソクニヲハジムルコトクワエンニ・・・・」

 現在、この教育勅語の復活を狙っている連中がいる。ネット検索すると続々出てくる。もちろん、そこで使われている教育勅語はすべて現仮名遣いのルビであり、その現代語訳は国民道徳協会訳文というのが一番流布されているようだ。2002年の改装以前には靖国神社遊就館にその訳文が掲示されていたと言うから、その訳文が流布しているのはそのためかもしれない(国民道徳協会という組織は、ネットで検索した範囲では正体不明)。しかし、その訳にはとんでもない改ざんが行われている。羽仁さんが「天皇を拝まなくても親に孝行をしたいんだよ、天皇を想わなくても夫婦相和したいんだよ」と言っている部分の勅語原文は次のようである。

「朕惟フニ我カ皇祖皇宗・・・・・・爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ・・・・・・一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」

 つまり、天皇が「爾臣民」に「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ」等々と道徳を説教しているが、それは「天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼」するためなのだ。この引用部分を国民道徳協会訳文は次のように訳している。

「私は、私達の祖先が,・・・国民の皆さんは、子は親に孝養をつくし、兄弟、姉妹はたがいに力を合わせて助け合い、夫婦は仲むつまじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じあい、・・・非常事態の発生の場合は、身命を捧げて、国の平和と、安全に奉仕しなければなりません。

 教育勅語復活を支持している大方の皆さんはこのようは改ざんされた訳文を読んで「すばらしい!いいことを言っているじゃないか」と感動しているようだ。しかし、ここには天皇が全く姿を消している。遊就館がその掲示を止めてしまったのは、その改ざんが天皇を抹消してしまっている点で好ましくないと判断したからだと推測できる。

 だいたい、訳文がどうのこうの以前に、天皇制国家であろうと民主国家であろうと、国家権力が道徳を国民に訓示すること自体がおこがましいのだ。このことについても羽仁さんも触れている。また、教育勅語復活論者たちは、現在のように日本が道徳的にダメになたのは教育勅語を廃止したからだ、と主張しているが、これに対して羽仁さんは教育勅語が日本の道徳が堕落した根本原因だと言う。羽仁さんの語りを聞いてみよう。

 まず、「国家権力が道徳を国民に訓示すること自体がおこがましい」ということについて。

 教育勅語についても・・・政府というものは、われわれが税金を払って役人を雇うわけなんだよね。その役人に向って、我に善を教えろ、我に生き方を教えろ、というようなそんな馬鹿げたことがあるかっていうんだよ。これはつまり政府というのは税金の処理だけの機関なんで、それが道徳に口を出すべきものじゃないということなんだよ。宗教とか道徳とかポルノとか、何も税金とは関係ない。政府は税金の始末だけをしてりゃいいんだ。それ以外に教育の内容なんかについて、文部大臣などが口を出すということは厳密な意味で法律的にもおかしい。また、封建国家や古代国家はたしかに宗教的な、道徳的な意味を持っていたでしょう。だから、お上にさからうということは悪いことだということがあったでしょう。しかし近代国家というのは、「お上に手向うな」などということはないんだよ、すなわちお上なんてないんだ。われわれが税金で雇ってる役人にすぎないんだよ。だからそんな役人に「俺は女の裸体の写真を見ていいか」なんて聞く必要はない。・・・だから、ポルノなどに国が口を出せる資格はないということは決してぼくの暴論じゃなくて、政府は税金の関係の仕事だけを真面目にやっていればいい。ところが今の政府は、税金の正しい使い方に専念しないで税金の横流しなどをやって、税金と関係ないようなポルノを見ちゃいかんとかいってるんだ。

 次は「教育勅語が日本の道徳が堕落した根本原因」ということについて。

 教育勅語というのは、多くの人が気がついていないようだけど、例えば、教育勅語を戦後復活しようとした最初の人は田中耕太郎で、彼がいうには、教育勅語に書いてあることは自然法だ、したがって廃止することはないというんだよ。ところが、教育勅語の本質的な点は「朕惟フニ」ということが一番頭についていることなんだよ。つまり、天皇が思うんだよ、"夫婦相和シ朋友相信シ……″とかね、だけど、どこの夫婦が、天皇か希望するから仲良くしようなんてことかあるかね。それは、逆にいえば、天皇が見てないところでは、夫婦喧嘩をやってもいいとか、朋友互いに裏切ってもかまわないということになる。つまり、結論的にいえば、道徳を政治の下に置いたということなんだな。だから、教育勅語というのは日本の道徳が堕落した根本原因なんだ。今、日本人の道徳は非常に堕落しているだろう。ことに大商社、支配階級の田中角栄などは、偽善者の最大のものだよ。何してるかわからん。文部省などは汚職の巣だよ。政治というのは、もともと高級なものじゃないんだからその下に置かれた道徳がいかに低級になるかということは説明するまでもない。

 われわれは、道徳は政治の上にあるものと考える。だから、政治の面で刑法に背けば罰せられるんだよ。だけど、道徳の場合は背くと罰せられるから善をするんじゃなくて、罰せられても罰せられなくてもわれわれは道徳を守るんだよね。刑法は罰せられるからやらない、というんだろ。死刑がないと犯罪が増えるといって道徳と混同する。そうじゃないんだ。道徳まで死刑の下に置いちゃうから、人間、あらゆる悪いことをやりだすわけだ。これは江戸時代から続いている。つまり、江戸時代の寺社奉行というのは今の文部省だな。江戸時代初期の学者で熊沢蕃山という有名な人がいるけどね、この人がすでに寺社奉行廃止論を唱えている。「寺社奉行は、お坊さんを奴隷のように呼びつける」つていうんだよ。つまり、今の文部省が県の教育委員長を集めて、先生にふさわしい人を任命しろ、すなわち俺のいうことを聞くような人間を任命しろと訓示をたれていることと同じなんだ。これは、おそらく現在において極悪非道な最大の犯罪だろうね。人殺しなんかよりもっとひどいよ。だから人民は政府を信用しない、道徳を信用しない、教育を信用しない。あらゆるものが信じられなくなってしまうのも当然なんだ。・・・ぼくの文部省廃止論は決して私論でなく、天下の公論なんだ。

 またまた田中耕太郎が登場した。今度は教育勅語擁護論者である。

 1946年1月1日、いわゆる「天皇の人間宣言」が発表された。この詔書を受けて文部省が訓令を発している。田中耕太郎の教育勅語擁護論はその延長上にある。五十嵐顕・伊ヶ崎暁生編『戦後教育の歴史』(青木書店)から引用する。

 文部省は1月4日に、この詔書について訓令を発した。それは、「謹ミテ按ズルニソノ諭シ給フ所ハ、マタ今後我ガ国教育ノ由ッテ以テ則ル大本タルベキモノナリ」とし、教育によって聖旨を徹底すべきことを命じている。

 天皇の人間宣言をひとつの契機として、天皇制や教育勅語にたいする疑問や批判が、さらに強まり一般化した。これにたいして、2月21日、文部省で開催された地方教学課長会議で、学校教育局長田中耕太郎はつぎのように訓示した。

「次に終戦後教育の根本たる教育勅語に対し疑を持ち又は一部の教育者が元旦の詔書に依って教育勅語が廃止せられたかの疑問を抱いて居る事を耳にして居ります。然しながら教育勅語は我が国の醇風美俗と世界人類の道義的な核心に合致するものでありましていはば自然法とも云ふべきであります。即ち教育勅語には個人、家族、社会及び国家の諸道徳の諸規範が相当網羅的に盛られて居るのであります。それは儒教、仏教、基督教の倫理とも共通して居るのであります。中外に施して悖らずとは此の普遍性の事実を示したものに外ならないのであります。勿論其の徳目の列挙に於て又道徳意識の宗教的内面化に於て勅語は必ずしも完全であるとは申せないのでありますが、然し不完全は決して誤謬ではないのであります。従って今度の年頭の詔書も決して教育勅語の権威を否定するものでは無いのであります。即ち現在に於て教育勅語は決して無視されてはならないのでありまして考へ様によっては従来教育勅語が一般に無視されて居たからこそ今日の無秩序、混乱が生じたと考へられるのであります。併しながら教育勅語の精神の発展は有り得るのでありまして其の精神は一部分年頭の詔書に現はれてゐると斯様に考へて居るのであります」(『文部時報』827号)。

 この考えは、単に田中個人の考えではなく、文部省の公式の態度表明であった。これにたいして、2月24日付の「読売新聞」社説などは、教育勅語は自然法であるとする論理の欺瞞性をきびしく指摘して、これを批判した。

 現在の読売新聞のていたらくぶりにあきれ果てているので、「この頃の読売新聞は立派だったなあ」と溜息でてくる。

 田中耕太郎が用いた「自然法」は現在の教育勅語復活論者が使うキーワードの一つになっている。4ヶ月ほど前(2014年4月21日)の東京新聞の「【核心】集団的自衛権の行使へ解釈改憲」という記事で、典型的な御用学者・北岡伸一が次のようなあきれた発言をしていた。

「憲法は最高規範ではなく、上に道徳律や自然法がある。憲法だけでは何もできず、重要なのは具体的な行政法。その意味で憲法学は不要だとの議論もある。(憲法学などを)重視しすぎてやるべきことが達成できなくては困る」

『憲法は最高規範ではないのだから、「解釈改憲」で結構じゃないの』と言っているのだ。 また『憲法学は不要だとの議論もある』などとも言っているが、初耳だね。それ、アベコベの「お友だち」の間だけの議論でしょ。

 いろいろな反動の種を蒔いてきた田中耕太郎は文化勲章、勲一等旭日桐花大綬章を受章しているという。また、没後に正二位を追贈されるとともに大勲位菊花大綬章を授与されたそうだ。なるほど、このような時代錯誤の叙勲を受けるにふさわしい人物だ。北岡伸一などのアベコベの「お友だち」らは「俺も勲章もらいたいなあ」と、指をしゃぶっているのかしら。
スポンサーサイト
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(19)

権力が教育を破壊する(2)

戦後教育の民主化(1)


民主化の開始

 GHQは1945年10月11日に次のような民主化に関する5大改革を指令している。
婦人解放
労働組合結成奨励
学校教育民主化
秘密審問司法制度撤廃
経済機構民主化

 このうち学校教育の民主化に関してはGHQがアメリカに教育使節団派遣を要請(1946年1月4日)した。これを受けて日本側は使節団の来日に備えて、2月7日に「米国教育使節団に協力すべき日本側教育家の委員会」(委員長南原繁)を立ち上げている。そして、米国教育使節団は3月5日に来日した。

 その後、1950年8月27日に上記使節団の勧告事項の進行と成果を検証するためにもう一度使節団が来日している。前者を第一次米国教育使節団、後者を第二次米国教育使節団と呼んでいる。

 羽仁さんは第一次米国教育使節団から日本側代表の一人として追加指名されて、日本の教育の根本的改革のための討論に参加している。羽仁さんはこのときのことを次のように語っている。

 日本は永年軍国主義教育をやってきたのだから、民主主義教育と急にいわれても見当がつかない、そこでアメリカから教育使節団というのが来たんだね。これは、役人ではなくて大学とか高等学校の教育の専門家が、別に命令するのじゃなくアドバイスをするためにやって来た。それで、日本の新しい民主主義教育の立案をやった。日本の文部省がやったわけじゃない。それに文部省とその当時の教員組合が協力した。その時の文部省の代表は学術局長の田中耕太郎、教員組合の代表はぼく、その三者が会談して、戦後の日本民主化の原案を作ったわけです。この教育使節団の報告書は実に立派なものだから、今でも読んだ方がいいと思う。その中でも最も注目すべきことは、教育というものは自由でなければいけないということなんだ。教育と権力はあいいれない。つまり命令されて人間はいい人間になれるわけはない。自分でなろうとしなければだめだ。上から命令すればするほど自発性はなくなっていく。教育の根本はその自発性なんだよ。誰も見てなくても自分が許さないんだというような自主性だよ。その意味で日本の教育というのは、敗戦までは、教員なり生徒にストレート・ジャケット(狭窄衣きょうさくい)を着せているようなものだったんだね。このような痛烈な批判をこの報告書の一番最初に書いているんだよ。日本の教育民主化の第一の条件は、強制から解放することにあるんだ。教育というのはまず、自発性なんだ。人の見てないところでは何をするかわからないような人間を作ってはだめなんだとね。三者の会談で決定したんだが、およそ、教師とか校長を誰かが監視すべきものではない、教師とか校長は、自分で何をしたらいいかわからないはずはないから全部彼らに委せればいい。したがって、教科書についても文部省は口出しをしない、教師が勝手に選べばいいとね。

 その時に田中耕太郎が、
「そのように自由な教育を認めると、教壇から共産主義の教育をするようなことが起こったら大変だ、アメリカでは、その点どのようにしているか」
つて質問したんだね。ぼくは、国辱的質問をする奴だと思ってびっくりしちゃって、真っ青になってうつむいていたら、
「ご心配なく、アメリカにはそういった事実はまったくありませんから」
とあっさり答えたんだ。そしたら、まだ驚いたことに田中耕太郎は、
「もしあったら、どうするか」
としつこく、追及するんだよ。ぼくはいよいよ穴があったら入りたいという気になったね。まるで日本人の意識の低さを暴露してしまったようなものだ。そしたら教育使節団は居直ったよ、
「教師といえども人間だ、だから教壇から共産主義の宣伝をしちゃいけないという覚悟をいくら持っていても、人間である以上、たまには色に出、言葉に出ることを神様でもお許しになるだろう」
といったよね。田中耕太郎はギャフンと参っちゃった。ぼくはいかに日本では教育のことがわかっていないかと思ったね。教師がたまに間違いを犯すということをとがめれば、教師は本当の教育はできないですよ。これが教育使節団ないし日本の戦後の教育が文部省とは無関係に始められたというきっかけなんだね。

 制度としては国民の公選によって教育委員会を作り、文部省は教育基本法に書いてある通り、学校教育に関する予算の世話だけをしろということなんだ。つまり、先生なり、校長に委せてもらってやるのが一番いいのだが、それでも誰かの助言を必要とする時には教育委員会がその役目を担えばいいということね。ただ、教育委員会は命令したりしてはいけないんだよ。

 この後、田中耕太郎は第1次吉田内閣で文部大臣(1946年5月22日~1947年1月31日)を務めている。また、1947年4月20日の参議院選挙に立候補し、第6位で当選している。羽仁さんもそのとき参議院議員に当選しているから、腐れ縁は続くことになる。

 羽仁さんが「このような痛烈な批判をこの報告書の一番最初に書いている」と言っているのでそれを読むことにしよう(文部省サイト内の記事「米国教育使節団報告書」を利用します)。

「日本の教育の目的および内容高度に中央集権化された教育制度は、かりにそれが極端な国家主義と軍国主義の網の中に捕えられていないにしても、強固な官僚政治にともなう害悪を受けるおそれがある。教師各自が画一化されることなく適当な指導の下に、それぞれの職務を自由に発展させるためには、地方分権化が必要である。かくするとき教師は初めて、自由な日本国民を作りあげる上に、その役割をはたしうるであろう。この目的のためには、ただ一冊の認定教科書や参考書では得られぬ広い知識と、型通りの試験では試され得ぬ深い知識が、得られなくてはならない。カリキュラムは単に認容された一体の知識だけではなく、学習者の肉体的および精神的活動をも加えて構成されているものである。それには個々の生徒の異たる学習体験および能力の相違が考慮されるのである。それ故にそれは教師をふくめた協力活動によって作成され、生徒の経験を活用しその独創力を発揮させなくてはならないのである。」

こうした趣旨のもとに行われた教育制度の改革の成果を検証するために派遣されたのが第二次米国教育使節団である。このときの報告書の冒頭部分も読んでおこう。

「日本の将来は、公立学校教育制度の成否と緊密に連関している。日本の新憲法は国民に教育の機会均等と義務教育の無償とを保証し、教育基本法・学校教育法・教育委員会法・文部省設置法および教育職員免許法は、教育の組織を変革して、民主的教育制度の発展に一つの枠付けを与えた。」
「しかし民主的教育計画の実質を真に確保するためには、改革はなお継続されなければならない。日本国民は、国・都道府県・市町村の責任において六・三・三制を完遂するに必要な資金を用意すべきである。公立小学校および中学校は日本全国民の全児童に対して絶対無償であるべきである。このことは教科書学用品の無償配布をも含んでいる。義務教育費に対して父兄が多大の負担をするようなことがあってはならない。高等学校も就学希望者に対しては無償でなければならない。」

 第一次教育使節団が危惧していた「強固な官僚政治にともなう害悪を受けるおそれ」はやがて復権した大日本帝国のゾンビたちによって引き起こされる。長い時間をかけてゾンビがはき出す害悪が蒔かれ続け、今では「教育基本法・学校教育法・教育委員会法・文部省設置法および教育職員免許法」は醜悪なものに変わりはててしまった。

(戦後教育の民主化と、ぼ同時に始まった教育反動との攻防についてはいずれ取り上げる予定です。)
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(18)

権力が教育を破壊する(1)

大日本帝国のゾンビたちの復権


 『羽仁五郎の大予言』の第三章・第四章は教育問題を語っている。それぞれの表題は「文部省を廃止せよ」「権力が教育を破壊する」である。「文部省を廃止せよ!」は羽仁さんが参議院議員として国会で論陣を張っていたときのテーマの一つであるが、今回からの表題は第四章の「権力が教育を破壊する」を選ぶことにした。また、取り上げる話題も第三章と第四章の順序にとらわれず、第三章と第四章を行ったり来たりすることになるだろう。なお、文部省は現在は文部科学省と改名しているが、ここでは「文部省」を用いていくことにする。

 もちろん、教育を破壊し続けている権力とは文部省だけを指すのではない。それは、一時下野したとはいえ、戦後の政治を牛耳ってきた高級官僚と自民党(ここでは1955年の「保守合同」以前の保守政党も含めて自民党とひとくくりして扱うことにする)、高級官僚・自民党を経済力で操っている財閥を指す。文部省はその権力の忠実な尖兵に過ぎない。そしてさらに、そこに利権に垂涎して群がっている御用学者・マスゴミなどの取り巻き連中たちが加わる。もちろん、彼らが破壊してきたのは教育だけではない。彼らは敗戦後の新生日本の基本理念である日本国憲法そのものを破壊し続けてきたのだ。その目的を貫徹するための最も重要な戦略が「人心の籠絡」である。「まだ無垢な子供の頃から洗脳せよ」、つまり、彼らには教育の破壊が必須事項なのだ。

 その破壊作戦はいつから始まったのか。それはアメリカ(GHQ)の占領政策の変化がもたらしたものだった。その発端は1947年の2・1ストに対するGHQによる中止命令、その後に続くレッドパージである。新生日本が始動してたったの2年足らずのことである。これを境に大日本帝国のゾンビたちの復権が始まる(その復権の経緯については「日本の支配者は誰か」で詳しく取り上げているので参照して下さい)。

 さて、矢崎さんは羽仁さんとの対話では本題に入る前に30分ほど雑談をやるそうだ。第三章の冒頭にはそのときの雑談が記録されている。その中に復権したゾンビの例が出てくる。また後半には「裁判は階級的である」の続編のような話もあるので、全文掲載しよう。

矢崎
 この間、刑法改正の小野清一郎さんにお目にかかったんですが、平然として「この草案は治安維持法ですよ」なんていう。なにしろ83歳と聞いていたんで「あなたは先に亡くなるからいいけど、後に残る人間が迷惑するようなものを作られてはたまらない」と抗議したんです。すると「このままでは国会は通らないだろうし、4・5年先にボロボロになって、やっと通るかどうか……」なんておっしゃる。「刑法学者は、草案をこしらえるまでが仕事で、あとはどうなってもいいんです」という。どうやら改正草案を作っただけで大満足されている様子でした。

羽仁
 ぼくは、小野清一郎をよく知ってるんだよ。あいつは戦犯なんだ。戦争中、矢部貞治や蝋山政道なんかと、東大で一緒に政治学をやっていたくらいだから、かなり右なんだ。その矢部の日記の中に「今日もまた教授会。小野清ヒステリーを起こす」なんて書かれている。つまり、戦争協力ということに対し、教授たちが冷淡だといって怒っている。戦後は公職追放令で追放されたが、それが口惜しくてたまらなかったらしい。追放解除後、法務省に泣きついて、特別顧問にしてもらった。法務省も必要じゃないんだよ。でも仕様がないから刑法改正の草案でも作ってもらおうということになったんだ。憐れみのつもりであてがったにすぎないんだろうが、それがいつの間にかできた(笑)

矢崎
 こわい話ですね。

羽仁
 そう。宮沢俊義なんかはびっくりしている。「小野君を慰さめるつもりで相手していたが、だんだんと逆にこっちが食われちゃうようなものになった」といっていた。

矢崎
 羽仁さんが参議院で法務委員をなさっていた頃、すでに小野さんは法務省の特別顧問をしていたんですね。

羽仁
 だいたい20年間も法務省でタダ飯を食ってたんだよ。

矢崎
 とても柔和な感じで親しみ深いというか……。

羽仁
 それが奴の手なんだなあ。人を丸め込むのがうまい。「おっしゃることはよくわかる」とかいってね……(笑)

矢崎 しかし年齢的にどうしても抵抗を感じますね。

羽仁
 年齢とは関係ないね。この間、どこかの高校で、校長が生徒の気持はだいたいわかるといったあとで「私も歳だから、わからないことがあるかも知れん」ていったら生徒が「年齢は関係ない。羽仁五郎を見ろ!」つて叱ったそうだ(笑)

矢崎
 刑法のことはいずれゆっくりお話をうかがうことにして、今日は教育のことをお聞きするつもりです。刑法の問題が本当の争点になるのは、早くとも2、3年先になるように思いますが……。

羽仁 ぼくは"刑法改悪反対百人委員会″というのを一年くらい前からやっているが、最近ようやく盛り上ってきた。弁護士連合会が強力な反対を唱え始めたし、各新聞も怒り出した。『ジャパン・タイムズ』まで文句をつけているからね。破防法の時ですら反対しなかった『ジャパン・タイムズ』だから。
 今朝、盛岡地裁で「公務員法17条にある"公務員の争議権の禁止"というのは憲法違反」という判決がでた。最高裁に正面から斬りかかったわけだ。

矢崎
 例の"自衛隊違憲法"の福島判決に対する最高裁の見解というのは「最高裁をさしおいて、違憲判決を出すとは何事か」といったいわば脅しをかけていますね。

羽仁
 法律的には正しくない見解なんだ。第一審裁判所にだって違憲判決を出す資格があるんだよ。ドイツには憲法裁判所というのが別にあるんだが、それでも第一審裁判所で違憲判決を出すことができる仕組みになっている。

 次回から本論に入ります。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(17)

裁判は階級的である(9)

スラップ訴訟(3):経済的・社会的強者による訴訟


 最後に、経済的・社会的強者によるスラップ訴訟を取り上げよう。これまでの事例のうち、高額な賠償を求めている訴訟をまとめてみる(ウィキペディアの「スラップ」ほか、いろいろなブログ記事を利用しています)。

幸福の科学による8億円損害賠償請求訴訟

 とても複雑な訴訟だ。発端は
1996年12月
 宗教法人幸福の科学の元信者(訴訟代理人・弁護士山口広)が、多額の献金を強制されたとしてとして幸福の科学への損害賠償請求訴訟を提起。訴訟代理人が提訴記者会見を開く。

 この訴訟に対して

1997年1月
 「虚偽の事実を訴えた訴訟と会見で、名誉を傷つけられた」などと主張して、幸福の科学が元信者らに対し総額8億円の損害賠償請求訴訟を提起。

 これに対し、訴訟代理人は本訴の提起が不法行為に当たると主張して反訴。幸福の科学に対し800万円の損害賠償を請求した。

判決
 8億円損害賠償請求訴訟は幸福の科学が敗訴。反訴に対しては幸福の科学に対し山口弁護士に100万円を支払うよう命じた。判決文抜粋
「批判的言論を威嚇する目的をもって(略)請求額が到底認容されないことを認識した上で、あえて本訴を提起したものであって、このような訴え提起の目的及び態様は(略)著しく相当性を欠き、違法」(東京地裁・土屋文昭裁判長)

 なお発端となった訴訟は元信者敗訴が確定していた。原告敗訴の理由は「多額の献金を強制された」との訴えに対して、裁判官は「自らの信仰のために自由な意思に基づいて提供したものである」と断じ、訴えの事実はないと却下した。

オリコン損害賠償訴訟

2006年12月
月刊誌「サイゾー」のコメント取材に応じた烏賀陽氏の発言内容が名誉毀損にあたるとして、オリコンが損害賠償5000万円を請求して起こした裁判。

 地裁ではオリコンが勝訴したが、損害賠償金は100万円に減額されていた。上告審では高裁が和解案を提示。即日、オリコンはこの「請求放棄案」を受け入れる意志を烏賀陽側に表明した。「オリコンから烏賀陽に対して起こされた本訴に理由がないことをオリコン自身が認めた」という東京高裁の説明を受け「本訴の誤りをオリコン自身が認めた以上、反訴は理由を失った」として反訴を放棄した。

ユニクロ損害賠償訴訟

2011年6月
 週刊文春2010年12月24日・2011年1月7日合併号の二つの記事
『一人勝ち企業の光と影 独裁者柳井正とユニクロ帝国』
『ユニクロ帝国の光と影』
に対して、ユニクロと親会社ファーストリテイリングが書籍の発行差し止めと回収、謝罪広告と2億2000万円の損害賠償を求める損害賠償請求をする訴訟を起こした。

2013年10月 地裁判決
 請求は全て棄却された。ユニクロは控訴する。
2014年3月27日
 東京高等裁判所は一審判決を支持し、ユニクロの控訴を棄却した。

 この訴訟の経緯については、週間文春のサイトが「本誌が勝訴!ユニクロはやっぱり「ブラック企業」を全文公開している。その記事は「だが、従業員の労働環境について、今回の判決をどう受け止めたのだろうか。」と結ばれている。

 が、なんと2014年4月9日に、ユニクロは最高裁へ上告したそうだ。その結果がどうなったのか、検索してみたがヒットしなかった。上告からまだ4ヶ月だから、判決はまだなのだろうか。

原発フィクサー訴訟

2012年3月16日
 「週刊金曜日」(2011年12月16日号)に田中稔・社会新報編集次長が『最後の大物フィクサー、東電原発利権に食い込む』という記事を書いた。「最後の大物フィクサー」とされた白川司郎氏は、「フィクサーと表現されたこと」「東電利権に関係していると書かれたこと」が名誉毀損に当たるとして、版元の週刊金曜日ではなく、田中稔氏個人のみに総額6700万円の賠償を求める訴訟を起こした。

結果は、2013年8月、提訴した当人が訴えを取り下げて終わった。

 なお、「週間金曜日」の記事の概略など、「原発SLAPP(口封じ訴訟)被害者が法廷で明かした実名」さんが詳しくまとめている。

悪徳ファンド損害賠償訴訟
(私が勝手にこう呼ぶことにしました)

2012年7月18日
 野中郁江明治大学教授の論文「不公正ファイナンスと昭和ゴム事件」(『経済』2011年6月号)と東京都労働委員会係争事案における鑑定意見書「アジア・パートナーシップ・ファンド(APF)がもたらした昭和ゴムの経営困難について」に対して、APF・昭和HD経営者である此下益司氏ら3名が名誉を毀損されたとして、総額5500万円の損害賠償請求と謝罪広告を求めて提訴した訴訟。

2013年3月15日
 これに対して、野中さんはこの訴訟は「不法提訴」であると、反訴に踏み切った。

2014年6月19日
 東京地裁(村上正敏裁判長)は、経営者側の請求を棄却する判決を出した。提訴そのものが不法行為にあたるとした野中教授の反訴については棄却した。

 この結審では裁判官は主文を読み上げたが、そこ間1分たらず」という事だったいう。なぜ反訴まで棄却なのか、知りたいので判決文を読みたいと思ったが、検索できなかった。たぶん、この訴訟がスラップ訴訟であるかどうかという法的な判断を避けたのだろう。

 なお、この裁判については「野中裁判, 編集部から」さんが詳しく記録している。

 こうしてみてくると、企業によるスラップ訴訟は2010年代に入ってから急に増えてきたようだ。こうした企業側の倫理皆無の救いがたい増長ぶりは、悪徳企業に濡れ手に粟をもたらした新自由主義による雇用破壊と労働者に対する過酷な搾取の進行と無関係ではないと思える。

 ところで今現在、スラップ訴訟を仕掛けられている方がいる。私が「事務局長日記」時代から愛読している「澤藤統一郎の憲法日記」の澤藤さんである。

DHCスラップ訴訟

 澤藤さんはDHC(大手のサプリメント・化粧品等の販売事業会社)の代表者吉田嘉明がみんなの党代表の渡辺喜美に8億円の金銭(裏金)を渡していたこと取り上げて次のようは記事をブログにアップした。
『「DHC・渡辺喜美」事件の本質的批判』
『「DHC8億円事件」大旦那と幇間 蜜月と破綻』
『政治資金の動きはガラス張りでなければならない』

2014年4月26日
 これらの記事を名誉毀損記事だとして、DHCとその代表者が、澤藤さんを被告として名誉毀損損害賠償請求訴訟(請求額2000万円)を起こした。今回のスワップ訴訟は政治家が直接関わっているという点でこれまでにないスワップ訴訟と言えるだろう。

 このスラップ訴訟に対して、澤藤さんは敢然と受けて立ち、訴訟に向けての準備を進めると同時に、『「DHCスラップ訴訟」を許さない』と題して、これまでのスワップ訴訟にも触れながら、ブログにその経緯を公開し続けている。現時点での最新記事は第17弾(8月13日付)で、それによると第1回口頭弁論が8月20日(水)午前10時半に開かれるそうである。私はこれと言ってお手伝いをすることができないが、強い関心を持って注目し、陰ながら応援している。

 なお、これまでの記事は次のようにまとめられていて、まとめて読むことができる。

『「DHCスラップ訴訟」を許さない(第1弾~第6弾)』
『「DHCスラップ訴訟」を許さない(第7弾~第17弾)』

(今回で「裁判は階級的である)を終わります。)
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(16)

裁判は階級的である(8)

スラップ訴訟(2):「四畳半襖の下張栽判」補足


 前回の引用文で、羽仁さんは次のように語っていた。
『野坂君の四畳半裁判にしても、一部の人は特別弁護人の丸谷才一君が証人を五木寛之君に頼んだことが矛盾しているというが、そんなことはない。五木君のいっているような方向でしか、この裁判の無罪を勝ちとる理由はないんだよ。』
 この辺の事情を詳しく知りたいと思っていろいろ調べたら『四畳半襖の下張裁判・全記録』(丸谷才一編)という本があることを知った。残念ながら私が利用している図書館にはなかった。しかし、この本の記録を引用しながら「ワイセツそのものを裁判すること」の滑稽さを浮かび上がらせている記事に出会った。「読書で日暮らし」と言うサイトの次の記事である。
「四畳半襖の下張裁判」
「証人五木寛之」
 これを全文転載させていただこう。

 1973(昭和48)年2月21日、月刊誌「面白半分7月号」に掲載された伝永井荷風『四畳半襖の下張』が「わいせつ文書」にあたるとして刑法第175条により株式会社面白半分代表取締役・佐藤嘉尚と編集責任者・野坂昭如の両名が起訴された。この一大事をうけ同年3月下旬、丸谷才一(特別弁護人)ら作家も加わっての大弁護団が結成された。通称「四畳半襖の下張裁判」の幕あけである。

 『四畳半襖の下張』とは、江戸時代の春本戯作の伝統に根ざして閨房の一部始終がえがかれた短編小説で、その草稿は永井荷風によって大正13年ごろ完成されたとみられる。じつはこの書、昭和23年ごろに一度わいせつの文書として摘発されていたのだが、その文学的な価値を鑑み、先の両名が「面白半分」への掲載にふみきった。それがまたもや摘発されたのであった。

「この裁判それ自体がすこぶる滑稽なもの」と予測したのは丸谷才一であった。裁判であるということ、宣誓しているということが、作家の生の言葉を引き出すまたとない機会となり、摘発された文書が永井荷風による正統の春本であることとあいまって、証言台にたつ作家による滑稽かつ高度な一大文学論が繰り広げらる文芸裁判となったのである。

 裁判の冒頭、被告人野坂昭如の「起訴状に対する意見」がふるっていた。

 はじめから飄々とした野坂のスロットルは全開。この第一声により、以降、証言台に立つ作家たちによる答弁の基礎ができあがった。ちなみに、この野坂の要求は「裁判官も聞くのだから」との理由によりあっけなく拒否されたようである。

 丸谷特別弁護人による「起訴状に対する意見」はこうはじまった。

 わたしのこの弁論は滑稽なものになるでせう。これはやむを得ない。この裁判それ自体がすこぶる滑稽なものだからであります。

 検察官は現代日本の常識に逆らつて、おそらくはただ前例に盲従する習慣のせゐで、起訴すべからざるものを、起訴すべからざる事由によつて起訴しました。法によつて生きる者が、法の根幹であり前提である常識を無視する。これはまことに勇気にみちた行為でありますが、しかし、だからと言つて褒めるわけにはゆきません。それは愚者の勇気であり、暴虎馮河(ぼうこひょうが)の勇にすぎないからであります・・・

 丸谷はこの後、『ボヴァリー夫人』『悪の華』『ユリシーズ』『チャタレー婦人の恋人』、さらには日本の文学の伝統へと論をすすめる。それは、文学では素人であろう検察官や裁判官を一足飛び越え、社会に話しかけるという姿勢をとる、まさに圧巻たる陳述となったのである。

 そして、いよいよ作家による証言がはじまる。第一の証人は五木寛之であった。

『 宣誓 良心に従って、眞実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います。  証人 五木寛之(細く跳ねあがり伸びのある肉筆)』

 当時の新聞・雑誌各社の報道によれば、この日の五木寛之の服装は次のようなものであった。(『面白半分』昭和49年8月臨時増刊号より抜粋)

「白黒のチェックの上着、濃紺のネクタイというダンディーな姿」(サンケイ新聞)
「白地にこまかい黒のチェックの背広、白いシャツ、黒のネクタイというしぶいスタイル」(東京新聞)
「久々にネクタイを締め、真っ白いワイシャツを新調し」(スポーツニッポン)
「チェックのブレザーコートとラフなスタイル」(読売新聞)
「一年ぶりに着たというワイシャツ、ネクタイのキチッとした服装」(平凡パンチ)
「白と黒の千鳥格子の背広」(週刊朝日)

 よほど印象的であったのだろう。いまでもダンディーな五木寛之ではある。

 裁判における五木の証言は長い。が、その内容は興味深いものであった。弁護人・中村巌による型通りの質問が済むと、やおら五木流文学論が披露される。

弁護人
「・・・これはちょっとむずかしい質問かもしれませんが、概括的に言って、どういうテーマを追求されて、小説をお書きになっておるんですか」
五木
「非常にこれはむずかしい質問なんで、簡単にお答えしにくいんですが、いわゆる小説をですね、・・・何と言いますか、自分だけの仕事として書いておるという感じじゃなくて、小説を書く人間というのは、一種の、たとえば、恐山に、巫女という、いたこという霊媒のような人がおりますけれども、個人の、つまり、生産をするそういう職業じゃなくて、広く、集団あるいは共同体のそういう願望とか、意思とは欲望とか、そういった社会全体の、つまり、そういうものを、その個性に反映せしめてそれを、つまり一種の霊媒のように反映せしめる仮の役というふうに作家という職業を考えておるわけです・・・」

 五木寛之は、丸谷才一による「題材の面で、どういう種類の新しさ、新奇さというものを示してきたとお考えか」との問いに対して次のように答えている。

五木
「たとえば話がちょっと脇にそれますが、私の小説は何度か映画になったりテレビ化されたりしたことがありますけれども、全部作品的にも興行的にも失敗しているんです。それはぼくは当然だというふうに思っているんですが、なぜかというと、映画とかテレビとかお芝居とかそういう形で表現できない世界を、そこだけねらって小説を書いて見せようというふうに実は思って書いてきたんです」

 この後、野坂の質問が加わり、証言はもっぱら「わいせつ」という言葉の周囲を延々と旋回してゆくのであった。

 第6回公判のあと、日比谷公園内で開かれた記者会見での五木の感想。

五木
「裁判に出席するのは初めてで、手足がブルブル震えるのではないかと思ったが、意外と平気だった。大変明るいふん囲気の中で行なわれているという印象を強く受けた。しかし、そういったウラで奇怪なドラマが演じられていると思った。とくに、検察官の物わかりのいい顔を見ていると、権力者が "正義は我にある" "被告人を遊ばせてやっている" という感じがし、ウスラ寒い気持ちになった」(東京タイムズ)

 裁判は最高裁まで上告される。その最高裁の有罪判決文は『「四畳半襖の下張事件」最高裁判決』で読める。この最高裁判決について、「さあ、最高裁判決解釈に挑戦してみよう」さんの論評が面白い。これも全文転載させていただく。

 難しい話はこの辺にしておいて、ここからは思いっきり笑える(下ネタ系)裁判ネタで頭をリフレッシュしよう。「恐怖を過ぎると笑いになる」というが、「難しいも度を超えると笑いになる」のだ。国家権力と日本の英知の粋が下した臨界点を味わって欲しい。ここでは、(株)有斐閣刊「憲法判例百選1」より引用・抜粋する。
「四畳半襖の下張」事件

<事実の概要>(抜粋)
 被告人X、Yは永井荷風(←有名な作家)作といわれる、懐古文体で男女の情交を描写した戯作「四畳半襖の下張」を雑誌「面白半分」(←本当にこういう雑誌があった)に掲載したことを理由に、刑法175条のわいせつ文書販売罪に問われた。
 第一審判決は「チャタレー婦人の恋人」事件最高裁判決で示された「性行為非公然性」の原則に基づき、右原則を侵す性的文書の規制が憲法21条に適合すると判示し、さらに刑法175条にいう「わいせつ」の意義、文書のわいせつ性の判断方法についても従来の最高裁の見解を踏襲して、当該文書のわいせつ性を認めた。・・・・

<判旨>
 わいせつ文書の出版を刑法175条で処罰しても憲法21条に違反しないことは「チャタレー」事件、「悪徳の栄え」事件最高裁判決の趣旨に徴し明らかである。
 刑法175条の構成要件は不明確であるということはできないから憲法31条違反にはあたらない。
 なお、文書のわいせつ性の判断にあたっては・・・・・・これ以上は、最高裁判決文自体が非常に猥褻な表現に満ちあふれているので自主規制とする(爆)。

 ここからは掲載されている<解説>を紹介していくが、あまりに長いので味のある部分を抜粋する。そのため、前後関係がよく分からない部分もあるが、勢いで読んで欲しい。
 ・・・・・しかし、本件では端的な春本類またはそれに近接する文書の判断基準の設定、裁判官の判断に委ねられていた「超社会的社会通念」(←なんですか、これは)から社会の現実体に基礎をおく「現実的社会通念」への転換、それにともなう「超社会的社会通念」の中核をなす「性行為非公然性」の原則の解体などの諸点をふまえ、「わいせつ」概念を再構成する課題が手つかずのまま残された。・・・

(市川注) 要するに、海外のエロサイトにアクセスすればモロ画像を簡単に見ることができるため、日本でいくら規制をかけても「性行為非公然性」が現実として保てなくなったということである。

 こうした課題へのひとつの対応策を示すものとして、ビニール本事件の伊藤補足意見がある。右意見は、文書・図画のわいせつ性を判断するにあたり、ハード・コア・ポルノと準ハード・コア・ポルノの区別が有益であるとする。ハード・コア・ポルノは社会的に無価値であるから憲法上の保証の範囲外であるのに対し、準ハード・コア・ポルノはある程度社会的価値をもつものもあり、それには憲法上の保護が及ぶ、という。そして準ハード・コア・ポルノがわいせつ物にあわるか否かは「社会通念に照らして、ハード・コア・ポルノに準ずるいやらしさをもつ」か否かによって決定され、そこでの判断基準は「当該性表現によってもたらされる害悪の程度と右作品の有する社会的価値との利益較量」に求められる。なお右衡量にあたっては、作品が政治的学問的な意思芸術的価値を有する場合は特に慎重な衡量が必要であり、又、社会通念は社会変化に合わせて柔軟に解すべきであると、「性行為非公然性」の原則を却ける見解が示されている。・・・

 何らかの線引きを行わなければならない仕事のため、無理矢理こじつけようとしている点とその理屈に味がある。猥褻か猥褻でないかは憲法で保証されている表現の自由に関わる問題であるため、必ず最高裁まで持ち込まれる。そのためこの手の裁判が非常に多い。難しい司法試験をクリアしさらにその頂点に立つ最高裁の人々が、実は毎日のようにエロ本を読みあさって屁理屈をこねていると思うと、人生って面白いなあ。

 裁判官の頭脳が取り込まれている言語空間と私たち一般人(作家たちも含む)が生きる言語共同体とはまったく乖離していて、共通部分を見いだすことがはなはだ難しいことがよく分かる。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(15)

裁判は階級的である(7)

スラップ訴訟(1):行政権力による恫喝


 前回引用した羽仁さんの次の下りを取り上げたい。

『田中耕太郎が「日本国民はどうも乱訴のふうがある」といったのを聞いたことがある。そんなことはないんだよ。乱訴するとすれば大企業やなんかであって、国民の方はどちらかといえば無関心なんだ。第一、訴訟を職業にしている奴はいないんだからね。』

 大企業の乱訴の代表的な訴訟は「スラップ訴訟」と呼ばれている。しかし、スラップ訴訟は大企業だけの専売特許ではない。行政機関もそれを得意としている。最近ニュースになった国家権力によるスラップ訴訟を記録にとどめておこう。東京新聞(2014年7月23日 朝刊)の記事を転載する。

スラップ訴訟 市民団体が最高裁に抗議 「国の提訴はどう喝

 沖縄県東村(ひがしそん)高江での米軍用ヘリパッド(ヘリコプター着陸帯)建設現場で抗議の座り込みをしていた住民を「通行妨害だ」と国が訴えた裁判で、国の勝訴が今年6月、最高裁で確定した。

 この判決に対し首都圏の市民団体「STOP SLAPP(スラップ)!高江」が22日、「表現の自由に対する侵害」として、最高裁に抗議文書や署名を提出した。

 文書では訴訟を、権力が弱者や個人をどう喝する「スラップ訴訟」と位置づけ、「表現の自由が通行妨害にすり替えられ、生活を守りたいという思いが国と司法によって弾圧されている」と批判した。

 今回提出した三千人を含め、抗議の署名は三万人に上る。

 国は当初、8歳の少女を含む15人に通行妨害禁止などを求めた仮処分を那覇地裁に申し立て。地裁は伊佐真次(まさつぐ)さん(52)ら2人に通行妨害の禁止を命令した。

 その後、国が起こした本訴訟では、一審、控訴審ともに伊佐さんが敗訴し、最高裁は6月13日付で伊佐さんの上告を棄却した。

 署名提出後、メンバーの鈴木祥子さん(38)=千葉県船橋市=らが最高裁前で「スラップ裁判は私たち一人一人に降り掛かる問題だ」などと訴えた。

<スラップ(SLAPP)>
 strategic lawsuit against public participation(住民の集団行動に対する戦略的な対抗訴訟)の頭文字


 行政と司法がぐるになって国民を恫喝している。そして、行政側の姑息な妨害(=恫喝)は訴訟だけではない。高江の闘いは続いているが、行政による嫌がらせがエスカレートしている。沖縄タイムス(2014.08.06)の記事を転載する。

高江反対派排除 国が県道通行制限を検討

 国頭村と東村にまたがる米軍北部訓練場内のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設で、沖縄防衛局は、反対派住民らが車を止めるなどして封鎖している県道70号沿いの路側帯を米軍専用区域に戻すなど、阻止行動の対策強化を検討していることが、5日までに分かった。7月1日に開始予定だった「N1地区」の二つのヘリパッド工事はいまだ着手できておらず、作業を急ぐ狙いがある。

 名護市辺野古の基地建設でも、沿岸部の立ち入り禁止区域を拡大するなど阻止行動の対策を講じており、「米軍施設の建設で日本側の権利が制限される」と反発は広がっている。

 防衛局は7月末までに完成した「N4地区」の二つのヘリパッドを今秋までには、米側に先行して引き渡す方向で調整を進めている。ヘリパッド建設は訓練場の半分以上を日本側に返還する条件で、返還前の引き渡しには「ヘリパッドが増えるだけで、負担が重くなる」と批判の声がある。

 ヘリパッド建設事業は2007年7月に着手、09年度内の完了を目指したが、六つのうち「N4」の二つしか完成しておらず、阻止行動でスケジュールが大幅に遅れている。

 「N1」の建設では、工事車両は県道70号に接続する提供区域内の林道を使用することが分かっている。

 反対派は林道の入り口部分にあたる未舗装の路側帯に車を止め、テントに座り込み、警戒を強めている。「N4」の建設でも同様の方法で建設現場への立ち入りを阻止されたことから、防衛局は対策が必要と判断したとみられる。

 県道70号と両側の路側帯は米軍への提供施設区域だが、日米地位協定4条2項aの規定で日米が共同使用。自由に通行できる上、路側帯は幅が広く、車を止めても道路交通法などの適用が難しいという。そのため路側帯を米軍専用区域に戻すことで、車やテントの撤去を求めることができるとみている。所有者に通告し、従わない場合に強制排除する手続きについても、法務当局と調整している。

 辺野古でも米国の傀儡政権は姑息な妨害(=恫喝)を始めている。目取真俊さんの「海鳴りの島から沖縄・ヤンバルより」というサイトの記事を二つ紹介しよう。(このサイトの記事は写真をふんだんに使っていて見応えがあります。文章だけ転載してもつまりませんから、直接ご覧下さい。)

「キャンプ・シュワブゲート前の鉄板は〈泥引き防止装置〉という沖縄防衛局の大嘘」
「「殺人鉄板」への抗議も続く」

 上の例は市民運動(私は「非暴力直接行動」と呼んでいる)に対する行政によるスラップだが、検察・警察が言語表現や美術表現に仕掛けるスラップがある。その一つがいわゆるワイセツ訴訟である。このスラップはただ単に「ワイセツ文書」をやり玉に挙げたものではなく真の狙いは表現の自由全体の萎縮効果である。代表的なものとして、前回羽仁さんがちょっとだけ触れていた「四畳半襖の下張栽判」がある。この裁判について、羽仁さんは最後の文節で詳しく語っているので、それを読んでみよう。

 新宿騒乱事件の法廷で一番印象に残っていたのは、待っているときに、看守が被告たちを連れてくるんだが、学生に手錠をはめて出てくるんだ。ぼくは不覚にも落涙した。とんだ長生きをしたなあと思ってね。手錠をはめられている学生を見るなんて、何という嘆きだろう。現在の裁判では、個々の裁判で勝つということがどれほど重要なのか、かなり疑問に思える。それより負けていくことを重ねて、歴史的には勝つということの方が正しいのではないか。新宿騒乱事件にしても、これは大切なことなんだね。しかも、個々の裁判で負けるにしても、負け方が問題なんだ。その負け方によって、相手がいかに本質的なことがわかっていないかを立証することが重要なんだ。

 野坂君の四畳半裁判にしても、一部の人は特別弁護人の丸谷才一君が証人を五木寛之君に頼んだことが矛盾しているというが、そんなことはない。五木君のいっているような方向でしか、この裁判の無罪を勝ちとる理由はないんだよ。条件つきの無罪ではだめなんであって、つまりワイセツそのものを国が裁判するということはできないんだということを立証しなければ、完全な無罪にはならない。丸谷君は、無罪を立証するというんだから、それはそれでいい。大切なことは、五木君が主張している読む側の問題にもあるんだ。

 イギリスで『時計じかけのオレンジ』を書いたアンソニー・バージェスが『ニューヨーク・タイムズ』に「ポルノに対する無条件の自由を要求する」という論文を書いているけれど、非常に立派な文章だった。つまり、問題はわれわれが自分で自分の読むものに対する判断力を持ち、それを選択する能力を持つようになれるかどうか。それとも、常に誰かに選択してもらい、誰かの判断によって読むようにしなければならないのか。ポルノについても、大衆が自分の判断によって選択する能力をのばしていくことが大事だとすれば、これに法的な規制を加えるのは間違いだというんだよ。

 もっとはっきりいうと、裁判が道徳の問題について触れるということはできないということなんだ。道徳の問題を政治上の問題にすりかえてしまってはいけない、道徳上の悪事というものは処罰されないんだ。つまり、道徳の問題は確定しないんだね。複雑な問題がありすぎて、一線を画するということができないんだよ。

 ワイセツ裁判では、判例に"猥褻というのは、その文章を読むと必ず劣情を起こす"というのがあるが、必ずでなくてはいけないんだよ。起こす奴もいるが起こさない奴もいるというんでは、法律上の判断の規準にはならない。したがって、ワイセツそのものを裁判することはできないという見解が正しいんだ。

 とにかく、裁判については、話は尽きそうにないが、アウグスティヌスは『懺悔録』の中で「自分は後に聖者に近い者になり天に昇ってそこで神を見たが、かつて地獄の奥底まで堕ちた時も、そこにも神がいたことを忘れはしない」といっている。つまり、犯罪というのは、人生に必ずあることなんだよ。それを、法律や裁判などで、なくすことなんてできはしないんだ。それが人間の原罪ということなんだな。そして、それと闘うことが、人生の意味だとぼくは思うね。

《『羽仁五郎の大予言』を読む》(14)

裁判は階級的である(6)

日本の国際非常識裁判


 大日本帝国では三権分立など絵に描いた餅でしかなかったが、戦後の新生日本でも相変わらずおかしい。そのおかしい事例は枚挙にいとまない。戦後のおかしい事例の嚆矢とも言うべきものとして、「裁判は階級的である(1)」では、砂川事件と長沼ナイキ基地事件の訴訟の経緯を紹介した。また最近の事例としては、「裁判は階級的である(4)」で「沖縄密約文書の開示を求める訴訟」を取り上げた。これらの事例は日本がアメリカの属国であることを如実に示すものであった。

 では、アメリカが直接的には関わらない国内的な事件に関してはどうか。やはり三権分立など絵に描いた餅である。日本では総理大臣が最高裁判事を任命する仕組みがその元凶である。これでは裁判官は行政府に従属しているようなものだ。大方はヒラメ判事に成り下がる。従って、特に違憲を争点とする行政訴訟では行政側にべったりの判決しか出せない。

 もう一つ、日本の裁判のおかしな点がある。原告の場合であれ被告の場合であれ、一般市民が上告をする道はしっかりと保証されなければならないが、検察が上告をするのはけしからん事なのだ。羽仁さんは次のように述べている。

 田中耕太郎が「日本国民はどうも乱訴のふうがある」といったのを聞いたことがある。そんなことはないんだよ。乱訴するとすれば大企業やなんかであって、国民の方はどちらかといえば無関心なんだ。第一、訴訟を職業にしている奴はいないんだからね。しかし、いざ裁判となると、そうもいっていられないから、法廷で争うことになる。それにしても証拠を収集する能力といっても調査機関を持っているわけではないし、日記をつけているような人でも、正確に覚えていることは少ない。したがって判決を受けた結果、もっと言っておけばよかったなんてことが、必ず出てくる。無罪になればともかく、有罪だったら、国民の側が控訴して再審を求めるという理由は、かなりあって不思議はないんだ。

 ところが検察側は、訴訟が専門なんだから第一審にすべてをつくして当然なんだ、ところが、一審の判決が不服だと、まだ事実が述べつくされてないとか、残りの証拠があるとかいって再審を要求する。これは職務怠慢と批難されてもいいくらいのことであって、職権乱用ともいえる。現にフランスなんかでは無罪の判決があった場合、検事訴訟は禁止されている。裁判が長引いて国民が受ける甚大な損害は、救うことのできないものだという見解によっているんだよ。

 野坂昭如君にしたって、四畳半裁判で被告になっていれば、奥さんが心配したり、隣近所に、何かと具合が悪かったりもするだろう。第一、時間をとられる。いわんや、もっと個人にとって重大な罪に問われている場合は、裁判が続いている間というもの、本人の苦痛たるやはかり知れない。しかも、最終的に無罪になったとしても、完全には救済されない。

 したがって、大切なことは裁判所の態度なんだ。どこまで対抗措置がとれるかということなんだよ。裁判所に良識があれば、あらゆる点で、未然に救済していくことができる。

 ここで羽仁さんは裁判所の良識を示すアメリカでの判例を二つ挙げている。

 アメリカでベトナム帰りの兵士が反戦デモをやって捕まった。ところが、この事件は、事前に警察側が電話の盗聴をやって内偵していたんだ。すると裁判所は「不法な盗聴行為が検察側にあった以上、本件を棄却する」と宣告した。反戦デモそのものの罪は、もはや成立しないというわけだ。日本では、そんなわけにはいかない。たとえ検察側に違法があっても、犯罪は犯罪だという考え方が支配的なんだ。

 エルズバーグの機密文書事件のときも同じで、政府側がエルズバーグが過去にかかったことのある精神分析医のところへ不法に押し入って記録を盗み出そうとしたことが明るみに出た。裁判所はただちに機密文書漏洩の訴えそのものを棄却してしまった。いうなれば、これは国際常識なんだな。日本の裁判所は、とてもここまで到達できない。

 エルズバーグ事件については、アベコベ政権が強引に推し進めている「集団的自衛権と秘密保護法」と関連している事件として、梓澤和幸(弁護士)さんが「ペンタゴン・ペーパーズ事件 アメリカの秘密保護法(スパイ法)に抵抗した男」

「エルズバーグとはどんな男か。なぜペンタゴン・ペーパーズ告発に踏み出したか」で詳しく検証している。

 次に羽仁さんは裁判所の良識を示す日本での判例を一つ挙げている。

 もっとも日本の裁判でも、ときどき、びっくりするようないい判決がある。新宿騒乱事件の証人になった日、家へ帰ってきてから"飯田橋件"判決を聞いた。あの事件は法政大学の学生が原子力空母エンタープライズ号の入港に反対して佐世保へ行こうと飯田橋で集まったところ、警官がそれを阻止しようとした。凶器準備集合罪というのが適用され学生が逮捕されたんだが、判決によると「学生は、ひたすら平和なうちに佐世保へ行きたいと思っていただけで、これを凶器準備集合とみなすことはできない。警察官がこれを阻止しようとしたことはまったく法律的根拠がなく無罪」というんだ。佐世保へ行って何をするかわからないうちに飯田橋で捕まえちまったんだが、およそ二百人の学生に二千人もの警官を動員して全員逮捕している。明らかに警察権力の行き過ぎがあったんだ。フランスなんかでデモを取り締るというのは、交通の便を妨げているという関係においてなんで、だから水道のホースかなんかでけちらせばすむようなことなんだ。日本の場合は、明らかに別の意図があって警官が動員されたとみられるケースが多い。この飯田橋事件では、公務執行妨害罪の容疑もあったんだが、判決では「違法な公務の執行について、その妨害というのは成り立たない。したがって無罪」ということになった。

 つい二日前、上の三例と同じような判決が東京地裁で行われている。産経ニュースの「覚醒剤所持の被告に無罪」を転載させていただく。

覚醒剤所持の被告に無罪
 令状なしに捜索 「無理解が甚だしい」と東京地裁  2014.8.115:24

 東京地裁は1日、令状がないのに警察官が持ち物を捜索したのは違法だったとして、覚せい剤取締法違反などに問われた男性(39)に無罪の判決を言い渡した。検察側は懲役4年を求刑していた。

 判決によると、男性は昨年10月、東京都新宿区で警視庁四谷署の警察官から職務質問を受けた。警察官は捜索差し押さえ令状が出る前に、男性が乗っていた車内のウエットティッシュの箱を勝手に開け、抗議を受けても返さなかった。箱から覚醒剤などが見つかり、男性は現行犯逮捕された。

 西山志帆裁判官は「警察官の令状主義への無理解は甚だしい。今後の違法捜査を抑制するために、無罪を言い渡すほかない」と述べた。弁護人によると、警察官は公判で「箱の中身を取り出そうとすれば、観念すると思った」と証言したという。