2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
ミニ経済学史(40)

現在の経済学は?(18):欠けている視点(4)


吉本隆明の「歴史的産業構造の転換」論(2)

 第三次産業が総生産においても就業人口においても50%以上になった先進的な国家を軒並みに襲っている「重たいが輪郭の不明瞭な不況」の根源にあるものを、吉本さんは「できるかぎり常識にしたがって判断するようにこころかけて」と断りながら次のようにまとめている。

(1)
 金融の過剰な溜り、過少な流れだけが独行する不況
(2)
 物流の過剰な溜りや停滞あるいは逆に過少になる加速が独り歩きする不況
(3)
 金融の溜りあるいは流れすぎと、物流の溜りあるいは流れすぎとが連動しながら跛行状態に陥る不況

 続いて吉本さんは当時(1992年~1994年頃)の経済学者たちの不況に関する論説を取り上げて批判をしている。ここで取り上げている学者たちを私はほとんど知らないのだけれども、ネットで得られる情報だけで満足し、ともかく吉本さんの論考を読んでみることにする。

 まず、宮崎義一著『複合不況 ポスト・バブルの処方箋を求めて』(1922年刊)が論じている「不況の根源」を次のようにまとめて紹介している。
『アメリカや日本やイギリスの金融自由化の政策からはじまった金融の流れの不整脈化が物流の停滞に波及して、それが世界的な規模でひろがり、金融循環からはじまって生産物循環を跛行状態に陥れたのが、現在の不況の実体だというかんがえを、アメリカの不況現象と日本の不況現象を分析しながら結論づけている。』

 第三次産業化への目配りに欠けるが、これは吉本さんの(3)と同じ認識だ。吉本さんは「かくべつまちがった分析だとおもわれなかった代わりにかくべつ関心もしなかった」と感想を述べているが、その不況に対する「処方箋」に異を唱える。宮崎さんの「処方箋」は次のようである。
『(宮崎は)金融自由化の流れが一国資本主義的なケインズ政策では統御できなくなったことが、この複合的な不況が世界化した根拠だという考えを述べている。そしてこれをケインズ政策的に再構築するには、一国規模ではないグローバルなケインズ政策が必要で、巨額な資金の世界的な流れをコントロールできる強力な世界銀行を作って、世界共通貨幣が形成されるような基礎をつくらなくてはならないと結論づけている。』

 これに対する吉本さんの批判は次のようである。

 わたしには支配の政策の補助学としての経済学の旧い体質を見事に象徴した結論のようにおもえた。なぜこういう結論になるかはとてもはっきりしている。現在の先進地域国家をつぎつぎにおとずれている不況を、アメリカ、日本、イギリスなどの先進諸国の金融自由化からはじまった金融の流れの跛行状態が、ついに生産物の過剰である不況をまきこんだ複合不況としてあらわれたものだと位置づけたところから、そんな結論が導きだされている。わたしたちは宮崎義一の論旨にそっておなじことをいうとすれば、まったく逆立ちしたことを言うほかはないのだ。すでに消費が所得や収益の過半量を占め、また選択が可能な消費が全消費や総支出の過半量を占めるようになったために、経済政策のどんな担当者よりも、諸国民個人や企業体のほうが優位になった地域国家で、社会生産が第三次産業に主体が移ってしまったために、現在のような先進国の不況は起っている。この不況を離脱するには、ほんとうはすでに先進国では諸国民と企業体を経済と経済政策の主体においた方策をとるよりほかにはありえないので、ケインズ政策の信奉者やマルクス主義経済の信奉者が、すでにじぶんたちが先進諸国民や企業体本位の政策の代行者にすぎないことを自覚するよりほかにありえないのだ。

 続いて吉本さんは佐和隆光著『成熟化社会の経済倫理』を取り上げている。不況の根源については「ほとんど宮崎義一とおなじことを、別の言葉で語っているにすぎない」として、その部分の詳しい紹介は省略しているが、その処方箋についてはこれもまた厳しく批判している。
(長くなりそうなので次回で。)
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ミニ経済学史(39)

現在の経済学は?(17):欠けている視点(3)


吉本隆明の「歴史的産業構造の転換」論(1)

 1991年のバブル崩壊からいわゆる平成長期不況が始まった。吉本さんの論考「超資本主義の行方」は1993年に書かれている。現在より20年ほども前の論考なので使われている統計数値は現在のものとは相当に異なるが、産業構造の第三次産業化と第二次産業の空洞化がさらに進んでいる現在でこそ、その論旨はますます妥当することになろう。

不況とはなにか 2

 保守政府は平成5年(1993)4月13日に過去いちばん大規模だといわれる「新総合経済対策」なるものを決めた。総額で13兆2千億と新聞は発表している。なぜこんな大規模な不況の対策を追っかけるように決めなければならなかったか、はっきりしている。これまでの規模の二回にわたるテコ入れくらいでは、おもうような不況脱出のきざしがみられなかったからだ。どうして公共事業費の投入を主にしたケインズ型の不況対策がそれほどの目立った効果をあげないのかは、これまたとてもはっきりしている。

 「これまでの規模の二回にわたるテコ入れ」とは、たぶん次の対策を指している(いずれも宮沢内閣による決定)。
92年3月
 緊急経済対策(公共事業の上期前倒し等)
92年8月
 総合経済対策(事業規模10.7兆円)

 こうした不況対策が効果を上げない理由を、吉本さんは「歴史的な産業構造の転換」という視点の欠如に求めている。前々回に「産業構造の転換」の様子を示すグラフを掲載したが、吉本さんは1990年頃の産業構造を数値で示しているのでそれを掲載しておこう。

国内総生産からみた産業の構成比
 第一次産業 約3%
 第二次産業 約42%
 第三次産業 約55%
就業している人口からみた産業の構成比
 第一次産業 約9%
 第二次産業 約33%
 第三次産業 約57%

 (1990年頃)にもう就業者の人口からみても、国内総生産からみても第三次産業が過半量を占めていたのだ。こんな世界の経済的な先進地域国家で、建設や土木工事や道路や港湾の改修など、第二次産業に属する建設業に公共事業費を投入しても、国内総生産で42パーセントくらい、労働人口で33パーセントくらいが直接の効果に晒されるだけで、大部分の総生産や労働人口を占める第三次産業にたいしては、めぐりめぐった間接的な効果しか期待できないか、途中で効果が消滅してしまうのは、じつにはっきりしたことだからだ。いいかえれば不況対策として建設や土木工事を主体にした公共事業費の投入に期待をかける方策は第三次産業が半分以下しか占めることのない地域国家か、経済段階にしか通用しないケインズ的な(逆にいえばマル経的な)寝ぼけたやり方にしかすぎない。仮に不況脱出の効果があったとしても寝ぼけた、あいまいな、そして遅々とした速度にしかならないことは、はっきりしている。

 もうひとつ付け加えることがあるとおもう。第三次産業を物流と金融や信用や証券の流れのような非物流の二面から眺めたばあいの特徴はふたつかんがえられる。ひとつは物流と金融や信用や証券の流れのあいだに一対一の対応性が成り立たないことだ。もうひとつはそこから派生するわけだが、物流も金融や信用や証券の流れのような非物流も、それぞれに独り歩きして、より有利な経済的な場面に集中して過剰になったり、それにともなう過少な部分をつくってしまうことだといえる。これだけの条件があれば第三次産業が過半量を占めている世界の先進的な地域国家で、ケインズ的な(逆にいえばマル経的な)不況対策が急速な効果をあげえないのは自明のことだというほかない。

 (逆にいえばマル経的な)という但し書きがこの後にも出てくるが、私には意味不明。不況対策の提言をしたマルクス経済学者を私は知らない。ちなみに、松尾さんはマル経のお一人のようだが、リフレ策を支持している。また、吉本さんは財政出動そのものを否定しているわけではない。その重点の置き方を批判している。

 さて、吉本さんは「不況とはなにか 1」で
『世界の経済的に先進的な地域(アメリカ、日本、ECのような)では、個人の消費や企業体の総支出が所得や収益の過半量を占め、そのうえ選択的な消費や支出が、総消費や総支出の過半量のパーセンテージを占めている』
ことを明らかにしているが、それを踏まえてさらに次のように論じている。

 (このことから)個々の国民大衆や民間企業体が選択的な消費や総支出をひき締めてしまえば、どんな政策を採用しても不況を脱出することができないという条件をもつようになっている。いいかえればどんな政治体よりも国民大衆や企業体のほうが優位になってしまっている。

 こんな条件をもった先進的な地域国家で、すこしでも有効な不況政策があるとすれば、投入する公共費の半分以上(わが国でいえば55パーセント以上 現在では70%ぐらいだろうか)を第三次産業関係に向けることしかかんがえられない。この見方から今度の保守政府の「新総合経済対策」をみてみるとどういうことになるのか、すこし言及してみることにする。

1993年経済政策

 表2をみてみると、まず公共投資など、10兆6千2百億のうち公共事業関係に4兆1千7百億が割りあてられている。これは40パーセントくらいに当る。この数値の割りあてはなかなか妥当なものだといっていいことが、第二次産業の国内総生産としての割合が42パーセントくらいであることからすぐに判断される。

 ところで第三次産業関係にたいする割りふりを拾いあつめてみると、大学や研究所施設、教育、医療、福祉などを整備するための施設費1兆1千5百億、政府関係金融機関など2兆4千3百億、中小企業対策1兆9千百億(55パーセント掛け)、民間設備投資の促進5千2百億(55パーセント掛け)、住宅金融公庫1兆8千億(55パーセント掛け)などが最大限の概算に入ってくる。最小限は1兆1千5百億とみなされるから、第三次産業関係の投入分は最大限に見積っても45パーセントくらい、最小限では10パーセントくらいなものにすぎないことになる。

 第三次産業への投入分最大限値は、中小企業対策・民間設備投資の促進・住宅金融公庫の配分額を産業構造比に従って配分した場合の額として計算している。念のために追計算してみたが正確に計算されている。

 理想のイメージを大胆にいえばこの数字は逆さまだ。第三次産業関係の公共投資がむしろ50パーセント(現在なら70%)を超えた額になるような割りふりをもつことが、不況を脱出するための経済対策としていちばんの早道だということはいうまでもないとおもう。ここではまだ政策担当者にケインズ的な方策(逆にいえばマル経的な方策)の有効さが信じられているのだ。すでに不況の原因が先進地域国家における第三次産業の過半分さと、第三次産業における物流と非物流の独立と分離した動きの跛行性からやってきていることが、はっきりしているのに、不況政策は相変らず第二次産業を主体にかんがえられいる。これで効果がすみやかにあらわれるとかんがえる方がどうかしていることになる。

ミニ経済学史(38)

現在の経済学は?(17):前回への追記


《その1》第二次産業の空洞化

 現在の政府は苦し紛れの詭弁と見え透いたウソを次々と恥じることなく巻き散らかしている。そのお粗末な詭弁やウソを考え出すのはチャート式知識官僚と御用学者であるが、アベコベ政権はそれをそのまま使うしか能のない最悪のウソツキ政権である。かつて巻き散らかした詭弁とウソは枚挙にいとまがない。直近の詭弁とウソを挙げれば、集団的自衛権の根拠に砂川判決を持ちだした詭弁、「貿易赤字の主因は原発停止」というウソ。またまた説得力皆無の詭弁を弄し、見え透いたウソをついている。後者は原発再稼働を強行するためのウソであるが、昨日(4月12日)の東京新聞朝刊がそのウソを暴く反論記事を掲載していた(「原発停止が主因じゃない 貿易赤字」)。

 なぜこの記事を紹介しているかというと、前回「こんな言い方適切かな」とちょっとためらいながら使った「産業構造の空洞化」という言葉が一般に使われていることを知ってうれしかったからだった。

 政府のウソは次のようである。 『(政府発表の)エネルギー基本計画は、東京電力福島第一原発の事故後、全国の原子力発電所が停止し、火力発電のために必要になった原油やガスなど「化石燃料の輸入が増加」したことが、貿易収支を悪化させたと強調した。』

 これに対して、新聞記事は4人の方の反論を紹介しているが、その中一つ、大和総研の反論は次のようである。

『大和総研はリーマン・ショック後の急激な円高をきっかけに進んだ産業空洞化が主因だと指摘する。材料費や人件費などの費用を少なくしようと国内のモノづくり拠点が海外に移ったため輸出が減る一方、海外からさまざまな製品の輸入が増え、試算では原発が稼働していても収支を七兆円も押し下げている。』

《その2》日本型雇用慣行

 松尾さんは教科書⑦の最終章(第8章)「疎外なき社会を求めて」で、目指すべき社会として「アソシエーション」を論じている。松尾さんが描くアソシエーションは吉本隆明さんの「真の社会主義のモデル」(『「吉本隆明の「ユートピア論」』を参照して下さい)と別物ではない。

 松尾さんはアソシエーションへの道筋を次のように描いている。

 資本主義というのはたしかに疎外に満ちたものです。搾取も抑圧も貧富の格差も環境破壊も過当競争も不況や恐慌もインフレも起こります。しかし、そのような問題のない新しい社会に変わるとしたら、やはりそれは上から一気にもたらされるようなものではないと思います。

 企業での搾取や抑圧が問題だと言うのならば、そのようなもののない民主的に運営される企業を自分たちで作ろう。福祉や医療にあずかれない人が出るのが問題だと言うのならば、誰にでも福祉や医療を行きわたらせる事業を始めよう。環境破壊が問題だと言うのなら、環境を守る事業を自分たちの手で始めよう。政治が変わらなければと言って政治が変わるまで何もしないのではなくて、今、目の前のここで、新しい社会を自分の手で実際に作っていこう。

 そうやって、草の根の日々のくらしの場面から少しずつ、疎外によらないアソシエーション的な社会関係が作られていくのだと思っています。

 この動きが十分に発展して、やがていつの間にか世界中でアソシエ-ション的な経済がメジャーなシステムになったならば、そのときはじめて、資本家階級の政治体制が時代遅れの邪魔ものになり、もっと現実経済にとって都合のいいものに取り替えられることになるでしょう。

 そのときには、華々しい革命事件が起こるかもしれません。しかしそれは、100年後とか200年後とかの将来のことなのだと思います。今生きている私たちが経験できるものではないと考えるべきです。今私たちにできることは、子孫の世代の収穫のよろこびを想いつつ、毎日一生懸命目の前の土を耕すことです。

 それが唯物史観から言えることです。どんなに政権をとったあとの未来像が美しく、精緻であったとしても、その理念をかかげることで目の前の生身の人間がどこかで傷つけられるのであれば、そんな理念が天下をとった暁に人々を幸せにすることができるはずがないではないですか。

 自分の考えていることが正しいかどうか。何百年後かのアソシエーションが主流になった地球にいささかでもつながるかどうか。それは、今、目の前の課題と格闘することで確証するしかありません。自分の想いが、誰も傷つけることなく、出会う人たちに受け入れられ、活き活きとした参加のもとで、よりよいくらしを現に事業として作っているかどうか。それを見てとりあえず確認するしかないのです。

 もしそれが誰かのくらしを傷つけたならば、事態が深刻化しないうちに潔く反省し、別のやり方を考えればいいだけです。もしそれが誰も傷つけずに、わけへだてない多くの人々の賛同を得て事業が広がっていったならば、とりあえず自分のやっていることが将来の全地球的変革につながっているのだと安心できます。そしてその誇りと自信を胸に、明日もまたチマチマした日常の活動に一生懸命はげめばいいのです。

 これが、疎外を少しでもなくすためにはどうすればいいのかということについて、今私か考えていることです。

 今できることの一つとして、松尾さんは「企業での搾取や抑圧が問題だと言うのならば、そのようなもののない民主的に運営される企業を自分たちで作ろう。」と言っている。では、その企業はどのようなものであるだろうか。それは日本型雇用慣行に限りなく近いものでしかあり得ないと、私は考えている。

 日本型雇用慣行は歴史的にはナッシュ均衡として定着してきたとしても、それが内包している意義は極めて重要である。「企業経営の社会主義化」「企業経営の社会主義化・日本編」で紹介した優良企業は全て日本型雇用慣行を基盤にして、さらにそれを超える経営を目指していた。松尾さんが「水平的組織の企業」と呼んで紹介している企業もまたそれらと別物ではない。  

 松尾さんはIT革命によって従来の熟練労働の多くが不要になったことを踏まえて、次のように述べている。

 そもそも、ばらばらな熟練への閉じこもりこそ、資本家による企業支配をどうしても生みだしてしまう原因だったわけですから、それが今や解体されてきているということは、資本家の企業支配の根拠そのものが崩されているということでもあります。

 しかし反面、現実に熟練解体の結果当面見られるであろうことは、労働者個々人が互いに足を引っぱりあう、みにくい争いでしょう。職を失い、熟練の誇りを失い、みずから低い賃金に身を落として雇用を奪いあい、犯罪も増えるでしょう。そして悪くすると、ファシズムに走り、テロや戦争も起こって、さんざん互いに傷つけあった末に、ようやく互いに争いあう愚を悟って団結を形成していくことになるでしょう。いくら生活が自由になれるといっても、やっぱりこんな犠牲の多い回り道は避けなければならないと思います。

 ではどうすればいいのか。そのヒントはやはり、現代資本主義がもたらしているもの自体の中にあるのだと思います。19世紀の技術と今日の技術では、熟練技能を解体するという点では同じかもしれませんが、違いもあります。

 たとえば、W・L・ゴア・アンド・アソシエイツ社という会社があります。防水繊維「ゴアテックス」で有名ですが、ハイテク繊維、電子部品、医療機器などを作っていて、2007年時点で、世界45ヵ所に工場や事業所を持ち、年間20億ドルの売り上げをあげています。ここでは、社長と財務担当役員の二人を除いて社員にいっさいの肩書きがなく、みな「アソシエイツ(仲間)」と呼ばれているそうです。そして、誰かが事業を提案してそのつど賛同者でチームを作り、開発、製造、販売まで行うそうです(『日本経済新聞』2000年3月27日)。

 また、世界の三大補聴器メーカーの一つ、デンマークのオーテイコン社(経営コンサルタントなどでは「オティコン」と呼ばれることが多)でも、一部幹部を除き社員に肩書きも所属部署もありません。やはり、事業の提案者がそのつど賛同者でチームを作り、開発から販売まで行います。この組織を導入してから4年で売り上げ、利益は倍増、株価は9倍になったそうです(『日本経済新聞』1998年8月17日)。

 このような組織は「アメーバ型組織」などと言われて、IT時代の流行になっています。20世紀型のピラミッド組織はIT時代には合わない。水平で融通無碍なアメーバ型こそがこれからの組織形態だ。と言われたりしています。情報通信手段の発達で、現場どうしの直接の連絡で事業が進められるようになったことが、この背景にあります。これは、実際に働く人々の外に支配階級が遊離する疎外が、事実上薄まっていくことを意味します。

 ところで、東京新聞朝刊に「時代を読む」というコラムを内山節さんが連載している。今日(13日)は「共に生きようとする倫理観」と題して日本の現状(アベコベ政権)への批判と私たちが目指すべき社会を論じている。その社会とは松尾さんが言うアソシエーションと同じである。

 内山さんは、現在の日本の社会は「倫理観のない、すさんだ社会が広がっている」と慨嘆し、いまこそ「ともに生きようとする倫理観が必要」と説いている。そして、かつて日本の社会に存在して倫理観を思い起こしている。その中に次の一節があった。

「以前の企業にもともに生きようとする雰囲気があって、それがそれぞれの企業の倫理観を醸成していた。もっともそれは、企業人間を生みだすという負の側面ももっていたのだが。」

 先に私は日本型雇用慣行が「内包している意義は極めて重要である」と書いたが、その意義とはまさに内山さんが言う「ともに生きようとする倫理観」のことである。そして、これまで見てきた優良企業は「企業人間を生みだすという負の側面」をも克服していることを付け加えておこう。
ミニ経済学史(37)

現在の経済学は?(16):欠けている視点(2)


 「現在の経済学は?(8)」で、盛田常夫さんの『アベノミックスは「天動説」-俗流経済学で国民経済は救われない―』という論文を引用したが、その最後の一文は次のようであった。

「このように現象的量的諸関係を操作することによって、経済世界を操作できると考えるのがアベノミックスを擁護する経済学者たちだ。そのような操作の余地があることを否定しないが、その効果は一時的なものでしかない。なぜなら、長期にわたってGDPが増えない原因は右辺の支出要素にあるのではなく、左辺の生産を支える社会条件の変化にあるからだ。現象と本質を区別できず、現象世界の操作に活路を見出そうとする政策は、歴史的な構造転換期を迎えている日本経済の有効な道筋を示すことができない。」

 いずれ盛田さんによる「有効な道筋」が示されることを期待したいが、今はとりあえず手元にある資料を頼って話を進めよう。以下では「歴史的な構造転換」を、対象をはっきりと限定して、「歴史的な産業構造の転換」と言うことにする。

 さて、松尾さんが日本型雇用慣行の崩壊の原因として挙げていたのは
(1)「IT革命やロボット技術の進展」
(2)「人口減少や低成長の時代」
だった。

 ところで、3月29日に千葉市中央区の市文化センターで「お金のはなし 政治のはなし」と題した浜矩子さんの講演会(主催:市民ネットワーク千葉県)があった。その講演内容を東京新聞(3月30日 砂上麻子記者)が次のように伝えていた。

 浜教授はアベノミクスについて「アホノミクスで何のミクスと呼ぶに値しない」と言い放った。その理由を「経済活動は、人間が幸せになることを追求するものだが、アベノミクスは人間が不在だ」と説明。

 さらに日本経済を出来の悪いホットプレートにたとえ「熱の伝わり方に差がある。経済の恩恵を受ける人が限られている」と述べた。

 浜教授は今後の日本経済が目指すべき方向として「シェアからシェアへ」を挙げた。「市場の奪い合いから分かち合いへと変えなければいけない」。「成長戦略でなく成熟戦略が必要。貧困率を下げる政策をとるべきだ」と指摘した。

 上の浜さんによる提言はまさしく(2)という「歴史的な産業構造の転換」に対応した適切な提言といえるだろう。今後の具体的な論考展開を期待したい。

 (1)は生産業務や事務業務の革命的進展であり、「歴史的な産業構造の転換」そのものと言うより、その転換の重要な要因の一つでるととらえたい。そして、それが要因となって展開してきた「歴史的な産業構造の転換」とは、私は「産業構造の第三次産業化」だと考えている。

 「第~次産業」という概念は、一般には次のように区分されている。
第一次産業 ― 農林漁業
第二次産業 ― 製造業・鉱業・建設業
第三次産業 ― サービス業・卸売・小売業など

 戦後日本の「第一次産業・第二次産業・第三次産業」の構成割合は次のグラフのように推移している(2010年度版労働白書「労働経済の分析」より)。
産業構造の変遷

 明らかに第三次産業化が進んでいる様子が分かる。2013年度版労働白書では1970年と2010年の構成割合の変化を、「業分類が変更されており、厳密な比較はできないが」という注釈付きではあるが、次のように数値で示している。

1970年
 1,015万人(19.3%) ― 1,790万人(34.1%) ― 2,451万人(46.6%)
2010年
 238万人(4.2%)  ― 1,412万人(25.2%) ― 3,965万人(70.6%)

 先に述べたように、この「産業構造の第三次産業化」の要因としては「IT革命やロボット技術の進展」が挙げられるが、大企業が廉価な労働力を求めて海外へ移転(私は「逃散」と呼びたい)したことも大きな要因の一つだったのではないだろうか。企業の海外移転については「海外移転横行で製造現場激変 営利優先で国潰す大企業」が詳しくまとめていて参考になる。終わりの方の一節を引用しよう。

 2012年度上半期の国内自動車メーカーの海外生産比率はトヨタ=60%、日産=77%、ホンダ=73%、スズキ=64%、マツダ=30%、三菱自=48%、ダイハツ=21%、富士重工=26%。この乗用車8社の総生産台数は約1294万台で、このうち海外生産が795万台。自動車業界の海外生産比率は61%に達している。食糧自給率39%と同様、自動車製造も国内生産は39%に低下。自動車大手は車をアメリカに売るため農産物輸入の自由化を進めて食料生産を破壊してきたが、もうからなくなると国を捨てて海外に出ていき、製造業もぶっつぶす動きとなっている。

(中略)

 アジア各国の人件費(一般工)は日本と比較すると韓国が2分の1で中国が7分の1。他の国はインドが9分の1、フィリピン=11分の1、タイ=13分の1、ベトナム=29分の1、カンボジア=46分の1、バングラデシュ=49分の1、ミャンマー=56分の1。最近はミャンマー進出を狙う企業が増えている。経営が立ちゆかなくなって工場閉鎖に追い込まれたわけではなく、営利追求でアジア各地を食い荒らして回る日系大手企業の思惑があらわになっている。

 日本全体の海外進出企業の動向をみると、海外現地法人の事業所は01年段階で1万2476社。それが9年間で6123社も増加し1万8599社(2010年度)になっている。海外生産をおこなう現地法人の労働者数は01年段階は317万5396人だったが、9年間で約182万人も増え、499万3669人(2010年度)に到達した。海外進出の裏で進行したのが日本国内の著しい疲弊である。

 総務省の労働力調査(2013年)によると、完全失業者数は246万人、不本意(正規の社員になりたいがなれない)非正規社員は345万人である。合計591万人で上記の499万3669人とほぼ見合っている。偶然だろうか。「海外進出の裏で進行したのが日本国内の著しい疲弊である」という指摘がうなずける。企業の海外への「逃散」が「産業構造の第三次産業化」に直接的な要因であったかどうか、私には確言できないが、「第二次産業の空洞化」を引き起こしたことは確かだろう。この「第二次産業の空洞化」も含めて「産業構造の第三次産業化」と言うことにしよう。

 さて、この「産業構造の第三次産業化」は経済政策を考える上で無視できない重要な要素になっていると思うが、この問題を正面に据えて具体的な政策提言をした経済学者を私は知らない。しかし、すでに20年ほども前にこの問題を取り上げていた人がいる。吉本隆明さんである。次回は、吉本さんの著書『超資本主義』(1995年刊)から、いま問題にしているテーマ「産業構造の第三次産業化」を取り上げている第1章「超資本主義の行方 第2節不況とは何か2」を読むことにする。
ミニ経済学史(36)

現在の経済学は?(15):欠けている視点(1)


 多くのこと(特に数式やグラフ)をはしょりながらの不十分な学習であったが、一通り経済学史を終えた。最後に現在の経済学についての疑問点をまとめておこう。

 前回紹介したように、教科書⑦が日本型雇用慣行の崩壊の原因として次の2点を指摘していた。

(1)「IT革命やロボット技術の進展」
(2)「人口減少や低成長の時代」

 しかし、私は、このような歴史的な産業構造の転換が雇用慣行の変化をもたらす要因であることは分かるが、これだけが理由でアメリカ型の弱肉強食の新自由主義が日本型雇用慣行を崩してきたとは思えない。産業構造の転換の行き着く先が新自由主義と呼ばれる弱肉強食のアメリカ型の雇用であってよいはずがない。「路頭に迷う失業者や、飢えに苦しむ人」を生み出してきた本当の元凶は別にあると思う。この現在日本の労働者が置かれている状況は産業構造の転換が真の原因ではなく、財界の意図を汲んだ政治的な作為が真の原因である。そう、その元凶は労働者派遣法である(以下はウィキペディアの「労働者 派遣法」「労働者派遣事業」を参考にしている)。

 第1次オイルショック後の1975年頃から労働者派遣業者が急速に増えて来たことに対応して、1985年に労働者派遣法が制定された。この法律は本来は派遣労働者の保護を目的としたものである。正規の法律名は「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」と言い、その第一条で次のように謳っている。

「この法律は、職業安定法(昭和22年法律第141号)と相まつて労働力の需給の適正な調整を図るため労働者派遣事業の適正な運営の確保に関する措置を講ずるとともに、派遣労働者の就業に関する条件の整備等を図り、もつて派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進に資することを目的とする。」

 そして、その対象の業種は汎用的技能に関わるものに限られていた。次の16種である。
ソフトウェア開発
事務用機器操作
通訳・翻訳・速記
秘書
ファイリング
調査
財務処理
取引文書作成
デモンストレーション
添乗
建設物清掃
建築設備運転・点検・整備
案内・受付・駐車場管理等
機械設計
放送機器等操作
放送番組等の制作

 この法律は1996年に改定されて、対象業種は26業種に拡大されたが、なお汎用的技能に関わるものに限定されていて、それなりの合理性を保っていた。

 それが1999年改悪されて
《「港湾運送・建設・警備・医療・製造」以外》
というように業種がポジティブリストからネガティブリストとなり、派遣業種が一気に拡大された。そして、2004年の改悪で製造業務がリストから除外され、製造業務の派遣が解禁される。これらの改悪を先導したのはオリックス会長宮内義彦が議長を勤めた『規制改革会議』である。宮内は規制改革会議議長を1996年から2007年までの11年間も務めている。従って、小泉の悪政「聖域なき構造改革」にも深く関わっていたことになる。2004年の改悪についての一文をウィキペディアからそのまま引用する。

「このときに適正なセーフティーネットや雇用者に対する派遣先企業の責任が全く盛り込まれなかったため、今日の安易な『派遣切り』に結びついたといわれる(ちなみに宮内は、規制改革会議議長を1996年から2007年の小泉内閣終了まで11年間に渡って務めている)。2009年に時の厚労相・長妻昭は製造業務における単純作業への派遣及び受け入れを改めて禁止したい意向を示し、法案も存在するが、民主党政権成立以後も一年単位で繰り返されている内閣総辞職と新内閣構成、また2013年には自民党が政権復帰したこと(第2次安倍内閣)により、法案成立の目途は立っていない。」

 長妻元厚労相による改正案は「成立の目途は立っていない」どころか全く無視されて、2014年3月11日、安倍内閣は労働者派遣法の決定的な改悪案を閣議決定した。この改悪案の危険性を佐々木亮(弁護士・ブラック企業被害対策弁護団代表)さんが「派遣労働の不安定さの理由と派遣法改正案が持つ危険性」で分かり易く解説している。佐々木さんは派遣労働の本質分析して、今回の改悪案を「派遣労働者をおそらく爆発的に増やすであろう」と結論している。

 いま日本を席巻しているアメリカ型新自由主義は、ナッシュ均衡として落着したのではなく、財界の意を汲んだ極めて政治的な作為による雇用慣行の破壊である。