2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
ミニ経済学史(5)

古典派の時代(4)―D.リカード(2)・地代と「穀物法」論争

 地代の決まり方を考えるに当っても、賃金の場合と同様、概略的な本質論を行うために投下労働価値により価格が決まるとする。またさらに、話を簡単にするために次の二点を前提とする。
(ⅰ)穀物を生産する土地だけを対象とする。
(ⅱ)世の中全体の穀物の需要量は一定であるとする。

 土地には、肥えた土地からやせた土地までいろいろある。従って、どの土地で生産するかによって、穀物1単位を生産するための投下労働量は違ってくる。肥えた土地では少ない労働で生産できるし、やせた土地ではたくさん労働量が必要となる。穀物の生産を始める者は当然一番肥えた土地から始める。そこから得られる穀物で需要を満たすことができなければ、2番目に肥えた土地を耕し、それでも需要に満たなかったら3番目に肥えた土地を耕し……と、穀物需要がちょうど満たされるところまで、肥えてる順に土地を耕していくことになる。

 それでは、投下労働量通りに交換価値が決まるとすると、この穀物の交換価値はどのように決定するのが合理的だろうか。

限界地

 穀物生産のための投下労働全部の量を、穀物の生産量全部で割った量、つまり、穀物全体の平均の投下労働価値が価格になる、とするわけにはいかない。なぜなら、そのような決め方では、平均よりやせた土地で作った穀物はたくさん投入した労働に比べて売り値が安すぎて引き合わないことになる。それではやせた土地で生産しようとする者はいないだろう。結局、平均以上に投下労働量のかかる土地では生産がされなくなり、穀物の生産量は需要量よりもずっと少なくなってしまう。すると、需要超過ということで、穀物の価格は上がっていくことになるが、その上限は何だろうか。穀物需要を満たすのに必要な土地が全部耕作されるまで価格が上がる。結局は、価格は一番やせて投下労働を一番多く必要とする土地での生産が引き合うまで上がることになる。つまり、穀物需要を満たすために耕さなければならない土地のうち、一番やせた土地での投下労働で交換価値が決まる。この一番やせた土地を「限界地」と言う。

さて、それでは地代はどのように決めればよいのだろうか。

差額地代説=「地代は、限界地での投下労働と、もっと肥沃な土地での投下労働との差から生じる」。

 以下の議論では、当時のイギリスにおける農業の仕組みが前提となっている。

 当時のイギリスでは農業も資本主義だった。地主階級が根強く残っていた。農業資本家は地主から土地を借りて、実際の耕作は労働者を雇って行っていた。他の産業の労働者と同様、農業労働者も生存ぎりぎりの賃金を得るだけだった。

 さて、下の図は土地A・B・C・D・E(肥沃度順)の穀物生産にかかる投下労働力の情報である。実線部分の各長方形の
横の長さは穀物の生産量
縦の長さは穀物1単位当たりの投下労働量
を表している。

地代の決め方
 従って、各長方形の面積が各土地で生産される穀物のために投下された全労働量を表わしている。

 社会全体の穀物需要がX(図の横軸に表示)だとすると、土地A、土地B、土地C、土地Dまでが耕作されることになる。土地Eは耕作されない。つまり土地Dが限界地であり、穀物の交換価値は土地Dの投下労働量Vで決まることになる。

 すると、土地A・B・Cでは単位投下労働量がVより少なのに、Vの交換価値で穀物が売れることになるのだから、A・B・Cでは「横(各土地の生産量)・縦V」の長方形から各土地の長方形を取り去った部分(余剰部分と呼ぶことにする)がそれぞれの土地から生まれる利潤という事になる。しかし、これが全て全部資本家の利潤ということにはならない。どうしてか。ここでまた「風が吹けば桶屋が儲かる」的理屈の登場である。

 土地Dではほかの産業と同じ正常な利潤が得られるのだから、A・B・Cでは、ほかの産業と比べて、異常に多い利潤を得ることになる。すると資本家達はAやBやCで農業事業をしたいと言って殺到する。意欲満々な資本家は、一番儲かる土地Aの地主と次のような取引をすることになるだろう。
「いまあなたの土地を借りてる資本家はほとんど地代を払ってませんが、私ならもっと多くの地代を払いますから私に貸してください。」
 資本家が殺到して「より多くの地代を払う」という競争となり、結局は資本家にとって、正常な利潤以上の特別の儲けがなくなるところで収まる。結局、資本家の側には賃金の分も含めて投下労働分、長方形の面積分だけが手元に残る。従って、各土地の高さVの長方形の余剰部分が「地代」ということになる。これを「差額地代」と言い、この地代説を「差額地代説」と言う。

「穀物法」論争

 当時イギリスには輸入される穀物に法外な関税をかけて、事実上輸入禁止にしていた法律があった。「穀物法」である。この法律によって、イギリスではヨーロッパ大陸よりずっと高い穀物価格が維持され、地主階級は厖大な利益を得ていた。リカードはこの法律に反対だった。一方、マルサスは賛成の立場だった。

マルサスの賛成理由の要約
 一つは安全保障上の理由だった。穀物を外国に頼っていると、戦争や不作という『もしも』のときに困るというのだった。
 もう一つは、国の産業のバランスが工業にばかり偏ってしまうといろいろな支障が出てくるというのだった。この後者を少し詳しく説明すると次のようである。

 穀物は絶対の必需品だから需要が安定しているが、工業はそれと比べて需要の動きが不安定なので、景気の差が激しい。労働者の賃金もそれに合わせて上がったり下がったりしてしまって、世の中が不安定になる。だから農業の割合もある程度あった方が経済は安定するし、しかも、穀物価格が高いおかげで地代が多ければ、地主が工業製品をたくさん買ってくれるので経済が良くなる。

 労働者はしょせん貧乏だからたいした需要を生まないし、資本家は吝嗇で消費をしぶる傾向がある。工業製品への需要を旺盛にしてくれるのは、優雅な地主階級しかない。…と言っているようだ。つまり「地主階級擁護」論である。突っ込みどころがたくさんあるが、それは置いてリカードの反対論を見てみよう。二点ある。

 一点目
長期停滞論=「耕作が進むと限界地の投下労働が増え、地代の上昇が利潤を圧迫して、やがて蓄積は停滞する」。

(教科書④は図2を改良した図を用いて詳しい解説をしているが、大変長い。そこで図2だけを用いて、その概略の紹介することにする。)

 人口と資本が増大しつつあった当時のイギリスにおいて、穀物を自給だけに頼った場合、どのようなことが起こるか。当然穀物需要が増大する。その需要を満たすために、穀物の耕作地はさらなる劣等地へと広がっていく。つまり、限界地がD→E→F……と移動して行き、Vつまり穀物価格が上昇していく。賃金は労働者が生存ぎりぎりの生活費で決まるのだから、当然賃金は上昇する。また、マルサスのご希望通り、地代(余剰部分)はどんどん増大する。逆に、利潤は投下労働価値から賃金と地代を引いた残りだから、利潤はどんどん低下していく。するとやがては、その利潤の中から賄っている資本蓄積が限りなくゼロに近づき、経済は停止してしまうことになる。

 逆に、穀物法を廃止して、自由貿易を行えば、大陸産の安い穀物を輸入することによって穀物物価が下がる。従って賃金も安くなり、利潤が確保される。経済は成長し続けることができる。

 二点目
比較生産費説=取引するとみんなのトクになる。

 自由貿易の利点については既にスミスが「絶対優位」という概念で指摘している。それぞれの国が相手の国よりも得意な財を交換する貿易である。例えば、領地の大半が砂漠である産油国と、石油は産出しないが、バナナが簡単に豊富に作れる南国が、その絶対優位の商品をやり取りする貿易をすれば、双方にとってどちらも利となる。これは当然の理屈であるがリカードは、
「あらゆるものの生産が他の国より優秀な国でも、貿易したほうがトクになる」
と言っている。具体的な例で説明すると次のようである。

A国とB国は共に携帯電話と綿布の2製品を生産できるとする。また、どちらの国でも一人の人が生きるのに携帯電話1台と綿布1反が必要であるとする。そして、それぞれの生産能力は次のようだとする。

A国
 携帯電話1台につき5時間の労働が必要
 綿布1反につき10時間の労働が必要
B国
 携帯電話1台につき2000時間の労働が必要
 綿布1反につき1000時間の労働が必要

 もし両国がそれぞれ自給自足したとすると一人の需要を満たすための労働時間はそれぞれ、15時間・3000時間ということになる。圧倒的にA国が経済優良国である。

 それでは、A国が携帯電話の生産に特化し、B国は綿布の生産に特化して、両国が携帯電話1台イコール綿布1反の比率で交換する貿易を始めたとする。この場合、一人の人が必要とする「携帯電話1台と綿布1反」を手に入れるために必要な労働量xはつぎのようになる。

A国
 携帯電話1台は5時間。綿布1反は携帯電話1台(5時間)と交換するのだから、「x=5+5=10」で、10時間である。自給自足の場合と比べると、5時間分の労働量が節約できたことになる。
B国
 綿布1反は1000時間。携帯電話1台は綿布1反(1000時間)と交換するのだから、「x=1000+1000=2000」で。2000時間である。自給自足の場合と比べると、1000時間分の労働量が節約できたことになる。

 各国の生産品の中で比較的得意なもの「比較優位」と言う。上の例ではA国はB国と比べて、携帯電話については「2000÷5=400」で400倍も優秀であるが、綿布については「1000÷10=100」で100倍に過ぎない。A国では携帯電話が比較優位品である。逆に、B国では綿布が比較優位品ということになる。上の例のように、各国がそれぞれの比較優位品に特化して貿易をすれば、自国も貿易相手国もトクすることになる。これが有名な『比較生産費説』であり、リカードが自由貿易を擁護した大きな論拠であった。

さて、以上でリカード経済学の概略を終えるが、一つ問題点がある。それは「自然価格と投下労働価値のズレはせいぜい7%」ということで、本質論では投下労働価値を用いて説明がされていた。つまり
「投下労働価値と均等利潤率で成り立つ自然価格とが、どちらも交換価値を説明するものとして同じ論理次元に混在している。」
のだった。この問題は後にマルクスによってすっきりと整理されることになるという。ということで、次回からはマルクス経済学を学習することになる。
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ミニ経済学史(4)

:古典派の時代(3)―D.リカード(1)・賃金の決まり方

 リカードはスミスが構築した経済学の矛盾点を論理的に解明発展させた。そして、その理論体系が大変論理的で筋道の通ったものだったので、後の学者たちはリカードの理論を踏まえてしかものを言えなくなったと言われている。20世紀のイギリスの哲学者が「プラトン後の哲学は、プラトン哲学の脚注に過ぎない」と言ったそうだが、その伝で言うと「リカード後の経済学は、リカード経済学の脚注に過ぎない」と言ってもよいほどらしい。それはともあれ、古典派経済学が主とした研究対象である「所得分配と資本蓄積の関係」についてにしぼって、リカードの学説を見てみよう。

 リカードはスミスの言った市場の自動調整メカニズムについての議論を、すべて受け入れていた。しかし、前回の終りに紹介したように、リカードはスミスの「価値構成説」を批判して「価値分解説」を提唱している。次のようだった。

『価格は投下労働価値で決まる。そして、その中から賃金、利潤、地代が分けとられていく。』

 「価格は投下労働価値で決まる」とあるが、産業革命後の資本主義社会にあっては、機械などの固定資本(以下、単に機械と言う)に投下された労働についても考慮して、投下労働価値の修正が必要となる。このことを教科書④は次のように説明している。

 ある部門が他の部門より利潤率が格別に高ければ、その部門に投資する業者が増えて、その部門の利潤率は下がる。逆に、ある部門が他の部門より利潤率が格別に低ければ、その部門に投資する業者が減少して、やがてその部門の利潤率は上がる。このように、利潤率は、長い目でみたら、それぞれの部門はだいたい同じ利潤率に落ち着くことになる。これを「均等利潤率」と言う。

 ところで、どの部門におカネを投資しても同じだけの利潤が得られるということは、おカネを貸した時の見返りも、だいたいそれと同じでなければ引き合わない。つまり、いわゆる利子率もだいたい均等利潤率と同じになる。

 すると、おカネを借りて機械を買った時は、その機械の耐久期間内に、均等利潤率分の利子が付いた元利合計の返済が行われなければならない。仮にこの返済分が得られないくらい商品価格が低ければ、返済ができないことになる。例えば毛織物の価格が長いこと安すすぎて、原料費(羊毛代)や賃金を払ったら、織機買ったときの資金の元利合計が払えなくなるとする。そのような場合、誰も毛織物の事業に投資しなくなり、毛織物業者が少なくなる。そうすると毛織物の生産が足りなくなり、価格が上がっていく。逆に、商品の販売から得られた収入が、諸経費を除き、機械の元利合計を払っても、なおあまりあるくらい高い場合は、この部門で事業をしようとする者が増える。つまり、その部門での商品の生産が増えて、商品価格が下落する。結局、どっちにしろ、機械を買ったおカネの元利合計がきっちり払える水準ぐらいに落ち着くことになる。

 機械を自己資金で買った場合も同じ理屈が成り立つ。そのおカネをこの事業に投資せずに、他人に貸して利子をもうけるという選択肢と比較して、どっちが有利になるかで、この事業への投資をするかどうかを決めるのだから、やはり元利合計の返済分と同じものがきっちり得られるところで落ち着く。

このようにして決まる長期的な均衡価格を、リカードはスミスにならって「自然価格」と呼んだ。しかし、リカードの時代では自然価格と投下労働価値のズレせいぜい7%ぐらいだったという。この点を考慮したためだろうか、リカードは、以上の議論に関わらず、賃金問題の本質論を行う時は、投下労働価値通りの価格を想定して議論を行っている。

 さて、価値分解説では投下労働価値で決まる価格から「賃金、利潤、地代が分けとられていく」のだった。つまり賃金と地代を除いた残りが利潤ということになる。では賃金はどのように決まっていたのだろうか。

賃金鉄則=「賃金は、生存維持水準に決まる」。

 ここで言う「生存維持水準」とは何だろう。教科書④は次のように説明している。
「それは、その時代その時代の労働者が、カツカツ生きていける水準」

これが賃金鉄則とは?! これが資本主義経済の非情さの根幹なのだろう。この非情な賃金鉄則が成り立つ理屈は次のようだ。

 賃金が生存維持水準より高かったら、暮らしが楽になって労働者階級の人口、つまり労働人口が増える。それと同時に賃金が高いと利潤が少なくなる。つまり「資本の蓄積」=「生産拡大のための投資」が減少する。これは雇用の伸びの減少を引き起こす。労働人口は増加するのに、雇用の伸びが減少するので、労働者は余ってしまう。すると、労働者は安い賃金でもいいから雇われようとして競争することになり、賃金が下がっていく。

 逆に、賃金が生存維持水準より低いと、暮らしが苦しくなって労働人口が減る一方で、賃金が低いから利潤が多くて資本蓄積が増え、雇用の伸びが大きくなる。だから人手が足りなくなって、資本家が人を雇おうと競争して賃金を引き上げる。

 ということで、結局賃金は生存維持水準に落ち着く。

 リカードが生きた産業革命の時代には、確かに「労働者が、カツカツ生きていける水準」の賃金だったようだ。また、リカードは自らの経済学を、「賃金や利潤や地代がどのように決まるか」を研究するものと規定して、「政治経済学」と呼んでいるが、経済学が現状の分析だけに止まるのなら、一体その存在意義は何なのだろうかと思う。私の経済学への「偏見」の理由の一つはそこにある。「《『羽仁五郎の大予言』を読む》(6)」で愛読者さんから頂いたコメントに
『「経済学者」を標榜するからには、その利益がどこへ、どう配分されているのかを真剣に研究し、企業利益が必ず「済民」に繋がるようなシステムづくりを声を大にして提言してほしい
とあったが、全く同感である。現在なら労働者には、例えば憲法が保障する「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」や「生命、自由及び幸福追求に対する権利」に見合った賃金を要求する権利があると私は思うし、経済学には、まるで「風が吹けば桶屋が儲かる」といったような屁理屈的現状分析(失礼! しかし、決して軽視するつもりはないが、経済学オンチの私にはそのようにみえてしまう)だけではなく、労働者に当たり前の生活を保障する社会システムの研究にまで進んでほしいと願っている。

 現在、強欲資本主義下の労働者は産業革命期の労働者以下の状況下にあるとよく指摘されている。その現状が日々語られている。私の今日のネット勉強でも次のような論説に出合っている。

『五十嵐仁の転成仁語「今日の政治・経済情勢の特徴と労働組合の役割(その3)」』より
◆家庭の形成、子育てもできない

 また、家庭の形成・維持の困難と少子化という問題も深刻になっています。結婚できないような働き方ですから、当然、こういう問題が生まれます。正規労働者と非正規労働者では、結婚する割合に大きな差が出ます。非正規労働者は、ほとんど家庭が持てません。非正規労働者にとって〝家庭は贅沢品〟だと言われているほどです。

 正規労働者でも、一人までは子どもがつくれても二人目は無理。夫婦共働きで育てられない。保育所にも入れず待機児童が増えています。役所に、何とかしろとお母さんが押しかけているじゃありませんか。このような状況は、とても先進国とは思えません。

 これらの問題を解決しなければならないのに、さらに問題を生み拡大しようとしているのが安倍内閣です。このような状態が続くと、企業にとっても困った問題が起きるでしょう。少子化は労働力再生産が阻害されるということですから。

 1997年をピークに98年から生産年齢人口(15歳から64歳までの人口)は低下し続けています。この年代は社会を支えるべき人たちですが、その数が減少している。この人たちは一番消費も活発な年代です。社会の中核になって働き、次代の子どもたちを生み育てなければならない年代が減っているのですから、日本社会は縮小し、滅亡に向かっているということになります。これを逆転させなければなりません。

◆労働者が働きやすい国にすべきだ

 職場はますます荒廃し、精神に不調を来す〝メンタルヘルス不全〟の拡大も深刻です。8割を超える企業がパフォーマンスに影響していると答えています。このような問題を解決して、人々が健康で安心して働ける、人間らしい労働を実現しなければなりません。健康を阻害せず、家庭を持って普通の生活ができ、子供を産んで次世代を育てられるという当たり前の状況を、どう作っていくのかが問われています。

 しかし、いまの安倍内閣の発想はまったく逆転しています。産業をどう活性化するか、再び経済成長できるようにするにはどうするかという発想ですから。つまり、企業にとってどうすればいいのかを考えているのです。これではまったく逆です。安倍さんは「世界で一番企業が活躍できる国にする」と言いましたが、大間違いです。本来なら「世界で一番労働者が働きやすい国にする」と言うべきだったのです。

『田中龍作ジャーナル「これでは生きてゆけない」 生活保護切り下げ、取り消し求め審査請求』より。

 世田谷区在住の女性(70代)は「(生活扶助費が)減らされたら大変」と眉をしかめた。女性は電気代(クーラー代)を節約するために日中は区民センターで過ごすという。少しでも安い食材を買うのにスーパーからスーパーへと歩き回るそうだ。
「これで消費税が上がったらどうなるのか?」彼女は切々と訴えるように言った。

 新宿区在住の男性(50代)は、椎間板ヘルニアと糖尿病を患って職を失ったため生活保護を受けている。7月までは8万数千円受給していた生活扶助費が、8月分から7万9千円に切り下げられた。最終的には約1万円の減額になりそうだ。

 男性は100円ショップで食材を買い自炊する。3,000円あれば1週間分の食事を賄えるという。1万円も減額されたら3週間分以上の食費がなくなることになる。

 「(扶助費を)これ以上切り下げられたら、たまったもんじゃない。生活してゆけない」。男性は悲鳴をあげる。

 生活扶助の切り下げは、生活保護受給者だけの問題ではない。最低賃金、課税基準、医療費などに影響してくる。庶民の経済負担は増えるばかりだ。

 これが財閥の傀儡阿倍政権がやろうとしている経済政策の本質であり、その政策遂行ための「風が吹けば桶屋が儲かる」的屁理屈を提供しているのが竹中平蔵をはじめとする御用学者たちである。
ミニ経済学史(3)

古典派の時代(2)―A.スミス

 前回、「神の見えざる手」という常套句を紹介したが、さっそくこの常套句に出合った。東京新聞の「本音のコラム」の文章を度々拝借しているが、竹田茂夫(法政大教授)さんの文章が最も多かったように思う。今回も竹田さんのコラムである。

知と経済権力

 世界的な製薬大手の日本法人が、薬の臨床試験でデータ操作をして推定四百億円の不正な利益を得ていたことが明るみに出た。製薬業界と医学研究の怪しげな関係が相次いで報道されて、「企業と研究者は襟を正せ」式の議論が行われている。だが、復活した原子力ムラで国民が思い知らされたように、問題は倫理より構造なのだ。

 市場経済は利潤追求という強力なエンジンで突き動かされている。私利の追求は「神の見えざる手」に導かれて全体の利益になるどころか、このエンジンは経済の領域を超えて政治や法に介入しメディアや学問を支配しようとする。薬の知的財産権を強調しすぎれば、後発薬が違法とされて途上国貧困層に入手不能になる。つまり人の命にかかわるのは自明なのに製薬大手はそんなことはお構いなしだ。

 カネの力は個々の研究から社会観まで広く深く知の世界に浸透する。米連邦準備制度理事会(FRB)の次期議長に取りざたされる元財務長官のサマーズ氏は、回転ドア(官民双方向の人材流用)の慣行がいきわたっている米国でも特にウォール街との関係が深いとされる。個別企業や金融業のための利益誘導だけが問題なのではない。1990年代から金融の規制緩和を主導して住宅バブルを引き起こしたサマーズ氏の考え方そのものが、俎上に載せられている。

 上記記事中の後発薬の問題はTPP陰謀の一つでもある。いまや市場を突き動かしているものは「悪魔の見えすいた手」だ。日本でも悪魔(1%の守銭奴)の傀儡政権がこれを駆動する強力エンジンとなって猪突猛進を始めている。本日(18日)の東京新聞のトップ記事は「進む雇用不安 労働者増、実は正社員減」だった。

閑話休題。

アダム・スミス の続き

一国の富は貨幣ではなく、年々消費できる生産物である。

 重商主義者は一国の富の尺度を貨幣(金銀)と考えた。この考えでは、国内の取引の利潤は国全体では相殺されてゼロだから損得なしということになる。それに対して、貿易差額は世界全体ではゼロであるが、どっかの国がトクをし、どっかの国がソンすることになる。従って、国内の競争はなるべく抑えて、外国から収奪しようという発想になる。つまり、国際関係を食うか食われるかの関係とみなすことになる。

 これに対して、スミスは次のように考える。国全体の富は年々消費できる生産物にある。二つの国がその生産物の過不足を交換し合って補い合うのが貿易である。その貿易によって国内で消費できなかったものが消費されることになり、どちらの国にとっても利益となる。つまり、国民を豊かにする施策は、貿易差額で儲けるのではなく、年々の消費のための生産物を増やすことにある。

分業で生産力をアップせよ。そのためにも自由貿易などで市場を拡大することが必要。

 『国富論』冒頭に有名なピン工場の挿話がある。
 一人の職人がピンを最初から最後まで一人で作ろうとしたら、1日20本はおろか、おそらく1本も作れない。しかし、10人が作業を分けて分業する工房では、1日で4万8000本のピンを作っていた。つまり、一人当たり4800本も作っていることになる。桁違いの生産性の増大である。
 では分業を発展させるためにはどうすればいいか、
 例えば「荷運び人」という職業は、小さな田舎町では客が少なくて商売にならない。結局各自が自分でやるしかない。しかし、大都会なら客を恒常的に得ることができ独立の商売になる。つまり、市場の規模が大きくなればなるほど、いままで分業できなかったものも分業できるようになる。だからこそ、自由貿易が必要ということにある。

不生産的労働を生産的労働にまわして資本の蓄積を進めれば、さらに生産は増大する。

 工場制手工業から工場制機械工業へと大きな変化(いわゆる「産業革命」)が起こったのは、ちょうど『国富論』が出たころである。機械の導入が増えれば、分業はますます発展する。すると、実業家は「不生産的労働」(例えば家事のための奉公人を雇うなど)を抑えて利潤を「生産的労働」(道具や材料や機械を買い増すなど)につぎ込むことが重要事となる。それが「資本の蓄積」である。

正確な価値を測る物差しは何か。「使用価値」?「交換価値」?

 重商主義者は、「貨幣こそ富」と考えていたから、貨幣で表した価格を豊かさの物差しとしていた。その伝でいくと、生産物の量が変わらないままでも、「物価が2倍にると生産額が2倍になったのだから、国は豊かになった」というバカげた判断が可能になる。

 経済学的発想からは、使用価値・交換価値という概念がよく使われるが、これらは正確な価値を測る物差しとして使えるだろうか。スミスは「否」という。この二つが矛盾することを「水とダイヤモンドのパラドックス」という比喩を用いて説明している。

 人間にとって水ほど使用価値の高いものはないが、交換価値はとっても低い。それに対してダイヤモンドは使用価値は低いけど、交換価値はとっても高い」

 商品どうしが交換される割合がどうやって決まるかということの解明のためには、商品の有用性は関係ない、ということになる。

商品の交換価値の実質的尺度は、生産のために投下された労働である。

 その商品を生産するために必要な労働の総計値がその商品の価値を決める実質的尺度となる。もちろん、労働の質(例えば修業に10年かかる仕事の1時間は単純労働の1ヶ月以上の労働に匹敵するというような)も勘案した上での総計値である。

 ただし、実際の交換価値は、公正に評価された労働に見合う賃金のほかに利潤(設備投資の回収とさらなる資本蓄積)・地代(特に農業の場合)を加えたものとして決定される。

文明が発達すると、正常な率の賃金と利潤と地代を足したものが交換価値を決める。それをスミスは「自然価格」(市場価格変動の重心)と呼んだ。

 スミスは「自然価格」を「市場価格変動の重心」と説明しているが、それでは「市場価格」とはなんだろうか。

 スミスは労働の量を「交換価値の実質的尺度」と考えたが、もちろん商品の価格には使用価値もおおいに関わってくる。多くの人が必要とする商品の量に対して生産量が足りなければその商品の価格は上がるだろうし、逆に人々が必要とする量以上の商品が生産されれば価格は安くなる。このように商品の価格は人々が主観的に感じている使用価値によって左右される側面もある。スミスはそれを「市場価格」と呼んでいる。自然価格と市場価格の関係は次のように説明されている。

 市場価格が自然価格よりも高いと、その商品を作る業者が増えて生産量が増え、市場価格は下がる。市場価格が自然価格よりも低いと、その商品を作る業者は減って生産量が減り、市場価格は上がる。だから、市場価格を自然価格に引き寄せる力がいつも働く。結局、変動の重心になる自然価格についてみれば、主観的な使用価値ではなくて、生産側で客観的にかかるコストだけで決まってくる。

 さて、以上がスミス経済学の概略だが、この学説には一つ混乱がある。

スミスは投下労働価値と支配労働価値を混同していた。

 スミスは最初、商品の価値が労働で決まるとみなしたとき、次のように説明している。

「商品Aと商品Bが交換される時、A所有者は商品Aの提供でもって、商品B生産に直接間接に投入された労働を支配し、B所有者は商品Bの提供でもって、商品A生産に直接間接に投人された労働を支配することになるから、両者が等しくなるように交換価値は決まる。」

 つまり、商品の交換割合はその商品を作るために直接間接にかかる労働で決まるという、価格の決まり方についての主張だ。これを「投下労働価値」と言う。ところがその後、文明が発達して利潤や地代も価格に付け加わると言った後で、それでも労働が基準というのは変わらないとした。それを次のように説明している。

「1ポンドの値段の商品どうしが交換されているなら、それぞれの商品と引き換えに支配できる労働の量は、どちらも1ポンドで雇える量だから、同じ労働量どうしの交換である。」

 この理屈は、貨幣の代わりに労働を使って、どれだけの労働が買えるかで価格を説明している。つまりこれは、価格の特定の決まり方についての主張になっていない。どのように価格を決めてもこの理屈が通用してしまう。これは、たとえば、
「このネックレスは現地の公務員の初任給10年分の価値がある」
というような言い方と同じである。こういう意味での価値を「支配労働価値」と言う。

 スミスによれば
「価格は、その商品を直接間接に作ってきた労働を雇ったコストを組み入れた上に、利潤や地代の分が加わっている」
のだから、その価格で雇える労働の量は、直接間接にかかった労働より当然大きくなる。つまり、「支配労働価値>投下労働価値」である。投下労働価値と支配労働価値は違うものなのに、スミスは両者を混同しているのだった。

価値構成説と価値分解説

 スミスが文明の発達した社会で成り立つと考えた「自然価格」(正常な率の賃金、利潤、地代を足し合わせて価値が成り立つ)の考えを「価値構成説」と言う。

 この説は後に、リカードやマルクスによって徹底的に批判された。彼らは価値構成説に対して、あくまで
「投下労働価値で価格が決まって、その中から賃金、利潤、地代が分けとられていく。」
と考えた。これを「価値分解説」と言う。後のリカードやマルクスはこちらの立場を徹底していくことになる。

 しかし、どちらの立場も「生産サイドの要因」だけを問題にしていて、「消費者側の要因」が入ってこないことでは同じである。こういう意味では、主流の古典派経済学者たちは同じと言うことになる。

 ということで、次はリカードとマルクスの経済学を学習することになる。
ミニ経済学史(2)

古典派の時代(1)

 古典派の創始者A.スミスの所論は重商主義の批判・否定から始まった。その論旨は簡単にまとめれば
「政府は経済のことに口を出さず民間人の自由な商売に任せよ。市場メカニズムの働きによって、経済は自動的に調和する。」
ということである。この市場メカニズムへの信頼はその後、「神の見えざる手」という言葉でいろいろな論者が用いているようだ。

 さて、スミスは前回に紹介した経済学の四つのタイプでいうと「A」に入る。これに対して、同じ古典派学者のトマス・ロバート・マルサスやカール・マルクスはタイプ「B」の論者であり、市場メカニズムはそのようにスムーズに都合よく働くとはみなしてなかった。

 しかし、古典派全体を通じて共通している特徴がある。彼らが共通して関心をもった問題があった。それは資本主義社会を構成してる各階級(資本家、労働者、地主)への所得分配と資本蓄積の問題である。古典派経済学が主とした研究対象は「所得分配と資本蓄積の関係」の分析であったと言うことができよう。主な古典派経済学者の相関関係は次のようになる。
             K.マルクス(1818-1883)
             ↗
A.スミス → D.リカード
(1723-1790) (1772-1823) ↘
 ↘           J.S.ミル(1806-1873)
 J.B.セイ(1767-1832)   ↑
             論争
              ↓
           T.R.マルサス(1766-1834)

 以下では上記の赤字で示した学者の学説を概観する。
(なお、恥ずかしながら、私はジャン・バプティスト・セイという学者の名前を始めて目にした。ウィキペディアには『「供給はそれ自身の需要を創造する」という「セイの法則」で知られる』とあった。)

アダム・スミス

 現在日本を席巻しているアメリカの1%発の新自由主義がもたらしている「弱肉強食の自由競争」という惨状を具体的に描くと次のようだろうか。

 いま日本では、雇う雇われるの市場も自由競争にするのがいいという方向に進んでいる。既成の労働組合も本来の存在意義を放棄してしまったような体たらくであり、労働者どうし競争し合ってどんどん安い賃金でも働かなければならないような状態になっている。たまたま最新の『週間金曜日955号』(8月9日・16日合併号)に『被害対策弁護団が発足 「ブラック企業」は根深い問題』(編集部・内原英聡記者)という報告記事があった。そこから引用しよう。

 (被害対策弁護団の)代表の佐々木亮弁護士は

「ブラック企業の狭義の定義は、新興産業において若い労働者を採用しては使い潰す会社をいい、広義には不当な労働を強いて労働者の心身を危険にさらす企業」

と説明。その典型例として長時間労働(安全配慮義務違反)や残業代の不払い、詐欺まがいの契約(固定残業代、直前での雇用形態の変更など)、管理監督者制度・裁量労働制の濫用、パワーハラスメント、過労管・過労自殺・過労死の隠蔽などを列挙した。

 総務省の発表によると、非正規雇用者は2000万人に、年収200万円未満が1000万人に上っているという。

 「たまたま」をもう一つ。8月12日の「日刊ゲンダイ」が『ブラック企業大賞」選考委員が語るワタミとこの国の病根』という記事を掲載していた。それによると、めでたく「大賞」の栄誉(?)に輝いたのはあの「ワタミフードサービス」であった。それはさておき、その記事では「ブラック企業」の蔓延ぶりを次のよう報じている。

 ヒドイのはワタミだけではない。今回、ワタミのほかにノミネートされた企業は「ベネッセコーポレーション」「西濃運輸」「東急ハンズ」など7社。約50社から厳選したというが、昨年、全国の労働基準監督署は、法令違反の疑いがある13万件以上の企業に監督指導を行っている。これだって、氷山の一角だろうから、ブラック企業の件数は何十万社になってもおかしくない。

(中略)

 政府の無策もブラック企業が増殖する原因だ。田村厚労相は「きっちりと対応していきたい」と言い、9月は約4000社に立ち入り調査を実施するというが、期待できそうにない。

「行政の言う“対策”とは、マスコミ向けの一過性のポーズであることが往々にしてあります。たとえば厚労省は5年前、違法派遣を繰り返していたとして、グッドウィルの全支店に事業停止命令を出しました。ところが、違法派遣は今も抜本的改善はしていません。折口雅博会長が自己破産して、うやむやになったまま。ブラック企業問題も監視を続けなければいけません」(水島宏明氏=法大社会学部メディア社会学科教授)

 さもないと、有名大企業から中小まで、労働者いじめが常態化することになる。

 さて、アダム・スミスが主張する
「政府は経済のことに口を出さず民間人の自由な商売に任せよ。」
という「市場の自由競争」の一面だけをとらえて、アダム・スミスを「弱肉強食の自由競争」の元祖、「ブラック企業」跋扈の元凶のように誤解している人がいるという。しかし、スミスの「自由競争」はそのようなものとは全く異なる。

 スミスが活躍した時代、重商主義の時代は次のような状況だった。

 雇用主(資本家)は結託してしょっちゅう賃金の引き下げを謀っていた。政府はそれにはには何の対策の立てずに知らん顔の半兵衛を決め込んでいた。そればかりか、政府はやっきになって労働者の団結を禁止しようとしていた。労働者が賃上げのために団結すると、大騒ぎして警察などを繰り出してくる。貿易差額をあげるために、なるべく賃金を抑えようとした。これが「国際競争力」をつけようという重商主義の実態であった。

 スミスは『国富論』でこのような重商主義の考えを批判したのだった。おおよそ次のようである。

 世の中の圧倒的多数の者が貧しくみじめな社会がいい社会のはずがない。みんなが利益を得て豊かになる社会を目指すべきである。そのための要は「資本蓄積」である。資本蓄積が進んだら、別の面では、分業が進み、機械が改良され、労働生産性が上がる。つまり、資本蓄積が進めば雇用が増え賃金も上がり、みんなが豊かになっていくのは必然的な理路だ。それを力で抑えてはいけない。

 しかし、どんな自由経済にしても、政府にしかできないし、政府がしなければならない政策がある。市場経済の利点は、各自が自分の私有財産を自分の利益のために自由に利用できてこそ働く。泥棒や略奪、契約違反や詐欺や脅迫など、私有財産の自由が侵される危険があると、市場メカニズムはうまく働かなくなる。だから、そのようなことのないように、国防や治安維持、あるいは不正防止は国が税金をかけてきちんとやるべきである。また、交通、通信、教育などは、社会の維持発展にとって大事な分野ではあるが、利益を最優先する民間企業はタッチしようとしない。そのようなものは、やっぱり政府がやるしかない。ただし、政府のやることはなるべく必要最小限にして、「小さな政府」、『安上がりな政府』を目指すべきである。

 以上のスミス学説の概略である。スミスの学説は、肯定的にしろ否定的にしろ、スミス以後の学者によっていろいろと取り上げられると思われるので、上の概略と重複する部分があるけれども、改めて『国富論』のポイントとその意味のあらましを箇条書き的に記録しよう(次回へ)。
ミニ経済学史(1)

四つの時代区分

 経済学についての最小限の知識を身につけてから、改めて「世界同時ファシズムの脅威」の検討をすることにしよう。

 前回用意した教科書は私が求めている要求にはあまり合っていなかった。その後いろいろな本を漁っていたら、松尾匡という学者さんに出会った。とても信頼できる方だと判断した。その方の著書
④『対話で分かる 痛快明解・経済学史』
を用いて、まず経済学史の概要を学ぶことにする。(断りがない場合は、全て④に依拠している。直接引用している文については、文体を変えているけれども、いちいち断らないことにする。)

 経済学の父と呼ばれているアダム・スミスの『国富論』(1776年)以降が対象である。アダム・スミス登場以前は経済と言えるほどのものはなかったが、一応「重商主義」と呼ばれている。おおよそ次のような考えである。

「一国全体が貿易を通じて金銀(貨幣としての)を獲得する事が肝要である。そのために政府がいろいろな政策をとって自国経済を保護・管理することが必要不可欠である。」

アダム・スミスは「国富論」でこの重商主義の批判・否定を論じた。ここから本格的な経済学の歴史が始まる。以後の経済学の歴史は次のような四つに区分される。

(1)
 古典派の時代
 1776年~1870年代の約100年間
  この新しい時代の始まりは「スミス革命」と呼ばれている。
(2)
 新古典派の時代
 1870年代~1930年代半
  この時代の始まりは「限界革命」と呼ばれている。
(3) ケインジアンの時代
 1930年代半~1970年代頃
  この時代の始まりは「ケインズ革命」と呼ばれている。
(4) 新しい古典派の時代
 1980年代~現在
  この時代の始まりは「反ケインズ革命」と呼ばれている。


 上のように、大きくは四つの時代に分けられるが、現れては消えていく諸学説はいろいろと入り込んでいてかなり複雑である。それらの諸説は次の三つの軸によって腑分けすることができる。

(ⅰ) 市場メカニズムの評価
(ⅱ) 「経済学的発想」VS「反経済学的発想」
(ⅲ) 創始者か総合者か


(ⅰ)について

 言うまでもなく「市場(しじょう)」とは
「社会全体に広がっている抽象的な取引の場」
のことである。そして、「市場メカニズム」とは
「この取引を、各自が自分の利益になるように自由に行動したとき、市場に現象する仕組みのこと」
である。その仕組みとは具体的に次のように説明できよう。

「世の中のニーズに比べて生産が多すぎたものは、売れ残って価格が下がるから、もうからないのでみんな生産を減らす。生産が少なすぎたものは、品不足で価格が上がるから、もうかるのでみんな生産を増やす。こうして売れ残りも品不足もない、必要なものが必要なだけ作られる状態に向けて、経済が自動的に動いていく。こういう仕組みを「市場メカニズム」という。

 実際の経済的な事件は、この市場メカニズムが困った問題をもたらしたこともあれば、逆に市場メカニズムを抑止したために困った問題が起こった、というように推移してきている。経済学の全歴史は、
「この市場メカニズムがスムーズに働くものなのか、それとも、ほっといたらうまく働かない欠陥をもったものなのか。」
という問題をめぐっての論争史と言うことができる。前者の立場に立つものを「市場肯定派」、後者の立場をとるものを「市場批判派」と呼ぼう。

(ⅱ)について

経済学的発想の典型構造
1.
 経済は人間の意図を離れて自律的に動く。それを力で左右しようとすると、かえって正反対の結果になったりする。
2.
 取引をすると当事者がともにトクをする。
3.
 他人との優劣よりも、自分がどのくらい良いかが大事。

 この三点について「反経済学的発想」をする者は正反対の発想をし、次のように考える。

反経済学的発想の典型構造
1.
 世の中はその人の力の強弱に応じてコントロール可能である。
2.
 誰かがトクをするとその裏では別の誰かがソンをしている。
3.
 多少ソンをしてでも、他人より優越することが大事である。

 スミス以来今日にいたるまで、経済学を主導してきた学者たちは基本的に「経済学的発想」で理論を組み立てている。しかし厄介なことに、むしろ「反経済学的発想」のほうが強い場合が多かった。

『経済学は常に、「反経済学的発想」からくる挑戦や歪曲を受けてきていて、ここで取り上げるような大物経済学者達は、たいていみんな、そんな挑戦や歪曲と激しく闘ってきた。そういう激しい論争を通じて、経済学は鍛えられ、進化してきたと言える。』

 (ⅰ)と(ⅱ)のどの立場をとるかによって、経済学の論者を次のようにA・B・C・Dの四通りに分類することができる。

       市場肯定派市場批判派
経済学的発想  A  B
反経済学的発想  C  D



 スミスやリカードなど古典派の多くと新古典派が入る。

 マルクスやケインズが入る。

 「世の中食うか食われるかで競争してこそ発展するので、甘やかしてはならぬ、力こそ正義だ強くなれという考え方」が入る。

 「世の中弱肉強食が現実だから、弱者は強者を上回る権力を使って強者を抑え込めという考え方」が入る。

『「反経済学的発想」の典型は軍人の発想だ。何か組織の内部を動かすときに使われる発想だ。そのときには、組織の外の人は敵や収奪対象だったり、せいぜい視野外だったりする。でも、市場経済は、そういうものでは全然ないから、こんな発想では把握することができない。内と外が区別されずに漠然と広がっているし、各自の影響力が及ばないところにまで連鎖が広がっていて、思わぬところから反作用が返ってくる。だから、市場を本気で分析した経済学史上の有名人達は、市場メカニズムを肯定するにせよ批判するにせよ、「経済学的発想」で考えてきたのだった。』

 以上のような経済学の分析を知り、私の「現在流布している経済学は学問ではないという偏見」の要因が分かったと思った。

さて、
(ⅲ)について

 歴史の進展に従って、人類はそれまでの経済学説体系では説明のつかない現実(経済困難)に直面する。従って新しい時代の経済学説の基本枠組みは前の時代の常識を徹底的に批判して否定することから始まる。新しい経済学説は従来説を大転換することになる。冒頭の経済学史の区分で、新しい経済学の始まりが「~革命」と呼ばれている由縁である。

『ところがそうやって新しい学説が打ち出されて、それが後継者に継承されて発展していくうちに、否定されたはずの前の時代の経済学説の再解釈が進んでいく。そして、新しい経済学大系の中でそれが占めるべき位置が認識され、ひとつの総合的な教科書体系ができあがる。だから、経済学史の各時代を完成させるのは、総合者だ。新しい正統学説と、否定された前の時代の学説とを総合させる総合者。彼らが、その後を支配する教科書体系を作り上げることになる。全く新しい革命的学説を唱える創始者はすごいが、総合者もすごい。』

 次回からは、四つの時代区分に沿って、経済学説の変遷をたどることになる。