2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
企業経営の社会主義化(7)
従業員優遇にいたる動機・三つのケース


 職場でヘアカットやマッサージが受けられるとか、服をドライクリ=-ニングに出してくれる世話人がいるというような魅力的な特典を、いくつか従業員に提供する雇用主は大勢いる。だが、従業員の待遇のすべてにわたって十分な配慮をしている雇用主は、ほんの一振りしかいない。

 「その一握りがなぜそういう取組みをするのか」、グリーンハウスは三つのケースを上げて、それぞれのケースに当てはまる企業を紹介している。

(1) 創業者の方針を踏襲しているケース
ティンバーランド


 コスコトもこのケースだが、ティンバーランド(私の知らない会社なのでネットで調べた。アウトドアウェア・アウトドアシューズの販売会社のようだ。)の場合は次のようである。

 創業者ネイサン・シュワーツは、従業員にやさしい会社をつくるという埋想を抱き、やがてその理想を実現した。それによって利益が薄くなることもあるのは織り込み済みだった。

「わが社の中心は大事な従業員たちです」
と、ティンバーランドのCEOで、創業者の孫のジェフ・シュワーツは言う。祖父から受け継いだ従業員にやさしい経営を実践する彼は、さまざまなプログラムをとり入れ、社内に授乳室を設けたり、144時間まで休むことができる「ライフスタイル休暇」計画を実施したりした。従業員が子供のサッカーの試合を観戦したり、カヤック乗りや登山を楽しんだりできるようにという配慮だ。

 「祖父は革の切り方を教えてくれました。でも、教わったのはそれだけじゃない。勇気をもって信ずるもののために立ち上がることも教わりましたね」

 日本には女性が結婚したり出産すると様々な嫌がらせで退職に追い込むような会社もあるようだが、女性の従業員や従業員の家族のためにここまで配慮する企業の従業員には、大きな働き甲斐と生き甲斐が生まれることだろう。

(2) 労働組合の圧力に屈したケース
カイザーパーマネンテ


 このケースは「労働者の正当な要求を受け入れたケース」と言ってほしいところだ。グリーンハウスさんも「強い労働組合の圧力を受けて王道を行かざるをえない会社もあるが…結局それがよい経営法だったと知ることになる場合も少なくない」と結論している。

カイザーパーマネンテはカリフォルニアに本拠を置く医療サ一ビス会社である。

 (カイザーパーマネンテは)従業員82000人が加入する26の組合と何年も揉めた末、労働者側と広範な協調関係を築くことで合意した。以来、従業員の怪我が減り、患者の待ち時間が短縮され、生産性の向上によって15000万ドル(135万円)のコスト削減が実現したのである。

 協調の一環としてカイザーは、レイオフする従業員の全員を再訓練して、カイザ一の別の仕事に、以前と同じかまたは以前よりも高い給与で迎え入れると約束している。

(3) なかなか得られない人材を惹きつけておくために最大の努力をしようとしているケース
SASインスティテュート


 たとえば会計事務所や、弁護士事務所や、投資銀行や、シリコンヴァレーの大手企業など、高度な技能を持つ労働力が頼みのいわゆるハイエンド企業では、考えられるかぎりの優遇策を従業員に提供しているところが少なくない。そこには、衣食住を快適にする設備や物から、仕事と家庭のバランスを極限まで追求する施策まで、あらゆるものが含まれる。

 必要とする引く手あまたの高技能の持ち主たちを、引き抜いてとどめておくためには、理想の職場をつくり上げるのが賢いやり方だという結論に至ったからだ。

 例としてあげられているSASインスティテュートは従業員5000人を擁するノースカロライナ州ケアリーのソフトウェア会社である。この会社の場合はすごい。まるで一つのコミューンのようだ。

 (SASインスティテュートが)敷地内に設けた施設は、モンテッソ一リ式保育所2カ所、クリニック、自動車整備施設、マッサージ施設、バスケットボールコート、10レーンのプール、カフェテリア3カ所。一つのカフェテリアではランチタイムにピアノの生演奏が聞けるし、十代の子供の正しい大学選びや、親たちのための正しい老人ホーム選びを支援するシステムもある。

 たとえ上司であろうと、どんどん批判しようという社風だ - 建設的な方向でということだろうが。SASのCEOジム・グッドナイトは、この特異な経営法をこう説明した。


「SASとしては、会社の財産の95%が毎晩正面ゲートから出ていってしまうのだと思っています。だから上に立つ者は、翌朝彼らを取り戻すことが自分の仕事だと考えているんです」

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企業経営の社会主義化(6)
小売企業コスコトの場合(4)


 コスコトは商品の値を上げたり、従業員の待遇を下げてまで利益を上げようとはしない。そのことで当然コスコトの株主は高配当を望めない。そうすると株の買い手がなくなり、株価が下がり、経営は破綻するのではないかと考えられるが、事はその逆だという。実際コストコの株価収益率はウォルマートを上回っているという。なぜこのような事が起こるのか。

 従業員を正しく待遇することを重視するシネガルの方針は、ふつうでは考えにくいことかもしれないが、大勢の投資家を惹きつけてきた。コストコを倫理性の高い会社と見なし、自分もそこに加わりたいと思う人が多いからだ。小売業界アナリストのビル・ドレーアーは、コストコを「カルト株」と表現した。

 リーマンショックがきっかけで、アメリカ企業のCEO(最高経営責任者)と呼ばれる役職者がべらぼうな報酬を得ていることが私たちの耳目にも入ってきた。例えば、ゴールドマンのブランクフェインの年収が約3700万ドル(約33億)で、さらに63億円のボーナスをもらっていたという。ただただあきれるばかりの高額報酬だ。どこからこのような高額報酬が出てくるのか。労働者から大搾取したものだ。

 ではコストコのCEO(シネガル)はどのくらいの報酬を得ているのだろうか。

 目覚ましい業績を上げているにもかかわらず、シネガル本人の給与は年たったの35万ドル(3150万円)で、それに取締役会が与える8万ドル(720万円)のボーナスとコストコ株の賞与が付くだけだという。ちなみに、コスコトの収益は全アメリカ企業の311位にランクされる。そのCEOであるシネガルの報酬は、多くのCEOの10分の1ほどだという。もっとも、CEOとしての報酬ではないが、シネガルはコストコ株を保有しているので、その資産は1億5000万ドル(135億円)を超えるそうだ。

   CEOとしての報酬について、セネガルは次のように述べている。
「報酬は十分にもらっているよ。コストを厳しく意識して会社を経営するつもりなら、べらぼうな高給なんてありえない。売り場に立って働いている一般社員の100倍も、200倍も、300倍も給料をもらう人間がいるというのは、間違ってますよ」

 毎年「もっも働き甲斐のある会社ベスト100」を発表している『フォーチュン』誌の結論も「従業員にやさしくない経営は賢い経営ではない」であり、「これら大成功している会社は、働くことが正当に報われるすはらしい職場でもある」と述べている。

 セネガルの言葉や『フォーチュン』誌の結論を、労働者を物扱いしている日本の大企業経営者に聞かせたいものだ。
今日の話題
戦争犯罪人ブッシュが残した惨禍


 マスコミはアメリカのイラク侵略戦争をまともに報道しなくなった。今イラクはどうなっているのか、私たちはマスコミからはもうほとんど何も知ることができないでいる。

「URUK NEWS イラク情勢ニュース」というメール配信を受けている。私にとって、イラクについての唯一の情報源である。しばらくお休みが続いたが、最近再開された。「転送・紹介歓迎」ということなので、今日の配信ニュースを転載する。

イラクの孤児を襲う惨禍とアメリカの責任
  The Calamity of Iraq's Orphans and the Morality of America  Dennis Loo (抜粋)

 イラクの労働・社会保障省が2008年1月に発表した報告書によると、イラクでは450万人の子どもたちが孤児になった。そのうち政府の保護を受けているのは、わずか459人しかいない。もう一度、言おう。450万人の孤児のうち、459人だけしか政府の保護を受けていない。この報告がなされた時点で、800人の孤児が収容所(刑務所・監獄を含む/訳注)に囚われており、そのうち100人がテロリストの嫌疑をかけられて米軍の捕虜収容所に入れられている。

 監獄に入れられるのと、路上に放り出されるのと、はたしてどちらがよいのかは、私には判らない。

 この災難をもたらしは何なのか? この何百万人もの孤児たちの両親に何が起こったのだろう? 2008年時点で総人口2800万人の国に、450万人の孤児を生み出したのはどのような災禍だというのか?

 3億1000万人というアメリカの人口にこの比率をあてはめると、1930万人の孤児がいるということになる。その数字はニューヨークやロサンゼルスといったアメリカの6大都市の人口に匹敵する。

 もしこれがアメリカで、われわれ自身の身の上に起こったなら、アメリカ人はどう受け止めるだろう? 今もこのような災禍をもたらしている占領者の責任にたいして、われわれは寛容でおれるだろうか?

 これはジョージ・W・ブッシュとディック・チェイニーの犯罪であり、現在では、この戦争犯罪を止めることなく受け継ぎいでいるバラク・オバマの責任である。そしてイラクでそれほど多くの人々が殺されるなかで生じていることである。しかし今挙げた個人の責任だけではない。非難されるべきは、これらの大統領や政治家に体現され擁護されている政治システムこそ、イラクとイラクの子どもたちに対する犯罪を今も犯しているということである。

 上述したように、これらの孤児のうち800人は監獄に収容されている。

 収容された者たちの状況は、なんともおぞましいものがある。すべてとは言わないまでも、そのほとんどは悲惨な状態で、多くの者が拷問を受けている。代理人ではなく米軍自身が直接、拷問によって100人以上の人々を殺害した。これはブッシュ政権以来の拷問殺人だが、米軍は拷問しないとホワイトハウスが言ってきた8年間のできごとである。変革を約束しノーベル平和賞を獲得した人物が、今では、4万の米軍はイラクに無期限で駐留するだろうと公言している。

 この道徳に反する戦争と今も続くイラク占領こそ、120万人以上のイラク人と何万もの米兵の死をもたらし、不必要な死と何百万人規模の災難の元凶となっている。(120万人イラク人が殺されたというのは、ランセットの報告によって検証されたばかりでなく、孤児になった、すなわち両親を殺された子どもが450万人という数字によっても裏付けられている)。

 私が米兵数万人が死んだというと、皆さんは不審に思うかもしれない。公式発表では、イラクで死んだ米兵の数は4349人である。しかし、この4349人という数字はイラクから搬出された犠牲者の一部で、実際の死亡者よりも少なく、イラク戦争の犠牲者数を少なく見せていることは周知のことである。

 しかも米兵の最も多い死亡原因は、自殺によるものである。復員軍人省の統計では、米軍が2003年4月にイラクを侵略して以来、毎日平均して18人の帰還兵が自殺している。ということは、ブッシュとチェイニーが開始してオバマ政権でも継続されているイラク戦争で、自殺だけでも4万人の米軍兵士が死んだということになる。

 ブッシュ政権による「大量破壊兵器云々」の主張は偽りであり、イラク侵略と占領を正当化するために、9・11事件の10年も前からネオコンが計画してきたことは、今では多くの人々が知っている。

 ブッシュとチェイニーが主張した9・11事件とフセインの関連も作り話だったことを、今では多くの人々が知っている。だが驚くほど多くのアメリカ人は、今もって関係があったと信じている。彼らがこの話を信じるのは、なんども繰り返しその話を聞かされたからであり、政府とメディアが繰り返し繰り返し「本当に違いない」と言ってきたからであり、本当だと思っていることが完全なウソだったと認めることを難しくしているからである。

 しかし、この基本的な真実をにぎることこそ肝要である。多くの指導者が大衆のなかから生まれでて、既に一歩を踏み出して繰り返しこの真実を伝えている人々(シンディ・シーハンのような)に合流しつつある。私が「繰り返し繰り返し」と強調するのは、多くの人々に長年の思いこみを変えてもらうには1回のできごとでは不十分だからである。なされるべき仕事を達成するには、粘り強い作業と幾多の勇気ある決断が要求される。大衆の先駆者となる人々が必要である。耳障りのよい言葉で真実を歪めたり、居心地の良い妄想に惑わされることのない人々、それでいて飽きることなく辛辣でも真実を大衆に伝える人々こそが必要とされている。

 そのような真実はひじょうに消化しにくいかもしれないが、かけがえのない真実である。今日、真実は乏しいからこそ、ひじょうに貴重である。

 戦争は不人気であり、戦争による災禍が2008年の(選挙で)共和党の敗北をもたらした。2004年の共和党の敗北も同じである。しかしオバマは、その不人気な戦争を引き継ぎ、ブッシュがやったことを許すと約束しており、多くの人々がオバマに期待したことに着手しないできた。彼はそうするかわりに戦争と占領を遂行し、パキスタンにも戦争を広げ、ブッシュとチェイニーの上を行っている。

 イラクのことがあまりニュースにならなくなり、オバマが上辺は「イラク戦争に反対」と唱えて就任したことから、多くのアメリカ人は戦争は長続きしないという印象をもっている。同じことはグアンタナモ基地の捕虜収容所にも言える。オバマが就任直後にグアンタナモ閉鎖を宣言したたために、多くの人々がそれは既に実行されたか近く実行されるものと信じている。

 われわれは言葉が実際行動のように扱われる時代に生きている。何かをするつもりとか実行したいと言うと、それが実際に実行したかのように見なされ、ウソの言葉がまるで真実のように扱われているのだ。

 「打倒すべき権力は、制度として築かれた強権と山のような資金を持っており、マスメディアもそれに含まれている。しかし私たちは、彼らが持ち得ない三つのものを持っている。それは正義と真実と、そして私たちに味方する多くの大衆である。腐った堆肥にありったけの香水を振りかけたところで、臭い物にフタをすることはできない。政府および彼らの弁明していることと、彼らが実際に実行していることとの間のギャップは、日に日に広がっている。彼らは対テロ戦争とイラク戦争に勝利しつつあると主張することはできても、毎日の事実が彼らの主張を裏切っている。彼らは私たち市民の自由を擁護しており、何ごとも予定通りに実行しているのだと請け負うことはできるが、しかし1週間もすればその違法ぶりが新鮮な発見となって明らかになる。」

詩をどうぞ
心優しい人の受難


 品川に用があって、久しぶりに京浜東北線に乗った。それこそ「何年ぶりだろうか」と考え込んでしまうくらい久しぶりだった。

 座席はちょうど全部がふさがる程度の混み具合だった。私は腰の具合が悪いので、立っていくのはつらいなと思っていたが、幸いすぐ座ることができた。

 優先席に大きな楽器(チェロだろうか)のケースともう一つ大きな肩掛け荷物を持った二十歳前後の知的でしとやかな娘さんが座っていた。その娘さんは反対側に背を向けて立っている60歳半ばぐらいの女性に気づいて、声をかけて席を譲った。声をかけられた女性は辞退したが、再度勧められて今度はお礼を述べて坐った。娘さんは、大きな荷物を置くのに都合がよいからだろう、入り口の近くに移動した。そして一般席が空いた時に再び腰を下ろした。

 だいぶ混んできた。西日暮里で乗車してきた人たちの中からブレザーの制服を着た中学生らしい少年がいち早く乗り込んできて、ちょうど空いた優先席に飛び込んだ。たいていは寝たふりをするものだが、この少年は周りの誰にも聞こえるようにふてぶてしい態度でわめいた。
「これは俺が取った席だ。誰にも譲るものか。」
まだ声変わりしていない細い声で、言っていることと声とが何ともチグハグだ。遅れて乗ってきて前に立った初老の女性を上目遣いに睨んで再び言う。
「譲らないぞ」
 その初老の女性は旅行からの帰りらしい。幸い立っていることを苦にしていないようだ。旅行用のケースを足もとに置て、少年を無視してしっかりと立っていた。私の隣の人が「あの子、頭がおかしいのかしら」と言ったが、頭はとびきりいいに違いない。おかしいのは心だ。

 その少年は身体は小さいが端整な顔立ちで、ネクタイをキチンと結んで身だしなみもよい。いかにも良家のお坊ちゃんという感じだ。西日暮里からの乗車だから、たぶんあの超有名学園の生徒だろう。将来は東大に進み、高級官僚にでもなるだろうか。総武線に乗り換えるのだろう、何か捨て台詞のようなことをつぶやきながら秋葉原で降りていった。毎日このように突っ張って電車を乗り降りしているのだろうか。心が疲れるだろうに、「くそガキ」と呼びたいところだが、気の毒にも思った。

 私は 「夜間中学(2)」 で引用した文章を思い出していた。

「私は、高校生活を、こう送ろうと思う。まず受験の科目以外は、テストの時以外、絶対に勉強しない。クラブも、生徒会も参加しない。H・Rの時は、絶対発言しない。指名されても『どうでもいい』という。………どうでもいいから、三年間を無事に送って、希望の大学へ行けたらそれでいい。(都立目黒高校生)」(白鳥元雄「十代との対話」)

「…‥ぼく個人のもつ教育の理想ですが、それは、ぼく以外の人間が、ぼくより劣った環境で、ぼくより能力が高くならないように教育されること、つまりぼくだけが甘い汁を吸えることが理想です。(日比谷高校生)」(村田栄一「闇への越境」)

「そこで提案する。普通科高校を減らせと。普通科が減ったぶんだけ、職業高校や専門高校をつくる。大学へ行っても意味のない人はそちらへまわすだけだ。」(1966年9月1日付「日比谷高校新聞」)

 このようなエリートたちの心の荒廃ぶりを書物を通して知ってはいたが、実際に目撃したのは初めてだった。しかし、上記の少年のような事例はよっぽどの例外と思いたい。

 さて先の楽器を持った娘さんは上野で乗ってきて前に立ったかなりの老婦人に再び席を譲った。その老婦人は丁寧にお礼を述べて坐った。娘さんはさりげなく位置を数人分ずらして立った。有楽町で降りていった。もしかして何かのコンサートにでも出演する予定なのだろうか。私はこの心優しい女性の振る舞いから、吉野弘さんの詩に登場する心優しい娘さんを思い出していた。

  夕焼け   吉野弘

いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが坐った。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘は坐った。
別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は坐った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて――。
ぼくは電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持ち主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持ち主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持で
美しい夕焼けも見ないで。

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今日の話題
10・24教育の未来を考える首都圏市民大会


 「都教委包囲首都圏ネットワーク」の渡部さんからの[anti-hkm]配信メールの転載です。

 昨日、日本教育会館で次のような内容で「10・24教育の未来を考える首都圏市民大会」が開催されました。

①講演
 学校に自由を ~生徒のために~
  講師 土肥信雄さん(前 都立三鷹高校校長)

②取り組みの報告
 ・神奈川高教組 「募集計画」について
 ・埼玉高教組  「定員内臨時任用問題」について
 ・千葉高教組  「生徒の貧困、教職員の貧困」
 ・都高教     「日の丸・君が代」「就学計画」について

③社会派コントライブ
 出演『ザ・ニュースペパー』

④アピール採択

<チラシ>には次のようなことが書いてあります。

 小泉政権以降の「市場原理主義」「構造改革路線」は、格差の拡大と「子どもの貧困率」の上昇を生みだしました。
石原都政の下、東京では「日の丸・君が代」強制・「職員会議の挙手・採決禁止」通知など権力的教育行政が続いています。
 さらに今、一方的な増学級の押しつけなど都教委の「改革推進計画」の破綻によるしわ寄せが、生徒・教職員など教育現場におよぼされようとしています。
 こうした教育をめぐる状況を一歩でも前進させようということで、日教組に集う東京・神奈川・千葉・埼玉の4高教組の共催で、上記の集いを開催することにしました。
 集会は、土肥信雄さん(前都立三鷹高校校長)の講演、コント「ザ・ニュースペーパー」のライブを中心に構成されます。「政権交代」という新たな時代を迎え、保護者・地域住民・働く仲間など市民の皆さんとともに、これまでの教育政策を抜本的に転換し、よりよい高校教育を実現する道を探りたいと考えています。
 都民の皆さんにもぜひとも足を運んでいただければ幸いです。

 今回の集会の大きな成果は、前三鷹高校校長の土肥信雄さんが、公然と組合の集会で自分の思いのたけを語ったということでしょう。土肥さんは、実に生き生きと具体的に、この間の異常なまでの都教委や米長元教育委員の姿を暴露してくれました。会場は大いに盛り上がりました。

 いかに都教委が、「10・23通達」を出しながらいい加減なことをしていたか、(例えば、都教委が卒業式に遅れて出席したことを指摘すると、「卒業式の開始を遅らせればよかった」などと言ったという話)

 また、「業績評価」などについても理不尽な要求を出していたか、(「絶対評価」とながら、CD評価が20%以上ない「業績評価」は受け取らない。そのことで真実を述べれば「守秘義務違反」などとして真実を覆い隠そうとする)

 「校長のリーダーシップ」と言いながら校長を「単なるロボット」にしているか、そして、「自分に対する業績評価は何の根拠もなくすべてC評価にされていたこと」などなど。

 米長についても、彼が尊敬しているはずの天皇に「強制はよくない」と言われながら、お構いなしに「強制」をしていたこと、自分が彼を批判したら、自分の「学校に来る」と言うから待っていたが来なかったこと、などなど。

 上げればキリがないほど紹介してくれました。そして、彼らに共通していたのは、

いかに理不尽な言動が多いことかということ、

弱い立場のものに対し威嚇をし黙らせようとすること、

しかし、一旦弱い立場のものが公然と立ち上がり、「公開討論会」などを求めると出てこず逃げてしまうこと、
でした。

 話の中で土肥さんは「みなさんは仲間ですから」と言いました。今回の取り組みで、また連帯の輪が広がりました。

「強制・弾圧は闘いを生み、広げる」
今日の話題
「九州遷都」「消費税全廃」「靴投げ記者」


 昨日は、新聞とブログで、興味深い記事にたくさんぶつかった。それぞれ全く関連ない事柄だけど、3点記録しておく。

(1)
 東京新聞夕刊のコラム「放射線」に水野和夫(三菱UFJ証券チーフエコノミスト)さんが大胆にして適切な提言をしていた。前原国土交通相が打ち出した羽田空港のハブ空港化に対しての意見である。題して『ハブ空港と首都移転』。ここ十数年の日本の政策がいかにグローバル化に乗り遅れてきたかを指摘して言う。

 日本が内向きの郵政問題等に追われている間に世界は一変していたのである。リーマン・ショックは「海の時代」を終わら せ、「陸の時代」到来を予感させる。

(中略)

 これから二十数年でアジアを中心に新たに十億人の中産階級が生まれる新興国で利潤獲得競争が起きることになる。古代ローマが地中海を包むように南北の陸地を支配することで「閉鎖海」とし、ローマとアレクサンドリアが交易でともに繁栄したように、「陸の時代」とは陸が海を取り囲むことである。これを現在の日本にあてはめれば、日本海と東シナ海を「閉鎖海」にすることで、上海と九州がともに繁栄する。東アジア共同体構想の成否は日本の重心を西に動かすことにかかっている。

 具体的には九州を首都圏として、ハブ空港を九州の西側に造ることである。ここをアジアの玄関口とすれば、より早くアジアに行くことができる。JALの経営不振は、太平洋を横断するジャンボ機の時代の終焉を示唆している。JAL経営再建問題は九州のハブ空港とリンクして進めるのが時代の流れだ。

 上の意見を私はとても妥当なものと考えるが、その妥当性とは別に、首都を九州に移動するという点に歴史的なおもしろさを思った。様々な抵抗・軋轢があって首都の移転はほとんど不可能なことだと思われるが、もしできたとしたら、九州王朝滅亡後1300年にしてようやく日本の首都がその九州王朝の中枢に戻るということになる。

(2)
 ブログ「大脇道場!」の記事 「消費税増税は完全中止に! 食料品など生活にかかる消費税の緊急減税を!新政権に国民の声を届けよう。」 で「消費税をなくす全国の会」という会が活躍していることを知った。『「財源=税」問題を考える』をテーマにしたばかりだったので、その会の主張がとても道理を得たものと理解できた。その会が「消費税の増税は完全に廃止し、暮らしに関わる消費税の緊急減税を求める」申し入れを、各政党に行ったという。申し入れの内容は次の4項目。


 自公政権が成立させた2011年度からの消費税増税にレールを敷く09年度税制改正法の付則104条を直ちに廃止する。

 消費税の増税は将来的にもおこなわない。

 食料品など暮らしに関わる消費税を緊急に減税する。

 社会保障の財源は消費税ではなく、ムダづかいの是正と、大企業・大資産家の応分の負担などで確保する。

(3)
 理不尽で残酷な戦争を遂行したブッシュに靴を投げつけた勇気ある記者の、その後のとてもいい話。東京新聞の記事から。

靴投げ記者財団を設立 イラク孤児ら支援

 昨年12月にイラクを訪れたブツシユ米大統領(当時)に靴を投げ付けたイラク人記者ムンタゼル・ザイディ氏が19日、夫を亡くした女性や孤児を支援する財団を設立した。当地で記者団に明らかにした。同氏はすでに5万スイスフラン(約440万円)を集めたとしているが、この資金の出所については「友人から」としか述べていない。病院やイラク戦争で障害を持った人たちの義足や義手を用意する施設を設立する計画という。

 もう1ヶ月ほど前になるだろうか、一方の戦争犯罪人ブッシュが親子でスカイダイビングに興じているニュースが写真付きで報じられていたっけ。いい気なもんだ。
企業経営の社会主義化(5)
<番外編>日本における「大搾取!」の実態


 JANJANの本日の記事に海道音更町・十勝川温泉で開かれている「コミュニティ・ユニオン全国交流集会」の報告記事があった。

『「総資本対総労働の状況だ」コミュニティ・ユニオン全国交流集会「総資本対総労働の状況だ」コミュニティ・ユニオン全国交流集会』

 はるばると駆けつけた社民党の福島瑞穂党首(消費者・少子化担当相)の挨拶、「全国ユニオン」会長・鴨桃代さんの特別報告、弁護士・中野麻美さんの記念講演、などが詳しく報じられている。

 鴨桃代さんの特別報告は日本における「大搾取」の実態を明らかにしている。当BLOGの目下のテーマ・関心事と関連したことなので、ここに転載させていただこうと思う。

 全国ユニオンが何が何でも派遣法の抜本改正が必要だと思ったのは、日雇い派遣の問題がきっかけだった。怪我をしても救急車も呼んでもらえず、実質的には時給500円程度。行政も『派遣法制定のとき想定されなかった働き方』だと言っている。

 中間搾取は50パーセントにも60パーセントにも及び、ネットカフェ難民・マック難民と言われる人から毎日数百円の『データ装備費』を取っていた。これだけで、会社全体で毎日200万円もの利益となっている。

 そして、大量に、乱暴に、いきなりの派遣切り。多くの労働者が仕事と住まいを奪われた。この労働者たち、私たちが何とかしなければ……。そんな思いでやむにやまれず開いたのが、『年末派遣村』である。505人が登録し、280人が生活保護を申請した。

 『派遣』はそれ自体、大変リスクのある働き方なのに、なかなか雇用保険にも入れてもらえないなど、セーフティネットすら整備されていない。命まで脅かされている状況だ。

 『救済』だけでは多くの人が網の中からこぼれ落ちてゆく。私たち労働組合は、職場の中で『切らせない』闘いが求められている。そして、やっぱり派遣法を抜本的に改正しなければならない。登録型派遣はなくさなければならない。

 労働者派遣では、派遣会社と派遣先が『商取引の関係』にあり、実際に派遣労働者を切った派遣先に対する責任が一切問われない。このままでは人がモノ扱いされてしまう。

 1.登録型派遣禁止
 2.均等待遇原則
 3.直接雇用みなし規定

 私たちはこれを原則として掲げ、当時野党であった民主党に、一緒に野党案を作ろう、がんばろうと呼びかけてきた。法案自体は衆議院解散で廃案になったが、民主党が政権を担ったとき、その足場にできる、重大な意味のある法案を提出させることができた。

 いま、福島さんから『総資本対総労働』という言葉があったが、人材派遣協会や労務協会の総反撃が始まっている。彼らは私たちのマネをしたのか、派遣労働者を記者会見の場に呼んで、彼らの口から『仕事がなくなる』と言わせている。

 派遣は雇用を生み出していない。仕事を生み出しているのは実際に生産活動をしている就労先だ。労働者派遣がなくなっても仕事がなくなるわけではない。私たちは、雇用を守り、安定させるためにこそ、労働者派遣法の抜本改正を求めている。すでにこれだけ労働者の雇用を奪っておいて、『仕事がなくなる』とは本末転倒もいいところだ。

 派遣労働者が希望を持って働けるようにするために、私たちはここまで闘いを組み上げてきた。10月29日、日比谷公園に10万人を集めたい。労働者派遣法を何としてでも抜本改正しなければならない。そのために、10月29日、ぜひとも東京にお集まりください。

 折しも、昨日の東京新聞に「日本の貧困率15.7% 07年 98年以降で最悪」という記事があり、今日の東京新聞朝刊ではそれをより詳しく報じていた。(相対的貧困率とは、全人口の可処分所得の中央値 ― 07年は一人当たり年間228万円 ― の半分未満しか所得がない人の割合。)

国民7人に1人『貧困』
 仕送りできず 働いても低時給


 国民の七人に一人が貧困状態。厚生労働省が二十日初公表した2007年の「相対的貧困率」で、こんな日本の姿が浮かび上がった。貧困率15.7%は経済協力開発機構(OECD)の最新統計に当てはめると、上から四位の高水準。OECD調査で貧困層の八割を働く人が占めるのが特徴だ。(橋本誠)

 「こんなに高かったのか。でも、今はもっとひどいのでは」。昨年暮れ、栃木県の自動車工場で派遣切りに遭った男性(47)がつぶやいた。二年前は青森県でトラック運転手をしていた。「年収約二百四十万円。妻子と三人で暮らすのは楽ではなかった」と振り返る。

 配送先の倒産で給料の大幅ダウンを迫られ退職。自動車工場の派遣契約も四カ月で打ち切られた。今は労働組合が借りた東京都新宿区のアパートに身を寄せ、生活保護を受けながら仕事を探す。

 「仕送りができず、妻の実家にいる中学生の息子の修学旅行費が心配。資格なしでできる仕事は月給18万円ほどだが、それすら見つからない。働きたいのに…」と焦る。  OECDが集計した二2000年代半ばの最新統計で、日本の貧困率は14.9%。メキシコや米国などに次いで四番目。中でも貧困層全体に占める働く人の割合は82.8%で、加盟国中六番目。OECD平均の62.8%、米国の72%を上回った。

 首都圏青年ユニオンの河添誠書記長は「細切れの雇用が広がって賃金水準が下がり、失業したときの雇用保険の受給率も極めて低い。まともに働いてもまともに食えなくなっている」と指摘する。

 一方、今回調査で18歳未満の子どもの貧困率は14.2%。00年代半ばのOECD調査で、働くひとり親家庭の貧困率は58%とワーストだ。「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」の赤石千衣子理事は「時給などの労働条件が悪く、働くことが貧困削減につながらない。英国は20年までに子どもの貧困率をゼロにする計画を立てており、日本も貧困をなくす義務がある」と話した。

 湯浅誠・反貧困ネットワーク事務局長の話

 1990年代以降、雇用の崩壊とともにホームレスや母子世帯など社会的に弱い立場にある人々が真っ先に貧困化した。「構造改革路線」の影の部分である貧困問題が社会問題にならず、対策も取られず、傷口は広がり続けた。政権交代を起こしたのは、年収200万、300円以下で余裕のない暮らしを営む人たちの「もう我慢できない」という声なき声だ。初めての貧困率測定で、政府は貧困問題のスタートラインについた。

企業経営の社会主義化(4)
小売企業コスコトの場合(3)


 コストコは賃金以上に従業員への手厚い福利厚生が魅力になっている。『マネー』誌の「福利厚生の充実している会社ベズト50」という記事によると、小売企業としてはコストコ1社だけがそのリストに入っているそうだ。コスコトの医療関係の福利厚生は次のようである。

 従業員が一年に負担する医療費は、だいたい総医療費の10%である(全国の企業の平均が25%、ウォルマ一トは約40%)。そして従業員の83%が会社の医療保険に加入している(ウォルマートは48%)。

 歯科医療保険制度では、従業員は家族保険料として週5ドルを支払うが、それで毎年検診が無料で受けられ、ほとんどの治療費の50%以上が保険でまかなえる。眼科医療保険では、毎年眼鏡が無料で新調でき、コンタクトレンズを作る際は100ドルが支給される。

 コストコの人事担当上級副社長ジョン・マシューズは言う。
「ジム [シネガル]が給与や福利厚生の設定を指示するときは、どこよりもいいものを、なんて程度じゃない。誰が見ても文句なくダントツにいいものを、というのが彼の望みなんです」

 コストコには、ほかにも少々風変わりな従業員優遇策がある。もしポストに就いて2年以上たつ従業員を店長がクビにしたくなったら、その決定はまず地区本部の上級副社長の了解を得なくてはならない。たまたまその日ご機嫌斜めの店長に癇癪を起こされて辞めさせられる従業員が出たりしないように、ということだろう。

 このような従業員へのきめ細かい配慮は勤務形態にも現れている。たとえば、家族のいる従業員には、夜10時から午前5時までは極力仕事をさせないようにしている。

 さらに、大半のディスカウント小売企業と違って、コストコには労働組合に加入している従業員が大勢いる。そしてコストコは従業員が14000人も入っている組合と良好な関係を保っている。

 最後にコスコトの従業員への手厚い配慮の典型例として、フロリダ州クリアウォーターの店のレジ係カレン・ジャクソンさんの例を引用しよう。
 ジャクソンはコストコに深い感謝の念を抱いている。15年勤めているあいだに、何度も便宜を図ってもらったのだ。

 初めカリフォルニア州フレスノの店に勤めたジャクソンだったが、夫が大学を替わり、やがてプロフットボールチームに入り、次にビジネスマンに転職しと、仕事と住む場所を替えるたびに、会社は彼女をモンタナ州の店へ、フロリグ州オーランドの店へと、転勤させてくれた。
「この仕事のおかげで、夫も大学を出ることができたんです。」

 ジャクソンはコストコで働きたいばっかりに、片道170キロの距離をドライヴして通勤したこともあったほどだ。

 ジャクソンのコストコ好きの理由は、最近ではその歯科医療保険制度にある。2人の10代の娘たちに歯列矯正を施して、それぞれ2000ドル(180000円)もかからなかったのだ。コストコの保険がなかったら、1人1万ドル(90万円)から2万ドル(180万円)は払わなければならなかったろう。

 熟練のレジ係の賃金が1時間当たり19ドル50セント(1755円)という、フロリダの多くの店の3倍近いコストコの賃金システムを、ジャクソンは心からうれしく思う。
「これ以上のところはどこにもないわ」

 コストコによくしてもらったから自分もコストコによくしてあげたいと、ジャクソンは言う。
「私たちが走り回って仕事をしていたとしても、それは誰かに鞭で脅されてやっているのではない。古めかしく聞こえるかもしれないけど、毎日、家に帰るとき、自分はいただいている分だけちゃんと働いたかと考えてしまうんです」

 まさに、ただやみくもに利潤を追うのではなく、会社と従業員が持ちつ持たれつで共生しているのだ。コスコトの例はこの意味で、創業者シネガルにはその意識がないかもしれないが、資本主義社会という限界の中での精一杯の社会主義化だと、私には思える。

 もちろん、従業員の待遇がいい会社はコストコだけではない、とグリーンハウスさんは次の2例を挙げて言う。
「これから見ていくように、莫大な収益を上げているわけでもなく、およそ平均的な労働者を雇っている雇用主でありながら、これらと同じような心意気を持つ会社がほかにもあるのだ。」

 ニューヨーク州ロチェスターに本社を置くスーパーマーケットチェーンのウェグマンズは、従業員にこの20年間で5400万ドル(48億6000万円)の奨学金を提供してきている。

 靴メーカーのティンバーランドは、従業員に地域活動をさせるために毎年40日間、また病気の家族がいる場合は看病のため2週間、それぞれ有給休暇を与えている。
企業経営の社会主義化(3) 小売企業コスコトの場合(2)

 労働者を最大限搾取しようと競っているような新自由主義信奉者にはシネガルが従業員を優遇することが理解できないらしい。そこで「ローマカトリック教徒の家庭で育ったからではないか」などと信仰心にその理由を求める者もいるという。これに対してシネガルは次のように応じている。

「われわれは貧民救護修道女会じゃない。他人のためなんかじゃなく、ただうまみのある商売をしているってだけですよ」

 コストコを立ち上げたとき、シネガルは、こんな低価格は低賃金で労働者を搾取しないかぎり実現できないのではないかと、顧客に疑われるのが心配だった。そこで、コストコのビジネスモデルをつくり上げるのに、従業員には国内の総合小売企業のどこよりも高い賃金を設定することに決めた。それによって労働者を搾取していると客に疑われずにすむだけでなく、確実に熱気ある生産性の高い職場になるはずだと信じていた。

 シネガルは株主より従業員や顧客が優先されるのは当たり前だと考えている。コストコ社員のハンドブックの冒頭にその考えがはっきりと書かれている。

「私たちは任務を果たすため、次のような倫理規定を胸に業務に励みます。
①法を守る。 ②会員様を大事にする。
③従業員を大事にする。
④仕入れ先を尊重する。
 全社を挙げてこの四項目を実践すれば、私たちの最終目標は達成できるでしょう。最終目標とは、
⑤株主に報いる、
ことです」

 企業経営のことなど全く知らない私にとって、次々と意外なことが明らかにされる。

 従業員に十分な給与を与える戦略が、実は経費の節減になっている。なぜだろうか。

その一 従業員の教育費削減につながる。

 アメリカでは毎年、小売企業に勤める労働者の60%が辞めていく。つまり、平均的な労働者は1年半をわずかに上回るほどしか勤めないという。これはたぶん日本でも大差がないのではないだろうか。
 しかしコストコでは、移動率は20%で、平均的な従業員は5年勤める。一年以上勤める従業員だけを見ると、移動率は6%に落ち、平均勤続年数は17年近くになる。

 新規採用者を使える従業員にするために行われる教育には、従業員一人当たり2500ドル(255000円)かかると言われている。(従業員の教育費がこんなにかかるとは、企業内事情に全く疎い私には、にわかに信じられない。)移動率の低いコストコは大変な節約ができることになる。その分を価格下げに回して、顧客に還元している。

 ウォルマートではどうか。主として賃金や福利厚生が少ないことから、移動率は毎年50%前後になる。その結果、国内の店だけで毎年60万の従業員を雇い入れて教育しなければならい。その費用は1年に10億ドル(900億円)を超えるという。

その二 内部窃盗率の低下

 手厚い給与と福利厚生は、即、優れた顧客サービスを提供するよく働く忠実な労働力を生むというのも、シネガルの信念である。そしてその忠実さが内部窃盗率の低下につながっているという。コストコの内部窃盗率は売上の0.1%で、小売業界でも一、二を争うという。業界の平均内部窃盗率はその15倍だっそうだ。

 その高賃金ゆえに、コストコの求人には大勢の応募者が押し寄せ、倍率はたいてい15倍ほどになる。
「入りにくく、辞めにくい、そういう会社です」
とコストコ経営幹部のジョエル・ベノリールは言った。
「コストコでは、もらっている分だけちゃんと働こうと、みんな実によく働きます。厳しい勤労モラルも浸透している。われわれは従業員に言うんです。長く、懸命に、きびきび働け、三つのうちどれか一つでも抜けたらだめだ、とね」

 コストコの2007年の総売上は640億ドル(5兆7600億円)に対して利益は2億ドル(180億円)しかない。ウォール街のアナリストたちは、コストコの従業員の待遇をもっと厳しいものにしたり、価格をほんの少しずつ上げていけいったりして利益を増やすよう、しつこく勧めるそうだ。だがセネガルの信念は揺るがない。

 商品の低価格と品揃えのよさ、さらに従業員の働きぶり、これらがコストコに顧客を引きつけている。すでに2500万人の個人会員(会費50ドル)と500万の小規模法人会員(会費100ドル)が加入しているという。
企業経営の社会主義化(2) 小売企業コスコトの場合(1)

 従業員を搾取することなく(=人間として大事に扱い)成功している企業は日本にもかなりあると予想しているが、私の狭い情報源には入ってこない。できれば日本の例で話を進めたいのだけれど、やむを得ない。

 コスコトは会員制倉庫型ディスカウント店チェーンで、その創業者はジェームズ・シネガルといい、小売業界の鬼才と言われている。現在(『大搾取!』の著者スティーブン・グリーンハウスさんが取材した当時という意味)アメリカ国内第四位、世界で第八位の規模を誇っているという。(ネット検索したら、コスコトは日本にも出店していた。)

 「会員制倉庫型ディスカウント店」という一風変わった店舗形態名称に私は初めて出会った。(こんな世間知らずは私だけかな?)「会員制」というのは分かる。「倉庫型」というのはどういう意味かな? コスコトは顧客(会員)によい品を安く提供するために余分な経費はかけない事をモットーとしている。店舗にも余分な飾りをしない。実質本位の店舗で、床はセメントだそうだ。商品もきれいに陳列するのではなく、倉庫に格納しているように置かれているのだろう。なるほど、それで「倉庫型」か。

 大概の小売企業は宣伝広告費に売上の2%ぐらいを当てている。コスコトは余分なサービスや宣伝広告をしないでコストを抑えている。その節減分を顧客に還元している。

 ところで、『大搾取!』の第8章は「低賃金の殿堂ウォルマート」だった。ウォルマートはアメリカ国内第一のディスカウント小売店チェーンだが、「低賃金の殿堂」、つまり従業員の大搾取を元手に大きくなってきた企業だ。これからあらゆる面でコスコトと比べられることになる。

 コストコとサムズクラブ(ウォルマートの一部門)は低価格販売で熾烈な競争を繰り広げている。コストコの年平均売上はサムズクラブのほぼ二倍、1億3000万ドル(117億円。以下、1ドル=90円で円に換算しておく。)を売り上げている。さらに、単位面積当たりの売上でも、従業員一人当たりの売上でも、サムズクラブを上回っており、マーケット占有率も高い。

 だが、サムズクラブの幹部たちも、価格はコストコより安いと言い張って譲らない。

「たわごとばっかり並べて」 と、シネガルは言う。「客が知ってるよ。レジの行列を見ればわかる。あっちがそんなに安いんなら、どうしてうちがサムズの2倍近くも売り上げるんだ」

 シネガルは「高く売るより多くを売る」というすサム・ウォルトン(ウォルマートの創業者)の発想を採り入れてきたが、その発想を当のウォルマートより一歩先まで進めている。

 シネガルは商品の販売価格をほとんど仕入れ原価プラス15%(値入率)までに押さえている。大半のスーパーマーケットでは値入率25%、デパートでは通常50%かそれ以上である。ウォルマートは15%以下のことが多いが、商品によっては、特に中国からの輸入品は、100%の値入率である。

 では、従業員の待遇はどうなっているだろうか。

 コストコとウォルマートの低価格論争はとどまることを知らないが、どちらが従業員を優遇しているかという論争はない。なにしろコストコは、国内の総合小売業界では最高水準の賃金および福利厚生を提供していると認められているのだ。

 コストコの従業員一時間当たりの平均賃金17ドル92セント(1617円)。これはウォルマートのフルタイム従業員の平均より70%も多く、サムズクラブ従業員の平均より40%多い。経験5年のコストコのレジ係は、ウォルマートの副店長と同じくらいの収入を得ているという。より詳しく見てみよう。

採用時の時給(フルタイム・パートタイムの区別なく)11ドル50セント(1035円)
 ウォルマートの全フルタイム従業員の平均賃金より1ドル高い。
 勤続4年半で賃金表の最高時給19ドル50セント(1755円)になる。さらにフルタイム勤務の場合、年間ボーナス4200ドル(378000円)と、各401k(確定拠出型年金制度)加入者には積立金4%分の補助がある。これらを合計すると、年収は46000ドル(4140000円)以上になる。

年間ボーナスは
勤続10年…5400ドル(486000円)
勤続20年…8200ドル(738000円)

401kの会社補助
勤続10年…年間賃金の6%
勤続25年…年間賃金の9%

 グリーンハウスさんはこれを「異例の高さ」と表現している。ちなみに、他の企業や職種の賃金は次のようである。

勤続4年の平均賃金
ウォルマート…23000ドル(2070000円)
マクドナルドのシフト主任…27000ドル(2430000円)
モンタナの教師…34000ドル(3060000円)


「けっこうな額ですよ」
と、モンタナ州ミズーラのコストコ店の店長マーク・ショーボエンは言った。
「こういう小さな町じゃ、いい働き口です。誰も辞めませんね」。

 コストコの従業員が満足している証拠として、シネガルはコストコが全米85000人の従業員に行ったある調査の結果を挙げた。従業員たちが訴えたおもな不満は驚くほどささいな ― 1年を通じてショートパンツを穿くことを会社が許してくれない ― ことだった (それ以来コストコはこの規則を変えている)。

 コストコがどこよりも安く売り、しかも従業員にどこよりも高い賃金で優遇できるのはなぜだろうか。またシネガルはどのような経営哲学をもっているのだろうか。
企業経営の社会主義化(1)

 『大搾取!』(スティーブン・グリーンハウス著/曽田和子訳 文藝春秋)という本を読んでいる。アメリカの労働者が置かれている悲惨な現状を克明に描いたルポルタージュである。著者は外交や労働問題を担当しているニューヨーク・タイムズの経済記者だ。目次を転載する。

第一章 酷使の現実
 分単位で休憩時間を計測、解雇社員にゴミ漁りを奨
 最低賃金は貧困ラインを下回る……
 救われないアメリカの労働者たち。

第二章 不満には恐怖で
 安全軽視の工場で次々と事故が起こる。
 声をあげた者に待っていたのは、ひどい罪の濡れ衣だった

第三章 働く意欲が失せていく
 街の歴史ある工場が大資本の傘下に。
 経営は赤字ではないのに押し付けられる人件費削減。
 絞って得た利益は吸い上げられるばかり。

第四章 戻ってきた十九世紀
 夜間閉鎖の家の中でサービス残業を強要され、通報者には匿名保護もない。
 今のアメリカは、貧しい人に三ドル貸してクビになる社会なのだ。

第五章 消えた会社との約束
 安定雇用が経営の定石だった時代はあった。だが、株主利益を会社が重視するようになるにつれ、労働者への報酬はコストとみなされるようになる。

第六章 弱者がさらに弱者を絞る
 電子化で、いまや重役達も些事まで把握できる。
 労働者の人間らしさを認めていたら、現場監督のクビはすぐ交換されるのだ。

第七章 派遣 終わりなき踏み車
 必要な時だけ呼び、不要になれば消えてもらう。
 経営者が重宝する使い捨て労働者たちには、保険や年金どころか誇りすら与えられない。

第八章 低賃金の殿堂ウォルマート
 万引き犯を捕まえた熱血警備員。その負傷で得た報酬は、医療費逃れの懲罰解雇。
 小さなスーパーはいかにして小売業世界一となったか

第九章 王道はある
 誰もが世界的市場を口にする。手厚く労働者を遇していたら生き残れぬと--。だが搾取経営に逆らって成功した事例はこんなにもある。

第十章 瀕死の労働組合
 労働者にとって必要なのは、労働組合なのだ。しかしアメリカの労働組合は腐敗しきっており、組織率は一割にも満たない。蘇る道はあるのか?

第十一章 はいあがれない
 金持の子は大学院でMBAをとって初任給十六万ドルも夢ではないが、貧乏人の子には大学は学費値上げでどんどん遠ざかっている。

第十二章 夢のない老後
 企業年金は資金不足で反古にされ、頼みの401kプランは欠点だらけ。
 年金で充実した晩年をおくるなど、夢のまた夢だ。

第十三章 すべての船を押し上げる。  グローバリゼーションで世界はフラット化した。ならば、世界中の労働者の非人間的な搾取にノーを突きつけるべきなのだ。

 新自由主義先進国アメリカが到達した惨憺たる現状が目次に目を通すだけでも読み取れよう。そして誰もが日本の労働環境も同じだと思うだろう。アメリカにあこがれた小泉・竹中が日本にも新自由主義を導入し、アメリカを後追いしたのだ。当然同じ結果になる。『大搾取!』の巻末に湯浅誠さんが解説を書いている。題して「日米大搾取のパラレル」

 ところで、第九章では「搾取経営に逆らって成功した事例」が取り上げられている。それらの成功例が示すさまざまな経営手法を、私は「企業経営の社会主義化」(厳密には「リバタリアン社会主義」と言いたい)と言ってよいのではないかと思った。このような観点をもって、第九章を読んでみる。
今日の話題
社会主義におびえるウヨさん


 『週刊金曜日』に佐高信さんが「現代を読む ノンフィクション・ベスト100」というコラムを連載している。9月25日号では竹中労さんの「完本美空ひばり」(ちくま文庫)を取り上げていた。その中で女優・山田五十鈴さんの見事な啖呵が紹介されている。

 1950年に日本に吹き荒れたレッドパージは公職者追放にとどまらず、芸能界にも及んだ。こういうときは必ず権力に迎合して、ちくったりお先棒を担いだりする卑劣な奴がでてくる。山田五十鈴さんにも口さがない嫌がらせがあったようだ。それに対する山田さんの啖呵はこうだ。

「そのころ世間では、私が夫の加藤嘉に影響されて"アカ"になった、と、言っていた。腹が立ち、滑稽にも思えた。貧乏を憎み、だれでも誠実に働きさえすれば幸福になれる世の中をのぞむことが"アカ"なら、私は生まれたときから赤も赤、目のさめるような真紅である。」

 これと対照的なのがウヨさんのプロパガンダ。三日ほど前、「WiLL」という雑誌の新聞広告をみて吹き出してしまった。先日の総選挙でおおかたの失笑を買った麻生自民党の滑稽にして卑劣なネガティブキャンペーンの続きをやっているのだ。特に笑えたのが「総力特集 民主政権、ここが危険」の中の宇都宮慧『民主党政権は確実に「社会主義化」する』だ。副題は「社民との連立、国家戦略局にちらつく社会主義的「委員会」のイメージ。鳩山政権は危ない」だ。

 この人たちの恐怖の対象は「共産主義」だったが、ソ連崩壊後は「社会主義」に変わったようだ。一体この学者(「中国研究家」だそうだ)は何を「社会主義」と言っているのだろうか。「社会主義とは何か」などキチンと考えたこともなく、「社会主義」という言葉だけを独り歩きさせ、ネガティブなイメージだけを広めているだけなのではないか。

 社会主義とは何か。『吉本隆明の「ユートピア論」』から「社会主義のモデル」を転載しておこう。

①賃労働が存在しないこと
②労働者・大衆・市民がじぶんたち相互の直接の合意で、直接に動員できないような軍隊や武装弾圧力をもたないこと
③国家は、存在しているかぎりは、労働者・大衆・市民にたいしていつも開かれていること。いいかえれば、いつでも無記名の直接の票決でリコールできる装置をもっていること
④私有では労働者・大衆・市民の障害や不利益になる「生産の手段」にかぎり、「社会的な共有」とすること


 もちろんこのような社会主義を実現した国家など、かつてもいまもない。くだんの学者先生は、このような社会の何に恐れおののいているのだろうか。

『「財源=税」問題を考える。(15)』の一節を再録しよう。

 本来、大企業の儲けは、その多くの部分を賃金や下請け単価の引き上げなどに資することが重要である。これによって、消費支出が上がり、景気を高揚する。資本主義社会を維持・発展させるための鉄則である。むしろ資本主義経済下の資本家・経営者の堅持すべきモラルと言うべきだろう。

 大企業などに対する減税による厖大な利益もそのように使われるべきである。しかし実際は、大企業はその儲けを取締役などの役員報酬や株主への配当、その残りは内部留保となし、景気の底あげを阻害している。景気高揚に対しては無策であり、景気も財政も悪化させている。大企業の資本家・経営者たちは自らの首を自ら絞めていることに早く気づくべきだ。

 資本主義社会を成り立たせている核は消費者の購買力である。商品を買うものがいなければ資本主義社会成り立たない。初期資本主義の頃のようなむき出しの搾取を続ければ、資本主義社会は崩壊する。資本主義社会を維持、発展させるためには社会の富を再分配することが不可欠だ。

 どうやら通俗的には、市場が国家の支配下にあり、富の再配分が国家によって行われることを「社会主義」と理解しているようだ。それを社会主義と言うのなら、程度の差はあれ、どの先進資本主義国家も社会主義的政策を取り入れている。そうしなければ資本主義社会はもたないのだ。

 「スウェーデンの今」というサイト(以下「今」さんと略称する)におもしろい記事があった。それを紹介しよう。

 新自由主義という破滅的な資本主義の発信国であるアメリカ合州国においても、いま民間企業への大規模な公的支援や各種銀行への資金注入や保険会社の国有化など、大胆な市場介入策が取られている。つまり社会主義的政策が進められている。

 とはいえ、政府による大規模な経済介入を懸念する声も、さすがアメリカとあって根強い。オバマ政権の緊急経済プランを批判したい人たちにとって、アメリカ世論を震え上がらせるためには、ある一単語を叫ぶだけで十分。その単語とは、socialism

 そう「自由経済への介入は、社会主義への第一歩だ!」というわけだ。しかも「このままだと、スウェーデンみたいな社会主義国になってしまうぞ!」と叫んでいる人もいる。アメリカでは「社会主義」という言葉に対する拒否反応が強いらしく、このような大袈裟な主張もまことしやかに議論されているようだ。

 日本のほとんどのウヨさんは従米ナショナリストで、『「社会主義」という言葉に対する拒否反応』までまねているようだ。

 銀行や金融機関への公的資本の注入や国有化は、1990年代にスウェーデンが初めておこなった。それによって、当時の金融危機・経済危機を3~4年のうちに最悪の状態から立て直すことに成功した。アメリカのウヨさんたちはこれをもってスウェーデンは社会主義国とみなして、「スウェーデンみたいな社会主義国になってしまうぞ!」と、善良な(あるいは愚昧なと言うべきか)アメリカ人を脅している。

 しかし、スウェーデンの成功の実際は次のようだ。

 「the Stockholm Solution」はあくまで金融システムのメルトダウンを防ぐ措置であり、アメリカ政府が自動車産業に対して行っているような民間企業への積極的支援は含まれない。これまで書いたように、スウェーデンは企業の救済をすることには非常に消極的だ。また、アメリカやフランスなどで見られるような保護貿易主義や経済ナショナリズムも、スウェーデンの過去の教訓とは関係がない。

 だいたい、右であれ左であれ、イデオローグの言説は物事の本質を自分に都合のよいように誤解したり曲解したりしたものをもとに構成されている。そのような誤解・曲解をおちょくるテレビ番組を「今」さんが紹介している。アメリカの「The Daily Show」というコメディー番組が放映したスウェーデン特集。題して「The Stockholm Syndrome」

 「社会主義国」スウェーデンがどんなに恐ろしい国で、人々が惨めな暮らしをしているのかを調査するために、スタンドアップ・コメディアンのWyatt Cenacがスウェーデンに渡った!

(管理人注:自動車が川へ転落しようとしている絵柄の道路標識の画像が貼り付けられている。)

 高い税金のおかげでお先真っ暗なスウェーデンでは、車までもが海に身投げするほど。

 と、ここまでの出だしは良かったのだけど、次第に明らかになるのは全く予期しなかったスウェーデン像・・・。あれっ、人々は普通に生活しているし、何だか幸せそうではないか・・・!

 しかし、Cenac氏は『資本主義の魅力とは、成功した者が報われること。スウェーデンのお金持ちはきっと贅沢な暮らしをして、大きな家やテレビをいくつも所有し、「社会主義」の社会に不満を漏らしているに違いない』と思い直し、スウェーデンのポップスター、ロビン(Robyn)を自宅に訪ねる。

 だが、ここでも期待が外れる。しかも、最後の極めつけはロビンの台所で見つけたあるもの。
「スウェーデンではポップスターも、こまめに牛乳パックを洗って、リサイクルしていた!」

 頭の中がすっかり混乱してしまったこのWyatt Cenacは、最後にスウェーデン人に向かってこう叫ぶ。

「Wake up, people! You are living in a socialist nightmare!」

 「社会主義」に向かおうとしているアメリカの将来がどのようなものなのか? それを探るためにCenac氏は、身の毛もよだつような恐ろしいスウェーデンの旅をさらに続ける。

 今度は、スウェーデンという恐ろしい社会主義国家を作った責任者の責任を追及すべく、社会民主党の国会議員にインタビューすることにした。

 インタビューの相手はレイフ・パグロツキー(Leif Pagrotsky)、愛称パッガンと言う社会民主党の国会議員。中央銀行の職員をスタートに、財務省の政務次官など経て、外相・産業相・教育相などを歴任している。

「これまで国民を社会主義によって痛めつけてきたことを謝罪する気はあるのか?」
「謝罪することは何もない。むしろ、俺たちはアメリカに勝ったんだよ。」

それでも納得しないWyatt Cenac。社会全体によって国民の生活を支えるシステムも、イケア(IKEA)の家具のように壊れてしまうんじゃないのか!?

 そこでパッガン氏は非常に分かりやすい社会保障の講義をする。
「高い税金を取られるとしても、政府はそれを自分のふところに入れてしまうわけじゃないんだよ。必要に応じて、サービスとして現物給付で戻してくれる。」
Cenac氏「なるほど、つまりこれはgovernment-fundedということなんだね。」

 Cenac氏最後の頼みの綱は、Abbaのビョーン(Bjo"rn)。

 Abbaは「Money money money」や「The winner takes it all」などの資本主義賛歌(Capitalist anthem)を作ってきた。大金持ちの彼は、富の再配分の危険性を理解してくれる、世界で唯一のスウェーデン人かもしれない。

 しかし、ここでも期待は大外れ。American-inspired hitsを作ってきたビョーンが言うには、資本主義の絶賛ではなく、「非常にアイロニックな視点から“お金”を描写しているんだよ。」資本主義賛歌だと認めさせてインタビューを先に進めようとしても、頑なに拒む。

 極めつけは「Baconnaise」。ベーコンとマヨネーズを合わせた、この脂っこい食品が資本主義の恩恵だと説得しようとするが・・・。(こんなもの食べているから太るんだよ)

 退散していくCenac氏の捨て台詞
「I couldn't stay in a country that turns women into statues as pleasure creatures and men into bearded gnomes.」

 「今」さんのまとめのコメント。

 この短いエピソードには、もちろん誇張もあるのだけど、伝えようとしたメッセージとは結局、「FOX NEWSなどが描いている“社会主義国スウェーデンの恐怖”というプロパガンダがいかに根拠のないもので、スウェーデンという国でも人々は普通に生活しているし、むしろ満足している人もたくさんいるし、経済もアメリカと少なくとも同じくらい豊かなんだよ。」ということだと思う。

 アメリカの保守派が槍玉に挙げているのは、オバマ政権の大規模な経済介入や社会保障の改善などだが、これからの4年間、もしくは8年間のうちに、アメリカの社会が“まるでスウェーデンみたいに”なるわけでもないし、なれるわけでもない。だから、杞憂に過ぎないことを認めるべきだろう。