FC2ブログ
2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《「真説・古代史」拾遺編》(71)

「邪馬台国」論争は終わっている。(10)


 (以下は『よみがえる卑弥呼』による。)


「卑弥呼」の読み方とその意義


 「卑弥呼」を「ヒミカ」と読む根拠を、古田さんは次のようにまとめている。

第一
 倭人伝において、対海国・一大国の「大官」が「卑狗」=「ヒコ」(=彦)と表記されている。「卑」は「ヒ」の表音文字として用いられている。

第二
 同じく、投馬国の「大官」は「弥弥」=「ミミ」、「副官」は「弥弥那利」=「ミミナリ」と表記されている。「弥」は「ミ」の表音文字として用いられている。(従来説では、「ヒメミコ」の略であり「ヒメコ」と読む、という説がある。「弥」の音は「ビ」または「ミ」であり、「メ」という音はない。原文を勝手に変えないというルールに立つ限り、この説は成り立たない。)

第三
 問題は「呼」である。この文字には「コ」と「カ」の両音がある。前者は「呼吸」などの場合。後者は「神に捧げる犠牲に加えた切り傷(きず)」を指す場合である。このいずれの音か。この吟味が従来欠けていた。

 ここで、ちょっと疑問が出てきた。「呼」には本当に「カ」という音があるのだろうか。古田さんは「カ」=「神に捧げる犠牲に加えた切り傷(きず)を指す」という詳しい意味まで挙げているが、典拠を示していないので気になった。調べてみたが、手元のどの辞書にも「カ」という音は挙げられていない。

 論理に厳しい姿勢を貫いている古田さんが勝手な造作をするなど、とても考えられない。『よみがえる卑弥呼』のこのくだりは「すでに論じたところを要約し」たものだから、その根拠については省略したものと考えるほかないだろう。古田さんはしばしば、諸橋轍次編著『大漢和辞典』を典拠にしているので、もしかすると『大漢和辞典』にあるのだろうか。近いうちに図書館にいって確認してみようと思う。今はこの問題はおいて、ともかく先に進んでみよう。

 辞書を調べていて、想わぬ収穫があった。白川静『常用字解』に次のような解説があった。

形声。音符は乎(こ)。
 乎が呼のもとの字であった。乎は小さい板に遊板(紐でつないだ板)や鈴をつけて振って鳴らす鳴子板(なるこいた)の形で、人を呼ぶときや鳥を追うときに使用した。 もとは神を呼ぶときに使った。 それで乎は「よぶ、さけぶ」の意味となる。乎が助詞の「や、を、に」などに用いられるようになったので、別に呼の字が作られて「よぶ」の意味に使われ、さらに「息をはく、はく」の意味にも使われた。


 「乎」=「呼」にはもともと宗教的な用法があったことがここでも示されている。また、「乎」は終助詞として「カ」と読むことがある。さらにもう一つ、卑弥呼は「倭人伝」のほかに『三国史記』にも一か所出てくる。そこでは「倭女王の卑弥乎」と「乎」の字が使われている。

 さて、上記「第三」について、古田さんは次のように論じている。

 先に述べたごとく、「コ」の表音に「狗」の文字を用いている(この「狗」にも、「コウ」「ク」の両音があるが、「卑狗」が「彦」に当ると見られる点から、「コウ」系列の音に用いられているものと見られる)。したがって「呼」もまた、「コ」の音の表記に用いられているとは、考えがたい。すなわち、もう一方の音、「カ」の方の表音である可能性が高いのである。

 しかも、この音の場合、右にのべたような、きわめて宗教的色彩の濃い用法であるから、「鬼道に事(つか)え、能く衆を惑わす。」とされた、この倭国の女王の人名表記に用いられたとすれば、きわめて適切である。なぜなら、中国の尨大な文字群の中で、一定の「音」をしめすべき文字は、常に数個ないし多数存在する。それゆえ、その中のいずれの文字をえらんで、そのさいの表音文字として使用するかは、その文字のもつ「意味」ないし「イメージ」による他はない。その点、「呼(カ)」、は、まことにこの倭国の女王のイメージにふさわしいからである(「コ」の場合も、「狗」は“卑字”だから、中国の夷蛮伝の中の表音文字として、そのイメージにふさわしいのである)。

 右の吟味によって「卑弥呼」の「呼は、「コ」より「カ」音に用いられた可能性の高いことが判明する。以上「卑弥呼」の読みは、通説に反し、「ヒミカ」と見なすべき可能性が高い。

 いまだ仮説(可能性)の段階だが、その正否の判断は、他の事項との整合性によるほかないだろう。ということで、次は「ヒミカ」の意義を考察することになる。

 まず、「ヒ」は「日」であり、太陽の義であろう。なぜなら、「卑狗=彦」の場合も、その原義は「日子」すなわち“太陽の男”を意味するもの、と考えられるからである。しかも、このさい、「日」と「子」との間には、「ノ」といった繋字がなく、しかも、“太陽の男”という意味が表現されている。これが、古代日本語の一表現法だったのである。

 他にも、「ツシマ(対馬)」は「津島」であり、「津(浅茅(あそう)湾か)のある島」の意と思われる。これも「AプラスB」と両者を直結する形であり、Aは“形容詞的用法“となっている。他にも、「山本」は“山のもと”、「川口」は“川の口”であるように、現代日本語にも、この形式の成語は数多いのである。

 次に、「ミカ」。これは「甕」であろう。

みか【甕】専ら酒を醸(かも)すに用いた大きなかめ。もたい。祝詞、新年祭「ーーの上(へ)高知り」〈広辞苑〉

 思うに、「カメ」と「ミカ」とは、語幹「カ」を共有している。これが実体をしめす、中枢語であろう。これに対し、後者はこれに「メ」という接尾辞が加わって成語となっている。一方、前者の場合、「ミ」という接頭辞が加わっている。「神(カミ)」、「御(ミ)」等の「ミ」に当るものであろう。すなわち、“神聖なるかめ”これが「ミカ」の意味するところではあるまいか。

 以上によって、「ヒミカ」は“太陽の「ミカ」”の意義であり、その語幹をなすものは「ミカ」である。すなわち、「ヒ」は、いわば、美称であり、その人名の実体は「ミカ」にある。

スポンサーサイト