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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《「真説・古代史」拾遺編》(18)

「倭」と「日本」(2):諡号の中の「倭」と「日本」


 初期10代の大王と清寧の和風諡号では、古事記の「倭」は日本書紀では全て「日本」と書き換えられている。(細かいことを言うと、孝安の場合は「大倭」→「日本」である。)

 日本書紀の「日本」の読み方については、日本書紀にその指示がある。「国生み物語」で「大日本豊秋津洲」として、初めて「日本」が出てくるが、本文の注に
『日本、此をば耶麻騰と云ふ。下皆此に效へ。』(「岩波古典文学大系」による)
とある。このくだりは古事記では「大倭豊秋津島」である。しかし、「倭」の読み方には何の指示もない。

「大倭豊秋津島」の問題については
『「神代紀」の解読(4)大日本豊秋津洲』
を参照してください。


 では日本書紀では全ての「倭」を「日本」で書き換えているのだろうか。諡号以外では、上の「大日本豊秋津洲」の他に、「倭建命」→「日本武尊」という書き換えがあるが、それら以外に「倭」→「日本」の書き換えはない。そして、ゴンベイさんの指摘どおり、日本書紀・続日本紀の和風諡号では「倭」と「日本」が混在している。日本書紀・続日本紀の「倭」・「日本」を含む諡号を抜き出してみる。


孝徳(こうとく)
日本倭根子
やまとねこ

持統
大倭根子天之広野日女
おおやまとねこあめのひろのひめ

文武
倭根子豊祖父
やまとねことよおおじ

元明
日本根子天津御代豊国成姫
やまとねこあまつみしろとよくになりひめ
元正
日本根子高瑞浄足姫
やまとねこたかみずきよたらしひめ

桓武
日本根子皇統弥照
やまとねこみすまるいよよてらす

平城
日本根子天推国高彦
やまとねこあめおしくにたかひこ

淳和
日本根子天高譲弥遠
やまとねこあめたかゆづるいやとほし



 この中でも奇怪なのは孝徳の「日本倭根子」である。一つの諡号の中に「倭」と「日本」の両方が使われている。これは、本文の中で使われている諡号で、「明神御宇日本倭根子天皇」とある。岩波古典文学大系は「あきつかみとあめのしたしらすやまとねこのすめらみこと」と読んでいる。つまり「日本倭」を「倭」や「日本」と同じく、「やまと」で済ましている。ちなみに、現代語訳(講談社学術文庫・宇治谷孟訳)はどのように扱っているのか調べてみたら、「日本倭」を無視している。「明神として天下を治められる日本天皇」となっていた。こんなのありですか。学者ってずいぶんいい加減だな。

 古事記・日本書紀・続日本紀のどこにも「倭」の読み方の指示はない。素人の素朴な判断をしてしまうと、「倭」はやはり「わ」あるいは「ちくし」と読むべきじゃないのかな。「日本」は「やまと」と読めと指示されているのだから、「日本倭根子」は「やまとわねこ」あるいは「やまとちくしねこ」。

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