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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
今日の話題

アインシュタインの宗教観


 今日の話題は次の過去記事の補足記事です。その記事の文章を再録しながら話を進めます。

『新新宗教批判(11)』

 科学的な判断を重んじる人に対して、自らの信じる宗教の優越性を主張・説得しようとする時、多くの信者はだれもが知っているほど有名な科学者の権威を借りようとする。よく利用される科学者は、ほとんどの場合、ニュートンとアインシュタインのようだ。
 私の住んでいる清瀬には、空気がよくて結核療養所がある(私が家を建てたころは、清瀬にいると云うと結核だと誤解されたりした。)関係であろうが、キリスト教の教会がいくつも存在している。教会関係の人びとが、しばしばわが家の玄関のチャイムを鳴らして、「この世界はどうなっていくかという、おためになる話を申上げるためにお伺いしたのですが……」などと、片手に薄い雑誌を持って信仰のすすめに訪れて来る。「私は科学者なので、神さまなんか必要がありませんよ。」と断ったら、「ご存知ないかも知れませんが、大科学者であるニュートンやアインシュタインも深く神を信仰しておられたのですよ。」とおいでなすった。この例は新興宗教で愛用しているが、キリスト教も勧誘に使っているのかと思いながら、「ヨーロッパの人間は迷信深いから、あの人たちもそんなことになったが、私は迷信が大きらいなのでね。」と云っておひきとりいただいた。神様の押売は日用品の押売とちがって、むこうがまじめにやって来るだけに相手しにくい。 (三浦つとむ『「人は何のために生まれて来るのか」という疑問』から)



 だから、歴史的には、たまに限られた地域と期間においては例外的に、近代合理主義や科学主義が宗教を邪魔物扱いにして抹殺しようとしたけれども、それもしばらく続くと、近代合理主義そのものを維持していく上にそれでは都合が悪い、ということに気がついて、宗教弾圧をやめるものだし、まして全体の流れとしては、両者はむしろ共存関係にあった。近代合理主義の克服を看板にかかげた宗教が、それを看板にかかげたが故に、かえって近代合理主義と共存共栄の関係をつくることができたのである。むろん、近代合理主義の克服という課題そのものが虚妄なのではない。その看板を宗教に担わせたから、かえって、克服さるべきものと克服の課題であるはずのものが助けあって共存しはじめたのである。ニュートンだのアインシュタインだの、やや落ちるが湯川秀樹だのという「優秀な」自然科学者が、実に安っぽく愚劣に宗教を崇拝し、宗教を持ち上げる発言をくり返した理由はそこにある。(田川健三著『宗教とは何か』から)

 

 湯川秀樹に遠く及ばない科学者なら、統一協会の信者のなかにわんさかといる。興味のある人は

『新新宗教批判(13)』

をご覧ください。

 さて、ニュートンは確かに神を信じていた。全宇宙は神が創造したものであり、世界は神が造った法則に従って動いていて、科学的法則の発見はその神の法則の発見にほかならない。ニュートンはこのように宗教と科学との調和をはかろうとしたようだ。キリスト教一元社会での近代科学の黎明期という時代的背景を考えれば、ニュートンのこうした考えも理解できなくはない。ニュートンは1642年に生まれている。ガリレオが没した年である。異端者として裁かれたそのガリレオが「それでも地球は動いている」と密かに独白するほかなかった時代である。

 ところで、アインシュタインが神を信じていたという証拠はあるのだろうか。三浦宅を訪れたキリスト教徒は何を根拠にアインシュタインをニュートンと並べたのだろうか。たぶん何の根拠もない。流布されている俗論を検証なしで受け売りしているに過ぎない。そのキリスト教徒の言に対して三浦さんは「ヨーロッパの人間は迷信深いから、」と一般化して応じている。アインシュタインの信仰については何の判断もしていないわけだが、しかしこの一般論も根拠のない偏見と言わなければならない。

 田川さんもアインシュタインが「実に安っぽく愚劣に宗教を崇拝し、宗教を持ち上げる発言をくり返した」証拠を持っているとは思われない。やはり俗説をうのみにしている言説だ。湯川秀樹がどうだったのかについては私はつまびらかではない。アインシュタインについてはちょっと調べてみた。

 アインシュタインは若い頃、短い期間ではあったが、宗教に深く惹かれたことがあったようだ。そのことについて、アインシュタイン自身がのちに次のように書いている。

「青春期のこの失われた宗教的楽園は『唯一者』から、私自身を解放するための最初の試みだったことが、私には明らかである。」

 アインシュタインは科学の世界にその生の根拠をおいていたと思われるが、ユダヤ人であることももうひとつの生の根拠であったろう。

「品位を欠く同化政策論者(ドイツ人との同化を主張する者たち)の熱望と奮闘とに、私は、終始悩まされてきました。それを、非常に多くの私のユダヤ人の友人たちの中にみてきました。これらの、そして、これに似たような様々な出来事が、私の中にユダヤ民族の感情を呼び起こしました。」

 しかしそのユダヤ民族へのアイデンティティには、宗教的なふくみはまったくない。1924年に彼はベルリンのユダヤ人集会の会費納入会員になっているが、それは単なる連帯感を示す行為であった。彼はシオニストの組織には加わわっていない。

「私はユダヤ人ですが、ユダヤの教えを実践しているわけではありません。確かに、子どもの頃は信仰心が厚く、学校に行くときには、ユダヤの歌を歌っていたほどです。しかし、その頃初めて科学の本を読み、それで、私の信仰は終わりました。ただ、時を経るとともに、ある事実に気づくようになりました。それは、あらゆるものの背後には、私たちが間接的にしか、かいま見られない秩序があるということです。それは信仰にも通じます。その意味で、私は宗教的な人間でもあるのです。」

「私は、生涯、自然の中に隠れている秩序を、わずかでも、かいま見ようとしてきました。すべての科学は、世界の中に存在する調和を、信ずる必要があります。理解したいという私たちの思いは、永遠のものです。」

「存在するものの秩序ある調和の中に自らを現すスピノザの神なら信じるが、人間の運命や行動に関わる人格のある神は信じない」

 アインシュタインは「人間の運命や行動に関わる人格のある神は信じない」と断言している。アインシュタインの神は「スピノザの神」であって、これはいわゆる宗教ではない。

 アインシュタインの葬儀は、わずか12人が参加しただけの簡素なものだったという。公の通知も出さず、花輪も音楽も控えるようにと、アインシュタインは遺書にしたためていた。遺体は荼毘にふされ、遺志に従って、灰は近くのデラウェア川に流された。従って、もちろん墓はない。

 さて最近、アインシュタインの宗教観を如実に示す決定的な手紙が公表された。
【ロンドン13日時事】
「宗教は子どもじみた迷信にすぎない」。物理学者アインシュタインが知人にあてた私信で、自身の宗教観をこう表現していたことが明らかになった。この手紙は今週、ロンドンで競売に出される。落札額は8000ポンド(約160万円)と見積もられている。

 ドイツ語で書かれた手紙は1954年1月3日付。宗教に関する著書を贈呈された哲学者エリック・グートキンド氏への返信で、アインシュタインは
「わたしにとって『神』という言葉は人間の弱さの産物という以上の何物も意味しない。聖書は原始的な言い伝えで、非常に子どもっぽい」
と述べた。

 アインシュタインはユダヤ系だが、ユダヤ教の選民思想も否定する見解を示している。



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