2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
『続・大日本帝国の痼疾』(47)

自由民権運動(1)―なぜいま自由民権か


 人民の真の人間解放を阻害している元凶は「民 主主義」である。この欺瞞に満ちた制度をありが たがっている圧倒的多数の脳天気な「教科書民主 主義者」が支配―被支配を基軸とする社会構造を 支えている。流布されている言説の圧倒的多数も 「教科書民主主義」を根拠として立論されていて、 うんざりする。

(「教科書民主主義」については 「民主主義とは何か」  および 「選挙について」 をお読みください。)

 しかしそんな脳天気な論者ばかりではない。 「民主主義」の欺瞞性を見据えている論者も いる。最近であった言説三つ。

『民主制には、形式的には明らかに政治参加への 道が開かれているにもかかわらず、疎外感をも つ者が現れる奇妙な構造があります。民主制の中 で求められている代表者とは、人民の利益を普 遍的に代表するリーダーです。ところが現実の代 表者は必ず特殊な利害の代表者でしかないです ね。理念上は人民の理念を普遍的に代表しなけれ ばならないが、実際の代表者は常に特定の利害 を代表している。ここに不可避に乖離が生じます。 この乖離は、言わば、代表性に孚まれる必然的な 欺瞞です。』
(大澤真幸「代議制のパラドックス」)」

 「民主主義」の欺瞞が「必然的な欺瞞」だとし たら、その隘路を抜け出す方途が追求されなけれ ばならない。そのような方途は果たしてあるのか。

『代表民主主義の原則だけからいえば、すべての 成人男女に平等な選挙権が与えられ、選挙とその あとの代表者たちによる議決のやり方がいちおう ルールに合致しているかぎり、その決定はそれぞ れの時点で至上の権能をもつにいたります。何年 かに一度の選挙権が行使できる、ということとひ き換えに、選んだ代表の決定に参加した、という 名目が立てられ、だからその代表者がおこなう決 定には、多少の苦痛がともなう場合にも自分らの 責任なんだから仕方がない、といったギマン的な 理屈が立てられます。』
『「みずからが責任を負う苦痛は増えても仕方が ない」とわたしがいったのは、このようなバカげ た理屈を支持するためではおよそないのです。代 表民主主義と呼ばれるような制度が、歴史の進歩 を確保してゆくためには、選挙というおりおりの 行為の他に、その制度がもたらす、いわれのない 苦痛(内外への)を減らそうと決意して、その決 意のためにはみずから苦痛を負う覚悟の人々が、 少なからず出てこなければならないのです。』

(市井三郎「思想からみた明治維新」)」

 自らを省みて、自分が「その制度がもたらす、 いわれのない苦痛(内外への)を減らそうと決 意して、その決意のためにはみずから苦痛を負 う覚悟の人々」の一人ではないことに忸怩たる 思いを禁じ得ないが、せめて、そのようは人々 の勇気ある行動に対する大いなる支持と共感を 表白したい。その「覚悟の人々」の行動をこそ、 私は「非暴力直接行動」と呼んできた。

 2006/10/18(水)付けの「今日の話題」で書いたこ とを再録する。

 労働組合のストライキを初めとする各種の運動、 大衆が主体となって行う各種の市民運動、集会、 ライブ、デモ、座り込み、ハンガーストライキ…。 「日の丸・君が代の強制」に対する不起立も権力が 恐れている「非暴力直接行動」です。  「非暴力直接行動」を権力はひどく恐れる。 大日本帝国時代、労働運動はもとより、単なる言 論集会でさえ容赦なく弾圧された。権力者の恐怖 のほどがわかる。

 もちろん、よりソフトで巧妙になったとはいえ、 現在でも言論弾圧は行われている。一部のマスコミ を除いて、テレビ・大新聞などのマスゴミは自主 規制という全面屈服をしている。集会・デモに対 しても公安警察の監視やいやがらせも目につく。 あからさまな弾圧もある。ビラを配っただけで逮 捕とか、ごく普通のデモで逮捕された人もいる。

『今の日本ではすべて反動政策も軍事化路線も民 主主義の名によって推進されている。決して民意 を正しく反映しているとはいえない選挙によって も、いったん合法的に政権を握ったものはオール マイティであるかのようにふるまう。現在の民主 主義は事実として名目的多数派の専制の道具にな りさがっている。国民が主権者であるといっても、 それは四年に一度の選挙の時だけであって、翌日 からはまた無力な被治者に戻ってしまう。』
(色川大吉「自由民権」)

 色川さんは更に続けて言う。

 自由民権家たちが命を賭してたたかったのは、 こういう民主主義のためではなかった。もっと一 人一人の人民の意志が尊重される制度であり、徳 性の高い理想であった。

 そもそも民主主義の基本原理とは何であったの か。民権家たちはそれを人民による政治、つまり 代執行者たちによる人民のための政治ではない、 人民自身の参加による 人民のための政治だと考え た。それがあの情熱的な各地域での政治活動や国 会開設運動の嵐をよび起したのである。

 民権家たちは民主主義を単なる投票行動に限定 していない。政府(権力の保持者)は必ず悪を なすものだという哲学を持っていた彼らは、人民 によるたえざる監視と批判活動をこそ民主政治の 不可欠の条件だと考えていた。したがって、その 批判の条件は最大限に保障されていなくてはなら ない。 人民の言論、集会、出版の自由権や悪政府 にたいする弾劾権、抵抗権を保障していないよう な民主制は、みせかけの欺瞞であり、人民による 政治の原理に反する。

 自由民権の激化事件といわれているものは、そ うした信念を行動にあらわしたものであり、私は 正しくは 「抵抗権行使事件」 とよぶべきだと考える。自由民権運動は専制政府 の苛烈な弾圧とたたかって遂行されたものだけに、 現代の微温的な一括委任方式の民主制や形骸化さ れた管理民主主義に原理的な反省を迫る力をもつ。

 とくに秩父蜂起が提起した社会的平等やコミュ ーンの思想の問題は、現代民主主義と市民社会に 欠落している部分を照らしだす光を失ってい ない。秩父事件こそ自由民権運動全体を足元から 照らしだす光源であったばかりでなく、現代 の閉塞状況におかれた若者の心を刺し貫ぬく衝迫 力を持っている。

(中略)

 明治の民権家は、天皇制の独特な人民支配 の差別と疎外の構造を、その枠組を破ってト ータルに認識することに失敗した。このことは政 治的天皇制が廃棄された現在でも、まだ克服 されておらず、新たな内外人民への抑圧と差別の 現構造の中にひきつがれている。

 憲法問題や防衛問題はもちろんのこと、人権や 民主主義の原理の問題、土着的、人民的抵抗 の思想化の問題、脱亜入欧の問題、天皇制の問題 など、 自由民権運動の敗北のあと、幾度もの 歴史的な試練を経ながら未解決のままに残された ことがらはあまりにも多い。その意味でも自 由民権運動はまだ終ってはいない。「歴史」とし て完結しておらず、現代の私たちに切実な課 題としてひきつがれている。



 自由民権運動は終わっていない。それは 「沈静にあらずして潜伏なりき。」

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