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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
『続・大日本帝国の痼疾』(17)

明治初年一揆・騒動


 1869(明治2)年5月18日 五稜郭開城。戊辰戦争終わる。

 戊辰戦争が鎮静化するとともに、維新政権は、 いまだ不安定ながらもその本質を徐々に明ら かにしていった。それにともなって民衆闘争も 大きく変化していった。1869~71(明治2~4)年 の騒動は数においては漸減しつつあったが、 個々の騒動は激化しつつあり、決して停滞の途を 進んでいたわけではなかった。「殺人・家毎打潰 ・目当次第打ちこわし・火附強盗・無分別の打ち こわし・焼きうち」と表現されるような激しい方 法をとる場合も少なくなかった。次の各地での 騒動が特に激しかったようである。

69年 信州会田・同上田・日向の騒動
70年 信州善光寺・同中野の騒動
71年 三河大浜・福山の騒動

 この騒動の過激化は、推新政権の軍隊出動によ る強圧的鎮圧に対応したものだったことは言うま でもない。

 明治初期の騒動の大きな変化の一つは、新政府 の政策にたいする反対が主題となったことである。 その要求項目は多岐にわたっている。

租税制度反対
 69年 梅村騒動

年貢納入法改善要求
 70年 信州中野騒動・足助騒動
 71年 福島四郡騒動

社倉制度反対
 69年 品川門訴

貨幣問題解決要求
 贋金問題 69年 笠松県、信州、糸魚川の各騒動
      70年 松代騒動
 藩札問題 69年 豊後岡騒動

村役人の廃止・削減
 69年 丹波篠山、信州上田・信州会田の各騒動
 70年 豊後府内騒動

商法会社・商法司政策反対
 69年 豊後岡騒動
 70年 信州松田・中野の各騒動

宗教政策反対
 71年 三河大浜・広島武一騒動

藩主引き留め
 71年 武一・福山騒動

 抵抗の矛先を間違えた情けない騒動もあった。 71年3月に「穢多・非人などの称の禁止令」が出て いるが、71年10月の生野県の農民騒動では、地租改 正反対とともに、「穢多・非人の解放」に反対して いる。

 以下、1869~71(明治2~4)年の騒動を 要求項目別に要約する。

《ほとんど全ての騒動に共通したもの》

年貢減免・救米要求
 69年 笠松県・郡上郡・丹波篠山・摂津三田藩・ 信州上田・豊後岡藩・庄内天狗
 70年 信州松代・同須坂・同中野・三河足助・ 伊予六千石・同野村・豊後府内藩

質地質物受け戻し借金返済の猶予・免除等の要求
 69年 美濃郡上郡・多岐郡養老山下・丹波篠山 ・信州上田・日向・同細島
 70年 伊予野村・同三間・豊後府内藩

米価をはじめ物価引き下げ要求
 69年丹波篠山・信州会田・日向細島・豊後岡藩・ 糸魚川
 70年 豊後府内
 71年 福島四郡騒動。

小作料についての要求
 69年 多芸郡養老山下・丹波篠山藩・摂津東 天川・同三田・同川辺郡・三年信州松代。

《上記以外の要求項目》

高利引き下げ要求
 69年 信州会田・日向細島・伊予野村。

御用金反対
 69年 摂津東天川騒動

村役人入札制要求
 69年 信州上田騒動

町役人罷免・農兵免除要求
 69年 豊後岡藩騒動

村役人不正追及
 69年 摂津東天川・伊予野村騒動

新課税反対
 71年 武一騒動

職人貸銀公定要求
 70年伊予野村騒動

 特異なものとして「異国人に対する排斥運動」 としての騒動がある。
 69年 丹波篠山藩
 71年 武一・福山騒動

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