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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
『大日本帝国の痼疾』(17)

佐藤信淵の海防論


 幕末の志士たちの思想に影響を与えた人とし て、近藤さんは佐藤信淵(のぶひろ)を取り上げ ている。信淵は既に1823(文政6)年に「混同秘策」 の中で蝦夷地の重要性を説く海防論を展開している。 信淵が諸藩を遊説してまわっているが、その経綸を うけいれた数少ない地域が四国であるという。竜馬 が信淵におおいに影響を受けたことが推測される。 当然、「秘訣」の作者もその影響を受けていたの だろう。

 我奥羽及ビ古志等ノ諸州、米穀ヲ生ズルコト 甚ダ夥クシテ、恒ニ食余ノ腐朽スルヲ憂フ。有余 ヲ移シテ不贍(たら)ヲ救フハ即チ 産霊ノ法教ナリ。今此北州ノ余米ヲ運送シテ蝦夷 国ノ諸港二積蓄へ、青森省ト仙台省ヨリ軍船ト人 数ヲ出シ、蝦夷ノ諸島二於テ水軍ノ戦法ヲ操練シ、 且此人ヲ以テ漸々ニ唐太島ノ北境ヲ開キ、此地ニ 越年セシメテ能ク寒地ノ風土ニ馴習ハシ、別二清 官及ビ伶俐ナル商官等ヲ遣ハシテ彼国の土人ト交易 ヲ通ゼシメ、厚ク酒食等ヲ施シテ土地ノ夷狄ヲ悦バ シ、産霊ノ法教ヲ説示シテ益々土人ヲ教化帰服セシ メ、次第ニ黒竜江ニ近寄テ大ニ恩徳ヲ施シ、利ヲ与 へ物ヲ恵ミテ多クノ米穀ヲ輸送シ、交易ト云フト雖 ドモ利分二拘ハルコト無ク、醇酒ト美食トヲ贈テ彼 土ノ居人ヲ撫スベシ

 平田神道の中核である「産霊(むすひ)」という 宗教的ターム ― 信淵にあってそれは〈自然〉 の生産力総体を意味しており、より合理的に解 釈している ― にとらわれなければ、ここでいわ れていることは明瞭である。蝦夷地を戦略拠点にし て、「蛮土を圧領する」具体的な構想がはっきりと えがかれている。蝦夷→樺太→黒竜江→満州そし て中国(朝鮮もはいる)への経路が軍事的な作戦計 画として語られている。「此書ハ先ヅ支那国ヲ取ベ キノ方略ヲ詳カニス」とあるように、ロシアは 『「クナジリ」・「エトロプ」等ノ諸島ハ、魯西 亜ノ属島ト犬牙相錯リ、呼号相違ス』という程度 の仮想敵国であり、直接の経路の対象となっていな い。これは、本書が和親条約にさきだつこと31年 前の文政6(1823)年に成立していることと 関連してくるが、この前後の時期は、文化年間の フェートン号事件あたりから列強の圧迫はロシア よりもイギリス帝国主義が優位を占める情勢にあ ったからといえよう。

 しかし注意すべきは、信淵のリアルな構想があく まで一個の構想にとどまっていたということである。 それは防衛のレベルをはるかに超えているが、その 「侵略」は空想にすぎない。じつさいにアジアを侵 略しているのは欧米列強であって(信淵が重要視し た満州黒竜江地方は、ペルリ艦隊が浦賀に来航した 前年(1852)ロシアが獲得した)、当時の日本は信 淵の時代も竜馬と「秘訣」の時代も海外に植民地を 所有していない。それは後年の明治政府がおこなっ た侵略とは区別されねばならない。つまり幕末期 の彼らの構想は誇大妄想狂の夢であって、なんら 現実性を帯びたものではなかった。

 くりかえしていえば、その誇大妄想は、帝国主 義的外圧そのものが惹起させた弱小国のまったく 正常な反応にほかならない。しかも信淵の構想し た軍事的な大陸経略はストレートに実現すべき計 画ではなく、あたかも昭和の超国家主義者が国内 改造運動を優先したように、三台・六府の制度と いうユートピア的国家機構の創設を俟ってはじめ て可能となるものであった。

 若夫自国ノ運動猶癱瘓(たんたん) スルガ如キハ、豈ニ他邦ヲ征スルニ遑アラン哉。 東西両京既立チ、十四ノ省府モ既二設ケ、経済大 典ノ法教既二行ハレ、総国ノ人民既二安ク、物産 盛ニ開ケ、貨財多ク貯へ、兵糧満溢シ、武器鋭利 ニ、船舶既ニ裕足シ、軍卒既二精煉シ、而後二肇 テ海外二事アルべシ

 にもかかわらず信淵の構想には、明治維新後の 日本軍国主義の進路を予言した側面がある。それ は、兆民のえがいたアジア主義者「豪傑君」の経 綸に、そして石原莞爾が理想とした「王道楽土」、 「五族協和」の思想に、遠くつながっている。明 治20年に「酔人」の古風な空想にすぎなかったも のが、昭和7年には関東軍の新しい「科学」にもと づく満州国へと結実した。

 しかし「秘訣」にみえる軍事国家の断片的イメ ージは、徹底して非宗教的な権力(暴力)支配の 論理に支えられており、信淵の構想が儒教的仁政 主義によるイデオロギー支配にうらづけられてい るのとは、異なっている。「秘訣」にあって「天 文を覚り、地理を握る」ことは、「人意を併呑す る一術」なのだが、信淵にあっては、「万国ノ地 理ヲ明弁」することは、「世界万国ノ蒼生ヲ救済 スル」という使命感からなのである。
「外国を攻るにも、其国にて米蔵は必ずあるもの 也。是に先づ眼を付けて奪取工夫すべし」
という「秘訣」は、「混同秘策」にいう「利ヲ与 へ物ヲ恵ミテ多クノ米穀ヲ輸送シ、交易ト云フト 雖モ利分二拘ハルコト無ク」という慈恵政策とは、 まったくちがった支配の姿勢である。
信淵にとって外国(満州)経略の動機さえ、 満州人は古来より食糧になやんでいる、ところが 支那はこれを救済せずに放置し、草根木皮や牛馬 の乳汁に甘んじさせている、
「夫レ草木ヲ食ヒ馬渡ヲ飲ムハ此豈ニ人ノ恒性ナ ランヤ。人類ハ悉ク天地之子也。人類ニシテ粒食 二艱ムヲ愍恤セザルベケン乎。故二皇国ノ有余ヲ 遷シテ彼土ノ不足ヲ救フ、固ヨリ天意ヲ奉行スル ナリ」
というところに求められた。

 当時の満州の実態がいかなるものであれ、また 右のような動機がどれほど虫のいい、押しつけ がましい態度に根ざしたものであれ、そこに悪意 はない。このような善意のヒユーマニズムは、
「天下万民を救ふといふ名あれば、恥る所なし」
とする「秘訣」の書き手が解体したところのもの である。だが「秘訣」のニヒリズムは名分論の裏 返しにすぎないのだ。

 この外国に対して押しつけがましいお節介が出て くる淵源はその宗教的な妄想自慢史観にある。 「混同秘策」の冒頭は次のようである。

 皇大御国(すめらおふみくに)は大地の最初に成 れる国にして世界万国の根本なり。故に能く根本を 経緯するときは、則ち全世界悉く郡県と為すべく、 万国の君長皆臣僕と為すべし。

 この夜郎自大ぶりは今もなお「愛国者」の頭脳を 侵食していて折りにふれて露出してくる。森喜朗の 「神の国」発言はその典型である。

 ここで思い出したことがある。 斎藤貴男さんの『「非国民」のすすめ』(『創』12 月号所収)から引用する。

 防衛庁が防衛「省」へと格上げされ、自衛隊の海 外活動が本来任務に位置づけられたのは今年の1月 だ。この7月にまとめられた2007年版『防衛自書』 は、そこで勘違い丸出しの奇書に仕上がっていた。

 この国土はわれわれの祖先の住んだところであ り、またわれわれの子孫の住むところである。わ れわれは、長い歴史、独特の文化と伝統を誇って いるが、この国土はさらに育成されて栄えていか なければならないところでもある。われわれは日 本国民であることに誇りを持ち、この国土に愛着 を感じる。

 われわれは、わが国土はもちろん、言語風俗、 生活体系、歴史伝統、文芸、思想等を遠い昔から 受け継いできた。これらの国民的な財産は、わが 祖先がここに住みかつ勤め励んで、築き、われわ れに残してくれたものである。これらは過去から の長い歴史を通じて、それぞれの時代の国民の努 力によって積み上げられた成果であり、また、将 来もこの努力は続けられるであろう。

(中略)

 この国を守ることはわれわれ一人一人が担うも のであり、これにわれわれの努力の成果を積み上 げて次の世代に送るのでなければその務めを果た し得たということはできない

 何を力み返っているのか知らないが、余計なお世 話である。そんなことは人それぞれが勝手に考えた り考えなかったりしていればよいのであって、要は 必要悪として存在が許されているのに過ぎない政府、 いわんや軍事組織ごときに説教される筋合いなど、 これっぽっちもない。あってたまるものか。

 自ら愛国者を気取り、同じ価値観を他者に押し付 けたがる手合いほど安っぽいものはない。はたして 目下の防衛省の惨状がある。

 「防衛白書」はいまにも「皇大御国は大地の最初 に成れる国にして世界万国の根本なり。」と言い出 したそうじゃないか。「全世界悉く郡県と為すべく、 万国の君長皆臣僕と為すべし。」と、相変わらず 他国に侵略していく大日本帝国皇軍の体質を継承し ているのではないかと危ぶまれる。ただし今のところ はアメリカに追従・隷属してのお節介だから、 「皇大御国」は陰に隠れて、「アメリカは世界万 国の根本なり。」というところか。

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