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第786回 2007/05/04(金)

「真説・古代史」補充編

「神代紀」再論:考古学が指し差すところ


 シュリーマンのトロイ遺跡の発見は神話の記述と考古学の成 果が一致したことを示した。つまり、神話は歴史的事実をもと にして描かれていることを明らかにした。このことはギリシャ 神話に限ることだろうか。

 そんなはずはない。人間は全くの白紙状態からは何の想像も生み出す ことはできない。どんな荒唐無稽なフィクションも何らかの体 験がもとになっている。もちろんここでいう体験とは実生活に おける現実の体験に限らない。他者からの伝聞や映画・ドラマ ・読書などによる見聞や追体験も含めた意味の体験を意味する。

 そして神話の場合は全くの荒唐無稽ではありえない。氏族 あるいは部族の集団的記憶にマッチするという正当性がなけれ ば、その集団の物語として受け入れられないし、広く流布する はずもない。当然その集団の歴史的な事実をふまえたものでな ければならない。ならば逆に考古学の中にも神話の痕跡が 現れるのも当然なことだろう。

 記紀の神話の解読も考古学(時には地質学も)との一致に よってこそ、その正当性が保証される。しかし、多くの考古 学者は記紀や風土記や伝承には無頓着のようだ。古田さんは 『今の考古学者や教科書は、「神話・伝承オンチ」「記紀神 話オンチ」「風土記神話オンチ」』 (「古代史の未来」より)と手厳しい。

 では逆に、『記紀』の神話から歴史を掘り起こしている古田 さんの古代史は考古学や地質学と一致するのだろうか。 『天皇制の基盤を撃つ―真説・古代史』ではこの点については 詳しくは触れなかったので、改めて補充しようと思う。

 もう一つこれを機会に、考古学者による神話解読、という よりはアカデミズムという呪縛の中での思考の典型として、 森浩一さんの『日本神話の考古学』を読むことにする。 そして、森さんの解読と古田さんの解読との対比を通して、 古代史の真実をより深く掘り下げることを試みたい。

 まず、『大八洲(おおやしま)』の問題から。

 次の図はともに日本書紀の本文に現れる地名を地図上に比定 したもので、上が古田さん、下が森さんによるものだ。





 まずすぐに気がつく大きな違いの一つは「筑紫洲」だ。 古田さんが福岡県(網掛け部分)とするのに対して、森さんは 九州全体としている。それぞれがそのように比定する論理的根 拠を比べる前に、考古学・地質学上の事実を指摘しておきたい。

 1975年頃から鹿児島県で縄文時代草創期の遺跡が次々と発掘 されてきている。そのうちの2例を挙げてみる。

1975年 栫ノ原(かこいのはら)遺跡
 炉跡(ろあと)、集石(しゅうせき)、煙道付き炉穴 (えんどうつきろあな(連穴土坑(れんけつどこう))など の遺構や、隆帯文(りゅうたいもん)土器が約1000点、石鏃 (せきぞく)、磨製石斧(ませいせきふ)(磨いてある石斧) などが発見された。この遺跡は南九州を代表する縄文時代 草創期の遺跡として、1997年に国の史跡に指定された。

1990年 掃除山(そうじやま)遺跡
 桜島が噴出した薩摩火山灰(約11,500年前) 層の下から、大量の遺物とともに2軒の竪穴住居跡や屋外炉、 蒸し焼き調理場(集石)や燻製(くんせい)施設(炉穴(ろ けつ))など種々の調理場の整った集落が発見された。旧石 器時代が終わり、縄文時代が始まった直後の鹿児島の地には、 すでに定住のきざしが見える集落が誕生していたことが判明 した。

 縄文文化は「東高西低」という従来の常識を覆すとともに、 鹿児島にはすでに縄文時代草創期に定住集落圏があったことを 示している。

(以下「古代史の未来」による。)

 また、掃除山遺跡は桜島の噴出した薩摩火山灰層の下から 発掘されたとあるが、それより以前約12,000年前に、西日本 全域に大きな被害をもたらした大噴火があった。鬼界カルデ ラと呼ばれている硫黄島の噴火である。鹿児島県東部や宮崎 県の人たちは、そのときの火山灰を「アカホヤ火山灰」と呼 んでいる。

 その火山研究の結果、次の地図Aのような「アカホヤ火山灰」 による被害の程度が明らかになった。 (町田洋氏による地図。「縄文文化の先進地!鹿児島」で新東 晃一氏が引用)



 鬼界カルデラを中心とする卵形の部分は火砕流により住民が 即時に全員死亡した地域。次の鹿児島県北部-高 知県足摺岬を結ぶ線の範囲内は30cm以上の火山灰が積もった地域 で壊滅状態。次の実線は20cm線であり、20cm~30cmの範囲での 生死の確率は5割ほどであった。その実線の外側、20cm以下の 地域では死者を出すほどの被害はほとんどなかった。

 次の地図Bは鹿児島での最近の発掘調査も加えた「アカホヤ 火山灰降灰以前の縄文土器分布図」(新東晃一氏による)である。



 地図Bの実線部分内の地域から地図Aの火山灰20cm以上の範囲の 地域を除いてみてください。「B-A」。これは「アカホヤ火山灰」の被害を ほとんど受けずに、縄文文化をそのまま継承できた地域というこ とになる。

九州……長崎県、佐賀県、福岡県
中国地方……山口県(2/3ほど)、島根県、鳥取県(西半分ほど)

 それぞれ筑紫(福岡県)・出雲(島根県)を中心とした地域で ある。そう、記紀神話の舞台だ。古事記の神話に出てくる地名の 頻度は一位が出雲で、二位が筑紫。日本書紀ではその逆となって いる。これに「アカホヤ火山灰」による被害が半壊ぐらいで 生き伸びた地域を加えると、「大八洲」の舞台ということに なる。

 記紀神話は弥生文化の所産だから、上の事実は同時に、 縄文文化の長い蓄積のうえに弥生文化が花開いたことをも 示している。

 さて、考古学・地質学は「筑紫洲」が九州全域ではなく、 福岡県であることを指し示している。


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