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第784回 2007/04/30(月)

「真説・古代史」補充編

オノゴロ島はどこか(1)


オノコロ島

 この写真は何でしょうか?
 九州旅行で撮ったオモシロ写真です。宮崎県は高千穂の渓谷に ある周囲100メートルぐらいの池。その中にある長さ2メートルほ どの島?です。

 これ、オノゴロ島だそうです。中央に立っている石碑は「天御柱」 のようです。観光客の皆さんはガイドさん の話を感心して聞いていましたが、私は笑っちゃいました。

 記紀の神話は、ヤマト王権がその正当性を主張し、出自に箔をつけ るために、九州王朝から剽窃改竄したものです。宮崎県の高千穂には 天岩戸神社までありますが、天孫降臨の地とされる高千穂にオノゴロ 島も天岩屋もあるなんて、それだけで噴飯ものです。もともと北九州 を舞台とする神話の舞台を、なにがなんでも宮崎県の高千穂に求めよ うとするから、このようなマンガ的な比定をすることになってしま う。でも、圧倒的多数の人に「宮崎県は神話の国」という壮大なウソ が染み込んでいる。

 ところで、『388 天皇制の基盤を撃つ ― 真説・古代史(41) 「アマクニ」の聖地「天の岩屋」』(2005年10月3日)で古田さん は、アマクニの聖地「天の岩屋」は沖ノ島であることを五つの理由を あげて論証していることを紹介した。その五番目の理由に曰く

『その理由の第五は、はじめにあげた『古事記』の文章だ。 イザナギ・イザナミは、国生みを終えて出発点に帰ってきた。 そこは、つぎの「オノゴロ島」問題でハッキリするように、 博多湾岸のそばだ。――そして今、「天国」の六つの島を眺望 しよう。もっともそこ(博多湾岸)に近い島、それがこの 沖ノ島だ。』

 私はそこで『古田さんは続けて「オノゴロ島」問題を論じているが、 私はそれを割愛して「最古王朝の政治地図」の完成を急ごうと思う。』 と書いて、「オノゴロ島」のことをはしょってしまった。

 しかし、インチキ「オノロゴ島」を見てしまった今、「オノゴロ 島」問題を改めて取り上げようと思い直したのでした。

 まず、「オノゴロ島」ってなんでしょうか。古事記の国生みの段 に出てくる。

『ここに天つ神諸(もろもろ)の命(みこと)もちて、伊邪那岐命、伊邪 郵美命、二柱の神に、「この漂へる国を修(おさ)め理(つく)り固め成 せ。」と詔りて、天の沼矛(ぬぼこ)を賜ひて、言依(ことよ)さしたま ひき。故(かれ)、二柱の神、天の浮橋に立たして、その沼矛を指し下 ろして晝(か)きたまへば、塩こをろこをろに晝き鳴(な)して引き上げ たまふ時、その矛の末(さき)より垂(しただ)り落つる塩、累(かさ)な り積もりて島と成りき。これ淤能碁呂島(おのごろじま)なり。その島 に天降りまして、天の御柱を見立て、八尋殿を見立てたまひき。』

 イザナギとイザナミは、このオノゴロ島を基点にして「まぐわい (婚)」により次々に国を生んでいく。いわゆる大八洲国。この大 八洲国の古田さんによる解明は、すでに 「真説・古代史(3)」 で取り上げた。その国生みの本質は次のようであった。

 イザナギ・イザナミがオノゴロ島を基点に行なった「国生み」は
『暁の太陽が東方に昇って、徐々に西方へと光をのばし、やがて朝の 全域にてりかがやくように、大八洲国の中の「東限」なる、幽冥の地 〝淡路島から″国を生みはじめ、還り来って「天の両屋」つまり博多 湾の東北方なる沖ノ島を生んで、国生みを終結した。』

 さて、オノゴロ島は何処だろうか。

 考古学者・森浩一さんは「日本神話の考古学」で次のように述べて いる。

『男女二神のオノコロ島づくりは……“コオロコオロ”と塩の結晶を 道具でかきまぜる音まで入れて、取り入れられている。』

『このように製塩の情景を思い浮かべると、男女二神は製塩技術にも たけていたか、あるいはそのような仕事を日ごろ見なれている海人系 として扱われているのである。……「記・紀」の展開では、オノコロ 島は男女二神の“まぐわい”(婚)の場として必要であった。』

 つまり、オノゴロ島は塩をかき混ぜる音から擬音的につけられた 名前であり、話しの展開の都合で必要とさてた観念上の島であり、 実在の島ではないと考えている。

 〝潮の鳴る音″から名づけたという学者もいる。あるいは〝自から 凝(こ)る″の意味からの命名だと言う学者もいる。

 これらの説は、
『一切の先入観を排し、まず原文全体の表記のルールを見出す。つぎ にそのルールによって問題の一つ一つの部分を解読する。』
という古田さんの研究方法から見れば、論証抜きの恣意的な説に 過ぎない。

 『記・紀』の地名説話では〝話の筋にあわせて地名を創作した” ような形跡はほとんど認めることができない。逆に、現存地名をも とにして、それと似た音やゴロあわせを基にして説話を創作して いる。それが『記・紀』の地名説話のルールだ。つまり、創作対象 は「説話」であって、「地名」ではない。

 また、次のように説く学者もいる。

『おしてるや 難波の崎よ 出で立ちて わが国見れば 淡島  淤能碁呂島 檳榔(あじまき)の島もみゆ 放(さ)けつ島見ゆ』
  この仁徳記(古事記、日本書紀にはない。)の歌から、「オノゴ ロ島」は淡路島周辺の島であると言う。この説に対して、古田さん は次のように批判している。


 この仁徳の歌は、もしかりにこれが仁徳時点の歌だったとしても、 たかだか仁徳時代(五世紀ころ)の、近畿天皇家内の認識を示すも のにすぎない。もはや「伝承の原義」は見失われ、〝近畿中心主義 の観念″に立って、「オノゴロ島」を淡路島の近辺と〝錯覚″した のである。

 「オノゴロ島」伝承はきわめて古い。それは『書紀』の一書とし て引かれた「日本旧記」の中に、大八洲国生み説話をともなわぬ単 一の形で三回(第四段、第三、第四、第五、一書)も出現している。 すなわち、「大八洲国、国生み神話」より、その淵源が古いのであ る。

 それでは古田さんはオノゴロ島を何処に比定しているのだろうか。 結論を先に言えば、それは博多湾内にある「能古(のこの)島」である。 その結論に至る論証を、次回、追ってみよう。
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第783回 2007/04/27(金)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(16)

「ファシズム」運動の社会的担い手


 「ファシズム」再論(12) で紹介したように、丸山さんはファシズム運動の社会的担い手 を「小ブルジョア層」ないし「中間層」として、それを 二つの類型に分けて論じた。

 第一類型
 小工場主、町工場の親方、土建請負業者、小売商の店主、大工 棟梁、小地主、乃至自作農上層、学校教員、殊に小学校・青年学校 の教員、村役場の吏員・役員、その他一般の下級官吏、僧侶、神官、 というような社会層

 第二類型
 都市におけるサラリーマン階級、いわゆる文化人乃至ジャーナリス ト、その他自由知織職業者(教授とか弁護士とか)及び学生層

 そして、ドイツやイタリアでは第二類型の知識人・学生が大きな 積極的役割を果したのに較べて、日本では第一類型の中間階級が 運動の積極的な担い手となり、「ファッショ的」国家支配の下士官 的役割をも果した、と主張している。「知識人・学生などのインテリ に関しては、次のように述べている。

『ドイツなどではともかく一流の学者教授がナチの基礎づけをやった わけですが、日本ではどうでしょう。むろんファッショのお先棒をか ついだ学者もありましたが、まず普通は表面はともかく、腹の中では 馬鹿馬鹿しいという感じの方が強かったようであります。』

『……インテリは日本においてはむろん明確に反ファッショ的態度 を最後まで貫徹し、積極的に表明した者は比較的少く、多くはファ シズムに適応し追随しはしましたが、他方においては決して積極的 なファシズム運動の主張者乃至推進者ではなかった。むしろ気分的 には全体としてファシズム運動に対して嫌悪の感情をもち、消極的 抵抗をさえ行っていたのではないかと思います。これは日本のファ シズムにみられる非常に顕著な特質であります。』

 このような主張が随所でみられるという。この見解に対して、 滝村さんは次のように手厳しく批判する。

 ここでは、すでにすっかりおなじみになったラスウェル流の権力 =心理的服従説が、
<いわば面従腹背で、「ファシズム」や「ファシスト」権力に腹の 底から同調し服従していたわけではないから、「ファシズム」の思 想的同調者や「ファシスト」の協力者ではなかった>
という具合に、戦前・戦中の左翼的・進歩的知識人の戦争協力と 「ファシズム」責任を、ゴマかし、それをそっくり、先の日本 的中間層を戴く一般庶民大衆の側に、転嫁するための道具として使 われている。

 全くとんでもない野郎だが、インチキ理論によるインチキな自己 【と同類の知識人の】弁解なんて、シャレにもならない。

 しかし特定の人物の思想的本質は、彼が心の中という広い精神 の片隅に密閉していたかもしれない、一粒の大事な思いなどによっ てではなく、彼が実際に活動した、その客観的な社会的性格によっ て判定さるべきであろう。腹の中でどう思っていようが、彼らが学 者・知識人としての学識・筆力と影響力のすべてを縦横に駆使し て、「ファシズム」思想の紹介とその正当性を高唱した多数の著 書・論文を公表し、さらに軍事官僚や革新官僚の内外国家政策の理 念的意義づけと立案に、積極的に参画したとすれば、彼らはドイツ におけるC・シュミットやO・ケルロイターなどと全く同様、まざ れもなく「ファシズム」学者・思想家であり、「ファシスト」への 協力者に他ならない。

 それにもう一つ、忘れてはならないことが.ある。「ファシズム」 は、少なくともその根本理念と思想的骨格に関する限り、先行者ム ッソリーニの試行と経験を大きく止揚する形で、ヒットラー一個の 思想的独創によって生み出された。ところがわが国の場合、「日本 ファシズム」の政治的中枢をなした軍事官僚や革新官僚が、軍人な いし官僚として包懐していた素朴な国家主義的意識に、「ファシズ ム」思想としての理論的骨格と体系的連関を与えたのは、通俗マル クス主義や「左翼転向者」であった。そしてさらに、彼らと思想的 にも人脈的にも錯綜するが、当時左翼的・進歩的知識人を代表した 大学教師、名指していえばとくに東京帝大・東京商科大(一橋大) を中心とした、多数の経済学者・社会学者・歴史学者・政治学者た ちが、これに直接間接に協力したことを忘れるわけにはいかない。

 この意味で、彼らの「ファシズム」責任たるや、極めて大なので ある。ついでに附言しておけば、天皇制イデオロギーとしての「国 体論」自体の、「ファシズム」的改作を断行【とくに『臣民の道』 をみよ】したのも、通俗マルクス主義の影響をうけた革新官僚や 「左翼転向者」であった。

 第一類型の中間層が「ファシズム」国家的支配の下士官的役割を 果したことの理由を、丸山さんは、彼ら中間層の国内的地位が、当 時の日本の国際的地位と大変よく似ていたことからくる共感に求 めている。

 これに対して滝村さんは、「この間題を解くには、かなりやっか いな実証史的作業が必要」といい、丸山さんのような機能主義的・ 現象論的レヴェルでのアナロジーにもとづく解釈ですむ問題ではないと 指摘している。

 さらに、日本的中間層を一括して同じ類型として扱うこと自体が 誤っているとし、階級・階層としての社会的存在形態における差異 と共通性から、次のように二つの部分に区別さるべきであると言う。

(1)
 「小工場主、町工場の親方、土建請負業者、小売商店の店主、大工 の棟梁」などの、いわゆる商工自営業者と「小地主、乃至自作農上 層」

(2)
 「学校教員、殊に小学校・青年学校の教員、村役場の吏員・役員、 その他一般の下級官吏、僧侶、神官」


 前者の商工自営業者は、資金・規模・技術などあらゆる点で、同 一産業・業種の大資本に、とうてい太刀打ちできない。従って、資 本制的な自由経済の競争原理が峻厳に貫徹されれば、その大部分は 自然淘汰されかねない必然性を、内包している。ということは、か なり強力な国家的保護が彼らの存在に必要であること、とりわけ資 金融資や税制上の特別優遇措置が、継続的に施行されない限り、彼 らが生き残れないことを意味している。そしてこのことは、小地主 や自作農についてもほぼあてはまる。

 ドイツやイタリーでは、「ファシスト」政治組織【ナチ党や国家 ファシスト党】は、商工自営業者・職人や農民からの支援を獲得す るため彼らの保護・援助政策を公約し、政権奪取後はそれなりに実 行したが、わが国の場合、国家的保護といえるような政策は、農民 層に対してだけであって、商工自営業者については殆んどみられな い。そうなると、とくに商工自営業者の側からの、政策的反対給付 なき「ファシズムL支持が、何故必然化されたかが問題になってくる。

 しかしこの問題を解くためには、外からの学校教育やマス・コミ的 世論の不断の注入と、内における社会教育と家庭教育の伝統のなかで、 日々くり返されている彼らの手からロへの社会的な存在形態の特質が、 一体どのような精神世界を生み落してきたのかを、何よりも個々の職 種に即して、実証事実的に追究しなければなるまい。私が先に、やっ かいな実証史的作業といったのは、この点を考えてのことである。

 さて後者の下級官吏・教員・僧官・神官などは、近代天皇制国家 の存在、とりわけその国教であった「国体論」を日々念頭におき、 これと観念的・思想的に取り組むことが、そのまま彼らの手から口 への社会的活動と重なり合っている点で、特殊な観念的存在といっ てよかろう。

 むろん同じことは、下級官吏に対する高級官僚や軍事官僚につい て、教員・僧官・神官に対する大学の教師・研究者についてもいえ る。両者の違いは、高級官僚や軍事官僚が、近代天皇制国家を直接 運転している国家的支配者であり、大学の教師・研究者が、「国体 論」を決して信仰することなく、独自的研究の対象とするばかりか、 ときには左右の政治思想・イデオロギーにもとづいた、もっともら しい理論的改作・改竄さえ躊躇しないのに対して、彼らはもっぱら 後者の政治的また思想・イデオロギー的活動の忠実な受け手、それ も一般庶民大衆に較べればはるかに積極的な受け手だという点にあ る。

 ということは、彼らがそれだけ「国体論」をごく素朴に、そし て単純に徹底化された形で受容する、一般的傾向にあることせ示し ている。そこで、地域社会に居を構えている彼らが、内に農村の窮 状や大都市の政治的・文化的堕落と腐敗を眼にし耳にし、外に先進 諸外国による十重二十重の重圧をくり返し喧伝されたとき、経済的 窮状を救済し、内部的堕落・腐敗と外部的諸悪に断固たる破邪顕正 の鉄槌を下せる、強力で道義的な専制国家を望想したとしても、 むしろ自然の成り行きといってよかろう。

 今回で『「ファシズム」再論』を終了します。

 なお、今回の『「ファシズム」運動の社会的担い手』については これまでに何度か取り上げてきています。それらの関連記事を下に 紹介しておきます。

「非国民について」(1)

「哲学について」

そのとき「大国民」たちは?(4)

民衆の戦争責任・第Ⅱ部


今日の話題

(お休みです。)

第782回 2007/04/26(木)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(15)

「日本ファシズム」の特質


 「日本ファシズム」の思想・イデオロギーの丸山流分析においても、 「国家論の脱落と機能主義的発想」による欠陥が継承されている。 丸山分析の核心は、もっぱら「急進ファッショ運動」を展開した青 年将校と民間右翼勢力の思想に集中し、「日本ファシズム」の中軸 的推進主体である近代天皇制国家の思想・イデオロギーはまったく とりあげられていない。

 しかし『丸山による問題提起は、その「日本ファシズム」分析 の、実質的部分を構成している。』として、滝村さんは次の2点に ついて論述を進めている。

第一
 近代天皇制国家の思想・イデオロギーをまったく無視した 視角と発想じたいの正当性。

第二
 丸山さんによる民間右翼思想の解析の妥当性。

第一の問題

 近代天皇制国家の思想・イデオロギーの核心は、国家が唯一公認 した国教、つまり「国体論」である。「日本ファシズム」やその思 想をとりあげようとすれば、いやおうなしに「国体論」がつきま とっでくる。従って、「国体論」の追究を前提としなければ、「日本 ファシズム」分析も「日本ファシズム」思想の分析もありえない。

 「国体論」というイデオロギーの特質とそれが果たした歴史的役割 の概略を、滝村さんは次のようにまとめている。
 近代天皇制国家は、専制国家である。……専制国家は、多かれ少 なかれ、国家意志の裁可・決定権を独占的に掌握した、専制的支配 者層が、特権的な統治階級としての自己の存立と君臨を、思想的・イ デオロギー的に正当化するために、国家公認の唯一の教説をデッチあ げで、これを社会ぜんたいにおしつける傾向にある。

 そして、専制国家がとりわけ強力なばあいには、この国家・教説 に敵対する、すべての思想・イデオロギーが、情容赦なく弾圧され るばかりか、これと同一ならざる思想・イデオロギーにたいしても、 その自由なる活動は、大きく制限される。

 専制国家に特有の、<国教>による思想・イデオロギー的支配の、 組織的徹底性と継続性という点で、近代天皇制イデオロギーとしての 「国体論」は、世界史的にみても屈指であろう。それは、スターリン 時代のソヴェト・マルクス主義(スターリン主義)や、ヒットラー・ ドイツのナチズムとくらべても、少しもひけをとらない。ただ彼の 二者が、人工的・速成的に創出された、一時の破壊的支配力を発揮 したのにたいして、わが「国体論」は、なんといっても伝統的な思 想的支配力と浸透力を誇った、というちがいはある。

 わが国では、個人たると、組織・制度としての諸個人たると、あ らゆる政治的・社会的存在は、「国体論」を受容し承認することに よってのみ、合法的存在たりえた。つまり、国家機関構成員として の官僚・官吏はもとより、国家構成員としての国民ないし法人とし て、合法的に承認された。

 ということは、「日本ファシズム」の直接的担掌主体である、国家 的諸機関を中心とした、あらゆる右翼的・国家主義的諸組織・諸個人 もまた、建前においてはすべて「国体論」を前提とし、もっぱら 「国体論」の名においてしか、その独自的な思想を表明し、展開で きなかったことを意味している。

 したがって、「日本ファシズム」が、イタリアやドイツとはことな り、国家機構を軸として展開された以上、国家的諸機関を中心に、 政治過程に関与し影響を与えたすべての右翼的・国家主義的諸組織・ 諸個人の思想をのこらずとりあげて、「国体論」との思想的関連を追 究しなければならない。

 そこでなによりも、「国体論」それじたいの思想分析によって、 それが「ファシズム」思想といったいどのような関連にあるか、 つまりは「国体論」の「ファシズム」的性格のいかんを、明示する ことからはじめなければならないのである。

 こうみてくると、丸山のように「日本ファシズム思想」分析にお いて、国家的諸機関が公然(つまり「国体論」として)また陰然と 把持していた思想・イデオロギーをまったく無視することは、近代 天皇制国家の専制国家としての特質を理解できず、天皇制イデオロ ギーとしての「国体論」の、<国教>としてのきわめて特異な国家 的抑圧性をそっくり無視する、問題外のタワケタ発想にすぎないと いえる。

 日本のファシズムが、ナチス・ドイツのように徹底的な政治革命 なしに進行しえた理由は、「世界史的にみても屈指」の「国体 論」という近代天皇制イデオロギーがあまねく浸透し、国家社会を 支配していたからである。

 現在の日本においても、ナチ党のような強固なファシスト党の形 成は不可能だし、不用だろう。しかし、創価学会がその代替を演じる 可能性は皆無ではない。

 新たにファシスト党を形成するより、天皇制イデオロギーを甦らせ る方が手っ取り早く、確実であろう。敗戦時に清算できず「象徴制」 などという姑息な形で天皇制を温存してしまったツケが今大きく膨ら んできている。狆ゾウ極右政権やファシスト・沈タロウが伝統文化を 声高に叫んだり、「日の丸・君が代」の浸透に躍起になっているのは、 「天皇制」イデオロギーが彼らの目指す「美しい国」の装置としても、 その目的を達するための武器としても、欠かせないものだからにほか ならない。

 先日、「ヒットラー、最後の17日」という映画を見た。ナチスに心 酔している登場人物がやたらとナチス・ドイツを「美しい国」 「崇高な国」と賛美するセリフがいまだ耳に残っている。

第二の問題

 滝村さんは、まず、丸山さんの「日本ファシズム」の思想分析の方 法について、次のように手厳しく批判している。

 それから丸山は、もっぱら「民間ファシズム」運動を念頭におい た、「日本ファシズム」の思想・イデオロギー的特質として、家族 主義・農本主義・大亜細亜主義の三点を指摘したが、その方法的手 つきをみていると、とても「思想分析」などといえるような、高尚 な代物ではない。一般に丸山真男といえば、その学的本領は、思想 史家にあるといわれてきたが、少なくともこの、「日本ファシズム」 をとりあげた、思想分析の方法にかぎっていえば、思想を思想とし てあつかってはいない。そこでは、大雑把にひっくくられた「日本 ファシズム」を構成する特定の諸要素が、恣意的につまみ出されて いるだけで、「日本ファシズム」諸思想のそれぞれが、<思想>とし ての内的連関と統一性において追究されてはいないからである。も ちろんこれは、丸山一個の能力と責任などではありえない。科学と しての思想・イデオロギー分析の方法が、いまだ確立されていない ことによる。

 そして続いて、「科学としての思想・イデオロギー分析の方法」についての 持論を提示している。社会科学が科学として確立されるための方法論であり、 当然それは唯物論的方法以外ではありえない。

 ここで煩瑣な方法的論議を展開する余裕はないが、思想・イデオ ロギーとりわけ当該歴史社会の政治過程で、一定の看過できない影 響をあたえた政治・社会思想にたいする分析方法の極意は、それを 統一的社会構成と大きく観念的に対応させて、再構成する点にあ る。

 いうまでもなく統一的社会構成とは、人間社会を、ときどきの 多様にして特殊な歴史的姿態と態様の背後に内在する、<社会>と しての一般的な仕組みと論理構成において把握したところに成立す る。

 それは具体的には、政治・経済そして思想・文化の相対的な区 別と統一的連関を意味している。すなわちそれは、社会を構成する 現実的な諸個人が、

まず第一に、
 その物質的生活つまり生活資料の生産と獲得において、どのような 協同と有機的連関を組織化しているかという、社会的生産関係いかん の問題

つぎに
 この物質的生活を土台とした諸個人の社会的諸関係の総体を、大き くそして直接規制する法的規範が、いったいどのようにして決定され 執行されるかという、政治的・法制的上部構造、簡単には政治体制げ んみつには国家形態の問題

そして最後に、
 一定の経済体制として現出する社会的生産関係を主体的に構成し、 それに根本的に規定されながら、一定の政治形態をつくりあげている 現実的諸個人が、いったいどのような社会的意識諸形態つまりは思 想・文化として結晶する精神的生活を営んでいるのか

という、相対的に区別さるべき三つの問題の統一において把握するも のである。

 したがって、思想・イデオロギー分析の方法的核心は、当該政 治・社会思想が、いったいどのような統一的社会構成像を、じっさ いに提示しているかの追究にある。そのさい、当該政治・社会思想 を、ごく常識的な意味での理想社会像といった、漠たる「全体」と してではなく、右にのべた政治・経済そして思想・文化の体制と様 式のいかんに区別したうえで、思想としての統一的連関を再構成 し、それにたいするげんみつな批判と評価がくわえられねばならな いのである。
第781回 2007/04/25(水)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(14)

丸山流時期区分の問題点


 これまでの議論をかいつまんでまとめておく。

 「ファシズム」国家形成過程において、日本とドイツ・イタリアとでは 大きな違いがあった。
 ドイツやイタリアでは、「ファシスト」政治組織による権力奪取 とその専制的一元化が先行し、これをテコにして国民社会の戦時国 家的つくりかえを断行することによって「ファシズム」国家を形成 していった。
 これに対して日本では全く逆の進展をしていった。 「ファシズム」社会革命の遂行が先行して、「ファシズム」政治革命 は、くり返し試行されたにもかかわらず、ついに成功しなかった。 これが「日本ファシズム」運動の大きな特徴であった。

 このことを丸山さんは、『「国家機構の外から」=「下からの」ファッシ ョ化』と『「国家機構の内部」=「上からのファッショ化』という 言い方でとらえている。このかぎりでは問題はないのだが、 では丸山「ファシズム論」の何が問題なのか。


 「日本ファシズム」が、もっぱら「国家機構の内部」におけるファ ッショ化を軸として、進展していったというのであれば、とうぜ ん、「日本ファシズム」分析の焦点は、ファッショ化の基軸をなし た近代天皇制国家にしぼるべきであって、まちがっても、その統一 的な理論的解明をさけてとおることはできない、ということにな る。ところが、「日本ファシズム」の歴史的進展と運動形態上の特 質は、国家機構を軸とした「上からの」ファッショ化にあったと指 摘している当の丸山が、はじめから、近代天皇制国家と「国家機構 としてのファシズム」の解明は、やらない、できない、と宣言して いるのである。だれだって、ハテナ、と首をかしげざるをえまい。

 さてそうなると、ここでは、近代天皇制国家の理論的解明をほう りだしておいて、「日本ファシズム」の時期区分や思想・イデオロ ギー、また運動形態や社会的担い手などの問題をとりあげた、丸山 の分析が、いったいどの程度の代物であったかを、一つ一つていね いに検討しておく必要があろう。

時期区分の問題点

 丸山さんは三つの時期に分けている。簡単にまとめると次のよう であった。(詳しくは「ファシズム」再論(12)) )

第一期=準備期
 1919・1920年(大正8・9年:第一次大戦後)頃~1931年(昭和6年:満州事変)
第二期=成熟期
 1931年(昭和6年:満州事変)~1936年(昭和11年:2・26事件)
第三期=急進ファシズムの全盛期
 1936年(昭和11年:2・26事件)~1945年(昭和20年:敗戦)

 この時代区分に対して滝村さんは、「ファッショ化」の進展と強度 という点において、第三期を長すぎると指摘する。東条内閣成立の1941年 (昭和16年)がもう一つの時代区分の要だと言う。この点につ いて丸山さんは次のように述べている。

「……大平洋戦争以後のいわゆる独裁はなるほど政治的自由を殆ど 零の点まで押し下げたその露骨さにおいては空前の時代でしたが、 こういう風になる条件はすでにそれ以前にことごとく出揃っていた のでありまして、ファシズム化の進展という点では量的な発展にす ぎず、それ以前の時期と格別質的な相異はないといっていいのでは ないかと思います」

 つまり、東条内閣成立の1941年(昭和16年)の以前と以降とでは、 量的変化はみられても質的相違はないととらえている。このような 丸山流解釈がでてくる根拠を滝村さんは、『丸山は、もっぱら機能主 義的発想から、「ファシズム」的活動と方策だけをつまみあげてし まい、これを現実的に実践する政治的主体の問題を、正面からとり あげようとはしなかった』点にあり、これが後に丸山さんが 行っている『左翼勢力を根こそぎ解体し絶滅するような、反革命の 政治的弾圧』という『「ファシズム」の本質規定』に収斂していった 、と指摘している。

 丸山のように、「ファッショ化」の方策を、もっぱら国家 権力を中心とした、一方国内の政治的弾圧強化と、他方欧米列強と ツノつきあわせた対中国、軍事外交政策にしか眼がむけられないと なると、とうぜん、第二期の政友会・田中義一内閣は、「ファシズ ム政権」となんらかわりがない、と断定されることにもなる。

「……昭和2年4月より同4年7月にわたる、田中義一大将に率い られた政友会内閣は、立て前は純然たる政党内閣であったにも拘ら ず、内には3・15及び4・16事件によって左翼運動に徹底的弾圧を 加え、緊急勅令によって治安維持法を改変して言論出版集会の 自由を一層制限し、外にはいわゆる田中積極外交をふりかざして済 南事件を機とする対支出兵を行い、ついに所謂満州某重大事件とし て知られた張作霖爆死問題にひっかかつて倒れるまで、その足跡は ほとんどファシズム政権と見まがうばかりです。」

 しかしこうなると、第二期と第三期とのカキ根さえとりはらわれ てしまい、そもそも丸山が提出した時期区分じたいが、なんら意味 をもたなくなってしまう。これも、本質論を脱落させた方法的機能 主義による規定は、たちまちこっけいな自己矛盾をさらけだして、 自己破産するほかないことの、恰好の見本といってよい。

 このように時代区分の間題は、丸山の「ファシズム」把握によっ ては、殆んど何の意味ももたない。それはただ、丸山や私の親父ら 戦争世代の知識人なら決ってもっている、〝右翼や軍部の抬頭と時 代のひどさ・暗さが、満州事変ではじまり、2・26事件以後から 本格化した″という、体験的実感にのっているだけのこと。しかし これを、丸山が勝手に放り出してしまった、国家機構【近代天皇制 国家権力】をむしろ基軸とする「日本ファシズム」運動の特質、と りわけその歴史的進展形態における特異性の問題と、直接からめて とりあげれば、それはまさに「日本ファシズム」の核心に迫る性格 をもっている。

 ドイツやイタリーでは、「ファシズム」政治革命、すなわち「フ ァシスト」政治組織による権力奪取とその専制的一元化を先行的に 実現し、これをテコにして「ファシズム」社会革命、つまり国民社 会の戦時国家的つくりかえを断行するという、歴史的進展形態をと った。ところがわが国では、軍部を中心とした「ファシスト」政治 党派による政治革命は、くり返し試みられ、そのことごとくが失敗 しながら、丸山いうところの「第二期」に入るや、「ファッショ的」 な内・外国家政策、つまり外に軍事侵略政策・内に戦時国家体制に むけた国民経済統制が、いわば同時進行的に開始され、「第三期」 に入るとそれが一層本格化するとともに、軍部をあげた本格的な、 国家的諸機関の専制的一元化を目ざす政治改革運動も、何度か試み られたが、結局それは、開戦時の東条内閣に到っても、決して満足 のいくものではなかった。

 そこで、「第二期」において何故、軍部の暴走とともに戦時国家 的な国民社会統制が可能であったのか、さらに軍部による国政の実 質的支配が、すでにこの期からはじまり、「第三期」で確立したと いわれながら、何故ことさら、軍部による専制的一元化を目ざした 政治改革運動が執拗にくり返され、しかもそのことごとくが失敗し、 東条政権も決して安定したものたりえなかったのかが、大問題とな る。それこそまさに、近代天皇制国家権力が名目的な<親裁>体制 をとっていた、統治形態論的特質から必然化されたものである。

 近代天皇制国家の統治形態論的特質については 大日本帝国を解剖する(1)大日本帝国を解剖する(2) を参照してください。


今日の話題

(お休みです。)

第780回 2007/04/23(月)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(13)
「日本ファシズム」分析の方法論


 滝村さんの丸山「ファシズム論」への批判の骨子はおおよそ 次のようである。

 丸山「ファシズム論」の特徴の一つは、「ファシズム」の本質規 定を提出することなく、「常識的な観念から出発」している点にあ る。その結果、「ファシズム」や「ファッショ化」などの概念は、 「ファシズム」にたいする通俗左翼的な「常識的」発想のモザイク にすぎないもとなり、科学的概念としてのげんみつ性をもたないもの とならざるを得ない。

 丸山「ファシズム論」がとうてい<科学>としてのげんみつ な本質論的把握に到達することができない要因がもう一つある。 それは、制度論・国家論(近代天皇制国家の理論的解明)ぬきの、 運動論(的解明)という機能主義的発想を方法論として採用した ところにある。このことを詳しく論じるために、滝村さんは丸山 さんの方法論的核心を示す文章を引用している。

 日本のファシズムを全面的に解明しようとするならば軍部や 官僚の国家機構における地位、その社会的基礎、さらにそうい う勢力と日本の独占資本とのからみあいがどういうふうにおこ なわれているかということを具体的=機構的に分析しなければ いけないわけでありますが、そういうことはとても私の負担に おえないのでここではお話し出来ません。

 ……次に起る疑問として『そういうファシズム運動及び思想 の研究はどちらかというと副次的ではないか、むしろ国家機構 及び社会構造におけるファシズムの分析こそが一番必要ではな いか』といわれるかも知れません。
 それは一応もっともでわれわれの最終の目標は全体構造とし てのファシズムにあるわけでありますが、そのためにはいわゆる 制度論だけでなく、それと共に全体構造の契機をなすファシズム 運動というものを一応分析することが不可欠の前提となってくる のであります。

 ファシズムと独占資本との関係にせよ、また日本の農業構造 との関連にせよ、もつともつと資料が出て来てみんなで解明して ゆかなければならぬ問題であります。そういう問題について網羅 的にお話することはとうてい私の任にはたえないことであります。 そこで本日はこうしたファシズム機構論に深入りすることを避け て、ただ政治運動としてのファシズムが、敗戦までの日本の進展 にいかなる影響を及ぼし、それがどういう特質をもったものであった かを解明することに、力点を置いたわけであります。

 これに対して滝村さんは次のように批判している。

 これをみると、結果的に近代天皇制国家の理論的解明をそっくり ほうりだした、丸山の「日本ファシズム」分析が、けっしてたんな る思いつきや偶然的なミスではなく、れっきとした方法的根拠をも っていたことが、よくわかる。

 まず、「日本のファシズムを全面的に解明しようとするならば軍 部や官僚の国家機構における地位、その社会的基礎、さらにそうい う勢力と日本の独占資本とのからみあいがどういうふうにおこなわ れているかということを具体的=機構的に分析しなければいけな い」という主張には、まざれもなく通俗マルクス主義、とりわけ講 座派系マルクス主義の経済還元主義的発想が、そっくり踏襲されて いる。

 丸山があっさりと白旗をあげてしまった問題、「軍部や官僚の国 家機構における地位」をあきらかにするためには、まず、「軍部」 や「官僚」の実践を直接規定した、帝国憲法をはじめとする法制・ 官制を調べあげ、それらが他の国家的諸機関とともに、「法律」や 勅命・勅令など多様な形態をとった、国家意志の裁可・決定権を、 どのように分掌していたかを統一的に把握することによってのみ、 可能となる。

 近代天皇制国家の統治形態論的解明とは、まさにこのように、 天皇制国家を直接構成した国家的諸機関を、多様な形態をとった 国家意志の裁可・決定権の所在と分掌いかんにそくして、統一的 に再構成することなのである。だから、規範論をそっくり脱落 させた国家論では、国家意志の決定形態に焦点をしぼった、統治形 態論を構成することなど、絶対にできない。げんに丸山のやったこ とといえば、近代天皇制国家の歴史的特質について、「絶対主義的 天皇制」とか、「明治以来の官僚的支配様式とえせ立憲制」とか、 「明治以来の絶対主義的=寡頭的体制がそのままファシズム体制へ と移行しえた」という、通俗マルクス主義的な概念規定を、論証ぬ きでべ夕べタとバリツケたことぐらいか。

 この後「いったいどこのどいつだ! 丸山の近代天皇制国家論を 無視して、日本の近代政治史は語れないなどと、タイコをたたいた アホは!」と手厳しい評言が続いている。

 次に『われわれの最終の目標は全体構造としてのファシズムに あるわけでありますが、そのためにはいわゆる制度論だけでなく、 それと共に全体構造の契機をなすファシズム運動というものを一応 分析することが不可欠の前提となってくる』という章句の「方法的 主張の意味」について次のように批判している。
 制度・組織また機構としての近代天皇制国家にたいする、理論 的分析をそっくりほうりだした丸山が、いわゆる「制度論」だけで はなく、それとともに「運動論」も必要だという。しかし、こうい ういかにも俗物「知識人」らしい、たんなる言葉のうえでの、折衷 的な周到さに、ごまかされてはいけない。これは丸山が、即物実体 的な制度=機構論(丸山のいう「ファシズム機構論」)を、まっこ うから否定するかたちで、方法的機能主義からの、運動論(つまり 「ファシズム運動論」)を、つきつけた性格をもっている。

 「制度論」だけではなくて、「運動輪」も必要だという丸山の主張 には、「制度」は「運動」しない、「運動」するのは「制度」の外の 生きた具体的人間だけである、という発想が暗黙のうちに前提とな っている。だから丸山は、国家権力をふくめた、あらゆる社会的な 制度=組織としての機構を、即物実体的に物体としてとらえてしま い、これにごく通俗的な意味での生きた具体的人間を対比させてし まったわけだ。

 しかし、制度=組織としての機構は、けっして生きた具体的人間不 在の、いわばものいわぬ物体ではない。というのは、国家組織にして も、今日の企業というかたちをとった資本制的経済組織にしても、生 きた具体的人間によって構成されているからである。ただ、彼ら諸個 人の実践と活動(運動)は、その自由意志によってではなく、あくま で指示・命令というかたちをとった、それぞれの組織的規範にもとづ いたものであるよう、きびしく規制され拘束されているにすぎない。

 このように制度=組織は、生きた具体的な諸個人が、規範として おしだした一般的な理念や意志にもとづいて結合して、強力な実践 的活動と運動を展開するためにこそ、必要かつ必然とされたもので ある。だから、生きた具体的諸個人の運動が、規範にもとづいて展 開されているとき、そこには制度=組織が成立している。この意味 で、制度=組織は、規範にもとづいて展開されている、生きた具体 的諸個人の運動をはなれては、存在しえないのである。

第779回 2007/04/22(日)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(12)

:丸山真男によるファシズム運動の三段階区分


 今回から「日本のファシズム」の検討に入る。まず先に、日本の ファシズム特徴を概観しておく。

 ドイツやイタリアでは、「ファシスト」政治組織による権力奪取 とその専制的一元化が先行し、これをテコにして国民社会の戦時国 家的つくりかえを断行することによって「ファシズム」国家を形成 していった。つまり「ファシズム」政治革命→「ファシズム」社 会革命という進展形態をとった。

 これに対して日本における「ファシズム」国家への転成は、ドイ ツやイタリアとは全く逆の進展形勝をとった。「ファシズム」社会 革命の漸次的遂行が大きく先行して、「ファシズム」政治革命 は、くり返し試行されたにもかかわらず、ついに成功しなかった。 これが「日本ファシズム」運動の大きな特徴であった。このことを これから具体的に検証することになる。

 さて、滝村さんは「日本ファシズム」論は、丸山真男さんの「日本ファシズム」論 の批判を通してすすめている。そこでまず、滝村さんが処々に引用し ている丸山真男さんの論述(丸山ファシズム論の紹介)をまとめて読んで おくことにする。

 丸山さんは「国家機構としてのファシズム」ではなく、なによりもまず 「運動としてのファシズム」をとりあげる。そして、「日本ファシズム 運動」の歴史的進展過程をつぎの三段階に区分する。(『日本ファシ ズムの思想と運動』より)

 第一の段階は、準備期でありまして大体大正8・9年、ちょうど 世界大戦の終った頃から満州事変頃に至る時期、これを『民間にお ける右翼運動の時代』といってもいいと思います。

 第二期は成熟期でありまして昭和6年の満州事変の前後から 昭和11年の有名な2・26事件にいたる時期であります。この時期は、 単に民間運動としてあった運動が具体的に軍部勢力の一部と結びつ いて、軍部がファシズム運動の推進力となって、漸次に国政の中核 を占拠するに至った過程であります。この時期はまた、……世間を 震憾させたファッショのテロリズムがつぎつぎと勃発した時期であ りまして、いわばこれを急進ファシズムの全盛期と呼ぶことが出来 ると思います。

 第三期は少し長く2・26以後粛軍が行なわれますが、この粛軍の 時代から終戦の時、いわゆる8・15までの時代であります。この時期 は『日本ファシズムの完成時代』とでもいいますか、ともかく軍部 がいまや上からのファシズムの露わな担い手として、一方には官僚 ・重臣などの半封建的勢力と、他方には独占資本及びブルジョア政 党との間に、不安定ながらも連合支配体制を作りあげた時代であり ます。

 日本ファシズムのイデオロギー的要素については

 個人主義的自由主義的世界観を排するとか、或いは自由主義の政治 的表現であるところの議会政治に反対するとか、対外膨張の主張、軍 備拡充や戦争に対する讃美的傾向、民族的神話や国粋主鏡の強調、全 体主義に基く階級闘争の排斥、特にマルクス主義に対する闘争という ようなモメント - これらはいずれも独逸や伊太利のファシズムと 共通したイデオロギーであります。

と述べて、日本ファシズムのイデオロギー的特質として、 「家族主義的傾向」・「農本主義的思想」・「大亜細亜主義」の三点 を指摘している。

 次に、日本のファシズム運動の運動形態の特質については

 すぐ気のつくことは日本のフアシズムが軍部及び官僚という既存の 国家機構の内部における政治力を主たる推進力として進行したこと、 いわゆる民間の右翼勢力はそれ自身の力で伸びて行ったのではなく、 むしろ前述の第二期に至って軍部乃至官僚勢力と結びつくに至っては じめて日本政治の有力な因子となりえたことであります。この点、 イタリーのファッショやドイツのナチスが、むろんそれぞれの国に おける軍部の支援は受けましたが、ともかく国家機構の外から、主と して民間的な力の動員によって国家機構を占拠したのと著しくちがっ ております。

 ……大衆的組織をもったファシズム運動が外から国家機構を占拠 するというような形はついに一度も見られなかったこと、 - む しろ軍部、官僚、政党等の既存の政治力が国家機構の内部から漸次 ファッショ体制を成熱させて行ったということ、これが日本のファシ ズムの発展過程におけるもつとも大きな特色であります。

 それでは、……民間右翼や急進青年将校の動きは歴史的に大きな 意味がなかつたかといえば、そうも一概にいえません。つまり下か らのファッショ的動向 - 急進ファッショ運動のけいれん的な 激発はその度毎に一層上からのファッショ化を促進する契機となった のであります。支配機構の内部から進行したファシズムは軍部、官僚 を枢軸として、こういう急進ファッショの社会的エネルギーを跳躍台 として一歩一歩自分のヘゲモニーを確立していったこと、これが重要 な点であります。

 次に、ファシズム運動の社会的担い手については、「小ブルジョア 層」ないし「中間層の運動」ということができるが、とくに「わが国 の中間階級或は小市民階級という場合」には、「二つの類型を区別し なければならない」といい、次のように述べている。

 第一は、たとえば、小工場主、町工場の親方、土建請負業者、小 売商の店主、大工棟梁、小地主、乃至自作農上層、学校教員、殊に 小学校・青年学校の教員、村役場の吏員・役員、その他一般の下級 官吏、僧侶、神官、というような社会層であります。

 第二の類型としては都市におけるサラリーマン階級、いわゆる 文化人乃至ジャーナリスト、その他自由知織職業者(教授とか弁護士 とか)及び学生層があります。

 わが国の場合ファシズムの社会的地盤となっているのはまさに前者 であります。

 官僚主義や巨大財閥に対する反感は、こういう中間層において最も 熾烈であります。それと共に……日本の国際的地位、つまり日本は 国際的には先進資本主義国家の圧力を絶えず頭上に感じながら東洋の 社会では一かどの先進国として振舞っていたこと、一方でいじめられ る立場にありながら、他方ではいじめる地位にあつたということ、こ ういう日本の地位は、国内におけるこの層の社会的地位に酷似して おります。そういう所から彼らは日本の大陸発展に内面的な共感を 感じるわけです。

 先進資本主義の圧迫は、まさに国内における巨大資本の圧力と同じ ように感じられる。東亜の諸民族の日本帝国主義に対する反抗は、 彼らの店や仕事場や其の他彼らの支配する集団における乾分や目下の 反抗と同じような心理的作用を彼らのうちに起させます。こうして彼 らは日華事変や太平洋戦争の最も熱烈な支持者になったのでありま す。

第778回 2007/04/20(金)

《滝村国家論より》:(お休みです。)




今日の話題

東京「君が代」裁判・第一回口頭弁論

 昨日、東京「君が代」裁判・第一回口頭弁論を傍聴しようと 東京地裁に行きましたが、集合時間にチョッとおくれて傍聴抽選 が終わっていました。残念ながら傍聴できませんでした。多数か けつけていて、傍聴できた人は3分の1ぐらいのようでした。 なお、この口頭弁論を30名もの弁護士さんが傍聴したそうです。 頼もしい限りです。

 裁判終了後の弁護士会館での報告会に参加しました。50席ほど の会場でしたが、床に座ったり立ったままの人の方が多く、会場 びっしりの盛況でした。

 口頭弁論では、原告173名を代表して2名の原告と弁護士2名の 意見陳述が行われ、感動的でとてもよいスタートだったとの報告があ りました。長い文になりますが、4名の方の意見陳述の要旨を掲載 します。東京の教育で何が起こっているのか、その実態が如実に 示されています。いずれ他府県も東京を真似るようになるだろう、 それが東京から日本を変えるということだと、沈タロウはうそぶい ています。今歯止めをかけなければ、この国はファシズムへと大き く傾斜していくでしょう。

原告・山口美紀さんの意見陳述


 原告の山口美紀と申します。

 私の不起立の理由は、また別の機会に述べたいと思います。今日 申し上げたいことは、都教委による国旗国歌の押しつけが、生徒た ちの心を縛り、傷つけている、ということです。


 私はかつて、帰国生受け入れ校に勤務していました。帰国生とは、 中国残留孤児の三世にあたる子どもたちです。

 日本では戦争はとっくに過去のことになっていても、彼らにとって は、視在の困難として続いていました。

 自分は日本人として生きるのか、中国系日本人なのか、日系中国人 なのか、たとえ日本人の血を引いていても中国人として日本という外 国で暮らしていくのか。3年間、帰国生のアイデンティティは揺れ動 き、自分の拠って立つところを探します。
「日の丸・君が代」についても、「中国の旗は飾らないのか」
「君が代は本当に今の日本の歌なのか、戦争の歌ではなくて」
「日本人はその歌でいいのか」
など、素朴な質問が出されました。

 「うちのおばあちゃんは日の丸嫌いだよ」
「君が代歌いたくない。中国の人もみんな歌いたくないよ」
と言われたこともあります。

 学校行事にこの二つを持ち込むことは、外国籍生徒や帰国生をはじ めとする、国籍とアイデンティティについて考慮中の生徒や、国旗・ 国歌にさまざまな思いを持ち、立場も異なるその保護者や家族に、 ひとつの価値観を押しつけ、プレッシャーをかけることになるので す。


 10・23通達は、この旗を仰ぎ見、この歌を歌えない者は排除すると いわんばかりの通達でした。この通達が出たとき、私は本当に驚き、 恐怖を感じました。

 今は、真の狙いが子どもたちであることを都教委は隠そうともしま せん。

 2006年3月13日には、「適正に児童・生徒を指導することを教職員 に徹底する」ことを校長に義務づける通達が出されました。適正な 指導とは、児童・生徒たちを起立させて、君が代を歌わせることで す。


 私はクリスチャンであり、教師であり、そして二人の男の子の母親 です。夫も都立高校教員であり、この訴訟の原告です。わが家は、日 曜日ごとに、一家揃って教会にまいります。子どもたちが赤ちゃんの 頃から、ずっとそうです。

 2006年3月に小学校の卒業式を迎えた次男は、予行演習のとき、 「国教斉唱」と言われて着席しました。ほかにも4~5人着席した子ど もがいたそうですが、司会の副校長先生から「立ちなさい」と注意を されて、みな立ったそうです。次男だけはそれでも座っていました。 教室に戻ったあと、担任の先生から呼び出されて、別室で理由を聞か れたそうです。「歌詞がへンだと思うから。嫌いだから。」と次男 は言いました。「嫌いだから歌わないの?好きな歌なら歌うの?」と 先生に言われて次男は困りました。うまく説明できなかったのです。

 同じクラスに教会員のご両親をもつお子さんがいました。式のとき どうすればよいか悩み、食欲もなくなり眠れなくなったそうです。


 長男は、ことし中学校の卒業式の予行演習で着席しました。する と、隣りにいた友だちから「立てよ。式が乱れるだろう。」と無理や り立たされたそうです。ショックを受けて帰ってきました。 「ぼくは、お母さんのやっていることは正しいと思う。でも、ぼくは、 お母さんみたいに強くなれないjと悩んでいました。

 でも、長男は、次の日、「不思議なことが起きた」と笑顔で帰宅し ました。同じクラスの、ふだん粗暴な振るまいの多いお子さんがい らっしゃいます。そのお子さんが、長男の味方をしてくれたそうで す。r無理やり立たせたりしちゃいけないんだぞ。その人その人の考 えがあるんだから」そう言ってくれたのだそうです。


 神様によってひとりひとり違う人間につくられた私たちは、それぞ れが人格の完成をめざさなければなりません。教師は、その手助けを する仕事です。個人の価値を尊び、違いを認め合う教育を工夫、実践 していかなければいけないのです。

 都教委による国旗国歌の押しつけは、逆に、いっさいの異論を排除 して、子どもたちの心を、ひとつの方向に縛り付けようとするものだ と私は思います。

 だから、私は、クリスチャンとして、教師として、そしてひとりの 親として、都教委のやり方を受け入れることはできないのです。

原告・岡本重春さんの意見陳述

 東京都立光丘高校の岡本重春と申します。


 「…君が代を歌うのはイヤだけれど、先生が罰をうけるのはもっと イヤだから、我慢して歌います…」

 この言葉は、私が担任をしていた生徒の言葉です。そのように言わ れて、私には、彼女に、答えるべき言葉がありませんでした。ただた だ、情けなさ、申し訳なさに、涙が出そうになるのをこらえるのが精 一杯でした。私たちは、こんなにも生徒を追いつめてしまっているの です。

 生徒たちは、「10.23通達」以降の一連の出来事を「脅迫」と受け 止めています。事態はもはや、「強制」というレベルを超え、「脅迫」 という段階に入っているのです。実際、2004年6月、都教委は、卒業式 で生徒が不起立であった学校の教員たちに対して、「厳重注意」とい った処分をおこないました。生徒は、自分が「君が代」を拒否すれ ば、自分の担任が処分されるという立場に立たされています。生徒に とっては、「先生が処分されるのが嫌ならば、おとなしく、君が代を 歌え」と「脅迫」されているのと同じです。私は、私自身が、このよ うな形での脅迫に加担することは、教員として許されないことだと感 じています。これは、学校で行われるべき「教育」とは正反対のもの だと私は考えます。

 ましてや、私は、社会科、それも公民を教える教員です。毎年、授 業で「憲法」を教え、憲法第19条の「思想・良心の自由」の意義を生 徒に説いてきました。「君が代」については、生徒の中にも様々な 意見がありますが、「君が代を全員が歌わなければならないjという 事に関しては批判する者が多いのが実状です。「君が代斉唱」を 「洗脳である」と感じ、「不当な押しつけである」と私に訴えてき た生徒もおりました。生徒から、
「卒業式で君が代を歌うことは生徒の義務なの?」
「思想の自由に基づいて、歌うことを拒否できないの?」
と問われれば、憲法を教える教員である私には、
「義務ではない」
「思想の自由が保障されているのだから、歌うか、歌わないかは自 分自身が決定できる」
と答えざるを得ません。憲法解釈上、それ以外の答えがあるので しょうか?

 それにもかかわらず、現実には、「君が代斉唱」が義務であるかのよ うに、実際の入学式・卒業式が行われつつあります。式の最中だけで はなく、式の前であっても、生徒の「思想の自由」について触れるこ とさえ、禁止されています。そんな中で、教員から「起立、国歌斉 唱」と号令がかかれば、生徒がそれに従わないことは難しいでしょう し、もし、勇気を持って、生徒が君が代を拒否した場合、その生徒 は他の生徒達から異端視される可能性も高いと思われます。そんな 状況で、教職員全員が、号令とともに「日の丸」に向かって起立し て「君が代」を斉唱したとしたら、生徒たちに、さらに強力な圧力を かけることになってしまいます。それは、生徒達に「君が代は絶対、 歌わねばならないものだ」、というメッセージを伝えることに他なり ません。日頃、生徒に憲法の「思想・良心の自由」の意義を説いてい る社会科の教員である私自身が、生徒の「思想・良心の自由」の侵害 の加害者となってしまうとしたら、私は明日からどうやって生徒の前 に立っことができるのでしょうか? それは生徒たちに対する裏切り であるとしか思えませんでした。

 今回のような教員への処分を続けていけば、確かに、生徒たちは、 「君が代」を「斉唱」するようになっていくでしょう。しかし、それ は、「担任」を人質にとられた上での、「脅迫」による達成です。 そんなことが学校の指導といえるのでしょうか? 「卒業式に国歌を 歌うことは当然のことだ」「国歌を歌うことは正しいことだ」という 意見もあるでしょうが、そもそも、それがたとえどんなに「正しい」 ことであったとしても、ある言葉を声に出して、メロディーをつけて、 「歌いなさい」という「強制」や「脅迫」は、学校で行う指導の方法 としては誤っているはずです。例えば、r人を愛することは大切だ」 とか、「人を差別してはいけない」といったことは、正しいことで あり、教えるべきことだとしても、その言葉を口に出して、みんなで、 言わなければ、まず、それを言わない「担任」の教員を処分する、 といったやり方が学校の指導として許されないことは明らかではない でしょうか?

 「君が代」に教育的な意義があるとすれば、生徒の「思想・良心の 自由」を十分に保障したうえで、その意義を具体的に教えていけば十 分なはずです。「強制的に」生徒に、「君が代」を歌わせても何の意 味もなく、むしろマイナスの教育効果しかもたらさないことは容易に 想像できます。そんな形での、「君が代斉唱」は苦痛以外のなにもの でもないでしょう。


 もう一つ申し上げたいのは、この間題で多くの教員たちが傷つきつ つあるということです。私の友人も、この間題で、管理職から執拗な 圧力を受け、ついに精神的なストレスから入院せざるを得なくなって しまいました。彼は、校長から長時間の「説得」を受けたあと、見る も無惨にうちひしがれ、ほとんど口もきけない状態となって戻ってき ました。校長は彼に対し、
「もし、不起立だった場合、学年の担任団全員がレッテルを貼られる ことになり、他の先生まで巻き込むことになる…」、
「光丘高校全体が、そのことで目をつけられて、今後の学校がダメに なってしまう」、
「あなたにその責任がとれるのか?」
等々様々なことを言いました。私達のもとに戻ってきた彼は、私の目 の前で涙を流しながら、
「もう何が何だかわからなくなった…」
「どうしていいかわからない…」、
「もう担任を降りるしかない…」 とひどく混乱し、精神的ストレスからか、足がマヒしてしまって、 歩くことも困難な状況となっていました。

 生徒からも慕われ、教師として尊敬に値する、すばらしい教員で あった彼が、「やつとやりたかった担任ができる」というその時に、 あのようなことになってしまった事は、本当に残念でなりません。 彼自身どんなにか悔しかったことだろうと思います。処分を受けた 我々だけでなく、処分を受けていない多くの教員たちも、このよう な形で傷ついているのです。


 私は、最初に紹介した生徒の言葉を忘れることができません。
「…君が代を歌うのはイヤだけれど、先生が罰をうけるのはもっとイヤ だから、我慢して歌います。」

弁護士・澤藤統一郎さんの代理人意見陳述

 原告ら代理人の澤藤から、審理に当たっての意見を申し上げます。

※ 何よりも、裁判官の皆様に、この訴訟が問いかけている問題の本 質をご理解いただき、その重さを受けとめていただきたいのです。 そして、それに相応しい訴訟の進行をお願いいたしたい。

 本件は、訴訟の形式としては、173名の原告が被告東京都に対して、 違法な懲戒処分の取消を求め、併せて慰謝料を請求するものです。 しかし、実質において争われているものは、原告らの個人的利益救済 の可否にとどまるものではありません。

 真に問われているものは二つ。

 その一つは、教育という社会的文化的営みに国家の介入は許される のかという問題。

 そして、もう一つは、個人の精神の内面に国家は立ち入ることがで きるのか、という問題なのです。

 いうまでもなく、その二つとも、日本国憲法の原理的核心をなす 重大な課題です。


※  日本国憲法は、62年前の敗戦を機に、「政府の行為によって再 び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意して」確定さ れました。戦争の惨禍をもたらした、旧体制を根底から否定して、 現行憲法が制定されたのです。今、その歴史を再確認することは極め て重要なことと言わねばなりません。

 大日本帝国憲法から日本国憲法へ。国家と個人の地位は逆転しまし た。ところが今、その再逆転の試みが進行しつつあります。本件も、 そのような文脈で生じたものにほかなりません。


※ 戦前の教育を思い起こしてください。
 天皇を神とし、神である天皇が唱導する聖戦に参加することこそが 忠良なる臣民の道徳であると教え込んだのが戦前の教育でした。民族 的優越を説き、富国強兵、植民地支配の国家主義政策の正当性を教え 込んだのが戦前の教育でした。

 教育は、戦争による加害・被害の惨禍に大きな責任を免れません。 その反省が、戦後教育改革となります。教育を国家の僕にしてはなら ない。教育に国家が介入し、支配してはならない。国家が公定のイデ オロギーをもってはならない。ましてや、それを国民に押しつけては ならない。

 あまりに大きな代償を支払って、私たちはこの貴重な原理を手に入 れました。

 憲法の条文を上げれば、26条、23条、13条。そして、教育基本法以 下の教育法体系です。これで、教育の自由は確立したはず、でした。

 しかし、「10・23通達」はこれを踏みにじったのです。


※ 戦前の精神的自由に対する野蛮な権力介入を思い起こしてくださ い。内村鑑三事件から、治安維持法による政治的弾圧、不敬罪による 宗教弾圧、横浜事件に見られるごとき言論弾圧、そして特高警察による 流言飛語の取締まで。

 大日本帝国憲法は、臣民の精神的自由は国家から与えられたもので しかなく、国家はどのようにでもこれを規制することができたのです。

 歴史的には、思想・良心の自由は、常にその時代の為政者からの弾 圧を受け続けました。ようやくにして日本国憲法は、19条で思想良心 の自由を掲げ、20条で信教の自由、21条で表現の自由を定めました。 これで、国民の権利は確立したはず、でした。

 しかし、「10・23通達」は敢えて原告らの精神の内奥に立ち入り、 思想・良心の自由を蹂躙したのです。


※ 「10・23通達」は、これまでは為政者がやろうとしてやれな かった暴挙です。原告らは、教え子の教育を受ける権利を全うする ためにも、抵抗せざるを得ないのです。

 教育は憲法に従って行われなければなりません。教育は行政の不当 な支配を受けてはなりません。がんじがらめに縛られ、裁量と創意と 工夫の余地を奪われての教育があってはならないのです。

 もちろん行政も、憲法に従わざるを得ません。公務員と言えども 人権の享有主体として、思想・良心の自由を保障されています。行政 がその精神の内奥に立ち入って、その人がその人であるための人格の 中枢の領域に触れることは許されません。

 歴史的に天皇制とあまりに緊密に結びついた旗や歌に対して敬意を 表明することを強制して、その人の信仰や思想、あるいは教員として の良心を侵害することがあってはならないのです。


※ そして当然のことながら、何よりも司法こそ、憲法に基づいて 行われなければなりません。司法とは、憲法の理念を実現するシス テムなのですから。

 実は、本件については、事案と争点をまったく同じくし、訴訟の 形式だけが異なる提訴が先行しています。いわゆる「「日の丸・君が 代」強制予防訴訟」です。

 昨年9月21日、東京地裁民事36部は憲法の番人に相応しい役割を果 たす判決を言い渡しました。

 貴裁判所におかれても、事実経過を正確にご認識いただき、日本国 憲法の理念の的確な理解と、教育の本質についての深い洞察によって、 是非とも、主権者の負託に応えた審理と判決をお願いいたしたい。 来年か再来年のある日、この法廷で、きっと貴裁判所から歴史に残る 素晴らしい判決の言い渡しを聞かせていただくことができるものと 確信していることを付言して陳述を終わります。

弁護士・吉田栄士さんの代理人意見陳述

 代理人の吉田です。私は、10.23通達が、都立学校の卒業式等の儀 式をどのように変えてきたか、個々の都立学校長への強制となったの か、その意図は何かについて、これらのことがもっとも端的にあらわ れた、養護学校を例にして意見陳述をいたします。

 養護学校の卒業式は、卒業生と在校生がフロアで対面する形式で行 われてきました。養護学校では、児童・生徒に儀式の内容をどう理解 させるかということが重要なことであり、儀式に主体的に参加させる ことが大事な学習の時間となります。このフロア、対面形式は、児童 ・生徒が直接、近くで対面することで、お互いの表情を読み取り、 共に卒業を祝うことを、体全体で感じ取ることができたのです。この 方式は養護学校の生徒の特色を最も生かしたものでありました。だから こそ、各養護学校はフロア、対面形式に取り組んだわけです。壇上に 上っての証書の授与は、肉体的にも精神的にも、困難が伴い、かえって 生徒に苦痛、恐怖感を与えるだけです。まして、肢体不自由児学校の 生徒は、壇上に上ることそのものが困難で、苦痛以外の何物でもあり ません。

 また、各校長の発した職務命令は、10.23通達通り、壇上に国旗を 掲揚し、壇上で卒業証書を授与するものですが、その間、生徒は、じ っと椅子に座り、壇上を見上げなければなりません。これは、じっと していることが困難な生徒が多い養護学校の実態を無視するものです。 これでは儀式を学習の一環と考えている養護学校の教育理念に反する ものであるし、教師に起立して国歌斉唱をさせることは、常に動き回 っている生徒を見ていなければならない教師に対し、子どもたちへの 指導を放棄させることになります。

 都教委自体、このような養護学校の生徒の実態をしらないわけでは ありません。都教委も、公式には、養護学校の卒業式等の形式につい て、児童・生徒の障害の程度、種別によって、当該学校長が判断するもの としています。

 しかし現実には、10.23通達直後の平成15年度の卒業式にあっては、 フロア形式がまったくなくなり壇上形式となりました。それ以来、今 日まで、儀式はすべて壇上で行われております。児童・生徒の特性を 考慮するといいながら、現実には100パーセント、10.23通達通り壇 上形式にしたわけです。

 東京都障害児学校教職員組合は、10.23通達後の卒業式の実態につ いて調査を行いました。壇上形式の強制が異常だという例を、肢体不 自由児学校からの報告をもとに述べます。肢体不自由児学校では、急 遽、多額の予算を組んで、壇上に上がるためのスロープを作りました。 しかし、やはり、スロープが急で大変危なかった、大型車椅子は壇上 では狭すぎて方向転換が危険だった等の報告がありました。最も異様 な報告は、会場となっている体育館の3分の1がスロープという異常な 会場で式が行われたという報告です。これは、児童・生徒の安全を考 え、苦肉の策として出されたものでしょうが、10.23通達を実現する ために、考えられないような異常な会場設営をしたわけです。このス ロープはあまりに巨大すぎて、運搬も大変で、しまう場所にも困ると いうことにもなっております。

 なぜ、このようなことをしたのか。10.23通達の実現は、養護学校 の場合、子どもたちの実態を無視し、子どもたちの学ぶ権利を侵害し たものでしたし、常時、子どもたちに接して指導するという養護学校 の教育理念にも反するものです。そうすると、別の意図、つまり、 この通達に反することは許さないという、教職員に対する思想統制の ためにしたとしか考えられません。

 異常な強制、強烈な指導が、各校長にもなされました。その結果、 各校長は個別の対応などできず、職務命令を出し通達の実現をはかる ということを一律に行なったわけです。東京都人事委員会審査請求の 審問で、清瀬養護学校の当時の後藤新平元校長は、10.23通達につい て、「教職員に職務命令を出してでも実施するように教育委員会から 職務命令を受けたと私は理解した」と述べています。

 都教委がどのようなことを言いつくろっても、10.23通達による 儀式の画一化、各学校の校長への強制という事実は、隠す事はでき ないのです。そこには、もはや、教育の理念はありません。


 今、私たちは教育の復活をめざし、教育を受ける主体である子ども たちの権利を守るためにも、本不当処分の取り消しを求めます。 裁判所におかれては、この異常な教育現場を直視され、真撃な判断を されるよう、この裁判の冒頭に、私たちは強く要望するものでありま す。
第777回 2007/04/19(木)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(11)

専制国家-「統制」資本主義体制


 専制国家-「統制」資本主義体制とは何か。その核心は資本主義 「統制」の内実にある。


 もちろん、国家権力による強力な資本統制といっても、それによ って資本制的企業の活動と存在自体が、全的に否定されたり、廃止 されようとしているわけではない。

 それどころか、平時の自由競争下でのように、たとえ巨大企業と いえども、それぞれの産業・業種ごとに、品質と価格それにサーヴ ィスにおいて、ライバルを追い抜きケ落そうと、それこそ血みどろ の企業間戦争を展開しているのとは大きく異なり、「軍需物資」の 生産・加工・修理・配給などに直接関わる諸企業は、国家財政を湯 水のように使った国家需要に、市場の需給関係によって形成される 価格ではなく、国家裁可の公定価格によって、供給するわけで あるから、単純に商売としてみれば、これ程リスクがなく安心して、 しかも安定した利潤が確保できるやり方はない、ともいえる。従って この意味からすれば、専制国家-「統制」 資本主義体制とは、手厚い国家的庇護をうけた、楽チン資本主義社 会といえないこともない。

 とくに「軍需物資」の大量受注が可能なのは、資金・技術力・規模 などにおいて抜群の巨大企業であるから、巨大独占資本は、戦時下に おいて確実に業績を伸ばして、一層巨大化していく。

 これにひきかえ、すべての点で劣弱な中小企業は、「軍需物資」の 安定的供給と効率化を目ざした、国家主導の業界再編成の荒波をもろ に受けて、巨大企業群によって次々に吸収・合併される宿命にある。

 こうして、「軍需産業」を中心とした諸産業・諸業種において、 いくつかの巨大独占資本による寡占化に一層の拍車がかけられるが、 それはもちろん、敵の軍事力によって生産手段や工場・事業所など が物理的に破壊され、壊滅させられない限り、あるいは壊滅させら れるまでの間のことである。

 戦時における「統制」資本主義体制の下では、資本主義の平時の自 由経済体制という意味での〝自由″は、ない。とくに指定された 「軍需物資」の生産・加工・修理・配給などに直接関わる諸企業の 資本家は、大きくは「戦争政府」や軍事官僚の手になる経済計画に もとづいて、特定の「軍需物資」の生産・加工・修理・配 給などを指定され、それに必要な資金・資材・人員まで、国家的に 大きく援助され、生産・加工・修理した「軍需物資」は、一定利潤 を含む公定価格で、国家によって買上げられる。

 また一方において、個別企業の利潤が一定の限度額を超過すれば、 経済官僚の経理審査によって、追徴課税される。とくに「ファシズ ム」国家の場合は、暴利行為と認定されれば、国家犯罪として厳罰 に処されかねない。

 また、「統制」資本主義体制とは、国家官僚が資本家に直接 とって代るわけではないし、資本家が直接国家官僚へ転じるわけで はない。これまで通り資本家は資本家として存続するが、その実態は 「戦争政府」や軍事官僚・経済官僚の具体的な指示・命令にもとづい て活動する半ば国家組織化された企業管理者に貶しめられているこ とになる。


 戦時国家とりわけ「ファシズム」国家において、これを統一的社 会構成のいかんという観点から大きくみれば、戦時における専制国 家-「統制」資本主義体制は、結果的に、現在音をたてて崩壊しつ つある「社会主義」諸国の、専制国家-社会主義体制と、大変よく 似た代物であって、それがとくに「ファシズム」国家のように徹底 された形で、しかも長期化すれば、両者は殆んど紙一重のギリギリ のところまで進展するだろう。

 しかしだからといって、「ファシズム」国家を典型とする、戦時の 専制国家-「統制」資本主義体制と、マルクス主義にもとづく 国家-社会建設として歴史的に必然化された専制国家-社会主義体制 を、全く同一視してしまってはならない。いいかえればマルクス主義 者や共産主義者を、「隠れファシスト」とか「赤いファシスト」など と、簡単に片づけることは、正確でもなければ、また理論的に正当で もない。

 確かに戦時、経済官僚が発する具体的な指示・命令通りに 活動する他ない、半ば国家組織化された企業【経済組織】管理者とし ての「資本家」に、国家官僚が直接とって代れば、あるいは逆にすべ ての「資本家」が、直接国家官僚へ転じれば、専制国家-「統制」 資本主義体制は、間違いなく専制国家-社会主義体制へと、大きく 転成する。しかしこれは、本質上社会的性格をもった生産手段の 私的・資本家的所有を、根本的に廃止して国家的所有へと転換する、 一大社会革命なくしては不可能だからである。

 もちろん「ファシズム」国家の場合、「ファシスト」政治組織が、 強大な専制国家権力を完全に掌握しているわけであるから、やろう としてそれができないことはない。しかし「ファシズム」の根本理 念からいって、資本制的経済体制を、わざわざ社会主義体制へと転 換させる必要など、全くない。

 ヒットラーにとっても、盛んに彼の真似をしようとしたわが国の 軍事官僚にしても、当該歴史社会による最終的な世界的覇者として の君臨こそが、大目的だったのであって、たかが国内の資本家や企 業を痛めつけたり、しぼりあげたりすること自体が、目的だったわ けではないからである。

 それどころか世界征服にむけた極めて長期にわたる国家総力戦が、 とてつもない一大難事業であることは、最初から誰にでも明白であ るから、これを戦う戦時国家にとって、必要なものはすべて利用す る、役立つものなら何でも役立てる、というプラグマチックな発想が、 ごく自然に生まれてくる。というのも、国家官僚がにわかに資本家に 代って、直接社会的生産の指揮をとってみても、決してうまくはい くまい。社会的生産は、やはり物つくり・物運びのプロである、資本 家を中心とした経営管理者と専門的技術者にまかせておいた方が、結 局のところ得策であろう、と。ヒットラーはもとより、わが国の軍 事官僚にしても、これくらいのことに気づかない程、トロくはなか  った。

 そこで彼らは、資本家を最小限の利潤とひきかえに、「軍需生産」 というオリの中に閉じ込めることによって、世界征服にむけた国家 総力戦という国家的大目的のために、徹底的にこき使おうとしたわ けである。

 ヒットラーがすでに『わが闘争』のなかで、

「……資本に対する国家の課題は、比較的簡単で、明瞭であった。 すなわち国家はこれに対して、資本を国家の召使いにしておき、 国民の支配者であると思わせないように配慮することだけだった」

と喝破しているのは、まさにこのような意味において理解されねばな らない。だから、とくに「ファシズム」国家における資本主義「統制」が、 資本主義経済体制を一掃する社会革命への方向性ではなく、もっぱら 「ファシズム」に固有の根本理念から必然化されたことだけは、忘れ てはならないのである。

 そしてここに、ヒットラーが権力奪取後、ブルジョアジーを徹 底的にしめあげる社会主義的な「第二革命」の必要を強く迫った突 撃隊長レームー派を、長年の同志であったにもかかわらず、容赦な く抹殺したことの、思想理念的根拠をみてとることもできよう。

 このように「ファシズム」の思想的核心は、世界征覇に向けた当 該国家・社会の戦時国家体制としての常態化にあり、この戦時国家 体制の常態化というところから、軍事的専制国家-「統制」資本主 義体制としての統一的社会構成像と、それを直接思想的に可能とす る、私的個人の自由と独立を全的に否定した滅私奉公の人生観と が、必然的に帰結されたといえる。

第776回 2007/04/18(水)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(10)

戦時国家体制の統治形態


 滝村さんが次に論じているのは「戦時国家体制下の統治形態」 だが、そこに入る前に平時の統治形態を知らねばならない。 近代的ブルジョア国家(議会制民主主義国家)の統治形態については 既に 「統治形態論・民主主義とは何か」 で学習済みだが、それの要約にあたる文章があるのでまずそれを全文 掲載しておこう。

 政治形態が議院内閣制をとろうが、大統領-共和政であろうが、 議会制民主主義の下では、国民的諸階級・階層は、何よりもその経済 的支配力(権力)に応じて、政治的代理人を議会へ送り出すことがで きる。そこで、階級・階層的な権力関係のいかんにほぼ見合った形で、 それぞれの特殊的意志・要求を、法律・政策としての国家意志の中に、 大きく盛り込むことができる。

 従って、全体としての国家的支配(諸活動)の社会的・階級的内 実が、経済的支配階級であるブルジョア諸層によって、大きく支配 されていることは、いまさら指摘するまでもあるまい。 しかし、それを可能としている内部的連関と構造については、必ずし も正確に理解されてきたわけではない。

 ブルジョアジーはいつでもどこでも、直接には国民社会の特定の 地域を拠点にしている。全国的規模の大独占資本の場合には、国民 社会の特定地域を本拠にして、多数の活動拠点を全国各地に展開さ せている。そこで、階級としてのブルジョアジーの意志は、まず各 級地域レヴェルで、産業的・業種的に束ねられ集成されたうえで、 他の諸階級・階層のそれと区別される、その大きな共通性から抽出 された一般的総意が、現実的な総資本的意志として構成され、法律 および政策としての国家意志を、その実質的な内容のうえで、つね に大きく左右する。

 それが何故可能かといえば、ブルジョアジーは、直接には各級地 域レヴェルでの経済的主人公でもあるから、各級地方議会と国会 へ、多数の政治的代理人を送り出すことができる。これを政治的代 理人に即していうと、とくに国会を目ざす者は、たんに当該地域的 利害の代弁という点だけではなく、国家的支配者【正確には統治・ 行政的支配者】に必要な、政治理念【その内容は理想とする政治体 制と経済体制を併せた統一的社会像】と政策大綱のいかんという点 においても、当該地域社会構成員としての国民による、厳しい審査 と選別の試練をうけなければならない。ブルジョアジーは、地域が 広域化すればする程、資金と集票において決定的な影響力が発揮で きるため、とくに国会を目ざす多くの政治的代理人志願者のなかか ら、最も忠実で政治能力をもった特定個人を、自由に選抜すること ができる。このように議会制民主主義にもとづく統治形態の下で は、階級としてのブルジョアジーによる実質的な国家的支配【ブル ジョア独裁】が、ごくスムーズかつ確実に実現されている。

 もちろんそうはいっても、このような主として議会ルートを通じ た、ブルジョアジーの階級的総意【現実的な総資本的意志】による 巨大な圧力と制約のなかで、政府(内閣)を戴く官僚機構中枢が、 統治者としての、より観念的な国家的見地にもとづいて、相対的独 自性を発揮することも、決して少なくはない。ここにいう政府-官 僚機構中枢の相対的独自性とは、彼らのより観念的な国家的見地か らの意志決定、あるいは意志決定にむけた指揮・主導性が、ブルジ ョアジーの階級的総意の実質的代弁とは、とてもいい難い程、喰い 違っている場合である。ただそれは、軍事を含む政治外交・経済外 交としての貿易通商や国内政治体制、また経済政策でいえば金融政 策など、統一的社会の政治的・経済的大ワク【秩序維持】に直接関 わる、高度の政治的観念性をもった分野に限定される。

 どうしてこの種の事態が必然化されるかといえば、ブルジョアジ ーは直接には個々の企業支配者として、自由競争という名の苛酷 な、弱肉強食の社会戦争の只中で生存しているため、地獄を見たく なければ、何をおいてもまず、今日明日の個別企業的利害のあくな き追究に忙殺されている。そこで、統一社会全体に直接関わるよう な、<政治>の本質的部分については、そもそも関心自体が稀薄で、 豊富な専門的知識や経験的ノウハウの集積もない、全く不得手な分 野といってよい。従って、国家統治の最も理念的分野での意志決定 に関しては、たとえその結果が、彼らに少なからぬ犠牲と損害をふ り注ぐことになったとしても、政府-官僚機構中枢の政治的判断と 決断に、委ねざるをえないのである。

 一つつけ加えておくと、ブル ジョアジーによる直接の政治的支配が最も顕著な財政政策【国民的 諸階級・階層への租税の賦課・徴収とその政策的還元】でも、例え ば国家財政の破綻から、従来の税体系を根本的に変更せざるをえな いような場合には、御用経済学者の政策提言をうけた政府-経済官 僚中枢が、かなり思い切った政治的独自性を発揮する。その場合、 ブルジョアジーは新規の税負担によって少なからぬ犠牲と損害を蒙 っても、他の諸階級・階層のそれと較べてみて、しぶしぶながら我 慢する他ない破目に追い込まれる。

 議会制民主主義体制下では、政府-官僚機構中枢がもつ相対的独 自性といっても、所詮この程度のものである。それは大きくみて、 統一的社会の経済的支配に没頭している階級と、政治的支配【正確 には統治・行政】を直持担掌している特殊な階層との、支配的階級 内部における社会的分業と、いえなくもない。ただその際決して忘 れてならないのは、国家権力に組織的に結集した、500万~1,000万 人にものぼる膨大な政治的支配層【端的には官僚・官吏層】としての 独立的分化こそが、国家権力の第三権力としての存立を直接体現して おり、それは一定の歴史的・社会的条件次第で、いかよぅにも独立化 する。社会とりわけ経済的支配階級であるブルジョア ジーの忠実な従僕から、被支配階級はもとより、ブルジョアジーの 階級的総意さえケ散らして隷属させる、社会の主人へと転化しかね ないということである。

 国家総力戦を戦いぬくための戦時国家体制下では、国家権力 は強大な軍事力の創出というただ一事を実現するために、 被支配的な諸階級・階層ばかりか、産業資本から商業資本・金融 資本にまで到るブルジョアジー全体に対しても、平時ではとうて い考えられない程大きな規制と犠牲を強要する。つまり 、戦時国家支配において、国家権力は第三権力としての形式的独立 と独自性を殆んど極限にまで押し進めることになる。しかしそれは、 議会制民主主義を温存した<民主的>な統治形態のままでは不可能 である。政府-官僚機構が議会の立法権を実質的に剥奪・吸収する ことによって直接に専制的統治権力として独立化することによっ てのみ、可能となる。

 第二次世界大戦でのイタリアやドイツの「ファシズム」国家の場合には、「ファシス ト」政治組織による国家権力の掌握と同時に議会が実質的に閉鎖 され、政府-官僚機構中枢が立法権をも吸収した。しかも、その 政府-官僚機構中枢は「ファシスト」政治組織中枢にそっくり占拠 されてしまっていた。つまり、「ファシスト」政治組織の首領がそ のまま新たに形成された専制的統治権力の首領として君臨 する<親裁>体制が出現した。こうした「ファシズム」政治革命 をまってはじめて、国民社会の徹底的な「ファッショ的」つくりかえ、 すなわち戦時国家体制の常態化という「ファシズム」社会革命が 可能となる。

 「ファシズム」国家の軍事侵略を受けた側の国家も、それを跳ね返す ためには徹底的な戦時国家体制を創出しなければならない。

 フランスはそれができずに後手をふみ、たちまち侵略されて降 服し、長い間屈辱的な傀儡政権下で苦しむ他なかった。

 イギリスは、それこそ「ファシズム」国家顔負けの強力にして徹底 的な戦時国家体制を創出して、ナチ・ドイツの軍事的猛攻に俊敏に対 処しえた。ちなみに、「戦時内閣」の首班チャーチルはその回顧録で 次のように言っている。

 私の同僚たちはかねてから特別権限を議会に要求する権利がある としていたが、最後の数日間でそのための法案が準備された。それ は、イギリス国民の生活、自由、財産に対して、政府が事実上無制 限の権限をもつというものだった。一般的に法律上では、議会で承 認された権限は絶対的なものだった。その法律は、『人々の身柄、 役務、財産を必要に応じて、あるいは便宜上国家にあずけ、公共の 安全、国土の防衛、公共秩序の維持、あるいは国王の命による効果 的な戦争遂行、あるいは社会生活に緊要な物資、役務の充足などの ため、政府によって防衛条令を制定することができる』というもの であった。

 大陸とは遠く海をへだてたアメリカの場合は、直接主戦場とはな らなかった上に、軍事力を大きく支えるズバ抜けた経済的・資源的 底力をもった超大国であったため、その戦時国家体制は、「戦争政 府」としての専制的国家権力構成という点でも、「戦争政府」によ る経済統制という点でも、はるかにルーズで、余裕のあるものであっ た。

 もちろん同じ戦時国家体制といっても、議会制民主主義から 急拠衣替えした場合と「ファシズム」国家の場合とでは,非常時の やむをえざる一時的な体制とするか、それとも常態的に固定化して 永久化するか、という点で大きく異なる。しかしともに、軍事的な 専制国家権力によって国民社会が強力に統制された専制国家-「統制」 資本主義体制という点で本質的には同じである。
第775回 2007/04/17(火)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(9)

社会統制・経済統制


 「巨大な軍事力の創出」のために必要な多種多様な物資と産業を、 滝村さんはかなり詳しく書き上げて、「武器・兵器・弾薬の生産と 軍隊の維持自体が、多種多様に発展分化した国民的諸産業との、不 可分の有機的連関において成立している。」ことを指摘する。 その上で、次のように言っている。

 従って、国家総力戦を戦う数百万人規模の軍隊が装 備する、多彩な武器・兵器の大量生産【もとより加工・修理などを 含む】ということになれば、否応なしに、明瞭な戦争政策をもった 国家権力中枢は、国民的諸産業の全体を、合理的・計画的に規制し 動員し、組織化しなければならなくなる。

 そこで問題となるのは、武器・兵器・弾薬を中心とした軍需物資の 大量生産と配給・管理のため、国民的諸産業が総動員されるが、この ような国家的経済統制は、その徹底化と進展如何によって、自由経済 の原則の下で発展開花した、資本制的経済体制を、大きく変形・変質 させかねない、根本性格をもっている点であろう。

 そして、国家がその存亡興廃をかけた国家総力戦に突入したとき、 どのような国家的経済・産業の統制が必然化されるのかを詳しく論じ ているが、ここでは箇条書き的にまとめておく。

第一
 これまで軍需生産に従事してきた企業の規模を拡張させるため の優遇措置や軍需生産への直接的転換が可能な業種【自動車・造船・ 航空機・化学薬晶など】に対する新規参入の要請をする。
 しかしそれでも、政府の戦争政策を可能とする軍備増強計画の 達成が危ぶまれるようなら、この国家的要請は、当然強制命令へと 転化する。

第二
 武器・兵器・弾薬の原材料物資として絶対に欠かせない、鉄鋼・ 金属・化学薬品・精密・重機械・電機などの重要産業に対する 国家規制と組織化が、強力に押し進められる。

 第三
 鉄鋼・金属・化学薬品などの原材料的資源、すなわち鉄鉱石・ 石炭・石油・鋼・鉛・亜鉛・錫・アルミニウム・硝石・黒鉛など を確保するために、強力な輸出入規制つまりは通商貿易統 制も必要となる。

第四
 鉄道用車両、トラック・船舶・航空機や通信施設など、 交通にかかわる諸産業は、軍需物質の生産・加工・修理・配給や軍 隊の移動に不可欠の前提となるため、広い意味での軍事関連産業で あるから当然であるが、一般の、軍需生産にかかわらない諸産業と いえども、戦況が極度に逼迫したりすれば、国家権力によって自在 に軍用に転換させられる。

第五
 しかし、国家権力による産業(資本)統制は、これだけではな い。武器・兵器や原材料物資を確保する国家的需要に、軍需関連産 業からの供給が追いつかなければ、当然、それらの価格は騰貴して、 国家財政を圧迫し、戦争計画自体が大幅に狂いかねない。 ときにはインフレ防止のための価格統制も断行される。

第六
 暴利を貪る生産・流通業者への暴利規制も、ときとして行われる。 また、軍需産業をはじめとする企業の利潤を一定の低いレヴェルに 抑え、超過ないし過剰と思われる利潤に対しては、情容赦のない国 家的制限(課税)をも課す。

第七
 統制されるのは、資本ばかりではない。労働がそれ以上強力に統制 される。
 まず労働者の貸金が規制される。というのは、労働力商品の価格 である貸金が、個別また組織的な労使の力関係の変転のなかで上昇 すれば、その上昇分は当然、軍需物資の価格に転嫁される。従って 貸金統制は、軍需物資確保のための価格統制の一環として、否応な しに要請される。

第八
 戦時国家統制の核心は、国家権力による計画的な軍事生産の確立 と完遂にある。しかしそのためには、軍需生産の現場における、労 使関係の調和と協調が大前提となる。そこで、労働争議やストライキ は、直接に国家的犯罪として禁圧され、違反者は厳罰に処せられる。

第九
 国家財政の問題として、予算の過半近くは軍事費にあてねばならないため、各種の戦時課 税を加えても税収だけではとても間に合わない。国債(戦時国債)が 乱発される。そしてインフレ抑止のため、貨幣・信用秩序の維持が 図られ、中央銀行による金融業界への強力な統制が開始される。

第十
 そして最後に、数百万人規模にまで膨れ上がった軍隊と国民一般 の物質的生活、とくに食糧をはじめとする生活必需品の配給制度 が、流通関連業界の規制と組織化を通じて行なわれる。
第774回 2007/04/12(木)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(8)

国民社会の統制・国民皆兵



 戦時国家は巨大な軍事力の創出というただ一点で国民社会を強力 に支配・統制することから出発する。

 わが国の哲学者や文献学者たち、つまり人間社会の歴史的実相や 生きた人間に即して、理論的な考察を加えたことのない、世界的に も類のないノー天気な「学者」たちなら、この<ただ一点>という 言葉だけ聞いて、〝なんだ、たったそれだけのことか″とかいって、 たちまちソツポを向いてしまおう。それも仕方あるまい、 この<ただ一点での強力な統制>が現実には一体どのような形で 展開されるかなど、全く彼らの想像を絶する世界だからである。 だが、この<ただ一点>が実は大変な曲者なのだ。

 それは、ちょうど体中に張りめぐらされた血管のただ一点から 注入された毒物が、たちまち全身をかけめぐり、生理体の衰弱と 死をもたらすように、この<ただ一点での強力な統制>は、国 民社会の政治的編成と経済体制を、ごく短期間の間に大きく変形 させ変質させかねない程の、極めて深刻・重大な問題を、注入す るからである。

   軍事力とは要するに物理的な破壊・殺戮能力のことである。 4月2日、上田埼玉県知事が新職員就任式の式辞で、自衛隊員は 「人殺しの練習をしている。」と言ったとかで非難されたが、 別段非難すべき発言ではない。自衛隊は世界有数の軍隊だし、 破壊・殺戮の訓練をしているのは明々白々の事実だ。

 軍隊は、死をも恐れず戦うよう洗脳された特殊な人々より 成る破壊・殺戮集団だ。兵士は破壊・殺戮のため、武器・兵器・武 技の修得を十二分に訓練される。「巨大な軍事力の創出」とは、 そのように訓練された膨大な規模の兵士より成る軍隊を組織・維持 するとともに、破壊・殺傷能力のある多彩な武器・兵器・弾薬を、 つねに大量生産して供給しつづけることである。これが国民社会に 「極めて深刻・重大な問題を注入する」ことは言うまでもないこと だろう。

 <近代>以降の国民国家では、戦時における<国民皆兵>の原則 が確立されている。そこで平時から市民権ある成人男子は、のべ 数ヶ年に及ぶ軍隊生活(軍事訓練)が義務づけられている。

 これは、とくに西欧において中世後期以来戦争がもっぱら金銭契 約で備われたプロの軍隊(傭兵)によって代替されてきたことへの 反省と反発から、祖国の防衛と発展のために命をかけて戦うことは、 何物にもかえ難い名誉ある国民的権利とされたことによる。 従ってこれは、例えば<アジア>の専制国家による、一種の徴税 がわりの軍事賦役的性格をもった、傘下領民の戦時的徴集とは、 確かに違う。

 しかしそうはいっても、国民皆兵制にもとづく徴兵によって、 国民社会の成人男子全員、いいかえれば一家の大黒柱や若い働き 手が、ごっそり無償でひっこぬかれ、いつ命を落してもおかしく ない、戦場という名の死地へと半ば強制的に駆り立てられること に、少しも変りはない。

 だからこれは、よく考えてみれば大変なことなのだ。その大変さ は、現在日本でちょっとしたアルバイトをすれば時給千円、大学出 のサラリーマンが退職するまでの三十数年間に、ざっと二億円から 二億五千万円を稼ぐといわれていること一つとっても、よくわかる はずである。

 徴兵制がスムースに遂行されるためには、「祖国の防衛と発展のために命を かけて戦うことは、何物にもかえ難い名誉ある国民的権利」であ ることが、国民に周知徹底されていなければならない。その前提として まずは、「天皇への畏敬の念」やら「伝統文化」やら「自慢史観」などの 共同幻想を注入しておかなければならない。学校教育はそのためにある。 そこでは自立した教師や考える生徒は癌である。排除しなければなら ない。戦争はまず学校から始まる。

 すべての成人男子が、国家・社会の防衛と発展の ため、たった一つしかない生命を落して当然、生きて帰ればむしろ 僥倖といった心情で、武器を手にして戦場へ向うことに、大きな、 そして頑強な抵抗がないよう、国家権力は日頃から,とくに学校教 青やマス・コミなどを駆使した大衆思想教育によって、国民的レヴ ェルでの思想的組織化を、強力に押し進めておかなければ、国民の 軍事的徴集など、とても不可能なことを意味している。

 欧米で成人男子に数ヶ年間の軍隊生活が義務づけられているのは いつでも武器を手にできるための技術的修得とともに、戦時には 国家・社会のために生命を捨てて闘うことの意義を、身をもって 感得させる思想教育としての側面もある。というのも、議会制民 主主義-資本主義体制を生み出したところでは、ややもするとブ ルジョア個人主義思想が国家・社会ぬきのたんなる利己主義へ転落 しかねないからである。

 これにひきかえ「ファシズム」思想では、私的個人は、世界征服 に向って邁進する当該国家・社会の捨石となることに、無上の名誉 と歓びを感じるものとされた。従って、「ファシズム」思想による 徹底的な大衆思想教育の進展と成功の所産として成立した「ファシ ズム」国家は、この種の思想的困難を、最初から克服して出発した ところに、大きな強味があったといえよう。
第773回 2007/04/11(水)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(7)

ファシズム国家:戦時国家体制の常態化


 「ファシズム」思想の根本の政治的理念は、外的国家としての 異常な排外侵略主義的な自己主張であり、極限的には世界征服に よる世界帝国形成という夢想に至りつく。したがって当然、 自らの国家を世界帝国として位置づけるために、戦争をつぎつぎ に勝ちぬいてゆくために国家・社会全体を強力無比の軍事的組織 として編成することが究極的な課題となる。つまり、戦時国家体 制を常態化させることであり、一種の「社会革命」が断行される。

 しかしその「ファシズム」社会革命は、専制的に強大化した 国家権力のもとでのみ可能である。つまり、「ファシズム」政治革 命の先行を前提としてみ実現される。

 ヒットラーはロシア革命に成功したマルクス・レーニン主義の 「前衛-大衆(後衛)」という組織・運動論を高く評価し、それを そっくりそのまま借用した。
 まず、強力な政治的指揮中枢としての前衛政党・ナチ党の建設 を強力に推し進めた。その前衛党をてこに、たえざる政治的な思想 教育と指導をつうじて大衆を組織し、これを自在に支配し操縦でき るようにした。そのようにしてはじめて、国家権力奪取が可能と なった。ヒットラーは次のように言っている。

「私はマルクス主義から多くのことを学んだ。ためらうことなく、 それを告白できる。退屈な社会理論と唯物史観、〝限界効用理論″ その他の馬鹿げたしろもののことではない。マルクス主義の方法を 学んだのだ。小心な商人風情・書記風情が、おっかなびっくり始め たものを、私が本気でとらえなおしたのである。ナチズム(国家社 会主義)の理論はすべて、この中にある。もっとくわしく考察して みたまえ。労働者体操協会、経営細胞、大衆デモ、もっぱら大衆に 理解できるよう起草された宣伝文書。これら政治闘争の新しい手法 は、本質的には、マルクス主義者に帰せられるのである。私は、こ の手法をただ引き継いで発展させさえすればよかったのだ。それだ けで本質的にわれわれに必要なものは、手に入ったのだ。社民にお いては何遍となく破綻をきたしたことを、私はただ首尾一貫させて 継承すればよかった。彼らの破綻は、革命をデモクラシーの枠内で 実現しようとしたという事情のためである。/ナチズムとはマルク ス主義がデモクラシーの秩序との馬鹿げた人為的な結びつきを切り 離した時の理論である」

 このヒットラーの言明について、滝村さんは次のように述べている。

 「学識」ある左翼・進歩的知識人たちは、マルクス主義の経済理論 を、あろうことかそれと真向うから敵対した新古典派の限界効用学 説ととり違えていることをみて、まず百人が百人、ヒットラーを頭 から軽蔑してしまうに違いない。

 しかしこの種の、とんでもないとり違えだけを切り取ってきて、 大ゲサにわめき立てるのはバカげている。というのは、一般知識人 のように十数年に及ぶ長い長い学校教育のなかで、膨大多岐にわた る「学識」を教養的に身につけること自体を目的とするのではなく て、何よりも「独学」で、自己の思想的修練と完成の、たんなる知 的手段と素材として、「学識」を自在に扱おうとした孤独な実践的 思想者に、この種のとり違え、というより正確には「学識」的欠如 が随伴することは、むしろさけられないからである。

 そんなことより注目すべきは、マルクス主義から継承した本質的 なものが、革命に失敗したドイツ社会民主党でさえ、不徹底ながら 実践的に展開した、レーニン主義の組織・運動論にほかならなかった ことを、ヒットラーがここで全く疑問の余地のない明晰さにおいて言 明している点であろう。

 「ファシズム」社会革命、つまり戦時国家体制の常態化とは具体的に はどういうことなのか。

 第一次大戦では、植民地の奪い合いと配分という世界支配をめ ぐって、欧米の新旧帝国主義列強が死力を尽して戦う戦争となった。 戦争は長期化し、戦争当事国の国民社会に与えた物的・人的被害は 極めて甚大であった。これはそれまでのような、常備軍を中心とし た、いわばプロ同士の戦いではなかった。それは、一つには国民社 会の全成員(成人男子)を軍隊に送った(国民皆兵制)。もう一つ は資本制的生産が可能とした高度な生産力の総力を、武器・兵 器・弾薬などの大量製造に転換・専念させることになった。 そのようにして創りだされた強大な軍事力をもって相互に戦う 国家的総力戦に他ならなかった。

 この第一次大戦時の帝国主義列強によって模索的・試行的に 行われた戦時国家体制を真剣に検討することを通して、 「ファシズム」社会革命の理論的体系化と政策的具体化が遂行 されていった。

 滝村さんは次に、戦時国家体制の具体的な様相を、次の二つ の面から検討している。

(1)国民社会の統制
 国民社会の構成員と高度の生産力を、巨大な軍事力の創出に 収赦させること。つまり、国民社会の軍事的編成と組織化。

(2)統治形態
 国家総力戦を戦いぬく軍事国家として機能する形態に国家権力を 再編成すること。
第772回 2007/04/09(月)


今日の話題

都知事選の総括:さまざまな言説

 昨夜はほとんど言葉を失い、ほんの片言を並べて寝てしまいまい ました。今朝は少しはまとまったことを書いて心を整理しようと 思いました。その前に日課のネット・サーフィンをしたところ、さま ざまな優れた言説に出会いました。私の知らなかったことのあるし、 私の思いを見事に代弁してくれているものもあります。私のつたない 言葉はもう不用です。私の琴線が特に強く共鳴したものを転載して おきます。誰よりも私自身のために。

(1)
 ですぺら さんによる、浅野さんの立候補の意義と浅野さんへの感謝の言葉

「浅野史郎さんへの手紙」  
このたびの選挙戦、御苦労様でした。そしてどうもありがとうございました。

私のような原理主義的左翼がこれを表明することは、むしろ票を減らしてしまうのではないかと危惧し、公然とは表明したことがないのですが、浅野さんのマニフェストは、行政の首長のものとしては、全面的に賛同できるものでした。
現状のファシズム情勢、石原慎太郎が三選してしまうようなきわめて恐ろしい状況下で、「何が必要なのか」ということをもらさず示したものであったと思います。
投票結果は、現状の力関係の反映であった、というしかありません。
現在の民主主義勢力+左翼の力量とは、これだけのものでしかない。
このような、冷たい、人の尊厳を蹂躙するような、また蹂躙された人々をみなであざ笑うような社会、そしてそれを「美しい国」だなどという奇怪な自己イメージで表現してしまうような社会。
こういった社会関係が我々の周りを多い尽くしています。
なによりもこのような社会関係に地殻変動を起こさしめることから始めるのでなければならないのでしょう。

しかし、浅野さんに立候補していただいたことにより、あたかもそこには存在もしていなかったかのように扱われてきた人々が、「反石原勢力」という形で、姿を持ってたち現れることが出来ました。
そしてそれは浅野史郎さんでなければならなかったと思います。
まだ長い冬は終わっていないのでしょう。
この冬を終わらせるための動き、行政や政治に介入していく動きは、これからもそれぞれの場で続きます。

浅野さん、どうもありがとうございました。
これからも、共に、あるいは別個に、がんばりましょう。


(2)
 大岡みなみさんの 身辺雑記 の4月8日(日曜日)の記事は、今回の選挙戦の戦術・戦略の反省点を、 ジャーナリストの目を通して総括しています。

都知事選を振り返る

 東京都知事選は、石原慎太郎氏が3選を決めた。世論調査や各種情報の分析などから考えれば、予想通りの結果と言えるだろう。残念だけど。しかし石原氏が300万票近くも得票し、ここまで圧勝するというのは意外だった。現職に「勝てる可能性がある」唯一の候補者とされた浅野史郎氏(前宮城県知事)の敗因としては、1)浅野陣営の選挙活動があまりにもお粗末だったこと、2)吉田万三氏(元足立区長)を推薦する共産党のネガティブキャンペーンの影響が大きかったこと、3)現職の石原氏が役者として2枚も3枚も上手だったこと──、以上の3つが考えられる。

 浅野陣営は選挙戦の終盤になって、ようやくビラやポスターを一新したが、それまでに配っていたビラやポスターがあまりにもひど過ぎたのは、やはり致命的だった。3月30日付の「身辺雑記」でも書いたように、どこの候補者のビラなのか、何を訴えようとしているのか、そういう基本的なことが有権者に全く伝わらない選挙のビラなんて、普通に考えてありえないことだろう。そんなものを何十万枚配ったところで意味も効果もない。どこのだれがビラを作って選挙戦の指揮を取っていたのかは知らないが、浅野陣営の支持者たちは、そういう何の宣伝効果もないビラを一生懸命に配るという無駄な努力を、1週間も続けていたことになる。これは痛い。

 そしてその間、吉田氏を支援する共産党は、浅野氏に対する非難や悪口雑言を、石原都知事に向ける批判よりも大量に流し続けた。これに石原陣営から浴びせられる浅野批判を合わせると、浅野氏のダメージは相当なものだっただろうと考えられる。浅野氏が政策や人柄を訴えるよりも前に、マイナスのイメージが有権者にインプットされてしまえば、浅野氏の訴えはなかなか届かない。選挙戦とはそういうものだとはいえ、有権者の判断はシビアである。

 一方、石原氏は選挙戦の最初から低姿勢を崩さなかった。いつもの傲慢で不遜で高圧的な態度はすっかり影を潜め、告示前の公開討論会に登場した際にも開口一番、「喉を傷めていてね、本当は裕次郎くらいいい声なんですけどね」などと発言するあたりは、自分を売り込むポイントを心得た役者ぶりを見せつけた。そして記者会見や街頭演説でも、「説明が足りなかった」「反省してる」「再起動します」と頭を下げた。「あの石原さんが謝っている」「いじめられてかわいそう」という意外性に、多くの都民は惹き付けられたのだろう(大いなる勘違いなんだけど)。そこで石原氏はすかさず、「みんなで夢を見ようじゃないか」「安心安全な街づくりを」などと訴えて、頼れるカリスマ都知事をアピールするのだ。だれの演出かは知らないが、石原氏は役者として2枚も3枚も上手だった。

 石原氏には選挙戦で示したその謙虚な態度を、3期目の都政で実践してほしいと願うばかりだ。それは無理な注文か。



(3)
 「カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記」さんが、 沈タロウの得票数のうち支持母体(新興宗教関係)からの数を 次のように推定しています。21世紀になっても宗教が政治を牛耳っているこ とになります。もしこの通りなら、沈タロウ三選はいまなお蒙昧の 暗闇に生きる者たちの勝利です。

東京都知事選、得票数

石原慎太郎 2,811,486票

浅野史郎   1,693,323票

吉田万三    629,549票



東京都の有権者数は10,409,199人。石原慎太郎の得票率は、全有権者の27%。…281万人か… 全国の霊友会信者数が440万?らしいから都内にはだいたい40万人くらいいるか。創価学会は今回石原慎太郎を支持しているだろうから(確認してないが)、信者数800万のうち都内が80万くらいか。立正佼成会も今回石原慎太郎を支持しているだろうから(確認してないが)信者数300万のうち都内が30万くらいか。崇教真光と石原慎太郎は繋がっているから、信者数50万、都内信者5万くらい。これらを足すと185万。その他佛所護念会教団や日本会議系の有象無象な新興宗教が石原慎太郎と繋がっている。これら有象無象な新興宗教信者が都内にどのくらいいるかよく判らないが、281万票のうち、200万くらいは新興宗教団体票だと思ってよさそうだ。日本政治はこれら新興宗教により強引されている。

(4)
 「旗旗」さんの9日の記事は秀逸です。選挙に対する考え方 や今後の闘い方など、私が思っていることとピッタリです。

4月8日の記事


何やってんだか!

 結局は最後もこの一花花さんの風刺画で終わることになりましたね。「ふみ潰される5秒前」って感じでしょうか。

 さて、選挙も終わりましたので、今まで控えていたことも含め、かつ何度もグチグチとくり返すことなく、一回ですっぱりと書いてしまいたいと思います。

 もちろん、ご批判は甘んじて受けますが、このエントリー以外の場所で反論の応酬をするつもりはありません。「君はそう思うんだね。でも僕はこう思うんだ」という、意見の違いは違いとしてお互いに尊重、了解し、それを双方が完全に認め合って、相手の無礼や罵倒(と、こちらの立場からは思える)ことにも可能な限り冷静に忍耐し、逆にむしろ一致できるところを積極的に(←ここ重要)さがして手を結んでいくべきだと思っています。従来からもそう思っていましたが、今回の選挙はその確信をより強固にするものでした。

 批判や異論がありましたら、是非ともこのエントリーのコメント欄にズバズバ書いて下さい。トラックバックもお願いします。ただしいつまでもあちこちにネチネチ延々といつまでもからまれるのはお断りです。お互いの意見の違いを100%認め合いながら、明日からまた手を取り合って打って出て行きましょう!

●無党派革新の思い

 私たち革新無党派は、「入れたい候補」ではなく、「よりマシな候補」に投票することに慣れています。つーか、選挙とはそういうものだと思っています。今回の都知事選で、本来なら私たちと同じ反石原のはずの共産党支持者が、唯一石原氏に勝てる見込みのあった浅野さんを支持した革新無党派層を激しく攻撃し、結果として石原三選を助けたのも、このあたりの感覚の違いが非常に大きかったろうと思います。

 18歳で革命運動に飛び込んだ私にとって、選挙なんてもんは最初から常に「よりマシな候補に投票するもの」であり続けたのです。成人して以来今日まで「入れたい候補」なんぞというものに、ただの一人もお目にかかったことがありません。候補者段階にしてからがそうなのですから、「俺の見解を『代議』する『代議士』が議会に議席を持っていたことなど、過去に一度も無い」という黒目さんの言葉にも、思わず大きく頷くばかりです。

 ただし例外があります。それはとにかく現職や今の政権が酷すぎて、「意見の違い」では絶対にすませられない時、あるいはわかりやすい例では「基地や原発の設置の是非」など、個別課題が焦点化している時です。こういう場合には、是が非でも反対派に勝ってもらわないと困ります。そんな時、私たち革新無党派層は、反対陣営の一本化を求めるのです。小泉政権誕生から後は、最小限としても反改憲派の候補統一、できることなら野党陣営全体の候補統一を求め続けました。しかし反対派は常に分裂し続け、一貫して与党側が相対的に少ない票数でも勝利が可能であり続けています。9・11の衆院選もそうでしたが、とりわけ3年前の参院選や、今回の都知事選などは、私のような層が統一を求め続けたその典型例と言えます。しかし今回も政党の都合を前にしてその願いはかなえられませんでした。

●共産党の戦略は「党派」としては合理的だったが…

 共産党支持者の方々の善意はともかくとしても、今回の都知事選における党中央の狙いは全く持って明らかでかつ非常に合理的です。過去の都知事選における共産党候補の得票は、供託金没収にならなければ大勝利という程度のものです。これがいきなり10数倍になるわけもありません。都知事選での勝利なんて、党中央は最初から考えていません。本命は今夏の参院選東京地方区なのです。ここでは共産の候補者が、民主党などの候補者と最後の1議席を争う展開が予想されています。そう考えると都知事選で無党派主導の反石原陣営の一翼となり、他党と枕を並べてその中に溶けてしまうことは得策ではありません。共産党がそれを呑める条件は、自分が主導で選んだ候補に他党が頭を下げて乗ってきた場合のみです。

 つまりここはたとえ石原を三選させても、共産党支持者を強固に固めて浅野への票の流出を防ぐ。そして反石原どころかむしろ民主党批判にからめて浅野陣営を主要に攻撃し、その票を奪って共産党候補に上乗せしていく。それを参院選につなげ、民主党との叩き合いにも競り勝っていく。勝手連の一つに過ぎない民主党批判をしきりと持ち出して、市民運動に担ぎ出された無党派の浅野さんを「民主党候補」のように描き出そうと必死になっていたのも、この流れです。たとえこの戦略が原因で石原が三選されようとも、あれだけむちゃくちゃな石原さんなら、都議会において「先鋭に対決する唯一の野党」として共産党の存在感はむしろ高まります。もしこれが穏健な浅野都政になってしまったら、共産党は文字通りの平凡な野党になってしまい、存在感が薄れて参院選にも良い結果をもたらさない可能性がある。

 また、浅野さんの当選を助けたところで、「当選後はどの勢力の指示も受けずに都民のことだけを考えて自分で判断する」と断言している浅野さんです。民主党はもともとが共産党には冷たいし、無党派市民運度はすべての政党に対して常に是々非々で、安定した「民主勢力(=共産党公認の”無党派勢力”)」にはなってくれそうもない。つまりは選挙後は使い捨てにされ、その高揚感は民主党に流れてしまうかもしれない。

 こうして浅野さんの立候補表明直後に出された、志位さんの異常なまでに激しい浅野攻撃は全国の人々を驚かせましたし、私もびっくりしました。これで大喜びしたのは石原氏を支持する人だけです。あとはみんな失望しました。それまで反石原統一候補を模索し続けてきた人々は、共産党も石原都政打倒を切望している「仲間」だと思いこんでいましたし、五分五分以上の確率で、浅野さんによる反石原統一候補の実現を楽観視していました。それだけに志位声明は大きな失望と落胆をもたらしました。

●共産支持ブロガーと非左翼ブロガーの「論争」について

 統一候補に尽力してきた市民団体からは、私のような一般市民に対して、共産党の候補者である吉田さんも人格的に素晴らしい人であることや、反石原陣営同士での泥試合や人格攻撃などをしないようにという呼びかけが、メーリングリストなどを通じて、何度も何度もくどいほどに行われました。最後の最後まで仲間として手を差し伸べ続けようと。

 しかし、ヒートアップする一方の共産陣営の浅野攻撃に対して、このような自制を求める呼びかけに最後まで従ったのは、皮肉なことに私のように党派経験のある「極左出身」、それも比較的小党派な時代を経験したことのある人達だけだったと思います。私のような人間は、こういう大組織のゴリゴリしたセクト主義にも、またそれに耐えることにも慣れっこになっているのです。しかし大部分の左翼でも何でもない一般個人の反石原ブロガーなどはもとよりメーリングリストなども見ていない人が多いですし、この共産の攻撃に真正面から応戦する形で共産党支持者のブログなどへの攻撃をはじめ、結果として共産党系の人々の浅野攻撃をますますヒートアップさせてしまいました。これは石原陣営と共産党中央にとっては、むしろ願ってもない展開だったでしょう。とりわけ石原陣営にとってはそうです。

 こういう場合だいたい本人たちにとっては「大義ある論争」で、「自分たちに100%の理がある」とお互い勝手に思い込んでいるわけです。その気持ちは私のような経験者なら痛いくらいわかるし察してあげられるのですが、論争されている内容に全く興味がない一般市民からみれば、ひたすらに「野党同士の醜い泥試合」「敵前での内輪もめ」「関わりたくない内部分裂」にしか見えないのです。それはもう断然に保障してもいいくらいそうです。いずれにしてもちっぽけで大衆化されない「コップの中の論争」です。そうならないように、そいつは帽子だ!さん提唱の「反石原をテーマにした夢の保革一騎打ち」路線に賛同したのですが、結果としては個人ブロガーの力でセクト主義を超える論争を巻き起こすことができず、互いを攻撃しあうだけの「反石原陣営の内輪もめ」にしかなりませんでした。残念です。

●左派内部のセクト主義を超克しよう

 保守とファシズムが争っている時に、左派が左分裂して独自の潮流を作るか、あるいは反ファシズムの統一戦線に加わるかは、常にケースバイケースです。いちがいにどちらが正しいとは言えません。今はファシズム勢力の側が、分裂して小さくなった左派勢力を個別撃破している時代ですので、一般的に闇雲な左分裂はたいてい良い結果をもたらさないと思います。多少の意見の違いは乗り越えてでも、できるだけ幅広い意味での左派が可能な限りまとまるべきだと思っています。

 ともあれ、共産党の戦略は、「共産党とそれを支持する”民主勢力”が伸びることだけが唯一この国を救う」という、唯我独尊のオール与党批判の立場に立つ以外に正当化することができず、かつその立場に立てば一定の合理性を有しています。しかしそれでは、石原都政に心を踏みにじられた人々の苦しみは救われることがありません。そういうのをセクト主義というのです。あまり詳しくは申せませんが、実は反石原や反ファシズム、改憲阻止の運動をそのものを育てていかなくては、この国は大変なことになると考えている党員や支持者も多いのです。志位さんの激しい声明も、実は党内における「今、石原を現実に打倒しておかなければ」という声や空気を一気に吹き飛ばして、「勝てる見込みがなくても断固として独自候補でいくしかない」という引き締めの意味がありました。あれは党外に向けたものではなく、党内に向けた声明だったと見るべきです。しかしとりわけインターネットなどを駆使されておられる若い世代の党支持者に、こういう流れがわかっていない人が多い。本当にこの国の大衆運動には「歴史」というものがありません。

 私のような人間は、活動家時代に、小さな世界の中でのことですが、いろいろな戦線や現場でこういう大小のセクト主義を散々に見せ付けられてきました。セクト主義を振りかざしている本人には、その犯罪性が見えないのです。私もそうでしたし、対立する(共産党を含む)大党派の皆さんもそうでした。なにしろ自分たちの主張が正しいわけですから、その主張をおろして妥協したり、自分たちの勢力が一時的にでも弱まることはなのです。反対に、民衆の闘いが「一時的に後退したように見えても」その結果として自分たちの勢力が強まれば、それは善なのです。一般の民衆は、正しい彼らが最終的に勝利するまで待ち続けるしかありません。できることは彼らを支持して、その日が一日でも早くくるように100年でも頑張って我慢し続けることだけです。

 さて、今回の不毛な争いは、相対としての反石原陣営そのものを弱体化させる結果だけをもたらしました。それ以外に得るものは一つもなかったと言えるでしょう。共産党は一時的に自分たちの力が弱まってでも、少しでも民衆を救う方向に事態を動かすことを拒否しました。このようなセクト主義的な戦略が功を奏して、参院選などで勢力を伸ばすことができるのでしょうか?少なくともこれまで共産党に票を投じることも多かった私は、すっかり共産党から心が離れてしまいましたし、間違ったことをした時には、それなりのペナルティがあってしかるべきだと私は思います。私たちにそれができるのは、選挙の時しかありません。投票箱の中のことは、それ以前の各党の行動を公平に見比べて1票だけを行使するものですから、それは「私の意見」であって、相手の意見を認めないこととは異なります。

 こう書くと、すぐに共産党とその支持者は「反共」などとレッテルを貼ります。私は反共ではありません。ただ共産党でも誤った行動をした時には批判するだけです。「共産党批判」と「反共」の区別がつかないうちは、また、「反共産党の左翼」というものの存在を認めて、そういう人とも手を結べないうちは、共産党は永遠にセクト主義から抜け出せないことでしょう。

 意見の違いを乗り越えた左派の大同団結を求める声に対して、「あいつは共産党を批判しているから左派ではない」というお決まりのレトリックなど、コミンテルンの昔ならいざ知らず、21世紀の今日では、一部の党員の脳内でしか通用しません。左翼運動を全く知らない人にはお笑い種でしょうが、そのために「ニセ左翼」という独特の共産党用語まであったのです。あったどころではありません。今でも自分と意見の違う左派に対するレッテルとして使っている化石のような人も一部ですがいるのです。共産党にも他党に対するのと同じように異論を唱える市民団体に対しては「反共市民運動」なんて、ほとんど「右翼が市民運動でもはじめたの?」という爆笑の用語まで80年代から90年代にかけて多用されていました。小田実も共産党からは反共主義者扱いされていました。

●今後の闘いにおける心構えについて

 選挙における私たち革新無党派層の最大の関心事にして投票行動を決定づけているものは、どうすれば与党の議席を減らせるかということです。組織を辞めて普通の生活に戻ってからは、そのあたりは「意見の違い」の範疇におさまっておりました。しかし小泉政権の登場でそれも一変します。何としても勇退ではなく辞任で終わらせたかったし、前回の参院選ではそれが可能だったのに残念です。いずれにせよ、自民党から共産党まですべては体制内の議会主義政党ですから、多数派ゲームでどこが勝っても体制そのものがひっくり返るわけではありません。プロ野球なんかでも、巨人が圧倒的に強かった時代には、とにかく巨人が負けたら喜ぶという「アンチ巨人ファン」なんて屈折した人がいましたが、革新無党派層なんて早い話がそんなようなもんです。

 私はいわゆる典型的な京都人でして、権力者や政治勢力なんてもんは、主義主張にこだわらずに使えるところは使う、そしてどこにものめりこまないという発想が強いです。過去の経歴からは不思議に思われることも多いのですが、同時に京都では左翼や右翼もそれなりに強かったりします。総じてそういうものに寛容なんですね。共産党もまあ、学校や病院を建ててくれたり、値上げに反対してくれたりで、好景気の時は「使える」政党でありましたし、特に何の拒否感もないのですが、それはただそれだけのことです。その程度のことでは、多くの人にとって、何が何でも共産党を支持するような理由にはならないと思います。いいかげん「諸要求貫徹運動」だけでは人々の魂は揺り動かせないと気がついてほしい。期待とエールをこめて切に願います。浅野さんがベストの候補者でないことをいくら力説されても、そんなこと先刻承知なわけです。誰でもいいわけではありませんが、石原氏を無色透明で中立の浅野さんに差し替えることが、私たちの最大の目的だったわけです。残念です。

 今後も自民党主導政権を打倒するために共産党を含めた統一戦線を模索し続けることは必要だと思います。もはや党中央には期待できませんが、それでも現場レベル、反改憲など個別戦線レベルでの共闘や統一行動で力をあわせていくことを絶対に諦めてはいけません。共産党とその支持者の皆さんにも、反ファシズム陣営の分裂がどういう結果をもたらすか、脳内で勝手な「成果」をでっち上げることなく、あるいは敗北の原因を「反共勢力」のせいにすることなく、今回の結果から骨身にしみてお互いに理解していかなくてはなりません。そう考える支持者の人々も実は多いのです。

 もちろん党中央の変化は期待薄だと言っても、そこは共産党は中央統制がきく党です。それゆえいろいろと難しい点があると思いますが、大衆戦線や大衆団体のレベルでなら可能なことも多いと思います。今後とも統一を求める声で共産党を同志的に包囲していきましょう。また、それと同時に、場合よっては今後とも、自民-公明ブロックのみならず、後ろから攻撃してくる共産党中央の壁も乗り越えていかねばならないこともあると思います。それは選挙だけではなく、大衆運動の現場でも同時に覚悟しておくべきことでしょう。そこでは「忍耐」が物を言うというのが、今回の教訓だと肝に銘じてください。

 いずれにせよ、無党派のみならず実は党派に結集している人々も含めて、政党は自分たちの未来を託すものではなく、民衆のための機関(道具)にすぎないと考えます。どこかを不変に支持し続ける必要などなく、その時々で人民に一番役にたつ機関を、一番役に立つ方法で使っていけばそれでよいのだと私は思います。

 しかしどうして年代が若くなるほどセクト主義的に中央と同じ見解で固まっていくのか?なんとなくわかる気もするし、不思議なようでもあります。それだけ物事を斜めから見ようとしない、裏を考えようとしない、言われた通りに信じる、つまりは純粋ってことなんでしょうけれども。


詩をぞうぞ(28)
自由への挽歌



  ボンタン  室生犀星

ボンタン実る樹のしたにねむるべし
ボンタン思へは涙は流る
ボンタン遠い鹿児島で死にました
ボンタン九つ
ひとみは真珠
ポンタン万人に可愛がられ
いろはにほへ(ヽヽヽヽヽ) らりるれろ(ヽヽヽヽヽ)
ああ らりるれろ(ヽヽヽヽヽ)
可愛いその手も遠いところへ
天のははびとたづね行かれた
あなたのをぢさん
あなたたづねて すずめのお宿
ふぢこ来ませんか
ふぢこ居りませんか

第770回 2007/04/05(木)


今日の話題

石原落選運動勝手連の方からのメッセージ

都知事選を控えて(落選運動勝手連より)
 東京の都知事選の投票が8日にせまっています。

 2期におよんだ高齢の石原知事による都政をこの機会に転換させるべく、皆様にこのメールの転送、ブログ転載をお願いしたいのです。落選運動です。

 石原知事の都政は、ディーゼル車規制や国への対決姿勢などプラスに見える部分もあるものの、あくまでそれは例外。人権無視で好戦的、福祉の著しい後退、そしてその一方で税金の私物化など、筆舌に尽くしがたいひどいものでした。
 銀座に戦車を走らせたことに象徴される彼の都政は、市民社会に必要な、異なる考え・価値観の者が「共生できる寛容」を失わせる「強制による一様性」の政治です。「君が代を歌わない者も存在できる多様性」を処分によって否定する彼の教育行政がその頂点です。これには天皇も苦言を呈する(園遊会)ほどですが、拍車がかかるばかりで見直される気配はありません。

 こうした政治のもとで、障がい者やセクシャル・マイノリティ、在日外国人などのマイノリティはその生を否定され、苦渋にみちた人生を強いられています。人間の尊厳を否定する政治、それが石原都政です。

 また、マイノリティだけでなくマジョリティにも悪政が及んでいます。福祉・保健医療の後退は著しく、保健所につづいて、都立病院も半減させられようとしています。性教育の抑圧により、HIV感染はおそろしい勢いで広がっています。

 さらに困ったことは、こうした悪政が全国へ、そして国政へと影響を及ぼしていることです。

 石原知事は、この3年間でもっとも多く税金による高額接待をした相手である佐々淳行氏を選対本部長に据えました。納税者をなめきっているのです。

 しかし、私たちには希望があります。

 検討資料として下に転載した新聞記事に見られるように、もしかしたら石原知事を落選させることができるかもしれない情勢です。無党派の人々が動けば結果に結びつきます。選挙に関わったことのない多くの市民が立ち上がっています。

 かつて団塊の世代から親の戦中世代がつきつけられたように、私たちの子供たちから「あの時、何をしていたの?」と突きつけられないで済むように、今、できることをしませんか?

 お願いします。このメールをお知り合いに転送し、また、ブログに転載してください。全国にかかわることだから東京の人にかぎることはありません。転送の輪が広がれば、私たちの「微力」が積み重なって、もしかしたら大きな力になって、日本、そして世界の未来を変えられるかもしれません。一人が5人に転送してくれれば、9ステップ目で東京の人口を、12ステップ目で日本の全人口を超えます!

 このメールを読んであなたがすぐ転送してくれれば、ネットならあっという間です。

 このメールの転送の輪が広がり、そして一人一人が投票所でなすべきことをすれば、石原を落選させることができます。
 私たち一人ひとりは「微力」ではあっても「無力」ではないのです!

〈検討資料〉
◆4月1日読売新聞(11面)より
 2期の実績をアピールする石原がリードし、浅野が激しく追っている。石原は、ディーゼル車の排ガス規制などを実現させた強力なリーダーシップへの評価で幅広い層で支持を集める。反面、トップダウンの政治手法など“石原流”への批判もあり、全体の46%を占め、5割が態度未定の無党派層の動向次第では、情勢が流動的になる可能性もある。

 高額の出張旅費などで批判を浴びた危機感から、過去2回とは一転して自民と公明に支援を要請。無党派層を取り込むため、政党推薦の形式は取らないが、国政時代にもなかった組織型選挙を展開する。自民支持層の6割、公明支持層の6割弱を固め、民主支持層の2割の支持も得ている。

 浅野は、過去3回の宮城県知事選と同様、市民参加型の選挙戦を重視し、無党派層では石原に迫る勢い。ただ、街頭演説でも、支援する民主、社民の政党色を消してきたため、両党支持層への浸透が進んでいない。支持層の5割しか固め切れていない民主は、管代表代行ら党幹部が連日応援に入り、巻き返しを図る。

 吉田は共産支持層の一部が浅野に流れるなど、苦戦している。
第769回 2007/04/04(水)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(6)

ナチスの組織編成原理


 世界が最優秀民族によって支配され、劣等民族は絶対服従と自己犠牲 に徹することで真の平和が達成されるというナチズムの根本理念は、 民族内部での組織や制度の編成原理にも敷衍される。

「民主主義的大衆が思想を拒否し、最良の民族したがって最高の 人間をこの地上に与えようと努める世界観は、その民族の中におい てもまた論理的にいって、同じように貴族主義的原理によって、 最良の人物にその民族の指導と最高の影響力を確保しなければな らない。それゆえこの世界観は多数のものの思想の上にでなく、 人格の上に構築せられるのである」

  少数の指導者による専制的支配形態のもとで、一般大衆は全体社会 への絶対的服従と自己犠牲的精神をもって奉仕すべきものだという。実際にナチ党は、次のような方法で、一糸乱れないと言っても よいほどに強固な一元的組織として構成された。

「……ある地区グループの第一議長はすぐ上級の指導者によって任命 される。かれはその地区の責任をもった指導者である。全委員会はか れの支配下にあり、逆にかれが委員会に支配されるのではない。票決 委員会は存在せず、作業委員会だけが存在する。作業は責任指揮者、 つまり第一議長が分配する。同様の原則がすぐ上級の組織、小管区、 中管区、あるいは大管区にも妥当する。つねに指導者は上から任命 され、同時に無制限の全権と権威を与えられる。ただ全党の指導者 だけが党規則に基づいて、全党員大会で選ばれる。だが、かれはこ の運動の独占的指導者である。全委員会はかれの支配下にあり、逆 にかれが委員会に支配されるのではない。かれは決定し、それによっ てしかし自分の双肩に責任をも担うのである。かれがこの運動の 原則に違反したり、運動の利益によく奉仕しなかったとすれば、 新しい、選挙の裁きの前でかれに責任を取らせ、かれの地位をとり 上げることは運動の支持者の自由である。その時、かれのかわりに、 より気力のある新人が現われるが、けれどもかれは同じ権威と同じ 責任をもつのである」

 この構成原理を政治・社会のあらゆるレヴェルに普遍化することによって ファシズム社会が強固に構成されていった。

「この原理をただ運動自体の隊列の中だけでなく、全国家に対して も決定的な原理とすることは、この運動の最高課題の一つである」

「民族主義国家は、地方自治体から始まってドイツ国の指導部にい たるまで、多数決によってことを決するような代議制はなく、ただ その時々の選ばれた指導者に助言し、指導者から仕事を分担させら れるような協議会だけがあるのだ。……民族主義国家はその代表団 体を、はじめから政治的な協議会と職能身分的な協議会とで構成す る……。」

両者が効果のある協働ができるために、その上に選り抜きとして 特別の参事会をつねに設ける。

協議会においても、つねに投票は行なわない。それらは仕事をする 機関であって、票決機関ではない。個々の構成員は意見を述べること はできるが決して決定する権利はない。決定はもっぱらその時々の それに対して責任をもつ議長だけにある。

「絶対的な責任と絶対的な権威とが無条件に結合するこの原則によっ て、次第に選り抜きの指導者が育成される。これは、今日の無責任な 議会主義の時代には、まったく考えられないことである」

 私はこのヒットラーの組織論を読んですぐ、沈タロウの教育支配の 手法と全く同じだと思った。ヒットラー以外にこのような組織論を創出し たものがいるのかどうか詳らかではないが、沈タロウはこのヒットラーの 組織論を盗用したのではないか、と思われるほど酷似している。 もしかすると、沈タロウはこっそりと『わが闘争』を愛読している?

 いま都立校で教職員がもの言えぬ状況になっているが、学校の 民主的組織形態を沈タロウがどのように破壊してしまったのか、 上記のヒットラーの組織論で説明してみよう。

 各学校の指導者である校長はその上級者である教育委員会によって 任命され、意志決定の全権を委任さる。もちろん意志決定において、 各学校の構成員(教職員)は自由に意見をのべ助言することはできる が、最終的に裁可し決定するのは校長だけである。

 だから、校長は各学校に君臨する専制的支配者であって、学校は 指導者の指示・命令を忠実に実践する直属的執行機関として位置づ けられる。

 しかし同時に、このような校長への意志決定権の委任は、あくま でその結果にたいする全責任とひきかえに付与されている。した がってこれは、大きくみると、校長たちに、能力と実力の うえでの「生存競争」を展開させようとしていることになる。

 その校長たちの忠勤ぶりを監視する機関が地域ごとに設置される 「学校経営支援センター」である。そこから各学校に派遣される職員 はやがて、大日本帝国時代の「視学官」のような猛威を振るうように なるだろう。

 校長が意志決定権を委任されているといいながら、校長が 教育委員会の言いなりの決定しかできないロボットに成り下がって しまう仕組みになっている。


 しかし政治的な組織レヴェルでは、このような組織編制原理には 組織の自己崩壊にいたる決定的な欠陥がある。滝村さんの論述を聞 いてみよう。

 こういう、各級機関指導者に意志決定の全権と結果責任が負わさ れる指導者<専制>体制は、最頂点では単一の指導者が君臨する <親裁>体制へと収赦され、かつまた、それを前提としている。

 これは、軍事組織ににた、日々行動する政治的組織としての機動 的一元性が、極限にまでおしすすめられたもので、専制国家とりわ け戦時国家体制の組織的・制度的構成原理としては、一定の有効性を もっている、

 ただ、この種の体制のむずかしさは、最頂点にたつ<親裁者>が、 じっさいに、真に実力ある者を各級レヴュルの指導者として抜擢・任 命し、失策つづきの無能者を容赦なく罷免できるかどうかという点 に、かかってくる。

 これはけっして、最高支配者の選眼力の問題ではない。実力がな ければ困るが、たとえ実力があっても、自分にとってかわりかねな い野心までもっていては、さらに困る。一口に実力・能力といって も、特殊専門的な職人的技倆と、忠誠心とは平和共存することが多 いが、綜合的な政治能力や実力は、むしろ野心と結合しやすくて、 忠誠心とはなかなか同居しがたい。

 ところが各級レヴェルの指導者に要求されるのは、後者の綜合的な 政治的能力だけに、最高支配者が、この種の実力者をじっさいに抜 擢できるかどうかは、なかなかむつかしい。だから、<親裁>体制 は、いつでもどこでも、気がついたら、ただの特殊的技能者に、綜 合的な政治的技倆を要する重大な権限が与えられていたり、自分を おびやかさないぷんだけ仕事の方はさっぱりの、無能な茶坊主ばか りにとりまかれていたというのが、むしろふつうであった。ナチ・ ドイツもその例外でなかったことは、まだ記憶に新しい。


今日の話題

(お休みです。)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(5)

ナチズムのユダヤ人排撃

 ナチズムのユダヤ人排撃の根拠の一つは、「アーリア人種の<人種 としての血>の優秀さ」という根拠のない驚くべき独断的断定 と同じく、「ユダヤ人の劣等性」という根拠のない独断的断定に あった。もう一つは、それと裏腹のユダヤ人の成し遂げた事績に 対するいわれのない恐怖であった。以下に、滝村さんの分析を 要約する。(「」内の文は『わが闘争』からの引用文)

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 ヒットラーはユダヤ人の劣等性の根拠として次のような事柄を挙 げている。

 ユダヤ人には、いかなる種類の「文化形成力」もない。その証拠に
「あらゆる芸術の中でも女王の位を占める二分野である建築と音楽」
にまったく寄与しえず、せいぜい演劇のような、
「自分の工夫も最少ですむように思われる芸術」
の分野で活動してきたにすぎない。

 そして、ユダヤ人のその「文化形成力」の欠如は、たんに知的能力 の劣等だけが原因なのではなく、アーリア人種の「内面的な志操」と もいうべき「理想主義」が脱落している点に、ふかい根拠をおい ている。

「……ユダヤ人はどのような文化形成力ももっていない。というの は、それがなければ人類の真により高い発展が不可能であるような、 理想主義がかれらには存在していないし、また存在したことがなか ったからである」

 ではヒットラーが言うアーリア人種の「理想主義」とはなにか。

「個人の関心や生命を全体社会に従属させることに外ならない」
「個人が全体社会に対する、かれの同胞に対する犠牲能力」
「必要ならば個人を犠牲にしても、種を保存しよう」
「理想主義」こそ、「あらゆる種類の組織的形態を形成する前提条件 を意味する」

 生物進化論の有機体発想から、全体社会としての国家や民族にたい する個人の絶対服従と自己犠牲を「理想主義」としている。つまり、 個人圧殺の単純な<社会-即-国家>主義ないし<民族共同体>主義 が導きだされている。

 この、諸個人はその個別的意志をすてて、全体社会の意志決定に絶対 服従すペし、という単純にー元的な組織的・制度的構成は、全体社会 のみではなく政治・社会のあらゆるレヴェルにおいても、一般的な組 織的・制度的構成形態でなければならないとされた。

 一方、ユダヤ人の民族性を次のように、これもまた独断的に断定する。

「ユダヤ民族における犠牲的精神は、個人のあからさまな自己保存の 衝動を越え出てはいない」
「ユダヤ人を導くものは、個人のあからさまなエゴイズム以外のなに ものでもない」
「ユダヤ民族の自己保存の衝動は弱いどころか、他の民族よりむしろ ずっと強かった」

 ユダヤ人には、エゴイズムが支配していて、自己保存のための 利己的犠牲はあっても、全体社会にたいする個人の犠牲的精神は 存在しないと言っている。

 従って、ヒットラーの理論からすればユダヤ人は激しい民族・国 家間の生存競争のなかで、敗北し衰退・消滅してしまうはずである。 だから、やっきになってこれを敵視したり、民族の総力をあげて絶 滅しようなどという必要は全くないはずである。ところが、ヒット ラーは論理の一貫性を保持できない。ユダヤ人に対する無根拠の見 解は被害妄想的にエスカレートしていく。

ユダヤ人は、「つねに他民族の体内に住む寄生虫に過ぎない」
彼らは最初から「商人」として「ゲルマニアにやってきた」
「次第にかれらは生産者としてではなく、もっぱら仲買人として、 経済の中で緩慢に活動を始めた」
やがて「金融業と商業は、あますところなくかれらの独占になって しまった」
さらに、「諸侯の権力が強まり始めるに応じて、かれらはますます 諸侯に近づいてゆく」
「諸侯は悪魔と同盟し、悪魔にまで落ちた。したがって、ユダヤ人の 諸侯籠絡は諸侯の頽廃にまで導く」
「諸侯の権力が次第に動揺しだ」すとともに、彼らはずうずうしく も「ドイツ人」になりすまそうとし、「かれらの唯一の権力は 『国家市民』権の完全取得を実現することに向けられた」
「君主政の崩壊」と「巨大な経済発展」の時代に入ると、かれらは、 「ブルジョア階級に対して労働者を利用するようになった」
かれらはついに、「ユダヤ人カール・マルクス」を使って、「マルク ス主義理論を創始した」
「わが国の官庁」や「労働組合」、そして「新聞」などが、つぎつぎ にユダヤ人によって支配されはじめた。こうしてかれらは、
「国家経済の基礎を破壊した」
ばかりか、政治的には、
「あらゆる国家的自己主張や防衛の基礎を破壊し」
文化的には、
「芸術、文学、演劇を悪風に感染させ」て、
決定的に堕落させた。
「ユダヤ人は、そのことによって不可避的に生じる混血化を通じて、 自分の憎む白色人種を破滅させ、また高度なその文化的、政治的位 置から堕落させて、自分がかれらの支配者の地位に上ろうと企て た」

 ヒットラーにとって、ユダヤ人はそもそも
「生存競争において敗けてしまう」
はずの「混血民族」であり「劣等民族」だったはずなのに、本気で 排除し撲滅しなければならないほどのきわめて強力な<敵>となって しまった。ユダヤ人は最後に、
「混血民族の支配者」
にまで、昇格させらる。

 このようにヒットラーのユダヤ人排撃の理論は極めて独断的な上に 論理的にも混乱した代物に過ぎなかったが、ナチズムの思想がドイツ 人の間に伝播・浸透していく上で強力な有効性をもった。なぜか。

 ヒットラーのこういう混乱を考えるにあたっては、神の支配の絶 対的普遍性が、悪魔(サタン)の存在を前提としてはじめて成立し た論理的関連を想い出すべきであろう。

 つまり、ドイツ民族による世界支配の普遍性を、神の名において 提出せざるをえない以上、いわばそのメダルの裏面、すなわちネガ として、ユダヤ人は、いやおうなしに、悪魔(サタン)的存在へと おしあげられざるをえない。

 しかしこれは、ユダヤ人による陰にかくれた巧妙な〝悪″の世界 支配の普遍性を、承認せざるをえないことを意味している。だから、 ドイツ民族による〝正義″の世界支配の普遍性は、ユダヤ人の〝悪″ の世界支配にむかっての陰謀を、うちくだき単純にひっくりかえし たかたちでしか提起されていないことになる。

 そして、ひとたびユダヤ人が悪魔と断定されれば、このユダヤ人排 撃と直接表裏をなした、アーリア人種至上主義の発想に敵対する、と いうより完全に同化しえない性格をもった、いっさいの思想的・政治 的存在は、すべてその背後に、ユダヤ人の存在と油断のならない謀略 がひそんでいるものと解釈されて、容赦なく糾弾されることになった。

 したがって、この宗教的異端審問と同一の糾弾は、その単純かつ 一元的な徹底性において、ナチズム思想の伝播と浸透に、きわめて 強力な有効性を発揮したといえる。


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 キリスト教単一社会ならではの共同幻想であり、私(たち)には たいへん理解しがたい思考方法である。しかし、「神」とか「悪魔 (サタン)」とかのシチュエーションを取り払ってしまえばその論理 構造にはファシズムに共通の普遍性が認められる。つまり「自民族の 優秀性」を際立たせるためには「邪悪な敵としての劣等民族」を措定しな ければならないということだ。大日本帝国のゾンビたちは中国や韓国 や北朝鮮を「邪悪な敵=劣等民族」に仕立て上げようとしている。 ファシスト・沈タロウのあくどい暴言の数々は失言ではなく、 民衆の心裡の劣情に媚びる意図的な発言である。民衆がその劣情を 止揚し得ない限り、沈タロウのようなカス野郎がでかいツラをする ことになる。
第767回 2007/04/01(日)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(4)
ナチズムの基本理念


 以下に滝村さんのナチズム論を要約する。

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 ヒットラーは、「世界平和」とは「世界帝国」の別名にすぎないと いう。「世界共和国」ではない。「世界帝国」だ。つまり、ドイツ民 族よって他の諸民族を征服し、ドイツ民族を軸とした世界帝国を建 設したとき、「平和」が現実的にやってくるという。そしてその夢を 実現すべく、ドイツ民族を強力な外的国家として構成することに成功 し、その全総力をあげてかつてない無謀な大量殺戮戦を遂行した。

 ナチス・ドイツは、完成的な近代的国家(議会制民主主義)が定着 した時代の真っ只中で構築された全体主義国家であったが、ヒットラ ーは「国家」概念じたいは重要視していない。「国家」ではなくて、 もっぱら「人種」的意味での「民族」概念に思想的な重心があった。 これはヒットラーが、世界征服の政治的根本理念を軸にしたその思想 体系を、もっぱら社会進化論(社会ダーウィニズム)の徹底的援用に よってつくりあげたからである。

 社会進化論は、「激しい生存競争による弱肉強食と優勝劣敗 の自然淘汰が、生物進化の要因となっている」というダーウィンの 生物進化論における発想を、そのまま人間社会の歴史的進化と発展 に機械的に適用することによって成立した。つまり、民族・国家 間の闘争つまり戦争という生存競争によって、勝ち抜いた優者・ 強者と、敗北して没落・衰退した劣者・弱者というかたちでの自然 淘汰が行われて、人間社会の歴史的進化と発展が押し進められてき たと説く。だから戦争が、人類の進化と発展にとって不可避の要因 として、積極的に承認されたばかりではない。さらに、この戦争を通じて、 優秀民族による最終的な勝利と世界征服が達成され、それこそまさ に、人類進化の必然的な理想の姿である、とまで主張されるにいたる。

 ヒットラーのばあいにも、人類を構成する諸民族には、優劣・強 弱という歴然とした質的差違と不平等がみられるのだから、優者・ 強者が生存競争を勝ちぬいて支配し、敗北した劣者・弱者が 解体・滅亡したり、強者に服従することは、厳然とした「自然法則」 であり、「宇宙を支配している永遠の意志」にほかならない、と強調 している。そしてヒットラーは、民族の優劣と強弱という質的差別 を、神から与えられた<人種としての血>の問題に還元させている。

 しかし、戦争というかたちをとった生存競争を、勝ちのこった 強者が優秀民族で、敗れさった弱者が劣等民族というのでは、人類 史の過去についてはなんとか説明ができても、今後の未来におい て、ドイツ民族だけが世界征服の資格をもった、優秀民族であるこ との証明にはならない。そこでヒットラーは、アーリア人種の<人種 としての血>の優秀さを、「アーリア人種が、これまで科学・芸術・ 技術・発明などの人類文化を創出してきた唯一の存在にほかならない からだ」と、驚くべき独断的断定をする。

 かくして、ドイツ民族による世界征服は、アーリア人種としての 血の純潔を維持し、ドイツ民族を「血の単一な民族」として新たに 蘇生させることによってのみ、実現可能になると強調された。 だから、「国家」それじたいが、至高の理念や目的ではありえな い。こうして「国家」は、すべての人間的価値や文化形成の源泉で ある民族の「人種的要素」、とりわけ「血の純潔」を維持するた めの手段にすぎないとされる。

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 ファシストはそのイデオロギー創出の核に「自慢史観」を必要とす る。いまこの国で大日本帝国のゾンビたちが「万世一系」という虚偽意識 を後生大事に押し戴きながら「自慢史観」の捏造に血道をあげている 。むべなるかな。

(「今日の話題」へと続く。)


今日の話題

文部科学省は相変わらずの歴史捏造省

 昨日の東京新聞朝刊一面トップニュースの表題は「集団自決 『軍の強制』削除沖縄戦・高校教科書検定」だった。以下は その記事からの引用。


 文部科学省は30日、2008年度から使う高校用教科書 (主に二年生用)の検定結果を公表した。第二次世界大戦の沖縄戦 であった集団自決について、「近年の状況を踏まえると、旧日本軍が 強制したかどうかは明らかではない」として従来の姿勢を変更。 旧日本軍の関与に言及した日本史の教科書には、修正を求める検定 意見が付いた。

 近現代史中心の日本史A、通史を扱う同Bの計十点のうち、八点が 沖縄戦の集団自決に言及。「日本軍に『集団自決』を強いられたり」 「日本軍はくばった手りゅう弾で集団自害と殺し合いをさせ」などと 記述した七点に、「沖縄戦の実態について誤解するおそれのある表現」 との意見を付けた。

 いずれも、検定に合格し現在出版されている教科書と同じ記述だが、 出版社側は「追いつめられて『集団自決』した人や」「日本軍のくば った手りゅう弾で集団自害と殺しあいがおこった」などと、日本軍の 強制に触れない形に修正し、合格した。

 集団自決については、作家大江健三郎氏の著書「沖縄ノート」など で、「自決命令を出して多くの村民を集団自決させた」などと記述さ れた。これについて、沖縄・座間味島の当時の日本軍守備隊長で元少 佐の梅沢裕氏らが、記述は誤りで名誉を傷つけられたとして、出版元 の岩波書店(東京)と大江氏を相手取り、出版差し止めと損害賠償な どを求めて2005年に大阪地裁に提訴した。

 同省は検定姿勢変更の理由を
(1)梅沢氏が訴訟で「自決命令はない」と意見陳述した
(2)最近の学説状況では、軍の命令の有無より集団自決に至った 精神状態に着目して論じるものが多い
-と説明。発行済みの教科書で、同様の記述をしている出版社に 情報提供し、「訂正手続きが出る可能性もある」としている。


 琉球列島の一つの島の守備隊長一人の証言が論拠とは恐れ入る。

 文部科学省の教科書検定など無用だ。教科書検定は国家による教育統 制の最強武器だ。教科書検定やめろ!

 と、ここまで昨夜書いてアップしようと思っていたら、今朝の東京新聞の「筆洗」がこの問題を 沖縄の島民の立場ら取り上げていたので、それを追加する。

 62年前、目の前で起きたことが金城重明さんのまぶたには焼き付い ている。村長の「天皇陛下万歳」の三唱を合図に、多くの家族が次々 と手榴弾を爆発させた。約一週間前、日本軍が一人に二個ずつ配った。 一つは敵に備えるため、もう一つは自決用だったという

 沖縄県に属する慶良間諸島最大の島、渡嘉敷島での出来事だ。当時 16歳の金城さんには手榴弾が回ってこなかった。だから二つ年上の兄 と一緒に泣き叫びながら、石を持った両手を母親の上に打ち下ろした。 次に9歳の妹と6歳の弟の命も絶った。どうやったのか記憶はない

 米軍が3月下旬に慶良間諸島、4月1日に沖縄本島に上陸して始まった 沖縄戦は「軍民一体」の戦争だった。渡嘉敷島では軍の指示を受けた 村長のもと、住民は日本軍の陣地近くに移動させられ「ともに生き、 ともに死ぬ」と教えられた。手榴弾の配布は「自決せよという言葉以 上の圧力だった」という

 文部科学省による高校教科書の検定では、集団自決を日本軍が強制 したという趣旨の記述が修正された。例えば「日本軍のくばった手榴 弾で集団自害と殺しあいがおこった」と

 同省は「近年の状況を踏まえると、強制したかどうかは明らかでは ない」と説明している。自由意思とでも言いたいのだろうか。金城さ んは「歴史の改ざん。軍の駐留先で集団自決が起きている。本質はそ こにある」と訴えている

 金城さんにとって、語りたい過去ではないはずだ。過ちを繰り返さ ないため、歴史の証言者になっている。耳を傾けたい。