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第760回 2007/03/25(日)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(1)
ファシズムはヘーゲル主義・マルクス主義の鬼っ子


1~2月に、国家社会主義思想の一変種としての日本の 農本ファシズム 社会ファシズム を取り上げた。

 現在の社会状況や政治状況は1930年代に似ていると言われている。 ならば、1930年代の社会状況や政治状況をとらえ返すことは意義ある ことだろう。

 そこで今回は、大日本帝国がどのような思想・イデオロギーのもと でどのようにして戦時国家体制(ファシズム国家体制)を形成してい ったのかという観点からファシズムを検討したい。その前提として、 まず「ファシズムとは何か」を改めて問い、続いてイタリアのファシ ズム、ナチズムの思想・イデオロギーの特質を検討する。

 今回の教科書は『試行』に連載された『「丸山政治学」の正体』 の
(九)『「ファシズム」とは何か』と
(十)『「日本ファシズム論」の前提』です。

 一般に右翼、保守反動、タカ派、反革命などと呼ばれている思想と ファシズムはどう違うのだろうか。

 いずれもに共通する思想の骨格は民族排外主義(侵略主義)・極端 な権力主義(専制政治)・反共主義などで成り立っている。ファシ ズム思想もこれらの諸側面をすべて含んでいる。しかし、 ファシズム思想には右翼、保守反動、タカ派、反革命などの思想一般 とは決定的に異なる一点がある。そのファシズムの思想的特質とは 何だろうか?


 それは、きわめて特異な政治的根本理念を実現するために、 国家と社会ぜんたい、つまりは統一的社会構成の独自の体系的 つくりかえにかんする統一的ビジョン【政策的大綱】と、それに ふさわしい世界観にもとづいた特殊な人生観を、国民の一人 にたいして、あわせて提出しえた点にある。これは「ファシズム」 が、単純な国家主義と反革命運動に終始することなく、一定の歴史 的・社会的条件によっては、いっきょに国家権力中枢を占拠して、 「ファシズム国家」を構成し、かなりの長期にわたって国家的支配 を担掌できるだけの、思想的力倆をもっていたことを示している。

 したがってこれは、従来の「右翼」思想が、近代的国家-社会にた いする、単純な国家主義的・民族排外主義的・反共主義的信念の、 威嚇的表明と、特定個人にたいする暗殺・テロなどの個別的実践レ ヴエルにとどまっていたのにひきかえ、「ファシズム」ならではの、 思想的特質といってよい。またこの意味で、単純素朴な「右翼」勢 力は、「ファシスト」政治組織による国家権力奪取が日程にのぼる 段階になれば、おそかれはやかれ、思想的にも政治組織にも解体さ れて、これに包摂・吸収される必然性をもっている。


 国家-社会を大きく改造して再編する統一的ヴィジョンを、 ファシズム思想はどこから得ているのだろうか。その統一的ヴィジョン は、明らかにブルジョア政治・社会思想のものではない。


 ブルジョア政治・社会思想は、近世以降多くの学的巨匠や思想家が 輩出することによって、多様に分化し発展してはいるが、<近代> 以降高度に発達した国家-社会のぜんたい、つまりは社会構成を 統一的に把握する方法的視角と発想を、脱落させていたからである。

 「ファシズム」の思想的・イデオロギー的完成には、なんといって も、ヘーゲル主義とマルクス主義の思想・理論体系が、直接大きく 関与している。というよりむしろ、ヘーゲル主義とマルクス主義が、 思想的にひっくりかえされたり、理論的実質において受容・継承さ れたりしながら、直接のたたき台として借用されている。


 ムッソリーニは、幼少から通俗マルクス主義的な「社会主義」の 素養を身につけ、「社会主義」の闘士として活躍した過去をもって いた。

 ヒットラーがつくりあげたナチズムは、通俗マルクス主義との 思想的対峙のなかから着想され、練りあげられた。その上さらに、 ヒットラー自らが表明しているように、彼が実践した組織論・ 運動論はレーニン主義からの盗用であった。

 「日本ファシズム」においては、「幕僚ファッショ」の 主流をなした永田鉄山・東条英機・武藤章、さらには石原莞爾を もふくめて、その周囲には左翼・マルクス主義からの転向者 (運動家、学者・知識人)が、政策参謀や私的側近として、つね に密着していた。
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