2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
第766回 2007/03/31(土)


今日の話題

都教委、またまた35名処分の暴挙

 昨日、「卒業式処分発令抗議・該当者支援総決起集会」に参加した。

 今回の被処分者35名の内訳は次の通り。
義務制:停職6ヶ月1名、戒告1名。
養護学校:停職3ヶ月1名、停職1ヶ月1名、減給10分の1・1ヶ月1名、 戒告2名。
高校:減給10分の1・3ヶ月1名、減給10分の1・1ケ月10名、戒 告18名。

 いつもながら、被処分者の皆さんの確固とした意志と明るさに逆に励 まされて帰ってきた。闘いは「ひとりから、がんばらない、あきらめない」 というKさんの言葉が、この闘いの最前線に立つ人たちの強さを 象徴している。


卒業式における「日の丸・君が代」不当処分に抗議する声明

 3月29日、東京都教育委員会(都教委)は臨時会を開催し、卒業式 での「君が代」斉唱時の不起動・不伴奏などを理由に35名にのぼる大 量の教職員の懲戒処分を決定し、本日3月30日、該当者に対す処分発 令を強行した。03年10.23通達以来、今日までの延べ346名という前 代未聞の大量処分に続く本日の不当な処分の強行は、職務命令を根拠 に処分を振りかざして、教職員・生徒に「日の丸・君が代」を強制す る都教委の教育破壊の暴挙に他ならない。私たちは、この暴挙に満身 の怒りを込めて抗議し、不当処分の撤回を求めるものである。

 該当者のうち18名は、都教委の「事情聴取」に際して、弁護士立会 いを要求したにも拘わをず、都教委は「教育委員会の裁量」という理 由でこれを拒否し、「事情聴取」も行わないまま処分を発令した。都 教委が、卒業式終了後僅か1週間という短期間で十分な「調査」も行 わず、処分発令を急いだのは、入学式を目前にした「見せしめ・恫喝」 であると言わざるを得ない。

 今回の処分は、2003年10・23通達とそれに基づく校長の職務命令は 「思想及び良心の自由」(憲法19条)を侵害し、「教育の不当な支配」 (改定前教育基本法第10条)にあたるとして、「重大かつ明白な瑕疵 がある」ので、「『君が代』の起立・斉唱、ピアノ伴奏の義務なし」 「いかなる処分もしてはならない」と判じた2006年9月21日の東京地 裁民事36部の判決(予防訴訟判決)に真向から反する許し難いもので ある。

 しかし、東京都教育委員会は、9・21判決を全く無視して、「職務 命令」を出すよう今まで以上に強く各校長を指導し、全ての都立学校 の卒業式で例外なく各校長が「職務命令」を出し続けている。たとえ 高等裁判所に控訴しているとはいえ、司法の判断があるならば、 10・23通達に基づくこれまでの教育行政を改めるのが「法治国家」で の教育行政の当然のあり方である。

 一方で、2007年2月9日、東京「日の丸・君が代」処分取消訴訟原告団 (都立学校教職員173名)は、03年度周年行事・04年3月卒業式・4月入 学式の処分取消を求めて東京地裁に提訴した。また、05年3月卒業式 ・4月入学式の処分取消を求める東京都人事委員会審理は未だ継続中 であり、しかも06年3月卒業式・4月入学式の処分取消を求める人事委 員会審理に至っては未だ審理すら行われていない。かくして、都教 委は、裁判の進行はもとより、公務員の身分の救済制度として存在 する人事委員会制度上の手続き・進行をもー切無視して10.23通達以 来重ねての処分を乱発し、ひたすら大量処分の「実績」作りに狂奔して いるのである。

 今回の卒業式で処分された該当者の大半は、被処分者の会弁護団 (尾山宏弁護団長)を代理人として、来る4月27日に東京都人事委員 会に不服審査請求を行い、不当処分取消・撤回を求めて最後まで闘い 抜く決意である。

 今や学校現場は、10・23通達や2006年4月13日の「教職員の意向を 挙手等で確認するような学校運営は許されない」という「学校運営 の適正化について」の「通知」などで、がんじがらめにされ、多くの 教職員が「物も言えない」雰囲気が蔓延しようとしている。しかし、 「最後の授業」たる卒業式を「強制」と「処分」の場へと落とし込め る都教委の非常識な暴圧に対して生徒・保護者・市民の批判が広がり、 教員として「譲れない思い」を貫いた私たちの行動にも多くの支援・ 激励が寄せられている。

 私たちは、都教委の「暴走」にストップをかけ、自由で民主的な教 育を学校現場に甦らせ、生徒が主人公の卒業式・入学式を取り戻すた め、生徒・保護者・市民と共に手を携え、「日の丸・君が代」強制に 反対し、都教委の暴圧に屈せず、不当処分撤回まで闘い抜くものであ る。何よりもこの国を「戦争をする国」にさせず、「教え子を再び戦 場に送らない」ために!

2007年3月30日
「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会



 奪われるのは簡単だが、取り返すのは容易ではない。自由を奪い返 すための闘いは長く過酷なものになるかも知れない。しかし、沈タロ ウ三選阻止がこの闘いの勝利への決定的な一歩になる。今は、沈タロウ三選 阻止の一点で団結すべきだ。どんなに立派な政策を掲げても、 知タロウに勝てなければ全く意味がない。沈タロウに勝てる可能性が あるのは誰か、しっかり見定めよう。
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第765回 2007/03/30(金)


今日の話題

城山三郎さん追悼:「辛酸また佳境に入る」

 城山三郎さんの「辛酸」を読んだ。といっても、もう十数年前のこと。 当時、職場の友人たちと月に一回ぐらいの割合で読書会を行っていた。 そのとき職場で配っていた読書会案内のプリントを探し出してみた。


 「辛酸」は冒頭より、どうしても三里塚の農民や水俣の 漁民の辛酸を重ね合わせて読まざるを得ない。日常を覆っ ている平和という幻想のベールがひととき破れる。思い は、数千年来連綿と続くこの国の無名の民の、埋もれたま ま忘れ去られていく辛酸の歴史へと至る。

「辛酸亦入佳境」

 田中正造はこの言葉を好んで揮毫したという。小説の 中で、正造の遺志を継いだ宗三郎がこの言葉の意味をあ れこれ考えるくだりがある。

『まるびを帯びたその5文字が、宗三郎の視野いっぱい にふくれ上がった。辛酸を神の恩寵と見、それに耐える ことによろこびを感じたのか。それとも、佳境は辛酸を 重ねた彼岸にこそあるというのか。あるいは、自他とも に破滅に巻き込むことに、破壊を好む人間の底深い欲望 の満足があるというのだろうか。正造がそのいずれを意 味したのか、そのすべてをも意味したのか、知る由もな い。ただ、宗三郎に明らかなのは、残留民ににはいまど んな意味においても佳境がないということである。』

 ぼくは、そのいずれも、正造が意図した真意とは違う ように思う。

 体制からあてがわれた生ではなく、自らの固有の生を 自らが選び取って生きる、いや、体制からあてがわれた 死ではなく、自らの固有の死を自らが選びとって死ぬも のにとって、辛酸はもとより覚悟のうえである。ならば、 それが如何に辛酸であったとしても、 自らの固有の生死を生き死にできることは人生の佳境で なくて何であろう、と思う。

 水俣の民の受苦をともに苦しむ石牟礼道子は、水俣の 民を無辜の民とも聖なる民とも呼び、水俣の海を「苦海 浄土」という。

 三里塚でひとり細々と農業を営んでいた小泉よねさん (当時64歳)は堀立小屋のようなその住まいを第2強制 執行で取り壊され、ささやかななりわいを奪われる。が、 よねさんは一生のうちで「闘争が一番楽しかった。」 という。

 「闘争が一番楽しかった。」
 「苦海浄土」
 「辛酸亦入佳境」



  地の中に眼がある
  拒むこと以外に 死を
  死に続けるすべをもたない夥しい屍体の。
  腐蝕し土と化した肢体の痛みを
  一点に凝縮して腐蝕を拒み
  あらゆるモニュメントを拒み
  歴史へのいかなる記載をも拒み
  数であることを拒み
  大きく見ひらかれたまま
  閉じることを拒み
  無駄死にを強い続ける卑小な生者のための
  奈落への心やさしい道づくり。
  数千年の眼孔の堆積は巨大な穴となり
  ふるさとの墳墓
  あるいは忿怒は増殖する。
       <ふるさともとめて 花一匁>

第764回 2007/03/29(木)


今日の話題

えっ!いつ「治安維持法」が成立したの?

昨日取り上げた西山さんの「国賠訴訟」のトンデモ判決裁判を傍聴し、 その後の西山さんと藤森弁護士の記者会見にも立ち会った人が「janjan」に 詳細な記事を書いる。

「西山太吉国賠訴訟」判決

 司法権力の番犬ぶりとタイアップして、検察権力が「治安維持法」 顔負けのトンデモ弾圧を続けている。

 立川・葛飾のビラ配布の弾圧はマスゴミも報道したので、割とよく知 られているが、昨年3月の法政大学の学生弾圧はマスゴミはほとんど報 道していない。そしてつい四日前(3月25日)に中央大学で生活協同組合の 労組員がとんでもない弾圧を受けている。これもマスゴミは、私の知る 範囲では、全く報道していない。私は次のブログで知った。

世の中めちゃくちゃ!

 こんな弾圧がまかり通ってしまう状況の底流に、今なお自立しえていない民衆の蒙昧の闇が、憲法無視の 沈タロウを支持して恥じないのと同じ蒙昧の闇が流れている。 なによりもまず、沈タロウを葬らなければならない理由である。

「三国人発言、シナ発言、ババア発言、フランス語は数を勘定できない発言⇒都民としてそんなあなたが恥ずかしい、もう沢山だ、うんざりだ」バナー 石原慎太郎のスバラシイ花粉症対策(笑)バナー
慎太郎暴言データ集


上のアニメバナーは雑談日記より拝借しました。
第763回 2007/03/28(水)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(3)
ナチズムの根本理念・『わが闘争』より


 ヒットラーの『わが闘争』を私は読んだことがない。これまでに 読む必要がなかったし、読むに値しないとも思っていたかもしれな い。

 『わが闘争』について、滝村さんは次のように述べている。

 「ファシズム」の本質は、その思想・イデオロギー的特質を無視し て把握することはできない。

(中略)

 『わが闘争』は、けっして従来の通俗「左翼」や「進歩的」知識人 が思いたがっているほど、トロイ代物ではない。そこには、ナチズ ム運動の発端から、ナチズム国家の生成と膨張そして解体にいたる 歴史的全軌跡【丸山風にいえば「ナチズムの政治過程」】を、内的 深部において大きく規定した、「ファシズム」に固有の政治的理念 と政策大綱、さらには国家・社会の組織的・制度的編成原理など が、かなり明晰なかたちで、集約されているからである。

 滝村さんは『わが闘争』からかなりの文章を引用している。まずそれを 通して読んでおくことにする。

<1>
「……平和というものは、めそめそした平和論者のような泣き女の ヤシの葉のうちわのそよ風によって支持されるのではなく、世界を より高度の文化のために役だたせようとする支配民族の剣によって 樹立されるものだ」

<2>
「……この世界で平和主義的思想が現実に勝利することを心から望ん でいる人があるなら、かれはドイツ人による世界の征服を願って、 あらゆる手段を用い全力を尽すべきであろう。なにしろ、その逆に でもなろうものなら、最後のドイツ人とともに、最後の平和主義者 もまた死滅するに違いないことは、まったく容易に考えられよう。 ……
 実際、平和主義的、人道的観念も、次のような場合には、おそら くまったく良いものとなろう。つまり、最高の人間が、自分をこの 地上の唯一の支配者にしてしまうほどまで、あらかじめ世界を征服 し、従わさせてしまっているとしたならばの話である。……だから、 まず闘争が先きであり、その後、おそらく平和主義となるだろう。 そうでない場合には、人類は発展の絶頂を通り越してしまったので あり、その終点は、なにかある倫理的観念の支配といったものでは なく、野蛮であり、結局、混沌である」

<3>
「われわれが今日、人類文化について、つまり芸術、科学及び技術 の成果について自分の前に見出せるものは、ほとんど、もっぱらア ーリア人種の創造的所産である。だが外ならぬこの事は、アーリア 人種だけがそもそもより高度の人間性の創始者であり、それゆえ、 わわれが『人間』という言葉で理解しているものの原型を明らかに したという、無根拠とはいえぬ帰納的推理を許すのである。アーリ ア人種は、その輝く額からは、つねに天才の神的なひらめきがとび 出し、また認識として、沈黙する神秘の夜に灯をともし、人間にこの 地上の他の生物の支配者となる道を登らせたところの、あの火をつ ねに新たに、燃え立たせた人類のプロメテウスである。人々がかれを しめ出したとしたら ー そのときは、深い闇がおそらくもはや数千 年もたたぬうちに再び地上に降りてくるだろう。そして、人間の文 化も消えうせ、世界も荒廃するに違いない」

<4> 「混血、およびそれによってひき起された人種の水準の 低下は、あらゆる文化の死滅の唯一の原因である。なにしろ、人間 は敗戦によって滅亡はしないものであり、ただ純粋な血液だけが所 有することのできる抵抗力を失うことによって、滅びるものである からである。この世界では、よい人種でないものはクズである」 <5>
「民族性、より正しくいえば人種は、言語の中にあ るのではなく、血の中にあるのだから、敗者の血をそういう過程に よって変えることができるならば.、はじめて、ゲルマン化について 語ることができるだろう。しかし、それは不可能だ。混血によって 変化させることはできる。しかし、それはより優秀な人種の水準の 低下を意味するのだ。そういうことをすれば、究極の結果は、かつ て征服民族に勝利をもたらした特質をまさしく滅ぼすことになるで あろう」

<6>
「血の単一な民族がなかったという事実が、われわれを名状Lがたい 苦難におとしいれたのだ。それは、多数のドイツの小君主に王城を 与えることにはなったが、ドイツ民族から支配者となる権利をうば ってしまったのだ。……完全な混血がなされずにいたこと、すなわ ち、今日もなお、われわれドイツ民族体の中で混血せずにいる大部 分が、わが将来にたいして、最も価値ある宝物をみることができる 北ゲルマン系の人々であるということは、幸いである」

<7>
「地上でのドイツ民族の使命について語るものは、その使命がわが 民族の、むしろ全人類の最も貴重な無傷で残っている構成要素を維 持し、促進させることを、最高課題とみるような国家を形成するこ と以外にない、ということを知らねばならない。それによって、国 家は、はじめて内面的な最高目榛を保持するのである。平和的にお たがいが嘘をつきあうことができるための、安寧秩序を維持すると いう笑うべきスローガンに対して、全能の神のめぐみによって、こ の地上につくられた最もすぐれた人類を維持し、助成するという課 題は、まことに貴い使命であるように思える」

<8> 「国家それ自体が一定の文化的な高さを創造するのではない。 国家はただ文化的高さの原因をなす人種を維持しうるだけである」

<9>
「国家は目的ではなく、手段である。国家は、もちろん、より 高い人類文化を形成するための前提ではあるがその原因ではない。 その原因はむしろ文化を形成する能力のある人種の存在にのみある のである」

<10>
「……文化形成や価値形成力が本質的に人種的要素に根ざし、 かくして国家はその意味で人種の維持、向上という、あらゆる文化 の発展の根本条件を最高の課題としてみる……」

<11>
「……民族主義国家の最高の目的は、文化供給者としてより高 い人類の美と品位をつくりだす人種的元素の維持を心がけることで ある」
第761回 2007/03/26(月)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(2)
イタリア・ファシズム


 「ファシズム」思想の第一の特質は、まず強力な外的国家構成 の必要を唱える「強烈な外的国家主義」を掲げ る点にある。


 内・外の危難から国家的秩序を断固遵守すべしとした、この外的 国家主義の発想は、帝国主義列強が、その強大な資本制的生産力を 土台に、植民地獲得などをめぐって、しのぎをけずりあう時代には、 侵略されて屈服したり、大きく後手にまわって防衛に終始したりす るくらいなら、いっそのこと、先手をうって.積極的な防衛つまり 防衛のための侵略へと転じて、自己をおびやかしかねない有力な 敵手は、のこらずケ散らし、たたきのめすべきであるという、 強烈な侵略主義と民族排外主義へと、容易に転成してしまう

 そしてここまでくれば、当該社会の歴史的伝統と主体的力量に よっては、自己を全世界の諸民族のうえに君臨して、思いのままに 支配し命令する世界国家へと転成させよう、という世界征服の政治 的理念が、いっきょに成立しかねない

 もちろん、「ファシズム」によって、この強烈な外的国家主義が、 世界征服による世界国家(帝国)建設という、いわば究極の政治的 理念をうみだすまで進展しているかどうかは、当該社会の歴史的諸 条件とともに、それらが思い思いに身をまとった思想的衣裳によっ ても、直接観念的に規定されている。

 イタリア・ファシズム(ムッソリーニ)の場合

 滝村さんはムッソリーニの論文「ファシズモの原理」より次のような 文章を引用している。

 フアショ理論の目標は国家の概念、その本質、その任務、その 目的の概念である。ファシズモにとっては国家は絶対であって、之 に比すれば個人及び群は比較的なものである。個人及び群は国家の 中にある限りに於て『考えられるもの』である。

 国家の外に出ては個人もなければ団体(政党、協会、組合、階級) もない。

 国家は内部的及び外部的安全の保証者である。

 資本主義の劇的矛盾を解決し得る者は国家である。恐慌と呼ばれる ものは国家により、国家に於てでなければ解消され得ない。

 つまり「国民」が「国家」を生むではない。反対に、「国家」 こそが「国民」を「創造」する、と強調する。そして、社会の<政治 的秩序>維持も、<経済的秩序>維持も、「国家」によってのみ実現 が可能であると、主張された。

 日本の現在の右翼イデオローグの国家観はこのレヴェルの国家観の 猿真似あるいは焼き直しにとどまる。ムッソリーニのイデオロギー の批判は日本の右翼イデオロギーの批判でもある。

 このムッソリーニの論文に対して、滝村さんは次のように論述している。

 ムッソリーニの「論文」は、借り物の結論や命題のたぐいが、ほ とんど脈絡もなく、想いつくままにならべられているだけの代物に 近い。しかし、論文としての理論的展開という点では、気の毒なく らい、たどたどしいこの「論文」において、強烈な外的国家主義 が、イタリアの哲学者たちによって通俗化されたヘーゲル主義国家 観の手をかりながら、宣明されていることだけは、たしかである。

 ムッソリーニのこの外的国家主義は、世界征服への野望にまで 転成されていっただろうか。

 ローマ帝国崩壊後イタリアは四分五裂に分裂し、ヨーロッパ列強の 支配と影響下にあった。近代国家としてほぼ統一されたのは1861年 (サルディニア王がイタリア国王に即位)である。ムッソリーニが 登場してきたのは、それからわずか半世紀ほど後のことだった。


 ファシスタ国家は権力と支配の意志である。ローマの伝統は此拠で は力の観念である。ファシズモの理論に於ては、支配は単に領土的な 或は軍事的な、或は商業的な表現ばかりでなく、また精神的或は道徳 的表現である。この帝国、即ち領土の一粁平方さへも獲得する必要も なくして、直接に或は間接に他の諸国民を指導する国民が考へ得られ る。

 ファシズモは、放棄された数世紀或は外国への服従の数世紀の後 に、再興したイタリア国民の如き国民の傾向、精神状態を代表する のに最も適した理論である。


 (イタリアは)国民の政治的結集カはもとより、資本制的な経済 発展となると、欧米の帝国主義列強には、大きく立ちおくれていた。 こんなイタリアの歴史的伝統と国力を考えるなら、いかなる夢想家と いえども、せいぜい国内を政治的にまとめあげ、おくればせながら 帝国主義列強の一員にまで上昇できれば、というのが本音にちかか ったろう。

 (上記引用文は)とうてい世界征服といったたぐいの、大それた 野望をもつまでにはいたっていなかったことを示している。

第760回 2007/03/25(日)

《滝村国家論より》:「ファシズム」再論(1)
ファシズムはヘーゲル主義・マルクス主義の鬼っ子


1~2月に、国家社会主義思想の一変種としての日本の 農本ファシズム 社会ファシズム を取り上げた。

 現在の社会状況や政治状況は1930年代に似ていると言われている。 ならば、1930年代の社会状況や政治状況をとらえ返すことは意義ある ことだろう。

 そこで今回は、大日本帝国がどのような思想・イデオロギーのもと でどのようにして戦時国家体制(ファシズム国家体制)を形成してい ったのかという観点からファシズムを検討したい。その前提として、 まず「ファシズムとは何か」を改めて問い、続いてイタリアのファシ ズム、ナチズムの思想・イデオロギーの特質を検討する。

 今回の教科書は『試行』に連載された『「丸山政治学」の正体』 の
(九)『「ファシズム」とは何か』と
(十)『「日本ファシズム論」の前提』です。

 一般に右翼、保守反動、タカ派、反革命などと呼ばれている思想と ファシズムはどう違うのだろうか。

 いずれもに共通する思想の骨格は民族排外主義(侵略主義)・極端 な権力主義(専制政治)・反共主義などで成り立っている。ファシ ズム思想もこれらの諸側面をすべて含んでいる。しかし、 ファシズム思想には右翼、保守反動、タカ派、反革命などの思想一般 とは決定的に異なる一点がある。そのファシズムの思想的特質とは 何だろうか?


 それは、きわめて特異な政治的根本理念を実現するために、 国家と社会ぜんたい、つまりは統一的社会構成の独自の体系的 つくりかえにかんする統一的ビジョン【政策的大綱】と、それに ふさわしい世界観にもとづいた特殊な人生観を、国民の一人 にたいして、あわせて提出しえた点にある。これは「ファシズム」 が、単純な国家主義と反革命運動に終始することなく、一定の歴史 的・社会的条件によっては、いっきょに国家権力中枢を占拠して、 「ファシズム国家」を構成し、かなりの長期にわたって国家的支配 を担掌できるだけの、思想的力倆をもっていたことを示している。

 したがってこれは、従来の「右翼」思想が、近代的国家-社会にた いする、単純な国家主義的・民族排外主義的・反共主義的信念の、 威嚇的表明と、特定個人にたいする暗殺・テロなどの個別的実践レ ヴエルにとどまっていたのにひきかえ、「ファシズム」ならではの、 思想的特質といってよい。またこの意味で、単純素朴な「右翼」勢 力は、「ファシスト」政治組織による国家権力奪取が日程にのぼる 段階になれば、おそかれはやかれ、思想的にも政治組織にも解体さ れて、これに包摂・吸収される必然性をもっている。


 国家-社会を大きく改造して再編する統一的ヴィジョンを、 ファシズム思想はどこから得ているのだろうか。その統一的ヴィジョン は、明らかにブルジョア政治・社会思想のものではない。


 ブルジョア政治・社会思想は、近世以降多くの学的巨匠や思想家が 輩出することによって、多様に分化し発展してはいるが、<近代> 以降高度に発達した国家-社会のぜんたい、つまりは社会構成を 統一的に把握する方法的視角と発想を、脱落させていたからである。

 「ファシズム」の思想的・イデオロギー的完成には、なんといって も、ヘーゲル主義とマルクス主義の思想・理論体系が、直接大きく 関与している。というよりむしろ、ヘーゲル主義とマルクス主義が、 思想的にひっくりかえされたり、理論的実質において受容・継承さ れたりしながら、直接のたたき台として借用されている。


 ムッソリーニは、幼少から通俗マルクス主義的な「社会主義」の 素養を身につけ、「社会主義」の闘士として活躍した過去をもって いた。

 ヒットラーがつくりあげたナチズムは、通俗マルクス主義との 思想的対峙のなかから着想され、練りあげられた。その上さらに、 ヒットラー自らが表明しているように、彼が実践した組織論・ 運動論はレーニン主義からの盗用であった。

 「日本ファシズム」においては、「幕僚ファッショ」の 主流をなした永田鉄山・東条英機・武藤章、さらには石原莞爾を もふくめて、その周囲には左翼・マルクス主義からの転向者 (運動家、学者・知識人)が、政策参謀や私的側近として、つね に密着していた。
第759回 2007/03/24(土)

今日の話題

都知事選の最重要争点は「教育の不当支配」だ!

 1930年代を知る人の多くが、日本の現在の政治・社会状況を 1930年代と似ていると論じている。そういう指摘をする人は 実際に1930年代を生きた人だけではない。さまざまな資料で その時代を追体験することによって、ほとんどの人が同様な 危惧を抱くだろう。そうした証言にはこと欠かない。

 最近出合ったそうした証言の一つ。
 東京新聞夕刊(3月19日)のコラム「放射線」に熊谷博子 (映像ジャーナリスト)さんが「踏み絵の季節」という文を寄せて いる。


 娘の公立中学の卒業式だった。その前夜、1980年代に自分で 作った二本のテレビ・ドキュメンタリーを見直した。君が代斉唱の 時、どういう態度をとるべきかよく考えたかったからだ。

 番組の一つは、「女にとっての戦争とは」という。戦争の中で、 日常生活が徐々に侵される怖さを描きたかったので、太平洋戦争下 の、女性と子どもの暮らしに焦点をあてた。戦争へと突き進むにつ れ、子どもたちの教科書が変わる。〝神の国″に結びつける絵や記 述が増え、描かれる日の丸の旗は次第に大きくなり、数も増える。 あまりにも今の姿と似ていて、がく然とした。

 もう一つは「知らないという親と子へ どう伝えよう戦争を」だ。 中で、現代の教科書の変遷を追った。歴史の記述は、「中国へ侵 略」だったのが「中国へ進出」に変わり、また海外からの抗議で 「侵略」へ戻った。現代社会の検定では、8月6日に行った高校 生の平和を考える芝居のカラー写真が、政治集会という理由では ずされていた。

 そして卒業式を迎えた。誰もいない壇上に並ぶ日の丸と区旗に向 け、まず全員で起立し、礼をすることから始まった。旗に向けて 礼をしているとしか思えなかった。そのまま続いた君が代は、演奏 する吹奏楽部の生徒たちに申し訳ないと思ったが、着席をした。

 最後に、卒業生全員による、思い出と未来への希望を語る別れの 言葉に、涙がこぼれた。改めて感じた。教育とは国家が統制すべ. きものではない。いろいろな意見を自分で考え、自由に発言できる ことが何より大事だと。そのためには過去の事実と反省を次世 代に正しく伝えることだ。

 輝かしい出発であるはずの卒業式と入学式が、〝踏み絵の季節″に なるのはたまらない。


 戦争は教室から始まる。

 1999年、戦後民主主義の堤防は決壊した と、辺見庸さんが指摘している。その年はあたかも沈タロウが都知事 として登場してきた年でもあった。そして、反動の濁流の先端で牙を むいて濁流に勢いをつけてきたのが沈タロウだった。

 命がけで憲法を破っている沈タロウの最悪の犯罪は「日の丸・君が 代の強制」だが、これは戦後民主主義の堤防決壊を決定的にした導火 線であった。

 また、「日の丸・君が代の強制」を露払いにして、その後打ち出さ れてきた都教委による「教育の不当支配」の施策の数々、たとえば
校長権限の肥大化と職員会議の形骸化
副校長・主幹という中間管理職の強化と教員分断
人事考課・強制異動という足枷首枷
などは全て、改悪教育基本法を前提として打ち出されてきたものだし、 狆ゾウ肝いりの教育再生という愚者会議の答申がそれを追認している。

 従って都知事選で沈タロウを葬ることは反動の濁流を押し止め、 新たな堤防を構築する契機となる重要事だ。今回の都知事選は それほど重要な選挙だし、沈タロウを葬れる可能性がおおいにある。 この一点から、死票を批判票だとか党勢拡大だとかいう愚直はまった くナンセンスだ。状況を正しく読み取れぬまま取り返しのつかない 事態に至ったとき共産党は、わが党は確かな野党として抵抗していま したと、またあの時と同じように独善を決め込むのだろうか。今回の 都知事選はオリンピックも福祉も重要争点ではない。

 沈タロウに勝てる可能性があるのは誰か。
東京新聞(日付を記録しそこなった)に、前回の都知事選での各候 補者への投票者が今回は誰に投票するか聞いた調査結果が載っていた。 かなり大雑把な資料にしかならないが、それをもとに試算してみた。 3月6日付の「夕刊フジ」では「浅野10ポイント差急追」と報じられ たそうだが、それと近い数字になった。

沈タロウ37.4%
浅野  28.2%

 まだ未定の人が約30%いる。それにしても最悪のファシスト・沈タロウを なお支持するものが37%もいるのには呆れる。こういう点も1930年代 を髣髴とさせる要素なのだろう。

 ところで、「夕刊フジ」の上記の記事で森田実さんがコメントを寄せている。 記事の一部を引用する。


「驚くべき数字です。投開票(4月8日)1力月前でここまで迫っ ているとは。浅野氏に『十分逆転の可能性あり』といっていい」。 政治評論家の森田実氏はこう語る。フジテレビ系「報道2001」 が4日に公表した世論調査によると、「4月の都知事選で誰に投票 するか?」という質問に対し、現職の石原知事は34.5%でトヅプだ ったものの、まだ出馬会見もしていない浅野氏が24.7%と猛追した。 ちなみに、世界的建築家の黒川紀章氏は4.6%、元足立区長の吉田万 三氏は3.4%、まだ決めていない・分からないは32.8%だった。

 前出の森田氏は「親友という黒川氏まで『石原知事は傲慢だ』と 出馬意向を示した。浅野氏はこれから出馬会見を行い、マニフェスト を発表して勢いをつけるだろうが、8年間の都政が審判対象になる 石原知事は票を維持するのがやっとでは。英雄的存在の最期は悲劇 的。冷静に考えれば、出馬取りやめもあり得る」と分析する。


 上記東京新聞の報道では「投票に必ず行く」が66%もあった。 「できたら行く」が二十数%あったから、70%を超える驚異的な 投票率になる可能性もある。まだ投票候補者を決めていない30% の人たちをどれくらい取り込めるかがカギとなる。

 なお、私が最大争点と考えている問題点について、浅野さんは マニフェスト で、すぐやることの一つとして『「日の丸」、「君が代」問題についての 強制的な対応を改めます。』と述べている。
 また、予防訴訟の控訴取り下げ も、 「護憲」 も明言している。
第758回 2007/03/23(金)

今日の話題

学者先生の浅薄な国家意識

 またまた、学者先生の驚くべき言説に出合った。

 今朝の東京新聞・「こちら特報部」は「国民投票法案は真にフェア か?」を特集している。まず「国民投票法の法案作りにも参加した 小林節・慶応大学教授(憲法学)」の見解をまとめている。 しかし、私が今日取り上げるのは国民投票法案そのもののことでは ない。

 小林先生は、氏自身の憲法に対する基本姿勢を語っている。その 中で平和主義に関して述べている次の部分に私の意識が引っかかっ た。

「(前文で)『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して』としてい るが、北朝鮮のように、そんな国民ばかりではない。」

 この学者先生には「国民」と「国家」の区別はないんだろうか。 だとすると、そんな杜撰な国家観でよく学者が務まるものだと ほとほと感心してしまう。まあ、科学的国家論の欠如はブルジョ ア学者共通の欠陥だけどね。

 でもいくらブルジョア学者でも最低限「国民」と「国家」の区 別ぐらいはできているのじゃないかな? もし「国民」と「国家」 をキチンと区別した国家論を持っての上としたら、こんどはこの 発言は、沈タロウやそのご同類のネットウヨと呼ばれている糞バエ どもとなんら変わらない差別意識をはからずも露呈したことに なる。

 北朝鮮国家がどんなに圧制的で危険な国家であっても、北朝鮮の 圧倒的多数の国民が「平和を愛する」国民であることを私は疑わな い。現在の日本国家がどんなに醜悪で好戦的な国家であっても、圧 倒的多数の日本国民が「平和を愛する」国民であることも私は疑わ ない。

 ちなみに、憲法前文の主語は一貫して「われら=日本国民」であ る。国家は最後の二つの段落に初めて現れる。

『われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を 無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なも のであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と 対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想 と目的を達成することを誓ふ。』

 「国民」と「国家」をはっきりと区別して、国民の側から 国家に対して国家の理想的なありようを示し、日本国家を そのような国家にすべく全力を挙げることを誓っている。 しかし、日本国民もいささか、いや、かなりに不甲斐なく、 現実はますます理想から遠ざかる状況にあるけどね。

 あっ、小林先生は憲法学者だった。「釈迦に説法、孔子に悟道」でし た。
第757回 2007/03/21(水)

今日の話題

「大江戸勝手連結成の寄り合い」に行ってきた。

今朝(21日)、ブログ「浅野さんのハートに火をつけよう!」で 「シロウと大江戸勝手連 結成寄り合い」というのががあるのを 知った。連衆が面白い。

永六輔(作家・タレント)
落合恵子(作家)
香山リカ(精神科医)
小林亜星(作曲家)
小室等(シンガーソングライター)
佐高信(評論家)
辛淑玉(おんな組元祖世話人)
田中美津(鍼灸師)
田中優子(江戸研究家・法政大学教授)
中山千夏(おんな組元祖世話人)
野中章弘(アジアプレス代表)
朴慶南(エッセイスト)
ばばこういち(ジャーナリスト)
ピーコ(服飾評論家)
矢崎泰久(ジャーナリスト)

 沈タロウとけんかをするらしい。火事とけんかは江戸の華、 華には野次馬が欠かせない。しりをはしょって野次馬よろしく駆けつ けてみた。

 辛(シン)さんの司会で始まり、まず中山千夏さん、矢崎泰久さん、 佐高信さん、田中美津さん、香山リカさんが、これまでの経緯と それぞれの思いを語った。



 この四年間、沈タロウが三選されたらこの国はおし まいと、至極真面目に深刻に肩しじ(江戸っ子で え、文句あっか)はって生きてきた私の心の コリがだいぶほぐされた。

 なにせ、みんな、陽気で明るく軽快だ。真剣に真面目に、 しかしなによりも都知事選で楽しく遊ぼうというこころ。

江戸っ子と都民が立ち上がる!
もう黙っちゃいらんねえ!
お江戸に戦車は走らせねえ
弱いものいじめは許さねえ
日本中が見ているぜ
世界中が見ているぜ

 副知事には「町内の六ちゃんを」なんていうことも言っている。

 参加者の中から浅野さんの憲法に対する姿勢がはっきりせず 不安だという発言があった。この点は多くの人が持っている 疑念のようだ。これに対しては香山リカさんから、 本人から「護憲」という立場表明を直接聞いたという話が 披露された。これは私にとっての収穫だった。

 さて、私は今回のケンカは正攻法でいい、それで勝てると思って いたけど、まわりをツラツラ眺めるほどに、沈タロウに勝つために はやはり何かがかけている。

 残念ながら、情報源がマスゴミだけの人がキャスチングボードを 握っている。沈タロウにはマスゴミが飛びつく応援団が豊富だ。 浅野さんは政治理念・人物・実績などでは沈タロウを寄せ付けない が、タレント性の欠如・真面目一筋がウイークポイントだ。 タレント性を補助してマスゴミを取り込む戦略が必要だ。私は大江 戸勝手連にその点での大いなる期待を持った。大江戸勝手連は他の 団体(勝手連)の選挙カーを乗っ取って騒ぐというたくらみを膨ら ませている。そのための、派手で楽しい準備をするそうだ。これは 楽しみだ。

 急に企画された「寄り合い」だったけど、狭い会議室に 参加者は50名ほどいたようだ。楽しい集会だった。おまけがいくつ かあった。

 私がインターネット新聞JANJAN でとくに注目している記事の筆者・田中龍作さんとお会いしたこと、 私の隣においでの温厚沈着な風貌の白髪の紳士が『暴走する石原流 「教育改革」(岩波書店)』(前に利用させていただきました。) の著者・村上義雄さんだったこと、このホームページで紹介したこと のある「らくちんランプ」 さんもおいでになっていたこと、などなど……

 この寄り合いの詳しい記事はてだれの記者・田中龍作さんが JANJANに寄稿されると思いますので、素人の私は極私的感想に とどめることにした。

なお、私は既に別の予定があるので行けませんが、大江戸勝手連の 次回の「寄り合い」は

3月30日お昼~6:00ぐらいまで、浅野史郎選挙事務所にて、

「派手で楽しい準備」=「飾りものづくり」だそうです。
第756回 2007/03/19(月)

《滝村国家論より》:政治とは何か(6)
「政治家」と「政治屋」


 ブルジョア政治学者は<広義の政治>について<政治=悪>説と <政治=善>説とを並列的に論じるている。そして「政治屋」と 「政治家」の使い分けもそれに結び付けて論じているようだ。

 私も「政治家」と「政治屋」を使い分けている。キチンと 厳密に規定して使ってきたわけではないが、その使い分けの基準 は、滝村さんの規定と一致する。滝村さんはおおよそ次のように規定している。

「政治屋」

 「政治屋」とは正確には「政治利権屋」と言うべきだ。つまり、 自己の<個別的利害>あるいは自己が代表(代弁)するグループ (Macht)の<特殊的利害>を、ときにはあからさまに打ち出すこ ともあるが、たいていはもっともらしい政治的社会的な理念で オブラートして、敵対者たちと裏取引や脅しやらを使い分けて実現する ことを第一義的と考えて行動する政治家を言う。

「政治家」

 自己の個別的利害や特殊的利害の問題はないか、あっても副次的な ものでしかなく、絶えず継起してくる<内部的>、<外部的>な 「全体的利害」の問題を政治家として果たすべき第一義的使命として 活動している政治家を、「真の」という意味を込めて「政治家」と呼 んでいる。

 ブルジョア民主主義という枠内でもう少し詳しく言いなおすと、 保守的体制的な「政治家」は、国内の階級闘争とか外国からの経済的あ るいは政治的軍事的侵略とかの、現存の経済的支配階級が君臨する階級的 社会構成の危機の問題に、<国家>の協同社会的な秩序の維持・遵守 という政治的理念をもって、真摯に対峙しようとする。

 一方、現体制の根本的な止揚を政治理念とし、様々な手段による 抵抗・反抗・闘争を試み、<国家意志>の形成・支配過程に強力に 介入していくことを自己の第一義的な使命と考えて自覚的に取り 組んでいる政治家も、もちろん「政治家」である。はっきりと 「革命・政治家」と言ってもよい。

 従って、体制的か反体制的かに関わらず、「偉大なる政治家」と 呼ばれるほどの人は、時代に即した<国家社会>の根本理念を自ら の手で創出することによって、その任務を遂行する ような人物でなければならない。さながら第一級の思想家や学者の ような鋭利な直観力と冷徹な分析力を要する。

 このように考えてくると、「政治家」はいよいよ稀有な存在であり、 もうほとんどの政治家は「政治屋」と言わなければならない。

 上記の一般論をふまえて滝村さんは、現実の政治過程であらわにな る日本の保守政治家の実態を分析している。45年ほど前の政治状況だが、 もちろん今日の状況とほとんど変わりはなく、今日においても有効な 分析だと思う。


 人々は、最近の「中国」および「沖縄」問題や日米繊維交渉から いわゆる「ドル・ショック」に到る一連の過程を通じて、わが国政 治担任者の無為無策、自立性・主体性の全き欠如をいささかうんざ りする程みせつけられて、まっとうな「政治家」の不在をあらため て確認したに相違ない。

 しかし、戦後25年間わが国政治の実質が、「官僚」・「党人」の 如何を問わず<政治的利権屋>によって牛耳られ、<政治家>らし い「政治家」が皆無という驚くベき状態にありながら、これまでど うにかこうにか<主権国家>としての体裁を保持しえたのには、 それなりの合理的な根拠がある。

 一般に<主権国家>すなわち<共同体(民族)-即-国家>とし ての自立性と独立性を把持した近代的なNationの運命をあやつる政 治的担任者を、その内的評価において色わけすれば、主として国内 的な社会・経済政策に関わり、その利益配分に血道をあげる圧倒的 多数の<政治利権屋>の横行・存在にもかかわらず、高度の政治政 策すなわち対外的および国内的な基本政策をも包括した当該民族の <国家的理念>に強い関心をもつ・極めて少数だが・自覚的なステ イツ・マンが、恰も<アジア的共同体>における<祭祀的>担任者 の如く、存在する場合が多い。いいかえれば、かかる<政治家>と <政治利権屋>との二重の構成は、何よりも<国家意志>の二重性 を本質とする<政治>の基本的・構造上の二重性に対応したもので あって、その意味では強度の一般性をもつわけである。


 ここで『<政治>の基本的・構造上の二重性』とは <政治的国家>と<社会的国家> のことだ。

 戦後の日本においてまともな「政治家」がいなくても済んだのは、 それに代わる存在がその役割を果たしてくれたかなにほかならない。

 それは、占領軍支配下の戦後数年間は、G・H・Qであった。 「押しつけた」新憲法の政治理念に基づいて、対外的および国内的 な基本政策はすべてG・H・Qが立案・作成・決定した。そしてその 実行には、G・H・Q自らが戦中「革新官僚」と呼ばれた部分を中心に して戦後日本の新たな政治的支配層として育成・再編成した官僚機構 と政治家層が担った。

 占領解除(アメリカによる直接支配の解除)後も日本は、戦後積 極的に推進されたアメリカの対外政策のグローバルな展開 (世界政策)のなかで、対「社会主義体制」への重要な環として 否応なしに組み込まれ、相変わらずアメリカの<政治的=軍事的> 支配の下におかれた。

 占領下にG・H・Qの忠実な〝イエス・マン″として徹底的に教育さ れた新たな政治的支配層の中核(主流)をなす官僚および官僚政治 家には、<主権国家>としての基本政策、特に外交政策を独力で提 出するだけの度量も技倆もなかった。これは現在まで尾を引いている。 というよりは、ますますひどい状況になっている。よく言われるように アメリカの属国化してしまった。


 これを要するにわが国が、<政治的=軍事的>また<経済的>に さえアメリカの強力な傘の下で安住できた間は、まともな<主権 国家>なら当然第一番に要請される・それこそ「国家の存亡」に 関わる・政治上の最もしんどい任務を、実質上そっくり回避して いられたこと。また、アメリカにしてもわが国の経済的支配層に しても、かかる<国家>の最高理念にナショナルに関わる<政治 家>を、とりたてて抜擢したり育成したりする必要など全くなかった 〔というより正確には、彼らにとってそうした存在程邪魔なものは なかったはずである〕ということである。

 かく理解してはじめて、戦後25年間「政界」を牛耳ってきたのは、 「党人」「官僚」の如何を問わずその悉くが<政治利権屋>であり、 また、そのなかでも<国家理念>の最高担任者として形式上君臨し たのが、殆んど「官僚」出身の「政治家」であったことの根拠も、 容易に納得できるはずである。

 このようにみてくれは、アメリカの<政治的・軍事的>および <経済的>な世界支配の体系が、音をたてて崩壊しつつある現在、 わが国の支配階級とりわけその政治的支配層にとっては、緊急に かなり根本的な体質改善と自己改革の必要に迫られているといえ よう。


 この最後のくだりは、まさに現時点での状況を述べているようだ。 いまアメリカの威信も覇権も地に落ち、世界政治状況は多極化の道に 進み始めている。それにもかかわらず、なおアメリカの傘を頼って いるばかりの政治屋たちの無為無能、自立性・主体性の欠如ぶりも 含めて、何も変わっていない。


今日の話題

(お休みです。)

第755回 2007/03/17(土)

《滝村国家論より》:(お休みです。)



今日の話題

浅野さんは難波判決に対する控訴を取り下げる!

 3月9日の「浅野さんと都民が東京を語る会」の後の記者会見で 浅野さんが

「日の丸・君が代の強制」について「法律で決められ ていることだし、私個人としては好きです。しかしだからといって 従わなければ強制して懲罰するでは、学校はメチャクチャになって しまう。それとこれとは分けて考えなければ…」

と答えていたことや、「出馬表明にあたって」というパンフレット の内容から判断して、私は 今日の話題:『浅野史郎さんの「都政運営の基本姿勢」』 で、

「浅野さんが知事になった場合、もちろん強制はなくなるだろうし、 予防訴訟判決に対する控訴は取り下げるだろうと期待している。」

と書いた。

 ところでその記者会見の後で、浅野さんに食い下がって 「日の丸・君が代の強制」について突っ込んだ質問をして 「予防訴訟判決に対する控訴取り下げ」の言質を取っていた人が いた。ジャーナリストの大岡みなみさん。

 詳しくは大岡さんのホームページ 身辺雑記 の3月9日の記事『3月9日(金曜日) 浅野氏「控訴取り下げ」示す』 でどうぞ。ここには主要部分だけを転載しておきます。


 やっと、なんとか浅野氏に質問することができた。ところが、浅野氏は「司法の判断ですからね。(控訴の取り下げは)今の当事者が考えるべきでしょう」と意味不明の答えをしたので、会見終了後にさらに食い下がって単独で質問したところ、「(当選して都知事になったら)自分が当事者として判断する。強制や処分はおかしいと考えているので、おのずとそうした考えに従って考えていく」と述べた。「控訴を取り下げる方向で考えていると理解していいのですね」と重ねてたずねると、浅野氏は「そうですね」と答えた。




 なお、大岡さんは池添徳明(こちらが本名のようです。)という 著者名で

「教育の自由はどこへ/ルポ・「管理と統制」進む学校現場」 (現代人文社)

という本を出版している。
第754回 2007/03/16(金)

《滝村国家論より》:(お休みです。)




今日の話題

浅野史郎さん、マニフェスト発表

 浅野さんが 日本のための東京 あなたと創り直すマニフェスト2007 を発表した。そのうちの『3 政策宣言 第5章』を全文転載する。


第5章のびのびと学べる東京~教育政策

 学校教育においても、いじめ問題、不登校など、子どもを取り巻く 環境は苛酷なものとなってきています。それなのに、子どもたちひと りひとりと真剣に向き合うべき現場の教師は様々な仕事に忙殺されて、 本来の仕事が十分にできていません。

 今、学校教育で一番大切なことは、のびのびと学べる環境をつくる ことです。いじめ、不登校、学級崩壊を防ぎ、子どもたちが楽しく 個性を伸ばし、学ぶ環境を作ることこそが求められています。自由な 雰囲気が急速に消えつつある東京の教育には、個々の政策よりも、自 由でのびやかな空気を取り戻すことこそ必要です。

 のびのびと楽しく学べる学校にするためには、学級編成をゆとりあ るものにしたり、フリースクールなどを整備していくことも大切です。 さらに、学力低下に歯止めをかけ、地域に開かれた学校をつくってい くためには、地域の多様な人々が参画するコミュニティ・スクールも 考えていかなければなりません。

 そのために以下のことに取り組みます。

【すぐにやります】
政策1 「日の丸」、「君が代」問題につい ての強制的な対応を改めます。
政策2 地域社会が学校に積極的に係る土曜日学校、放課後学校を 進めるために、コミュニティー・スクール( 地域学校) 検討委員 会を設置します。
政策3 3 0人学級編成の実施に着手します。

【1 年以内にやります】
政策4 フリースクールへの支援を強化します。

【3 年以内にやります】
政策5 スクールカウンセラーの配備を進めます。

【4 年以内にやります】
政策6 小中学校のコミュニティー・スクール化を推進するため、コミュニティー・スクールに取り組む小中学 校には、教員の加重配分を実施します。


 私は今日の話題:『浅野史郎さんの「都政運営の基本姿勢」』 で、『たぶん、いずれ発表される正式のマニフェストには「日の丸・君が代」には直 接触れないだろう。』と書いた。「基本姿勢」などにその姿勢が充分に 書かれているし、幅広い支持を得るためにはあえて表面に出す必要はな いし出さないのではないかと推測したからだった。こういうのを「げすのかんぐり」と言う のでした。予測が外れてうれしい、とともに不明を恥じています。

 出馬表明のときから、『一緒に東京を創りましょう。』、『全部を 盛り込むことは無理ですが要望をできるかぎり生かします』と明言 していたのを文字通りに受け取ってよかったのだった。マニフェストにも

『このマニフェストには、これまでに皆さんからいただいた「一言マ ニフェスト」をできるかぎりいかしたつもりです。「一言マニフェス ト」はこれからも続けていきますので、皆さんのお考えを教えてくだ さい。「誰もが誇りを持てる東京」を一緒に語り合いましょう。 そして、一緒に実現しましょう。』

と改めて明言している。私も改めてその公明正大にして真摯な姿勢を 高く評価している次第です。

 『「日の丸」、「君が代」問題についての強制的な対応を改めま す。』というマニフェストに物足らなさを覚えなくはないが、 それ以上のことは当選した暁のこと。当然、当選後も『あなたと創り 直す』、『「誰もが誇りを持てる東京」を一緒に語り合いましょう。 そして、一緒に実現しましょう。』という基本姿勢は持続されよう。 学校に自由を取り戻し本当の「共」育を再生のために、どんどん 意見・要望を出していこう。

第753回 2007/03/15(木)

《滝村国家論より》:政治とは何か(5)
広義の政治・二つのタイプ


 国家レヴェルの<狭義の政治>との類似性ゆえに身近な事象につい ても広く政治性>という概念が使われている。それを<広義の政治> と呼んでいる。滝村さんは対照的な例を二つあげている。

例1

 小さな大衆的サークルの運営において、さも会の共通利害を代表す るかに装いながら(つまり会の共通理念の名の下に)、その実自己の 個別的利害を強引に押し通すような指導者(リーダー)を、人々は多 分に〝彼は政治的技術にたけている″とか、〝彼は政治的人間だ″と いうように批判的に呼ぶ。

例2

 自然発生的に勃発した広範な規模の大衆運動の過程で、大衆のなか からその優れた指導能力と統括力を買われてリーダーに選出されてき た者に対しては、彼と行動を共にしている者たちは〝彼はなかなかの 政治家さ″と、肯定的に評価する。

 例1は、 社会の支配階級の<特殊利害>が幻想上の「共同」利害として押し出 されて支配を貫徹していく<狭義>の<政治構造>と、内的構造の 類似性をもっている。これは<内的政治性>の問題であって、何より も<意志>の<形成>過程に関わるものである。

 例2は、  社会において諸階級・階層の上に立ち、協同社会的な秩序の 維持・統制にあたる<第三権力>とあくまで形式上の類似 性をもっている。したがって、これは<第三権力性>の問題であって、 とくに<意志>の<支配>過程に関する問題といってよい。

 ここでさらに、滝村さんはブルジョア政治学の政治議論を次のよ うに批判している。

 古くからブルジョア政治学者によって盛んに論じられている<広義 の政治>概念のもつ多義性の問題も、とことんまで煮つめれば、すべ てこの二つの型の問題に収赦されるはずである。

 因みに、近代政治学とりわけ多元的国家論以来のブルジョア政治学 における<政治=悪>説の根拠は、第一の<内的政治性>の側面を 現象的に把えたものである。

 また、同じく<政治=必要善>説は、第二の<第三権力性>の側面 を何よりも「社会的秩序」=公共性の問題として把えたところに成り 立っている。

 そうしてブルジョア政治学においては、かかる<政治=悪>説と <政治=必要善>説とが機械的に縫合され、<政治=必要悪>説が 全面に打ち出されているわけである。

 また、戦前の「絶対主義天皇制」の公的イデオロギーたる「家族主 義国家」観では、西欧の立憲君主制が〝権力(強力)による支配″を その〝政治″の本質としているのに対して、わが国は<政体>は立憲 君主制の外装をもっていても、恰も<家庭>において<家父長>が <子>に対する如く、<現人神>たる<天皇>がもったいなくも <国家の家父長>として臣民たる<赤子>に接し、<全人格的>な 善導を行なうところにこそ、<東洋政治>の範たるべきわが<国体>の 精華があるとされた。

 もとよりかかる神話(正確には<天皇制宗教>イデオロギー)は、 〝天皇は神的な権威はあっても、西欧の君主の如き権力者ではない″ という、大衆レヴェルにおける<常識>を前提とし、またそれを上 から強力に増幅することに成功したところにはじめて成り立っていた といえよう。

 こうした影響もあって、戦前からのわが国における ブルジョア政治学者の間では、いまだに<政治>が多くの場合否定 的な意味では〝権力による支配″という<政治=悪>説として、 また、ときに肯定的な意味では〝人格的権威による指導″という <政治=善>説として、並列的に論じられる場合が多いわけである。

第750回 2007/03/12(月)

《滝村国家論より》:政治とは何か(4)

<社会的>事象から<政治的>事象への転化


<共同体-内-政治>の場合

 社会的・経済的レヴェルから転化してくる政治事象の典型は、 諸階級・階層(特に労働者)によるさまざまな<経済闘争>が 大規模化することにより<個別資本>の枠からはみ出して<総資 本>的な利害と大きく抵触しるようになり<協同社会>的問題化 されると、<第三権力>による直接の介入が行われる。これに よって<経済闘争>は<政治性>を附与され、<政治的経済闘争> になっていく。

 また、<経済闘争>が社会の<協同社会>的関係に直接抵触して 政治事象化するケースがある。
 例えば、賃金・労働時間・職場の諸条件などの経済的諸条件を獲 得するため純粋な経済闘争であり、かつ極めてありきたりの闘争手 段によっても、鉄道・パス・郵便等の交通・流通部門における場合は、 日常的業務それ自体が高度の<協同社会性>をもっているために、 それはたちまち<協同社会>的な規模の影響を及ぼす。 従って、〝社会秩序の混乱″を理由に<第三権力>の介入を容易に 招くことになり、半ば不可避的に<経済闘争>が<政治性> を帯びることとなる。

 上の2例では、<社会的>事象から<政治的>事象へと大きく転化 していく最大の要因は、規模の大きさや直接的な<協同社会>性に あった。しかし、<社会的>事象から<政治的>事象への転化の 要因は、あくまで社会的・経済的事象それ自体のもつ<協同社会 性>の深刻さの度合いによるとして、滝村さんは以下のような例を あげている。

☆医師会による〝保健医総辞退″の問題
☆社会的な大問題となっている各種「公害問題」

 企業による各種有毒物質の〝たれ流し″によって甚しい実害を 蒙った人々が、全社会的にみれば非常に少数でしかも局地的であった としても、言語に絶する程の悲惨な事態を必然化した企業の・本質 からくる・専横を、これまで全社会的に放任し野放しにしていたこと 自体が大問題である。

 この点で<協同社会的利害>の維持・擁護を建前とする<第三権 力>の〝行政責任″(わが国でいえばとくに〝通産・農林・厚生行 政″)が追求され、いやいやながらも表面上は〝企業との癒着″を 廃して必要最少限度の各種企業統制(〝行政指導″)は行なう、と 公約しなければならなくなる。

☆一挙に多数の生命を奪う航空機墜落

 それ自体いかに悲惨でショッキングではあっても、たんなる一個 の大事故にすぎないが、それが続発すれば、いまでは広く国民の 〝空の足″として気軽に利用されているだけに、<第三権力>の 〝航空行政”が根本的に問い直されて<政治>問題化する。いわん やそれが、自衛隊機による意識的な接近(日常的な訓練)の結果で あれば、たちまち高度の<政治性>をもった<政治>問題として クローズ・アップされ、<第三権力>の最高〝行政″の責任が追求 される。


<共同体-間-政治>の場合

 滝村さんは、この問題は『今後全く新たに確立さるべきマルクス主義国際 政治世界論の最も基本的な課題である』として、『ここではとりあえ ずその要点についてのみ記しておきたい。』と述べている。その後、 どのように理論が展開されたのか詳らかではないので、とりあえず、 ここで記されている「要点」を読んでおく。

 まず、<共同体-間-政治>発生の論理的過程について一般論

 共同体間諸関係(政治・経済・宗教・文化などのあらゆるレヴェル における諸関係)は、<協同社会性>という高度の幻想性を附与され <第三権力>によって媒介される限り必然的に<政治性>をもつ。 いいかえれば、共同体間の諸関係は<政治的関係>として否応なしに 構成される。

 以下、具体例があげられていくが、この論文が書かれたのは 1972年であることを再度確認しておく。

<宗教>レヴエルでの問題


 1968年に再燃した北アイルランドにおけるカトリック系住民の 〝反乱″(正確には独立戦争)は、いうまでもなく英帝国とりわけ その<第三権力>による苛酷な植民地支配への反抗として必然化さ れたものに他ならないが、表面上は〝カトリック対プロテスタント″ という17世紀以来の<宗教>戦争として現出している。

また、イスラエルとアラブ諸国との間のいわゆる〝中東戦争″にして も、戦争という当該<第三権力>によって主導された最もシビアーな <共同体-間-政治>が、何よりも<宗教>レヴェルでの抗争という 形態をとって展開されている。


<経済>レヴェルでの問題


 <国際経済世界>を構成する<共同体>間の<経済>関係、すなわち<国民 経済>間の有機的連関といえども、すべて当該<第三権力>によっ て媒介されている。具体的にいえば、A国とB国との経済関係、例 えば自由な貿易のためには、AB両国の<第三権力>によって締結 された通商条約が前提となるといった具合に。それ故、当該<国 民経済>間で、それぞれの内的利害に基づく対立・抗争・軋轢が 生じた場合、例えは〝繊維・ドル・円″をテーマにして今度の日 米経済閣僚会議のように、<第三権力>における最高の経済担当 相が、その利害調整と対立解除を可能な限り試みなければならな くなるわけである。

 ここで附言しておきたいことは、第二次大戦後四分の一世紀に 亘る国際世界の推移・動向をふり返ってみても明らかな如く、 国際間で〝平和″が保たれている時代(いいかえれば新たに確立 された<国際世界>秩序が比較的平穏な時代)には、<第三権カ> が率先する<経済外交>が、<共同体-間-政治>の主要な 局面として登場してくる点である。


 <政治>と<経済>との関連レヴェルの問題


 このたび中国の国連加盟が正式に決定したため、日中関係は 新たな局面に入りつつある。これまでの両国政府の立場は、日 本政府が〝政・経分離″という発想から、まず<経済>レヴェル での〝正常化″を唱えてきたのに対して、中国政府は、〝政・経 不可分″を主張し、<政治>関係の〝正常化″を前提としない <経済>レヴェルでのそれは全く考えられない、というもので あった。ここで両者の当否を判定するつもりは全くないが、さし あたり留意さるべきことは、日中両国間における<経済>レヴェル での〝関係の正常化″といえども、<第三権力>によって主導・裁 可されざるをえない故に、高度の<政治性>をこれまた否応なしに もたざるをえないのであって、それ自体れっきとした <共同体-間-政治>に他ならないという点である。この意味で、 日本政府の主張は、<政治>と<経済>との機械的分離という・ 近代的な社会構成内部では一定の根拠をもつ・プルジョア的発想 を、共同体間レヴェルにまで機械的に拡大するものであって、国 家的・政治的理念の直接的な把持・担掌者として当然担うべき高 度の<政治>責任を全く回避して、<経済的利権>にのみ飛びつ く<政治利権屋>にふさわしい言い草ということができる。


 こうした問題は、ポチ・コイズミの「靖国参拝問題」や現在進行形の 狆ゾウの「慰安婦についての発言」問題などを媒介として、今なお 中国や韓国や北朝鮮との間でくすぶり続けている。

 あるいはアメリカとの属国的関係も現在における<共同体-間-政 治>の深刻な問題である。
第749回 2007/03/11(日)

《滝村国家論より》:政治とは何か(3)
直接<政治的社会構成>に関わる問題


 <共同体-内-国家>の具体的なあり方を考えるときは、理論的に 『<政治的国家>と<社会的国家>』 という二つの概念が必要不可欠だ。政治事象を扱う場合も、当然、 この二つの位相をふまえて構造的にとらえなければならない。

 これを<共同体-内-政治>事象の発生について敷衍すれば、 <国家>それ自体の根柢に関わる<政治的>問題から生起する場合と、 <経済的・社会的>レヴェルから媒介的に転化してくる場合との二 通りの場合に分けて考えることになる。

<政治的>問題から生起する政治事象

 社会の<政治的社会構成(秩序)>に直接関わる問題と実践的に 関わるとき、<国家意志>の最も本質的な部分に介入し、対立・抗争 することになる。
 例えば、<総資本>としての財界トップリーダーが、その政治的 代理人(政治家)や官僚に対して、各種法規の作成・立法・施行を 働きかけていく過程とか、あるいはこのような過程に対して 被支配階級の側から、 議会内・外においてあらゆる手段と方法で、ブルジョア政治構造 の根柢的止揚を目ざすような運動を積極的に強力に対置する過程とか を想起することができる。

 最近では<総資本>意志は、あからさまに国家の根幹に関わる 最高法規の改編にまで介入しようとしている。オテアライ・ビジョン はそのマスコミ向けの声明にほかならない。

 教育基本法改悪をめぐっての攻防は、国民的な強力な高まりを 創れずに予定どうり終わった。共謀罪・国民投票法・憲法改悪 と、政・財・官が打ち出している攻撃はまだまだ続く。

 社会の<政治的秩序>の問題から派生する政治事象は上のような 対内的政治構成の場合のほかに、<共同体-間-政治>によって媒 介される場合もある。つまり、<国家>それ自体の存立に関わる問 題として<国家>の外的規定性の問題、あるいは対外的な政治構成 の問題によって媒介される場合である。

 最も典型的には、対外上の基本政策をめぐる諸党派間の論争・抗 争・闘争がまき起されるケースである。滝村さんは、例として、対 外政策の根本的な問題である政治的・軍事的政策をとりあげている。


 政治的・国家的理念の問題を根本義と考え、国際世界における自 国の政治的および経済的な地位のゆるぎない確立と向上を追究する 政界のトップ・リーダーや、個別資本の利害にとらわれず何よりも <総資本>の立場と利害を巨視的かつ根柢的に把えることのできる 財界のトップ・リーダー、また、政治的理念よりもそのことによって 得られるであろう少なからぬ経済的利害を考え計算した一部の資本家 等が、他の友好諸国と政治的・軍事的な条約を締結して、敵対する 諸国との間の起りうべき衝突に備えようと画策した場合、 同じ支配階級内部でも、もっぱら自国の政治的理念と立場の考察か ら、友好諸国との条約は同盟形態による自国の実質上の屈服である として反対する愛国者や、それによって少しも利益にあずかれない 不満たらたらの資本家もいて、条約締結に到るまでの事態は非常に 複雑になってくる。

 また、当該政権担任者が軍事同盟条約の履行に忠実であろうとす れば、当然いざという場合に備えて<徴兵制>を施行しようなどと して、内的な政治体制を整備すべく対内的な関連法規の改正・補正 まで図るから、被支配階級にとってはたんなる思想上の問題ではな く、極めて切実な現実的問題として認識され、彼らの反対運動は高 度の<政治性>を帯びるようになる。

 さらに軍事同盟条約には、多くの場合リーダー・シップをもつ国 への基地提供等の条項も含まれているため、基地設置に伴なう様々 な実害〔土地接収・騒音・戦闘機の墜落・演習や爆発物の大量貯蔵 による危険性など〕を予想して反対する人々もあらわれ、この方面 からも条約反対運動は高度の<政治性>をもつようになるわけであ る。


 滝村さんのこの論文は35年前のものだが、まるで現在の政治状況を 述べいるようだ。

 「政権担任者が軍事同盟条約の履行に忠実であろうと」して、「いざという場合 に備えて「内的な政治体制を整備すべく対内的な関連法規の改正・補 正」を図り、成立せしめてきた法規は、
「周辺事態法」であり
「通信傍受法」あり
「国旗・国歌法」であり
「改定住民基本台帳法」であり
「憲法調査会設置法」であり
「団体規制法」あり
改悪「教育基本法」
である。
 共謀罪・国民投票法・憲法改悪の後には当然<徴兵制>が想定され ているだろう。沈タロウが「徴兵制度があれば90%が自発的に参加す る」と発言しているそうだ。
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第748回 2007/03/10(土)

《滝村国家論より》:政治とは何か
(お休みです。)



今日の話題

浅野史郎さんの「都政運営の基本姿勢」

 残念ながら、マスゴミ(特にテレビ)に決定的な影響を受けて 投票する選挙民が過半数を占める。そういう意味では「そのまんま 東」というタレント性によって当選した東国原宮崎県知事のケースは、これも 既成政党に勝ったと手放しで評価すべき現象ではない。

 選挙では、豊富な選挙資金を持つ上にマスゴミを支配している ブルジョアの政治的代理人が圧倒的に強いのは当然だ。社会的不平等 という土俵の上で行われる選挙では真の民主主義は永久に実現できな い。国民は「主権在民」という幻想を信じ込んで、ブルジョア民主主 義によって巧妙に優しく支配されている。

 この「ブルジョア政治構造の根柢的止揚」には非暴力直接行動 が最強の武器である。私はここで「唯一最強の」と書こうとして ためらった。選挙もその一つの武器になると思ったからだ。

 選挙が「ブルジョア政治構造の根柢的止揚」のための武器となる のは選挙資金の多寡やマスゴミの影響が決定的な条件にならない 場合においてである。選挙民が左右の政治的イデオロギーから自立して、 日常的な生活体験・生活思想を根底とした判断をする場合である。 つまり日常的な生活体験に直接密着した区や市町村レヴェルの選挙 ではその可能性がおおいにある。上からの変革ではなく、逆に市町村→都道府県→国家という下からの 変革の可能性である。
 私は直接体験したものとして、 選挙について の(3)で取り上げた米軍機の夜間発着訓練をはね返した三宅島の島 民のパワーを思い出している。

 今回の都知事選に関する私の最大の関心事は沈タロウを葬れるか どうか、だ。葬れたとしても新知事が沈タロウと同じような右翼イ デオロギーの持ち主では何にもならない。チンタロウの右翼イデオ ロギーと真正面から対峙できる人でなければならない。

 沈タロウを葬って、まともな新知事が生まれたとき、いま坂を転げ るように進行している国政の反動化をも押し止め再逆転する契機にな るのではないかと期待している。

 思いがけずマクラが長くなってしまった。

 昨日、「浅野史郎さんのハートに火をつける会」あらため 「都民のハートに火をつける会」 主催の「浅野さんと都民が東京を 語る会」(おお、しんど!)に参加した。

 都知事候補に対する私の最大の関心事は「日の丸・君が代の強制」 に対する姿勢だ。しかし、「日の丸・君が代の強制」は深刻な問題だが、 問題はこれだけではない。この集会でさまざまな立場の人たちの さまざまな発言を聞いて、改めて沈タロウの悪政の傷跡の深刻さ 思い知らされたが、ここでは私の最大の関心事に対する浅野さんの 基本姿勢を確認しておくことにする。

 この集会後の記者会見 で、この問題についての質問があった。それに対して浅野さんは、 「法律で決められていることだし、私個人としては好きです。しかし だからといって従わなければ強制して懲罰するでは、学校はメチャク チャになってしまう。それとこれとは分けて考えなければ…」と答え ていた。

 たぶん、いずれ発表される正式のマニフェストには「日の丸・君が代」 には直接触れないだろう。しかし私は、浅野さんが知事になった場合、 もちろん強制はなくなるだろうし、予防訴訟判決に対する控訴は取り下 げるだろうと期待している。集会で配られた「出馬表明にあたって」 というパンフから関連部分を抜粋する。


東京都知事選挙出馬の理由」から
 三期12年宮城県知事を務め、「知事業は卒業」と考えていた私が、 今回の都知事選挙に立候補することを決意した最も大きな要因は、 東京だけでなく、全国各地の人たちから寄せられた「石原都政はも うたくさん」という悲鳴にも似た声です。社会的弱者に対する差 別発言、都政の私物化、公私混同、側近政治、 恐怖政治のような教育現場など、 石原都政がもたらした数々の問題点を指摘しながら、その変革を 必死になって願うメールや意見に接するうちに、誰かがこういった 都政を変革するために立ち上がらなければならないと思うようにな りました。


都政運営の基本姿勢」全文

1.東京から新しい風を起こす
 東京都政を転換することにより、この国の政治への不信感を払拭 する。それによって、閉塞感に風穴を開けて、生き生きとした日本 を蘇らせる。

 2.人と自然にやさしい首都を創る
 都政の手法として、強制、管理、抑圧といった側面を強調するよ うな手法とは決別する。社会的に弱い立場にある人たちが、生きや すい環境を作り出す。

3.透明性のある都政、風通しのよい都政にする
 情報公開こそ、都政を貫く基本姿勢であるべきもの。政策立案の 過程も外から見えるようにし、都民、職員が積極的に参加する形の 意思決定ができる体制に転換する。

4.納税者のお金を大切に使う
 都民から預かる税金について、都民にわかりやすい説明をしなが ら大切に使う。都民に説明がつかないようなお金の使い方はしない。

5.都民のために、誠心誠意、全力を尽くして働く都政を確立する
 都職員全員が、「公僕」の名に値する仕事ぶりになるよう徹底す る。それを率いる知事本人は、全身全霊で都政に情熱を傾ける。


政策の骨子」より
Ⅲ 東京の未来を切り開く

2.子どもが愛情に包まれて健やかに育つ東京へ
 のびのびと学べる学校環境をつくることが、いじめ、不登校、学 級崩壊を防ぐ道である。スクール・カウンセラーの小学校への配備、 少人数学級の導入、複数担任制度の導入を進め、フリースクールへ の支援を行う。自由な雰囲気が急速に消失しつつある現在の東京の 教育の現場に、再び、自由な、のびやかな空気を取り戻すことが、 個別のどんな施策よりも急務である。
 親の就労形態の多様化に対応して、保育サービスの多様化を図る。 地域や会社も含めた子育て支援ネットワーク、会社での育児休業制 度やデイケアの充実も図るべきである。


第747回 2007/03/08(木)

《滝村国家論より》:政治とは何か(2)
狭義の政治の一般的特質


 滝村さんは<アジア的>・<古典古代的>・<封建的>な国家の 場合についても言及しているが、ここでは現代の議会制ブルジョア 国家の場合に限定して読み取っていく。

 国家は内部だけからとらえてはその全体像はつかめない。 <共同体-内-国家><共同体-即-国家> という二つの位相が不可欠だ。

 それに準じて、<国家意志>も2種類の<国家意志>に分けて考える必要 がある。
 一つは<共同体-内-国家>としての対内主権に関わる国家意志で ある。より具体的に言えば、共同体の内部に向って発せられる対内 基本法や対内基本政策を含む国家意志である。
 もう一つは<共同体-即-国家>としての対外主権に関わる 国家意志である。すなわち、もっぱら共同体の外部に向って押し出 される対外政策や国際法上の規定を受けた法的規範によって象徴さ れる国家意志である。

 以下、<狭義の政治>を単に「政治」と表記する。

 政治とは国家意志の形成・支配過程のことであるから、当然 政治概念も2種類に分けた上で、それらを統一的に把握していかなく てはならない。その2種類の政治をそれぞれ<共同体-内-政治> と<共同体-間-政治>と呼ぶことにする。

<共同体-内-政治>について

 各種法案の「立案」→「審議」という国家意志の形成過程 において、個々の代議士は実に様々な位相の利害にもとづく <意志>による圧力と干渉を投げ合って対時・抗争・競合している。 その利害は自分が代弁するMacht(階級・階層およびグループ)の特殊利害で あったり自己の個別的利害であったり、あるいは反対派の<意志> を汲んだ者の懐柔や脅迫であったりする。特に資本家とその政治的 代弁者たちの金銭授受による暗闘は日常茶飯事時であり、ときには テロさえ辞さない。国家意志の支配過程においても官僚機構へ の同じようなさまざまな干渉と圧力があるのは言うまでもない。

 これがブルジョア民主主義の実態である。そしてまた同時に、これ が<共同体-内-第三権力>の完成的発展を必然化した現実的な根拠 であり、<第三権力>による社会的秩序の維持と管理が、形式的には <協同社会>的な<指導>という建前をとりながら内容的には特殊的 利害の幻想的共同的利害への転化による敵対的・抑圧的な支配形態と いう構造を本質的なものとして孕まざるをえない根拠でもある。

<共同体-間-政治>について

 近代国家の<世界史>的形成と高度な発展は、<共同体-間-社会 分業>のグローバルな展開に基づく諸共同体(諸民族)間の対時・抗 争・競合があらゆるレヴェルで遂行されてきた<国際社会>の形成 がその歴史的前提である。そこでは、主権国家の対外政策が、 「世界政策」として押し出される場合、それはもっぱら自国 の<協同社会性>-本質的には幻想上の協同社会性-に立脚せざ るをえない。それゆえに、各国家が押し出す「世界政策」は 一国的な「特殊利害」を他の諸国へ強引に押しつけ支配するという本 質的な構造的契機をもっている。つまり<国際社会>的規模において も特殊性の幻想的「一般」形態による支配という敵対的・抑圧的な 支配形態を本質的なものとして不可避的にもたざるをえない。

 かくて<主権国家>の掲げる「世界政策」は、 形式的には〝世界平和のため″とか〝世界的秩序の維持″とかいう <世界的協同社会性>という幻想上の「世界意志」の形態をとるが、 内容的にはあからさまな民族的「特殊利害」を秘めていて、 実際には<排外的抑圧支配性>として機能する。

 以上のように<共同体-内-政治>も<共同体-間-政治>も 同じ特質を不可避的にもっている。そして留意すべき点は、 <世界的協同社会性>と<排外的抑圧支配性>という外的<国家意 志>における<形式>と<内容>との間の対照・乖離の度合いが、 <協同社会性>と<階級的抑圧性>という内的<国家意志>におけ る<形式>と<内容>の対照・乖離の度合いとそのまま対応し、 それに基礎づけられている点である。
第746回 2007/03/07(水)

《滝村国家論より》:政治とは何か(1)
「広義の政治」と「狭義の政治」


 「政治」という言葉は日常的に広く使われていますが、かなり幅の 広い概念です。これを『歴史的=現実的な事象それ自体を直接検 討することによって、』把握し直すことが今回のテーマです。 教科書は『アジア的国家と革命』所収の「<政治>概念の深化のために」 です。

 さて、滝村さんはこの論稿のモチーフを、自らの文章を引用して 次のように述べている。


 私は厳正に学問的な方法により、すでに<政治>概念を次の如く 規定しておいた。

 ……<政治>と呼ばれる過程的構造について、……正確にいえば、 現実的な特殊利害に対応した<特殊意志>の幻想的「共同」意志へ の転化および支配の過程ということであって、簡単にいえば、<特殊 意志>の幻想的「共同」支配過程に他ならない。これをさらに別言 すれば、<政治>という過程構造は、幻想的「共同」意志の形成・ 支配過程を指しており、この幻想的「共同」意志を<国家意志>に 限定すれば、<狭義>の・厳密な意味における<政治>概念が成立 し、それを<政治的意志>一般にまで拡張すれば、<広義>の<政治 >概念が得られる。(『増補マルクス主義国家論』三一書房、所収「社会構成の歴史と論理」)

 私が本稿で果たしたいと考えていることは、かかる<政治>概念 規定の正当性を、具体的な構造論のレヴェルにおいて証示する点に ある。


 ポイントをまとめると、滝村さんは<政治>を次のように定義し ている。

『<政治>とは、現実的な特殊利害にもとづく<特殊意志>を幻 想的な<共同意志>へと転化して支配を貫徹していく過程である。』

 そして、この幻想的な<共同意志>を <国家意志> に限定したと きの<政治>概念を<狭義の政治>と呼んでいる。つまり、 <狭義の政治>論とは、対象はあくまでも国家であり、 <国家意志>の形成・支配過程に直接関わる歴史的=現実的な 事象を正面にすえてそれを具体的に論じることである。いわば 「統治形態論」 の歴史的=現実的基底の検討ということができよう。

 また、幻想的な<共同意志>を<政治的意志>一般に拡張する、 つまり対象を国家に限定せず、各種団体や組合やサークルなどにま で対象を拡張したときの政治概念を<広義の政治>と呼んでいる。

注:
 上で<国家意志>と「統治形態論」をリンク付けにしましたが、 必要に応じて復習できるようにしたものです。クリックすると 該当の関連記事にリンクします。以降、滝村国家論特有の概念には このようなリンク付けをしておきます。


今日の話題

(お休みです。)

第745回 2007/03/06(火)


今日の話題

労働者にとって朗報と思いましたが…

 現在多くの企業で、正社員であっても無報酬の多時間残業を強い られている。正社員・非正社員の区別なく心身ともに疲弊している 奴隷的な状況が日々耳目に入ってくる。そして、政・財・官一丸となって 労働者の更なる奴隷化を企んでいる。

 ホワイトカラー・エグゼンプションという「過労死促進法」は 一先ず引っ込めたが、それ以上の悪法、「労働契約法」を今国会 で成立させようと企んでいる。この法律は、経営者が一方的に作 成する「就業規則」を「労働契約」にしようというとんでもない 代物である。これは労働者の生殺与奪の権をまるごと経営者に与 えるものである。経営側の思惑のままに労働者の奴隷化が促進さ れよう。

 このような折、昨日の夕刊(東京新聞)に目にとまった小さな記 事があった。

 ユニクロが販売スタッフのパート・契約社員約6,000人のうち最大 5,000人を二年程度で正社員にすると発表した。正社員化によって 賞与が支給されるようになるので年収で10%以上アップする。 また、特定地域で勤務する新たな制度を導入し、週40時間の勤 務と転居を伴わない異動を条件とした。

 中には正社員化を望んでいない人もいるだろうが、多くの パート・契約社員には朗報だろう。もちろん、発表どおりに実施 されるという条件でだが。特に「週40時間の勤務」は絶対に守ら れるべきだ。

 正社員化によるメリットは年収のアップだけにとどまらない。福利 厚生・保険・年金などの面でもメリットがあるだろう。将来への展望 も開き、精神的にも余裕が生まれるだろう。

 もちろん企業側は慈善事業をしているわけではない。企業側には そのような方針を採る経営上の事情がある。記事には「大型店など 積極的な出店展開をするため人材不足が見込まれる中、 経験を積んだスタッフの確保を狙う。」とあった。労働者の闘いに よって勝ち取られたものではないとしても、よいことには違いない。

 最近相次ぐ企業の不祥事の多くは「経験を積んだスタッフ」をリスト ラし、未経験の労働力を安く買い叩いて代替してきたことのツケなのでは ないか。経営者たちはそのデメリットに早く気づいて、労働者を「単なる手 段ではなく目的として扱う」真っ当な方向へと経営方針を軌道修正する べきだ。

 今回の施策によってユニクロの業績が上昇すれば、ユニクロに 続く企業がたくさん出てきて、労働者の奴隷化に歯止めがかかる ……、と経済問題や労働問題の事情に全く疎い市井のひとりのお じさんに淡い希望を抱かせた記事でありました。

第744回 2007/03/04(日)

《吉本ファシズム論より》:庶民の戦争責任・第2部(5)



 第一回で確認したように、庶民の戦争責任に対する吉本さんの 基本的スタンスは次のようであった。

『戦争中、日本ファシズムのイデオロギー的な支配下にあった大衆運動 や軍隊のなかの、個々の農民や労働者や兵士は、戦争にたいして社会 的な責任をもつものではない。組織のなかの個々の農民や労働者や兵 士は、それぞれの戦争体験のなかで個別的に検討すべき思想的な課題 を担っているにすぎない。』

 この立場からは当然、「戦争権力とそのイデオロギーを、全生活 体験によって実践した」庶民の戦争体験からは「責任の間題を排除 しうる」ことになります。この場合、「責任のあらゆる問題は、 すべて戦争権力とそのイデオロギーが負わねばならない。」と、吉本 さんは言います。吉本さんはこの論稿を「戦争権力とそのイ デオロギーを、全生活体験によって実践した」庶民の戦争体験で 締めくくっています。

 戦闘の前線にたたされて、全生活的に行動し戦死していった人たちの 典型として、沖縄の男女学徒隊を記録した『みんなみの巌のはてに』 から2通の学徒兵の遺書を取り上げます。


お母様!
 愈々私達女性も、学徒看護隊として出動出来ますことを、心から 喜んで居ります。
 お母様も喜んで下さい。
 私は、『皇国は……』信念に燃え、生き伸びて来ました。軍部と 協力して働くのは、何時の日かと待って居りました。愈々それが私 達に報いられたのです。何と私達は幸福でしよう。大君に帰一し奉 るに当って、私たちはもっともいい機会を与えられました。今働か ねは何時働きますか。しっかりやる心算で居ります。 (大嶺美枝「遺書」より)


御両親様
 どうか健在であつて下さい。私も今度鉄血勤皇隊に入り、郷土沖 縄に上陸した敵と戦います。しっかりやります。御安心下さい。
 万一私が戦死した時に、よくやつて呉れたと思つて、決して嘆く様 なことはしないで下さい。父上の病気も一日も早く恢復されて、再起 奉公なされて下さい。私もそのことを御祈り致します。母上も父上を 激励されて、恢復させて下さい。
 最後に御両親様の御健康と御発展とを祈ります。さよなら。(小渡 壮一「遺書」より)



 ここに集められた記録が、すべてポジティヴな心情をもって貫か れているのは、戦争と戦争イデオロギーの受容態度において、庶民 として自立性をもちえているからである。だから、イデオローグの 世界からは、これらの記録が無智と無謀の記録としてみえるとしても、 もっとも無智の責任の無い庶民の戦争体験が、ここに集録されてい るとみなければならない。

 だからこそ、イデオローグによって、戦争権力にだまされた無意 味な死という判定を下されたとしても、イデオローグの部分社会に たいし、逆に優位に立とうとする庶民や庶民社会の自立性がここに 存在しているのだ。

 戦争のような極限情況においては、庶民大衆の社会が、イデオ ローグたちの社会よりも優位にたつということは、公理とおなじよ うにあきらかである。だから、イデオローグは、庶民や大衆を、 日常性によって愚かなものときめるのではなく、自立した情況に おける庶民や庶民杜会の優位性と対決し、それを超ええないとす れば、自身がイデオローグとして自立することはできないのであ る。

 『みんなみの巌のはてに』のような庶民の戦争体験の記録が提出 している唯一の問題は、自立した庶民と庶民社会が、社会の支配的 な体制そのものの上に優位にたつことができるか、ということだけ である。これらの記録は、そのすべてが、文化的・思想的イデオ ローグの世界を超えるだけの優位をもっていることを実証している が、支配体制そのものを超えることができないことを、まるで鉄 壁にかこまれた自立性であるかのように鮮やかにさししめしている。

もちろん、これらの記録から少年少女ファシスト像をぬきだし、 戦争権力にだまされた庶民の無惨な死を視ようとすることは、根本 的な誤解でなければならない。


 「庶民や大衆を、日常性によって愚かなものときめる」ようなイデ オローグは信じるに足らない。「自立した情況における庶民や庶民 杜会の優位性と対決し、それを超ええないとすれば、自身がイデオ ローグとして自立することはできないのである。」という言葉を 、たぶん吉本さんは一個の物書きとしての自分の自戒の意を込めて 語っている。

 私は上記の学徒兵の遺書から、「イタリア抵抗運動の遺書」 を思い出しました。そして双方から、戦争権力のイデオロギーに殉じ た者と抵抗した者との違いを越えた同質の感銘を受けるとともに、 国家権力に巣食う糞バエどもへの怒りが噴き出します。

 最後に、「 詩をどうぞ(10)」で紹介した石垣りんさんの詩を再録してこの稿を 終わります。


 

戦争の終り、
サイパン島の崖の上から
次々に身を投げた女たち。

美徳やら義理やら体裁やら
何やら。
火だの男だのに追いつめられて。
とばなければならないからとびこんだ。
ゆき場のないゆき場所。
(崖はいつも女をまっさかさまにする)

それがねえ
まだ一人も海にとどかないのだ。
十五年もたつというのに
どうしたんだろう。
あの、
女。



 弔詞
  職場新聞に掲載された一〇五名の
  戦没者名簿に寄せて

ここに書かれたひとつの名前から、ひとりの人が立ち
 あがる。

ああ あなたでしたね。
あなたも死んだのでしたね。

活字にすれば四つか五つ。その向こうにあるひとつの
 いのち。
 悲惨にとぢられたひとりの人生。

たとえば海老原寿美子さん。長身で陽気な若い女性。
 一九四五年三月十日の大空襲に、母親と抱き合って、
 ドブの中で死んでいた、私の仲間。

あなたはいま、
どのような眠りを、
眠っているだろうか。
そして私はどのように、さめているというのか?

死者の記憶が遠ざかるとき、
同じ速度で、死は私たちに近づく。
戦争が終って二十年。もうここに並んだ死者たちのこ
 とを、 覚えている人も職場に少ない。

死者は静かに立ちあがる。
さみしい笑顔で
この紙面から立ち去ろうとしている。忘却の方へ発と
 うとしている。

私は呼びかける。
西脇さん、
水町さん、
みんな、ここへ戻って下さい。
どのようにして戦争にまきこまれ、
どのようにして
死なねばならなかったか。
語って
下さい。

戦争の記憶が遠ざかるとき、
戦争がまた
私たちに近づく。
そうでなければ良い。

八月十五日。
眠っているのは私たち。
苦しみにさめているのは
あなたたち。
行かないで下さい 皆さん、どうかここに居て下さい。



今日の話題

(お休みです。)

第743回 2007/03/03(土)

《吉本ファシズム論より》:庶民の戦争責任・第2部(3)



(3)庶民の異質のイデオロギー間の葛藤の体験と責任の問題

『ひき裂かれて』より、田村ゆき子「学徒出陣」


 学徒出陣をひかえた息子と陸軍中将で司令官である叔父とが、この 記録の主婦の家で談合し、たまたま戦争観について激しく対立する。 天皇に御苦労であったといわれて、ありがたがっている叔父に、息子 がいう。

「おじさんはありがたいかもしれないけれど、戦死したり傷つ いたりした兵隊はありがたいでしょうか。」
「おじさんは、部下の兵隊がみな喜んで命令に服従していると思わ れるかも知れないけれど、それは大間違いですよ。こんな意味のな いくだらない戦争に、ぼくは大事な命を投げ出そうとは思いません よ。まるで、どぶに捨てるようなものだ。」

 叔父の軍人的庶民はこたえる。

「いや、この光輝ある歴史と伝統のある日本に生れたわれわれは、 幸福だよ。国家あつての国民だからな。国の危急存亡の時、一命を 捧げることのできるのは、無上の光栄というものだ。」

息子はいう。

「それじゃおじさん、その国を危急存亡の中へ追いやったのはだれ ですか。この戦争を聖戦というのですか。その糸をあやつるもの、 手先に躍らされるのはまっぴらですよ。」

叔父「英一や(息子の名前-註)、聞きなさい。わが国の御歴 代の天皇は、国民の上に御仁慈をたれ給うて、われわれを赤子と 仰せられる。恐れ多いことではないか。遠い話だが、神武天皇は ひじような御苦労をなされて国内を御平定あそばされた。民のかま どの仁徳天皇のお話もよく習ったろう。明治の御代からこのかた、 国運は隆々たるものだ。みな御稜威のいたすところだ。」

息子「おじさんは『日本書紀』もお読みになったでしょう。武烈 天皇はどんなことをしましたか。人民の妊婦の腹をさいて胎児を引 きずり出したり、人民を木に登らせて下から弓で射させたり、その 他天皇たちの非行はたくさん挙げられているではありませんか。こ れが御仁慈というものですか。それで『大君の辺にこそ死なめ』 か。」

 このような叔父と息子の対立には、後日譚がついている。やがて、 敗戦となり帰京した息子は、家が焼失して、主婦は疎開、夫は近所 に間借りの状態で真夜中に帰京し、仕方なくさきの叔父の家の戸を 叩いたが、先の大口論にもかかわらず、ずぶぬれの軍服姿の息子を みて、「おお、帰ってきたか。さあさあ、お入り、御苦労だったな」 と、温かく迎えたというのである。



 もちろん、この叔父と息子の対立は、ファシズムとリベラリズム の対立ではなく、庶民のイデオロギーの対立である。そして、本来 的には、ここにこそ、庶民の無智の責任が鮮やかに浮き彫りされて いる。息子も無智、叔父も無智であり、その大口論は、けっきよく、 ファシズム・イデオローグとリベラリズム・イデオローグの思想を ただ模写して演じているにすぎないといえる。庶民の生活的な心情 に根をおいて大口論をしているわけではない。

この叔父と息子は、庶民のうちでインテリゲソチャに属しているだ ろうが、その両者の対立のなかに無智の責任がかえってあらわれて いる。これにくらべれば、さきの「無智の責任」という記録に登場す る主婦や弟や母親は、無智とはいえないのである。なぜならば、そ のイデオロギーは戦争権力イデオロギーを模写していることにかわ りないが、あきらかに自分たちの生活意識と体験によりふるい分け たかぎりにおいて、支配イデオロギーをうけいれているのである。 そこに、固有の庶民の質が存在し、自立しているからである。

(中略)

 庶良社会における庶民は、文化イデオローグや思想イデオローグ の流布する文化や思想を、日常生活によって得た精神体験によって ふるい分け、拒否し、また批判することによって独立性を獲得しな ければならないとおもう。

 「無智の責任」をかいた主婦たちのように戦争に没入した庶民 も、「学徒出陣」に登場する息子のような厭戦的な庶民も、こんど こそは心を入れかえて平和思憩に没入しようと単純に考えるのでは なく、庶民や庶民社会として自立するために、日常生活の意味を掘 りさげようとかんがえることによって、戦争体験と責任の間題に対 処することができるはずである。

 この方法だけが、庶民を、イデオローグや、イデオローグの部分 社会にたいして優位にたたしめ、自立させる唯一の道であることは 疑う余地はないのである、少しでも、戦争イデオローグのかわりに 平和イデオローグに追従することによって、戦争責任の問題が解か れるとかんがえたとしたら、庶民社会と庶民は、社会の基底として 批判的に自立することはできないのである。庶民がイデオローグと イデオローグの部分社会の精神的、思想的模写体としてあるかぎり、 イデオローグたちの時代的転換による転向は、いつまでも無くなる ことはない。イデオローグの部分社会の戦争責任も解決されない 課題として残されるはずである。

 庶民や庶民社会は、支配イデオロギーをささえるプールであるか ぎり、文化的・思想的イデオローグの形成する部分社会を、日常生 活体験によって批判し、拒否することによって自立できたとき、 強固な反体制的な生活思想の基底にかわる可能性をもって存在して いる。


 ファシズム・イデオロギーだからだめだとか、リベラリズム・イ デオロギーだからいいとか、イデオロギーによる先見的な価値判断 を吉本さんは否定しています。イデオローグたちの思想を模写した 思想は空虚だし、なんら変革の力もない。無智であることの証で しかない。その無智は、「文化的・思想的イデオローグの形成する 部分社会」を相対化し、そのイデオロギーを「日常生活によって 得た精神体験によってふるい分け、拒否し、また批判することに よって」のみ克服される。そのとき「庶民や庶民社会は、強固な 反体制的な生活思想の基底にかわる可能性を」もつ。

 四十数年前、まだ三十代半ばの吉本さんが述べたこの基本思想は 「自立の思想」と呼ばれています。83歳になられた現在までこの基本 思想はゆるぎなく貫かれています。庶民を超えようとするひとりの 庶民であろうとする吉本さんの発言を、私はいまなお傾聴しているゆえんです。
第742回 2007/03/02(金)

《吉本ファシズム論より》:庶民の戦争責任・第2部(3)



(2)庶民のイデオロギー的な戦争責任の問題

『ひき裂かれて』より、津村しの「無智の責任」


 戦争中、人間魚雷に乗って死ぬことを夢としていた弟が、戦後ある とき、

「たとえ、自分に偽りが全然なくとも、おれたち(わたしをも含めて) の取った態度、また思ったことは、悪いことであった。エゴイズムか らでも、戦争に協力しなかったほうが正しかったのだ」

という。主婦はこれにたいして、

「いや、わたしはそうは思わない。戦争をはじめから否定し、知性 ある節操で消墟的にでも反対の姿勢をとった人々に対しては、もち ろん心の底から頭を下げるけれども、それとは別の人々の中でも責 任をとって自決した軍人のあり方はどうしても立派に思え、戦争悪 をはっきりと認識しておりながら、時の政府の前に影をひそめて生 きていて、戦後になってからわたしは弱い人間ですなんてひとりご とを言って、きずのつかない程度に自分をあばいて見せるインテリ のあり方のほうが不潔でいやだわ」

と主張する。弟は、これに反駁する。

「例をひけばね、いま流行の新興宗教に夢中になっている人々が、 自分はきれいな気持で信仰し、選挙の際にはその宗教から立候補 した人々に、正しいと思って投票し、政治がその宗教の色にされ てしまおうとしたとき、その人々のやったことは、はたして悪く なかったかということだね。動機さえ正しければ許せるとすれば、 泥棒だって許せる場合もあることになってしまう。」

 さらに、この主婦の記録は、弟の死を決定的なものとする出征を、 悲しみもみせず平然として見送った母親が、死の病床で

「いろいろのことがあったけれど、どうしてもいちばん大きなこと は、八月十五日のことだったよ、一億玉砕しないで生きているとい うことが不思議ですね。幾日も幾日も、ご飯がどうしてものどに通 らなくてね。廃人というのだろうね。あんな状態を-」

と述懐するのを記録している。



 残念なことに、わたしたちの戦争責任論は、心情的な基礎として、 ここに記録された主婦と弟と母親の準位を超えることができていな い。超えていると自負する思想史家の戦争体験論はじつはこの心情 的基礎をしや断しているにすぎない。

 この主婦は、結論として無智であることの責任をひき出している。 いいかえれば、庶民のイデオロギー的な戦争責任は、無智の責任 という点に集約されるとかんがえている。庶民的な準位で流すか ぎり、この主婦によって引き出された無智の責任という問題以上の ものを引き出すことは不可能であろうが、問題はそれを超えておお きくひろがる部分をはらんでいる。

 国家権力によって行われる戦争は、その体制下にある庶民を、好 むと好まざるとにかかわらず動員する。物質的な意味ばかりではな く、その精神を動員して体験的な意味をあたえる。このような動員 にたいして不変な精神的体験をあげうるとすれば、限られた日常体 験だけである。

 この記録の主婦も弟も母親もあたうかぎりの精神的体験を戦争に 注入した庶民に属しているが、けっして日常的な精神体験を全部喪 失したわけではない。そこで喪失されなかったものは、戦争にたい しての日常的な精神体験である。すくなくとも、この日常的な精神 体験にいりこむとき、

「狂瀾怒涛の世界の叫も、この一瞬を犯しがたい。あわれな一個の 生命を正視する時、世界はただこれを遠巻にする」 (高村光太郎「梅酒」)

という精神的体験の世界が構成される。

 庶民社会というものは、このような日常的な精神体験の世界を、 当然の生活世界とかんがえる部分社会である。

 また、イデオローグの世界は、このような世界を唾棄すべき日常の 世界、または、三度の食事とおなじように習慣的なとるにたらぬもの と考える世界である。

 しかし、このような日常的な精神体験の世界は、日本の庶民やイデ オローグのかんがえるような空無の世界ではなく、社会的に意味を与 え解明されなければならない世界である。こういう観点は、「無智の 責任」を引き出した主婦の記録が、まったく掘り下げようとしていな い点である。

 かくて、彼女は、無限に、時代的変換にさいして「無智の責任」を 繰返すほかはない。いわば、いつまでも庶民であるほかはない。庶民 でありながら、その日常的な精神体験の世界に、意味をあたえられる まで掘り下げることができたとき、彼女は、庶民の社会にいて庶民で ない存在となることができるはずである。それ以外の庶民の道は、 つねに擬制的な保守と擬制的な進歩にひきまわされ、無智の責任を 蓄積する道にほかならないと考えられる。

 庶民の日常的な精神体験の世界にくさびを打ちこんで、そこから時 代的転換とともに転向するイデオローグの精神体験の世界を、きびし く批判的にえぐり出し、また、イデオローグの精神体験の世界から、 庶民の日常的な精神体験の浮動性をきびしく批判的にえぐりだすこと のほかに、無智の責任を解消させる方法はかんがえられない。


 この手記の筆者はこのような文を書き残すほどの人であり、それなり の教育を受け、その時代の平均以上の教養を身につけていたと思われ ます。そういう意味では決して無智ではありません。ここで言う無智と は知識の多少の問題ではなく、「日常的な精神体験の世界に、意 味をあたえられるまで掘り下げること」によって得るべき自立した 生活思想を欠いているという意味での無智でしょう。その無智 ゆえに社会全体のヴィジョンを把握しそこなっていて、 「擬制的な保守」イデオロギーや「擬制的な進歩」イデオロギーに啓 蒙されて時代を浮動するほかなかった。

 この点では、有り余るほどの知識を溜め込んだいわゆる知識人の多 くが同じように無智だったし、今なお無智だと言えないでしょうか。 自ら格闘して得た思想をもたず、「擬制的な保守」イデオロギーと 「擬制的な進歩」イデオロギーの間での転向を繰り返している。

 他者をただあげつらっているわけではありません。いま私は、「庶民 の社会にいて庶民でない存在となること」の難しさを身にしみて 感じています。
第741回 2007/03/01(木)

《吉本ファシズム論より》:庶民の戦争責任・第2部(2)



 中学校で日露戦争を学んだとき、私はそれをずっと昔のよその国の話 のように感じていたと思います。計算してみると52・3年ほど前の戦争だった のでした。

 今、先の敗戦から62年たっています。今、多くの若い人たちが先 の戦争をよそ事のようにしか感じないのも無理はないと思います。 「戦争責任」といっても、「それ何?」としか受け取られないかもしれませ んね。

 もう戦後ではなく戦前なのだと言われるようになって久しい。今、 名実ともに戦前だとつくづく思います。ですから今、庶民の戦争体験 を検討するのは、どちらかというと復習ではなく、近い将来に起こる かもしれないことの予習の意味合いになるのではないかとも思うので す。なにしろ「庶民の戦争体験」に限らず、戦争体験一般がうまく継 承されていず、圧倒的多数の庶民は相変わらず国家権力に従順な庶民 のままなのですから、同じことが繰り返されることでしょう。

 さて本題に入りましょう。
 問題の検討を進める手ががりとして、吉本さんは、鶴見和子・片瀬 菊枝編『ひき裂かれて』(筑摩書房)に収められている手記を利用し ています。

(1)日本の庶民社会における人間的係の特殊性にもとづく体験 と責任の問題

 この第一の問題を提示している具体例として、高橋やえ子「八月 十五日まで」を取り上げています。次はその吉本さんによる要約です。


 東京在住の主婦が、子供を連れて、親族の未亡人の家に疎開し、 そこで共同生活をはじめる。

 未亡人と疎開の主婦とは物質的な基礎がちがっている。未亡人の 方は、食糧と交換すべき豆粕肥料の入手径路をもつている。主婦は 疎開者であり、夫は出版関係者であり、食糧補給ル-トをもたな い。この両者は米ビツを共同にし、その代償として主婦は勤労奉仕 の場合に、自分が未亡人の責任を果すことを約定する。

 しかし、食糧が乏しくなり米ビツの底をつくと、未亡人一家と 主婦一家は餓鬼道的なイガミ合いをはじめる。主婦の子供が、食事 をしながら茶碗をさしだすと、未亡人は喰べさせまいとしてしつせ きする。主婦が配給のクジで当てたナベを未亡人が欲しいというと き、主婦はそれを断わる。


 敗戦後60年以上も経ち、物があふれている現今、日常的に演じら れるこのような「やりきれない精神的な葛藤」の切実さを、一体どれ ほどの人が理解できるでしょうか。

 私のおぼろな記憶がよみがえります。敗戦一年前、私は国民学校 1年。姉と弟と三人、母の実家に疎開させられました。かなり大きな 農家だったと記憶しています。

 預けられた方にとっては、私たちは歓迎されざる穀潰しだったに 違いありません。私にはそれほどつらい思いは残っていませんが、 かなりの嫌がらせを受けていたのだと思います。あるとき「家に帰 ろうね。線路を伝っていけば帰れるよね。」と泣きながら言う 姉に従って線路脇の道を歩いた記憶があります。その顛末がどうな ったのか記憶にありませんが、ほどなくお世話になる家が変わりま した。農村というより、小さな町だったように記憶します。そこでは わりと親切にされたようでした。

 さて、上記の手記から吉本さんは次のような二つの問題を引き出して います。


 ひとつは、このような戦争期の生活体験をつきつめることによって、 庶民社会の人間関係における矛盾を顕在化し、個我主義的な市民社会 関係への転化の契機をみつける問題である。

 他のひとつは、このような極限情況に おけるいがみ合いの原因を支 配体制とのいがみ合いに転化する問題である。

 わたしのかんがえでは、このはじめのひとつは、戦後の大衆的な 社会での人間関係を転換するために有力な体験的な基礎をあたえた。

 しかし、あらゆる場合に、戦後の大衆指導者は、庶民のこの戦争体 験を、支配体制にたいするいがみ合いに転化する方策をとらず、相も 変らず、反体制的な運動の問題に民族間題をもち出したり、日本人の 独立をもち出したりして、大衆がけっして再体験しまいとかんがえて いる問題を強いてきたのである。庶民社会の人間関係で、戦争中体 験したいがみ合いを、支配体制にむけかえることは、自発的には行わ れ得ない。

 庶民的な準位での戦争体験と責任の問題で庶民社会の人間関係が あるとすれば、以上の二つに要約することができる。

 日本の戦後社会の現象を解明する場合に、それを天皇制消滅後の 独占情況、大衆社会情況一般の問題としては、解消できないような、 大衆の意識的特質がしばしば存在するが、それは、このような庶民 的な準位での戦争体験の影響を考慮にいれることなしには、解くこ とはできないとおもわれる。


 「庶民的な準位での戦争体験」が次世代に継承されることがほ とんどなく、当然に「庶民的な準位での戦争体験の影響」も今で はほとんど見られません。しかし、庶民の間の人間関係の諸矛盾 はより複雑になり社会の底に澱みとして鬱積していています。 状況しだいでは相変わらずのいがみ合いが顕在化するでしょう。 庶民が、庶民から自立した市民へと脱皮し、互酬を基調とする成熟し た市民社会を構築していくという課題も、庶民間の「いがみ合 いの原因を支配体制にたいするいがみ合いに転化する」課題もなく なったわけではありません。いや、いよいよ切実な課題となってい るのです。