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第729回 2007/02/15(木)

《吉本ファシズム論より》:社会ファシズム(1)


 私の手元にある滝村さんの著書の中には社会ファシズムについての 論稿がないので、吉本さんの『異端と正系』(現代思潮社)所収 「日本ファシストの原像」を教科書とする。

 農本ファシズムが国家社会主義の課題として、まがりなりにも 資本制の廃絶を掲げていたのに対して、社会ファシズムの掲げた 題目は初めから修正資本主義をスローガンとするブルジョワ独裁 の変種にすぎなかった。また、大衆の心情的なレベルへの浸透度 でも社会ファシズムは農本ファシズムに大きく遅れをとっていた。

 また戦争期において、近代的デスポティズム=天皇制と直結して イデオロギー上の主導的な役割を担ったのは農本ファシズムであった。 社会ファシズムは高々、独占資本制生産の合理化と金融産業資本の 満州への侵略的な投下をイデオロギー的に推進したにすぎなかった。

 従ってまた敗戦によって、近代的デスポティズムとしての天皇 制の終焉とともに農本ファシズムも絶滅したが、独占資本そのものと 社会ファシズムは生き残った。

 吉本さんは日本のファシズム、とりわけ社会ファシズムを論究する ことの意義を次のように述べている。


 敗戦は、天皇制の絶対主義的な性格と、天皇制の封建的な側面に 直結した農本ファシズムを絶滅させた。しかし、独占資本そのもの は、不変資本を破壊されはしたが、何人によっても打ち倒されはし なかったのである。

 労働者や農民は、天皇制の封建的な組織化の下に統合されるか、 独占支配的な側面に組織化される以外に道はなかった。そして、 思想的には、そのいずれかのイデオロギーの影響下に立ったので ある。このような情況下における敗戦は、労働者や農民を天皇制 支配から解放したが、かれらが自主的に資本主義自体を打ち倒す 思想をもちうるだけの基盤を用意することはできなかったのであ る。敗戦後の日本が当面したあらゆる困難の社会的根拠はここに あった。

 このような特殊な事情によって、天皇制権力のイデオロギー的な 戦争責任の問題は、農本ファシズムと社会ファシズムのイデオロギ ー構造によって追及されねばならず、この解明によって戦時下と戦 後をつなぐ、農民運動と労働運動の問題点を摘出する作業がつづけ られなければならない。

 組織労働者や農民や兵士のイデオロギー的な責任は、大衆組織と しての労働運動や農民運動や軍隊が、組織そのものとして日本ファ シズム・イデオローグのイデオロギーにたいして相対的な自立性を もちえなかった点にもとめられなければならないとおもう。組織と してファシズム・イデオローグを揉みこなすだけの民主制と自主性 をもちえなかつたという責任は、大衆運動と軍隊の戦争責任として 最大の要点をなしている。

 したがって、戦争中、産報や農報のさん下にあった労働運動や農 民運動が、戦後、社会主義政党のさん下に転換したということで、 戦争責任と戦後の課題は解消するものではない。やはり、そこでも、 社会主義イデオローグのイデオロギーを、揉みこなすだけの組織の 民主制と自主性を確立すべき課題がのこされており、イデオローグ のイデオロギーを組織の存在自体によって批判しかえす課題を、 大衆運動は担っているといわなければならない。

 大衆運動の担っているこのような課題は、戦争中の社会ファシズ ムや農本ファシズムのイデオロギー構成が、戦後の大衆運動のなか で、どのように浸透しているかの追及と不可分のかたちをなしてい ることはいうまでもないことである。日本ファシズムの検討が戦時 下に支配イデオロギーの役割をはたした点と、戦後大衆運動にのこ した残像との二重性によって、いまなお、とりあげられなければな らない理由はここに存在している。


 吉本さんのこの問題提起は40年も前のものである。しかし、 『イデオローグのイデオロギーを、揉みこなすだけの組織の 民主制と自主性を確立すべき課題』を、果たして私たち大衆は よく自らのものとなし得てきただろうか。狆ゾウ・沈タロウの ような亜流社会ファシストのデカイ顔をつぶせないでいる昨今、 私たち大衆は再び総敗北の坂を転げ落ちているのではないかと の思いを禁じえない。
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