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第720回 2007/01/31(水)

《滝村国家論より》:国家社会主義(4)
ソ連の国家社会主義化


 「マルクス主義」の理論では<共同体-内-国家>の<死滅>を謳い あげているが、現実はどうだったか。もう周知のように、そのための 構造的過程を解明することもなかったし、従って<死滅>させるための 具体的な方策を提出するという根本的なことは何一つ行われなかった。 その結果は、社会主義国家は<共同体-内-国家>社会主義国家へと 成り下がっていった。これが、普通「一国社会主義」といわれているものの 内実だった。

 さらに、その国家論に<共同体-即-国家>が欠落しているための 必然的致命的な帰結が続く。つまり、<共同体-即-国家>としてソビエット 連邦が、帝国主義諸国に対してばかりか、同胞国であるはずの他の社会 主義国に対しても強度の閉鎖性を持って対峙するようになっていった。 これは「大国主義」とか「社会帝国主義」とか言われているが、 いわば<社会主義世界体制-内-第三権力>としてソビエット連邦が 君臨したということだった。これは同時に、「一国社会主義」のあとに 想定されるべき「世界革命」の不可能性を意味していた。


 〝マルクス主義者″の方では、「世界革命」と<共同体-内-国家> としての・「弾圧装置」たる「国家」の<死滅>を、ただ言葉としてい っているだけで、理論的な解明は殆んどない。

 他方、<国家社会主義>の最良の部分というのは、<共同体-内- 国家>の<死滅>を、〝マルクス主義者″のいう意味では、つまり 「弾圧装置」としての「国家」の解体という意味では、充分に考えて いる。ただ、<共同体-即-国家>というものは解体できない、国家 としての民族だけは解体できない、ということを非常に素直にだして いる。

 〝マルクス主義者″の方では、そういうことを理論的に解明するの でもなければ、また、現実的に「社会主義国」をみますと、内部的な 意味での「暴力装置」も増大化し、巨大化するばかり、対外的には、 「社会主義共同体」という美名の下にいわば<社会主義世界体制-内 -第三権カ>として、ソヴェト連邦が君臨するというようなこと、 あるいは「大国主義」とか「社会帝国主義」といわれるような顕著な 傾向がある。これは普通「一国社会主義」といわれていますが、そう だとすればこれは陰微な<共同体-内-国家>社会主義ではないか、 そういう非常にきつい批判も可能だと思います。公然たる<共同体- 内-国家>社会主義者ではないにしても、やはりまともな国家論を 欠落させているということの懲罰はすさまじくて、彼らを隠然たる <共同体-内-国家>社会主義者にしてしまっているということなの です。

 いわゆる<国家社会主義者>を、<国家社会主義>というものを、 これはファシズムであるというふうに、あんまり調子よくいってくれ るな、というふうに思う。彼らだって実際には、隠然たる<共同体- 内-国家>社会主義著である、つまりそれは、<一国社会主義>であ るということは、そのことの別様の表現でしかないのではないか、 そういうきつい批判が可能であると思います。

 ただ、その場合、理論は理論、実際にやっていることとは別という 原則はやはり貫かなくてはいかんし、そうした場合には、唯一の救い はあるわけです。つまりあるというのはどういうことかというと、 少なくとも内部的な「国家」だけは「死滅」しなくちゃならん「消滅」 させなくてはいかん、あるいは「世界革命」というものは、どういう ことかわからないが、つまり理論的な能力がないからわからないが、 なんとかやらなくちゃいかん、つまり、そういう意味での主観的な、 大きな意味での思想的な方向性というものを、一応言葉だけになっ ちゃっているけれども、持っていることが唯一の救いである。それま でなくなっちゃったら、最良の<国家社会主義者>よりもっとダメな んじゃないかという、そういうところまできている、というのが、 今の〝マルクス主義″の現段階であると思います。これは、〝正統 派″だとか、〝異端″であるとかに全く関係なしに、いえることだ と思います。


 1972年の時点でこれだけのことを言っていることは、やはり、 「さすが」と言うべきだろう。
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第719回 2007/01/30(火)

《滝村国家論より》:国家社会主義(3)
マルクス主義による国家社会主義批判


 滝村論文(実は講演録)に戻る。

 この論文は発表されたのは 1972年で冷戦真っ只中の頃です。その頃の思想状況や政治状況からくる 制約を考慮したうえで読んでいきたい。現在からは一見切実でなと思 われる論点でも、本質論的には的は外れていないと思う。例えば 「マルクス主義」は一般には既に過去のものとされているようだが、 しぶとく生き残っていたり別の顔をもって再生したりするするだろ う。それは何も「マルクス主義」に限らない。今回のテーマの「国家 社会主義」や「ファシズム」もそうだ。だからこそいまさらながらに 取り上げる意味がある。いま思想的にも政治的にも日本を席巻して いる反動の嵐はファシズムだろうか。ファシズムとしたら、それは 戦前戦中のファシズムの再生なのかあるいは新種なのか。それを 見定めるための一つの手がかりを得られればと思っている。

 上で「マルクス主義」とかっこをつけて表記したのは、滝村さんが 『伝統的な〝マルクス主義″いわゆる〝マルクス主義″』と限定して いるのを受けてのことです。三浦つとむさんの言い方では「官許マル クス主義」ということになる。

 まず「マルクス主義」の国家論がどういうものであったかを確認し ておくと、それは、国家とは経済的に支配する階級が被支配階級を 弾圧・抑圧するための暴力装置である、というものだった。つまり 国家はもっぱら<共同体―内―国家>という<狭義の国家>であり、 しかも<政治的国家>という面だけからとらえられている。 さらにまた、その<政治的国家>には幻想(イデオロギー)論が 抜け落ちている。

 従ってマルクス主義によっては<共同体-内-国家>社会主義と <共同体-即-国家>社会主義の区別はなし得ないし、その国家 社会主義の批判は、<共同体―内―国家>社会主義に対してはある 程度有効であっても、<共同体―即―国家>社会主義に対しては全 くの見当はずれなものとならざるを得ない。


 最良の〝正統マルクス主義″のレヴェルを考えた場合に、論理的 に予想しうる批判は、こういうことではないのか。

 端的にいえば、<共同体-内-国家>死滅論というのを自分たち はもっている。そこのところで一つの優位ということをひきたたせ ることができるのではないのかということです。つまり<共同体- 内-国家>社会主義というやつは、いわゆる「暴力装置」としての 「国家」というものを、社会にとって絶対に不可欠のものとして永 遠化する、それどころかそれを集中強大化して、軍事的な「独裁」 体制というものを主張するけれども、これにひきかえて、マルクス 主義の方では、過渡期においてブルジョアジーに対するプロレタリ アートの独裁というふうなものを敢行するけれども、この「国家」 はプロレタリアート自身の武装を主体としているから、階級として のブルジョアジーの一掃後当然死滅する、つまりマルクス主義では、 「国家」という「弾圧装置」を死滅させることができるわけであ る。そしてそこにこそマルクス主義のえらさがある、そういう意味 での批判というのはある程度可能です。だから公平にみて、そこの ところに一分の利があるといえないことはない。

 けれども、最良の<共同体-即-国家>社会主義に対しては、全く お手上げである。その理由は、最良の<共同体-即-国家>社会主義 は、言葉として<共同体-内-国家>の<消滅>とはいいませんけれ ども、<無力化>というか、<無化>というか、それは一応考えてい るわけです。つまり単なる公的事務にたずさわる、共通利害を処理す る「苦情処理機関」みたいな、そういう意味での「国民の指導機関」 にしちゃうという点では、殆んど同じことを考えているわけです。 最良の<共同体-即-国家>社会主義というのは、内部的な国家機関 というものの<無力化>というふうなことについては、いわゆる〝マ ルクス主義者″と同じ程度、あるいはそれ以上に考えているわけで す。

 ただ彼らは<共同体-即-国家>、つまり<国家としての民族>だ けは、これは歴史的にいっても根源が古いし、これはもう唯一の根拠 にせざるを得ないんだ、つまりこのレヴェルだけでもって国家主義と いうものをとらえているわけであって、内部的な「国家」に対するか なり活発な国民的な参加であるとか、あるいは「指導機関化」である とか、あるいは「弾圧装置」としての「国家」の解除であるとか、 そういうことは完全に言うわけです。あとから具体的に話すことに なるかも知れませんが、権藤成卿だとか、北一輝なんていう人は、 そのくらいのことはとっくに考えているわけです。

 ただ「国民」というものは、そのまま「国家」である、このこと は<戦争>のための<徴兵制>などを考えれば明瞭なはずであって、 そういう意味での<国民-即-国家>、あるいは<社会-即-国家> 主義は断固として唱えますが、内部的な意味での「弾圧機関」なん ていうものは、これはむしろ徹底的に<無化>しちゃうんだという ような発想は、最良の<国家社会主義>者にはあるんだということ は、知っておかなければならない。

第718回 2007/01/28(日)

《滝村国家論より》:国家社会主義(2)
社会ファシズムと農本ファシズム


 先に進む前に、吉本さんの日本ファッシズム論を紹介しておきます。

 神山茂夫(『天皇制に関する理論的諸問題』)は、5・15事件から2・26事件にいたる までの「クーデター」の思想的背景を『これらの事態の本質は、近代的ファシズムでは なく歴史的におくれた軍事的・封建的帝国主義特に軍部の反動支配の強化である』と分 析している。そして『この現象的な日本ファシズムを貫く特質』を6点挙げている。

(1)極度の天皇主義である。
(2)軍部の援助と使嗾のもとにその目的遂行のために行われたものである。
(3)極度の冒険主義と対外侵略性を特徴とする。
(4)統一的政綱と政策を欠く徒党的小集団であり、相互に対立し闘争している。
(5)労働者農民的政党および労農組合から分裂し発生した日本主義的「ファシスト」党  派および組合もほとんど直接軍部と結び、その手先きとしてのみ存在しうること。
(6)軍事ファシスト的様相をより明確に示すにいたったのは2・26である。

 これを受けて吉本さんは次のように述べている。


 この見解は、わたしの知っているかぎりでは、もっとも正確な日本ファシズムヘの理解 である。神山はここで5・15事件から、2・26事件にいたるまでの、民間右翼思想家と軍部 青年将校によるクーデターを、近代的なファシズムとは区別されるべき擬制的なファシズ ムであり、それがあきらかに天皇制の絶対主義官僚的な支配に直通するものであるとの 理解にたつしている。

 わたくしたちは、神山がここで規定しているファシズムをかりに農本的ファシズムと よべば、あきらかに、これに対立する意味で、天皇制のブルジョワ・地主的な側面に直 通する社会ファシズム(擬近代的ファシズム)を想定しなければならない。そして、こ の農本ファシズムと社会ファシズムとの対立と癒着との特質のなかで、はじめて日本フ ァシズムの本性をあきらかにすることができるのである。(『日本ファシストの原像』より)


 農本ファシズムの代表的な思想表出として、日本のナショナリズム でも引用した橘樸(たちばなしらき)の文章を再度掲載する。


一、
 民族組織の単純性(一君万民)を完成する傾向。この傾向を、仮りに超階級維持性の法則と名づけ よう。
二、
 全体と個体、すなわち統制と自由との調和の法則。ひとり日本または東洋ばかりでなく、西洋のデ モクラシーも常にかかる調和を求める強い傾向を持つのであるが、ただ西洋が、個人主義と社会主義とに 論なく、個体を基軸とするに対し、東洋は日本と大陸諸民族とを通じて全体を主調とするところに なお互に苟合(こうごう)することのできない間隙がある。
三、
 異民族との関係を規定するもので、仮りに民族協和、または通称にしたがって八紘一宇の法則と名 づけよう。西洋の対立を原則とするのに対し、東洋は融合を原則とする。満州建国の標語たる 「民族協和」は当事者の企図したところは全くこの原則の実現にあった。




 この橘の天皇の地位を超越的にして、支配階級を除去するという結論は、一種のアジア 協同体論にゆきつかざるをえないものであり、北一輝・大川周明らの農本主義ファシズム の結論と軌を一つにする、と吉本さんは述べている。

 社会ファシズムの思想の代表としては、吉本さんは陸羯南(くがかつなん) を引いている。


 たとえば、陸羯南では、蘇峰の折衷と調合(国権意識と民権意識の)はもっと尖鋭な形 であらわれ、多数進歩派の知識人の思想を代表している。羯南の「国家的社会主義」 (明治30年)は、つぎのようにのべている。

「国家的社会主義は「国家をして社会経済の弊を匡救せしむ』というにあり。国家の本分 はただ中外の治安を保つにあるのみ、社会経済はよろしくこれを個人に放任すべしという 者、これいわゆる自由論派なり。国家的社会主義はまさしくこれと相反す。藩閥政事家ら はこの主義より干渉的部分を抽き取りてもって国家主義と名づけ、その自由論派と対戦す るの武器となすや久し。すなわち社会経済に干渉するの一点を見れば、彼らのいわゆる 国家主義てふものは国家社会主義に類すといえども、干渉其事の目的は全く相反す。 藩閥党の『国家主義』は軍人官吏貴族富豪の利益を保護するために干渉を旨とするも、 わが輩がここに叙するところの「国家的社会主義」は、これに反して弱肉強食の状態を 匡済するにあり。云々。」

 羯南によって象徴される知識人の進歩的「ナショナリズム」は、すでに社会ファシズム 論の形を明確にもった。いいかえれば、蘇峰では抱合せであったものが、ここで大衆の 「ナショナリズム」とちがった、知識人の「ナショナリズム」思想としてはっきりと分 離せられたということができる。この意識は、人権思想と国権思想の分離的統一とも いうべき形で自覚された。この時期の大衆の「ナショナリズム」が、無自覚なままでは あるが、その裏面に付着して いるという形でもっていた現実社会のリアリズムとのちがいは、羯南のばあいはっきりとあらわれている。社会ファ シズム論は羯南から昭和の中野正剛にいたるまで支配層のイデオロギーとなりえたことはない。だが、大衆の「ナシ ョナリズム」(農本主義・天皇制イデオロギー)は、逆立ちした形で、支配層のイデオロギーになりえた。社会ファ シズム論は、あくまでも知識人「ナショナリズム」の形で終始せざるを得なかったのである。ナチス=ドイツやファ シズム=イタリアが支配イデオロギーとして、優にスターリン主義と括抗する力を、第二次大戦期の一時期にもちえ たにもかかわらず、日本の社会ファシズムが支配イデオロギーとなりえずして、天皇制イデオロギーに支配の形をゆ ずらざるをえなかったとすれば、それらが近代日本の資本制の成立過程を肯定しつつ、「天皇制」的(農本的)国家 機関をもって「社会経済の弊を匡救せしむ」ことを目ざした矛盾によっている。天皇制イデオロギーは支配層によっ て、もっぱら大衆の「ナショナリズム」の心情の一面を逆立ちした形で吸い上げながら、一面で「社会経済」的には、 大衆「ナショナリズム」の社会的な基盤(農村)を資本制によって現実的につき崩すという両面を行使したのである。 大衆の「ナショナリズム」は、ここでは、天皇制イデオロギーに自己のイデオロギーが鏡にうつされるような幻想を あたえられ、一方で自己の「ナショナリズム」の心情をつきくずすものが、資本制そのものであるかのように考える ことを仕向けられた。憎しみは資本制社会に、思想の幻想は天皇制に、というのが日本の大衆「ナショナサズム」が あたえられた陥穽であった。さればこそ、農本主義的ファシズムは、北一輝にその象徴を見出されるように、資本制 を排除して天皇制を生かす、というところにゆかざるを得なかったのである。 (『日本のナショナリズム』より)


 中野正剛は羯南の系列につながるとはいえ、そのイデオロギーは国家権力による統制に よって資本制を維持するというもので、国家社会主義というよりは国家資本主義と言った方が よさそうだ。

また、ナチスも国家社会主義ではなく国家資本主義だろう。ナチス (Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei)を「国家社会主義ドイツ労働者 党」と訳しているが、ヒトラー自身はナチズムを「ドイツ的資本主義」とも称していたと いう。
第717回 2007/01/27(土)

《滝村国家論より》:国家社会主義(1)
国家社会主義とは何か


 教科書は『アジア的国家と革命』所収の「国家論におけるマルクス主義と国家社会主義 (2)」です。

 さて、柄谷さんが『 社会主義にはさまざまなタイプがあります。人々が知っている社会主義は、おお むね国家社会主義というべきものです。コミュニズムに関しても同じです。』と断じるのは、 現実に存在する(あるいは存在した)社会主義国家が国家を死滅(棄揚)せしめることができなかった し、理論的にも国家は死滅せしめ得ないという認識による。つまり、社会主義も共産主義も国家社会主義 あるいは国家共産主義としてしか存在し得ないと言っている。

 しかし、国家社会主義は「国家権力による収奪・再配分という交換様式によって 資本主義社会から社会主義(的)社会への移行をめざす」ような政治思想という意であり、 このような意に解した場合、「国家社会主義」という言葉では、実は既存の社会 主義国家をどう規定するかという問題以前に、いわゆるファッシズムが想定されている。 ナチスやイタリアのファッシズムや日本のファッシズムが国家社会主義 の範疇に入る。

 滝村さんは国家社会主義を、「国家社会主義」=「国家主義」+「社会主義」の 「国家主義」の方から、大きく二つに分けて考えている。つまりそれがどのような国家観に 立脚した社会主義なのかという観点から、「<共同体―内―国家>社会主義」と 「<共同体―即―国家>社会主義」の二つに分けている。

 言うまでもないことだが、ここで問題になっている国家は近代的国民国家であり、 従ってこの場合の「共同体」(国家を存立せしめている「最大かつ最高の協同社会性」) は、「国民」あるいは「民族」と呼ばれるレベルの共同体であることを確認しておく。

<共同体―内―国家>社会主義
 この場合の国家社会主義は、内部的な問題を重視する。つまり<国家権力>の強化・集 中化を最重要事とする。そしてその独裁的な<国家権力>によって<共同体-内-社会改 革>、つまり社会主義的な国内改革を断行することを図る。それにひきかえ、対外的な 問題とか国際的な地位の問題はどちらかというと副次的な問題とする。
 このタイプの国家社会主義はイタリア型(ムッソリーニ型)ファシズムを典型とする。 日本でいうと、吉本隆明さんが「社会ファシスト」と規定した人達、つまり高畠素之、中野 正剛、赤松克麿、石川準十郎などの思想はこの部類に入る。

<共同体―即―国家>社会主義
 この場合の国家社会主義は、先の場合とは全く逆に、共同体の内部的な問題よりは むしろ、共同体としての民族の自立性・独自性、あるいは国際的な地位というような問題を、 民族の死活にかかわる第一義的な問題として考える。そして民族的な自立性・独立性を実現 するために、国民的・民族的な強固な結集が不可欠であり、そのためには共同体 内部における徹底的な社会主義的改革を断行する必要があると説く。
 このタイプの国家社会主義はヒットラーのドイツ・ナチス型ファシズムを典型とする。 日本の場合でいえば、吉本さんが言う「農本主義ファシスト」がこれにあたる。具体的 には戦前の日本の右翼の大半、つまり北一輝、大川周明、権藤成卿、橘孝三郎などであり、 いわゆる<アジア主義>もこの部類に入る。
第716回 2007/01/26(金)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(31)
「人間の叡知」を信じたい。


   いよいよこのシリーズの最終回です。結びの一節を読みます。


 カントがいう「自然の隠微な計画」はけっして美しいものではありません。 それは人間の善意によってよりも、むしろ悪意や攻撃性を通して実現される からです。その意味で、われわれはどんな悲惨な状態にあっても、絶望する 必要はないということになります。

 しかし、たとえ窮極的に「自然の狡知」が働くとしても、われわれはこのまま 座視してよいわけではない。人類にとって致命的なカタストロフがおこる 前に、われわれはカント自身がそうしたように、実現可能なところから始めるは かないのです。
 

 カントは「反社会的社会性」という人間(国家)の本性を変えることはできな いという前提に立っている。しかし、それは人間の本性の半分でしかない。人間は もっと複雑なドウツブだ。人間が「反社会的社会性」とは正反対の本性をももつこ とは、人間のありようをチョッと振り返れば明らかではないか。人類の歴史は略奪 と殺戮の連続であったと同時に、相互扶助(互酬)によってドウツブから「人間」 となってきた歴史でもあった。「理性の狡知」でもなく「自然の狡知」でもない 「人間の叡知」の創出という道があることを私は疑わない。


 人類はいま、緊急に解決せねばならない課題に直面しています。それは次の三つに集約でき ます。
  1 戦争
  2 環境破壊
  3 経済的格差
 これらは切り離せない問題です。ここに、人間と自然との関係、人間と人間の関係が 集約されているからです。そして、これらは国家と資本の問題に帰着します。国家と 資本を統御しないならば、われわれはこのまま、破局への道をたどるほかありません。

 これらは、一国単位では考えることができない問題です。実際、そのために、グローバ ルな非国家組織やネットワークが数多く作り出されています。しかし、それが有効に機能 しないのは、結局は、諸国家の妨害に出会うからです。資本に対抗する各国の運動は、 つねに国家によって分断されてしまいます。
   ここで問題にすべき国家は<共同体―内―国家>だと思う。「資本に対抗する各国の 運動は、つねに国家によって分断され」る以前に、資本に対抗する一国家内での運動が 圧殺されている。国民国家が資本主義生産様式を下部構造とする限り当然の結果である。 戦争も環境破壊も経済格差も、資本主義生産様式が生み出す弊害だ。

 柄谷さんは「国家と資本を統御」すると言う。「国家と資本を棄揚」するとは言わない。 「国家の棄揚」は不可能と断じているからだ。しはし、国民国家も資本主義も普遍的なもの でもないし、最終到達点でもない。事実、資本主義は「消費資本主義」とか「高度資本主義」 とか呼ばれ、国民国家創成期のものとは相当に違ってきている。当然国家システムも変わらざるを 得ないだろう。吉本さんが言う「国家を開く」ということも含めて、国家の棄揚は決して不 可能ではない。このとき、私たちが出発点として依拠すべき思想的遺産は、ヘーゲルでも カントでもなく、やはりマルクスだろう。


 一定の様式で生産的に活動している一定の個人たちは、これら一定の社会的および 政治的関係をとり結ぶ。経験的な観察は、それぞれ個々の場合において社会的および 政治的編成と生産とのつながりを、経験的に、そして少しの神秘化や思弁もまじえず に呈示しなければならない。社会的編成と国家は絶えず一定の個人たちの生活過程 から生れる。(「ドイツ・イデオロギー」より)

 たとえその形態がどのようなものであろうと、社会とは何でしょうか? 人間の相互 的行為の産物です。人間は社会形態をあれこれと任意に選ぶことができるでしょうか? できはしません。もし人間の生産諸カの特定の発展の度合を前提するならば、交通や 消費の特定の形態が得られるでしょう。もし生産、交通及び消費の特定の発展段階を 前提するならば、それに応じた社会秩序が、また家族、身分あるいは階級のそれに応じ た組織が、一言でいえばそれに応じた社会が得られるでしょう。このような社会を前提 するならば、社会の公的表現にすぎないそれ相応の政治秩序が得られるでしょう。 (「アンネンコフあて書簡」より)



 では、どのように国家に対抗すればよいのでしょうか。その内部から否定していくだけ では、国家を揚棄することはできない。国家は他の国家に対して存在するからです。われ われに可能なのは、各国で軍事的主権を徐々に国際連合に譲渡するように働きかけ、それ によって国際連合を強化・再編成するということです。たとえば、日本の憲法第九条にお ける戦争放棄とは、軍事的主権を国際連合に譲渡するものです。各国でこのように主権の 放棄がなされる以外に、諸国家を揚棄する方法はありません。
   ここでの国家は<共同体―即―国家>である。では国家が主権を放棄するとはどういう ことか。それは「国家意志」として押し出されるわけだが、それでは「国家意志」はどの ようにして形成されるのだろうか。『「国家意志」とは何か』 でみたように、ブルジョア民主主義のもとで「軍事的主権」を放棄するという国家意志を形成することは、これこそ 不可能事だろう。ここでもやはり話は逆で、「国軍を持たない」という国家の開き方も 含めて、国家の支配システムの変更あるいは国家の棄揚が先行しなければならない。 コスタリカが国軍を放棄しえたのは、<共同体―内―国家>がブルジョア国民国家を超え たからにほかならない。


 各国における「下から」の運動は、諸国家を「上から」封じこめることによってのみ、 分断をまぬかれます。「下から」と「上から」の運動の連係によって、新たな交換様式 にもとづくグローバル・コミュニティ(アソシエーション)が徐々に実現される。もち ろん、その実現は容易ではないが、けっして純望的ではありません。少なくとも、その 道筋だけははっきりしているからです。
 

 「世界共和国へ」のはじめてすぐ、これは精読すべきだろうと思い、ホームページの テーマに選んだ。「資本=ネーション=国家」という環を「商品交換=互酬=収奪」と いう交換様式からとらえて、その環を抜け出るための第四の交換様式Xを探求すると いうテーマがとても新鮮に思え、今までにない新しい構想が提出されるのではないか と期待したからだった。期待が大きかった分、肩透かしをされた感じで、ちょっと 拍子抜けしている。しかし、柄谷さんが示す道筋には多くの疑問を呈したが、交換 様式Xには大きな共感を持っている。
 「新たな交換様式」Xを、柄谷さんは「アソシエーショニズム」と言っている。改めて 確認しておこう。


 社会主義にはさまざまなタイプがあります。人々が知っている社会主義は、おお むね国家社会主義というべきものです。コミュニズムに関しても同じです。この ような言葉を使っているかぎり、私のいいたいことは伝わりません。だから、誤 解を避けるために、私はアソシエーショニズムという言葉を使っています。

 アソシエーショニズムは、商品交換の原理が存在するような都市的空間で、国家や 共同体の拘束を斥けるとともに、共同体にあった互酬性を高次元で取りかえそうとす る運動です。それは先にのべたように、自由の互酬性(相互性)を実現することです。


 さて、「世界共和国へ」にはいささか不満がありましたが、ときどき横道に入っていろいろ 勉強できました。入ろうとして入らなかった横道もありました。そのほとんどは「滝村国 家論」に関わることです。その残してきた横道を本道にして、次回からのテーマとします。 まずは上の引用文にある「国家社会主義」を取り上げます。
第715回 2007/01/25(木)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(30)
「理性の狡知」と「自然の狡知」



 確かに今日では、国民国家という枠組が弱まっている傾向があります。しかし、そ れは国家を解消するものではない。たとえば、ヨーロッパ共同体の理論家たちは、 それが近代の主権国家を超えるものだと主張しています。しかし、国民国家が世界 経済によって強いられたものだとしたら、地域的共同体も同様です。ヨーロッパ諸国 は、アメリカや日本に対抗するために、ヨーロッパ共同体を作り、経済的・軍事的な 主権を上位組織に譲渡するにいたった。ただしこれを近代国家の揚棄であるというこ とはできません。それは世界資本主義(世界市場)の圧力の下に、諸国家が結束して 「広域国家」を形成するということでしかないのです。

 このような広域国家は初めてのものではありません。1930年代にドイツが構想した 「第三帝国」や日本が構想した「大東亜共栄圏」は、それに先駆けるものです。それ らは英米仏の「ブロック経済」に対抗するものでした。そして、こうした広域国家は、 「近代世界システム」、すなわち資本主義やネーション=ステートを超えるものとし て表象されていました。

 西ヨーロッパで、このように「ヨーロッパ連邦」を作ろうとする構想はナポレオン以前から もあったのですが、その理念的な根拠は、旧来の「帝国」の同一性に見いだされます。ただ、 それを実現する企ては、結局、フランスあるいはドイツの「帝国主義」にしかならなかった。 今日、ヨーロッパ共同体の形成にあたって、ヨーロッパ人はそのような過去を忘れてはいませ ん。彼らが帝国主義ではないような「帝国」を実現しようとしていることは明らかです。 しかし、それはあくまでも、世界経済の中での「広域国家」でしかありません。
 『ドイツが構想した「第三帝国」や日本が構想した「大東亜共栄圏」』と現行の 「ヨーロッパ共同体」(これに今構想過程中の「東アジア共同体」を加えることもで きる。)を「広域国家」と一緒くたにして扱っている。しかし、ヨーロッパ共同体が 『帝国主義ではないような「帝国」を実現しようとしている』という認識も示してい ることからも分かるように、その二組の「広域国家」には大きな違いがある。

 「大東亜共栄圏」は『異質な住民を同化して「同意」を強制』した帝国主義の典型で あった。朝鮮に対してはその言葉や姓名さえ奪おうとした。

 それに対して「ヨーロッパ共同体」は明らかに今までに見られなかった新し い試みである。覇権国家のもとに束ねられたものではないから正確には「帝国」とは 言えないが、『固有の民族性や宗教、言語、ときには政治体制』の独自性に寛容であるという 「帝国」の特質を保持しているといえる。吉本さんの問題意識からは、それは<共同体― 即―国家>(滝村さんは<外的国家>とも呼んでいる。)が国家を開いていく契機として 評価されている。ただこの試みは、<共同体―内―国家>を開いていく指向とタイアップ して初めて望ましい成果(「国家を開く」)を挙げるだろう。

 ここでまた改めて指摘しておくと、柄谷さんは<外的国家>を強調するあまり、あた かも「国家=<外的国家>」のように論を進めている。<共同体―内―国家>をどうするか という問題意識がすっぽりと落ちてしまっている。マルクスやアナキズム「国家を棄揚」 できなかった要因のひとつとして「国家をその内部だけで考える見方」をあげて、 「国家論の不在」と言っているが、逆に<外的国家>だけで考える見方も「国家論の不 在」と言わなければならない。この疑念はとうとう最後まで残った。

 さて、EUを「広域国家」に過ぎないと一蹴して、では柄谷さんが言う「世界共和国」 とは何なのか。それはカントの「世界共和国」であるわけだが、それは「諸国家が主権を 譲渡することによって成立する」ものであるという。柄谷さんはEUについて 「ヨーロッパ共同体を作り、経済的・軍事的な主権を上位組織に譲渡するにいたった。」 と述べているが、これは「世界共和国」への道ではないのか。

 また、「世界共和国」への第一歩としてカントは「国際連盟」を構想したという。そして、 第一次大戦後の国際連盟や現在の国際連合はカントの「国際連盟」の構想にもとづいたも のではあるが、カントが目標としたものとは異なるという。

 ヘーゲルは覇権国家の圧倒的な武力が結果的に世界史的な理念を実現すると考えた。 「理性の狡知」によって平和が達成されるというわけだ。ネオコン(新自由主義)の イデオロギーはこのヘーゲル的思想の再生と言える。

 これに対してカントは「自然の狡知」による平和を構想した。
 カントによれば、人間の「反社会的社会性」は本性(自然)であり、それはとりぞくことはでき ない。そしてこの本性は「国家」の本性でもある。カントの「国際連盟」は、このことを 前提として構想されたものだった。つまり、人間の理性や道徳性によってではなく、 「反社会的社会性」という本性(自然)が引き起こす戦争が国家連合を実現すると考え た。


 19世紀を通じて支配的であったのは、ヘーゲルのような考え方です。つまり、「世界史 的な国家」たらんとする大国の覇権争いが続いたわけです。その結果が第一次大戦です。

 しかし、それがカントの平和論を甦らせた。すなわち、カントの理念にもとづいて国際 連盟が形成されたのです。これは大国アメリカが批准しなかったため無力で、第二次大戦 を防ぐことができなかったとはいえ、人類史においては初めての偉大な達成です。 しかし、これは世界大戦を通して、つまり「自然の狡知」によって達成されたのです。

 第二次大戦後に結成された国際連合は、国際連盟の挫折の反省に立っていますが、 やはり無力です。国連はそれを通して有力な諸国家が自己の目的を実現する手段でしか ない、という批判があり、また、国連は独自の軍事組織をもたないため、軍事力をもった 有力な国家に依拠するほかない、という実情があります。そして、国連への批判はいつも カントに対するヘーゲルの批判に帰着する。すなわち、国連によって国際紛争を解決し ようとする考えは「カント的理想主義」にすぎないといわれるのです。

 しかし、カントの考えは、たんに、単独行動主義に対する多国間協調主義のようなも のではありません。国際連盟や国際連合がカントの「国家連盟」の構想にもとづくのは 確かですが、彼は別にそのようなものを目標としていたのではなかった。彼がそれを提 起したのは、現実主義的な妥協案としてにすぎません。


 カントの「現実主義的な妥協」とはどういうものか。柄谷さんは『永遠平和のために』 (宇都宮芳明訳)から次の一節を引用している。


 互いに関係しあう諸国家にとって、ただ戦争しかない無法な状態から脱出するためには、 理性によるかぎり次の方策しかない。すなわち、国家も個々の人間と同じように、その未 開な(無法な)自由を捨てて公的な強制法に順応し、そして一つの(もっともたえず増大し つつある)諸民族合一国家(civitas gentium)を形成して、この国家がついには地上の あらゆる民族を包括するようにさせる、という方策しかない。

 だが、彼らは、彼らがもっている国際法の考えにしたがって、この方策をとることを まったく欲しないし、そこで一般命題としてin thesi正しいことを、具体的な適用面で はin hypothesi斥けるから、一つの世界共和国という積極的理念のかわりに(もしすべ てが失われてはならないとすれば)、戦争を防止し、持続しながらたえず拡大する連合 という消極的な代替物のみが、法を嫌う好戦的な傾向の流れを阻止できるのである。

第714回 2007/01/23(火)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(29)
「帝国」と「帝国主義」


 「第Ⅳ部 世界共和国」に入ります。ここでは、市民革命により絶対主義国家から 誕生した「近代的国民国家」の現在までの変遷がテーマです。つまり、 「資本=ネーション=国家」という観点から現代史を俯瞰することになる。

 柄谷さんはまず、近代的国民国家の誕生とその特質を、改めて次のようにまとめている。


 ヨーロッパにおける絶対主義国家(主権者)は、王が都市(ブルジョア)と結託して、 封建的諸侯を制圧し、集権的な体制を作ったときに成立しました。それを可能にしたの は、強力な火器と貨幣経済です。しかし、これをたんに一国だけで考えることはできま せん。そもそも、これは世界市場の形成によって可能であったのだから。

 さらに、主権国家は他国との関係なしにはありえません。というのも、「主権」とは、 一国だけで存在するものではなく、他の国家の承認によって存在するものだからです。 そして、主権国家は、他国が主権国家でないならば、支配してよいということを合意 します。それは、ヨーロッパの外にも適用されるのです。

 その意味で、主権国家は本性的に膨張的なのです。主権国家の膨張を止めるのは、 他の主権国家だけです。あるいは、それに支配された地域が独立し自ら主権国家となる ことによってのみです。したがって、主権国家は必然的に主権国家をもたらす。このこ とは、絶対主義国家が市民革命によって国民国家に転じても同じことです。


 国民国家は本来的に膨張するが、それは、これもまた本来的に、「帝国」にはなり 得ない。それは「帝国」とは区別して「帝国主義」と呼ばれる。

 まず、『世界帝国はさまざまな部族国家や共同体の上に君臨したが、支配関係に 抵触しないかぎり、そのなかの国家・部族の慣習に無関心でした』。例えば、オスマ ン帝国について、柄谷さんは次の引用をしている。


 オスマン帝国時代には、地方住民をイスラム化することも、オスマン化することもけっ してなかったのです。この現実を現代政治の諸問題がいかに押し隠そうとも、事実はそう なのです。

 地方住民は、自分たち固有の民族性や宗教、言語、ときには政治体制や独立性、 経済活動までも、独自に保持していたのです。トルコ人たちは金や産物や奴隷を要求しま したが、各住民や各集団を、是が非でもオスマン化・トルコ化しょうとはしませんでした。 各地域は固有の性格を保っていたのです。

 このことは、18世紀ととりわけ19世紀における民族主義の勃興を、説明してくれるで しょう。(『ブローデル 歴史を語る』、福井憲彦・松本雅弘訳)


 これに対して、国民国家にはもともと多民族統治の原理がないという。


 近代の歴史において征服や世界帝国建設の評判が落ちてしまったのには、それなりの理 由がある。

 永続性のある世界帝国を設立し得るのは、国民国家のような政治形態ではなく、 ローマ共和国のような本質的に法に基づいた政治形態である。なぜなら、そこには全帝国 をになう政治制度を具体的に表わす万人に等しく有効な立法という権威が存在するから、 それによって征服の後にはきわめて異質な民族集団も実際に統合され得るからである。

 国民国家はこのような統合原理を持たない。そもそもの初めから同質的住民と政府に 対する住民の積極的同意(ルナンの言う毎日人民投票)とを前提としているからである。 ネーションは領土、民族、国家を歴史的に共有することに基づく以上、帝国を建設するこ とはできない。

 国民国家は征服を行なった場合には、異質な住民を同化して「同意」を強制するし かない。彼らを統合することはできず、また正義と法に対する自分自身の基準を彼らに あてはめることもできない。従って、征服を行なえば、つねに圧制に陥る危険がある。 (ハンナ・アーレント『全体主義の起原2 帝国主義』、大島通義・大島かおり訳)
 ヨーロッパ諸国家が諸民族を解放するという名目でオスマン帝国を解体したとき、 新しい支配者を目論んだヨーロッパ諸国は、すぐにアラブ諸国家の民族 主義者の反抗に直面することになった。

 「国民国家は征服者として現われれば必ず被征服民族の中に民族意 識と自治の要求を目覚めさせることになる」(r全体主義の起原2』)という 「帝国主義のディレンマ」が最初にあらわれた例が、ナポレオンによるヨーロッパ 征服だった。


 国民国家と征服政策との内的矛盾は、ナポレオンの壮大な夢の挫折においてはっきり白 日のもとに曝された。

 ナポレオンが明瞭に示したのは、「ネイションによる征服は被征服民族の民族意識の 覚醒と被征服者に対する抵抗をもたらすか、あるいは征服者が手段を選ばなければ、 はっきりした専制に導くかだということだった。

 このような専制は、充分に暴虐でさえあれば異民族圧制に成功はするだろうが、その 権力を維持することは、被統治者の同意に基づく国民国家としての本国の諸制度をまず 破壊してしまわなければできないのである。(同前)


 アメリカがいまアフガニスタンやイラクで直面している問題もこの「帝国主義の ディレンマ」にほかならない。
第713回 2007/01/22(月)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(28)
革命の不可能性


 柄谷さんはプルードンとマルクスの思想を対比しながら、それぞれの思想に大きな影響 を受けたパリ・コミューンとロシア革命の顛末をまとめている。例によって、いろいろと 異論をもたざるを得ないテーマだが、ここは深入りせずに、最終章につながる部分だけを 抄出しておくことにする。

 パリ・コミューンもロシア革命も、国家の棄揚を果たせず、逆に革命後の国家権力は ますます強大化し、暴力的な圧制を敷くことになった。なぜか。国家の本質を見誤って いたために国家という陥穽に落ち込んでしまった。それがこの二つの革命の失敗の共通 の要因だった。


 パリ・コンミューンは二ケ月で終わった。しかも、そのときには、コンミューンの中 で、それを外敵から防衛するために、集権化を強めようとする「多数派」が支配的になっ ていました。すなわち、ここでもまた、もしコンミューンが存続しょうとすれば、それ 自身が国家にならなければならなかったのです。

 1917年のロシア十月革命についても同じことがいえます。つまり、ある意味で、 ロシアのコンミューンも二ケ月で終わってしまったわけです。レーニンやトロッキ ーは当初、ヨーロッパの「世界革命」がロシアのあとに起こることを期待していたが、 起こらなかった。ソヴィエト(コンミューン・評議会)は、先ず周囲の国家からの干渉 と妨害に対して自らを防衛しなければならなかったのです。ソヴィエトは国家を解体 すべきものとして期待されたのですが、そうはならなかった。それは必ずしもポル シェヴィズム(レーニン主義)のせいだけではないでしょう。外敵から革命を守り、 ソヴィエトを維持しようとすれば、それは国家的でなければならない。こうして、 党=国家官僚の専制的支配体制がまもなく形成されたのです。

 なぜ国家をその内部から揚棄することができないのか。それは、国家がその外部と の関係において存在するものだからです。

 国家は内部からだけでは揚棄できない。だから、革命は「主要な諸民族が《一挙に》、 かつ同時に遂行することによってのみ可能」だと、マルクスは考えたのです。そして、 のちのマルクス主義者も「世界同時革命」を唱えました。

 しかし、一挙かつ同時的な世界革命はありえない。実際、1848年に彼が期待した「 同時的世界革命」の結果は、国家の死滅どころか、国家による産業資本主義の興隆を もたらしたのです。すなわち、フランスのナポレオン三世とプロシャの宰相ビスマルク が、この革命から出てきた。世界は、諸国家を超えた、資本階級と労働者階級という 二大階級の決戦になるだろうという『共産党宣言』(1848年)のヴィジョンは、すぐに 無効化されたのです。

 では、一国だけの社会主義革命も、同時的世界革命もありえないとしたら、ど うすればよいのでしょうか。ここで鍵となるのは、一九世紀のあいだずっと無 視されてきた、カントの「世界共和国」という理念です。これは、諸国家が主 権を譲渡することによって成立するものです。カントは、その第一歩として、 国際連合を構想しました。これは、諸国家をいわば「上から」抑制するものです。

 社会主義は、国家に対する「下から」の革命によって実現されると考えられてきまし た。しかし、それだけでは不十分であることは明瞭です。同時に、国家を「上から」抑え 込むシステムを形成することが不可欠なのです。そして、そのようなシステムの形成こそ、 漸進的な「同時的世界革命」であると考えてよいでしょう。私の考えでは、そのような ヴィジョンを提起した人こそカントなのです。最後にそれを検討したいと思います。

第712回 2007/01/20(土)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(27)
「世界共和国」という仮象



 カントは、フランス革命が性急な「外的革命」として、その誤謬を修正するのに数世紀もか かるようなものであったと批判すると同時に、それが無限に遠く離れた未来であるにせよ、こ の地上に実現されるであろう「神の国」(世界共和国)への第一歩となったことを評価したので す。


 柄谷さんは、フランス革命のジャコバン主義(後のロシア革命も)のように社会システ ムや政治システムを暴力的に変革しようとする思想を、カントの概念を用いて、「構成的 理念」と呼び、「無限に遠く離れた未来であるにせよ」、それに漸進的に近づこうと とする思想を「統整的理念」と呼んでいる。


 カントによれば、統整的理念は仮象(幻想)である。しかし、それは、このような仮象がなけ ればひとが生きていけないという意味で、「超越論的な仮象」です。


 例えば、「自己」とは仮象だという。


 同一の自己は存在しない。たとえば、昨日の私は、今の私ではない。それらが同じ一つ の私であるかのようにみなすことは仮象である。しかし、そのような仮象は生きていくた めに必要です。今の私は昨日の私と関係がないということでは、他人との関係が成り立た ないだけでなく、自分自身も崩壊してしまう。だから、同一の自己が仮象であるとしても、 それは取りのぞくことができないような仮象なのです。


 つまり、カントの「世界共和国」はそういう意味での仮象であり、『われ われが生きていくために不可欠な超越論的仮象』であるという。

 前にどこかで私は、ソ連の崩壊とともに「マルクス」そのものを捨ててしまった うろたえたマルクス主義者や、ソ連の崩壊をもって「資本主義の勝利」などと有頂天 になっているブルジョア学者を批判したことがある。

 そのたぐいの知識人を、「超越論的仮象」の喪失という観点から、柄谷さんは次のように 批判している。


 歴史の目的ということも同様です。もちろん、それは仮象です。ただ、われ われが生きていくために不可欠な超越論的仮象なのです。カントがいう歴史 の理念とは、そのようなものです。だから、カントがいう理念を、歴史に意 味や目的などない、そんなものは仮象だということによって斥けることなどできません。

 一般に、ひとが否定する理念とは、「構成的理念」のことです。歴史の意味を嘲笑す るポストモダニストの多くは、かつて「構成的理念」を信じたマルクス・レーニン主義 者であり、そのような理念に傷ついて、シニシズムやニヒリズムに逃げ込んだのです。

 しかし、社会主義は幻想だ、「大きな物語」にすぎないといったところで、世界資本主 義がもたらす悲惨な現実に生きている人たちにとっては、それではすみません。現実に 1980年以後、世界資本主義の中心部でポストモダンな知識人が理念を嘲笑している間に、 周辺部や底辺部では宗教的原理主義が広がった。少なくとも、そこには、資本主義と国家 を超えようとする志向と実践が存在するからです。

 もちろん、それは「神の国」を実現するどころか、聖職者=教会国家の支配に帰着する ほかありません。したがって、統整的理念と構成的理念の区別が必要なのです。統整的 理念は、決して達成されるものではないがゆえに、たえず現状に対する批判としてあり つづけます。


 私としてはここにさらに付け加えたいことがある。

 学問的に理念を構築する知的営みの重要さを認めるのにやぶさかではないが、 時代を誤まるほどの重要時には民衆の一人として街にでることも重要ではないか。 「進歩的」あるいは「革新的」を自認していながら、「私考える人、あなた行動する人」 で自足していて良いのか。

 理念はそのもの自体だけでは「たえず現状に対する批判』とはなりえない。 アカデミズムの中に閉じこもったままの理念は現実の「漸進的」変化さえもたら さない。理念は行動をともなって初めて現実に変化をもたらす力を持つ。

 ある集会で、大内裕和さんが強い口調で批判していた。「一体、大学人たちは何をして いるんだ」と。偉そうに言説を垂れ流しているだけで何もしていなじゃないか、と言って いたのだと思う。

 時には、『書を捨よ、町へ出よう』
第711回 2007/01/18(木)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(26)
想像力としてのネーションが指し示すもの



想像力はたんなる空想ではない。その意味で、ネーションは「想像された共同体」 であるという場合、それは「空想」ではなく「想像」だということに留意すべきです。 いいかえると、それはたんなる啓蒙によっては消すことができないような根 拠をもっているのです。



 ネーションもそのような意味で「想像的」な共同体なのです。ネーションにおいて は、現実の資本主義経済がもたらす格差、自由と平等の欠如が、想像的に補填され解 消されています。また、ネーションにおいては、支配の装置である国家とは異なる、 互酬的な共同体が想像されています。こうして、ネーションは、国家と資本主義経済 という異なる交換原理に立つものを想像的に綜合するわけです。


 この想像力としてのネーションの彼方にあるべきものを、柄谷さんは「アソシエーショ ニズム」と呼んでいる。

(ここから「第Ⅲ部 第4章アソシエーショニズム」に入ります。)


 アソシエーショニズムは、商品交換の原理が存在するような都市的空間で、国家や 共同体の拘束を斥けるとともに、共同体にあった互酬性を高次元で取りかえそうとす る運動です。それは先にのべたように、自由の互酬性(相互性)を実現することです。 つまり、カント的にいえば「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱う」よ うな社会を実現することです。


 『「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱う」ような社会』を、 私(たち)の問題意識から言い直してみる。

 まず、互酬という交換様式は国家や資本による富の再配分のことではない。あくまでも 等価価値交換(賃労働)の棄揚を意味する。それは産業や流通のシステムの面から言えば、 労働者による自主管理システムを構築することを意味する。従って、私としてはこれを最も 重要な点と考えるが、ヒエラルキーのない社会を理想とする。総じて国家の棄揚 ということになる。

 柄谷さんは「第4章」で「アソシエーショニズム」とは何か、その内実を詳しく論じているわ けだが、それをまずカントの宗教批判の検討から始めている。


 私はすでに、自由の互酬性(相互性)が普遍宗教として開示されたこと、そして、歴 史的に社会運動は普遍宗教の言葉を通し、また千年王国のような観念の力を通して なされてきたことを指摘してきました。

 しかし、ここで注意したいのは、それが宗教というかたちをとるかぎり、教会=国家 的なシステムに回収されてしまうということです。過去においても、現在においても、 宗教はそのように存在しています。それゆえ、宗教を否定しなければ、アソシエーショ ニズムは実現されない。けれども、宗教を否定することによってそもそも宗教としてし か開示されなかった「倫理」を失うことになってはならないのです。

 その点で、カントの宗教論は今もって重要です。それは宗教の批判と、宗教がはらむ 実践的意義を救出することとを同時的になそうとするものでした。

 第一に、カントは教会=国家的な形態をとった宗教を否定しました。彼の考えでは、 それは呪物崇拝にもとづくものです。《ツングース族のシャーマンから、教会や国家 を同時に治めるヨーロッパの高位聖職者にいたるまで、……その原理に隔たりがある わけではない》(『たんなる理性の限界内での宗教』、北岡武司訳)。

 他方で、カントは宗教を承認します。しかし、それは、宗教が道徳的法則 (自由の相互性)を開示する限りにおいてです。彼はそのような宗教を、歴史的な宗 教に対して、純粋理性宗教と呼んでいます。そして、後者にもとづいて「世界市民的な 道徳的共同体」が実現されたならば、歴史的な宗教制度、あるいは聖職者制度は廃棄 されるだろう。そこに、いわば「神の国」(アウグスティヌス)が実現されるだろう、 というのです。
 

 このカントの宗教批判は、私(たち)が既に見てきたように、宗教はその迷妄性を 取り去れば倫理の問題であるという吉本さんの宗教批判(『新新宗教批判』)や、 イエスやシャカが開示した「戦闘的宗教」に宗教の真髄をみる古田さんの宗教批判 (『「良心の自由」とは何か』)と同一線上にある。

 カントは「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱う」という道徳律を この宗教批判から導き出している。しかし、この道徳律は、「他者を手段としての み…扱う」ことで成り立っている資本主義とは根本的に相容れない。また、ヒエラ ルキーを根本原理とする国家とも相容れない。

 この道徳律を実現を可能にするためのカントの構想は次のようだった。


 第一に、商人資本の支配を斥けた小生産者たちのアソシエーションでした。もちろん、 これには歴史的な限界があります。彼は産業革命以前のマニュファクチュア段階、 つまり、職人的な労働者や単純商品生産者が多数であった状態で考えていたからです。 にもかかわらず、カントは、それ以後に出現する社会主義=アソシエーショニズム の核心をつかんでいたということができます。社会主義とは互酬的交換を高次元でとり かえすことにある。そしてそれは、分配的正義、つまり、再分配によって富の格差を 解消することではなく、そもそも富の格差が生じないような交換システムを実現する ことであるのです。

 第二に、カントは「神の国」の実現を具体的なかたちで考えていました。諸国家が その主権を譲渡することによって成立する世界共和国、それが「神の国」なのです。 カントは「永遠平和」を実現するための国際連合を提唱しました。これはあとで述べ るように、たんなる平和論ではない。資本と国家を揚棄する過程の第一歩なのです。

第710回 2007/01/17(水)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(25)
共同体の「想像的」な回復としてのネーション


 近代市民社会形成の過程は同時に旧来の共同体(農業共同体)の解体であった。 これを観念(共同幻想)の観点から言えば、共同体に根を下ろしていた宗教と 宗教的世界観の衰退の過程であり、それに代わる啓蒙主義あるいは合理主義的世界 観が支配的になっていく過程であった。

 数千年来にわたって共同体の精神的支柱となって君臨し続けてき宗教的世界観 が果たしてきた本質的な役割は何だったのか。柄谷さんはベネディクト・アンダーソンの 『想像の共同体』から引用している。


 人の死に方がふつう偶然に左右されるものとすれば、人がやがては死ぬということはの がれようのない定めである。人間の生はそうした偶然と必然の組み合わせに満ちている。 我々はすべて、我々の固有の遺伝的属性、我々の性、我々の生きる時代の制約、我々の身 体的能力、我々の母語等々の偶然性と不可避性をよく承知している。

 伝統的な宗教的世界観の偉大な功績(それはもちろん伝統的な宗教的世界観が特定の 支配・収奪体制の正当化に果たしてきた役割とは区別されなければならない) ―  それは、これらの宗教的世界観が、宇宙(コスモス)におけ る人、種としての人、そして生の偶然性に関わってきたことにあった。

 仏教、キリスト教、あるいはイスラムが、数十ものさまざまの社会構成体において数 千年にわたって生き続けてきたこと、このことは、これらの宗教が、病い、不具、悲しみ、老い、 死といった人間の苦しみの圧倒的重荷に対し、想像力に満ちた応答を行ってきたことを証 明している。


 宗教が果たしてきた「想像力に満ちた応答」を、宗教に代わって行っているのがネーション であるとアンダーソンは言っている。つまり、宗教に代わってネーションが「個々人に 不死性・永遠性を与え、その存在に意味を与えている」。このことを、柄谷さんは「交換」 という観点から、次のように述べている。


 共同体の崩壊は、それがもっていた「永遠」を保証する世代的な時間性の喪失で もありました。農業共同体の経済においては、たんに生きている者たちの間の互 酬だけでなく、死んだ者(先祖)とこれから生まれてくる者(子孫)との間にも相互的 な交換が想定されていた。たとえば、生きている者は子孫のことを考えて行動し、 また、子孫は彼らのために配慮してくれた先祖に感謝する。

 農業共同体の衰退とともに、自分の存在を先祖と子孫の間におくことで得られるこ のような永続性の観念も滅びます。普遍宗教は個人の魂を永遠化するでしょうが、共 同体のこうした永続性を回復しません。そして、それを想像的に回復するのがネーシ ョンなのです。したがって、「国民」とは、現にいる者たちだけでなく、過去と未来 の成員を含むものです。

 ネーションにはこのようにメタフィジカルな基盤があります。しかし、それは、 ネーションが経済や政治と違った、何か精神的レベルの問題だということを意味するの ではありません。たんにそれは、ネーションが商品経済とは違ったタイプの交換、 すなわち、互酬的交換に根ざすということを意味するのです。

 ネーションとは、商品交換の経済によって解体されていった共同体の「想像的」な 回復にほかなりません。


 ネーションの意味づけはとっても説得力がある。

 互酬的交換に根づく「想像的」な共同体を基本理念とする思想をナショナリズムと呼 ぶなら、私はナショナリストを自認してもよい。あるいはその基本理念の実現を目指す 志向を愛国心というなら、私は愛国者を自認しよう。

 このような意味でのナショナリズムは、商品交換を根本原理とする「資本=ステート」 (意図的にネーションを省いた)とは相容れない。「資本=ステート」と結びつくとき、 そのナショナリズムは排他的で偏頗なものとなり、醜悪なイデオロギーに成り下がる。
第708回 2007/01/16(火)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(24)
ネーションの誕生


 「第Ⅲ部 第3章ネーション」に入ります。

 ここではまず、『世界帝国の解体→絶対主国家→市民革命による近代的国民国家 の誕生』という世界史的国家の発展転成が、西ヨーロッパをモデルに 概観されている。これは滝村国家論で詳しくたどってきたことなので、そのまとめと言 う意味合いで、最後の二つのセクションをよむことにする。


臣下としての同一性

 もちろん、絶対主義国家の段階はまだネーション=ステートではありません。ネ ーション=ステートが生まれるのは、市民革命によって、こうした絶対的主権者 が倒され、人民主権が成立する段階です。

 しかし、ネーションの基盤が作られるのは、絶対主義王権の時代なのです。通常は、 そのことが忘れられています。まるで人民(people)が王政から主権をとりかえした かのように思われていますが、人民はまさに絶対的主権者の臣下として形成されたので す。つまり、それまでさまざまな身分や集団に属していた人たちが、主権者の下で臣 下として同一の地位におかれたときに、はじめて人民となった。国民は、まず臣民と して形成されたのです。

 このような臣下としての同一性は、他方で、封建制において存在したさまざまな共 同体が解体されることによって生じます。このことは西ヨーロッパに限られる現象では ありません。近代の主権国家と資本主義は、各地で旧来の世界帝国を解体するとともに、 その下に存在した多数の共同体 ― 藩、部族、親族、中国の幇(バン)のような結社、 カトリック・ユダヤ教・イスラーム教などに見られる宗教共同体 ― を解体して いった。ネーションはそれとともに形成されたのです。逆にいうと、こうした各種 共同体が濃厚に残っているとき、ネーションの形成は難しい。また、ネーションが 崩壊するか弱体化するとき、それにかわって、宗教的共同体や血縁的共同体が強くな ります。


 ここで再度確認しておきたいことがある。

 上記引用文の冒頭で柄谷さんは 「ネーション=ステート」と表記しているが、以後はもっぱら「ネーション」だけを 用いている。この点については「資本=ネーション=国家」再論 で論じたように「ネーション」は国家(第三権力)を存立せしめている「最大かつ最高の 協同社会性」を指していおり、「ステート」は国家そのものを指していると解して読んで きた。このように解して読むと上記引用文の「ネーションの誕生」の歴史的経緯の記述が 明晰に理解できると思う。

 この章で柄谷さんは、「ネーション」という協同社会性の観念的側面を解明しようと している。いわば、「柄谷共同幻想論」といってよいのではないか。

 「ネーション」を観念的な側面から解明するという方法の根拠を、柄谷さんは 次のように述べている。


 ネーションは、市民革命によって絶対的主権者が倒され、個々人が「自由と平等」 を獲得するときに成立します。しかし、ネーションが成立するには、それだけでは 不十分なのです。そのためには、個々人の自由や平等のほかに、個々人の間の共同性 が必要となります。

 たとえば、フランス革命では、自由・平等・友愛というスローガ ンが唱えられました。その場合、「友愛」は、個々人の間の共同性を意味します。 ネーションに必要なのは、まさに「友愛」という言葉で示されるような感情です。

 ネーションをこのような感情(sentiment)から説明するのは、皮相な見方のようにみ えます。それよりも、ネーションを民族的(エスニック)、言語的な同一性、あるいは 経済的な同一性という現実的な基盤から説明するほうがましだと思う人がいるでしょう。 しかし、その種の同一性は必ずしもネーションを形成しないのです。むしろしばしば、 ネーション形成の妨げになります。ゆえに、ネーションについて考えるとき、われわれ はむしろそれを「感情」において見るべきです。

 しかし、それは問題を心理学に還元することではなく、その逆に、感情というかたち でしか意識されない「交換」を見ることを意味するのです。先に私は、たとえば罪責感 のような感情には、一種の交換がひそんでいると述べました。むろん、それは互酬的な 交換であって、商品交換とは違います。商品交換の場合、ひとはむしろ感情を離れて、 いわばビジネスライクにふるまうことができます。ところが、互酬的な交換に由来する 債務感は、金で返すことで解消できないものであり、経済的には「非合理的」なもの です。


 たぶん柄谷さんは、この「感情というかたちでしか意識されない…互酬的な交換」 に、「資本=ネーション=国家」という環を抜け出す活路を見い出そうとしている。
第707回 2007/01/15(月)

戦争と平和(8)
国家間で「国家を開く」


 法的に「リコール権」を確立することによって「国家を開く」というのは、滝村国家 論の用語を使えば、<共同体―内―国家>が<共同体>に対して開かれるという意になる。

 国家を開く道がもう一つある。<共同体―即―国家>同士がお互いにお互いを開くという 道である。いわば国際的に国家を開くということになる。現在の国連は「国家を開く」 ということからはほど遠い。国家の、特に大国のエゴの闘争の場にとどまっている。

 国際的に国家を開く兆しはヨーロッパ共同体に見ることができる。それぞれの国家は 独立にしたものとして存続していながら、共通の課題としてやれる部分では国家を開い ている。その共通の部分を広げていくことによって、国家そのものが消滅すれば理想的だが、 そこまではなかなか難しいだろう。

 まだ道のりは遠そうだけど、東アジア共同体が構想されている。これは歓迎されるべき ことだと思う。言うまでもなくこれは、半世紀前に大日本帝国が構想した「大東亜共栄圏」 などとは全く異なるものでなければいけない。あの「大東亜共栄圏」は日本の覇権のもと に他国が隷属するようなものであって、帝国主義の一種にほかならない。各国が平等の立 場に立つ互酬的共同体が望まれる。国家同士がお互いにお互いを開く。それは戦争を 回避するもう一つの手立てである。

 東アジア共同体をめぐって、日本と中国が主導権争いをしているようだが、つまらない 争いはするなと言いたい。中国の姿勢にも問題があるが、他国を論難する前に自国の姿勢を 省みるべきだろう。ポチや狆ゾウのように為政者が、歴史を直視得ない脆弱なナショナリズ ムが偽造した「自慢史観」を引っさげていては、国際社会で名誉ある地位は永久に得られ まい。

 さて、「国際的に国家を開く」という問題は、柄谷さんの「世界共和国へ」のテーマ でもあった。吉本さんの講演は、「経済的なリコール権」という民衆の主権をボランティア として行使するというテーマへと続いていく。それを取り上げる機会がもしかしたらあるかもしれ ない。それはそのときのこととして、いまは「世界共和国へ」に戻ることにする。
第706回 2007/01/14(日)

戦争と平和(7)
経済的リコール権


 日本では1970年代に消費資本主義の時代に入ったといわれている。では何を指標にして 消費費本主義というのか。
 ごく大雑把にいうと、社会全体の産業構成において第3次産業 が全産業の50%以上になっている。そして一般民衆の経済状況において、まず所得の半分 以上が消費に使われ、さらにその全消費額の半分以上を自由な選択による消費に使うこと ができるようになっている。逆にいうと、生命の再生産に必要な生活必需品への消費が 全消費の半分以下である。このような経済社会状況になっているとき、それを消費資本 主義と呼んでいる。いわゆる先進国は全てそのような状況になっているといえる。

 最近の政・財・官による剥き出しの労働者搾取政策は初期資本主義への反動であり、 労働力再生産のためのぎりぎりの賃金も休養時間も奪おうとしている。このような 反動はいずれ破綻するだろう。 第3次産業が全産業の50%以上になっている社会構成を変えられない限り、つまり消費資本 主義社会である限り、一般大衆の全消費が景気の動向を左右している。政府が公共事業を 増やしたり企業が設備投資を増やしたりしても、一般大衆の消費が増えない限り経済成長は ない。このことは、一般大衆の全消費は政治を左右する力をも潜在的に持っていること を意味する。


 これはとても希望なんです。つまり、皆さんの中で選んでつかえる消費の部 分が所得のうち半分以上を占めている。そして、全消費のうちまた半分以上を 占めている選んでつかえる消費、今月は節約だから旅行に行くのはやめようと か、映画に行くのはやめようとか、洋服を買うのをやめようとかというふうに、 自由にやめたりやめなかったりできる額が半分の半分以上、つまり四分の一か ら二分の一の間のところを占めているわけです。

 そうしたら、これは潜在的なリコール権を持っていることを意味します。
 わかりやすくいえば、たとえば皆さんが一斉に一年の半分ないし一年間我慢 に我慢をして、選んでつかったり遊ぶためにつかっているのをやめようじゃな いかということをやったら、それで政府は潰れてしまいます。経済規模が四分 の三から二分の一のところにおちてしまいますと、どんな政府ができても潰れ てしまいます。

 それがなぜ潰れないかといったら、要するに皆さんが一斉に行使しないから です。ある人は今月は節約しているからつかうまいと思うし、ある人はちょっ と金が余っているから高いものを買ってみようというふうに、個々バラバラに そうしているから、いまみたいな政府でもちゃんと実現し得ているんですけれ ども、もし皆さんが一斉にやったらすぐに潰れてしまいます。どんな政府でも 潰れます。

 それだけの力は、経済的な先進国では、すでに民衆の個人消費の中にある。 特に民衆の個人消費の中に大部分の手が移っているということを意味していま す。それをただ行使しないというだけであって、それはすでに潜在的には持っ ているということです。

 それは現在の日本だけではなくてアメリカもフランスやドイツもそうですけ れども、そういう先進国における社会国家の状態をもし産業的に見ていくな らば、すでにそういう状態に先進国は入っているということを意味するとおも います。
 これは大変な希望だとおもいます。つまり、誰が政府になったって、民衆の 賛同なしには、そんなにむちゃくちゃなことはできないということになりまし た。


 「経済的リコール権」の行使が1年も続けば倒産する企業もあり、従って職を失う 人が出てくる可能性があるが、その人たちへの援助の仕組みも必要だろう。そうした 問題もあるが、例えばそれで戦争遂行を阻止できるとすれば、新しい運動形態として 一考の価値があると思う。生活必需品以外を買い控えるのは誰にも難しいことではない。 誰でも気楽に参加できる。



 しかし一斉に「経済的リコール権」を行使するというのは難しい。マスゴミが 「経済的リコール権」の行使を呼びかけることはまずありえない。私たちとしては デモなどで呼びかけていく手もあるが、インターネットの網の目を利用するのが 有効だ。「経済的リコール権」行使運動をブログで呼びかける。知り合いにメールを送る。 もちろん政府には闘争宣言を送りつける。この運動の参加者が全消費者の一割ほどに もなれば相当な威力になるのではないだろうか。

 政府のリコールだけではない。オテアライ・ビジョンのようなとんでもない発言に対しても 有効だ。キャノン製品をボイコットしよう。

 これって、共謀罪だな。
第705回 2007/01/12(金)

戦争と平和(6)
「防衛省」が守るのは何?


 イラクでの自衛隊は基地に閉じこもってシッカリと「自衛」してきたが、防衛庁から 防衛省に名称を変えたいま、防衛省は何を守るだろうか。

 昨年末、教育基本法改悪の攻防のどさくさにまぎれるような形で防衛庁の「省」昇格が 決まってしまった。しかしこれは、ただ単に名称が変わっただけではない。在日アメリカ 軍再編との関連を考慮すれば、自衛隊と在日アメリカ軍との一体化・融合が促進される のは明らかだろう。防衛庁は「アメリカ軍日本省」というわけだ。

 頓馬のトンちゃんが「国軍」と認めてしまった自衛隊が、こんどは「アメリカ国軍日本 方面軍」となる。あるいは「アメリカ軍所属日本外人部隊」か。

 昨年の5月に合意された在日アメリカ軍再編の問題点をおさらいしておこう。
 海上自衛隊はとうにアメリカ軍と一体化していた。
 今度は航空自衛隊の司令部が横田に移転する。米第5空軍と共同の作戦司令部が 設置される予定になっている。
 陸上自衛隊。アメリカ本土からキャンプ座間に第1軍団司令部が移ってくる。アメリカ軍の 海外展開のための中央即応集団を新設するためである。陸上自衛隊はその管轄下におかれ ようとしている。今年中に宇都宮に中央即応連隊が誕生するという。

 これに加えてさらに、「庁」から「省」への格上げにともなって海外任務が 「本来任務」に格上げされた。これからは自衛隊の海外派遣は米軍との共同作戦をと ることになる。政府が言う「専守防衛」など有名無実の虚言ということだ。

 「省」への格上げは、「実施官庁」から「政策官庁」への転成である。シビリアン コントロールからも遠のいていく恐れがある。防衛省が「日米防衛協力課」・「国際政策課」 などという課を新たに設け設けようとしている。

 狆ゾウは「集団的自衛権」の拡大解釈、いつでも派兵を可能にするための「恒久法」 の制定、「自衛隊の武器使用制限の緩和」などを企んでいる。すべて日本には 不用なものだ。では、何のため? もう繰り返しいう必要はないだろう。

 トンちゃんから狆ゾウまでの12年間で、ついに自衛隊はアメリカの意に沿った海外侵略 をするための軍隊に成り下がってしまった。もともと軍隊が国民を守ることなど金輪際 ない。そのことは、歴史をキチンと読み解く目をもっているものには明ら かなことだ。「自慢史観」が本当の歴史だなどと低級理論を押し戴いているものには 見えない。アメリカの下請け軍隊になってしまった「他衛隊」をいまだに 「自衛隊」と信じているのはそんな連中だけだろう。

 このような状況下で、なお戦争を阻止する手立てはあるのか。「リコール権」があれば 戦争阻止は可能だけれども、それを憲法に明文化するほど社会も国家も成熟していない。 絶望するほかないのか。

 教科書民主主義を信奉している人たちは選挙こそが「リコール権」だと主張しているが、 現段階での民主主義はまやかしであることを、既に何度も論じてきた。それを「戦争と平和」 の問題に即してウンと単純化して言うこともできる。オコチャマランチ・狆ゾウだって、 「戦争を起こすこと」を公約に掲げて選挙に臨むほどバカではない。「平和」や「国民の 安全」や「国民の幸せ」を言い立てるだろう。しかし、一度権力の座に座れば、国家権力は それにしがみつくし、公約にない悪行を平気でやってのける。それは、これまでの政治 過程をかえりみれば明らかではないか。「国益」(実は「資本益」)という旗を立てて 戦争に突入することは大いにありえる。いみじくも、「公約なんて守らなくともた いしたことではない」とほざいたポチ・コイズミの居直りを思い出しておくのも無駄で はなかろう。

 じゃあどうする?
 「政治的リコール権」はまだ遠い彼方にしかない。しかし、 高度に発展した消費資本主義下の国家においては、国民は「経済的リコール権」を 持っていると吉本さんは言う。(次回へ)
第704回 2007/01/10(水)

戦争と平和(5)
一人一人が自分の「平和」をバネに



 例えば僕にとって平和というのは何なんだというふうになれば、これは誰にも通じな くて、自分の持っている固有の生活状態とか、固有の家族状態とか、そういうものの中 から出てくる平和というものの感じとか波立っている感じとかいうものを見つけ出して いく以外にないということになります。

 つまり、一般論でいいますと、戦争についてはある程度、いま申し上げまし た通り突き詰めることはできますけれども、平和については各人の生活状態、 心の状態、それからそれを取り巻いている社会の状態というものの中に、それ ぞれが感じている平和というものを護っていく以外、あるいは実現していく以 外に、平和というのを一般論として定義することは非常にむずかしいし、また 極端に悲観的に考えれば、トルストイのように生きている限りはそれはないと いうふうに考えざるを得ないところまで、平和というのは個々別々の人々の生 の中にしかないということになってしまう。

 戦争と平和についての、僕等が考えてひとに言うことができるどん詰まりの 考え方といえば、そこの問題に帰着してしまうとおもいます。


 私の中には仏や神はいない。だから当然なこと、神頼みや仏頼みををするという発想も ない。単なる形式的な年中行事としても、お付き合いでも、初詣などしようという気には 全くなれない。

 もちろん、神仏を信仰する人を否定するつもりはない。しかし、「信仰のない心は貧し い」というようなもの言いには「よせやい。手前味噌もいい加減せい。」と言わざるを 得ない。
 こんな、テーマとはかけ離れたことを書き始めたのは、吉本さんの「平和論」から 神社への願掛けの絵馬を思い出したのだった。観光などで神社に行く機会があると、 私は絵馬に書かれている人々願いを読むのを楽しむ。そこに書かれている事こそ、 人それぞれののささやかながら切実な平和なのだと思う。

 それらのたくさんの平和が達成され守られることを願う気持ちにはおおいに 共感できる。でも、その願いを達成できるのは「神」ではなく、私たち一人一人の 平和への強い思いだ。ひとりひとりの持っている「平和」について考えは違っていても 、それを脅かす「敵」は同じはずだ。もちろんその「敵」は実際に行われる「戦争」 だけではない。現在進行中の経済政策や思想統制など、戦争を引き起こす素地全部が 「敵」なのだ。

 残念ながら、圧倒的多数の人が「敵」を見誤っているとしか、私には思えない。 一体どれほどの人が、現在の政治状況・社会状況が危険水域を越えているという認識 を持っているだろうか。いま、一人一人が自分自身の平和を確認し噛みしめて、それ をバネに一歩前に進みでるときではないか。

 次回からは「戦争と平和」の現状を考えます。
第703回 2007/01/09(火)

戦争と平和(4)
トルストイの「平和」


(吉本さんの著書に戻ります。)

 近代的国民国家という現在の枠組みを前提とする限り、制度的には「平和国家」とい う国家はあり得ない。国家規模あるいは社会規模では平和と戦争は同じメタルの裏と表 である。平和が平和そのものとしてありえるとすれば、それは個々人の日常生活の繰り 返しの中に求めるしかないのではないか。そのとき、その平和は一人一人によって異な るものであり、それを一くくりにした平和一般という概念は成り立たない。

 吉本さんはトルストイの『戦争と平和』のモチーフを探ることを通して、 「平和とは何か」という問題を考えている。この部分はそのまま引用します。


 この中で主人公であるアンドレイ公爵は二度負傷するわけです。一度は、ナ ポレオンのフランス軍が侵入してきて、オーストリアとロシア軍がそれを阻止 しようとしてダニューブ川を隔てて会戦が行われて、そこで負傷する。動けな くなって仰向けに倒れながら、空が見えますから、
 「空がきれいで、深いな。静かだな」
というふうに考えているわけです。

 そこにナポレオンが麾下の将校を連れて戦線視察に来て、倒れているロシア 兵を見て「勇敢に戦って、みんな勇者だ」と褒めたたえながら歩いて来る。ア ンドレイ公爵が負傷して意識は朦朧としているところへも来て、軍旗がそばに 落ちていて、「この若者も勇敢だった」とナポレオンが言うのが耳に入ってく る。でも答えることもできない。

 ただ、自分が非常に尊敬している英雄であるナポレオンがいまここにいるん だということは、かすかに意識に残るわけです。だけれども、その時にアンド レイ公爵は何を考えるかというと、
「いま見えている深く青く遠くて静かなその空の深さに比べれば、この英雄の 考えていることなんかちっぽけなことなんだ」
と、かすかな意識の中でそういうふうに考える。その時にアンドレイ公爵の 考えたことがアンドレイ公爵にとっては〝平和″ということの意味なんだとい うふうに、トルストイは描いています。

 空を見てというのは、トルストイが非常に固執したところです。アンドレイ 公爵はもう一度、ポロジノというところでのモスクワ攻略の最後の大会戦みた いなものにあうわけですけれども、そこでやはり負傷して瀕死状態になるわけ です。担ぎ込まれて家族の目の届くところに帰還するわけですけれども、それ でもなかなか意識が回復しないで、むしろ死の方がだんだん近くなっていくと いう状態になるわけですが、死に瀕した時にアンドレイ公爵は ― そこはトル ストイの描写は非常に微妙なんですが ― 自分はもう死んじゃったというふ うに考える。

 死というのが初めてよくわかったとアンドレイ公爵が考えるわけですが、そ れは何かといったら、生から目覚めることが死だと思うんだということ、それ から夢みたいな朦朧とした状態から目覚めることが死なんだ、と。

 そういう目覚めたところで、いままで何かに制約されていたような感じとい うのが全部取っ払われて解放されたというような感じになるというのが、アン ドレイ公爵の臨終の時のトルストイの描写です。

 それは何を書いているかというと、決してトルストイは生の状態、死後の状 態というふうには書いていないんですけれども、精神が肉体を離れる時の感じ 方だという意味合いで書いています。
 つまり、死というのは生からの解放でもあったし、夢からの解放でもあった なというふうに感ずるということ、そしてこれが自分にとっての解放感だとい うふうに感ずるというのが、アンドレイ公爵という主人公が死ぬ時の描写であ るわけです。

 そうするとそこでも、トルストイが考えている人間にとっての平和というの は、アンドレイ公爵が死に瀕した時のそういう感じをトルストイが平和だとい うふうに言っていることを意味します。

 もっと簡単に言ってしまえば、死というのが人間にとっては平和なんだとい うふうに、トルストイは非常に平和について絶望的で、自分が書いている『戦 争と平和』という大長編のモチーフをそういうところに集約していっている というのが、トルストイの戦争と平和についての感じ方です。

 トルストイが、戦争というのはだめなものだというか、一方はナポレオンで あり、一方はオーストリアの皇帝であり、一方はロシアの皇帝でありという、 皇帝たちが自分たちの意向によって戦争を始めて、やはり死に行く者は一般大 衆なんだということを描きながら、主人公にとっては平和というのは死以外の ものではなかったし、自然を眺めた時の平穏の感じというのが平和なんだとい う以外になかったということが、トルストイの大長編のモチーフになっている とおもいます。

 戦争について突き詰めることは、ある程度はできるわけですけれども、平和 というのを万人に通ずるような意味あいで突き詰めることは、どういうふうに してもできない。

 トルストイでさえそれはできないので、主人公の死に瀕した時の気持とか、 動けない時に空を見た時の感じ、それが平和なんだというふうにしかいうこと ができなかったというふうに考えますと、やはり平和というのはむずかしいこ とで、それぞれの気持の中とか、それぞれの生活の中とか、家族の中とかとい うことの中にしか、平和ということの意味を認めることが、どうしてもできな い。むずかしいというふうになるとおもいます。

第702回 2007/01/08(月)

戦争と平和(3)
私たちにはどんな抵抗が可能か


 憲法に「リコール権」を追加することなど、現在のどの政党にも期待できないのは明ら かだ。どの政治党派もいったん権力を握ればそれに頑強に固執して手放そうとはしない。 もちろん歴史上、リコール権を明文化した国家は皆無だし、したがって国民の命運に関 わる重大時に対処するために合法的なリコールがおこなわれた事はかって一度もない。 しかし、これまでに民衆による「叛乱」という暴力的なリコールは枚挙にいとまない。 最も最近の例ではソビエットの崩壊がそれに当たる。(クーデターは民衆によるリコール とは全く異なる。)

 しかし、ソ連の創成期、レーニンにはリコール権という考えがあった。しかし、それが 明文化されることはなかった。もしソビエット憲法にそれが明文化されていたなら、ソ連 はもっとましな国家になっていただろうし、民衆の血を流しながらのリコールという惨事 は必要なかった。

 「リコール権」の獲得は容易には実現し得ない。しかし、それが現在では最も重要な 政治的課題であるという認識を一般大衆が共有して得れば、その実現への可能性は 芽生えるだろう。

(少し、吉本さんの著書から離れます。)

 法やシステムの改革を通して戦争をなくす道は遥か遠く、容易ではない。あとは 個人的な抵抗・非協力を貫く道があるが、現実の戦争が起これば、これは命を賭しての 闘いとなる。わずかながら「大東亜戦争」時の抵抗者が記録されているが、記録される ことなく埋もれてしまった無名な人たちの抵抗が、点の様にではあっても、存在したで あろうことを私は疑わない。しかし、いわゆるレジスタンス運動は皆無であった。 私たちが持っている無名者の記録は、靖国神社、知覧特攻平和会館、『きけわだつみの こえ』など、国家のまやかしの「聖戦」に殉じた悲劇ばかりだ。

 私は20年ほど前に手にした一冊の本を思い出した。『イタリア抵抗運動の遺書』(冨山房 百科文庫)。フランスのレジスタンスは侵略者ドイツへのレジスタンスであったが、 イタリアのレジスタンスは自国のファシズム政府へのレジスタンスだった。そして、 イタリアと同じような状況下の日本ではレジスタンスは皆無だった。何故なのだろうか。

 同書の河島英昭氏の「解題」から。


それにしても、イタリアにおいて、なぜ反ファシズム闘争が可能であったのか?  本書の《手紙》の老若男女の書き手たちは、どのようにして個人の苦しみと歴史の苦 しみによく耐ええたのか? この疑問に対する答えは、掛け替えのないこれらの魂の 記録の一篇一篇の行間に、いわば無限の深淵となって、垣間見えるであろう。それ らを覗きこむたびに、私たちは目の眩む思いがする。それはあたかもすぐれた詩に出 会ったときの衝撃に似ている。一瞬後に、私たちは閉じたおのれの瞼の裏に、永遠の 暗い輪を認めるであろう。死が永遠であるが.ゆえにそれは死から発せられた一つの 答えだ。思うに、本書ほど死の影に満ちみちた記録は少ない。しかも個々の戦士 は、みずからの意志で、死に立ち向かったのである。

 1920年代から40年代にかけて、イタリアの民衆はファシズムから反ファシズムへと、 激しい思想の変革を遂げた。もちろん、A・グラムシやP・ゴベッティのように、すぐ れた思想家や知識人たちが果たした指導的役割の重要なことは、言うまでもない。 しかし、それに劣らず重要なのは、民衆が彼ら自身の生活のなかで、結果的に思想の 変革を果たしたという事実である。その変革の日々のなかでの、個々人の精神の軌跡 が、そして彼らの共通の理想を支えた叙事詩的クリマが、本書のなかには読みとれる であろう。

 最後に、不幸にしてイタリアの民衆と同じく、困難な状況下におかれた日本人に とって、昭和18(1943)年から昭和20(1945)年にかけて、抵抗運動が、ましてや 解放闘争が、ほとんど存在しなかった事実を、確認しておかねばならない。この甚だ しく不幸な時期にあって、いわば体制の犠牲者としての魂が、なかったわけではない (たとえば『きけわだつみのこえ』のように)。′だが、私たちは苦しい共感をもって それらの記録に接することがあっても、それらが〈レジスタンス〉の記録でなかったこ とだけは忘れないでおきたい。なぜならば、彼らの銃口は ―たとえば学徒動員され た兵士のそれは― 別の方角へ向けられていたのであるから。本書の手紙本文や略歴 から容易に読みとれることだが、イタリア抵抗運動のパルチザン兵のなかには、正規 軍からの脱走者が数多く含まれていた。銃口の向きを変えるためには、おのれの肉体 の消滅を賭けて、思想の変革を果たさなければならない。

第701回 2007/01/07(日)

戦争と平和(2)
政治的リコール権


 戦争を命令するものと実際に命のやり取りをするものとの区別はなくならないという ヴェイユが絶望して放棄した問題点は、敷衍すれば議会制民主主義(ブルジョア民主主義) の問題点でもある。

 『「国家意志」とは何か』で見たように、議会が国民の意思を反映するなどというのは 幻想にすぎない。理論的にそうだし、現実の政治過程を点検すれば実証的にも明瞭な事実 です。昨年末、この国の未来を誤まるような重要法案が国民の意志とは無関係に決められ ていったのを、私(たち)は見せつけられたばかりだ。あれは狆ゾウ政権がどうのこうのという 問題ではない。あれがブルジョア民主主義の本質なのです。12月22日・23日の 「今日の話題」『国会の「欺」事から見えてくる「ブルジョア民主主義」の正体』でも明ら かにしたことです。

 資本主義経済システムを下部構造とした近代国民国家を棄揚しない限り戦争はなくならない。 戦争をなくす方策を考えることは、近代国民国家を棄揚する道すじを考えることで もある。その道すじは①下部構造(資本主義経済システム)の棄揚と②上部構造(国家 =ブルジョア民主主義)の棄揚の二つある。この二つの道すじが一つに合流するところが目指す ゴールということになる。

 マルクス主義では「上部構造は下部構造に規定される」と言われている。吉本さんは 上部構造は下部構造とは相対的に独立していて、上部構造をそれ自体として扱うことがで きるという立場からさまざまな論及をしてきている。「戦争と平和」ではもっぱら②の問題を 考えている。『吉本隆明の「ユートピア論」』でも中心テーマであったように、 ②のための方策は「国家を開く」ということにつきる。具体的には「リコール権」の 確立ということになる。

 憲法は主権在民を謳っているが、その主権の行使は代議士を選ぶ選挙での投票だけという ように矮小化されている。しかも、社会的不平等のもとでの一票はまったく平等ではない。 さらにしかも、選ばれた代議士のおおかたは政治利権屋でしかない。間接民主主義は一般国民 意志を反映しない。国民が主権を直接行使できる仕組みを創るほかない。


 そこに、ただ一カ所(憲法に)条項を設ける。それは、国民が主権を直接に行使したい と考えた場合には、過半数の署名を集めて、無記名の直接投票によって過半数 を占めた場合には政府を取りかえることができるという条項を一つだけ設けれ ば、戦争は防止されるとは言わないまでも、どんな政府ができても大衆の同意 なしには戦争はできないということになるんじゃないかとおもうわけです。半 分はそれでできるんじゃないか。

 もっと極端に言えば、国家というのをなくしてしまえば国家間戦争というのはなく なってしまいますから、なくしちゃえばいいわけですけれども、ある限りはどうした らいいのかといえば、憲法の中にでもいいですけれども、一つ条項を設ける。

 要するに国民が直接主権を行使したい場合には、代議士さんを介さなくても、 過半数の署名を得て直接の無記名投票をして、それが過半数を占めたならば政 府を代えることができるという条項を一つ設ければ、戦争その他、あんまりい いことをやらないじゃないかという政府はリコールすることができるというこ とになる。民衆の意志によって代えることができるということになります。

 僕の考えでは、そういうリコール権というようなものを憲法なら憲法の中に 書き込むことができれば、戦争について政府の言いなりに命令で応召して兵隊 となって出て行くとかということなしに、もしその戦争に反対であるならば、 あるいは自分のほうが命がけになって頭を働かせている人はあんまり命がけじ ゃなくても済むというような不公正をなくするには、そういう一項目の条項を 憲法なら憲法の中に書き加えればいいじゃないかということが、僕が解決点だ と考えている唯一の点です。

 政治的な国民のリコール権、つまり国民主権の直接行使という条項を憲法の 中に設けるということが、僕に言わせれば戦争を防止する最後の課題になって いく。

 その課題が実現しない限り、戦争というのはしばしばやられちゃうと、僕に はおもえます。ですから、戦争をなくするにはどうしたらいいかというふうに 僕が考えたところでは、要するに国民主権の直接行使によって政府を代えるこ とができるという条項を獲得するということが、戦争をなくする唯一の入口に なるんじゃないかと考えております。

第700回 2007/01/06(土)

戦争と平和
一般民衆にとって戦争とは何か


 以下は、吉本隆明著「戦争と平和」(文芸社)所収の同名の講演録(1995年) を、私見をまじえながら、要約したものです。


 戦争・内乱・紛争・テロなどいろいろなケースがありますが、ここでは二つ以上の国家 間の戦争に限って考えます。

 戦争で兵士となって実際に殺し合うのは私たち一般民衆(被支配階級)です。近・現代 の戦争では戦争で殺されるのは兵士だけではない。一般民衆もそれをまぬがれる事はで きない。いまイラクやアフガニスタンやレバノンなどで行われている戦争での惨事は、 毎日絶え間なく行われている。マスコミが報道しているのはそのほんの一部に過ぎない。

 60年ほど前に私たちの国が行った戦争では、アジアの国々で2千万人ほどの民衆が殺さ れた。私たちの国では、兵士のほかに広島・長崎の原爆や東京をはじめ150余の都市での 無差別爆撃などの死者を合わせて約300万人以上が殺された。

 親や子や兄弟姉妹を失った上に家屋・家財を全て失い、食べ物も満足に得られない人々が 世界中にあふれた。私もそのうちの一人でした。

 戦争についてマルクスは次のように考えた。
 強い国(侵略する国)と弱い国がが戦えば、強い方の国が相手国を占領したり賠償を 取ったりして勝利する。これが戦争の一般的な形態です。このような戦争において、当事国 以外の民衆は弱い国(侵略された国)に加担すべきだ。それが一般民衆の立場であるべきだ。

 レーニンは次のように言っている。
 戦争の当事国の民衆はにとっては、自国が負けるような加担をするのが正しい立場だ。

 これらに対して異議を唱えた思想家がいます。シモーヌ・ヴェイユです。民衆の立場と いうからには、相手国の民衆の立場も視野に入れなければウソである。そうすると、 自国が負けるように加担するというのは相手国が勝つことに加担することだから、相手国の民衆が 自国が負けるように加担することと矛盾する、というのです。
 さらにヴェイユは、精神労働と肉体労働という観点から戦争を考えている。

(「精神労働と肉体労働」の問題はヴェイユがトコトン考えていった問題です。 『「ほんとうの考え・うその考え」―シモーヌ・ヴェイユの神』を参照 してください。)


 それではヴェイユはどういうふうに考えたかというと、こういうふうに戦争 というものを追い詰めていくと絶望的だというふうに考えたんです。

 どうして絶望的かというと、民衆がいて、どんな政府であろうと政府がある。 どんな政府もあんまりよくはないと考えたとしても、精神的あるいは技術的な 労働をする人と肉体的な労働をする人 - 戦争を例にとれば参謀本部みたいに、 図上で「こう考えて、こうやればいい」と言っている人と現に兵士となって戦 場に行って命のやりとりをする人 - との区別、つまりより多く精神的なもの が関与する労働と体を動かすという労働との区別は人間の中からなくすことが できないんじゃないか。そうすると必ず、より多く精神的な労働をしている人 がより参謀本部的な、つまり命のやりとりからはちょっと離れたところで何か 命令していればいいみたいな形に、どうしてもなっていくので、精神労働とい うことと肉体労働ということとの区別、差別といいましょうか、あるいは分業 といいましょうか、そういうものがある限り、ちょっと絶望的なのではないか というのがヴェイユの追い詰めたところであるわけです。

 ヴエイユはそれ以上の戦争についての考え方とか解決の仕方とかいうのを考 えることなしに、そこのところで行き詰まってしまったといいますか、終わっ てしまったというふうに、大雑把にいうと言うことができます。


 ここまで考え詰めてくると、もう行き詰まりです。これは戦争は起こり得るものという 前提で考えているからで、戦争そのものをなくす以外には方法はないということになる。
第699回 2007/01/05(金)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(23)
資本と対抗するため労働者の武器


 産業費本主義が、労働者が作った製品を労働者が消費することによって生ずる剰余価値 によって、維持発展している。そうであるならば、労働者は、産業資本の被雇用者として は資本に隷属せざるを得ないが、消費者としての労働者は産業資本の死命を握っているこ とになる。つまり、資本主義の自己再生システムの生産過程では労働者が資本に隷属して いるが、流通過程では消費者としての労働者に資本が隷属している。この点から、 現在の高度資本主義下において労働者が資本と対抗する運動の一つとして、 不買運動(ボイコット)が有効だろう。


 産業資本主義が粗野な段階にあり、奴隷制や農奴制の変形でしかないようにみえ た時期には、それに対する闘争が生産点で起こったのは当然です。しかし、産業 資本が、労働者が作ったものをみずから消費者として買いもどすというシステム として確立するようになってくると、いいかえれば、消費社会になってくると、 旧来の階級闘争が無効になってくるのも、また当然です。

ところが、そうなると、今まで階級的争を唱えていた人びとが転向して、資本主糞 は根本的に変わったといいはじめる。その結果、資本制経済に対する対抗を放棄し てしまう。しかし、資本主義的経経済は変わったのではなく、いっそうグローバルに 深化しただけです。

 資本に対抗する運動は、そのような資本主義に対する理解なしにはありえません。 たとえば、社会運動の中核は、労働者ではなく、消費者や市民が中心になった、という 人たちがいます。しかし、何らかのかたちで賃労働に従事しないような消費者や市民が いるでしょうか。消費者とは、プロレタリアが流通の場においてあらわれる姿なのです。 であれば、消費者の運動はまさにプロレタリアの運動であり、またそのようなものとし てなされるべきです。

 資本は生産過程におけるプロレタリアを規制することができるし、積極的に協力させ ることもできます。これまで生産過程におけるプロレタリアの闘争として(政治的)ス トライキが提唱されてきましたが、それはいつも失敗してきました。しかし、流通過程 において資本はプロレタリアを強制することはできません。働くことを強制できる権力 はあるが、買うことを強制できる権力はないからです。流通過程におけるプロレタリアの 闘争とは、いわばボイコットです。そして、そのような非暴力的で合法的な闘争に対 して、資本は対抗できないのです。


 この労働者の対抗力は資本との対峙にとどまらない。国家権力との対抗力としても 有効である。吉本隆明さんはこれを「経済的リコール権」と呼んでいる。

 またまた横道に入ることになりますが、次回は吉本さんの論稿を読むことにします。 「経済的リコール権」に触れている著書は何冊かあったと記憶していますが、『戦争と平和』 を読むことにします。昨日の夕刊(東京新聞)によると、狆ゾウが憲法改悪が今秋の参議院選の争点だ などとぬかしている。また、憲法を無視してきた沈タロウが「東京から国を変えると言い ましたが、現実に変えつつある」とファッショ実績をヌケヌケと自画自賛している。改憲問題、 特に憲法九条についても改めて考える機会にしたいと思っています。
 
第698回 2007/01/02(火)

『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(22)
剰余価値とは何か


 資本が得る剰余価値は、労働力商品の価値と労働者が生産した生産物の価値と の差額です。

剰余価値 = 労働者が生産した生産物の価値 - 労働力商品の価値

 しかし、それは個別資本の利潤のことではない。それは経験的に実在するものでは なく、資本一般の増殖がどのように可能なのかを明らかにするために必要な概念です。

『生産物が売れないとか一部分しか売れないとかであれば、あるいは生産価格以下の 価格でしか売れないとすれば、労働者はたしかに搾取はされたが、彼の搾取は資本家に とっては搾取として実現されていないのであって、しぼりとった剰余価値がまったく 実現されないこともあれば部分的にしか実現されないこともあるというだけでなく、実に 彼の資本の一部または全部の喪失をともなうことさえもあるのである。』 (「資本論」第三巻)

 商品の買い手がいなければ剰余価値は生まれない。その買い手とは労働者である。労働者が 労働力を売り、その賃金で自らが作った商品を買う。その流通過程で剰余価値が生まれる。 つまり、剰余価値は個別資本においてではなく、社会的総資本において考えられねばなら ない。

『どの資本家も、自分の労働者については、その労働者にたいする自己の関係が消費者に 〔たいする〕生産者の関係でないことを知っており、またその労働者の消費を、すなわち その交換能力、その貸金をできるだけ制限したいと望んでいる。もちろん、どの資本家も、 他の資本家の労働者が自分の商品のできるだけ大きな消費者であることを望んでいる。だ が、おのおのの資本家が自分の労働者にたいしてもつ関係は、資本と労働との関係一般で あり、本質的な関係である。ところが、まさにそのことによって、幻想が、すなわち自分 の労働者を除くそのほかの全労働者階級は、労働者としてではなく、消費者および交換者 として、貨幣支出者として、自分に相対しているのだ ― 個々の資本家を他の全ての資本 家から区別するなら、彼にとってこのことは真実なのであるが、― という幻想が生まれ  てくる。

(中略)

 資本を支配〔・隷属〕関係から区別するのは、まさに、労働者が消費者および交換価値 措定者として資本に相対するのであり、貨幣所持者の形態、貨幣の形態で流通の単純な起 点 ― 流通の無限に多くの起点の一つ ― になる、ということなのであって、ここで は労働者の労働者としての規定性が消し去られているのである。』(「資本論草稿」第二巻)


 マルクスが 『資本論』を書いていたのは、1850年以後のイギリスにおいてです。 一方で、労働者の貧窮化や労働条件の悪化ということを指摘しつつ ― それは産業 資本主義がようやく始まったばかりの地域では今も否定できない事実です、― マル クスは、資本制経済が、労働者が生産したものを自ら買うことによって実現される自己 再生的なシステムであることを把握していました。産業資本主義を特徴づけるのは、た んに賃労働者が存在するということだけでなく、彼らが消費者となるということです。 つまり、産業資本主義の画期性は、労働力という商品が生産した商品を、労働者が労働 力商品を再生産するために買うという、自己再生的なシステムを形成した点にある。 それによって、商品交換の原理が全社会・全世界を貫徹するものとなりえたのです。

 このように産業資本主義が自己再生的なシステムにもとづくということは、資本が、 商人資本のように流通過程での差異から利潤を得ようとすることと矛盾しません。資本総 体にとっては、剰余価値はどこから来ようとかまわないからです。しかし、根本的には、 資本制経済は、技術革新-労働生産性の向上という「差異化」なしに存続することはで きません。


 現在この国で進行している政・財・官合作の変革は「剥き出しの資本主義」 という負の変革にほかならない。初期資本主義の時代の「労働者の貧窮化や労働条件の悪化」が顕在化しつ つある。しかし、これ以上の「労働者の貧窮化や労働条件の悪化」は、資本主義の 「自己再生」という原理からすれば、自己再生力の低下を招く資本主義の自殺行為では ないだろうか。このような観点から、いま進行中の「政・財・官合作の負の変革」を論 じている経済学者はいるのだろうか。いま耳目に入ってくるのは幇間ブルジョア学者の 皮相で薄汚い言説ばかりだ。

 もちろん、資本主義を超える新しいシステムの準備が熟しているのなら、資本主義な ど滅ぶのがいい。しかし、それにはまだ百年単位の時間を要するかもしれない。
今日の話題

ハチドリのひとしずく

 東京新聞(1月1日)の「筆洗」に「ハチドリのひとしずく」の話が紹介されていま した。これは今の私の心境をピッタリ一致します。私(たち)がとるべき生き方を 示唆し勇気付けてくれる話だと思いました。

 南アメリカの先住民に古くから伝えられてきた話です。文化人類学者の辻信一さんが それを伝え聞いてきました。辻信一さんには「ハチドリのひとしずく」という著書が あります。


あるとき森が燃えていました

森の生きものたちは
われ先にと逃げていきました

でもクリキンディという名のハチドリだけは
いったりきたり
口ばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは
火の上に落としていきます

動物たちがそれを見て
「そんなことをしていったい何になるんだ」
といって笑います
クリキンディはこう答えました
「私は私にできることをしているの」


 この話を伝承した先住民は、大きな問題を前にして無力感に押しつぶされそうになる時 「ハチドリを思い出して」と、辻さんに話したそうです。

 数ヶ月前、辺見庸さんのいま「いまここに在ることの恥」という本を店頭で 出合って躊躇なく即購入しました。しかし、その本には強く打ちのめされそうな予感が して読めずにいました。それを、なぜか、年が改まる前に読まなくてはいけないという 強い思いにとらわれて、暮れに読みました。やはりすごい内容です。この本もこの ホームページに来てくださっている方と一緒に読んで、辺見さんの思いを共有したいと 思ったものでした。今日は、「ハチドリのひとしずく」と同じ思念を表現していて私の 心にしっくりと落ちてきた「恥」の最後の一文を紹介します。


 きょう、なんとかして私は、自分が倒れた2004年3月14日と、この2006年4月27日を、 自分なりにつなげたいと思いました。おかげさまで時系列の整理はある程度できたよ うです。

 私は脳出血になりガンになったからといって、いまさら宗旨がえをする気などあり ません。賢くないことを何度も懲りずにやると思います。躰はもうこんなになりまし たから、私にできることは肉体的にはごくかぎられている。かぎられてはいるけれど も、また、病んではいるけれども、憲法の問題にしても、表現のどこかには多少、躰 をかけざるをえないと覚悟しています。躰の右側がうまく動いてくれませんが、私は デモにも行く気でいます。まちがいなく憲法は改悪されることでしょう。でも、私は どこまでも反対します。この国の全員が改憲賛成でも私は絶対に反対です。

 世の中のため、ではありません。よくいわれる平和のためでもありません。他者の ためではありえません。「のちの時代のひとびと」のためでも、よくよく考えれば、あ りません。つきるところ、自分自身のためなのです。

 この国に生きる自分自身の、根底の恥のためです。いまここに在る恥のためです。 恥辱はどのみち晴れるものではありません。でも、私はただいまにまつらい、逆らわず 生きることの恥の深みを考えながら、なにごとか書きつづけます。あとどのぐらい生き るかわかりませんが、いさぎよく死ぬよりも、不様に生きることのほうが私には収まり がいいだろうなという気がします。そして自分が「形骸」のようになったときに、果た して内奥の眼はなにを視るのかを書いてやろうと思っているのです。

 ですから、多少しんどいけれども、大きな不満はありません。元気だった躰をかえし てくれ、なんていまさら考えていません。どうせ、無理な話だし、このままで、まあ、 いいのです。この躰のまま考えつづけるつもりです。そのほうがいいのです。


「恥」「恥辱」「視る」「形骸」。これらの言葉には、この終わりの一文に至るまで縷々 語られてきた中で、それぞれに深い意味が付与されています。それをもう一度読み直し てみようと思っています。

 奈落に落ちていくような暗い時代の予感の中で、私には新年の感慨など全くありません。 それでも、これがいわば私の年頭にあたっての所信と言えましょうか。