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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
『柄谷行人著「世界共和国へ」を読む』(4)
1848年のヨーロッパ



 今のところ私は「リバタリアン社会主義=アナキズム」という理解している。 柄谷さんは後の方(第Ⅲ部)で次のように述べている。


 プルードンがいう「アナルシー」(アナーキー)とは、双務的=互酬的な契約 にもとづく民主主義社会のことです。アナーキーは通常、混沌や無秩序のように 思われますが、プルードンによれば、国家によらない、自己統治による秩序を 意味するのです。

 これは私のアナキズム理解と同じです。さらに言えば、現在のアナキズムは 、歴史的な教訓を踏まえて、その運動方法も非暴力直接行動を旨としている。 この点も通俗的なアナキズム理解は誤解をしている。

 柄谷さんは「リバタリアン社会主義」を「アソシエーショニズム」と言い換え ているが、それが私の理解している「リバタリアン社会主義」とどう違うのか どうかという点もこれから読書をすすめる上での一つの観点です。

 ところで、前回の四つの国家形態は「産業的先進国」をモデルにしている。では 発展途上国の現状はどうなのか。その点についての柄谷さんの分析は次のよう です。


 かつて第三世界として立場の同一性を確認しあった諸国は、グローバリ ゼーションによって両極に分解してしまった。一方では、中国やインドの ように工業化が進み、他方では、アフリカ諸国のように壊滅的な状態になっ ています。また、一部に国家社会主義(A)は残っていますが、もはや何の 牽引力もない。一般的に社会主義という理念が消えたのち、その空洞を埋 めたのは、宗教的なファンダメンタリズム(原理主義)です。これはある 意味で、資本=ネーション=国家を超えようとする運動なのですが、結局、 教会=国家、つまり、Aと似たものに帰着するほかありません。

 さて、チョムスキーの発見した「国家の四つの形態」はすでに一世紀ほど前、 1848年のヨーロッパ革命の頃に見られるとして、柄谷さんは次のようにまとめ ている。

<図1> 19世紀の構図

統制度↑・↓自由度
B 福祉国家資本主義
(ボナバルト、ビスマルク)
A 国家社会主義
(サン・シモン、ラッサール)
C 自由主義
(古典経済学)
D アソシエーショ二ズム
(プルードン、マルクス)









←不平等・平等→










 上の表の二つの社会主義(A)と(D)についての柄谷さんの解説は次のようです。


 一つは、サン・シモンやルイ・プランなどに代表されるもので、国家による産業化と 「配分的正義」 の実現をめざすものです。これは、国家社会主義(A)だ といってよいでしょう。しかし、これはフランス革命以来のジャコバン主義 (国家権力を握って改革を強行するという考え)を受け継ぐものです。

 そのようなジャコバン主義を否定した社会主義者が、プルードンです。彼の 考えでは、「配分的正義」 つまり富の再配分は、それを実行する国家 (官僚・政治家)の権力を強化する。つまり、国家権力をにぎってなされる 革命は、国家をべつのかたちで強化するだけである。それに対して、社会主義 は、国家を揚棄するものでなければならない、とプルードンは考えました。 そこで、彼は、政治的革命に反対して経済的革命を唱えた。それは、貨幣と 資本主義に対して、代替通貨、信用、そして生産-消費協同組合(アソシ エーション)の連合によって対抗するというものです。ゆえに、これを アソシエーショニズム(D)と呼んでよいでしょう。

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