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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
第627回 2006年10月5日(木)



「ほんとうの考え・うその考え」―宮沢賢治の実験(4)
芸術と宗教のはざま


 昨日掲載した「マリヴロンと少女」の青色文字で強調した部分を吉本さんは 取り上げています。

芸術家マリヴロン
 「どんな人でもじぶんが生活してきたその後ろにはちゃんとしたひとつの世界 をもっています。その世界がその人の芸術なのです。誰でもがみんなおなじで す。だから、あなたとわたしはすこしもちがっていない

少女ギルダ
 「あなたの輝かし方と、じぶんのぜんぜん光がさしてこない生活に埋れていく こととはまるでちがいます

 ギルダの思いや考えとマリヴロンのそれとはどうしても噛み合わない。この問題は 解決できないでいまもある普遍的な問題のように思われる。


 主観的に文学とか芸術が公開されることでうけるいろんな問題、つまり名前や栄誉や称賛や 罵倒が一種の光や闇として集約されている場所と、そういう意味の公開された光や闇なんかな にもないんだ、というところの問題とは、まるでちがうんだという少女の主張は、いまでもな かなか解決し難い問題としてあるようにおもいます。もしじぶんが公開することによってうけ る称賛とか光とか罵倒とか、そういうものにたいして本人がそれを快いものと感じたりひどい もんだと感じたりする感じ方と、そういうことのないただの生活者というところで、生活その ものにおいて誰もが芸術を創っているのだという考え方とは、どうしても質がちがうんだとい うことは、のこるとおもいます。


 この問題に対して賢治が解決を与えているところが「マリヴロンと少女」の中の次のマリヴロンの 言葉です。

 「いいえ私はどこへも行きません。いつでもあなたが考えるそこに居ります。 すべてまことのひかりのなかに、いっしょにすんでいっしょにすすむ人人は、 いつでもいっしょにいるのです。

 文学・芸術の創り手と受けての間には必ずといってよいほどの壁がある。 つまり受け手は創り手のモチーフ通りにその作品を受け取るとは限らない。 受け手の生きる場や関心のありどころによって全く別の受け取り方をする こともありうる。

 芸術家がその作品によって何事かを伝えようと意図するのは、宗教の伝道に にあたる。芸術と異なり、宗教では「いっしょにすんでいっしょにすすむ人人は、 いつでもいっしょにいるのです。」という信仰なしにはその伝道は成り立たない。


 新約聖書にも同様のことがいえます。
 「伝道するときは何も持たずに、受け入れられればそこに留まれ。受け入れら れなかったら、足の塵を払って立ち去れ」と書いてあり、一種の伝道技術書みた いに読めるわけです。
 また、おまえたちが迫害を受けているときは「私の名を護持することによって、 迫害を受けるかもしれないが耐え忍べ」とあり、「耐え忍ぶ」の裏には、 無言のうちに「私はそこにちゃんといるんだよ」ということを言っているところ があります。

 親鸞にも伝説があります。
 「一人いて喜ばば二人と思え。二人いて喜ばば三人と思え。そのうちの一人は 親鸞だ」と遺言したという伝説があります。うそだとおもいますが、それはなに かといったら、「あなたたちが悩むなり、喜ぶなり、その喜んでいるときにはわ たし自身もそこにいるんだ」と思ってくれ、ということだとおもいます。それは やっぱり宗教的伝道の本質にある問題のようにおもいます。

 マリヴロンが、少女にたいして「わたしはいつでも、あなたがかんがえるそ こにおります」と言ったとき、その言葉だけで、芸術家から宗教家にパッと移って いるとおもいます。その移り方は、たぶん宮沢賢治の宗教と芸術とのかかわり方 にたいする最高の解決の仕方だったろうとおもいます。

 その移り方は一見するとなんでもないようですが、よくよくかんがえると、芸 術、文学というのは、おまえ、じぶんの作品を読んでくれたら、そこにはわたし はいつでもいるんだよ、とは絶対的に言えないわけです。文学、芸術はどう受け とられるかといったらまったく自由なわけです。マリヴロンは芸術家から宗教 家に言葉のうえで変身して少女に説いているわけですが、その変身の仕方はま さに法華経が説く「人に気づかれないように、ちゃんと万人の行ける道がつけ られなければ、(ほんとう)の悟りではない」と言っていることと、おな じことをやっていることになります。
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