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第625回 2006年10月3日(火)



「ほんとうの考え・うその考え」―宮沢賢治の実験(2)
宗教と文学の問題


 創価学会は日蓮にならって法華経の中の「寿量品」を最重視して教義を構成 している。(『第569 「創価学会」とは何か。(10)「生命論」批判(2)法華経・寿 量品 2006年8月4日』を参照してください。)

 日蓮はもうひとつ「勧持品」を重視している。「勧持品」には法華経の 真の護持者は<受難>するだろうが、それを耐えて護持・布教に勤めなければならない と説かれている。鎌倉幕府からの激しい弾圧が日蓮の法華経解釈に大きな自信を もたらしたことと思われる。その自信から日蓮は他の鎌倉新仏教を、全て外道だと 激しく非難した。また日蓮は、他の宗派が「衆生の救済」を中心にしているのに対して、 日蓮宗こそ国家を鎮護する真の仏教だという鎮護国家の仏教を復古させたこと でも特異な宗教家だった。

 田中智学は日蓮宗の「鎮護国家」の面を継承した宗教国家主義者だった。 その田中智学とも日蓮とも袂を分かって、賢治は独自に法華経を読み込んでいった。 では、賢治はどのようなところを中心に読んでいたのだろうか。


 国柱会の田中智学は日蓮主義者で、日蓮の「立正安国論」のように国家天 下にたいする宗教者の心構えを前面に出した人です。宮沢賢治もそこから 入っていったことは確かですが、ほんとうに法華経をじぶんなりに読むよう になってから後の宮沢賢治が、どこで法華経を読んだかを推察していきま すと、十四章の「安楽行品」を中心に読み込んでいったと推察できます。

 この「安楽行品」には法華経を護持するに際して、こういうことをしては だめだということをあげています。ひとつは、文学、芸術それから娯楽、芸 能に近づいてはいけない。もうひとつは、女性に近づいてはいけない。そし てまた権力に近づいてはいけないと言っています。

 これは法華経がきびしく要請しているところです。法華経はもともとそうい うことを書いていますが、このお経は菩薩に説かるべきお経なんだ、一般人 に説かるべきお経じゃないと述べています。ですからはじめから仏教でいう 高度な要請をきわどくやっています。とくにインドで、女性蔑視の総本 山ですから、女性を近づけないことは戒律のなかの大きなものとして入って きて、真正面から主張されています。

 もっとも賢治にとって堪え難いことだろうなとおもわれるのは、文学、芸術 とか娯楽、芸能に近づいてはいけないと言っているところです。よくよくかん がえてみますと、宮沢賢治は十七、八歳、つまり法華経を読んで感銘をうけた ときから最後の死まで、はじめは短歌でしたが、文学、つまり童話とか詩とか から遠ざかったことは一度もありません。法華経信仰と文学、芸術の創造を 終始並行してやめなかったわけです。そうしますと、法華経信者である宮沢 賢治は「安楽行品」についてじぶんなりの解決の構えをもったはずです。 文学、芸術に近づくなと言っていることと、じぷんのやっていることのあい だに離反があるわけですから、この離反について終始一貫かんがえたはずで す。そのあげくにそれでも文学、芸術を童話、詩の作品を創るかたちで終わ りまでやめなかったわけです。

 そうだとしたら、この「安楽行品」にたいするじぶんなりの一定の読み方 を、宮沢賢治は確立していたとかんがえるのがきわめて当然なような気がし ます。つまりどういうふうに解決したんだろうかとかんがえていくことで、 宮沢賢治の童話とか詩とかの世界に近づくという問題が出てくるとおもいま す。

 そうするといちばん通俗的にかんがえやすいことは、法華経信仰に人びとを 勧誘していくために童話や詩を書くんだとかんがえるなら、許されることじゃ ないかとおもえばいいわけです。たしかに宮沢賢治の童話の作品でごく少数で すけれども、人びとを法華経の信仰に組み入れるよう勧誘する意味あいを含め て書かれているといえなくもない作品があります。しかしご承知のとおり宮沢 賢治の作品ははるかにそういう領域を超えているわけです。つまりべつに人び とを信仰に引き入れるモチーフをもって書かれていようといまいと、これを読 んだ人がうける芸術的感銘は、感銘として独立しているものです。もし感銘を 通じてなにか受けとる無形のものがあるとすれば、それは宗教といえるかもし れない。そういったかたちでならば、宮沢賢治の文学は宗教的だといえるわけ です。

 そうすると、もうすこしこの間題は突っこんでいかないといけないことにな りそうです。

 この「安楽行品」の「文学、芸術に近づいてはいけない」という問題をどう 解決したかということを、高度なところでかんがえてみる必要があるとおもわ れます。「マリヴロンと少女」とか「銀河鉄道の夜」はその問題にたいする 宮沢賢治の最高の解答になっているとおもわれます。解答のために書いたわけ ではないでしょうが、結果としてそうなっているようにおもいます。

 これは高度なところで宗教と文学との問題を解こうとしていて、解いている 部分と、解けているかわからない面とが含まれています。もちろん宮沢賢治は 「農民芸術概論綱要」という文章も書いていますが、主旨はほぼおなじことだ とおもいます。ですからこのふたつを見ていけばいいだろうとおもわれます。



『感銘を通じてなにか受けとる無形のものがあるとすれば、それは宗教といえるかもし れない。』というとき、その宗教は法華経という一宗教を超えた「普遍宗教」あるいは 「普遍的な倫理」を指し示しているだろう。
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