2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
593 唯物論哲学 対 観念論哲学(15)
宗教論と言語論(2)
2006年8月30日(水)


(2)「言語に対する宗教的な解釈」について
 科学的な唯物論では「はじめにことばがあった」というような宗教的言 語観は否定される。言語は人間がコミュニケーションの必要からつくり出 したものであって、人間以外の何ものかによってつくり出され与えられたもの ではない。

 言語によって直接に示されているのは認識であり、概念とよばれる。 この概念の成立をどう理解するかは、どんな世界観ないし認識観をとるかに よって大きく異なる。それが言語論の質を決定することになる。

 科学的な唯物論では概念を対象の反映と理解する。すなわち、個別的な対象はそれなりに特殊性を持っていて、ある一匹の動物は色も大き さもすがたかたちも他の動物とちがっているが、それらの特殊性を捨象して種 類という普遍性でとらえて「いぬ」とか「ねこ」などとか呼んでいる。

 唯名論とよばれる主張がある。現実の世界に普遍性が実在することを否定 し、普遍概念は一般的な記号(名前)として存在するにすぎないとう。この 種の主張は中世からあり、自然科学がとっくの昔にその種の発想を無効に している。しかしそれを自覚できないで、いまだに唯名論によって言語論を 語る言語学者があとをたたない。(たとえば鈴木孝夫著『ことばと文化』 岩波新書)

 この概念の形成過程に対応して、ある事柄を概念としてとりあげると きには「この種類の音声なり文字なりを使うべし」という普遍的な規定が 与えられることになる。これが言語規範(もちろん文法的な規範も含む。) です。現実に存在しようと、地獄に存在しようと、同じく「火」と表現する。

 概念はその対象が感性的な特殊性を持っていてもその特殊性についての 認識は捨象している。また、概念には人間関係とか所有関係とか感性的なも のを持たないものをとらえた場合もある。いずれにしても概念は超感性的です。 だからどの概念もそれを他と直接区別する目じるしはない。けれども、対象の 事物の種類がちがうなら音声・文字の種類もちがえるように規範が規定してい るから、規範の音声・文字の表象を借りて来てそれぞれの概念にむすびつける。 音声・文字は概念を感性的に区別するためのいわばレッテルの役目を果してい る。

 たとえば、未来の事物のあり方を想像するときには、その事物のあり方 から受けとったものとしていろいろな概念を設定しなければならないが、これ に音声・文字の表象をむすびつけて設定していけば、現実の世界の事物から 抽象して来たときと同じように概念を運用することができ、自主的に思惟す ることができる。

 ここで思い出したことがある。吉本さんの「心的現象論序説」の中に 「<言語>の<概念>構成へとむかう自己表現に心的な障害があるためにおこ る」と考えられる「概念運用」に障害をきたした例があげられていた。どう いうわけか、強く印象に残っている。目下のテーマとは直接関係ないが、 調べてみた。次のようです。いずれも、太田幸雄・岡田幸夫著『精神医学シノ プシス』からの引用です。

① 観念が奔逸してしまう例
 入院ですか、それは私の弟が私のことを病気だ病気だといいましてね。弟は それはひどい人間なんです。小さい時にはよく山へ連れていってやりましたの にね。あの山には桜が綺麗に咲いていて、桜はいいですね、花は桜木人は武士 なんて、武士といっても今は兵隊もからっきし駄目になってしまいましたね。 アメリカから偉い大将がやってきて、あの何といいましたつけ、そうそうマッ カーサー、マッカーサー。マッカーサーや松かさやときますね。松かさといえ ば私は昔松葉酒をのみましたよ。……

② 思考滅裂の例
 山羊は愛すべき動物ですが、本来の動物としての野性が鼠や犬にも存在する 程存在しない。病院の山羊は実験用の動物でむしろ人間と近いが私には近親感 がない。野性は人間にもあるが、私と山羊とは類似性があり、それは近親感で はない……

③ 迂遠な思考の例
 この道をずつといって最初の横町を右へ曲るのですが、その角の家はそば屋 で、その向側は文房具屋ですからすぐわかります。もし左の方へ曲ると原にな ってしまって家がありませんから、戻って右の方へ行かなければなりません。 曲らずにまっすぐ行くと、もつとにぎやかになって、……(省略)ここまで来 ては行き過ぎですから、もどってさつきのそば屋のところを曲って、その隣り があんまさんで、格子のある二階家で、揉療法という札がかかっています。 ……

 これらの例は規範としての言語についての障害ではないので、文の意味はた どることができる。吉本さんは「規範としての言語の障害は外化されないで潜 在している」と考えている。しかし、目下のテーマから外れるので深入りしない。

 今すぐには例を挙げられないが、ある種の宗教家にこれらの例と似たような 言説がみられる。また、問題をはぐらかしたり、詭弁で言い逃れをするときの 政治家の言説にも似たものがみられる。もちろんこの場合は心的な障害がある ためではなく、相手を煙にまこうとする意図的作為的な概念運用障害です。 あるいは心的障害をもった政治家という例もあるかもしれませんね。

 三浦さんの文に戻ります。

 実在する動物も空想の世界の動物も同じように「うさぎ」「かめ」とよば れ、現実に食卓にあるものも童話で白雪姫が食べさせられるものも同じよう に「りんご」とよばれるように、実在の世界も空想の世界も区別することな く同じ種類の事物は同じく概念でとりあげられ同じ種頬の音声で表現されるの であるから、レッテルのついた概念の運用も実在の世界と空想の世界の垣根を 超えて自由に往来しながら行われ、科学の理論も芸術の世界も創造されるので ある。

 これを逆立ちさせて、童話の「りんご」も科学の「りんご」も形式として同 じだから、童話の空想の世界も科学の現実の世界も異ったものではなく同じ性 質のものなのだと解訳してはならない。

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592 唯物論哲学 対 観念論哲学(14)
宗教論と言語論(1)
2006年8月29日(火)


(今回からのお手本は③「宗教論と言語論とのむすびつき」です。)

 宗教と言語との客観的なむすびつきは大きく分けて二つある。
(1)宗教に対する言語からのむすびつき。

 宗教的な幻想がつくり出す神とか悪魔とかいう超現実的な存在にして も、それらを現実的な存在と同じように客観的な対象として扱うから には、それぞれ命名することが必要である。そしてそれら超現実的な 存在は人間と交渉し合う存在であるから、人間とのコミュニケーショ ンに際してはやはり人間相互の場合と同じように言語を用いることに なる。呪文をとなえたり祝詞や願文を述べたりして人間から働きかけ ると、先方からはそれなりの「お告げ」があることになっている。

(2)言語に対する宗教的な解釈
 人間の創造した言語表現が自然物や他の人間の創作物と同じように 「物神」として扱われ、いわば言語についての神話ないし神学が成立する というむすびつきである。宗教を信ずる学者にとっては、「はじめにこと ばがあった」というような、宗教的言語観を拒否するわけにはいかない。


(1)について
 映画という空想の世界に登場する「ゴジラ」とよばれる怪獣は現実の 世界のゴリラとクジラとから空想的に合成された。このように、空想上の 生物や物体は必ずその素材を現実の世界から得ている。神の姿は人間に 似せて創られる。天使も人間と鳥のつばさとから空想的に合成されたも のでしかない。映画の世界も宗教の世界も同じです。

 私たちは「ゴジラ」が登場する映画を空想の産物と承知して楽しむ。宗教 を信じる人たちは宗教の神々を実在するものと信じてあがめうやまう。観念 的な転倒が行われているだけで、映画の世界も宗教の世界も同じです。

 どちらも空想の産物ですが、その空想の世界の中に身をおく限り現実の 世界と同じように客観的な存在として扱わなければならない。従って、現実の 世界の事物に命名するのと同じようにそれらにも命名しなければならない。 この点でも映画の世界と宗教の世界は同じです。

 したがって、神々の誕生した古代においては、それらの名称に現実の世界の 事物の名称が転用されたとしても、別に不思議ではない。たとえば、いまでは 七福神の一つとされ、「大黒」とならんで扱われている「えびす」の語源をた どってみると、女性の性器の名称であって、古代の性器崇拝から神の名称に転 用されたものと推論することができる。

 命名するということは、新しい言語規範を設定するということにほかならな いし、宗教をめぐるさまざまな語彙の成立とその歴史的な変遷も、言語規範の 問題として扱われなければならない。

 「かみなり」というのは「神鳴」すなわち雷鳴に対する神話的解釈によって 成立した語彙である。けれどもわれわれが「かみなり」というときには、もは や「神」の意識など存在してはいない。これは、「白墨」や「ワイシャツ」と か「薩摩芋」とかいう語彙が、はじめ「白」や「ホワイト」や「薩摩」などの 色彩や土地の意識を伴っていたのに、やがてそれらの意識が脱落して、筆記用 具や洋服を着るときのシャツや芋の一種の意識に変ってしまい、そこから 「赤い白墨」とか「縞のワイシャツ」とか「おさつ」とかいうようになったの と、似ている。

 かつては自然現象に宗教的幻想の産物を附け加えて「かみなり」とよんで いたのが、自然現象をありのままに受けとるようになり宗教的な意識が脱落し たのちにも、その言語規範の音声表象や文字表象は変ることなしにそのまま 維持されている。このように対象が変化し概念の内容が異っているからこそ、 「かみなり」を「雷」とも記して科学の術語として使っているのである。昔 も今も、「かみなり」の語を用いているという事実から、神話と自然科学を 混同することは許されない。

 宗教的幻想の消滅とそれによる概念の内容の変化という、言語の過程的構 造の変化を無視して、形式主義的に「かみ」の部分を解釈し、神話と自然科 学との連続性を主張するようなふみはずしをしてはならないのである。

591 唯物論哲学 対 観念論哲学(13)
夢・妄想・信仰
2006年8月28日(月)


 「観念的な自己分裂=もう一人の自分」という事実を正しく認識した 人には芸術と宗教、あるいは科学と宗教の違いは明確に把握することが できる。

 健康な人びとの夢の世界も精神病者の妄想の世界も無意識的に創造されるという 点で同じ種類の観念の世界です。これに対して芸術は、芸術家の意識的・計 画的に創造された夢(フィクション)の世界です。その創造の条件がちがってい るので当然別扱いしなければいけないが、観念の世界であることにおいては変 りはない。

 健康な人間は、無意識的に観念的な自分として夢あるいはフィクションの 世界に入りこみ、目覚めればまた現実の自分に戻ってくる。夢は夢と自覚し ている。あるいはフィクションはフィクションと自覚している。

 しかし、現実の世界と観念の世界が、現実的な自分と観念的な自分とが 分裂したまま二重化してしまい、観念的な転倒が行われることがある。実際に は目が覚めているのに現実の自分としての意識をとりもどせないで観念の世 界の自分のまま、つまり意識は眠ったままで目覚めないでいる。このときの 二重化された観念の世界を妄想という。

 健康を害して目を覚ますことができないのは精神病者です。新興宗教の 教祖は神がかり状態になって無意識的に夢の中で体験したことをそのまま現 実の世界のあり方と思い込んでいる。

 健康には異常がなくても目を覚ますことのできない者もいる。
 神や天使や悪魔やらが現実の世界のどこかに存在していると思いこむのは、 現実の世界と夢(想像)の世界とを二重化し、自分をも現実的な自分と観念 的な自分と二重化しているわけです。夢の世界での存在を現実の世界の存在 だと信じているのだから、自分の二重化も自覚できていない。夢の中で体験 したことをもとにした教義を説く教祖を信じて信仰に目覚め た(ヽヽヽヽ)信者は、現実的な自分が信仰に目 覚めて(ヽヽヽヽ)神をおがんでいるのだと思っている。 これも観念的な転倒で、精神病者の教祖にならって意識的に精神病の状態に なっているわけです。無意識的と意識的との違いはあっても、教祖(精神病者) とその宗教の信者とは精神構造が共通していることになる。

 教祖の妄想(夢)の世界に入るのを 目覚める(ヽヽヽヽ)と言うのは、宗教のさか立ち 的な性格をあらわしている絶妙な表現ですね。

590 唯物論哲学 対 観念論哲学(12)
アリストテレスの「二重霊魂」説
2006年8月26日(土)


 実は『こころとことば』の「もう一人の自分(1)」の文末に次のような 文があった。

 このように、私たちが想像をはじめると、現実の自分から「もう一人の自 分」が頭のなかで分離して活動をはじめ、想像をやめると「もう一人の自分」 も消えてしまうのです。けれども、これをほんとうに「もう一人の自分」が 別にいるのだ、現実の自分と関係なしにはじめからいたのだと解釈した学者 もいます。ギリシャの有名な哲学者アリストテレスは、現実の自分のほうは 死んですがたを消すけれども、「もう一人の自分」のほうは肉体から分離し て永遠に生きつづけ、新しい肉体にまた外から入りこむと考えていました。 昔の人の考えそうなことですね。

 このアリストテレスの学説については少し詳しく調べたいと 思って、「もう一人の自分(1)」では取り上げないでいた。
 この学説は「二重霊魂」説と呼ばれている。③「現実の世界と観念の 世界」でも次のように言及されている。

 ところで、観念の世界の観念的な時間について考える場合、ひいては認識の ありかたをとりあげる場合に、見落すことができないのは、私が観念的な自己 分裂とよぶ事実である。

 一人称小説であるポオの『モルグ街の殺人事件』の中で、「私」は友人である オーギュスト・デュパンの分析能力について語り、分析の結果を語っている 彼の態度に「二重のデュパン」を感じるという。この「私」はアリストテレス の二重霊魂説を想起しているのだが、ポオがその鋭い眼光で見抜いたように、 人間が想像力を発揮して対象を分析する場合に自分を二重化するという事実は、 すでに古代の哲学者によって理論的に問題になっていた。

 俗流唯物論者は、この二重化という事実を無視して認識を解釈するし、観念 論者はその世界観に制約されてこの事実を正しく扱うことができない。精神医 学者とよばれる人びとは、俗流唯物論の立場に立つかあるいは観念論的認識論 の影響を受けていて、人間の正常な活動としての観念的な自己分裂を何ら理解 していないし、自分を二重化することは誰でも日々実践している日常茶飯事で あって、異常なありかたでも何でもないことを自覚していない。正しい唯物論 がこの自己分裂の理論をふくむとは考えないで、精神病は体質によって完全に 規定されてしまうと見るのが唯物論的な考えかただと思いこんだり、実存主義 的な解釈によって理論化しようとしたりしている。


 三浦さんは「認識論」や「言語論」の研究を一種の「謎解き」と考えて楽しんで 研究していた。従って、「謎解き」小説が好きで、特にポオの小説からは学 ぶことが多いと言ってもいた。「観念的な自己分裂」についての考察もポオの 小説がきっかけだったようだ。

 アリストテレスの「二重霊魂」説は「霊魂について」という著作で述べられている。 直接アリストテレスを引用したかったが手元に資料がない。ラッセルの「西洋 哲学史」(市井三郎訳 みすず書房)からその解説を引用する。

 「霊魂論」において彼(アリストテレス)は、「魂」と「精神」とを区別 し、精神は魂より高次であり、より少ししか肉体と結びあっていないとする。 魂と肉体との関係について述べた後、彼は次のようにいう。

「精神の場合は異なっている。精神は魂の中に植えつけられた独立の実体 であるように見え、滅ぼし得ないもののように思える」。

 また次のようにもいう。

「精神すなわち考える能力については、われわれはなんの証拠ももっていな い。精神は、きわめて異なった種類の魂、いわば、永遠なるものが滅び得る ものと異なっているほどに異なった魂、であると思われる。精神は、他のす べての心的諸能力から孤立して、それ自身で存在し得る。すでに述べたこと から明白なのだが、魂の他のすべての部分は、若干の相反する言明があるに もかかわらず、切り離して存在することは不可能なのである。」


 アリストテレスは「魂とは自らのうちに運動と静止の原理をもっている特定の 自然物体(生物)のロゴスである」と定義している。深入りするといろいろと 面倒な思弁世界にはまり込むのでここではこの定義で満足することにする。 私たちになじみのある言葉で言えば、魂とは「ロゴス=理性」ということになる。

 「認識と言語の理論 第三部」に『「二重霊魂」説の系譜』という章がある。 この中で三浦さんはシュヴエグラーの『西洋哲学史』からアリストテレスの 「二重霊魂」説についてのシュヴエグラーの解説を引用している。

 アリストテレスは人間のうちに二つのヌースを区別しているのである。 一つは有限で、一時で、個人に属し、個人と生死をともにするものであり、 もう一つは永遠で肉体から分離しうるもの、神の理性と同一なものである。 かれは前者を受動的理性、後者を能動的理性と呼んでいる。

 シュヴエグラーは「魂」を「ヌース=理性」と言っている。そしてラッセル からの引用文中の「魂」と「精神」をそれぞれ「受動的理性」、「能動的理性」と言っている。三浦さんはこの用語を用いて いる。
 ちなみに「霊魂について」の原題は「デ・アニマ」という。霊魂=アニマ (ラテン語)であり、アニマをもつものを動物(アニマル)と言う。アニマ ルの語源でした。

 再び「現実の世界と観念の世界」から。

 ポオが注目したアリストテレスの二重霊魂説では、人間の理性を二種のもの に区別する。一つは有限で一時的で個人に属し個人と生死を共にする「受動的 理性」であり、いま一つは永遠で個人の肉体から分離できる「能動的理性」で ある。現実的な自分の対象認識が受動的な反映であるのに対して、回想や予想 の想像活動が能動的な精神活動であることを考えるなら、観念的な自分のあり かたを「能動的理性」と解釈した理由も察しがつくというものである。

 この二つの理性の関係については、「能動的理性」のほうを基礎と見て、 「受動的理性」はこれに依存するものと解釈している。現実的な自分が死んで しまうことは疑いないから、「受動的理性」は有限で個人と生死を共にする と見たのは当然である。ところが、われわれがこの現実の世界を感覚的に与 えられたありかたを超えて永遠なものと考えるとき、観念的に永遠の世界を 対象として扱うと同時に、それに対する観念的な自分のほうも同じように永 遠の存在として位置づけている。現実的な自分は有限なのに観念的な自分は 永遠だとすれば、この次元のちがった二つの自分を同じ次元においてしか比 較できなかった哲学者にとって、永遠な存在こそが基礎でそこから有限な存 在があらわれて来るのであり、有限な存在は消滅しても永遠な存在のほうは それと無関係に残るのだと解釈するのも納得できる話である。


 すなわち、アリストテレスは現実の世界の自分(受動的理性)と観念的に 分裂したもう一人の自分(能動的理性)があることに気づいていたが、 『「能動的理性」のほうを基礎と見て、「受動的理性」はこれに依存するも のと』いう典型的な観念論的な転倒した解釈をしている。

 古代哲学は原始的な、生まれながらの唯物論であった。そういうものであっ たかぎり、それは、思考の物質にたいする関係をつきつのてきわめることがで きなかった。だが、この点を明らかにする必要が、肉体から分離できる霊魂に ついての学説を生み、ついでこの霊魂の不滅の主張を、最後には一神信仰を生 みだした。こうして、古い唯物論は観念論によって否定された。

 しかし、哲学がさらに発展してゆくにつれて、観念論もまた維持できなく なって、近代唯物論によって否定された。否定の否定であるこの近代唯物論 は、たんに古い唯物論の復活ではなく、古い唯物論の永続的な基礎の上に、 なお2000年にわたる哲学および自然科学の発展と、さらにこの2000年間の歴史 そのものとの思想内容全体をつけくわえたものである。それはもはや哲学では まったくなく、たんなる世界観であり、そして、この世界観は、なにか特別の 科学中の科学においてではなく、現実の諸科学においてみずからを確証し、 実証しなければならないのである。

 こうして、哲学はここでは「揚棄」されている、すなわち「克服されている とともに保有され」ている。その形式からいえば克服され、その現実の内容か らいえば保存されている。(「反デューリング論」より)


 しかし現在でもなおアリストテレス的な観念論が恥ずかしげもなく大手をふるって 大きな顔をしている。
589 唯物論哲学 対 観念論哲学(11)
「観念的な自己分裂」の理解を欠く理論の例
2006年8月25日(金)


(今回からのお手本は⑤「現実の世界と観念の世界」です。)

 5回にわたってさまざまな場面での「もう一人の自分」のあり方を調べてきた。 ここで強調したかったことは、私たちは自分が現実に生活している世界とは 相対的に独立した観念の世界を創造している、ということです。精神活動の 独自性を認めず観念の世界を否定するのが唯物論だと早とちりしている唯物論 者がいるが、その哲学は「タダモノ論」という。タダモノ論では芸術も科学も 説明不可能になってしまう。観念論者のかなにも、「タダモノ論」=「唯物 論」と早とちりをして、「唯物論」を批判したつもりでいる皮相な論者がいる。

 正しい唯物論は人間の精神生活によって創造され観念の世界の独自性を決し て否定などしていない。しかし、この現実の世界と精神活動によって創造され る観念の世界との関係をどう考えるかで観念論と袂を分かつ。つまり唯物論は 、現実の世界から観念の世界が導き出されると考え、観念の世界について研究 する場合も現実の世界をその基礎に据え、常に現実の世界のあり方との照応 において考えていく。

 観念論はこれをさか立ちさせて、観念的なありかたのほうを基礎と考え、そ こから現実的なありかたを解釈しようとする。

 また、現実の世界と観念の世界と両者を認めるなら、唯物論も観念論も超越 した新しい世界観が生れるものと信じている哲学者も後を絶たない。

 人間の観念的な自己分裂を正しく理解していないとどのような誤った理論に 陥るか、例を見てみよう。まずは、科学者が必ずしも科学的ではない例。

 寺田寅彦は「映画の世界像」(1932年)で述べた。

「真に不思議なのはフィルムの逆行による時の流れの逆行である。例へは燃え 尽した残骸の白い灰から火が燃え出る、さうして其の火焔が段々に白紙や布片 に変って行ったりする。或は又、粉々に崩れた煉瓦の堆積からむくくと立派な 建築が建上ったりする。」
「時の逆行を現実化する映画の世界は、此れと比較することによって吾々の世 界像における『時』の意義を徹底的に理解させるのに恰好な対照となるのであ る。さういふ比較によって始めて吾々の哲学も宗教も科学も其完全な本体を現 はすであらう。」

 けれどもこのような映像のありかたをあまり不思議がらないほうが賢明であ る。これを「時の逆行」とか「固有の世界観を根抵より覆えす」とかさわぐ人間 は、伝記書のページを後から逆に操って、墓の中の死骸が生き返って次第に若 くなりついに母親の胎内に戻って行ったと不思議がり、科学者の人間観が根低 からひっくりかえったときわぐ人間とあまりちがわない。TVの受像機を上下 ひっくりかえして置いて、家がひっくりかえっているだけでなくその中の人間 もさかさになってあるいていると不思議がるような人間は、物理学者にふさわ しいとは思えない。


 次は「観念的な自己分裂」という事実を認識していない哲学者の例。

 哲学者市川浩は、『精神としての身体』(1975年)で、

「記号行為は、イメージ乃至概念を介して、そのような感応作用を相手のうち にひきおこす魔術的行為である。」

 という。
 魔女を登場させて魔法を行わせることも、作者の魔術的行為だというわけで あり、鑑賞者がそれを観念的な自分において肯定的に受けとるのもやはり魔術 的だというわけである。どうしてこんなことが起るかといえば、それは 「身体」のせいなのである!

「言語に魅せられ、言語の喚起するイメージに魔術的に感応し、同調する身体 は、物理=化学的過程の単なる総和としての身体に還元することはできない。」

 と、市川は唯物論的な身体論に反対して、「主観的であると同時に客観的な 両義的な身体」なるものを説く。

「精神と身体は、同一の現実につけられた二つの名前にほかならない。」

 というのである。

 この小論の読者はすぐ気づかれたことと思うが、市川も従来の哲学者と同じ ように、現実的な自分と観念的な自分とをいっしょくたにしてしまって、両者 の差別と連関とを把握できなかったところから、こんな「身体」論が生れたわ けであり、観念的な自分のありかたが「魔術的」なありかたにしか思われな かったのであった。

588 唯物論哲学 対 観念論哲学(10)
もう一人の自分(5) 他者は「私」の鏡
2006年8月24日(木)


 自分以外の他者も自分と同じ人間として同じような一生をすごす。したがって、 他者は自分にとって鏡と同じ役割をしてくれる。

 ガラスの鏡は.現実の自分をある空間的な距離から、「もう一人の自分」に なって客観的にながめるための道具の役割をする。これに対して、他者は現実 の自分を過去や未来のある時間的な距離から、「もう一人の自分」になって客 観的にながめるための道具になる。

 人間の精神活動は胎児のときから始まっているといわれている。しかし、 胎児期から乳児期までの体験の記憶は、普通は残らない。おそらく無意識の 底にはその痕跡が残っているのだろう。

 自分が生まれたときの様子そのものを直接知るすべはないが、今生まれて きた赤ちゃんが身近にいれば、鏡に写っている自分の像を見るときの「もう 一人の自分」の時と同じように、その赤ちゃんを現実の自分として見ること ができる。そのときの「もう一人の自分」は当時の父親あるいは母親という ことになろう。

 お父さん・お母さん・お兄さん・お姉さんなどの現実の生活も、自分が同じ ような年ごろになったらどんな生活をするかを知るための道具となります。こ れも、未来の現実の自分の生活を、「もう一人の自分」になって客観的になが めることです。そのときに「こういう父親に自分もなりたい。」「ああいう母 親になるのはいやだ。」などと、「もう一人の自分」として感じたことが、つ ぎに現実の自分にひきつがれ、毎日の生活態度や心がまえに影響していきま す。

 夜中になにか大きな声でどなりながらヨツパライがフラフラとあるいている のを、父親が見て、「もし自分があんなみっともないことをしたら、子どもは どう思うだろう。」と考えたとしましょう。このとき父親はヨッパライを現実 の自分として考え、「もう一人の自分」は自分の子どもになって父親のすがた をながめているわけです。

自己分裂5

 ガラスの鏡を見て、そこに自分のすがたをながめ、みっともないと思ったと ころをなおすように、自分以外の人たちの現実の生活も一つの鏡として、そこ に自分のすがたをながめ、「もう一人の自分」としてみっともないと思うよう なことはしないよう努力することが、正しい生活態度です。これを昔の人は、 「ひとのふり見てわがふりなおせ。」といいました。

 私たちは「もう一人の自分」になることによって、自分以外の人たちに自分 のすがたを見るだけでなく、その「もう一人の自分」は自分以外の人たちにな ることができます。現実の自分がいやなことは、「もう一人の自分」にとって もいやなことで、自分以外の人たちもいやなことだろうと想像できます。これ を昔の人は、「わが身をつねってひとの痛さを知れ。」といいました。

 昔の人も経験から、「もう一人の自分」になって考えることの重要性を知っ ていたわけですね。


 チョッと横道に。
 生まれたときの記憶だあると言っている人がいる。三島由紀夫です。

 どう説き聞かされても、また、どう笑い去られても、私には自分の生れた 光景を見たという体験が信じられるばかりだった。おそらくはその場に居合 わせた人が私に話してきかせた記憶からか、私の勝手な空想からか、どちら かだった。が、私には一箇所だけありありと自分の目で見たとしか思われな いところがあった。産湯を使わされた盥(たらい)のふちのところである。 下したての爽やかな木肌の盥で、内がわから見ていると、ふちのところにほ んのりと光りがさしていた。そこのところだけ木肌がまばゆく、黄金(きん) でできているようにみえた。ゆらゆらとそこまで水の舌先が舐めるかとみえ て届かなかった。しかしそのふちの下のところの水は、反射のためか、それ ともそこへも光りがさし入っていたのか、なごやかに照り映えて、小さな光 る波同士がたえず鉢合せをしているようにみえた。

 ――この記憶にとって、いちばん有力だと思われた反駁は、私の生れたの が昼間ではないということだった。午後九時に私は生れたのであった。射し てくる日光のあろう筈はなかった。では電燈の光りだったのか、そうからか われても、私はいかに夜中だろうとその盥の一箇所にだけは日光が射してい なかったでもあるまいと考える背理のうちへ、さしたる難儀もなく歩み入る ことができた。そして盥のゆらめく光りの縁は、何度となく、たしかに私の 見た私自身の産湯の時のものとして、記憶のなかに揺曳(ようえい)した。 (「仮面の告白」より)


 三島は産湯をつかわれたときの「盥のゆらめく光り」の記憶を、確かな記憶 なのだと言っている。それが本当に生まれたときの記憶なのかどうか、 知るすべはない。しかし、もし本当のことだとすれば、稀有のことと言わねば なるまい。

 この三島の「生まれたときの記憶」を「心とは何か―心的現象論入門」で吉本隆明 さんが取り上げている。

 ぼくはこの光景は、違う光景なんだとおもいます。相当重要な光景のような 気がします。つまり、これは乳児期の問題を逆に胎児期のところに拡大してい ったばあいに、このことはとても重要なことのような気がします。気がするだ け、といったら気がするだけなんですけれども。(笑)たぶん、胎内から出る とき、膣の所の明るい光が見えたのだとおもいますが、確認はできません。

 乳児期と児童期が人間の生涯にとって非常に重要な時期であることを示す 「症例」としてルソー、太宰治、三島由紀夫を取り上げて行っている論述の中 の一文でした。
587 唯物論哲学 対 観念論哲学(9)
もう一人の自分(4) 小説を読んでいるのは誰?
2006年8月23日(水)


 コイズミ愚行狂騒曲がやっと治まったと思ったら、今度は高校野球だ。 早稲田実業高校と駒大苫小牧高校の決勝戦では全マスコミが狂騒の極 に達していた。私のおへそはもともと曲っているいるが、こういう時はさ らにあらぬほうへと曲っていく。特に「勇気をもらった。」などという ステレオタイプの感想を興奮してのたまう言説にはうんざりする。 全力を尽くして競技に熱中する選手たちが織り成すドラマをひととき 夢中になって楽しんだ。それがけで良いではないか。それ以下でも それ以上でもない。何故それ以上の意味づけをしたがるのだろうか。 へそ曲がりの私には全くげせない。

 ところで、野球の中継に夢中になっている私は現実の自分ではなく、 「もう一人の自分」であり、その自分は茶の間にはいない。球場の中の観客 のひとりとなって手に汗握って試合の経過を追っている。スロービデオを 見るときの「もう一人の自分」は、きわどいクロスプレーを仔細見逃さす に見定めることができる超能力の持ち主にもなっている。

 人はいろいろなものに夢中になれる。小説、映画、ドラマ、学問…。これらに 「夢中になる」とはどういうことなのか。

 小説にしても、映画やテレビのドラマにしても、作者は一つの夢の世界を つくりあげて私たちに提供しているのです。映画の撮影所やテレビのスタジ オなどは、「夢の工場」とよぷのがふさわしいと思います。

 私たちは、こうしてつくられた夢の世界に入りこみ、そこで作者が体験した ことを私たちなりにまた体験して、泣いたり笑ったり胸をドキドキさせたりす るのです。けれども、現実に生きている自分のままでは、その提供された夢の 世界に入りこんで体験をくりかえすことができません。現実の自分の目に見え るのは、紙の上にインクで印刷された文字であったり、映画館のスクリーンの 上に映写された映像であったり、テレビのブラウン管の上に写った映像であっ たりするだけで、夢の世界ではありません。

 作者のつくり出した夢の世界は、たしかに作者の頭のなかに存在していたの ですが、すでにその夢の世界そのものは消えてしまって、その夢の世界に入り こむ手がかりとして文字なり映像なりが提供されているのです。

 ですから、かつて存在していた夢の世界に入りこむには、現実の自分から 「もう一人の自分」が分離して、これが活動しなければなりません。現実の 自分がテレビのブラウン管に見るのは、チョンマゲをつけた俳優大川橋蔵の 映像ですが、「もぅ一人の自分」はこれを明神下の銭形平次と受けとってこ の平次の活躍する夢の世界に入っていきます。

自己分裂4

 そしてこのときには、現実の自分としてブラウン管をながめようとはしない で「もう一人の自分」としての体験に努力しているので、現実の自分に同じ 現実の母親がなにかよびかけたとしても、なにをいわれたのかよく聞こえませ ん。文字どおり「夢中」になって現実ばなれしているからです。

 「もう一人の自分」は、外から自分のなかへ入って来たのではなく、現実の 自分がかたちを変えて分離したのですから、現実の自分の体験や能力を生かし て活動するしか方法がありません。夏目漱石の小説『吾輩は猫である』を読む ときには、「もう一人の自分」は猫にならなければなりませんが、これもかた ちだけの猫で、実際に猫になったのでは文章を読むことさえできません。

 与えられた作品を「もう一人の自分」として体験したり知識を身につけたり した場合にも、それはつぎに現実の自分にひきつがれ、現実の自分を成長させ ることになります。こうしてすぐれた芸術は、追体験によって現実の私たちの 成長に役立つのです。

 現実の生活での体験だけでは人間は十全な成長を遂げられない。人間は自然 を逸脱してしまったドウツブです。人間は先人が積み上げてきた観念の世界を 正しく(ヽヽヽ)受け継いでよりましな人間となる。「もう一人の自分」の観念の世界での体験も現実の自分が成長していくための重要な糧となる。
586 鏡の中の世界
2006年8月22日(火)


 本題とは関係のない寄り道です。

 20代の一時期「数学セミナー」という月刊誌を購読していた。その中の記事で 授業で使えそうな話題を切り抜いてスクラップブックを作った。それを捨てずに いまだにとってある。そのスクラップブックに朝永振一郎先生(私が学生の頃、 私が通っていた大学の学長でした。)が寄稿した「鏡の中の世界」というエッセイ がある。昨日、「もう一人の自分(3) 鏡を見ている自分は誰?」を書いてい るときそれを思い出していた。そのエッセイでは若い物理学者たちが「鏡像は なぜ左右が逆になるのか」をめぐって「たわいのない議論」に興じている。そ の議論が面白くて自分でもあれこれ考えてみたが、そこに紹介されている議論 を超えることはもちろんできなかった。その議論がとても面白いので、今日は それを紹介しようと思う。

鏡の中の世界 朝永振一郎

 鏡にうつった世界は右と左が逆になっているということは子供でも少し大き くなれば知っている。実さい誰でも、はじめてネクタイを結ぶとき、鏡の前で ああでもないこうでもないと苦労した経験があって、このことは正に実感され ているにちがいない。ところが、これは変だぞと考えた疑い深い男がいた。鏡 にうつった世界は何も右と左とが逆に見えねばならぬ理由はないではない か。たとえば上と下とが逆になったように見えてなぜ悪いのかという。

 かつて理研にいたころ、この問題を提出した男があって、ひるめしのあと、 研究室の連中が甲論乙バクいろいろ珍説明が出た。  幾何光学によれば、鏡の前に立った人の顔のところから鏡に向って引いた 垂線の延長上には顔がうつり、足のところから引いた垂線の延長上には足が うつり、決して顔の向うに足がうつり、足の向うに顔がうつることはない。 だから、上と下とが逆になることはない。これが一説。
 この説に対してはもちろん直ちに反対が出た。幾何光学によれば、鏡の前 に立った人の右手のところから鏡に向って引いた垂線の延長上には右手がう つり、左手のところから引いた垂線の延長上には左手がうつり、決して右手 の向うに左手がうつり、左手の向うに右手がうつることはない。だから、そ の論法だと、右と左とが逆になることはないはずだという結論になる。これ が反対論。
 だから純粋に幾何光学だけからいえば、右と左とが逆になるという代わり に、つむじまがりがいて、上と下とが逆になるのだ、といっても反論はでき そうにない。

 そこでいろんな説が出た。重力場の存在が空間の上下の次元を絶対的なも のにしているからという説。これは物理屋らしい説明だが、この場合、一般 相対論などをもち出すのもおとなげないので、重力場と光線の進路との問に は何の関係もないだろう。そうすれば、この上下の絶対性は、物理空間の中 にあるわけではなく、むしろ心理的空間の性質であろう。

 問題が心理ということになると、重力以にもっと別の理由があるかもしれ ない、という議論が出た。一説として、人間のからだは上下には非対称的だ が、左右にはほぼ対称的だ、ということから起こるのではなかろうか。また 別の説。人間のからだは縦に長いからではないかとの説。一ペんに否定され た珍説もあった。人間の2つの目が横にならんでいるからという説明だが、片 目をつぶって見ても事情はなんにも変わらないではないか、と反バクされて、 この説はつぶれてしまった。

 そのうちに、上と下とが逆になって見えることだってあるといい出したもの が出てきた。畳の上にあおむけにねころんで、顔の前に水平に鏡をかかげてみ れば、畳の下に下向きになった顔が見えるではないか、という。なるほど、そ れもそうだ。そういえば、池にうつる風景は上と下とが逆になっている。
 しかし、それにもかかわらず、ではどうして縦においた鏡では右と左とが逆 になり、平においた鏡では上と下とが逆になる、というように見えねばならな いのか。そのように見えねばならぬ必然性は一体あるのかないのか。平におい たとき上と下とが逆に見えるというなら、縦においたときには、前とうしろと が逆になったように見えねばならないではないか。などなど議論がまたあとも どりして、いつまでたっても決め手が出ない。

 どうやらここまでくると、心理空間には上下の絶対性のほかに前うしろの 絶対性があるらしいことがわかってきたようだ。問題は幾何光学にあるので もなく、いわんや数学にあるのでもなさそうだ。
 右と左とが逆になっているとか、上と下とが逆になっているとか、あるい は前とうしろとが逆になっているとか、そういう判断は、鏡のうしろに実さ いにまわって立った自分の姿を想定して、それとの比較のうえでの話であろ う。そうすれば軽業師でないかぎり、結局は、鏡の横を通ってうしろにまわ った自分の方が、鏡の上を通って向うがわでさかだちしている自分より想定 しやすいからであろうし、鏡というものは自分の前すがたを見る目的で作ら れたものだから、鏡の向うがわでは当然自分はこちらを向いているものだと の前提が暗黙のうちに認められていることもあるのだろう。

 しかし、どうもおく歯に物がはさまったような感じである。鏡の中にうつ った自分の姿を感じとるのに、こんなややこしい理屈があろうとは何だか解 せない気もちもする。

 近ごろは人工衛星が飛んで、無重力状態を人間が経験することができる。 宇宙船の中は、だから上と下との区別はない。そこで、字宙船の中で鏡を見 たらどう見えるか、ガガーリンさんに聞いてみたい。そうすれば、上下の絶 対性が重力場に起因するものか、人間のからだの形とか、動作の特性に起因 するものか、一つの決め手になるだろう。
 それとも、何かもっと一刀両断、ズバリとした説明があるのか、「数学セ ミナー」の読者諸兄に教えていただきたい。

 とにかく、物理学者とは、ときどきこんなたわいもない議論をする人間で ある。ただ、この理研での議論は、あまりにも早い時期に行なわれすぎて、 リー、ヤンのパリティー非保存といったような、素粒子の法則は鏡映に対し て不変性をもたないという大学説にまで発展するには、まだ機が熟していな かった。これは何んとも残念なことであった。


 このエッセイの中に出てくる「ガガーリンさん」は初めて打ち上げられた 有人宇宙船に乗ったソ連の宇宙飛行士です。1961年4月12日のことでした。 つまりガーリンさんは無重力の宇宙空間を経験し、宇宙から地球を眺めた 最初の人です。そのときのガガーリンさんの感動の言葉は有名です。 「地球は青かった!」

 「リー、ヤンのパリティー非保存」については、とても手に負えそうもない、 40年前同様に読み飛ばすことにしよう。

585 唯物論哲学 対 観念論哲学(8)
もう一人の自分(3) 鏡を見ている自分は誰?
2006年8月21日(月)


 いまあなたは鏡の前に立っている。鏡の中の自分を眺めて、いい顔だなあ、 とほれぼれとしている。が、実はあなたが見ているのはもちろん現実のあなた ではなく、あなたの映像です。しかもその映像は現実のあなたとは左右が逆 になっている。あなたの右手の映像は鏡の中の映像では左手になっている。 こころみに鏡の中に入っていって、あなたの像の後ろに立ってみてください。 もちろん実際に鏡の中に入っていくことはできない。想像するだけです。 どうでしょうか、鏡の中に入っていたあなと鏡の中の像はピッタリ一致し ましたか。左右逆ですね。私たちは鏡で自分を顔を見ることはできない。鏡 で見ることができるのは左右逆になった顔の映像です。

 けれども私たちは、この鏡に写った自分を、映像ではなく、そこに現実の自 分がいると想像することができる。「いい顔だなあ」と自己満足に浸ってい るときは、まさに映像を実際の自分と考えているわけです。この場合はこちら 側の自分が「もう一人の自分」ということになる。

自己分裂3

この場合の「もう一人の自分」は、自分以外のどんな人間にもなれる。あなたは デートに出かける準備で鏡に向かっている。デート相手のようこさんの目にど う見えるだろうかとこころくばりしながらネクタイを直している。このときは 「もう一人の自分」はようこさんになっている。ようこさんの目で現実の自分 をながめていることになる。

 写真はレンズを通した映像を固定して記録したものです。自分の写真を見て いるときの自分と「もう一人の自分」との関係も、鏡の中の自分を見ていると きと同じです。

 写真に固定されているのは映像ですが、それを現実の自分だと考えるなら、 そのときにはむこうがわに赤ちゃんの自分がいて、それを見ているこちらがわ の自分は「もう一人の自分」になっています。写頁を写したのは、十年前のお 父さんでした。お父さんが赤ちゃんの自分にカメラを向けて、お父さんの目で とらえた自分のすがたをフィルムの上に固定したのです。それゆえ、赤ちゃん の写真を見ている「もう一人の自分」は、十年前のお父さんになって、その目 で赤ちゃんの自分を見ていることになります。こうして見ているうちに、「も う一人の自分」の心のなかにそのときのお父さんの気もちがよみがえって、胸 が痛く感じられるかもしれません。お父さんの体験をくりかえしているからで す。

 千年も千五百年も昔の人がのこした文章を、現代の私たちが読んで心を打た れるのはなぜでしょうか?そこにならんでいるのは印刷した文字としか見えま せんが、それはその文章を書いた筆者の精神の鏡だからです。その筆者の美し い心のありかたを写しとって、固定し保存しているからです。私たちは「もう 一人の自分」になってその鏡に接しながら、その書かれたときの筆者の心のあ りかたがもう一度自分の心によみがえるよう努力します。このようにして、筆 者の心が読む人びとに伝えられ、読む人びとを感動させることになります。

 これも、お父さんの写真の場合と同じように、それをつくり出した人の体験を くりかえすことです。これを追体験とよびますが、芸術を鑑賞するとい うことはこの追体験を正しく行うよう努力することにはかなりません。「もう 一人の自分」について正しく理解できないと、追体験という問題も理解できな くなります。

584 唯物論哲学 対 観念論哲学(7)
もう一人の自分(2) 診断・仮説・推理
2006年8月20日(日)


 眠って夢を見ているときも、覚醒になにかを想像しているときも、現実の 自分から分離して独自の活動をしている「もう一人の自分」のあり方は、 自分自身の現実の世界での生活経験を通して形成してきた感性や現実の世界 についての認識によっている。実際の生活経験とは無関係にアプリオリ(先天的に)に持って いる何かが現れてくるわけではない。
 例えば前回の例で言えば、現実の自 分はシッポだけを見ているのに、「もう一人の自分」が障子に隠れている ネコの全体像を想像できるのはそれまでの生活経験でそのようなシッポを 持つネコを見たことがあるからです。そしてその想像が正しいかどうかは 障子を開ければ明らかになる。

 しかし、想像したことが正しいかどうかを現実に直接にぶつかって確かめる ことの困難な場合もいろいろある。たとえば、熱が出たり身体のどこかが痛 かったりしたとき、原因は想像することができても障子を開けるように簡単に 身体を開くわけにはいかない。

 からだのなかを見るとき、医者は聴診器を使って耳で聞いたり、レントゲン 写真を撮影してながめたり、心電図をとって心臓の活動をしらべたりして、そ れらを材料にして「もう一人の自分」になります。そしてどこに病気があるの か、なにが原因なのかを、慎重に読みとろうと努力します。こうして生れたも のが診断です。医者の診断は、現実の病人が与えてくれるいろいろな 手がかりと、それまでの医者としての経験や知識とがむすびつくことによって、 「もう一人の自分」がつかんだ結論です。しかし医者の経験が不足で知識も欠 けていると、「もう一人の自分」としての能力が低くて、やぶにらみの結論を 出す結果になり、「ヤブ医者」といわれることになるでしょう。

自己分裂2

 科学者が使う顕微鏡や望遠鏡も、「もう一人の自分」が活動するための道具 です。そしてこの「もう一人の自分」は、小さな小さな原子のなかに自分を 位置づけて、その構造をながめたり、大きな大きな宇宙をひと目で見られると ころに自分を位置づけて、新しい星の発生や古い星の消滅をながめたりしてい ます。現実の科学者は、過去の人間のまだ発生していない地球や、未来の人間 のすでに消滅してしまった地球を見ることはできなくても、「もう一人の自分」 として簡単にそれらを見ています。科学者が、まだ学問的に明らかになってい ない問題について、仮説を立てるのも、医者の診断と同じように、 「もう一人の自分」として活動しての結論です。

 犯罪事件は過去のできごとなので、現実の人間がそれをまた見ることはでき ません。しかし探偵は、現実のなかに発見したいろいろな手がかりと、それま での経験や知識とをむすぴつけて、「もぅ一人の自分」になり、頭のなかの夢 として事件を再現しこれを検討して犯人を見つけます。この「もう一人の自 分」の能力がすぐれているならは「名探偵」、能力がひくければ「へボ探偵」 といわれるわけです。


 観念論的な思考を押し通していくと、その思想には必ずどこかで現実の世界 との食い違いが生じてくる。そのほころびを取りつくろおうとするとき、観念論 を放棄しない限り、どうしても神がかりにならざるを得ない。その結果はヤブ 医者の誤診やヘボ探偵の迷推理と同じ過ちを犯してしまうことになる。ただし、 この場合は当人の能力に問題があったのではなく、用いている道具が欠陥品な のです。

 優秀な観念論者がたくさんいる。だが彼等は道具の欠陥を認めようとし ない。自分は優秀であるという自画自讃の意識が妨げになっているのだろう か。あくまでも自分の神がかり哲学を正しいと言い張る。優秀なものほど度し 難いということもある。

583 唯物論哲学 対 観念論哲学(6)
もう一人の自分(1) 夢・想像
2006年8月19日(土)


 私たちは、自覚はなくとも、ほとんど毎日のように夢をみといるそうです。 しかし、多くは目覚めたときに夢をみていたことにさへ気づかずにそのまま 記憶に残らない。目覚めたときに、ああ夢を見たな、と気づいて も数日も立てば忘れてしまう。しかし、記憶の底にこびりついていて、 生涯忘れられないような夢もある。

 私は小学校低学年の頃の一時期、毎晩のように同じような夢を見た。何か恐ろしいも のに追いかけられている。私以外の友達はみんな早足で逃げていくのに、私は思う ように足が動かない。塀にすがりながら進もうとする。身体が前にのめるが足 は鉛のように重く、引きずるようにやっとゆっくりと一歩ずつ動かせるだけ。 恐ろしいものが私の間近に迫ってきたところで目が覚める。たぶん実際に悲鳴 を上げたかもしれない。身体は汗びっしょりになっている。

 精神分析学によって、その夢から私の精神の根底にあるトラウマのようなも のが明らかにできるのかどうか分からないが、私の無意識の中に、胎児期か幼 児期に刻み込まれた根源的な恐怖があるのは確からしい。いずれにしても、 現実に生きていて眠っている私ではない「もう一人の私」が夢の中で動くことが ままならずに恐怖している。

 ところが、夢を見るのは、眠っているときだけではない。眠っているときの 夢は、見たくなくても見てしまう夢ですが、目をあけて見る夢もいろいろある。 現実に生きている自分として現実のものごとを見ながら、それと同時に自分の 見たい夢を見ようと努力することもある。これを私たちは<想像>と 呼んでいる。

 想像をしている時も、眠っているときの夢と同じように、「もう一人の自 分」がチャンとその想像の世界の中にいる。だが目をあけているために、 私たちはそのことになかなか気がつかない。<想像>の具体例で確認してみ よう。

 現実に生きている自分の目では、ものの外がわしか見ることができません。 それでは困る、もっとさきを見たいと思うときには、頭のなかに「もう一人 の自分」があらわれて、もっとさきを見てくれます。

 現実の自分の目では、障子のところにシッポが出ているのしか見えません が、頭のなかの「もう一人の自分」の目は、障子のむこうがわにネコがいる のを見ています。

>自己分裂1

 現実の自分の目では、お客さんの持って来たおみやげの箱しか見えません が、頭のなかの「もう一人の自分」の目は、箱のなかにお酒が入っていたり ケーキが入っていたりするのを見ています。

 つぎの日曜にはハイキングに行こうと、地図や列車の時刻表を見ながら計画 を立てるとすれば、それも「もう一人の自分」の活動です。地図をごらんなさ い。地図は土地を高い空中からながめたものとして書いてあるでしょう。地図 をつくった人は、現実の自分として、地上をあるいてしらべたのですが、地図 を書くときには「もう一人の自分」を高い空中の一点に位置づけて、そこから ながめたものとして書いたのです。
 時刻表をごらんなさい。これには駅の名まえとそこにつく時刻とがならんで いるでしょう。時刻表をつくった人も、現実の自分として、現実の列車の動き をしらべたのですが、時刻表を書くときには「もう一人の自分」になって駅か ら駅へ瞬間的に位置を移し、それぞれの時刻を書いていったのです。それでこ れらを利用する私たちも、これらをつくった人たちと同じように「もう一人の 自分」になって、高い空中から道の長さをしらペて「ここまで5キロくらいあ るな。」と考えたり、駅から駅へ瞬間的にとび移って、「終点まで1時間20分 かかるぞ。」と考えたりしています。

 このように、私たちが想像をはじめると、現実の自分から「もう一人の自分」 が頭のなかで分離して活動をはじめ、想像をやめると「もう一人の自分」も消 えてしまうのです。

582 唯物論哲学 対 観念論哲学(5)
またまた番外編・靖国神社は戦死者への冒涜神社だ。
2006年8月18日(金)


 「第288 詩をどうぞ(19)2005年6月1日(水)」で掲載した愚作詩と 「第576回 8月12日」で書いた文章の一部を再掲載する。


メイモウの国

ヤギがメイとなくと
ウシはモウとなく

首相がヤギで
首都の知事がウシで
ヤギとウシがメイモウと勇ましい

ためにヤギウシが急速に繁殖して
メイモウの唱和が喧しく

メイモウヒノマル
メイモウキミガヨ
メイモウヤスクニ

ちかごろヤギウシは
「手味噌正義」のブッシュに迷い込み
1938年のヤギウシに退化して
いよいよ威丈高だ
メイモウメイモウと踊りながら
先の大戦での膨大な死者たちに
無駄死を強いようとしている

が、ヤギウシはその迷妄に気づかない

『全ての戦没者はその家族や友人や恋人の心の中で追悼されているし、それし か本当の追悼はありえない。国家がしゃしゃり出る問題ではない。国家はひた すらあの無謀な戦争を反省し、被害者に償い、戦争を起こさない外交や施策に 一生懸命邁進するだけでよいのだ。国家による殺人を正当化するために戦没者 を利用するな。』

 どちらの文も、私は兵士だけではなく、また日本人だけでなく、国家によって 殺された全ての戦没者を念頭に置いて書いているが、靖国問題の本質はやはり 「英霊」扱いされている戦死者の問題である。ヤギウシ(コイズミ、イシハラ) を代表とする国家主義者の靖国イデオロギーの本質をえぐるためには戦没者を とりあえずは「英霊」に限る議論が必要だろう。なにしろ彼らのイデオロギー では他の戦没者は見事に無視されているのだから。

 ヤギウシのメイモウがなぜ戦死者の死を無駄死に貶めることになるのか。 ヤギウシの靖国参拝が戦死者の冒涜でしかないことを論理的に明らかにした いと思っていたが、明確な言葉にできないでいた。

 コイズミの愚行に大騒ぎをするマスコミが垂れ流している靖国議論は、 「心の問題」はいいとかけしからんとか、「中国・韓国」に屈するなとか配慮 しろとか、賛成派反対派を問わず上っ面をなぞるだけの皮相な駄弁ばか りだ。そんなことは知れたことだから私は新聞社や識者という売文業者の 論評は全く読まなかった。もちろん靖国問題を扱ったテレビ番組など全く見 る気がしない。あんな愚行は無視すればよい。みんなが無視すれば、コイズミ はピエロだね。裸の王様だ。裸の王様を裸だと指摘できるものは何処にいる?

 マスコミと無縁の所で、本質的な議論がなされている。今日、私の思いを 代弁してくれている論考に出会った。筆者は三上治さんです。

「戦死をめぐる断章」

 その論考の一部を抜粋する。関心をお持ちの方はぜひ直接全文をお読みく ださい。

 [国家のために死ぬ]とか「英霊」とかいう言葉は実際にどのような現象 として存在したかを経験的に知っている人たちがいれば、恥ずかしくていえ ないという雰囲気もあったが、そのような人々が消えて行けば、神話化され て流通するようになる。戦死を身近で目撃した人や、戦死者の声を聞き届け られる人々が少なくなれば、戦死者を顕彰し、恥ずかしげもなく英霊を口に する連中がまたぞろ出てくる。

 戦争は死の契機を用意する。それは人間が殺しあうことであり、その場面 を用意することである。国家と国家が武力をもって対立することだが、そこ に他の国家の存在が恐怖としてイメージされている。侵略でもいいが、他国 によって殺されるかもしれないという恐怖がイメージされるのだ。この他国 への恐怖は歴史的に見れば自然に属することと思われてきたし、国民は他国 への恐怖と戦うために死を怖れない覚悟を要求されてきた。国民はそれに応 じ、戦場に出かけていった。これは戦死者に訪れた現実的契機であった。こ の戦争という現実的契機が戦死を生み出した。戦争の過酷さは普段ならば 想像しない死の恐怖を引き寄せたことである。死を想像して日々を生きる 残酷さである。それを至福の時というのは、それに距離のある人間がいうこ とである。現実に死が訪れた戦死者の心がどのようであったかは想像するし かないが、彼らが国家から与えられた栄誉ある戦死も英霊という観念も欺瞞 であることに気がついたのではないか。戦死に近いところから生還した人や 戦死を身近で目撃した人の証言はそれを語っている。国家の強いた観念的自 殺にこころのうちでは抵抗感を持ったのではないか。戦死者の声を聞く耳が あればそれは聞こえるはずである。

 だから、「英霊」などと戦死者を持ち上げることや顕彰として祀ることは 追悼ではなく、その名を借りた冒涜に過ぎない、と思う。戦死という時代的 な死を避けられなかった人々の追悼は、国家の本質と戦争の批判を抜きには ありえない。


 靖国神社も英霊も神がかり哲学が生み出した欺瞞以外のなにものでも ない。三上さんの思考はその対極にある科学的な論考です。
581 唯物論哲学 対 観念論哲学(4)
「きっこの日記」は科学的な哲学です。
2006年8月17日(木)


 昨日の「哲学入門」からの引用文の一節を再掲載する。

『わたしたちは生活のうちに知らず知らず哲学的な見かたを身につけてい ます。これはありのままに世界を見ようとする科学的な哲学、正しい哲学の 方向に沿っているわけです。』

 毎日 「きっこの日記」 を読むのが日課の一つとなっている。8月16日の日記はいま私がテーマとしている問題 と重なる内容なのでうれしく読んだ。「きっこの日記」は上の文章でいう 「科学的な正しい哲学」の見事なお手本だと思った。一部を引用します。

‥‥そんなワケで、あたしは、「死んだ人の霊と交信できる能力」なんてもの が、あるとかないとか言う以前に、「死んだ人の霊」って何?‥‥って思って る。小学生くらいならともかく、いい年こいた大人が、守護霊だの背後霊だ のって、バッカじゃないの? そんなもん、あるワケないじゃん。前世だの生 まれ変わりだのって、そんなもん、あるワケないじゃん。天国だの地獄だのっ て、そんなもん、あるワケないじゃん。神様だの悪魔だのって、そんなもん、 あるワケないじゃん。すべては、人間の空想に決まってんじゃん。人間は、 地球上の他のすべての生き物たちとおんなじように、少しずつ進化して来て、 今の形になっただけじゃん。人間だって、猫だって、虫だって、木だって、 そのルーツは、おんなじなんだよ。それなのに、なんで人間だけが特別で、 死後の世界だの霊だの神様だの悪魔だのって、アホな妄想なんかに右往左往 してんの? 人間も、他のすべての生き物とおんなじで、「死んだら終わり」 に決まってんじゃん。

 だけど、前頭葉が発達しすぎちゃって、「死」に対して恐怖を感じるように なった人間は、その恐怖を少しでもやわらげるために、天国だの神様だのって いう夢物語を作り出して、それが、そのうち、宗教になっちゃったんだよね。 そして、現代では、この宗教っていうデタラメを悪用して、私腹を肥やすペ テン師どもが、次から次へと登場するようになったってワケだ。


 私はコイズミのガキの喧嘩なみの靖国参拝という愚行に関連して「へえ、皆 さん霊の存在を信じているのですかねえ」と書いた。(「第576回 8月12日」) また度々吉本さんの口癖の「死ねば死にきり自然は水際立っている」を引用して いる。これらと同じ認識をきっこさんは実に簡明に述べている。「哲学する」 とはこいうことなんですねえ。私も哲学をこのように簡明に語れたらと思うが、これがなかなか 難しい。わたくしの語り口はどうしても硬直したものになってしまう。

 さて、「天国だの神様だのっていう夢物語を作り出して」しまう観念の世界 の仕組みを明らかにするのが今回のテーマなのでした。

 近代日本の哲学会を代表する西田幾多郎や田辺元の哲学も宗教と同じ論理構造を 持っている「神がかり哲学」です。神の存在を表向き承認しなくとも実際には 神を承認しているのと同じ理論もたくさんある。無神論とか科学的な哲学とか を標榜していてもそれだけで「神がかり哲学」ではないと言うことはできない。

 では科学的哲学の根本原理と神ががり哲学の根本原理はどう違うのか。その違いは どうして何処から生まれるのか。バカバカしい「夢物語」が作り出される られる仕組みを明らかにするためには「人間の観念的な自己分裂」の仕組みを 知る必要がある。この課題については中学生向けに書かれた「こころとことば」(1977年初版)の中の「もう一人の自分」を読むことにする 。分かりやすい文章のうえに、イラスト入りで楽しく読める。

 なお、イラストの作者はいまは動物画で知られている木村しゅうじさんで す。子供向けのたくさんの絵本を手がけている。「笑点カレンダー」の絵の 作者は木村さんだそうです。

580 唯物論哲学 対 観念論哲学(3)
哲学には2種の哲学しかない。
2006年8月16日(水)


 「哲学入門」の初版本は1948年に発行された。今から62年前、敗戦後3年のこと です。「こころとことば」と同様、中学生以上の人を対称に書かれたのだと思う。 つまり中学生にも読める。しかし、決してレベルを落としてはいない。したがって、 もちろん大人が読んでも手ごたえのある内容となっている。まず「哲学入門」を ひもといてみよう。

(これからの文章は、いくらかは私の見解も入るが、三浦さんの著書を要 約していくものであることを改めて 断っておく。そして今回から一つの試みとして、長い文そのままの引用以外は 「三浦さんによれば…」とか「…と三浦さんは述べている。」とはいう添え 書きはしないで、まるで私自身の考えを述べるように書いていこうと思いま す。そういう添え書きは書いているときとても煩わしい。読む人にも煩わしい のじゃないかと思ったからです。また、三浦さんは具体的な例をあげながら分かりやすく論を進 めているが、なにせ61年前の著作なので、今の時点では知らない人の方が多いと 思われる例もある。そういう場合は、もし適当なものが私に思いつけば、それと入れ替えます。 以上の2点、許されるやり方だと勝手に判断しました。)

 哲学って何をする学問なの?答えはいたって簡単で、「哲学とは世界の根本原理 についての学問」です。だからそれは社会経済や政治の問題ばかりでなく、私たちの 身のまわりの問題にも役立つものであるはずです。はずなのだけれど実際には 多くの哲学書はちっとも役立っていない。いやいや著者に原稿料をもたらすと いう役には立っている。これは矛盾の一例ですね。

 身近な問題に丁寧に応じてくれる点では新興宗教の方が勝っている。宗教は 迷信であっても、宗教家の誤謬を真理と思い込んでいる頑迷な確信とそれを布教 しようとする献身的な熱意に感動してその教えを受け入れていく人が絶えな い。それにはそれだけの理由があるわけです。宗教のような間違った理論が 大いにはやる原因の一つは怠慢な哲学者にある。

 哲学は「世界の根本原理についての学問」だから、その研究の対象は現実の 社会や自然です。私たちは現実の世界の中で生活し、その生活を通してこの 世界についてのいろいろな知識や考え方を獲得していく。そうして得られた 知識や考え方は現実の世界から得られたものもだから、真理も誤謬も含めて、 やはり世界の根本原理に従っている。従って逆に、その知識の中身や考え方を 調べたりすれば、そこから世界の根本原理を引き出すことができる。これは もう立派に哲学していることになる。

 哲学がそういうものならば、それは誰にでも理解できるもののはずです。 はずなのだけれど、哲学のセンセイたちは哲学とはむずかしく分かりにくいも のだ、「哲学する」ということは日常の態度とは全く異なる、難しい本と取り 組み、厳しい研鑽を積み重ねた結果悟ることのできるものだ、などとおっしゃ る。
 高校生の頃、当時哲学の入門書として必読書と言われていた出隆の「哲学以前」 という本を、ごたぶんにもれず私も読んだ。さっぱり分からなかった。 その本の一節にこうある。「哲学の価値は所謂実用によって定められるもの ではない。用不用は真に哲学するものにとって問題ではない。」
 今から思えばこれも神ががり哲学だった。

 哲学には違った名前の幾種類もの哲学があり、数え切れないほどの流派 があり、それぞれにその難しさを競っているような観がある。
 しかし、数え切れないほどの哲学も表面上の違いだけで、突き詰めれば2種類 の哲学しかない。科学的な哲学と神ががり哲学。つまり唯物論的哲学と観念論 的哲学のふたつ。全ての哲学はこの二つの立場、唯物論と観念論のどれかに よって立っている。

 わたしたちは生活のうちに知らず知らず哲学的な見かたを身につけています。 これはありのままに世界を見ようとする科学的な哲学、正しい哲学の方向に 沿っているわけです。

 そこへ哲学の本をもってくる。その本には神がかり哲学が書いてある。読ん でいくとわたしたちが知らず知らず持っている正しい哲学の立場が、この神 がかり哲学を排斥する。どうも信じられないといった気もする。それをこれ が正しいものときめてムリヤリに信じようとする。だから苦しむし、努力が いるわけです。

 科学的な哲学と神がかり哲学とは決して両立しない。

 あちらを立てればこちらが立たない。自分の頭でその両立しないことがわ からなければ、日常の生活や行動は科学的な哲学を利用していて、学問の分 野だけを神がかり哲学にたよるという使いわけもできますが、神がかり哲学 で日常の生活まで解決しようとすると、現実のほうがいうことをきいてくれ ない。だから、学問の教えにあくまで忠実であろうとする人たち、その説を どこまでも実行しようとする人たちは、科学の立場と神がかり哲学の主張と のくいちがいにぶつかってなやむことになります。どちらをとるべきかが問 題になる。現実の教えにしたがうべきか、哲学の本の教えにしたがうべき か、どちらかに決めなければならない。

 昔からいうじゃありませんか、両方立てれば身が立たぬ、とね。世の中は 「不可解」だと、哲学にこった青年諸君が自殺するような結果にもなるので す。これは神がかりの哲学の罪ですが、たとえ科学的な哲学を勉強するので も、小学校の生徒に大学の教科書を渡して勝手に読めというような段階を無 視したやりかた、現実のなかから自分で理論をひきださせようとしない教え かたではむずかしくわかりにくいのがあたりまえでしょう。


 現実の中から理論を引き出すのが科学的哲学です。そして、「現実のなかか ら自分で理論を引き出すような教えかた」を根幹に置く教育が「課題提起型 教育」です。
579 唯物論哲学 対 観念論哲学(2)
番外編・私の師匠
2006年8月15日(火)


 今回のテーマは「認識論と矛盾論」の続編なので、師匠はやはり三浦つとむ さんです。お手本としては、今回のテーマに対して適切な内容を提供してくれ そうなだなというカン程度の判断で、次の著書や論文をとりあえず手元に置く ことにした。

お手本
① 「哲学入門」(仮説社)
② 「こころとことば」(季節社)
③ 「宗教論と言語論とのむすびつき」
④ 「哲学の教訓」
  ③④は「文学・哲学・言語」(国文社)所収の論文
⑤ 「現実の世界と観念の世界」
  これは「生きる学ぶ」(季節社)所収の論文
⑥ 再び「認識論と矛盾論」
  これは「認識と言語の理論第一部」(勁草書房)の第一章

 ずさんな事で恥ずかしい限りですが、まだ全体の構成ができていない。上記 の論文を全部利用するかどうかも分からない。どうなることやら…。

 何度か言ってきたように、もとより私には独自の研究などない。今までの 読書暦の中で出会った信頼すべき著者たちの思索を追体験するばかりです。 このつたないホームページを覗いた人たちが、私が取り上げた著書に興味関心 をもたれて直接その著書を手に取ってくだされば、このホームページをはじめた 甲斐があったと言える。

 ここまで書いてきて、本題から離れるが、私の師匠たちのことを書きとめ ておきたくなった。

 私が若い頃から親しんだ師匠は、吉本隆明さん・三浦つとむさん・遠山啓さ ん・板倉聖宣さんです。どの方も「先生」なんで呼ばれることを快く思わなそ うなので、かってに親しみを込めて「さん」付けで呼んでいる。この4人の方 からものの見方考え方あるいは生き方をたくさん学んできた。残念ながら三浦さん と遠山さんは故人です。それぞれ1989年、1979年になくなられました。
 最近になって、シリーズ「日本とは何か」を取り上げていたときに古田武彦 さんに出会った。新しい師匠です。古田さんにもっと早くに出会っていた かった。

 この方たちには知識人としての共通の生き方がある。権威・権力と いったものから自由にラジカルに研究・思索を重ねている。それぞれの 研究対象の本質にせまる見事な仕事を残している。そして、学会という 権威・権力の傘の下から出られないでいる象牙の塔の住人らからは見事に無 視されている点でも共通している。この私の師匠たちはネットのような自 由な情報源を通してでなくてはなかなか知られる機会がないのではなか。 だいぶ以前のことになりるが、吉本さんはご自分の著書の読者はせいぜい 2000人ぐらいだと言っていた。ぜひ多くの人にこれらの人を知ってもらいた ものです。

 実は先の四人の師匠はそれぞれに太い糸で結ばれている。

 吉本さんは敗戦直後の大学で遠山さんの講義を聞いて深い感銘を受けて いる。就職の世話までしていただいてる。遠山さんが亡くなられた時、心の こもった追悼文を書かれています。

 遠山さんは「数学教育協議会」という民間の数学教育研究団体の委員長として その会のよきリーダーでした。その会は官製の研究機関では決して見たれない 斬新な理論と授業を創造している。実は私は自分の授業に行き詰まって手探り をしていたとき、この会の存在を知って夏休みの大会に参加したのだった。 この会では委員長であろうともなんら特権はない。部屋割りは申し込み順のよ うだ。なんと私は初参加で遠山さんと同じ部屋に割り当てられていた。部屋 には会のいろんなモサがやってくる。いきなり「数学教育協議会」精神を目 の当たりにした。遠山さんのお話を直接伺う幸運な機会を得たのでした。

 同じ頃、板倉さんは理科教育の分野で斬新な理論と実践を積み重ねていた。 その研究成果は「仮説実験授業」というすばらしい授業に結実する。その 授業の全指導過程を記載した授業計画書は「授業書」と呼ばれている。その 授業書を読んで私の丸暗記の科学知識がいかにいい加減なものであるかを 私は思い知らされた。「授業書」は大人が読んでもワクワクするほど面白い。

 同じような教育理念と方針を持った「数学教育協議会」と「仮説実験授業研 究会」は共同の催しもしていた。遠山さんと板倉さんは個人的にも近しかった のではないかと推測している。お二人の教育論からもたくさんの示唆をもらって いる。お二人の目指している教育はまさに課題提起型教育です。(課題提起型教育 については「第17回 2004年8月31日」を参照)しかしこの二つの会が創ってきた すばらし授業も、教育行政が教育の中身や方法にまで介入してきている昨今、 学校での実践ができなくなってきているのではないかと危惧される。権力は 課題提起型教育を敵視する。

 さてその板倉さんは三浦さんの著書によって、それまでなじんでいた観念論 から唯物論に転じたと言っている。「仮説実験授業」の誕生には三浦さんとの 出会いが大きな要件となっていると思う。もちろんお二人には深い知的交流が あった。

 三浦さんは吉本さん主宰の雑誌「試行」に盛んに論文を投稿していた。 私は1974年9月号から「試行」を購読していた。シリーズ「国家について」や 「統治形態論」でお世話になった滝村隆一さんの存在は「試行」に掲載された 論文で知った。残念なことに「試行」は1997年12月号をもって終刊になってい る。吉本さんは最近の著書では三浦さんのことを「私の師匠」と呼んでいる。

 これで私の四人の師匠を結ぶ糸が一巡した。

 思わず大脱線をしてしまった。次回から本題に入ろう。

578 唯物論哲学 対 観念論哲学(1)
観念論哲学と宗教は兄弟
2006年8月14日(月)


 「第570~571回 8月6日~7日」で天台智顗の一念三千という思想の解釈を めぐっての梅原さんの解説を引用したとき、梅原さんの考えに対して私には 本質的な異議があった。そのとき私は次のように書いた。

『私は「永遠の生命」という思想を肯定する梅原さんの考えには反対を 表明せざるを得ない。生命は物質と無関係なものとしたり、生命は死後も存在するとしたり 、さらには飛躍して自然=生命、宇宙=生命であるというような考えは、科学 的な認識論からすれば相対的誤謬に過ぎない。誤謬を思想の根幹にするわけ にはいかない。』

 このことをもう少し丁寧に再論してみたい。なお、上記文中で私の立場を 「科学的な認識論」としたが、正確に「唯物論的認識論」と言うべきだった。

 まず梅原さんは一念三千の思想を次のように読み解いた。

 地獄だの仏だのというものは、別にわれわれの心の外に実在しているもので はなく、われわれが心で感じる苦悩が地獄そのものであり、われわれが心で感 じる喜びが天そのものであり、しかも地獄の心を持つ人の心の中にもどこかに 仏の心、純粋慈悲の心があり、仏の心を持つ人の心の中にも煩悩をあらわす餓鬼 の心や、怒りをあらわす修羅の心があるというのである。

 私は一念三千の思想は仏教の生んだ偉大なる精神の研究であり、フロイドの精 神分析以上の偉大なる思想の萌芽をそこにみるのであるが、日蓮はここでは 唯人間ばかりか、山川草木も心があるというのである。


 地獄とか仏とかは「心の外に実在しているものではない」という認識は 至極真っ当な唯物論的認識である。そして仏教用語を日常的な言葉に言い換 えて、人は誰でも心の中に「苦悩、喜び、慈悲、煩悩、怒り」を併せ持ってい るといい、その人間理解を思想の根幹に据えるべきだと言っている。この点も 賛同できる解釈だ。しかし、この当たり前の認識をもって「偉大なる思想の萌芽」とまで 言うのは言いすぎだと私は思う。

 梅原さんが「偉大なる思想の萌芽」とまで言うのは、最後の日蓮の解釈とし て述べている「山川草木にも心がある」という解釈をも一念三千の解釈の中に 組み込んだ上でのことであり、その日蓮の解釈が正しいとするなば、 「偉大なる思想の崩芽」とまで言う理由は分かる。しかしその「山川草木にも心がある」 という日蓮の認識は、当然、現代の科学的な認識論では誤謬でしかない。

 上記引用文の後で梅原さんは次のように述べる。

 このように考えると日蓮の思想の眼目は普遍的にして永遠な生命論というと ころにあるように思われる。こうした普遍的にして永遠な生命とその生命への 慈愛こそ、たしかに日蓮が言うような大乗仏教の眼目であり、私は創価学会と ともにこの生命論を世界の思想を救済する可能性を持つ思想と思うのである。

①『地獄とか仏とかは心の外に実在しているものではない』→②『山川草木にも心が ある』→③『普遍的にして永遠な生命』。この一念三千の解釈の飛躍は、私は 典型的な観念論的踏み外しだと思う。
 ①でいう「心」は「観念の世界」と同義だ。だとすると②は『山川草木にも 観念の世界がある』となって、①の認識が拠ってたつ科学的な立場らかはまっ たく受け入れられない誤った認識となる。
 ②の「心」を①とは違う意味で「生命」と解釈すれば、②は『山川草木にも 命がある』となり、これならごく真っ当な認識ということになる。(「山川」も 命あるものとする点は今はおく。)
 しかし、この生命が③の『普遍的にして永遠な生命』となると、現実的な存在 と無関係に「永遠の生命」が宇宙に偏在していると言うのだから、これも またとんでもない観念論的踏み外しと言わなければならない。

 私は梅原さんからたくさんのことを教えられてきた。私がその発言を注目し ているお一人で、これからもその発言に耳傾け、そこからいろいろと学びた いと思っている。
 しかし、梅原さんの理論にはいつも根本のところで、上で縷々述べたような 疑義を持ってきた。その理由は梅原さんの思想の土台が観念論哲学だからだっ た。宗教と観念論哲学は紛れもなく兄弟である。その母体を共有している。 観念論哲学が必ず哲学と宗教の調和を図るのは当然の成り行きなのだ。 梅原さんは「近代科学の成果にも忠実」であろうとする立場をとっている (「第573回 8月9日」参照)が、観念論哲学が科学的な哲学ではないという 認識はまったくお持ちではないようだ。

 私は重箱の隅をほじくるようなつまらぬ議論をしてしまっただろうか。 いな、私は次のような問題意識を持ちながら書いている。
 これまで(「第534回 6月25日」以来)天理教、幸福の科学、統一教会、 オウム真理教、創価学会と5つの新興宗教の教義を調べてきたが、それらの教義の うちのバカ話はすべて観念論にその淵源がある。そのおおもとの観念論の批判 をしたい。それは同時に全宗教に対する批判でもある。つまりこれまでの個々の 宗派の批判に対して、宗教そのものの批判をすることになる。
 実は、観念論としての宗教の批判は「神が人間を創ったのではなく、人間が神を創ったのだ」 というマルクスの言葉で全て言い尽くされている。私が持った新たな課題は、 そのマルクスの認識が生まれてくる根源的な理論を詳しく学び直すことにある。 当然のこと、それは観念論哲学と宗教の批判ということになる。宗教批判の 総論と言う意味合いと同時に、シリーズ「認識論と矛盾論」の続編だと思っている。

577 「創価学会」とは何か。(18)
カルト宗教
2006年8月13日(日)


 創価学会員による北朝鮮まがいのマスゲームとそれを観覧する金正日まがいの 池田大作の映像を見てびっくりもし呆れもしたのが、このシリーズを始めるきっ かけだった。いままで、マスコミが報道する創価学会関連記事にも関心が薄く 無視してきたので、創価学会についてほとんど無知に等しかった。おそまきながら 詳しく知る必要を感じたのだった。

 創価学会の信者は現在、公称で2000万人といわれている。強引な折伏(しゃく ぶく)や家族ぐるみの入信の仕組みなどの組織的な戦略が行われたとはいえ、 2000万人もの信者を獲得した教義とはいったいどのような教義なのか、私の関 心はもっぱらその教義にあった。その教義を構成している2大要素の「価値 論」と「生命論」を梅原さんの論文を頼りに調べてきた。
 価値論というヨーロッパ型の思想と日蓮宗という仏教思想を結びつけた点が 一つの特徴だが、取り立てて新しい思想ではなかったし、人類を救済できるよ うな思想とはとてもいえない。他の日蓮宗系の教義とも大きな差はないのでは ないかと思われる。

 根幹の教義はそのようであったが、霊魂の存在を否定する点、従って先祖供 養も不要となるような点に他の宗教との大きな違いがあった。それが教団が大き くなる要因の一つでもあった。このことから、会員の圧倒的多数は「価値論」 とか「生命論」とかの小難しい教義に惹かれたわけではない、あるいは全くそ の根幹の教義など知らないのではないかということも容易に推測できる。また さらにこのことから、創価学会においては宗教的規範の形骸化はまぬがれない だろうということも、容易に予想できる。たぶん、創価学会は、現在、大きな組織的な問 題に直面しているに違いない。

 私の当初の目的はここで終わったと思う。しかし、最後に一つだけ触れてお きたいことがある。
 創価学会を批判する人たちの多くは創価学会にカルトというレッテルを貼って いる。「カルト」とはどういう意味だろうか。

 「カルト」という言葉はもともとは「なんらかの体系化された礼拝儀式,転じて ある特定の人物や事物への礼賛,熱狂的な崇拝,さらにそういう熱狂者の集団」 を意味していて、必ずしもマイナスの意味ばかりで使われたものではなかった。 それが、宗教だけに限らないが、「個人や社会に対して破壊的あるいは非人道 的な行為をしている」集団や組織を「カルト」と呼ぶようになった。特に宗教 の場合「カルト宗教」と呼んでいる。

 アメリカやヨーロッパではカルトに対する視線が大変厳しい。特に フランスでは国民議会がカルトに関して調査委員会を設置し、委員会は 1996年に報告書をまとめた。そこではカルトの本質を「全体主義的拘束的 反人権的団体」と規定して、カルトと認定するための10項目の具体的な要件 を設定している。

(1)精神の不安定化
(2)法外な金銭要求
(3)住み慣れた生活環境からの隔絶
(4)肉体的損傷
(5)子供の囲い込み
(6)大なり小なりの反社会的な言説
(7)公共の秩序に対する錯乱
(8)裁判沙汰の多さ
(9)通常の経済回路からの逸脱
(10)公権力に浸透しようとする企て

 そして国民議会は報告書の中で創価学会インタナショナル・フランスを カルト宗教と認定している。

 ちなみに、創価学会インタナショナル・フランスは日本における学会と格別 異なる活動をしているわけではなく、まったく同じ活動をしている。日本は カルトに対して寛容であると言うべきなのだろうか、それとも甘いというべき だろうか。

 最後に、創価学会のカルトぶりについては、次のサイトに詳しいので紹介 しておきます。フランスの国民議会のこともそのサイトで調べました。

巨大カルト教団

 なおつい先日、島田さんが「創価学会の実力」(朝日新聞社)という本を 出版されました。利用させていただいた「創価学会」の続編にあたります。 早速読みました。

 創価学会の現状を冷静に正確に分析しています。そして心優しくも最後を 創価学会に対する次のような提言で締めくくっています。カルト宗教から反 アヘンあるいはモルヒネとしての宗教への転換を薦めていると読みました。 また創価学会に対するこの態度はロールズの「寛容」(「第446回 3月6日」参照)の精神を体現している とも思いました。それを引用してこのシリーズを終わることにします。もちろ ん私自身はあらゆる宗教は消滅すべきだと思っています。

 (創価学会の)現在の組織は根本的な危機に直面しており、大胆な改革を 行わないかぎり、組織の大幅な弱体化は避けられない。また、閉鎖性を弱め、 多様性を許容する新しい信仰を切り開いていかなければ、創価学会が社会的 に評価されることはないであろう。

 おそらく、もっとも重要な検討課題は、現世利益の実現を約束する信仰の あり方を、今どのようにとらえるかという点であろう。ライブドアの事件を 契機に、金だけがすべてという風潮に対する強い批判が起こっている。現世 利益の実現と金だけがすべてという考え方とはどうしても重なって見えてく る。創価学会としても、拝金主義から脱却した新たな信仰のあり方を模索し ていかなければならない状況に立ち至っている。それは、会員の多様化とい う事態とも関係する。豊かさを実現した会員は、現世利益の実現だけでは満 足しない。

 ひたすら経済的に豊かになることを求めるのではなく、社会的な格差の是正 や、安全、安心な社会を実現するためのヒューマンネットワークの再構築・あ るいは教育の再生といったことを、宗教活動の中心に据える必要がある。公明 党の政治活動にしても、利益誘導から脱却し、新しい社会のあり方を提言する 政策政党への転換が求められている。

 近年の創価学会では、創価大学や創価学園が定着することで、教育の充実へ 活動の力点を移している。それは、もともとの形である創価教育学会への回帰 としてもとらえられる。創価学会が学会という宗教団体らしからぬ名称を使っ てきたのも、その底には教育や学術への強い関心が存在するからであろう。日 本の将来を考える上で教育は極めて重要である。創価学会が、創価教育学会的 な性格を強めていくことは、一つの新たな方向性を示すことにもなっていく。

 そうした方向に組織を改革できたとき、社会の創価学会アレルギーも改善さ れることになるであろう。創価学会が成熟した宗教団体として社会的な責任を 果たそうとするなら、国民全体に受け入れられる組織を作り、活動を展開して いく必要がある。それでしか、現在の危機を乗り越えることは難しいのであ る。

576 「創価学会」とは何か。(17)
宗教を否定する宗教
2006年8月12日(土)


 創価学会が日蓮正宗から破門されるに至るいきさつはかなり複雑でその抗争も 十数年続いたようだ。私にはその抗争には興味はない。だたその理由となっている 教義逸脱の内容のうち創価学会の成長の秘密をとく鍵となっている2つ点がある。 その2点は日蓮正宗からの逸脱というばかりではなく、既成仏教そのものからの 逸脱という性格のもので創価学会の急成長を読み解く重要な鍵である。

 宗教によって呼び名は異なるが、全ての宗教は「霊」の存在を自明の前提と していて、それへの信仰が教義の中心にある。もちろん私にとっては霊の存在 などバカ話の類でしかないが、なんと、創価学会も霊の存在を否定していると いう。

 創価学会が、折伏大行進の号令のもと、急拡大を続けていた時代に、折伏の ためのマニュアルとして配られた『折伏教典』では、「霊魂は存在しない」と 断言されている。また、占いや易などについても、「これが今後の自分の人生 を幸福にしていく指針だとするのは、大きな誤りであり、最大の危険である」 として、その価値はまっこうから否定されている。

 創価学会が他の宗教を全て否定して、創価学会だけが科学的だと自賛している根拠は この辺にあるのかもしれない。しかし、霊の否定は宗教の呪縛を解くことにつなが るのではないか。あと、一念三千という教義の解釈から人間洞察としての意義 以上の意味を持たせる認識論的逸脱を取り除けば、創価学会はもはや宗教団体 とは言えまい。そのとき私は、なるほど創価学会は科学的だと認めるのにやぶ さかではない。
 創価学会はいっそうのこと宗教の看板をおろしたらどうか。そうしたとき 真の「人間革命」が始まるのではないか。私にはとても好ましいことに思え る。

 いま、コイズミの愚行を控えて靖国参拝の是非を問う議論が喧しいが、私は 一貫してしらけている。「へえ、皆さん霊の存在を信じているのですかねえ」とまぜっ かえしたくなる。また、戦争で殺されたのは兵士だけではない。戦争によって 殺された兵士以外の人々は問題にならないのか。敗戦直後の混乱と貧困の中で 無念に死んでいった人たちもある意味では戦没者だ。もちろん、日本に侵略された 国々の人たちも含めてだ。それら全ての戦没者はその家族や友人や恋人の心の 中で追悼されているし、それしか本当の追悼はありえない。国家がしゃしゃり 出る問題ではない。国家はひたすらあの無謀な戦争を反省し、被害者に償い、 戦争を起こさない外交や施策に一生懸命邁進するだけでよいのだ。国家による 殺人を正当化するために戦没者を利用するな。
 といっても、現今の政治家どもの志の低さに思い至れば、これも空しいたわ ごとでしかないか。
 本題から外れてしまった。戻ろう。

 霊の否定は同時に仏教がかろうじて存続している理由の祖霊信仰・先祖供養 の否定である。そしてさらに僧侶(寺院)による葬儀の不要を意味する。 事実、創価学会は「同志葬」とか「友人葬」と呼ばれる独自の葬儀形式の確立 に力を入れてきている。これは日蓮正宗から破門されたことに対する対応策な のか、あるいは破門の理由の一つだったのか、時間的前後関係がよく分からな いが、いずれにしても仏教からの逸脱であることに変わらない。この点でも 創価学会は無宗教の宗教というジレンマに直面していることになる。
 宗教から解放されている人々の間では宗教色のない葬儀が当たり前になって きている。創価学会の「同志葬」とか「友人葬」も私にはとても好ましいこと に思える。

 さて、創価学会のこの既成仏教からの逸脱が創価学会の成長の要因の一つだと、 島田さんは分析している。

 創価学会に入会した者には、大石寺の板曼荼羅を書写したものが本尊として 授与される。学会員たちは、その本尊を家庭で祀るために仏壇を購入した。そ の仏壇は、日蓮正宗に特有の形式をもつもので、「正宗用仏壇」と呼ばれる。 一般の家庭では、仏壇に先祖の位牌を祀ることが一般的だが、学会員の仏壇に はなによりも日蓮の曼荼羅が本尊として祀られてきた。その点でも、創価学会 には、先祖供養の要素は希薄なのである。

 そこには、創価学会の会員たちの出自がかかわっていた。彼らは農村部から 都市部へ出て行く際に、実家にあった仏壇をたずさえてはこなかった。そのな かの大半は、祭祀権をもたない次、三男だったからである。彼らには祀るべき 祖先がなかった。それは、彼らが、実家で実践されてきた伝統的な先祖供養か ら切り離されたことを意味する。そうであるからこそ、祖先の霊を中心とした 霊信仰に関心をいだかなかったのである。

 すでに述べたように、創価学会に入会した人間には、戦前の創立当初から 謗法払いが勧められた。謗法払いを行うには、他宗教や他宗派の信仰にかか わる神棚や仏壇などを焼却しなければならない。そうした方法を会員たちが 受け入れたのも、彼らが伝統的な信仰から切り離されていたからである。そ もそも多くの会員は、入会した時点で謗法払いの対象となる神棚や仏壇を 祀ってはいなかった。


 敗戦後、雨後の筍のように乱立した新興宗教のうち信者を多く獲得したのは 創価学会をはじめ立正佼成会や霊友会など日蓮宗関係の教団だった。そも中で 特に創価学会だけがずば抜けていったのはどうしてか。創価学会と立正佼成 会・霊友会との違いを島田さんは次のように分析している。
 創価学会が、日本の社会と衝突をくり返してきたのも、伝統的な信仰をまっ こうから否定したからである。そこから、創価学会の排他性が生み出されてい くことになるが、それを支えたのが、立正佼成会や霊友会にはない二つ目の 特徴であった。

 立正佼成会や霊友会は、創価学会と同様に在家の仏教集団である。その組織 のなかに、出家した僧侶は含まれていない。ただ、創価学会の場合には、その 創立以来、長い間にわたって出家集団である日蓮正宗と密接な関係をもってき た。その時代、創価学会の会員になるということは、そのまま日蓮正宗の信徒 になるということでもあった。その意味は小さくない。

 立正佼成会や霊友会の場合、総戒名に代表されるように、独自の先祖供養の 形式を作り上げたものの、特定の出家集団との関係が確立されていないため、 会員が亡くなったときには、会に独自な形式で葬儀を営むことができない。そ のため、元々の家の宗派の形式に則って葬儀を上げることが多くなり、会へ の信仰を捨てて既成仏教への信仰に逆戻りするきっかけとなる危険性を秘め ている。

 それに対して、創価学会員の場合には、亡くなっても日蓮正宗の僧侶に葬 儀を営んでもらうことができ、生家の信仰へ逆戻りする必要はなかった。そ れは、信仰を継続させることにつながる。日蓮正宗との関係が切れた後にも、 創価学会では、「同志葬」や「友人葬」と呼ばれる独自の葬儀形式の確立に力 を入れてきたが、それには葬儀を契機に信仰を捨てさせないための防御策の 意味合いがあった。

 要するに、立正佼成会や霊友会に比べた場合、創価学会の方が、独自の信仰 を確立する上において、より積極的で、より徹底してきたと言えるであろう。 伝統的な信仰や既存の信仰に対して、創価学会がそれを全面的に否定してきた のに対して、立正佼成会や霊友会では、むしろ融和的で、決してそれらを否定 してはこなかった。

 創価学会の方が、立正佼成会や霊友会よりも勢力を拡大し、社会的影響力を 増したということは、創価学会に集まってきた人々は、より徹底した信仰を 求めたと言えよう。あるいはそこには、自分たちを故郷から追い出し、都市 での新しくはあるが困難の多い生活を強いた社会への、強い反発心が働いて いたのかもしれない。

575 「創価学会」とは何か。(16)
創価学会成長の時代背景
2006年8月11日(金)


 創価学会が急成長して行ったときの社会背景はどのようであったか。
 1950年に勃発した朝鮮戦争が生み出した特需によって日本社会は敗戦後続いてい た不況を脱していく。いわゆる経済高度成長は1955年に始まるとされている。 経済白書が「もはや戦後ではない」とと宣言したのは1956年だった。国民所得 が戦前の水準を上回り、消費革命がはじまる。1960年、首相となった池田勇人 は「所得倍増計画」を発表し、日本の経済成長率は10パーセント平均で推移す ることになる。

 しかし、この高度成長は都市の過密化、農村の過疎化を引き起こし、社会構成に 大きな階層格差を生み出した。「岩波講座・日本歴史第23巻」所収『「高 度成長」と社会構造の変化』(執筆者・星埜惇)から引用する。

 「高度成長」は、さきにみた過密・過疎化をともなう広汎な地域間の人口流 動とともに、戦後日本の階級構成にいちじるしい変貌をとげさせることとなっ た。すなわち、当初における農地改革→地主制解体→→自作農創出、独占資本 の早期的復活強化=国内単一支配は、「高度成長」の過程をへることによっ て、一方では農業部門からの年々数十万人に及ぶ広汎な労働力流出(50年代後 半以降の新規学卒流出・61年以降の世帯主および後継者流出)と、農家の兼業 化を急激に進展せしめ(こんにちでは、すでに800万人をこえる兼業従事者と、 100万人以上と推定される農村居住の労働者を生みだすに至っている)、他方で は、資本家階級の増大とその金融資本との結合による六大企業集団による支 配、個人企業主・自営業者・家族従業者の没落、労働者階級の急拡大とその広 汎な「貧困化」「労働の社会化」を生ぜしめているのである。

 1970年には、資本金10億円以上の巨大企業1300社たらず(企業数の0.28%、 従業員数の29.8%)のものが、すべての法人企業の払込資本金の60%余・固定 資産の65%・総売上の47%を占め、電気業のほぼ100%、船舶製造業・ガス業の 90%以上、鉄鋼業・電気器械業・化学工業等の80%以上の資本を掌握して、日 本の基幹的産業部門をほぼ完全に占拠するに至っている。また、これとともに、 独占による中小零細企業の系列支配とこれによる階層分化・格差拡大がひろくか つふかく進行し、とりわけ55年から60年の間を画期として個人企業主・自営業 者・家族従業者(とくに農林漁業従事者)が減少して労働力人口の過半をわり、 ほぼ三分の一の水準にまで低落した。

 さらに、1950年以降、5年おきに、およそ400万人ずつの労働力人口・就業人 口が増大するなかで、農林漁業従事者をのぞく労働者階級が急拡大して労働力 人口の半ばをこえ、70年には60%に接近する事態がみられるのである。さきに みた農家経済の状態からして、自営業者層のなかにふくまれている農林漁業従 事者の多くが、すでにプロ化ないし半プロ化していることを考慮に入れるなら ば、この事態はさらにドラスティックであるといわなくてはならない。


 高度成長といっても恩恵を受けている労働者は大企業従業者や公務員などだけで あり、農村から都市へと流入してきた圧倒的多数の未組織労働者は低所得の貧 乏生活を強いられていた。「ああ上野駅」(だったかな?)だとか「チャンチ キおけさ」といった歌謡曲はその頃の世相をよく反映していると思う。(私は 東京生まれだがどういうわけか「チャンチキおけさ」が好きなのだ。昔は酔っ 払うとよく歌った。)

 そのような都市に出てきたばかりの生活も身分も不安定な人たちを惹きつけ たのが新興宗教、とりわけ立正佼成会・霊友会・創価学会といった日蓮系、法 華系の新興宗教であった。社会党も共産党も総評や同盟といった労働組合も、 そのような人たちを取り込む施策も魅力も持たなかったといわざるを得ない。 その頃すでに創価学会に完敗している。

 さて、島田さんは創価学会の構成員についての社会学者・鈴木広さんの研究を紹介して いる。(『都市的世界』第五章「創価学会と都市的世界」)

 この本は、創価学会=公明党が言論弾圧事件を起こす1970年に刊行されてい るが、創価学会をあつかった章のもとになったのは、「社会学研究」(東北社 会学研究会刊)に1963年と65年の二回にわたって連載された「都市下層の宗教 集団」「福岡市における創価学会」という論文であった。

 『都市的世界』が刊行される際に、鈴木は、論文執筆後に公明党が参議院選 挙に出馬した事態を踏まえ、1956、59、65、68年に行われた四回の参議院選挙 の際に、公明党の獲得した票をもとに、創価学会が進出し、拡大している地域 についての分析を加え、論文の前半部分を大幅に書き換えている。

 その分析によれば、伸びが著しいのは、都市とその周辺、とくに太平洋ベル ト地帯だが、東京都では頭打ちから減少に転じていて、むしろ東京に隣接した 諸県で増加しているという結果が出ている。鈴木は、この分析から、創価学会 は労働組合と同様に都市型組織であると説明している。

 興味深いのは、論文の元になった1962年7月から9月にかけて福岡市で行われ た創価学会員に対する面接調査の結果の方である。この調査によって、学会員 の属性が明らかにされるとともに、なぜ創価学会が高度経済成長の時代に発展 したのかという謎を解く鍵が明らかになってくるのである。

 調査によれば、福岡市の学会員は、学歴が低く、高卒以上は全体の三割を占 めるにすぎない。多くは小学校や中学校しか出ていない。職業の面では、「零 細商業・サービス業の業主・従業員と、零細工場・建設業の工員・単純労働者 など」が中心である。つまり、創価学会はたんに都市型組織であるというだけ ではなく、論文の副題にもあったように、都市下層のための宗教組織なのであ る。

 鈴木は、調査対象となった学会員の生家の職業と出身地の分布についても分 析を行っている。それによれば、農林漁家と商工自営の家に生まれた者が全体 のおよそ七割に達していて、現在住んでいる場所に生まれた者はゼロに近く、 福岡市内の別の場所に生まれた者を加えても二割に満たないという。福岡市の 外で生まれた者が八割を超え、その大部分は農家の出身であった。市内に生ま れた者の場合、約半分は商工自営であった。

 つまり、学会員となった人間たちは、福岡市に生まれ育ったわけではなく、 最近になって、農村や漁村、山村から福岡市に出てきたばかりの人間たちで あった。彼らは、学歴が低く、そのため、大企業に就職することもできない。 労働者ではあっても、労働組合の恩恵にあずかることができず、未組織の労働 者として不安定な生活を送らざるを得ない境遇にあった。彼らは、都市の下層 階級に組み込まれており、その点について鈴木は、彼らは常に「生活保護世帯 に転落する危険と不安にさらされている」と指摘している。


「手をあげた諸君に約束しよう、この多田皓聖が一カ月後に諸君をみな生活 苦から解放してあげる。ポケットにはいつも千円札がいっぱいあって、後楽 園にいけて、飲み屋のハシゴができて、アルサロにもいけて女給にチップを はずむことができる境涯にしてあげよう。この多田が確約する」

「なにしろ折伏しようや、なあ。われわれがまた四畳半のところに生まれてき て、きたない着物を着て、一生貧乏で暮らしたりするのはいやだもの。生まれ おちると、女中さんが三十人もくっついて、ばあやが五人もいて、年ごろにな れば、優秀な大学の卒業生として、お嫁さんはむこうから飛びついてきて、良 い子どもを生んで、立派な暮らしをする。そういうところへ、つぎには生まれ てこようよ、なあ諸君」

 この多田=戸田の小説中の演説がとてもリアルな響きをもって聞こえてく る。現世利益の宗教とただ否定するだけでは真の批判にはならない。ふたた び引用すると

「現実的世界の宗教的反映は、総じて、実践的な日常生活の諸関係が人びと に対し、彼らの相互間および対自然のすきとおるような・理性的な・諸連関 を日常的に表示する場合にのみ、消滅しうるのである。」(マルクス『資本 論』)

 人間と人間、人間と自然の関係をすきとおるように理性的に明らかにした 上で、戸田が約束するものを凌駕する、すきとおるような理性的な社会 のビジョンを提示する思想や倫理が構築できたとき、宗教は死滅する。

 柄谷行人著「世界共和国へ」(岩波新書)をそのような観点で読んだ。いつか 取り上げてみたい。

574 「創価学会」とは何か。(15)
折伏大行進
2006年8月10日(木)


 戸田が創価教育学会を創価学会と改称した後、創価学会は急激に巨大教団 に成長していく。その過程を年表風にまとめてみよう。

1946年3月 創価教育学会を創価学会と改称し、理事長に就任。 1951年5月3日 理事長を辞し、第2代会長に就任。  就任式は向島の日蓮正宗寺院、常泉寺で行われた。戸田は、集まった 1500人の会員の前で、「私が生きている間に75万世帯の折伏は私の手でする。 もし私のこの願いが、生きている間に達成できなかったならば、私の葬式は 出してくださるな。遺骸は品川の沖に投げ捨てていただきたい」と宣言した という。このときの会員数は1000世帯ぐらいと推定されている。

 このときの戸田の宣言は「折伏大行進」と呼ばれた。これをきっかけに 会員の布教活動が活発になり、創価学会は急激に大きくなっていった。
1951末の時点で5700世帯にまで増える。
1953年には70,000万世帯
1954年には160,000万世帯
1955年には300,000万世帯
1958年4月2日 戸田城聖死去。この年会員数は1000,000世帯に達している。

 その後、
1960年には1500,000世帯を超える。
1964年(東京オリンピック開催)5000,000五百万世帯を超える。

 この急激な成長の要因は何であろうか。島田さんは

(1)経済的下層の人たちを惹き付ける戸田の性格と演説
(2)高度成長期間という時代背景
(3)伝統的は仏教信仰を否定している創価学会の特異な教義

の3点から分析している。

 第1点について、島田さんが引用している戸田の演説を列挙してみよう。

 まず島田さんは戸田の話しぶりがその野太い声、ざっくばらんな語り口が 「田中角栄元首相の演説を彷彿とさせる」と指摘している。戸田の演説を記 録したレコードを聞いて、島田さんは次のように述べている。


 一番驚かされるのは、戸田が明らかに酒を飲みながら講演を行っている点で ある。街の酔っ払いがくだを巻いて滔々と自説を披露することがあるが、戸田 のはまさにそれだった。(中略)しかも、ある講演のなかで、その時点で刊行 間近だった彼の『人間革命』についてふれ、一所懸命書いたのでベストセラー にしてくれと会員たちに訴えるとともに、前半の部分はまったくのでたらめだ とさえ言い放っている。すでに指摘したように、「人間革命」は、誰かの代作 によるものと思われるが、…

 次は、創価学会に入信した経験をもつ小説家の志茂田景樹の『折伏鬼』 (文春文庫)という小説からの引用だが、島田さんは「これは小説であると は言え、著者の経験が反映されており、戸田の講演をリアルに伝えてくれて いると考えていいだろう。」と述べた上で、次のような引用をしている。

 主人公で著者の分身である「私」は、中学一年生だった1953年、東京の中野 で、見ず知らずの中年女性から中野公会堂の講演会に誘われる。ついていくと、高い声で興 奮してしゃべる女性の後に、多田皓聖(こうせい)が登場した。この多田のモ デルが戸田である。

 多田は聴衆にむかって、
「このなかで、あした食べるパンもないというのは いるか、ええっ」と問いかけた。しかし、誰も手を上げない。そこで多田が 「こうして、ここから見てたって、気息えんえんて感じのがうようよいる。 遠慮しねえで、ほれ、手をあげてみなったら」
と呼びかけると、あちこちで手が上がった。
 その光景を見て満足そうだった多田は、
「手をあげた諸君に約束しよう、この多田皓聖が一カ月後に諸君をみな生活 苦から解放してあげる。ポケットにはいつも千円札がいっぱいあって、後楽 園にいけて、飲み屋のハシゴができて、アルサロにもいけて女給にチップを はずむことができる境涯にしてあげよう。この多田が確約する」
と言い放ったのである。

 生活苦からの解放を請け合う代わりに、一日一人を折伏し、一日三時間題 目をあげることを聴衆に約束させた。そして、折伏に行くにも金がないのを 見越して、
「あす食べる米もない諸君は、折伏にいく電車賃も当然おしかろう。金は折 伏する相手に借りるんだ。必死に折伏すれば、相手は信心しなくても金は貸 すよ」
と言って、彼らを笑わせた。そして多田は、次のように庶民の夢を語った。
「なにしろ折伏しようや、なあ。われわれがまた四畳半のところに生まれてき て、きたない着物を着て、一生貧乏で暮らしたりするのはいやだもの。生まれ おちると、女中さんが三十人もくっついて、ばあやが五人もいて、年ごろにな れば、優秀な大学の卒業生として、お嫁さんはむこうから飛びついてきて、良 い子どもを生んで、立派な暮らしをする。そういうところへ、つぎには生まれ てこようよ、なあ諸君」

573 「創価学会」とは何か。(14)
「生命論」批判(6)末法史観
2006年8月9日(水)


 末法史観(末法思想)とはつぎのようです。

 シャカが亡くなってからの時期を正法(しょうぼう)・像法(ぞうぼう)・末法(まっぽう) の三つの時代に分ける。
 正法時代は仏の教え・修行・悟りの三つがそろっているが、次の像法時代は 教え・行だけが残って悟るものがいなくなり、さらに末法時代になると教え だけが残って行も悟りもなくなるという。さらにその後は法滅(ほうめつ) の時代となり教えすらなくなるという。
その期間については、<正法500年、像法1000年>とする説と、<正法1000年、像法500年>とする説と、<正法1000年、像法1000年>とする説がある。
 はじめの2つの説の場合はシャカが亡くなって1500年目が末法ということにな り、1052(永承7)年がそれにあたると考えられていたという。これによると BC448年をシャカの入滅年としていることにる。武家が台頭し始めた時期であ る。以後時代は戦乱・天災・疫病が続きまさに末法の時代というのにピッタリ の状況にになっていった。
 仏教学者・中村元説ではシャカ入滅をBC463年80歳となっている。現在では シャカの入滅はBC5世紀~BC4世紀というのが定説のようだ。

 またまた「開目抄」の拾い読み。

『此は教主釈尊・多宝佛、宝塔の中に日月の並ぶがごとく、十方分身の諸佛、 樹下に星を列(つらね)たりし中にして、正法一千年、像法一千年、二千年 すぎて末法の始に、法花経の怨敵三類あるべしと、八十萬億那由他の諸菩薩 の定給し、虚妄(こもう)となるべしや。當世は、如来滅後二千二百余年な り。』

 これによると日蓮は<正法1000年、像法1000年>説を採用して、日蓮の生 きていた時代(1222年~1282年)は末法約200年と言っている。梅原さんによると、 日蓮はシャカの入滅BC949年という説(周書異記)を採用しているいるそうだ。 すると<正法1000年、像法1000年>としなければ、日蓮の時代が末法時代ど真ん中 にならない。そうすれば結果的に1052年から末法という説と大体同じになり、いずれ にしても日蓮の時代は末法約200年ということになる。

 正法、像法の期間についての三つの説のどれを採用したにしても、鎌倉期を 末法時代にするためには数字合わせをするしかないだろう。私にとってはどう でもよいことに思えるが、梅原さんは創価学会(日蓮)批判の一つとして取り 上げている。

 日本の鎌倉仏教の創始者たちは、いずれもフルにこの末法史観を利用した。 法然も親鸞もこのような末法意識のもとに立ちつつ、正像法時代の自力教に 対して他力教の教えを打ち出して行った。末法の人たちは、かつての人のよ うに難解な教義や修業は不必要であり、ただ南無阿弥陀仏ととなえていれば 救われるというのである。

 日蓮にあっても同様である。彼は末法の意識によって天台智顗の一念三千の わずらわしい教説を理の一念三千として退け、南無妙法蓮華経と、法華経礼賛 の言葉をとなえるだけの御題目の口称を事の一念三千として、末法の信仰とし たのである。

 日蓮はこの歴史哲学を種・熟・脱の思想で考える。仏に会って衆生が始めて 説法を聞き仏心を持つのを種といい、その仏心が永い間に養育されて熟して行 くのを熟といい、最後に真に仏になって成仏するのを脱というのである。正法 時代の人達は大昔に救いの種を受け、永い間調熟されてシャカの教えによって 成仏したが、像法の時代の人達は天台大師の理の一念三千の教えによって、調 熟しつつ成仏した。しかし末法の時代はもはや人の心に成仏の種がまかれてい ないので一ペんで種を播き、一ペんで実を熟せしめ、一ペんで脱せしめる教え が必要である。南無妙法蓮華経をとなえれば一度に成仏出来るというのである。

 創価学会はこの日蓮の末法史観をそのまま採用する。日蓮は仏入滅が紀元前 949年にあたるという周書異記の説を採用し、この説を基本にして彼の時代が 仏滅後2200年、つまり末法に入って200年であると考える。こうした歴史意識に 彼の批判精神が支えられているのであるが、現在の仏教学者は大体シャカの入 滅を紀元前五世紀か四世紀にしている。つまり、このような科学的仏教史学の 立場に立って計算すれば、日蓮の思想の基礎である現在は末法二百年の危機的 な時代であるという歴史認識はまちがった仮説の上に立っていたことになる。

 日蓮にもっぱら依存する創価学会は仏滅の時代についても明確に結論しないの である。『折伏教典』では仏滅は今から約三千年前と言い、東京大学法華経研 究全編『日蓮正宗創価学会』ではシャカの入滅の事実に関して日蓮説と新しい 仏教学者の説の両方をあげ、どちらが良いとも断定していないのである。ここ におそらく創価学会会員として会の教説を認めねばならぬという立場と、東京 大学学生として近代科学の成果に忠実であろうとする立場との矛盾があらわれ ているであろうが、私はなぜ勇敢に科学的文献学の成果を採用出来ないかと問 いたいのである。科学によって否定されるような宗教はさっさと否定されるがよい。宗教は近代科学の認識によっても否定されるようなチャチな ものではないのである。


 創価学会が時代の変化を考慮せずにバカ正直に日蓮の思想に忠実であるた めに現在の科学的な諸成果にも目をつぶってしまう独善性・排他性、これ が梅原さんの批判の眼目だろう。独善性・排他性は全ての宗教が陥る陥穽だ。 宗教にそれを克服する力はあるのだろうか。私は懐疑的だ。

 梅原さんの創価学会批判の結語を読もう。

 創価学会はあまりに日蓮に執着し過ぎるのである。日蓮はすでに彼の法華経 への執着によって仏教をあまりにも狭く解釈したが、創価学会は日蓮にあまり に執着することにより、現代では適用出来ない日蓮の教義すら絶対の真理とし て執着するのである。ちょうど日蓮が末法史観によってシャカの宗教からの脱 却を計ったように、現在再び、すぐれた時代意識を持って、表面においてはと にかく、裏面においては日蓮の時代遅れになった教義からの脱却を計ることが 必要ではないか。戸田はすぐれた日蓮解釈家であっても、すぐれた体系的思想 家でなかったように思われる。日蓮自身はあらゆる迫害にたえながら孤独に思 索を進めた思想家でもあった。

 日本における最大の集団にふくれ上った創価学会はもはや衆のいきおいをた のんでシャニムニ政治に進出しようとすべきではなくして、一歩退って、一体 日蓮の教説がどの程度まで、現代世界の要請に答え得るか、七百年前の一日本 のナショナリスティックな宗教家の思想が、いかなる修正をへて原水爆時代の 世界宗教になり得るかを真剣に思索すべきではなかろうか。

(中略)

 平和が人類の最大の目標であるのに、様々な排他的な精神が平和に対する脅 威を与える現在、仏教の持つ普遍的な生命重視の教え、排他性のない慈悲の教 えがヨーロッパの科学理性の立場と結合する事により、新しい社会の指導原理 が生れるのではないかと思うが、それには一切の伝統をいまや自分の立場で考 え直すという厳しい精神が必要であろう。こうした思想的状勢から再び仏教が 見直されるべきであろうが、創価学会はこうした状勢に答えるにはあまりにも 排他的であり仏教的でなさすぎると思うのである。本来普遍的な生命論であっ た日蓮の教えが、あまりに狭い法華経への依存によって排他的な善悪主義に堕 してしまっているのである。

 こうした非仏教的仏教に反対して、私はもう一度大乗仏教の精神に返って仏 教再生の道を考えてみたい。慈悲の教えを阿修羅の如く語る道ではなく、慈悲 の教えを仏の如く語る道がないものか。私は当分探究の道を続けたい。身命を 惜しまずという言葉は、大げさにいうべき言葉ではないのである。

572 「創価学会」とは何か。(13)
「生命論」批判(5)天につば吐く所業
2006年8月7日(月)


再び「開目抄」を拾い読みする。

『後漢の永平に、漢土に佛法わたりて、邪典やぶれて内典(ないでん) 立(たつ)。内典に南三北七(なんさんほくしち)の異執をこりて、蘭菊なりしかども、陳・隋の 智者大師にうちやぶられて、彿法二び群類をすくう。』

 「智者大師」は智の別称である。「南三北七」は南北朝時代の教判説。 智の教判説が諸説を打ち破ったと言っている。

『其後、法相宗・真言宗天竺よりわたり、華厳宗又出来せり。此等の宗々の 中に、法相宗は一向天台宗に敵を成(なす)宗、法門水火なり。しか れども玄奘三蔵・慈恩大師、委細に天台の御釋を見ける程に、自宗の邪見ひる がへるかのゆへに、自宗をはすてねども、其心天台に帰伏すと見へたり。』

 法相宗も真言宗も華厳宗もその宗門は捨てなかったが、天台宗の教義が正しい ことを認め、心の中では天台宗に帰依していたと言っている。

『花厳宗と真言宗とは、本は権(ごん)経権(ごん)宗なり。善無畏(ぜんむい) 三蔵・金剛智(こんごうち)三蔵、天台の一念三千の義を盗(ぬすみ)とて、 自宗の肝心とし、其上に印と真言とを加て、超過の心ををこす。其子細をしら ぬ学者等は、天竺より大日経に一念三千の法門ありけり、とうちをもう。花厳 宗は澄観(ちょうくわん)が時、花厳経の「心如工晝師(しんにょくゑし)」 の文に、天台の一念三千の法門を偸入(ぬすみいれ)たり。人これをしらず。』

 花厳宗や真言宗の経典にも一念三千の教義があるが、それは天台宗からこっそ りと盗んだものなのだと言っている。

 日蓮は智に心酔忠実のあまり、他の宗派をことごとく誹謗し否定する。かの有名 な四箇格言(しかかくげん)に言う。「念仏無間・禅天魔・真言亡国・律国賊」。 法華経信仰以外に末法の世を救う道はないと主張している。

 日蓮が智に忠実であったように、創価学会は日蓮に忠実だ。他宗派を 攻撃し貶める愚もそっくり真似をする。このことについての島田さんと梅原 さんの批判文を一ヶ所ずつ引用しよう。

 他宗教や他宗派を批判した部分は、かなり断定的で、教義を正確に理解した 上での批判にはなっていなかった。たとえば、浄土宗や浄土真宗については、 「他力本願であり、まったく非科学的な教えを説く。ゆえに生命力を弱め、消 極的な不幸な人間をつくるのである」と述べられていた。

 日蓮宗の総本山、身延山については、「日蓮大聖人とも日興上人ともぜんぜ ん関係のないニセモノの日蓮宗になっている。霊友会や立正佼成会のようなイ ンチキ宗教の会員を登山させて、多額の寄付をうけ、謗法(ほうぼう)の供養 をうけて喜ぶような怪山」となっていると断定されている。

 キリスト教については、「宗教の究極である生命に関して」「まったくお話 にならない教義を立てている」とされていた。キリストの復活については、 「たんなる科学の常識から考えても、まことにバカらしい話である」と批判 され、「キリスト教の天国など、仏教にあてはめると、方便権教の念仏でいう 西方浄土の架空のたとえ話にすぎない。死んでから天国など、まったくのつく り話である」と切って捨てられていた。

 こうしたひどく単純化された批判によって、他宗教や他宗派を信仰する人間 を折伏できたかどうかはわからないが、ほとんど宗教について知識のなかった 創価学会員たちは、『折伏教典』に書かれていることをそのまま信じ、自分た ちの信仰を絶対のものと考えて、折伏に邁進した。そして、創価学会は、新し く会員となった人間に、他宗教や他宗派にかかわる神棚や仏壇、札などを処分し、 それを焼却する謗法払いを実践させたのだった。


 目くそが鼻くそを笑っている。天に吐いたつばは自らの顔にふりかかる。
 「非科学的な教え」も「ニセモノの日蓮宗」も「まったくお話にならない教義」も 「たんなる科学の常識から考えても、まことにバカらしい話」もすべてそのまま 創価学会自らへの批判としてピッタリだとは気づかないところが、さらにひどい 迷妄に陥っているというほかない。

 創価学会はこうした伝統(日蓮)の教理の上に立つ。しかも日蓮のこの教説 を富士大石寺を本山とする日蓮正宗の立場を通じてのみ解釈するのである。 したがって日蓮宗の中でも他の宗派はすべて邪であり、日蓮正宗だけが正であ ることになる。

 学会によって書かれた日蓮宗の歴史を読むと他の派の坊主たちはどんなに低 劣でインチキな性格を持ち、一方日蓮正宗の坊主たちがどんなに高い人格を持 ち、どんなに正しい信仰を保持して来たかが明らかになる。奇妙なことにはあ らゆる人間に及ぶ慈悲の教えである一念三千の生命論が、ここでは全く排他的 な善悪主義に堕してしまっているのである。

 あらゆる人間はおろか、山川草木までに一様に生命の顕現をみる崇高な思想 が、ここでは、あまりに狭い教義により、あまりに単純に善悪を分ける倫理主 義に化してしまっているのである。日蓮は時々奇妙なことを言う。法華経を 信じない人間は殺してもかまわないとか、念仏者や禅僧の首を切ってしまえ とか言う。これは彼の生命論の前提である普遍的な生命に対する慈悲の精神 と矛盾することになるのではないか。創価学会は根底において普遍的な生命 論の立場をとりながら、実際には安価で無根拠な善悪主義に支配されること になるのではないか。


 梅原さんの論文が書かれたのは1964年で、この頃は日蓮正宗と創価学会は 持ちつ持たれつの蜜月の時代だった。1991年に創価学会が日蓮正宗に破門 された後2002年、創価学会は会則を改定し、会則から日蓮正宗の記述は削除し ている。

改定前
『日蓮正宗の教義に基づき、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰 ぎ、日蓮正宗総本山大石寺に安置せられている弘安二年十月十二日の本門戒壇の大御本 尊を根本とする』

改定後
『日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぎ、一閻浮提総与(いちえんぶだいそうよ) ・三大秘法の大御本尊を信受し、日蓮大聖人の御書を根本として日蓮大聖人の 御遺命たる一閻浮提広宣流布を実現することを大願とする』

 日蓮正宗と張り合うためか、おそろしく仰々しくなっている。
 ところで、改訂版に「末法」という言葉が出てきた。末法史観は、日蓮宗に限らず、 すべての仏教宗派の教義の重要な鍵の一つとなっている。いや仏教に限らず、 キリスト教やイスラム教において同じである。ただし、キリスト教やイスラ ム教では「終末論」と呼ばれている。次回は「末法史観」を取り上げよう。

571 「創価学会」とは何か。(12)
「生命論」批判(4)戸田の「生命論」
2006年8月6日(日)


 「第565回 7月31日」で取り上げた戸田の「獄中の悟達」に戻ろう。
 戸田が深く悩んだといっている無量義経徳行品第一の一節の34個の「非ず」は 次のようである。

其の身は有に非ず亦無に非ず
因に非ず縁に非ず自他に非ず
方に非ず円に非ず短長に非ず
出に非ず没に非ず生滅に非ず
造に非ず起に非ず為作に非ず
坐に非ず臥に非ず行住に非ず
動に非ず転に非ず閑静に非ず
進に非ず退に非ず安危に非ず
是に非ず非に非ず得失に非ず
彼に非ず此に非ず去来に非ず
青に非ず黄に非ず赤白に非ず
紅に非ず紫種種の色に非ず

 言語による直接の表現が困難なとき、否定を積み重ねることによって対象を 浮かびあがらせようという仏典特有のレトリックである。とても深遠そうに思 えてくるが、惑わされていけない。前々回に掲載した寿量品に次のような一文があった。

『如来は、三界が生ずることもなく、滅することもなく、消滅することも 出現することもなく、有でもなく無でもなく、実在でもなく非実在でもなく、 如でもなく異でもないことを知見し、凡夫が三界を見るようには三界を見ず、 これらのことをあやまりなく明らかに見るのである。』

 これも同じことを言おうとしている。つまり如来は全宇宙に偏在している といいたいのだ。

 戸田は深く悩み思索した結果、「仏とは生命である。自分の命にあり、また 宇宙の中にもある、宇宙生命の一実体である」と直観したといっている。一念三千 と久遠実成を統合した生命論ということになる。
 「仏とは生命である。自分の命にあり、また宇宙の中にもある」までは同意できる。 そこから「宇宙生命の一実体である」と飛躍するのは真理から誤謬に転落する踏み外し である。

 梅原さんは一念三千を見事な人間洞察として評価する一方、シャカを「永遠 の生命」の象徴とする日蓮の生命論をも肯定している。従って日蓮を忠実に継 承したと称している創価学会の生命論をも肯定することになる。

 このように考えると日蓮の思想の眼目は普遍的にして永遠な生命論というと ころにあるように思われる。こうした普遍的にして永遠な生命とその生命への 慈愛こそ、たしかに日蓮が言うような大乗仏教の眼目であり、私は創価学会と ともにこの生命論を世界の思想を救済する可能性を持つ思想と思うのである。

 ただし『こういう普遍的生命の思想がただ法華経という一経典にのみ表現さ れている、したがってこういう精神に達することが出来るのは、ただ法華経 信仰によってのみ可能であるという』排他的な立場に梅原さんは反対して強く 批判している。
 この排他性も日蓮の思想の忠実な継承だ。このことは後にまた取り上げよう。

 さて、私は「永遠の生命」という思想を肯定する梅原さんの考えには反対を 表明せざるを得ない。生命は物質と無関係なものとしたり、生命は死後も存在するとしたり 、さらには飛躍して自然=生命、宇宙=生命であるというような考えは、科学的な認識 論からすれば相対的誤謬に過ぎない。誤謬を思想の根幹にするわけにはいかない。 それは宗教のアヘン性へとつながる。誤謬は人類を麻痺させるが、人類を救う ことはできない。
 「第542回 7月3日」、 大川隆法の教義の「神」を「自然」と置き換えて みた上で述べたことを補充したい。

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「自然とは、私たち以外の別のところにある他者ではなく、私たちを存在せしめ ているところのひとつの高次の摂理なのです」

「私たちは、自分自身が自然の一部であり、自然の自己表現の一端をになってい ることに、生き方や思想の根拠を置くべきなのです」

 これはもう宗教的な理念ではなく科学的な理念だ。全ての宗教を包含する「普遍 宗教」というものがあるとすれば、その宗教の神は自然にほかならないのではない か。地上から浮遊してさまよい続けた挙句、霊(こころ)は本来のあるべきとこ ろ、この地上に戻ってくる。神秘めかした言説を一片なりとも必要としない。

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 ここで私は決して自然=生命と言おうとしているわけではない。人間も含めて 全ての生命は自然の一部に過ぎず、それ以上でもそれ以下でもないと言っている つもりだ。吉本さんが愛用する言葉で言えば「「死ねば死にきり自然は水際立 っている」ということだ。私は次の三浦つとむさんの科学的な生命論の立場をと る。

 「すべての存在はそれなりの限界を持つと同時に、それを超える可能性も また与えられている。われわれの生命は死によって失われてしまうが、身体 を構成する物質は分解して自然の中へとけこんでしまうのであって、無に 帰るわけではない。そしてこれらの物質は、またいつかの時代に、与えられ た条件の中で、生命を生み出す可能性を失ってはいないのである。

 この限界を固定化すると、生命は物質と無関係なものだという切りはなし た解釈になり、限界を無視して延長すると、生命は肉体の在り方と関係なく 死後も存在するものであって、自然すなわち生命であり、宇宙すなわち生命 であるというような、創価学会的生命論になってしまう。


 誤謬は人類を救えない。自然に対する透徹した冷厳な認識からしか真に人類 を救いうる思想は紡げない。生命は限りあるものであるからこそ私たちに倫理として 生命を慈しむ心が芽生える。
 「悟り」というような現実と切り離された心的状況、心の平安を欲する人を 否定したり非難したりするつもりは毛頭ないが、人類を救うる思想とは、 現在人類が直面している現実的な問題と真正面から向き合うものでなくては なるまい。宗教や民族という憎悪し合う共同幻想が引き金となって絶え間なく 起こる戦争という殺戮・破壊。野放図な資本の論理も戦争の大きな要因だ。 その資本主義は同時に生命をも脅かす環境破壊や人間を奴隷のように貶める 経済格差という醜悪な欠陥をますます露にしている。人類を救いうる思想 はそれらの問題を包摂するものでなくてはならない。その可能性は、例えばロールズの「正義」や「公正」や「寛容」、あるいは 「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱え」というカントの格率な どが指し示す方向にあるだろう。その方向に私が見るのは、あまり同意が得ら れそうもないので小さな声で、リバータリアン社会主義だ。
570 「創価学会」とは何か。(11)
「生命論」批判(3)日蓮の法華経解釈
2006年8月5日(土)


 日蓮が法華経、特にその中の寿量品を最重要視した理由を、梅原さんの解説 を頼りにたどってみる。
 日蓮が法華経、特に寿量品の思想に執着するのは二つの理由によるものと 思われる。その一つは彼が学んだ天台宗比叡山の教理である天台智の五時八 教の教説に彼が余りに忠実であった結果であり、もう一つは彼が仏教の本家本 元であると考えたシャカを余りに愛しすぎた結果であろう。

 伝教大師最澄は腐敗した奈良仏教に対し、新しい革新的な仏教の教理をさが していたが、彼は法華経を正依の経典とし、五時八教、一念三千という巨大な 思想体系をたてた天台智の教理に新しい仏教革新の原動力をなす思想をみつ け出した。祖師最澄に対して大変忠実でもあった日蓮にとって、あくまでそこ で学んだ天台の教学こそ絶対的な真理であるかのようであった。


 「五時八教」については前々回に書いた。では「一念三千」とはどういう思 想か。
 一念三千とは一瞬の生命に三千の世界が宿っているという思想である。

 つまり仏教では十界、すなわち地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天という六道 の世界に、声聞、縁覚、菩薩、仏という四つの悟りの世界を加えて十の世界を 考えるが、この十の世界がそれぞれにまた十の世界を持っている。つまり地獄 の世界にも仏の世界があり、仏の世界にも地獄の世界があり、結局この世界は 十かける十すなわち百の世界があるが、百の世界はまたそれぞれに十の様相を 持っている、しかもその百かける十、千の様相にはそれぞれ五陰、衆生、国土 という三世間を有し、結局一瞬のわれわれの生命の中に三千の世界が宿ってい るというのである。


 寿量品に「無量無辺百千万億ナユタ劫」とか「五百千万億ナユタ無数の三千 大千世界」とか膨大な数が出てくるが、さすが「0(ゼロ)」を発見したインド の思想らしい。10×10×10×3=3000 で三千世界という算数がでてくるところも インド生まれらしい。
 しかし、このような教説は世界図式としてみる限りは新新宗教のバカ話とほ とんど違わない。思想として抽出するに値するのは、次のような点だ。
 地獄だの仏だのというものは、別にわれわれの心の外に実在しているもので はなく、われわれが心で感じる苦悩が地獄そのものであり、われわれが心で感 じる喜びが天そのものであり、しかも地獄の心を持つ人の心の中にもどこかに 仏の心、純粋慈悲の心があり、仏の心を持つ人の心の中にも煩悩をあらわす餓鬼 の心や、怒りをあらわす修羅の心があるというのである。

 つまり梅原さんは一念三千を人間洞察として読み取っている。この人間洞察 は見事である。
 私は一念三千の思想は仏教の生んだ偉大なる精神の研究であり、フロイドの精 神分析以上の偉大なる思想の萌芽をそこにみるのであるが、日蓮はここでは唯人 間ばかりか、山川草木も心があるというのである。

 この天台智によってとなえられた一念三千の教えが、特に日本に受け入れ られたのは、日本に古くからある草や川にも生命のあらわれをみるアニミズム の思想が受け入れの母体をなしたからであると思うが、心のやさしい日蓮には、 二乗どころか山川草木にまで仏心をみる法華経の教えが最も正しいものに写っ たに違いない。


 上記引用文中に「二乗」という言葉が出てきた。これはどういうことか。

 直接シャカの教えを受けた弟子たちを声聞(しょうもん)・縁覚(えんがく)呼ん でいる。これらの弟子たちは自分だけ悟りの彼岸へ渡ろうとした。そのときの 乗り物を「声聞乗」「縁覚乗」といい、あわせて「二乗」と呼ぶ。
 全ての人を悟りの彼岸へ導こうとする諸大乗仏典はこの二乗に対して「菩薩 乗」を対比させ、自分たちの教義を「大乗」と呼びシャカの直接の弟 子たちの教義を「小乗」と呼んで否定した。

 しかし大乗仏典のうち法華経だけは二乗を否定はせず、菩薩乗も合わせた それら三乗は大乗という一乗に帰一すると主張している。一乗とは「一仏乗」 ともいい、だれもが仏になれる乗り物のことを指している。

 梅原さんの詳しい解説を読んでみよう。

 二乗作仏というのは、声聞、縁覚でも仏になることが出来るという思想で ある。声聞とはシャカの教えを直接聞いてさとりを開いたシャカの直弟子で あり、縁覚とは一人で因縁の法により悟りを開いた弟子たちであり、こうし た弟子たちが仏になるのはあたり前のことのようであるが、多くの大乗経典 では声聞、縁覚は仏になれないという。というのはシャカが死んでしばらく は直弟子たちを中心として自己の煩悩を絶って静寂な悟り、すなわち涅槃の 境地に入るという現世否定的自己救済的な教えが流行したが、紀元前一世紀 頃から大乗仏教運動という宗教改革運動がおこり、かつての現世否定的自己 救済的な教えを否定し、現世肯定的他人救済的な教えを説いたのである。そ のために大乗仏教は直弟子によってとなえられた教えを否定し、直弟子では 真の仏になれないと断定しなくてはならなかった。

 大乗経典はシャカが死んでから何百年かたった後にシャカの説の名のもと でさかんに製作されて行くが、そこでは直弟子舎利弗(しやりほつ)・迦葉 (かしよう)等はクソミソにやっつけられる。これは情深い日蓮にとってま ことにけげんなことであったに違いない。なぜならば舎利弗や迦葉は一生シャ カに忠実につかえ、弟子としてのつとめを立派にはたしたはずなのに、悪人 のようにクソミソにやっつけられているのである。ところが法華経は多くの 大乗仏教経典に反して、二乗ですら成仏出来るという立場を取る。このこと は日蓮をして法華経の価値を信じさせるのに十分であったようである。いか に教義解釈が違っているといえ、あれほど師匠思いの舎利弗が成仏しないの は可愛想ではないか。二乗作仏を説く法華経だけが真実の教えではないか、 と日蓮は考えたのであろう。


 前回の宿題がもう一つある。「久遠実成」とは何だろう。
 これは「一仏乗」と並んで法華経の思想の根幹を成す思想である。寿量品 に書かれている。

 シャカはクシナガラで亡くなるが、それは仏に甘える凡夫の目を覚まさせる ために仮に亡くなったふりをしてみせたのであり、本当は永遠の仏として 存在していると、寿量品では説いている。
 これも梅原さんの解説で補強する。

 法華経ではここ(寿量品の前)まではまた歴史的実在としてのシャカが説法 していることになっている。ところが寿量品で突然シャカは奇妙なことを言い 出すのである。

 実は自分は浄飯王の子で十九歳で出家し、三十歳で悟りを開いた歴史的実 在としてのシャカではなく、宇宙が始まって以来永遠の昔から仏としてこの シャバでこのように説法していると言うのである。そして自分は死ぬかもし れないが、それによって自分の存在が無くなってしまうのではなく、生命の 尊さを教えるために仮りに姿を隠しただけのものであり、彼を求める人間の すぐ近くにいつも居るというのである。

 この思想を日蓮は不可思議至極の思想とするけれど、この逆説、この不可思 議こそ正に仏教の中心だというのである。つまりシャカはここでは永遠の生命 の象徴であったわけであり、その永遠の生命こそ、日蓮が仏教の中心と考えた ところである。

 以上の日蓮(法華経)の教義を簡単にまとめると、法華経に帰依して一仏乗 に乗り、シャカに導かれて仏になることを勧めていることになる。
569 「創価学会」とは何か。(10)
「生命論」批判(2)法華経・寿量品
2006年8月4日(金)


 日蓮の教義に深入りするつもりはないのだけれども、創価学会の生命論批判 のために必要な最小限の知識を仕入れておくことにする。

 手元に岩波日本古典文学大系の「親鸞集 日蓮集」がある。日蓮集の中の 「開目抄」を読んで…いや、とてもまともに読む気はしない。日蓮による 法華経解釈の根幹と思われる部分を拾い読みした。

『この経に二十の大事あり。(中略)一念三千の法門は、ただ、法華経の本門、 寿量品の文の底にしづめたり。竜樹(りゅうじゅ)・天親(てんじん)知て、 しかもいまだひろいいださず、ただ、我が天台智者のみこれをいだけり。』

 竜樹と天親はインドの大学僧で、天台智者とはもちろん前回登場の智顗のこ と。寿量品に隠されていた重要な教義「一念三千」を智顗だけが見出している という。

『ここに、予、愚見をもて、前四十余年と後八年との相違をかんがへみるに、その 相違多しといえども、先ず世間の学者もゆるし、我が身にも、さもやとうちを ぼうる事は、二乗作仏(にじょうさぶつ)・久遠実成(くをんじつじょう)な るべし』

 前回解説した「五時八教」でのシャカの人生50年の五区分を、法華経に割り 当てた最後の8年と、それ以外の経典に割り当てた先の42年に分けて「前四十余年 と後八年」と言っている。法華経が他の経典と違って優れている点は「二乗作仏」と 「久遠実成」という教義2点のゆえだと言っている。

 どうやら日蓮は法華経の中の「寿量品」を重視している。また日蓮による法華経解釈の キーワードは「一念三千」「二乗作仏」「久遠実成」の三点のようだ。この三点は 法華経の優れていることを説く場面で繰り返し繰り返し出てくる。
 「寿量品」重視のことと三つのキーワードについては、梅原さんの解説に頼ること にする。

 が、その前に「寿量品」を読んでおくことにする。(気まぐれの思い付きで す。煩わしければ飛ばして下さい。)
 筑摩の世界古典文学全集の「仏典Ⅱ」の口語訳の法華経から、「寿量品」を 全文掲載することにした。長いですが、興味のある人は読んで みて下さい。有名な「名医のたとえ話」が含まれています。

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568 「創価学会」とは何か。(9)
「生命論」批判(1)智顗の「五時八教」説
2006年8月3日(木)


 日蓮はシャカが語った無数の教説のうちで法華経を唯一の正しい教説として 独自の宗派をつくった。この日蓮の教説を継承している既成教団は大石寺を本山と する日蓮正宗、身延山を本山とする日蓮宗、その他顕本法華宗、法華宗(陣門流)、 法華宗(本門流)などがあり、新興宗教としては霊友会、立正佼成会、創価学会 がある。
 既成宗教のうちでは日蓮を正しく継承していることを強く主張しているのが日蓮 正宗であり、日蓮正宗によると既成・新興を問わず他の全ての宗教は邪教である。 宗教教団同士は、程度の差はあっても、お互い邪教呼ばわりしあっているのだろ うが、日蓮正宗が一番過激なようだ。
 創価学会の教義はこの日蓮正宗による日蓮解釈によっていた。つまり創価学会は、 日蓮正宗の教義・信仰を逸脱したとして、1991年に日蓮正宗に破門されるまでは 日蓮正宗の門徒集団だったということになる。

 このように、新新宗教の教義が古今東西の既成宗教の教義のゴッタマゼの創作 物なのに対して創価学会の教義はもっぱら日蓮の教説よっている。従って創価学会 の「生命論」の批判は、まずは日蓮の「生命論」そのものの批判ということにな る。
 まず、シャカの無数の教説のうちから唯一の正しい教説として、日蓮がなぜ 法華経を崇拝するに至ったのか、その理由を簡単にたどってみる。

 日蓮は天台宗比叡山で修行している。その天台宗は周知のように伝教大師最澄 が開いた宗派だ。そしてその教義は中国天台宗の大成者・智顗(ちぎ)の教義に もとづいている。

 この智顗という人、多くの宗教家にとってあこがれの人のようだ。大川隆法の誇大妄想の中に登場していた。

『いまから一千数百年前に、天台智顗が、中国の天台山で一念三千論を説いてい たのですが、そのとき、霊天上界において、彼を指導していたのは、実は、ほか ならぬこの私でした。』(「540 新新宗教批判(7)」参照)

 智顗は南北朝から隋の時代にかけて活躍した僧で、浙江省東部の天台山で 暮らしていたので天台大師と呼ばれている。
 「第553 新新宗教批判(19)」で触れたように、大乗仏教の諸経典は シャカの死後数百年後に成立している。智顗の活躍した頃、中国にはその おびただしい量の経典が移入されていて、僧たちはそれらの経典を分類整理し、 体系づける必要に迫られていた。この文献整理のことを「教相判釈(きょうそ うはんじゃく)」略して「教判」という。

 当時は十宗以上の宗派が林立してその「教判」の優劣を競い、経典整理は 混沌としていた。それに決着を付けたのが智顗だった。
 智顗は「五時八教説」を唱えて経典の優劣を定めた。それはシャカが教化 活動をしたおよそ五十年間を五つの期間に分け、その五期に八つの重要な経典を 配列し優劣をつけた。そして最後に『法華経』こそがシャカの真実の教えであり、 他は方便のための経典だと主張した。その主張は他の思想を凌駕し、中国に渡った伝教大師最澄をも 魅了したというわけである。

 この「五時八教説」に関連して梅原さんは次のように創価学会を批判している。

 よくもまあ数百年にわたって作られた仏教をうまく体系的に整理したものだ と思われるが、とにかく数百年にわたって書かれた経典をシャカの一生にあて はめたわけであるから、どんなにうまくあてはめても、無茶な話であることに 変りはない。

 この教判によって法華経こそはシャカの正説であるとされたが、日蓮はこの 天台の教判を固く信じて、法華経だけがシャカの正説であり、あとはすべて権 教、仮りの教え、方便の教えに過ぎず、したがってあくまで法華経を中心に仏 教を考えることこそ仏教の正法であり、他の経典を中心におくのはすべて邪教 であると考えたわけである。

 文献学の発展しなかった頃の日蓮が、天台智顗の、このみごとにしてしかも 強引な分類をそのまま真理としたのは仕方がないとしても、明治以後の原典批 判にすぐれた業績をあげた仏教学の成果を持つ現代という時代の宗教である 創価学会が、五時八教をそのまま採用しているようにみえるのはどうしたわけ であろう。創価学会では、科学と宗教は矛盾しない、迷信を信じるキリス ト教や他の仏教は科学と矛盾するが、日蓮正宗創価学会だけは矛盾しないと、 呪文のようにつぶやいているが、そんなのん気なことは言っていられないの である。すでにここで教義の基礎が近代科学の成果である文献学と矛盾して 来ているではないか。

567 「創価学会」とは何か。(8)
実業家・戸田城聖
2006年8月2日(水)


 戸田城聖。1900(明治33)年生れ。本名は甚一。二歳のとき、一家は石川県の漁村から 北海道の厚田村に移住。青少年時代を北海道で送ることになる。

 小学校を出た後、札幌の商店で丁稚奉公をしながら北海道札幌師範学校(北海 道尋常師範学校を改称・牧口もここで学んでいる。)で学び、尋常科准訓導の資 格を取る。
 1918(大正7)年、夕張の真谷(まやち)地炭鉱の小学校で代用教員となる。 牧口と同様に教師としてスタートした。

 1920年3月。戸田は20歳。上級の学校への進学を目指して退職、上京する。 東京へやってきて戸田は、まず何をしたかというと、なんと兜町の株屋街で有り 金すべてを使って株を購入した。数日後に株価は暴落。株式取引所が休場。戸田 は財産のほとんどを失った。
 戸田は一応教育者であったが、投機や金もうけの方に大きな関心があったようだ。 これが戸田が会長となった後の創価学会の歩みに大きな影響を与えることになる。

 戸田は、その直後の4月に人に紹介され、牧口とはじめて会っている。牧口は そのとき西町尋常小学校の校長をしていて、たまたま欠員があったことから、 戸田を代用教員として採用した。
 牧口が三笠尋常小学校に転任になると、戸田もともに転任した。次に牧口が 白金尋常小学校に転任になったとき、戸田は代用教員を辞めている。戸田は、 その間に高等学校入学資格検定試験に合格していた。しかし、戸田は高等学校 に進学するための経済的な余裕がなく、生命保険の外交員になっている。

 教員を辞めてから牧口とのつきあいはあった。牧口から学習塾をやること勧められた 戸田は外交員を辞め、関東大震災後の1923年12月、目黒駅の近くに「時習学館」 という学習塾を始めた。このときあわせて戸田は、本名の甚一から城外と名を変えている。

 当時は、まだ受験産業の確立されていない時代で、時習学館はその先駆けと なった。1929(昭和4)年からは、中学受験のための公開模擬試験をはじめ、試 験の成績から志望校に合格する可能性を割り出すシステムを作り上げた。 これが大当たりして、隔週に行われる模擬試験には千名単位の生徒が殺到したとい う。

 1930年には、『推理式指導算術』という受験参考書を出版する。これはベス トセラーとなって版を重ね、発行部数は百万部を超えたと言われる。
 島田さんは、鶴見俊輔が戸田の作った算数や国語の参考書に助けられたと述べ ていることを記している。また、鶴見さんの友人のなかには、実際に時習学館で学ん でいた者もいたという。鶴見さんのエピソードもさりながら、戸田の塾の繁盛振 りがうかがえる。(鶴見さんの姉上の鶴見和子さんの訃報が今朝の新聞に載ってい た。)

 この成功を機に戸田は、出版社や食品会社に出資し、手形割引の会社を作った り、証券界に進出を試みたりした。最盛期には十七の会社を運営し、月収は一万 円を越えたとも言われる。
 ちなみに、1930(昭和5)年の物価を調べたら白米10kgが2円30銭とあった。 現在のお米の値段は10kgで5000円ぐらいだろうか。単純にお米の交換価値=貨 幣価値というわけにはいかないことを承知で単純計算してみると、戸田の年収は 約2000万円となる。戸田は教育者や宗教家ではなく「実業家」と呼ぶのがふさわしい。

 戸田は事業にだけ精力を注いでいたわけではない。創価教育学会の活動も行っていた。 牧口が日蓮正宗に入信した直後、戸田も入信している。創価教育学会の機関誌 「新教」も戸田が設立した出版社(日本小学館)から刊行し、自ら編集兼発行人 となっていた。戸田は、牧口の宗教活動を財政面から支え続けていた。

566 人民の敵・テロリストは誰か
2006年8月1日(火)


 花火を打ち上げた程度の北朝鮮のミサイルに過剰反応をして制裁だ非難決議だ と大騒ぎをしたコイズミアメリカ属国政権は民衆虐殺・インフラ破壊をほしいま まにしているイスラエルに対してはウンともスンともいえずにブッシュに尾を振 るばかりだ。そして案の定、イスラエルに対する国連の非難決議は米国によって 骨抜きにされた。もとよりイラクで虐殺・破壊を続けているブッシュ・アメリカ に他国を非難する資格はないのだ。孤立してでもアメリカやイスラエルの暴虐に はっきり抗議する国はないのか。いまや国際社会=アメリカというていたらくだ。
 ならば人民が声を発し続けるしかない。「国民が」ではない、「人民が」だ。

 すでにご存知の方が多いと思いますが、私が欠かさず読んでいるサイト「バク ダッド・バーニング」を紹介します。今回はイスラエルが攻撃したカーナーの惨状を 取り上げています。イラクの惨状に立ち会うことを毎日のように強いられている 接している筆者・リバーベンドさんがカーナーの惨劇にも激怒し慟哭しています。 私は深い共感を持って読みました。7月30日付けの記事を掲載します。
 また、2番目のサイトはカーナーの惨状を写真で報じています。

カーナーの虐殺・・・ わたしたちが住んでいる中東の今の時期は、太陽が目がくらむほど輝いていると いうのに、最も暗い日々が続いている。  今朝わたしは、テレビに映し出される殺戮と破壊の光景で目が覚めた。一瞬イ ラクの映像かと思ったけれど、数秒たって、それがレバノンのカーナーであるこ とがわかった。イスラエルが空爆した町々のうちで、一番最近のものだ。映像は 凄惨といった言葉ではすまないものだった。そこでは、何トンという瓦礫の下か らバラバラになった肢体や身体が引っぱり出されていた。そして愛する者たちを 捜して嘆く身内や友人たちの姿…人道的機関によれば、今までのところ、34人 は子どもだったとのことだ。あいつらは避難所で眠っている子どもたちを爆撃し て殺したのだ-1991年のアミリヤシェルターでの虐殺にそっくりだ。 (注:アミリヤシェルターについては、 2004年2月13日のブログを読ん で下さい。) 反応がなく異様にひん曲がった子どもたちの屍骸がテレビに映し出されていた。 子どもたちの顔に凍りついたまま残っていたのは苦痛とショックの表情だった。 わたしはテレビの真ん前に座り込んだまま泣き崩れていた。イラク人にとって 毎日の現実になってしまっているこのようなことに対して、こんな悲しみをま だ感じるなんて思わなかった。これはイラクではないけれど、同じことなのだ。 一般市民が殺人攻撃に晒されている。そして、占領に対して闘っている。

 あまりの絶望感に、わたしはまともにものを考えることができなくなってい る。怒りで爆発しそうだ。イスラエルに対して、アメリカ、イギリス、イラン、 そして殆どのヨーロッパの国々に対して。無辜の者たちへの虐殺を許し傍観した 罪で、世界は地獄へ落ちるだろう。ああ何ということか、34人もの(ほんとに これだけ???)子どもたちを。国連は無能以下だ。彼らは世界を良くするため の国々の連合から(かつてそうあったとしてだけど)、墓堀人夫の寄せ集まりに なり果てている。せいぜい、廃墟となった建物からバラバラになった身体を掘り だし、それが誰であるかの確認をし、合同墓地に犠牲者を葬るのを手伝っている だけだ。虐殺を止めようともせず、反対の声をあげようとさえせず、めちゃめち ゃになったところに来てきれいにするのを手伝うだけなのだ。アラブ人の生命の 重さは、そんなに軽いものなの?もしこれが、アメリカやイギリスやフランスや 中国で起こったことなら、だれかさんがとっくの昔に原子爆弾を落としているこ とでしょうね…

 どうしてこんなことが起こっているの?安全保障理事会はどこに いるの???なぜ彼らはイスラエルを止めさせなかったの?エフード・オルメル ト(イスラエル首相)は、このあいだコンディ(コンドリーザ・ライス米国務長 官)に、殺戮にはまだ10日か14日が必要だと言った-それに対して、何の対 抗手段もとられていない!アラブの役立たずな指導者たちはどこにいるの?アメ リカ寄りの腰抜けの首長たちは、もういい加減に黄金の宮殿から這いずり出て、 この殺戮を糾弾したらどうなの?我らが大統領や指導者たちは彼らの石油樽の 深さ分くらいは影響力があるのに。

 これでも、世界の人々はどうして「テロリスト」が生まれるのか、わからない のだ!15歳のレバノン人の少女が、カーナー空爆で5人の兄弟姉妹と両親と 家を失った...エフード・オルメルトはただちに、彼女も殺した方がいいこ とになる。なぜなら、この少女が彼や何であれ彼に代表されるもの全てに対して 憎しみのかけらもなく成長すると考えているとしたら、それはとんだ勘違いとい うものだからだ。

 この破壊行為というのは、どちらがやるかによって、テロリズムにされるか 自国防衛にされるかが決まるのよね?民兵や反乱分子や抵抗勢力の兵士であれ ば、それはテロリズムとされる(もちろん、民兵や反乱分子や抵抗勢力がCI Aに特別に資金提供されている場合を除いてだけど)。もしそれが、イスラエ ルやアメリカやイギリスの軍隊だったら、先制攻撃か、「テロに対する戦争」 ということになるのよ。何百もの無辜の生命が奪われることなどは問題ではな いの。昨夜のように子どもたちの命が奪われたとしても-どうせ彼らは、たか がアラブ人なんだからいいじゃないかってこと、そうなんでしょ?

ちがう?

午後10:16 リバー     (翻訳:ヤスミン植月千春)


Baghdad Burning

カーナからの写真映像