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536 新新宗教批判(3)
宗教的な心的体験の例・夢と入眠幻覚
2006年6月27日(火)


 吉本さんは、田中佐和という<女性>の著書『夢の事典』から、「じぶんの超能力の由来につ いて」のべている個所を引用している。新興宗教や新新宗教の教祖たちの心的体験を 読み解くための練習問題として、吉本さんの解説とともにそのまま引用する。

(夢の記述)
『 私は六歳の頃、生涯を通じて忘れることのできない夢を見ました。

 私は近くの神社の境内で、友だちと遊んでいました。
 そこへ、鼻の高い異様な服装をした人がやってきて、木の葉でつくったウチワ で私をさし招くのです。友だちはこわがって皆逃げだし、私一人がとり残されて しまいました。
 すると、その異様な人物は、つかつかと私に近づくと、『神様が呼んでいる』 というがはやいか、私を背負って、たいへんな勢いで走りだしました。
 気がつくと私は、深い山の中の大木の下に坐らせられていました。私をそこに 連れてきた怪人の姿はすでになく、大木の茂みの間に高い石段がみえます。その 石段の上には、白い衣をまとった女の人が、にこやかな笑みを浮べてたたずみ、 私を手招きしておられます。
 私がこわごわ立って、その女の人のそばへいきますと、その人は『よくきた ね』と私の頭を撫でられ、『これから五回、このお山に登ってくるのですよ』と いわれると、私の手に、金色に輝く珠をのせてくださいました。

 そこで私は目がさめたのです。さめてから後も、しばらくは自分の掌をひろげ てみつめるほど、その金色の珠の感触が、ありありと残っているのでした。

 その朝、私が父や母にその夢の話をしたところ、女の神様をお祀りしてある高い山といえば、京都の愛宕山に違 いないということになりました。
 愛宕神社の御祭神は伊邪那美命で、道案内をしてくれた怪人は、天狗さんだと いうことです。』

(入眠幻覚あるいは白日夢の記述)
『 その後、私は夢の神様の仰せに従って、小学校一年の夏休みを利用し、ある ときは父と、あるときは母と、海抜1000メートルの愛宕山へお参りしました。
 それはまったく夢でみたとおりに、大木の茂みのなかに高い石段があり、その うえに、神様がお祀りしてあるお社(やしろ)でした。  その昔、和気清麻呂が、京都御所鎮護のために造営したお宮で、火の神様とし て名高い霊場です。

 いよいよ得望の五回目の参詣のときです。母といっしょに愛宕山の麓に立った 私は、目の前に一頭の猪がいるのに気づきました。母にそのことを告げました が、その姿は母の肉眼には見えません。
 〝私だけに視える″これが私の霊視のはじまりです。
 そして、私が山を登りかけますと、猪は私のうしろにまわって、キバでぐんぐ ん押しあげてくれるのです。私は、いつもなら三時間もかかるけわしい山道を、 一と息で登ってしまいました。

 あとで聞いたことですが、その猪は、愛宕の神様のお使いでした。伊勢の神様 は鶏、春日の神様は鹿、稲荷の神様は狐というように、神々にはそれぞれのお 使いがあります。あの猪は、愛宕の神様のおいいつけによって、私の満願の日の 参詣をたすけてくれたのでしょう。
 その日を境に、私には霊能が開け、透視、霊視、霊聴などの心霊現象が始まり、 神様のお告げを受けることができるようになりました。』

 この記述について、吉本さんは次のようにコメントしている。

 これは幼なくかなり素直な記述であるが、かくべつ本人が嘘をついているわけ ではないといっていい。

 前半のこの夢の話は、巫女譚として民話や口承のなかにしきりに記録されてい るものとおなじで、かくべつ変ったところはない。そして夢にみた神社の光景が、あと でじっさいに参詣した愛宕神社の「大木の茂みのなかに高い石段があり、そのう えに、神様がお祀りしてあるお社でした」という光景と一致していたことにもか くべつの神秘性はない。もちろんこの<女性>は、両親にこの神社のことについ て知らされていたか、あるいはじぶんでは知らずに幼時に、じっさいに連れてい かれた光景を、意識せずに知っていたのである。

 後半の記述は、この女性の入眠幻覚あるいは白日夢の記述である。目の前に 一頭の猪があらわれ、その猪が山道を登るのを背後からキバで押しあげてたす けてくれる。この猪は愛宕神社の祭神の使いである。しかし、この猪は一緒 にいた母親には視えないとかいている。このとき、この女性は入眠状態あるい は白日夢の状態にあった。もちろん、そんな猪が実在しているわけではなく、 この女性の入眠幻覚のなかに形像としてあらわれたものにすぎない。そして この女性は猪を愛宕信仰の宗教的な共同幻想の表象とみなしている。

 この<女性>は、この人眠体験を契機として一種の精神病理学上の幻想や幻聴 をひんばんに獲得しうるようになった。じぶんでは「その日を境に、私には霊能 が開け、透視・霊視・霊聴」がはじまったとかいっているが、もちろんそんなこ とにはなんの意味もない。ただ、手易く病理学上の幻視や幻聴を体験するように なったというにすぎない。

 この人眠幻覚の状態は、分裂病患者の体験する症候とすこしもかわりないが、 病者としてかんがえ難いのは、この<女性>が入眠幻覚の状態で、他者の心的 状態に容易に移入しうるため、この他者体験が入眠幻覚にある客観性(普遍性) を与えることになりえているからである。それとともに、最初の入眠幻覚が、 土俗的な宗教体験としてやってきたため、自身にとってはこの心的な状態が一種 の優越感(常人以上の能力をもっているという自負)によって統御されていて、 人格的な崩壊をきたさないための支えになっていることによっている。


 新興宗教や新新宗教の教祖たちの心的状況もほとんどは分裂病患者あるいは パラノイアと同じ症候と思われる。にもかかわらず人格的崩壊にまで至らないの は『この心的な状態が一種の優越感(常人以上の能力をもっているという自負) によって統御』されているからだと指摘している。

 では同じような心的体験をしていて、それを教義化して宗教の教祖となる者と 「予知者・占い師・人生相談役」になっていく者との違いはどこにあるのだろう か。
 田中佐和という<女性>と天理教の教祖中山みきとを対比して、吉本さんは次 のように言っている。

 わたしには理由はただひとつのようにおもわれる。この<女性>は、若いため とるに足るほどの生活思想もなければ、現実的な労苦にたえて獲得した人生観も 世界観もない。この意味ではさんざん現実的な生活苦をなめて生きてきた貧農の 主婦が、更年期になってから突然入眠幻覚に没入しうる能力を獲得し、<貧困の 惨苦から逃れる>という願望を、自己の入眠幻覚とむすびつけて理念化したばあ いと異っているといっていい。こういう主婦のばあいには、現実の生活的な惨苦 から逃亡しようという機制が、病理学的な入眠幻覚の体験とある必然的な結びつ きかたをしている。彼女はじぶんの入眠幻覚の体験によって母権制時代の太古の 巫女とおなじ位相で、神から告知をうけるものとして択ばれたという優越性の意 識に保証される。また、じぶんの現実的な生活の苦しい体験を、貧困な村落人の 共同の課題に結びつけることができる。つまり、人間はいかにして現実的な生活 の惨苦から逃亡し、これを克服しうるかという課題を、じぶんの生理的な異常体 験と結合させ、これを一種の教義の形で理念化することができるといっていい。 したがって彼女は必然的に土俗宗教(新興宗教)の教祖でありうるはずである。

 しかし、すべての新興宗教のうち、あるものはとるにたらぬ蒙味な奇怪な宗教 となり、あるものはかなり優れた宗教でありうるというのはなぜであろうか?
その理由は、おそらく、あらゆる思想の優劣を問う場合とあまりちがっていな い。彼女の生活体験から獲得した思想が、体験に裏うちされて血肉化した迫真性 をもっているとすれば、彼女が農家の無智な主婦であっても、その生活思想は、 宗教体験としての入眠幻覚とむすびつけられて、かなりの普遍的な真理をもちう るはずである。


 続いて吉本さんは、分裂病的症候を宗教へと結び付けていった典型として、 天理教の教義の分析を行う。
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