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522 「良心の自由」とは何か(16)
マルクスとシュタイン(1)
2006年6月12日(月)


(「神の運命」所収「近代法の論理と宗教の運命」の第4章「日本近代社会の精神状況への考察」を読んでいきます。)

 マルクスを取り上げない哲学史あるいは思想史は皆無だろう。
 シュタイン。私の貧弱な蔵書の中にはその名は探し出せなかった。ネットの世界大百科事典を調べた。


シュタイン(Lorenz von Stein 1815‐1890)
 ドイツ・オーストリアの政治学者。シュレスウィヒの貴族の家庭に生まれたが,平民の母親の不遇をみて爵位を辞したという。キール,イェーナ大学で法学,哲学を学び,ベルリン大学の法学博士号を受けた後,パリに遊学して社会主義者と交流した。 《現代フランスにおける社会主義と共産主義》 (1842) はドイツにおける社会主義文献の先駆といわれる。 1846 年キール大学教授となるが,政治活動を理由に 52 年罷免された。 55 年よりウィーン大学教授。ヘーゲルと社会主義者の影響下で,階級闘争の市民社会を階級中立的な君主が抑制し,弱者である労働者階級を保護するという社会君主制論を唱えた。経済学,行政学,財政学など広範な分野に業績を残したドイツ語圏における社会科学の先駆者の一人。 82年伊藤博文に憲法の基本原則を講じ,とくに過激自由主義の誤り,民族的伝統尊重の必要,君主権の重要性などを強調した。(長尾 竜一)



 チョッと横道に逸れるがここで思い出したことがある。6月7日の朝日新聞の記事である。


ネットで流行「アインシュタインの予言」、人違い?

 アインシュタイン博士が日本をべた褒めしたとされる「アインシュタインの予言」という文章が、ネットや一部の書籍で広まっている。だが実は、博士とはなんの関係もない言葉が孫引きで広まっただけだと、東京大学の中澤英雄教授(ドイツ文学)が主張している。調査でたどり着いたのは、シュタインという法学者の言葉とされていた文章だった。
 「神に感謝する。我々に日本という尊い国をつくっておいてくれたことを」といったくだりがあるこの文章は、多少の相違はあるものの、1950年代から軍人や宗教家の書籍で紹介され始め、最近は日本文化を誇る「ちょっといい言葉」としてネットで引用されることも多くなった。

 だが出典が常にあいまいで、内容も博士の思想とは相いれないのではと疑問を持った中澤教授が、この言葉のルーツを追ってみた。その結果、アインシュタインの言葉として引用されている例として一番古いのは、56年の書籍であることがわかった。

 さらに戦前にさかのぼると、文意がよく似た文章が28(昭和3)年の『日本とは如何なる国ぞ』という本のなかに記されているのが確認できた。著者は、戦時中の日本の国体思想に大きな影響を与え、「八紘一宇」という言葉の提案者である宗教家の田中智学だった。

 ただし、この本では予言を語った人物はローレンツ・フォン・シュタインという明治憲法成立にも大きな影響を与えたドイツ人の法学教授だとされていた。

 中澤教授は、田中智学がこの言葉を知るもととなったシュタインの講義録などにも当たってみたが、該当する文章を見つけることはできなかったという。

 結局、起源はシュタインの言葉でもなく、田中智学が自らの思想をシュタインに寄せて語った文章の可能性が高いと中澤教授は見る。それが孫引きを繰り返されているうちに、どこかで「アイン」がついて、アインシュタインの予言だということにされてしまったらしい。

 中澤教授は「海外からみたらアインシュタインをかたってまで自国の自慢をしたいのかと、逆に日本への冷笑にもつながりかねない事態」と心配し、安易な孫引きにくぎを刺している。

 ■博士の言葉として流布「日本という尊い国に感謝」
 例えば、『世界の偉人たちが贈る日本賛辞の至言33撰』(ごま書房、2005年)には、アインシュタイン博士の言葉として次のように記されている。

 「近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。一系の天皇を戴いていることが、今日の日本をあらしめたのである。私はこのような尊い国が世界に一カ所ぐらいなくてはならないと考えていた。世界の未来は進むだけ進み、その間、幾度か争いは繰り返されて、最後の戦いに疲れるときが来る。そのとき人類は、まことの平和を求めて、世界的な盟主をあげなければならない。この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜きこえた最も古くてまた尊い家柄ではなくてはならぬ。世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。それには、アジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国をつくっておいてくれたことを」

〈アインシュタイン研究者の板垣良一・東海大教授(物理学史)の話〉
 この言葉は、アインシュタインのものではないと断言できる。彼はキリスト教徒でもユダヤ教徒でもなく、「神」にこだわらない人だった。日記や文献を詳しく調べてきたが、彼が天皇制について述べた記録はない。



 この言葉がアインシュタインのものであるなどと、学者の実証を待つまでもなく、私にとっては言うも愚かなことだ。その思想内容はシュタインの思想をよく受け継いだものに他ならない。その思想の種を日本にまいたのが伊藤博文だった。
 このシュタインの思想が敗戦までの近代日本社会の精神状況にいかに大きな影響を与えてきたかを吟味するのがこれからのテーマである。上記のネット騒動はそのシュタイン思想の影響の残滓のなせる業である。

蛇足一つ。
 はじめ百科事典ではなくウエブで「シュタイン」を検索したがヒットしなかった。しかし「アインシュタインの言葉」をありがたがって舞い上がっているサイトに出会うという収穫があった。朝日新聞の記事にさっそく反論している。実証めいたことをぐちゃぐちゃ書いているが、全く実証とは程遠い。要するに、中澤英雄教授に「左翼」というレッテルを張ってイチャモンを付けているだけである。
 笑えるのは、自分を「中庸派」だといっていることだ。そして最後にこう書いている。

「私の気持ちは単純です。いい話なんだからほっとけよ。・・・です。」

 つまりウソで構築した観念世界にしがみついているだけのことなのだ。それを壊してくれるなと言っている。それが生きるうえでの欠かせない慰藉であるのなら、それはアヘンとしての宗教に他ならない。どうぞご勝手にと言うほかない。
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