FC2ブログ
2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
506 吉本隆明の「ユートピア論」(5)
私有と国家管理の問題
2006年5月21日(日)


 「社会主義のモデル」の④についての吉本さんの考えをもう少し詳しくたどってみたい。

 ソ連の崩壊、中国の市場原理の導入などを根拠に、社会主義国家は資本主義国家に敗北した、あるいは資本主義国家が社会主義国家に勝利したという言説が流布している。現在の時代を逆行するような反動的な趨勢はそのよう言説と無関係ではないだろう。
 なぜコイズミやイシハラのような反動が我がもの顔にまかり通ってしまっているのか。右からのものであれ左からのものであれ、社会主義国家は資本主義国家に敗北したという言説に、何を基準にして敗北や勝利を判定しているのか、その「基準」への問いが欠けているからだ。

 一般大衆の生を、その経済的にあるいは文化的にあるいはまた思想的に、どれだけ解放したか。吉本さんの基準はこのようである。私(たち)も理想の社会のイメージもこの基準によって追ってきた。
 この基準から見れば、現存の国家では、社会主義国家より資本主義国家の方がよりましである。「今のところよりましである」ということで、それ以上でもそれ以下でもない。この「基準」をまったく考慮せずに、「資本主義の勝利」だけをことさら言あげしているだけの言説が反動を許している。「反動」とはこの「基準」にてらして反動なのだ。

 吉本さんによる「社会主義のモデル」の④もこうした観点から考えるとき、よりはっきりと了解することができる。

④私有では労働者・大衆・市民の障害や不利益になる「生産の手段」にかぎり、「社会的な共有」とすること

 産業経済機構の国家管理あるいは公共管理が社会主義の必須の条件のように言われている。また先進的な資本主義国家でもすでにその30%~40%が国家管理下にあるという。この点においても社会主義国家と資本主義国家の差は縮まってきているわけだが、どちらも「価値法則を揚棄した社会」という理想のイメージからは違った方向に進んでいるとしか言えない。
 「社会主義国家体制の崩壊と一般大衆の理念」(「マルクス―読みかえの方法」所収)で、吉本さんはこのことを詳述しているのでそれを引用する。(なお、このインタビューは1990年6月に行われた。)


 一般論でいえば、資本主義が勝利したって意味がないけれども、社会主義が一般大衆の解放闘争において世界史的に敗北したとはおもってますね。
 市場原理というふうにみていきますと、もともと、ゴルバチョフでも資本主義の市場に代わっているのが国家の官僚機構だというだけで、別段そんなにちがったものだとおもわないんです。

 問題にしてみているのはそういうことじゃなくて、主として生産手段なんです。生産手段の私有化と国有化あるいは公有化というのがあるでしょう。
 レーニン以降の社会主義国は何をしてきたかというと、国有と公有、あるいは共同所有、コルホーズ,ソホーズというようなものが、先験的に作られねばならないという理念です。だけどぼくのかんがえている社会主義の理念というのはそうじゃなくて、個々の大衆にとって私有であるよりも有利であるという生産手段についてだけ、公有化するというのが大前提だとおもうんです。

 それと関連することで根柢的にいえることは、土地所有というのは私有であるほうがつごう悪いというところだけ、公有でありさえすればいいとおもうんです。あとは私有でいい。私有のほうがよければ私有でいいというのが社会主義の大前提だとおもうんです。私有をみとめればもちろん必然的に市場原理が導入されますね。だから市場原理云々とみるんじゃなくて、私有と国有・公有をどういうふうにかんがえるかというのが基本的な問題で、私的所有のほうが基本になるので、私的所有だったら個々の大衆にとって損である、利益にならないという場合に公有とか部分的な社会所有にすればいいというふうにおもいます。

 つまり、何が社会主義の原理なのかというと、国有あるいは公有が原理じゃないんですね。個々の民衆がどう解放されるかというのが原理なんで、そのほうが都合がよければ私有のほうがいい。究極の理念からいえば全部が私有になって、相矛盾しなければそれが一番いいのです。それが理想の状態、コミュニズムですから。だから市場原理をどこまで導入するか、部分的にどう導入するか、全面的に導入するかというのは、かくべつぼくには資本主義にかえることを意味してるとはおもえないんです。



 何時ごろからだろうか、「左翼」をカタカナ書きで「サヨク」と表記して冷笑する風潮がはびこっている。
 マルクスの思想についても、リバータリアン社会主義(アナーキズムと言ってもよい。)についての、あるいはロールズの思想についても、私はどれもチョッとかじった程度なので、自分をマルクス主義者とか、アナーキストとか、ロールズ主義者(なんていうのはないかな?)とか、とても規定することはできない。いや一般にも、そんな規定はことさら必要ないだろう。しかし、私は「左翼」の一員だとは思っている。私の「左翼」の定義はこうである。

 軸足を一般大衆の「人間解放=自由」のための道筋に置いていること。

 では「右翼」とは? おのずと明らかだろう。
スポンサーサイト