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461 自由社会
2006年3月26日(日)


 アナーキストはどのような社会を構想しているのか。アナーキストにもいろんな派があるが、最大公約数的に次のように言ってよいだろうか。
 アナーキズムにのっとった社会を自由社会と呼ぶ。しかし、アナーキストは自由社会の青写真を描かない。アナーキズムはドグマではない、一つの活動なのだから。ただ自由社会が持っていなければならない一般的諸原理(枠組み)を示すだけである。一般的な諸原理とは自主参加・権力分散・自主管理・諸集団の自由連合等々である。具体的にどのように社会を構成していくのかという問題は、一般民衆がその叡智を集約して決めていく事柄なのだ。

「FQA」から引用する。


 自由社会の現実的枠組みと、それがどのように発展しそれ自体を形成するのかは、そうした社会に住んでいる人々やそうした社会を創り出そうとしている人々の欲望と願望に依存しているのである。このため、アナキストは、共通の問題を管理するために、地域と仕事場における大衆集会、そして、下からの集会連合の二つが必要だと強調する。アナーキーを創り出すことができるのは、大衆の能動的参加だけなのだ。
 マラテスタの言葉を借りれば、自由社会は『民衆集会で採択され、自発的に参加したり正規に委託された諸集団と個々人が実行する諸決定』に基づくであろう。『革命の成功が』依存するのは、『実際の課題に取り組む発意と能力を持った多くの個人である。共通の大義を少数者の手に任せず、代表者が必要な場合は、特定の使命と限定期間だけ委任する、こうしたことに大衆を慣れさせることによってなのである。』

 この自主管理が基礎になって、自由社会は、社会内部に生活している人々が創り出す新社会と共に変化し、発展するであろう。

 忘れてはならないことだが、自由社会がどのように始まるのかは大雑把に推論できるかも知れないが、長期的にどのように発展するのかは予測できない。社会革命は一つのプロセスの始まりでしかない。このプロセスは、我々にはどのようなものになるか予測もつかない別種の社会をすぐに導くであろう。

 不幸にして、我々は、希望する最終地点ではなく、現在自分たちがいる地点からスタートしなければならないのだ!この社会こそ我々が変化させるものである以上、ここでの議論は、当然、現在の社会を反映するものとなるだろう。



 アナーキズムはヒエラルキー型の政府を否定する。しかし政府に替わる管理システムは必要だ。その管理システムは、「政府レベル」に限らずいろいろなレベルの組織に必要とされるし、現行の政府とは全く異なる性質のシステムだから「政府」と呼ぶのはよそう。端的に「管理システム」と呼ぶことにする。
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