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374 天皇制の基盤を撃つ ― 真説・古代史(28)
「神代紀」の解読(5) ― 天孫降臨の地
2005年8月27日(土)


 『日本書紀』の第九段本文と三つの「一書」、それに『古事記』の記事一つ。 二二ギノ命が〝天降った″とされている土地が記載されている。

(1) 日向の襲(そ)の高千穂峯……?(木+患)日(くしひ)の二上(ふたがみ)の……。(本文) (2)筑紫の日向の高千穂の?(木+患)触(くしふる)之峯(第一、一書) (3)日向の?(木+患)日の高千穂の峯(第二、一書) (4)日向の襲の高千穂の?(木+患)日の二上峯(第四、一書) (5)日向の襲の高千穂の添(そほりの)山の峯(第六、一書) (6)竺紫(つくし)の日向の高千穂の久士布流多気(くしふるたけ)(『古事記』)

 この「日向」はどこのことなのか。今回のテーマである。古田さんの結論は明 快だ

 それは(2)、(6)の「筑紫(竺紫) の日向の」という表現で明らかだ。 つまりこの筑紫は福岡県、それも筑前なのである。
 それについて、従来の学者、さらには宮崎・鹿児島両県の地元の人々から 大きな非難がおこるかもしれない。しかし、どのようにはげしい罵声を浴びよ うとも、わたしのなすべきことは一つ。自己の解読のルールを守ることだけだ。

 従来の説は日向=宮崎県である。霧島山か臼杵(うすき)郡高千穂を比定してい る。この説は(2)(6)の「筑紫・竺紫」を九州全体とする立場から出てくる。 しかし前回で古田さんは「筑紫」が福岡県であることを論証している。しかも 『古事記』があげている九州の国(筑紫国・豊国・肥国・熊曾国)の中には 「日向」という国はない。

 (1)(3)(4)(5)には「日向」という地域を限定する語がないのはどう してか。これについても古田さんの説明は明快だ。「日本旧記」の性格(九州 王朝の史書)から当然のことだという。

 〝筑紫の中で″作られたものだから、いちいち〝筑紫の―″という必要は ない。他国のとき、はじめて「吉備の子洲」とか「伊予の二名洲」とか「豊 の秋津の洲」とかいうのである。とすると、ここで「筑紫の日向」と書かな いのは、すなわち実体は「筑紫に非ざる日向」でなく、逆に「当然、筑紫の 中の、日向」の意味の表記なのである。

 これに対して(2)(6)は外(ヤマト王権)からの言い方であり、当然「 筑紫の―」となる。古田さんは「記紀」での地名の言い方の他の例をあげて さらに詳細に論じているが、もうそれははぶこう。

 それでは「筑紫」に「日向」と呼ばれる地域があるのか。古田さんは「日向」 の外に「クシフル」という特徴のある地名を手ががりにその地を確定していく。 そして

『博多湾岸と糸島郡との間、高祖山を中心とする連山こそ、問題の「天孫 降臨の地」である。』

と結論している。

福岡県

 この結論に至るまでの詳しい論証ははぶくが、『なお念をおすべきこと』と して述べている地名(「高千穂」「クシフル」「襲」「日向の読み」)の読み の解明は「史料解読」の妙があるので、それを全文掲載しよう。

(一)
 「高千穂」は〝高い山々〟〝高くそそりたつ連山″の意の普通名詞である。 宮崎県の「高千穂山」はそれが固有名詞化して遺存したものであろう。 「筑紫」の語源が「千串(ちくし)」であり、〝突出した岬の多くある地″ の意と考えられるように、「高千穂」の「穂」は〝稲の穂〟と共通する言葉 なのである。たとえば、日本アルプス山中随一の高山「穂高岳」も類似の山 名だ。したがって、この「高千穂」の一語で、宮崎県の「高千穂峰」などに結 びつけるのは危険なのである。

(ニ)
 また、「クシフル」「クシヒ」の「クシ」も、右の「筑紫=千串(チクシ)」 の「クシ」と同一であろう(「フル」は村落の意。朝鮮半島側と共通の用語)。 この点からも、この「クシフル山」は筑紫(筑前)の山であることが察せられ よう。

(三) 「襲(ソ)」は「曾(ソ)」と同じだ。「熊襲」が「熊曾」とも書かれ るように。「聾の国」「阿蘇」といった風に〝一定の地形〟を示す言葉であろ う。高祖山の東側(博多湾岸)に「曾根原(ソネパル)」がある。 「原(パル)」は例の、村落を示す語だが、「曾の根」というのは、このあた り(曾根原)が「ソ」と呼ばれる地帯の根(幹に対する根)に当っていること を意味しよう。こう考えると、「日向の襲の高千穂の?日の二上峯」という表現 もまた、この地帯に似つかわしいのである。従来、いきなり南九州「襲の国」 と結びつけてきたことの、〝短兵急にすぎた″ことが知られよう(「相津」と 「尾張の相津」がちがうように、「襲[の国]」と「筑紫の日向の、襲」とは ちがうのである)。

(四)
 「日向峠」の読みは「ヒナタ峠」である。この点、「ヒユウガ」や「ヒムカ」 とちがうではないか、という異議が出るかもしれない。たしかに「ヒムカ」 「ヒユウガ」なら、〝神聖な土地″に聞えても、「ヒナタ」では冴えない。な にか〝老人のヒナタぼっこしている峠〟といったイメージが浮かぶからだ。  しかし、「彼方」(カナタ・アナタ)といった言葉を考えてみよう。 〝彼(カ)の方面〟〝あちらの方角″の意味だ。そうすると、「ヒナタ」も、 〝日の方角〟の意味となり、「日向」という神聖な字面にまことにふさわしい のである(壱岐にも「ヒナタ」がある)。

 (四)は「太陽神」信仰と関わりがあるにちがいない。
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