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373 天皇制の基盤を撃つ ― 真説・古代史(27)
「神代紀」の解読(4) ― 大日本豊秋津洲
2005年8月26日(金)


「大八洲」のうち七つの「クニ」が確定した。残された一つは「大日本豊 秋津洲」。古事記では「大倭豊秋津島」とある。
 「大日本」あるいは「大倭」という冠辞が『ここが「大八洲」の中心だ ぞ』『これは日本列島の本州だぞ』と誇示している。
 とくに『古事記』では「島」とされているから、「本州全体」を指して いるととるほかない。そうすると、この島(本州)の一部である「越洲」 や「吉備子洲」は不都合である。『古事記』の編者(天武ら)はこの二つ の「シマ」を削除せざるを得なかった。そして「本州」とは別の島である 「伊伎(壱岐〕」と「津島(対馬)」が編入された。

 これに対し、『書紀』編者(「帝王本紀」の祖述)は「日本旧記」の神代 巻をとり入れた。そこにはレッキとして「越洲」や「吉備子洲」がある。た めに「豊秋津洲」を「本州全土」とするわけにはいかない。そのため、これ を大和(奈良県)に見たてる地名説話が付加された。

(神武天皇)「‥‥‥内木綿(ゆふ)の真迮(まさ)き国と雖も、猶(なお) 蜻蛉(あきつ)の臀呫(となめ)の如し」と。是に由りて始めて秋津洲の号 有るなり。(神武紀、31年)

 ここで古田さんは次の三つの問題点を指摘している。

第一。
 「秋津」の「津」は港や湾形を示す地形詞なのだから、「秋津」に海に面 しない大和をあてるのはまったく問題にならない。そこでこれに難波をあて る説がある。たしかに「津」ではあるが、ここには「豊秋津」などという地 名はない。かつてそう呼ばれたという痕跡すらない。またこの説には次のよ うな矛盾がある。難波に先立って大和に〝有力な勢力″の存在していたにも かかわらず、「大八洲」の中に難波を入れながらその東隣の大和を入れない 矛盾。
第二。
 日本書紀が取り入れた「国生み神話」が銅矛圏の神話であることは、これま での七つの「クニ」が示している。その中に純粋な銅鐸圏の大和あるいは難波 が入ってくる。これも大きな矛盾だ。
第三。
 もしこの大八洲の「中心」を大和や難波だと考えた場合、さらに明らかな 矛盾がある。それはこの「大八洲」が西方にばかりひろがっていて、東方 (中部地方以東)が全くないという点だ。〝近畿中心の統一″が背景となって いるとしたら、こんなおかしな話はない。

 従来の学界はこれらの問題にに答えることができなかったという。

 この問題についての古田さんの論考は次のようだ。

 根本の問題はつぎの一点にあると思われる。「大八洲」の他の「七洲」 はいずれも「A」もしくは「AのB」の形の〝純粋な地名〟だ。それなのに、 この「豊秋津洲」だけ、〝ゆたかなトンボの国″〝豊かな収穫の港の国″ といった普通名詞だというのは解せないのだ。思ってほしい。他の七洲は 先の解読の示すように、明瞭な地名であるうえ、それらはすべて現存地名 とピッダリ適合していた。つまり、この史料は現存地名との連続性・対応 性がきわめて高いのである。それなのに、この一洲だけ、そうでない。な にか修飾の美辞の連続のように見なされてきた。そこに真の欠陥があるの だ。
 では、わたしのルール通りに読んでみよう。「豊の秋津のクニ」、つまり 〝AのB″の形だ。Aは「吉備の子のクニ」「伊予の二名のクニ」といった風 に、「吉備国」「伊予国Lに当るのだから、ここは当然「豊国(とよくに)」 となる。大分県だ。その「豊国の中のアキ津のクニ」をこれが他の七洲と同 一のルールによる解読結果だ。

 では、豊国の中に「アキ」という地名が実際にあるだろうか。――ある。 別府湾の入口、国東半島の南東端に「安岐(あき)」があり、 「安岐川」の河口に当っている。『和名抄』にも豊後国国埼(くにさき)郡の 条に「阿岐(あき)」として出現する音名だ。ここである。

(中略)

 これによって、わたしは今までの問いに一拳に答える解答を得たこととな ろう。
(一) 「AのB」の形の明瞭な地名表記であり、他の七洲と同質の表記である。
(ニ) 他の七洲と同じく、現存地名に明晰な対応をもつ。
(三) この「大八洲国」は、瀬戸内海領域では淡路島を東限とする分布とな り、銅剣・銅矛・銅戈圏の東限に一致する。すなわち、「矛の独裁」神話と いう根本の性格にマッチする。
 この三点、すべて適合するからである。


 「豊秋津洲」を大和(奈良県)に見たてる「神武紀」の地名説話の中の 一節「猶(なお)蜻蛉(あきつ)の臀呫(となめ)の如し」の意味は 「トンボの交尾の形のようだ」である。上述の論考の後、古田さんはその ような地形の場所を探っている。興味深い論考(結論は「由布院盆地」) だが割愛して「大八洲」の稿を終わる。
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