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372 天皇制の基盤を撃つ ― 真説・古代史(25)
「神代紀」の解読(2) ― 「草薙剣」問題
2005年8月24日(水)


 神代紀の八段の本文に次のようなくだりがある。

時に素戔鳴尊、乃ち帯する所の十握(とつか)剣を抜き、寸(つだつだ)に其蛇を斬る。尾に至りて剣刃少 し欠く。故(かれ)、其の尾を割り裂きて視れば、中に一剣有り。

 本文は

(A)此れ、所謂(いわゆる)草薙剣なり。

と続く。この後、小字で次のような「註記」が書かれている。

(B)草薙剣、此を倶娑那伎能都留伎(くさなぎのつるぎ)と伝ふ。

(C)一書に伝ふ、本(もと)、天叢雲(あめのむらくも)剣と名づく。

(D)蓋(けだ)し、大蛇居する所の上、常に雲気有り。故に以て名づくるか。

(E)日本武皇子に至りて、名を改めて草薙剣と曰ふ。

 何が問題か。

 「草薙剣」という名は、(E)にもあるように、ずっと後の景行紀の日本武尊の東国平定説話の 中に出現した故事(相武の国の焼津で野火に囲まれ、その死地をこの剣で草を刈りはらい、難をの がれたという説話)によって、名づけられた名前なのであるから、いきなりここで出てくることは 唐突である。ここでは、(C)にあるように「天叢雲剣」という名が妥当する。

 (E)は「第321回・7月4日」で取り上げた歌

さねさし相模の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも

を挿入歌にもつ説話だ。従って『(A)は現在(書紀編纂時)本文の形をとっているにもかかわらず、 その実、後代の「添加註記」である』ということになる。つまり『後代名(編述者にとっての現代名) の「草薙剣」に当る、として註記を加えたのが(A)の文である。』

 すなわち、「第一次註記」(「帝王本紀」での註…仁平))は現在では〝本文化″されているのである。 これに対し、「第二次註記」に当るのが、(B)~(E)だ。現在註記(小字)の形をとっているものだ。 その中は四部分に分かれている。

(B) 右の「本文」中の草薙剣の読み。 (C) 「一書」によって本来の呼称を補記。 (D) 右の呼称のいわれについての、編者の推定。 (E) 「草薙剣」と新しく呼ばれはじめた時点の解説。

 これを先にのべた『書紀』の構成「帝王本紀→日本書紀」から見ると、第一次註記が「帝王本 紀」の編者に、第二次註記が『日本書紀』の編者に属することが知られよう。すなわち、『書紀』 の編者は「帝王本紀」を単なる素材として扱い、新たに自由に〝書きおろした″のではない。 「帝王本紀」にあった部分は、基本的にはそれに依拠して、さらに註記を新しく追加しているの である。
 これは「帝王本紀」が一私人の作ではなく、〝天武朝の編纂″によるものである限り、当然の 姿勢といえよう(ただ、配置がえや拡大展開等は当然行なわれた可能性がある)。


 さらに古田さんは「旧註」の実例として次の「一書」を取り上げている。

(第二、一書)
 是を草薙剣と号す。此れは今、尾張国の吾湯市(あゆち)村に在り。即ち熱田の祝部(はふり)の掌る所の 神、是なり。

(第三、一書)
 名づけて草薙剣と為す。此の剣、昔素戔鳴尊の許(もと)に在り。今尾張国に在るなり。

(第四、一書)
 此れ今、所謂草薙剣なり。

 以上〝執拗″なまで、この素戔鳴説話の大蛇の尾の剣と、草薙剣との同一性を力説している。 この状況は、すなわちこの編者(「帝王本紀」)の関心の所在、〝立証″のポイントを示していよう。

 この「草薙剣」について面白い、もう一つの出現個所がある。それは先にあげた天孫降臨の段 だ。『古事記』と『書紀』第九段、第一、一書(全文、「帝王本紀」のもの)と、ともにそのさい随伴した 三種の神器の一つとしての剣を「草薙剣」と書いているのである。
 日本武尊説話の段階で〝名づけられた″ことになっているこの名前が、まだそんな話(相武の 焼津の草薙の故事)のありもしない天孫降臨段階で「草薙剣」と呼ばれているのは、一見奇妙だ。 おそらく天照大神も瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)も、このとき(天孫降臨時点)には、この剣の「未来の 名前」など夢にも知りはしなかっただろうから。しかし、後代名称(七、八世紀現在名)たる「草薙剣」 でもってそれ以前の名(天叢雲剣)と〝置換″して記述しているのである。これは一般に史書の 上で必ずしも不思議な用法ではない。「日本の神武天皇」とか「中国の孔子」とかいって平気な のと同じだ。
 このように「置換」や「註記」という形で古伝承や古記録と現在時点(七、八世紀)の名称と を等号で結ぶ ―― ここに「帝王本紀」が用い、『書紀』が展開した興味深い手法があるのである。


 「草薙剣」問題から汲み取るべきは「『書紀』が展開した興味深い手法」だけではない。 「〝執拗″なまで、この素戔鳴説話の大蛇の尾の剣と、草薙剣との同一性を力説している。」 のはなぜか。出雲とヤマト王権との関係の解明時に明らかになるだろう。
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