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371 天皇制の基盤を撃つ ― 真説・古代史(24)
「神代紀」の解読(1)
2005年8月23日(火)


 「天皇家は万世一系」という共同幻想の根幹を支えている核は記紀の「神話」 である。「つくる会」による扶桑社の教科書が「神話」を挿入するのは故なしと しない。今回から古田さんの「記紀神話」の解読ぶりを追うことにする。

 ところで、「万世一系」について古田さんは次のように小気味よく 喝破している。

 いったい「万世一系」とはなんだろう。
 人間はみんな万世一系なのだ。ある日、突然にアミーバから変身したわけで はない。この世に生をうけているだれ一人でも、わたしたちの血統を次々とさ かのぼっていくならば、必ず悠遠の昔の発祥の日々に立ち至るはずである。 自分の理性を否定しない限り、わたしはそれを一瞬も疑うことはできない。
 その中で、特別に「万世一系」などという特殊な家系をもつ、特殊な人々の あろうはずはない。これは自明というべく、あまりにも自明すぎることではあ るまいか。それをことさら「万世一系」などといい立てるとき、それは必ず 「特定の政治野心」の表現にはかならない。自分が普通の、変りなき人間の 一人であることを熟知する故に、にもかかわらず今、〝かかる特定の支配の 座をかちえたこと″を「合理化」せんとして、「万世一系の皇統」というよ うな、一種奇抜な概念を「創出」せねばならなかったのではあるまいか。不 遜を恐れずにいおう。それはときの新興勢力が〝必要とした概念″だったの だ、と。
 これはわたしにとっては、自明の真実だ。

 このような人のありようの「自明の真実」を理解しない迷妄がなお多くの 人を呪縛している。その呪縛の縄が天皇教という共同幻想なら、その縄を 解体するに如くはない。

 さて、本題に入る前に改めて記紀の「神代」の巻の「史料性格」を確認 しよう。

(一)
 神代の固有の天皇家内伝承は、『古事記』の示すような〝一通り″の形で あった。

(ニ)
 これに対し、外来先行の九州王朝の史書「日本旧記」は、豊富な各種の神代 記事を内蔵していた。

(三)
 上の内・外二種の神代伝承を総合した形で取捨記録したのが、「帝王本紀」 だ。それは天武10(681)年に成立した。

(四)
 右の方針をさらに拡大・発展したのが、養老4(720)年に成立した『書紀』 であった。

 すなわち、九州王朝の史書内容を「盗用」するという〝伝統″は、〝「帝王 本紀」より『日本書紀』へ″と、世襲されていたのである。


 「史料性格」を上のように断定するにあたっては、もちろん、古田さ んは綿密な論証を展開している。その長い論証を割愛したが、古田さんが 「最も明白は例」として分析している「草薙剣」問題を取り上げようと思う。
 とりたてて「草薙剣」問題を選んだのには次のようないわくを知ったからだっ た。

 友人のブログの中に次のような一節があった。

 歴史学徒のはしくれとして、一応名だたる神社仏閣は訪れるようにしています ので、熱田神宮の見物です。三種の神器の一つ草薙の剣を神体とする、由緒の古 い神社ですね。熱田神宮は三種の神器の一つ「草薙の剣」を神体とする、古い神 社だ。昭和天皇が敗戦を決断した理由は、アメリカ軍上陸によってここにある草 薙の剣を奪われることを恐れたから、という驚天動地の事実があります。『昭和 天皇独白録』からの引用です。「敵が伊勢付近に上陸すれば伊勢・熱田両神宮は 直ちに敵の制圧下に入り、神器の移動の余裕はなく、その確保の見込みがたたな い、これでは国体の護持は難しい」
 嗚呼、言うべき言葉もありません。(と言いながらも)昭和天皇は北朝の末裔 というコンプレックスに悩まされていたようなので、天皇の正統性を保証する三 種の神器は絶対に欠かせないものだったのでしょう。少なくとも臣民の生命・財 産よりも…
 私は『昭和天皇独白録』を持っていないので代わりに『昭和天皇語録』(講談 社学術文庫)に同じようは記事がないか調べてみた。次のようなくだりがあった。
万一の場合には自分がお守りして運命を共にするほかない  (20・7・31)

 本土決戦さえ叫ばれる状況で、天皇は伊勢神宮と熱田神宮にある、皇位継承の 象徴である三種の神器の処理を心配した。

 「伊勢と熱田の神器は結局自分の身近に御移して御守りするのが一番よいと思 ふ。而しこれを何時御移しするかは人心に与ふる影響をも考へ、余程慎重を要す ると思ふ。(略)万一の場合には自分が御守りして運命を共にする外ないと思 ふ」(「木戸幸ー日記」(下)1221ページ)


 20・7・31。全国の都市が日々絶え間なく絨緞爆撃を受けて膨大な数の死傷者を出し、 「忠良なる赤子」が悲嘆と痛苦に喘いでいたさなかだ。広島への原爆投下の六日前だ。

 次回は、天皇にとって「臣民の生命・財産」よりの大事で、天皇に国民を差し置いて 「運命を共にするほかない」と言わしめた「草薙剣」の正体を見てみよう。

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