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351 天皇制の基盤を撃つ ― 真説・古代史(4)
倭人は1年に2度年をとった!
2005年8月4日(木)


 記録しそこなった幻のバックナンバー「第334回」(7月17日)に書いたことで 2点訂正したいことがある。その第ニ点。

 前回の那珂通世説の紹介文の中に、神武の即位を紀元前660年とした結果、 「書紀の紀年は実際の年代よりいちじるしく延長され、不自然に長寿の人物を 多く巻中に出現せしめた。」というくだりがあった。私もずーっとそのように思 い込んでいた。そこで「ヤマト王権」の初期大王の享年を古事記から調べて 在位合計年数を推測したものを、「第334回」の記事に掲載した。ところが、 である。

  魏志倭人伝の筆者・裴松之が倭人伝中に『魏略』から次の記事を引用している。

魏略に曰く「其の俗、正歳四節を知らず。但々春耕・秋収を計りて年紀と為す」

 古田さんの解説によると「正歳は陰暦の正月、四節は暦の上の春夏秋冬をさ す。つまり正歳四節とは陰暦の体系をさしている。」
 これに続く古田さんの論考は次の通りである。

 この文章は、すなおに理解すれば、倭人は「春耕」と「秋収」の二点を 「年紀」とする、つまり「一年に二回歳をとる」という意味だ。この解読の正当 なことを示すのは、倭人伝のつぎの記事である。

その人、寿考(ながいき)、或は百年、或は八、九十年。

 前にのべたように「或はA、或はB」の形は「AかBかである」という形だ。 つまり、倭人の寿命は平均「九十歳くらい」の長寿だ、というのである。従 来は倭人伝全体を「誇張のプリズム」を通して見てきた。だから、「ああ、 ここもか」で片づけられたのである。けれども、今はすっかりちがう。倭人 伝は実地の実際について、おそろしく正確なのである。一方『三国志』中、 死亡時の年齢の書かれているもの90名(全332名の2割7分)について、その年 齢を平均すると、「52.5歳」である。このうち、とくに高齢者であるた め記載された例をのぞくと、「30代と40代」が頂点となっている。
 これにくらべると、倭人は「約二倍の長寿」となっている。しかも、これを もはや簡単に「誇張」視しえない、とすると、どうなるか。その回答の鍵は、 先の『魏略』の文によって与えられる。すなわち、この「倭人寿命」の問題は、 魏使の「直接の調査・統計」によったとは考えられないから、当然「倭人の知 識」を聞いて書かれたのである。そのとき倭人の「年齢計算法」は、魏の「正 歳」の二倍、つまり「一年に二回歳をとる」方法だったのである(この間題は、 『日本書紀』・『古事記』の史料批判に対して深刻な影響を与えるものである。 これについては、別に執筆したい)。(『「邪馬台国」はなかった』より)


 たしかにこの事実は「『日本書紀』・『古事記』の史料批判に対して深刻な 影響を与え」ずにはおかないだろう。何の先入観にもとらわれずに『日本書 紀』・『古事記』の史料批判を綿密にやり直さなくてはなるなまい。古田さんの 諸説がその研究の結果というわけだ。

 というわけなので改めて「記・紀」の初期大王(イワレヒコから16代ホンダ ワケまで)の享年と在位年数を調べてみた。 (在位年数は日本書記による。直接の記載がない場合、私が計算・推測したも のなので正確ではないが、大きく違うことはないと思う。


   古事記  日本書記  在位年数
 1   137    127     76
 2    45     84     33
 3    49     57     38
 4    45     77     34
 5    93    113     83
 6   123    137     102
 7   106    128     76
 8    57    116     57
 9    63    115     60
10   168    120     68
11   153    140     99
12   137    106     60
13    95    107     60
14    52     52     9
15   130    100     69
16   130    111     41

合計  1583   1690     935

2で割ると
     792    845     467

平均年齢          平均在位数
     49.5  52.8     29.2

 平均年齢「52.5歳」「30代と40代」が頂点(度数のことだろう)という 同時代の中国の集計と比べて「誇大」という批判はあたらないことが分か る。
 また「第334回」で、イワレヒコの「東征」説話に歴史の投影があるとすれば、その時期は それは1世紀から2世紀ごろではないかと推測したが、その推測とも合いそうだ。

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