FC2ブログ
2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
340 〈東京「日の丸・君が代」強制反対裁判をすすめる会〉結成総会
参加報告(1)
「君が代」について(1)
2005年7月24日(日)


 昨日『〈東京「日の丸・君が代」強制反対裁判をすすめる会〉結成総会』 に参加した。帰りの地下鉄が四谷に停車中に震度5の地震にあった。安全点検のため 地下鉄は3時間運行停止。それにつけても我が家の遠さよ、でした。

 ところで、毎日楽しみにしていた「澤藤統一郎の事務局長日記」がおしまい になり残念だ。また何らかの形で日々のご意見をお聞かせいただけることを 心待ちにしている。その澤藤さんも発言者のお一人としてこの会にいらっしゃ っていた。「日記」継続中ならこの集会についての記事も昨日のうちに「日記」に 掲載されていたはずだ。

 澤藤さんの「日記」を頼りにして、私のいいかげんな報告は蛇足にしかなら ないと、澤藤さんも参加されている集会については参加報告を久しくサボって いた。今回は何か書こう。澤藤さんの「日記」のように鋭く的確なコメントはで きないが、集会で聞いたり考えたりしたことのうちいくつかを書いてみようと思う。
 なお、この会の『設立の目的、「結成総会」のアピール、入会のお誘い』を 、当日のパンフレットからコピーして、掲示板「メールの輪」に掲載してた。この 運動への支持者・参加者を全国に広げることが、「反ひのきみ」運動の緊急の課題 になっている。たくさんの人に知らせていただけるとうれしいです。

 さてはじめに、会の共同代表者を代表して挨拶に立たれた槙枝元文さんのお話から ひとつ。(あやしげなメモと記憶をたよりなので、聞き違い・記憶違いがあるかもし ない。その場合はご容赦を。)
 1951年、それまで禁止されていた「日の丸・君が代」の使用許可がGHQから 下りたとき、日教組と時の文部大臣・天野貞祐との間で「日の丸・君が代」の学 校での取り扱いについての議論が行われた。そのときには「君が代」については 民主国家にはふさわしくないという合意が得られたという。「君が代」に代わ る歌を作ってはという話にまでなった。今の状況と比べて、隔世の感があり ますね。
 さて、日教組は全国から歌詞を募集し、そのなかから選ばれた最優秀作に 曲をつけて天野文部大臣に提示したところ、天野さんは「いい歌」だと評価した という。日教組はこれを「国歌」にしようと提案したが、「国歌」というと国会の議決 を経たりなどかえって難しくなるので、「国民歌」ということで全国に広めたらど うかということになった。
 日教組はその歌に「振り」もつけて、レコードを一万枚用意し、全国の小中学校 に配った。その歌は運動会などでおおいに使われたという。どのぐらいの間 のことか聞き漏らしたが、やがて反動化の攻勢が強まる中で、「日教組」の歌だ からという理由で学校から排除されていったということだ。

 その歌の名は「緑の山河」。私が所属していた都高教の組合員手帳にはその扉に この歌が楽譜つきで掲載されていて、大会などの機会に歌われてきた。だからいま 多くの人がこの歌を「日教組」の組合歌と認識している。フリー百科事典『ウィキペディア』 も「組合歌」と呼んでいる。「緑の山河」で検索してヒットした中から二つ選んでみた。 どちらも日教組の「組合歌」と言っている。なおそれらのサイトはカラオケ付きで曲が聞 ける。まだ聞いたことのない方、興味があったらいかがですか。


緑の山河  【作詞】原泰子 【作曲】小杉誠治 

1.
  戦争(たたかい)越えて たちあがる
  みどりの山河 雲はれて
  いまよみがえる 民族の
  わかい血潮に たぎるもの
  自由の翼 天(そら)をゆく
  世紀の朝に 栄あれ

2.
  歴史の門出 あたらしく
  いばらのあゆみ つづくとも
  いまむすばれた 同胞(はらから)の
  かたい誓いに ひるがえる
  平和の旗の さすところ
  ああこの道に 光あれ

緑の山河

スポンサーサイト