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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
318 「日本」とは何か(10)
琉球と蝦夷(えぞ)を結ぶもの(3)
2005年7月1日(金)


 思い上がりや差別意識の裏には必ず無知が張り付いている。こういう物言いを、もちろん私は自戒を込め ていっている。
 ずいぶん以前に首都移転をめぐっての議論で財界人の一人の無知丸出しの発言に接して唖然と した経験が頭の片隅にあったが、それを網野さんが書きとめていた。
 十五、六年前、ある著名な洋酒会社の社長が、テレビの首都移転問題の討論で、仙台が名のりをあ げたのに対し、「あのような熊襲の住んでいる未開なところに、首都を遷せるものか」という趣旨の 発言をして大変な物議をかもしたことがある。これはまさしく、かつての征服者の流れをくむ関西人 の発言であり、関東人、東北人、中南部九州人は口がさけてもこのようなことは言わないであろう。  あろうことに、この社長は「熊襲」と「蝦夷」を間違っている。それは九州・東北それぞれに強烈 な反発をまきおこしたが、この直後、東北に旅をした私は東北人の怒りを直接、経験した。一生この 洋酒会社のウイスキーは口にしないといった友人はいまもそれを守っているし、この会社の商品の売 行はガタ落ちだったと聞いている。
 列島の地域社会の「日本国」に対する姿勢がけっして一様でないこと、その背景には「日本国」と 各地域社会の「侵略」「征服」を含む長い歴史のあることをこの事件はわれわれによく教えてくれる。

 別段どうでもいいことだけど、どういうわけか私は青年のころからこの洋酒会社のウイスキーを愛用 している。

 ところで、私は「北海道」ではなく「蝦夷(えぞ)」を地名として用いてい る。もともとアイヌ人たちが先住していた地域を何時から「北海道」というようになったのか詳らかで はないが、高良さんが「南島」という呼称にこだわりを持ったのと同じようなこだわりを、私は「北海 道」に感じる。
 「蝦夷(えみし)」はヤマト王権が用いた蔑称だが 「蝦夷(えぞ)」はもともとアイヌ語が起源ではないかと、これも詳らかでは ないが、勝手に解釈して「北海道」の代わりにあえて「蝦夷(えぞ)」を用い ている。間違っているかもしれない。どなたかご教示いただければ幸いです。

 さて、吉本さんは次にGm遺伝子を取り上げている。また脚注から。
Gm遺伝子
 血液型の分類には、ABO式やRh式など赤血球の免疫反応にもとづくものの他に、血清中の抗体 の種類による分類がある。そのうち、IgG(ガンマ・グロブリン)抗体を指標とするものが、Gm (ガンマ・マーカー)型である。
 Gm遺伝子はIgGを形成するアミノ酸の基本的な配列(H鎖)をつくりだす遺伝子。その組み合 わせの型は、人種・民族によって異なる。日本人を含む蒙古系民族では、四つの遺伝子によって 決定される九つの表現型を持つ。

 吉本さんによると、このGm遺伝子の言語としての性格は、一種の自己同ー言語だという。 またこの遺伝子はキャリアーからキャリアーへと一億年ぐらい変わらずに伝播されるという。 したがって、この遺伝子の出現頻度をその地域について調べていけば、ATLウィルスの場合と 同様に祖先が何者であって、いまは何者なのかということがはっきり出てくることになる。

 まず、Gm遺伝子を一番多くもっている種族はバイカル湖畔にいる北方モンゴル系の種族だということ を確認しておこう。
 次に吉本さんのお話から各地域の北方の蒙古系の遺伝子と南方蒙古系の遺伝子の割合を抜き書き する。(吉本さんは松本秀雄著「日本民族の源流」を参考にしているようです。)

(北方の蒙古系の遺伝子)対(南方蒙古系の遺伝子)
北海道(アイヌ)………80%対4・0%
東北地方から南は九州まで………南方的な要素8~10%
八重山諸島………81%対4・0%

 アイヌ人と八重山諸島の人たちは圧倒的に北方の蒙古系の遺伝子が多く、まったくといって よいほど一致いしている。また南方蒙古系の遺伝子については、東北から九州までの人たちは アイヌ人と八重山諸島の人たちより二倍ぐらい多いということになる。
 これについての吉本さんのコメントは次のようである。
 これをすぐに結びつけるのがいいかどうかは別としまして、縄文人及び縄文人以前的な日本人 が、北方蒙古系として日本列島に分布していました。そのところに数千年前に、南中国あたりを 起源とする南方蒙古系の人たちが入ってきました。その人たちはいずれにせよ、九州に来たり、 北の方から来たかもしれませんし、朝鮮半島を経由したかもしれません。それが日本全土に分 布していきました。しかし、八重山諸島と北海道アイヌでは、分布の要素、混血の要素を可能 なかぎり少なくしながら、いってみればもっとも基層性をたもちながら、現在まで存続してき たとみると、いちばんいい見方になるとおもわれます。
 天皇制は近畿地方に弥生時代以降に成立しているわけですから、天皇制の基盤は大体南中国 から入ってきた南方系でしょう。南方系の人達が8~10%の割合を占めるようなGm遺伝子の割合 になったそのときに、天皇制の基盤は日本列島に成立したとかんがえられればよろしいとおも います。つまり、遺伝子的な言語からみましても、南島は北方とともに、日本国家の成立より もはるかに以前の基層を、確固として存在の基礎として保持しているといえることになります。
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