FC2ブログ
2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
314 詩をどうぞ(21)
2005年6月27日(月)


 外交の何たるかを知らないコイズミが近隣諸国とのいらぬ溝を深めている。コイズミは 神道は「日本の伝統」であり、「伝統に則って」靖国神社の参拝している、外国からとやかく 言われる筋合いはないとのたまう。
 梅原さんは「明治以後の神道は、神道とさえ言えない」という趣旨のことを繰り返し訴えている。 靖国神社も伝統的な神道とはまったく違うものであるという論旨を展開していて、政治家の靖国詣 でにも反対の意見を明らかにしている。
 昨年、コイズミは「伝統に則って」羽織袴で威儀を正して靖国神社に参拝した。新聞に報道された その時のかなり得意そうな写真を見たとき、私はなんて浅薄な伝統意識だろうと、嫌悪の念を禁じえ なかった。もちろん羽織袴に嫌悪したのではなく、羽織袴でつくろっている貧困な精神に対してであり、 羽織袴の中の「日本人意識」の夜郎自大ぶりに対してであった。
 網野さんが『「日本人」という語は日本国の国制の下にある人間集団をさす言葉であり、この言葉の 意味はそれ以上でも以下でもない』とわざわざ強調しなければならない理由は「日本人」に 余分な思い入れを盛り込んだ「日本人意識」なるものが今なおはばを利かせているからに他ならない。


   金子 光晴

一

九曜
 うめ鉢。
鷹の羽。
 紋どころはせなかにとまり、
袖に貼りつき、
 襟すぢに槌る。

溝菊をわたる

蜆蝶(しじみてふ)。
…………ふるい血すぢはおちぶれて、
むなしくほこる紋どころは、
金具にさび、
蒔絵に、(はが)れ、
だが、いまその紋は、人人の肌にぬぐうても
消えず、
月や、さざなみの
風景にそへて、うかび出る。

いおり。
沢瀉(おもだか)。
 鶴の丸。
紋どころはなほ、人のこころの
根ぶかい封建性のかげに
おくふかく
かがやく。


二

日本よ。人民たちは、紋どころにたよるながいならはし
 のために、虚栄ばかり、
ふすま、唐紙のかげには、そねみと、愚痴ばかり、
じくじくとふる雨、黴畳、……黄疸どもは、まなじりに
 小皺をよせ、
家運のために、銭を貯へ、
家系のために、婚儀をきそふ。

紋どころの羽織、はかまのわがすがたのいかめしさに人
 人は、ふっとんでゆくうすぐも、生死につづくかなし
 げな風土のなかで、
「くにがら」をおもふ。

                        
紋どころのためのいつはりは、正義。狡さは、功績(いさをし)。
紋どころのために死ぬことを、ほまれといふ。

をののく水田、
厠のにほふ
しつけた一家。

虱に似た穀粒をひろふ
貧乏。
とつくり頭の餓鬼たち、
うられるあまつ子。

疫病。
ながれるはげ椀。

霹靂のころげまはる草原の
つちけいろをした顔、顔。
――「怖るべき紋どころ」をみあげる
さかさまな眼。

井桁。
三つ菱。
むかひ藤。

扇面にちらす紋どころは、
ならぶ倉庫や
鉄扉。
煙突の横はらにも染めぬかれ、
或はながれる、
銀翼にもある。
紋どころをもはや、装飾(かざり)にすぎないといふものは、
神のごとく人が無擬で
正しいものは勝つといふ楽天家共である。

紋どころを蔑むものの遺骨よ。
おまへのひん曲った骨は、
紋どころにあつまる縁者におくられ、
紋どころを刻んだ墓石の下に
ねむらねはならぬ。
スポンサーサイト