FC2ブログ
2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
301 日本の支配者は誰か(8)
政党にはどんな役割が振ってあるか。「改革」の意味はどこにあるのか
2005年6月14日(火)


 「以上のような前提をおいて、政党の全社会的な配置について簡単な描写を試みよう。」と、 論文の筆者は各政党の性質役割を次のように素描している。
自由党
  政府与党として、支配階級を正式に代表する。したがって全体的な立場は向米一辺倒が 本質となる。しかし党内分派は一種の野党とみるべきである。

改進党  幹部の大部分は向米一辺倒的な思想の持主だが、彼らの存在は野党である。軍事占領と 植民地化という条件の下では、反動主義者やボス、ダラ幹の類にも、それなりのフンマンや 不平がある。野党は政府に対してそれを鳴らさなければ政権の座につく可能性を失うことに なる。マーフィーにすすめられたという保守提携が容易にはかどらないのも、また党内「民族 資本派」が ―― この一派は見方によっては不当に進歩的であるかもしれないのだが ――  党を出たり入ったりしてつづけていられるのも、その根本は右にのべたような基本条件の反映 である。

右派社会党
 右派社会党は今では自由党の「社会主義分派」という色彩を強くしており、一部は完全に社会 ファシズムへ移行した。労働運動の中でも、愛労運動を中心とした労働組合の産報化と分裂工作 を受けもっているが、そのやり方が労働階級から嫌われはじめているので、たよりになる「支柱」 としての真価を疑われそうになっている。

左派社会党
 日本の左派社会党は、左右を区別する場合の国際的な基準である容共統一戦線派か、否か、という 点で特別の態度をとっている。民族革命の路線における統一という中心問題について、左派幹部 (とくに統制官僚を中心とする一派)は、思想の上では民族戦線の側へ改良主義的なやり方で接近 しているように見せながら、行動の上では共産党との統一行動を頑固に拒否している。これは共産党 が左派幹部の思想を叩きながら、傘下の勤労大衆に対して絶えず統一戦線を目ざす共同行動を呼びか けているのと正に背中合せの形になっており、このあたりが危機の激化と共に支配階級からの期待を 増しつつある所以である。しかし昨年下期の炭労ストあたりを境目とする最近の傾向は、下部の幹部 批判が盛んになった点にあらわれており、それが労働組合の政党に対する「不信」という形でひずん でゆくような危険性もあらわれている。左派社会党が統一への展開をはばめばはばむほど、大 衆をファシズムがさらってゆく可能性も強まるということを、すでに最近の情勢の発展が示している。

 自由党と改進党は55年に合同して自由民主党となり、憲法「改正」・再軍備をその基本政策とした。 その保守党の政策を阻止するために、同じ年に左右社会党も日本社会党に統一される。いわゆる55年 体制である。ちなみに、小熊英二さんはここまでを「第一の戦後」といい、その後の「第二の戦後」 と区分している。

 さて、「日本の支配者は誰か」はこの政党の分析を踏まえて、次のように続けている。
 支配階級の権力機関とみる場合、政党の配置は、議会主義の枠の中へ大衆の政治 的エネルギーを封じこむためにのみ、評価され、その目的に合するかぎりのエセ民 主化が取り上げられる。終戦後いまにいたるまでの経過は正しくそういうことだっ たのである。しかしブルジョア・小ブルジョア政党は権力機関の一部として育成さ れるものにはちがいないが、それぞれに社会的基礎(地盤)を維持してゆかねばな らないので、そこに一種の逆作用があらわれ、党の階級的本質と若干の喰違いをお こす場合が生ずることも敢えて怪しむには当らないわけである。しかるに支配階級 の基本政策が軍国主義と戦争準備体制を目ざしている場合には、このような逆作用 は決して消化されないわけで、矛盾はもっとはげしく内攻してゆかざるをえなくな る。矛盾の発展はブルジョア的代議機関(国会・政党)に対する国民の不満をこめ て、ファッショ化の危機をさらに前面に押し出しつつある、というべきであろう。

 「支配階級の基本政策が軍国主義と戦争準備体制を目ざしている」とか「矛盾の発展は ブルジョア的代議機関(国会・政党)に対する国民の不満をこめて、ファッショ化の危機を さらに前面に押し出しつつある」とかいう文言は、私には、まるで現在の状況を言い表して いるように読める。
スポンサーサイト