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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
299 日本の支配者は誰か(6)
政党と国会はアメリカの意志で動いたし、動いている
2005年6月12日(日)


 ここで考えてみると、われわれは敗戦この方、実に奇妙な混乱の中へ入りこんで きたことがわかる。われわれには生れてから今日になるまで「市民」(シトワイア ン)と呼ばれる名誉をもった経験もなければ、市民的自由を享受することのよろこ びに浸ったおぼえもない。しかるに一方ではブルジョア・デモクラシーの限界性な どということを問題にしなければならないばかりか、さらに帝国主義ブルジョアジ ーの反民族的・反民主的な性格に直面せざるをえない。しかもその帝国主義は、前 時代的な半封建的な日本に対して「民主主義的生活様式」を導入しようというので ある。重苦しい擬制が名目的な饒舌とからみあい、重なり合って、とんでもない虚 構が生産される。それはいかんともしがたい事実だが、しかも民主とか自由とかを もとめる国民のねがいにいつわりがあるはずはない。なんという混迷か。だが、い ずれにせよ、われわれはこの虚妄の海を渡ってゆかねばならない。

 1950年前後の進歩的知識人が直面していた社会的・政治的問題意識の代表と見てよ いだろう。「重苦しい擬制が名目的な饒舌とからみあい、重なり合って、とんでもない虚 構が生産」されているのも「民主とか自由とかをもとめる国民のねがいにいつわり」がな いことも現在とて同じである。
 また、私は現在イラクの人たちが強いられている状況をも重ねて考えている。
 しかしわれわれが知りたいのは、現実の日本社会に対する政治支配の実体であり、 そのすべての特殊性でなくてはならない。だから、われわれはより具体的なものへ 進んでゆく必要がある。この場合、まず第一にはっきりしなければならないことは、 国会や政党が全支配機構の中でどんな位置をあたえられているかということである。 われわれが、「支配者はだれか?」という問いを発するとき、それは「生々流転」の 機会を待ちかまえているような新憲法の規定がどうかということよりも、実際の権力 がどこにあるかということでなくてはならぬからである。

 新憲法は国会を「国権の最高機関」と規定したが、「主権在民」の実質は確保されていた のだろうか。
 「日本の支配者は誰か」の筆者は、「占領期間中を通じて国会と政党がアメリカの完全支配をうけて いたことはすでに周知の事実だ」と述べ、次のような事実をあげている。

法案の提出、修正、可決、否決等のすべてについて、GS(軍政部)のコミットメントが入用だった こと。

 しかも、このような政治を動かしている本当の裏の体制が単独講和=「独立」後もいっこう 崩れていない。
 予算の編成にあたっては、閣議決定の前に蔵相が大使館へ「念のため」「敬意」を表しに出かけ ていた。

 さらに次のように詳述している。
 一事が万事である。現在の日本では、政権がいつまでもつかというようなことも、 アメリカの世界政策、とくに極東政策がどんな状態になっており、それと内閣の施策 との関係がどうなっているかということ、また総理に対するアメリカの評価がどういう 風に動いているかということが、終極的な重さをもってみられる。このことは「独立」 を達成したという日本が、「援助」によって財政を把握され、アメリカ軍の特需で 国際収支をやりくりするような立場に立たされ、おまけに軍事、外交その他たいていの 部門で、アメリカ人顧問の直接的又は間接的な引き廻しにあっている事実からいえは、 何も不思議がることはないといえるだろう。
 前にもどって、日本人の間では「吉田はあちらさんの信用があるから……」というような 表現が今でも残っているが、本当のところは、人間としての吉田が信用されているのではなく、 むろん、支配と従属という特殊な関係で結ばれた米日支配階級の同盟だけが問題であり、 吉田はそのような関係における日本支配者層の統一の人格化という点でだけ評価されるという のが真相であろう。もう一度言いなおすと、アメリカはアメリカの意志を従順に遂行してゆく ような政治上のまとまりが出来れば、その事実関係を評価するのであって、現在は吉田政府と 自由党がそういう意味の「信用」を博している。その次が重光になるのか、まかり間違 って河上丈太郎になるのか、それはどうでもよい。というのは、問題が政権担当者 の人物や思想(「赤」はダメとしても)にあるのではなく、もっと客観的な、いわ ば道具としての価値に近いようなものであることは、占領期間中、吉田ワンマンの 性格がGSのウィロビー一派から徹底的に嫌いぬかれたにもかかわらず、いまだに命脈を保って いることからも明らかに察知されるであろう。(しかしまた、アメリカ側が次期政権工作など に超然と不干渉の態度をとっていると考えるのは事実に相違するようだ。現におこなわれている 保守連携工作は世上「大使館筋」の斡旋によるものだと伝えている)

 ここで述べられていることも現在に通じる。コイズミがブッシュのポチであることはいやというほど 思い知らされているが、今国会で争われている「郵政公社民営化」もアメリカからの強い要請による という。森田実さんのホームページ
から引用させてもらう。

 『月刊日本』2005年6月号に「郵政民営化は『米国による日本改造』プログラムの一環だ」と題する 関岡英之氏のインタビュー記事が掲載された。すぐれた迫力あるインタビューである。そのポイントを紹介 する。

 (1)《現在、我が国の様々な分野で構造改革が進められていますが、これらの多くは米国の国益極大化を 目的とする、米国政府からの要望に基づいたものです。私はそれを「米国による日本改造」と命名しまし た。》

 (2)《おそらく最初は日本の官僚も米国の対日経済戦略に気づき、必死に抵抗したものと思われます。 しかし経済制裁という脅しに譲歩を重ねているうちに、いつの間にか日本側が妥協するというパターンが できてしまった。こうした状況が続くと、官僚の頭の中には米国の内政干渉に応ずることが当然になって、 何も疑問をもたないようになったのです。》

 (3)《1993年の宮沢喜一首相とクリントン大統領の首脳会談で、日本側が米国に譲歩する形で (年次改革要望書の交換が)合意された。(米国側はこの年次改革要望書に)日本の産業、経済、行政 から司法に至るまですべてを網羅し、米国は様々な要求を列挙しています。》

 (4)《司法制度改革は「日本改造」の突破口として位置づけられています。目指すのは自由放任で何 でも裁判で白黒を決めるアメリカ型社会です。百戦錬磨の弁護士を雇う金銭的余裕のない人は裁判で 争う前に敗北し、社会から疎外されてしまう。目指す社会は「強者のパラダイス」ですが、大多数の 日本人にとっては、いたたまれないようなすさんだ世の中です。弱肉強食で貫かれた発想といえるで しょう。》

 (5)《郵政民営化の背後に明らかに米保険業界の要求がある。米国が最初に公式文書で郵政民営化に ついて言及したのは、対日「年次改革要望書1995年版」です。「郵政省のような政府機関が民間保険 会社と直接競合する保険業務に携わることを禁止する」といった要求が出されました。》

 (6)《米国の狙いは、まず郵便事業と簡保を切り離して完全民営化することで、全株を市場で売却しろ と要求しています。切り離された新簡保会社はたちまち外資の餌食になるのは間違いありません。》

 (7)《米国当局者は、次の日本のターゲットとして「医療・保険制度」とともに「教育」もあげている。 教育特区で全教科を英語で教えることを可能にする動きも予想されます。(この動きが広がれば)日本 の古典文学や歴史、文化をどう教えるかという問題が生じる懸念もあります。》

 (8)《こうした一連の「米国による日本改造」を拒否するためには、問題の本質をシッカリと把握 して議論し、日本の国益を守るために大奮闘している国会議員を、日本国民は支持してゆく必要がある と思います。》

 以上が、関岡英之さんのインタビュー記事の要旨です。正論です。

 アメリカのハゲタカファンドが狙っているのは簡保と郵貯を合わせて350兆円と言われている 市場(=国民財産)だという。
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