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253 日本のナショナリズム(6)
明治期の大衆教化=小学校教育と軍隊教育
2005年4月25日(月)


 吉本論文は前回に紹介した内容に続けて「大衆ナショナリズムの変遷」と題して大正期・昭和期の 大衆ナショナリズムの論考へと進むが、大正期に入る前にここまでの吉本論文を補充したい。 色川論文を読んでみる。

 吉本論文は、唱歌を素材にしている関係上、明治末期から説き起こしている。それに対して色川論 文はまず国家成立以前にまでさかのぼって風土的・歴史的条件によって培われてきた日本人の自然思 想や生活思想の特性を俯瞰する。その上で幕末期の知識人のナショナリズム、維新期・明治初期の支 配者のナショナリズムを論考し、次いで自由民権運動期の大衆ナショナリズムへと論を進めている。
 江戸時代の知識人のナショナリズムがどのように維新期・明治期に継承され、近代日本国家の形成に どのように関わり浸透していったかという問題は日本のナショナリズムを解明する上で一つの重要な 与件だが今はそれは割愛し、吉本論文と重なる論考部分を読んでいきたい。

 色川さんは吉本論文を次のように評価している。
 明治維新から自由民権期にかけてさまざまな民衆のナショナリズムが内からと外から触発され、 徐々に視園を拡大し、それぞれ異質な自己主張をもちだしたことは概観したが、それ以後、日露 戦争頃にかけてどのように展開(ないしは沈潜)していったかを具体的に明らかにすることはき わめて困難である。(中略)いわゆる「底辺民衆」のそれや「最底辺の存在」のそれにいたって は、手がかりとなる直接のものが無いだけに雲をつかむような状態である。そこで種々の歴史的 な類推の方法がとられるわけだが、吉本隆明は自分の原体験をもとに、当時大衆の心情をふかく 捉えていた「小学唱歌」や「童謡」などを素材として、その大衆ナショナリズムの表裏の心情構 造や、それが明治、大正、昭和とどのように変化していったかを鋭い直観で解析している。 その吉本の思考の背後にはかれなりの国家観や日本資本主義分析があるが、明治期をとりあつかっ た部分はそれらとの関連がよくうかがえて、とりわけ説得力がある。

 こうして吉本論文を受け入れた上で色川さんは言う。
 文明開化-自由民権期から明治末にいたる底辺民衆(吉本のいう大衆)のナショナリズムは、 反「近代」・反「文明」の情念を内に包蔵しながらも、しだいに次のような諸力によってその 内奥をこじあけられ、異国にたいする国家的排外心や文明への漠然たる憧憬、あるいは物質的富 や平等を求める屈折した対外志向にと捉えられていったように私は思う。
 そして大衆のナショナリズムの内奥をこじあけていった諸力として次の五点を挙げている。

1 小学校教育
2 軍隊教育
3 対外戦争
4 明治天皇をカリスマとして活用した家族国家論などの支配的思想
5 資本制商品経済等々による漸進的な浸透力

 『大衆のナショナリズムは、これらの諸カとの対応-緊張と感応の過程で自己を変容させ、その測りしれ ない土着的、野性的エネルギーを統御されてゆくのである。』

 第一の力「小学校教育」について。
 まず、明治中期以降の大衆を考えるとき、その大部分が小学校卒であることに、色川さんは注意を促して いる。
 義務教育の就学率は次のように推移している。
  1877(明治10)年:男子45%、女子14%
  1897(明治30)年:男子70%、女子39%
  1907(明治40)年:男子94%、女子85%

 大衆とはこの時期は「小卒」 の日本人をいう。そしてその小学校教育は天皇制国家が直接操作した 全国画一の「国定」教育であって、国策に合致する従順で勇敢な国民をつくりだすという点では世界に も稀な成功を示した、よく組織され体系化された内容のものだったのである。私はかつてその一端を、 国定教科書の分析を通じて実証してみたことがあるが、明治三〇年代にはすでに完成されたそれ らの国定教科書は、先に指摘した天皇制のキャパシティにみごとに照応するような縦深広範な容積を 持っていたものである。それはまた戦後の日本人が考えるほど反動的なものではなかった。「知識ヲ 世界二求メ大イニ皇基ヲ振起スべシ」との方針のもとに、「世界への開眼」を説き、進んで海外情勢 から世界史的な偉人や美談を教材にとりあげ、「進化論」などの新学説の紹介をはじめ人道主義的な 逸話さえ読本に採用している。つまり天皇制が許容する枠いっぱいに、前向きに体系化している。
 西洋に追い着き追い越せの意気込みが感得できる。前に「大東亜戦争」時の第5期国定教科書を 取り上げた(「第213回」~「第224回」)が、第5期国定教科書のような狂気はまだない。しかし もちろん天皇制を浸透させ確立するための方策にも抜かりはない。
 もちろんその中核は「日本の国体」を教えるところ(「大イニ皇基ヲ振起スべシ」)にあるが、 それも押し付け的なやり方ではなく、地理・音楽・自然教科などからの「日本の国土への愛」を もりあげ、また祖先の美談や日本史上の偉人物語などを歴史、修身、国語の各教科の連携プレイに よって積み重ねながら「祖先崇拝」や「忠臣孝子」の意味を情感的に染み透させるという方法を確 立している。「楠正行」-「桜井の別れ」「児島高徳」、「乃木大将」-「水師営の会見」、 「水兵の母」-「黄海の戦い」などの国語と小学唱歌との組み合わせは絶妙であった。しかも、それ らの歌はいずれも哀調を帯びた佳品であり、大衆の心の奥深くに沈潜していった。

 このくだりを私は現今の「日の丸・君が代の強制」「心のノート」の強制配布、音楽教科書の変容、 「つくる会」の社会科教科書などに代表される教育反動の動きを二重写しにして読んだ。

大衆のナショナリズムの内奥をこじあけていった第二の力「軍隊教育」について、色川さんは次のよ うに述べている。
 「軍隊教育」は徴兵令によって大衆の子弟を強制的にあつめ、世間と隔絶した軍の世界で二年間に わたる猛訓練と精神教育をほどこすものであった。それは「軍人勅諭」を最高の教典として、たえず 「国難」を強調し有事にそなえることを心がけさせた。そこで大衆は絶対服従の規律と要領の精神を 体得するのだが、いったん郷里にもどれば在郷軍人として扱われ、草の根の軍の〝細胞″として巣ご もり志向の強い大衆を〝国難予備〟の方向にひきつけておく役割をになわされた。北一輝が『日本改 造法案大綱』で着目したのは、この大衆ナショナリズムの釣ばりである。北はこの予備軍を革命志向 の方向に利用しようと考え、そのための服従価値の源泉である天皇を「一君万民」をたてまえに既成 権力の手から奪回しようとはかったのである。敗戦後、日本が徴兵制による「軍隊教育」のシステム を失ったということは、どれほどナショナリズムの集中力の減退に作用しているか測り知れない。

 「第1回」(2004年8月15日)で私は次のような記事を書いた。
 『自由と民主を僭称する政党を中心とする支配者側は少しずつだが、狡猾にかつ着実に時代 錯誤とも言えるよこしまな目論見を実現し続けてきた。とうとう厚かましくも心の中に土足で 踏み込むように「君が代・日の丸の強制」を打ち出してきた。そして憲法改悪を目論む勢力が 大手をふってのし歩くまでになってしまった。その憲法改悪を米国が催促している。政治評 論家・森田実氏のホームページ
「MORITA RESEARCH INSTITTUTE CO.LTD」
によると、アメリカの狙いは、憲法を改定させて徴兵制を国民の義務にすることだという。」
 北朝鮮の脅威を過度に煽るマスコミや保守系政治家らの言動は憲法改悪のための布石の一つと考えても 考えすぎではないだろう。いまマスコミをにぎわせている中国の「反日デモ」について、こういう事態 を招くためにコイズムは靖国参拝を繰り返してきたのだと穿った見方をしている人もいるようだ。 中国の「反日デモ」も憲法改悪へと世論を誘導する格好の材料だ。週刊誌などは過度にセンセーショナルに に取り上げている。今日の朝日新聞に掲載された世論調査の結果によれば、中国側が「日本の歴史認識 について反省を行動で示すよう求めた」ことに対して71%が「納得せず」と答えたという。
 憲法改悪を許せば、次には当然、徴兵制が浮上してくるだろう。
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