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248 日本のナショナリズム(1)
はじめに
2005年4月20日(水)


 前回の『もう一度「戦争案内」の案内』で引用した戸井さんの文章に次の一節があった。
 「どうしてそういう世の中になってしまったのです、してしまったのです」 ―ここの ところがむずかしくて、わたしにもよくわからないのだが、ぼくの生まれるずっと前から、 長い年月かけて代々の大人たちがそういう世の中をつくってきたことだけは確かだ。そこ がおそろしいのだが、そのへんを、もっと勉強するしかないと思う。

 このホームページで私はもっぱら他人のことばの受け売りをやっている。それは私に人に語るべき ほどの蓄積がないからだ。つまり私はこのホームページで戸井さんが言うところの「勉強」をしてい るつもりなのだ。そして「もっと勉強するしかない」と思っている。

 北村小夜さんの「危ない教科書・音楽」を取り上げていたとき、二つの課題が浮かび上がっていた。 一つは明治からこのかたの大衆の愛唱歌を素材に「日本のナショナリズム」を論じている吉本隆 明さんの同名の論文を読み直すことである。(この論文の一節を「第136回・2004年12月28日」で 引用している。)
 もう一つはそれらの愛唱歌がなぜ愛唱歌になるのかという疑問をもった。日本語や日本人 の音楽的感性にどんな特質があるのか。この疑問に答えてくれそうな論考として菅谷規矩雄さんの 「詩的リズム」が思い浮かんでいた。これも読み直してみようと思った。実は「詩的リズム」には 吉本論文について論評している部分がある。

 吉本さんの論文「日本のナショナリズム」はナショナリズムの岩盤にまで掘削を届かせたユニーク でかつ優れたものと思っているが、その後、肯定的にであれ批判的にであれ、これを超えるナショナ リズム論はないようだ。小熊英二さんの「<民主>と<愛国>」は戦後日本のナショナリズムがテーマ なので吉本さんの「日本のナショナリズム」を取り上げる場ではないかもしれないが、本文では全く 触れていない。註でほんの少し言及しているだけだ。

 「国定教科書」をテーマにしているとき、何かよい資料はないかと岩波講座「日本歴史17」をめくって いたら、色川大吉さんの「日本のナショナリズム論」という論文に出会った。色川さんはそのはしがき で吉本さんの論文「日本のナショナリズム」を高く評価している。

   いまなぜ「ナショナリズム」を取り上げるのか、「ナショナリズム論」の状況はどうなっているの か、その中で吉本論文はどう位置づけられるのか、色川さんの「日本のナショナリズム論」はどういう 動機と意図を持って書かれたのか。まずそれらの観点から色川さんの「はじめに」読んでみる。

 色川さんはまず「日本のナショナリズムを総体として論じ、思想としての衝撃力を持った論文が戦後の 日本にどれほどあったろうか」と問い、日本史学会にはめぼしいものがほとんどないと嘆いている。
 そして「よく戦後三〇年の風雪に耐え得たもの」(色川さんのこの論文が書かれたのは1975年前後) として、「西欧近代のモデルを理念化し、自己否定の契機として日本のナショナリズムの病理を総体とし て解析した丸山真男の「日本におけるナショナリズム」(『現代政治の思想と行動』)」と、「魯迅や 中国のモデルを否定の契機として日本ナショナリズムの特質を摘出した竹内好の諸論文(竹内好評論 集、第三巻『日本とアジア』)」をあげている。いずれも 戦後数年のあいだに書かれたものである。
 それから約10年後(1964年)、「安保反対闘争の過程で大衆ナショナリズムという新しい概念を提出し、その 基底の視角から日本のナショナリズムの総体(支配層のナショナリズム、知識人のナショナリズム、大 衆のナショナリズムの関連構造)を逆照射して丸山らを批判した吉本隆明の論文(「日本のナショナ リズム」)があらわれ、大きな影響をあたえた。」
 それ以後、上山春平、神島二郎、橋川文三、松本三之介らのカ篇が書かれているが、本質的な方法 論上の論争に発展せず、思想的な衝撃力という点からするなら、丸山・竹内・吉本のそれに及ぶこと はできなかった。右の三氏はそれぞれするどく現実とかみあい、本質的な視点を提起し、総説を展開 していたからである。
 こんど私はそれらを通読して、あらためて日本のナショナリズムの問題が理論面でもまだ解決されて いないことを痛感した。実証的な面における研究の不足についてはいうまでもない。この問題は日本文 化および日本社会の伝統的体質や近代化の理解と結びついているばかりでなく、何よりも天皇制の本質 と深く関連している。その上ナショナリズム生成の時期が近世中期から現代までの二世紀余にわたり、 しかも日本近代の思想史、政治史の骨格をなしているものだけに、その総体を歴史学的に実証してゆく ことはきわめで困難なのである。
(中略)
だが、この詩人にして思想家なる人の大胆な「ナショナリズム」論は(かれのスター リン主義批判や「自立」の理論と共に)、多くの読書人に衝撃をあたえたにもかかわらず、学界内部 の研究者には破壊力を及ぼすことはできなかった。学界内の研究者は亀甲のように厚い皮をかぶった 進歩主義史学なるもののパラダイムの中に安住し(しかも、ほとんど大学に職を得て保守化しており)、 吉本論文を気のきいたエッセイのたぐい、新左翼の口の悪い男の一評論ぐらいにしか受けとめなかった のである。つまり、「私の近代史研究とは関係ない」「あれは学問ではないよ」 といった程度の反応であった。
 私はそのことを同じ研究者の一人として残念に思う。その批判が学界外のどこから誰から来たものであ ろうと、近代史の方法の本質にかかわるものであるなら、研究者は謙虚に受けて立つべきであった。吉本 論文中、もっとも激しい批判をあびた上山春平は、吉本の激語を冷静な学的態度でうけとめ、丸山真男 と対照して吉本隆明の思想的位置を確定し、吉本説を相対化しようとする論文を発表した。その態度は 立派だが、上山のその試みは見当はずれであって成功していない。だいいち上山は吉本の思想言語を理 解せず(たとえば「揚げ底」などについては全くの誤解である)、 吉本の思想を単純化しすぎたため、吉本の大衆ナショナリズムの視点から日本のナショナリズムの総体を関連づけて 把握したその方法上のメリットを評価できないで終った。そこで私もかれらが提起した仮説にたいして、遅ればせな がらこの機会に研究者として発言してみたいと思う。

 次回から吉本さんの「日本のナショナリズム」と色川さんの「日本のナショナリズム論」と菅谷 さんの「詩的リズム」を読み合わせながら日本のナショナリズムについての理解を深めていこうと 思う。ずいぶん欲張ったことを考えてしまった。私にとっては大変な難題で、うまく いくかな?チョッと心配になっている。
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