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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
215 国民学校の教科書より(3)
皇国民練成の洗礼を受けた世代
2005年3月18日(金)


国民学校令は1941年3月1日に公布され4月1日より発効しました。その第1条に曰く。

国民学校ハ皇国ノ道ニ則リテ初等普通教育ヲ施シ国民ノ基礎的練成ヲ為スヲ以テ目的トス

 この皇国民の練成という目的にそって編成されたのが「第五期国定教科書」です。この教科書は 1946年3月まで使用されました。

 「神の国」で入江さんが次のような指摘をしています。
 1999年:「国旗国歌法」の制定、2000年:森首相の「日本は天皇を中心とした神の国」の発言、 2001年:「新しい歴史教科書をつくる会」による中学校の歴史教科書が検定に合格、などをあげて
 このような一連の国粋主義的、時代錯誤的な状況がつくりだされて、日本国内はもとよりアジアの 人々に衝撃をあたえている。日本の保守層が悲願としながら半世紀にわたって躊躇していたこ れらの情念が、今、つぎつぎと表出する背景には、ひとつの際立った共通点がみられる。
 それは人生の最初の学校教育を「皇民教育」という超国家主義イデオロギーにより、白紙の 魂に「刷り込まれた」世代、特に太平洋戦争がはじまる1941(昭和16)年の4月から1945(昭和20) 年までに国民学校で学んだ世代が、社会の中枢を占めはじめたことであろう。
 ちなみに小渕恵三元首相と森喜朗前首相が1937(昭和12)年生まれ、「新しい歴史教科書を つくる会」の代表であり執筆者である西尾幹二氏が1935(昭和10)年生まれである。

 少年時代に刷り込まれたものをそのまま引きずって人生の終点近くまで来てしまった人たちです。 私が彼らを未成熟という所以です。またこのことが第五期国定教科書を検証する意義 でもあります。

 さて、「御民われ」では第五期国定教科書の国語の全教科書の全教材を詳細に分析しています。そして 、「教育問題や教科書問題などについて論じられる場合、引用材料として比較的頻度数の高いもの、及び 如何にも軍国主義的な意図の露骨なものをひろいあげ」ています。
 教科書監修官だった井上赴という男が、国語の教科書は「上級に進むに従って文学 でなければならぬ」と言っているそうです。そして東京都視学官の久米井束らが絶賛したそうです。 その文学振りを、山中さんがひろいあげた教材を読みながらじっくりと検証してみましょう。

『ヨミカタ・一』(1年前期)より

ヘイタイサン 
ススメ ススメ 
チテ チテ タトタ テテ タテタ

 「チテチテタ…」を中山さんが解説しています。「これは、陸軍の進軍ラッパのメロディで、音 名に直すと、チ=ソ、テ=ミ、タ=ド、ト=一音階下のソ、である。」

「ヨミカタ・ニ」(1年後期)より

<ラジオノコトバ>
 日本ノ ラジオハ
 日本ノ コトバヲ ハナシマス。
 正シイ コトバガ、
 キレイナ コトバガ、
 日本中ニ キコエマス。

 マンシウニモ トドキマス。
 シナニモ トドキマス。
 セカイ中ニ ヒビキマス。

<日本のしるし>
 日本の しるしに
 はたが ある。
  朝日を うつした
  日の丸の はた。
 日本の しるしに
 山が ある。
  すがたの りっばな
  ふじの 山。
 日本の しるしに
 うたが ある。
  ありがたい うた
  君が代の うた。

「よみかた・三」(2年前期)より

<ニ重橋>
目の 前に をがむ 二重橋、
けだかい、美しい 二重橋。
おほりの 水は しづかに 明るく、
白い やぐらは くっきりと そびえ、
しげった 松の 間に、
おやねが かうがうしく 見えます。

さくさくと 小じゃりを ふんで、
女学校の せいとさんが 来ました。
きちんと 並んで さいけいれいを して、
こゑを そろへて 「君が代」を 歌ひました。

私たちも いっしょに 歌ひました。

「よみかた・四」(2年後期)より

<金しくんしゃう>
 軍人さんの胸は、
 くんしゃうでいっぱいです。
 花のやうなくんしゃう、
 日の丸のやうなくんしゃう、
 金のとびの金しくんしゃう。
 昔、神武天皇のお弓に止った、
 あの金のとびが、
 今、軍人さんの胸にかがやいて、
 りっばなてがらを
 あらはしてゐるのです。
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