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212 文部省唱歌事始
2005年3月15日(火)


 前回の北村さんのお話に「いずれも(「仰げば尊し」と「蛍の光」)1879年(明治12)の 「教学聖旨」(文明開化に向けて教育が進むなか、日本の教育は仁義忠孝が基本だという天皇名の方針)が出されてか ら教育勅語発布(1890)の間、すなわち天皇制教育確立の時期に作られたものであることを考える とその意図は明らかです。」というくだりがあった。

 私の蔵書に、復刻版だが、1881年(明治14年)文部省出版の「小學 唱歌集 初篇」という小冊子が ある。ちょうど上記の時期と同じ時期のものだ。北村さんの論文を読んでいるうちにそれを思い出して取り出 してみた。話題提供の意味で、その序文と内容のいくつかを書きとめてみる。 (原文は毛筆なので読み取りがたいところがある。読み間違いがあるかもしれない。あしからず。 また、句読点なしのノッペラボー文章で読みにくいので一文ごとに行替えをした。)
  緒言

凡ソ教育ノ要ハ徳育智育體育ノ三者ニ在リ
而シテ小學ニ在リテハ最モ宜ク徳性ヲ涵養スルヲ以テ要トスヘシ
今夫レ音樂ノ物タル性情ニ基ツキ人心ヲ正シ風化ヲ助クルノ妙用アリ
故ニ古ヨリ明君賢相特ニ之ヲ振興シ之ヲ家國ニ播サント欲セシ者和漢歐米ノ史冊歴々徴スヘシ
曩ニ我政府ニ始テ學制ヲ頒ツニ方リテヤ已ニ唱歌を普通學科中ニ掲ゲテ一般必須ノ科タルヲ示シ其教則 綱領ヲ 定ムルニ至テハ亦之ヲ小學各等科ニ加へテ其必ス學ハサル可ラサルヲ示セリ
然シテ之ヲ学校ニ實施スルニ及ンテハ必ス歌曲其當ヲ得聲音其正ヲ得テ能ク教育ノ真理ニ悖ラサルヲ要スレハ 此レ其事タル固ヨリ容易ニ擧行スベキニ非ス
我省此ニ見ル所アリ客年特ニ音楽取調掛ヲ設ケ充ルニ本邦ノ學士音樂家等ヲ以テシ且ツ遠ク米国有名ノ音楽 教師ヲ聘シ百方討究論悉シ本邦固有の音律ニ基ツキ彼長ヲ取リ我短ヲ補ヒ以テ我學校ニ適用スヘキ者ヲ撰定 セシム
爾後諸員ノ協力ニ頼リ稍ヤク數曲ヲ得
之ヲ東京師範學校及東京女子師範學校生徒并両校附属小學生徒ニ施シテ其適否ヲ試ミ更ニ取捨選擇シ得ル所 ニ随テ之ヲ録シ遂ニ歌曲數十ノ多キニ至レリ
爰ニ之ヲ剞?(厥の右にリットウがつく字)ニ付シ名ケテ小学學歌集ト云
是レ固ヨリ草創ニ属スルヲ以テ或ハ未タ完全ナラサル者アラント雖モ庶幾クハ亦我教育ノ一助ニ資スル ニ足ラント云爾

明治十四年十一月 音楽取調掛長 伊澤修二 謹識

 日本の音楽教育はその発祥のときから芸術教育ではなかった。「音樂ノ物タル性情ニ基ツキ人心ヲ正シ風化ヲ助クル ノ妙用」を利用した「徳性ヲ涵養スル」ための手段としてスタートした。
 「本邦ノ學士音樂家等」が「米国有名ノ音楽教師」の教えを受け、ほとんど無の状態から 「本邦固有の音律ニ基ツキ彼長ヲ取リ我短ヲ補ヒ」唱歌を創造していった、その苦労のほどは 並大抵ではなかっただろう。やがてそれなりに洗練されていき、その良し悪し・功罪は別として、 ともかく「徳性ヲ涵養スル」ための唱歌は学校教育を通して大衆の中に浸透していった。

 では上記の最初の「唱歌集」に収録された歌の中で後まで歌い継がれた歌はどれほどあった だろうか。全部で33編収録されている。題名を並べると次のようになる。

1.かをれ 2.春山 3.あがれ 4.いわへ 5.千代に 6.和歌の浦 7.春は花見 8.鶯 9.野邊に  10.春風 11.桜紅葉 12.花さく春 13.見わたせば 14.松の木蔭 15.春のやよい 16.わが日の本  17.てふてふ 18.うつくしき 19.閨の板戸 20.蛍 21.若紫 22.ねむれよ子 23.君が代  24.思ひいづれば 25.薫りにしらるる 26.隅田川 27.富士の山 28.おぼろに 29.雨露  30.玉の宮居 31.大和撫子 32.五常の歌 33.五倫の歌

 四季の風物を主題にした、いわゆる「にっぽんのうた」の要件を満たす歌が多い。ほとんど 春の歌だ。しかし歌詞の中にこっそりと道徳や忠君愛国を忍ばせているものがある。
 メロディーの方は外国の既成の曲に日本語の歌詞を割り振ったものが多いのではないか。

 今に歌い継がれているのは(私が知っているのは)15.と17.と20.。
 15.は「越天楽」と歌詞もメロディーも同じで、北村さんの話にあったように、最近復活した。
 17.は現かなづかいで書くと「ちょうちょ」
 20.は「蛍の光」で、もちろん4番まで揃っている。

 16.の一番は「わがひのもとの あさぼらけ かすめる日かげ あふぎみて もろこし人とも  高麗びとも 春たつけふをば しりぬべし」とある。つまらぬ事で中国や朝鮮への優越感を 吐露している。「日いずるところの天子 日没するところの天子に書をいたす つつがなきや」 を下敷きにした歌詞か。

 18.は3番まである。それぞれ「うつくしき我が子やいずこ」と歌い始めて、上の子・中の子・末の子 と次々に弓・太刀・矛を取って「君のみもとにいさみたち」「わかれゆくなり」というすさまじい内 容だ。

 23.の「君が代」は、メロディーは現在のものとは全く違うもので、歌詞は2番まであり、次のよ うに余分な文句が付いている。

1 君が代は ちよにやちよに さざれいしの巌となりて こけのむすまで うごきなく 常盤かきはに  かぎりもあらじ
2 君が代は 千尋の底の さざれいしの 鵜のいる磯と あらわるるまで かぎりなき みよの栄を  ほぎたてまつる

 いよいよバカバカしい歌詞だ。

終わりの二つは儒教道徳のお題目の歌で「教育勅語」の先取りのようなしろものだ。
 32.の「五常」とは「仁・義・禮・智・信」のこと。 33.の歌詞は「父子親あり 君臣義あり  夫婦別あり 長幼序あり 朋友信あり」で、ただ徳目を 並べただけの味も素っ気もないものだ。
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