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211 北村小夜さんの講演から(4 最終回)
教科書会社の変節
2005年3月14日(月)


 教育委員会委員の選挙選出から任命制への移行。教科書の広域採択制への移行。学校票(現場教員の意見) の形骸化。かくして教科書は国家権力の意向を忠実に履行する教育委員会の恣意的な採択を可能にした。これ も周到に準備されてきた教育支配のための施策だった。

 このことがさらに教科書の国定化を促進する役割を果たしている。北村さんは、それまでは比較的まし だった教育芸術社刊の小学生の音楽教科書の変節振りを取り上げている。
 新しい歴史教科書をつくる会の歴史教科書が教科書検定を通るということは、全ての教科書 が、つくる会教科書的になったということです。来年度から使用される三社の音楽教科書を見ると、 国定道徳教材といわれる「心のノート」に似ていることに驚きます。産経新聞が絶賛しています が('04・4・28)、共通教材に加え、日本の伝統文化の重視という指導要領の趣旨 を一層尊重し、「懐かしい歌」を加え、「こころのうた」「につぽんのうた」「みんなのうた」 などと強調し、「心のノート」と共通する日本の自然や風習の写真や絵をふんだ んに使っています。

 (教科書に掲載されている)この写真は、2002年埼玉スタジアムで行われたサッカー試合で 日本チームを応援する人々です。 ざっと数えて400ほどの「日の丸」が来年度から使われる教育芸術社刊「小学生の音楽」六年生 用の扉を飾っています。教育芸術社の音楽教科書は「あおげばとうとし」も「ほたるの光」もなく、 まだましな教科書と言われてきました。
 ところが来年度から使われる改訂版では、すっかり様相が変わっています。「あおげばとうと し」も「ほたるの光」も共通教材ではありませんから載せる必要はないのですが、この写真とと もに、六年生用に「あおげばとうとし」が、五年生用には「ほたるの光」が載っています。 それだけではありません。共通教材のすベてに”こころのうた”というリードをつけた他、 「夕日(ぎんぎんぎらぎら)」「七つの子」「背くらべ」「海(松原遠く)」「浜千鳥」など、 産経新聞などがいう懐かしい歌を増やしています。さし絵や背景の写真も、今までは子どもの曲 のイメージ作りを妨げないように配慮してか、色彩も淡く控えめでしたが、改訂されたものは 強烈なものが多く、概念規定をしようとしているように見えます。山や桜や日本的行事もあり、 一見して「心のノート」を思わせます。

 なぜ、こんなことになったのでしょうか。

(中略)

 この変わり様は、この間の政治的な動きに呼応したもので、どの教科書にも共通することですが、 「わが国の伝統文化の尊重」を深読みして、関わる記述を増やしています。変わった理由の一つは そのような一連の動きに対応したものでしょうが、もう一つは、教科書の採択が教育現場の意向を 無視して教育委員会が強権的に行うようになったからです。すなわち採択に力を持つ教育委員会向 きに作られるようになつたということです。
 教科書検定に合格しなければ教科書になりませんが、教科書になれば商品ですから売れなけれ ばなりません。売れるということは採択されることです。

(中略)

 仮に(教育委員会に教科書採択の)権限があるにしても、管下の教職員や学習主体である子ども、 保護者の意向を尊重してこそ権限は全うされるのですが、現場排除が横行しています。なかでも強 硬なのが、「つくる会教科書」採択でわかるように東京都教育委員会です。すでに2003年4月に横山 教育長が、学校票を無視するようにという通達を出しています。学校票が無視され、採択の実権が 全面的に教育委員会に移れば、売るためにはその意向に媚びます。教育委員会の視点が「伝統文化 の尊重、国民としての自覚」ですから反映されるのは当然です。2003年4月の都の教育委員会では 「卒業式に『仰げば尊し』を歌わない学校を調べろ」「歌わせない教員は自信がないのだ」という 委員もいました。

 私は教員をしている時、卒業生の「仰げば尊し」を聞くときには、やはり忸怩たる思いを 禁じえなかった。自信がないといわれればその通りだ。しかし、「私は『仰げば尊し』を歌って もらうに値する教師だ」なんて思っている教員がいるとしたら、とんでもなく鼻持ちならぬ奴だ。

 「仰げば尊し」や「蛍の光」がなぜ問題なのか。北村さんは次のように解説している。
 「仰げば尊し」の歌詞はニ節が立身出世をめざすものとして省略され、教科書には一節と三節しか 載っていませんが、もともとこのようなものです。


  あおげば尊し

一、あおげばとうとし わが師の恩
  教の庭にも はやいくとせ
  おもえばいととし このとし月
  今こそ 別れめ いざさらば

二、互いむつみし 日ごろの恩
  別るる 後にもやよ 忘るな
  身を立て名をあげ やよはげめよ
  今こそ 別れめ いざさらば

三、朝夕なれにし まなびの窓
  ほたるのともし火 つむ白雪
  忘るるまぞなき ゆく年月
  今こそ 別れめ いざさらば
 「小学唱歌集」1884年(明治17年)


 「ほたるの光」は教科書にはニ節までしか載っていませんが、三節を見れば、あきらかに国を 守る「防人」を送り出す妻の歌であることがわかります。四節は戦争中、千島・沖縄が樺太・台湾 と歌われました。戦局が進んでアリューシャン・サイパンとも歌われました。
 二つとも作詞者は明らかにきれていませんが、いずれも1879年(明治12)の「教学聖旨」(文明 開化に向けて教育が進むなか、日本の教育は仁義忠孝が基本だという天皇名の方針)が出されてか ら教育勅語発布(1890)の間、すなわち天皇制教育確立の時期に作られたものであることを考える とその意図は明らかです。


  ほたるの光

一、ほたるのひかり まどのゆき
  書よむつき日 かさねつつ
  いつしか年も すぎのとを
  あけてぞけさは わかれゆく

二、とまるもゆくも かぎりとて
  かたみにおもう ちよろずの
  こころのはしを ひとことに
  さきくとばかり うたうなり

三、つくしのきわみ みちのおく
  うみやま とおく へだつとも
  そのまごころは へだてなく
  ひとつにつくせ くにのため

四、千島のおくも おきなわも
  やしまのうちの まもりなり
  いたらんくにに いさおしく
  つとめよ わがせ つつがなく
 「小学唱歌集」 1881年(明治14年)
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