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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
199. ○は×、×は○ 
2005年3月1日(火)


 前回で「憲法第九条をめぐって」シリーズは終わりにしようと思っていた。しかし前回、 解釈改憲の詭弁について触れた時、警察予備隊→保安隊→自衛隊と続く再軍備の成立過程を 追ってみたいと思った。次回から「再軍備はどのうに行われてきたのか」と題を変えて始めようと思う。

 さて今回は朝日新聞(2月25日付朝刊)に掲載された吉岡忍さんの「○か×か、心優しき 民よ」と題したコラムを紹介する。

 前段の話は、前回述べた「賛成は反対、反対は賛成」とは意味が違うが、「○」と 「×」が入れ替わるという面白い、というよりか、おっかない話。
 「改憲に熱心な議員ら」が作った「憲法改正国民投票法案」は「心優しい人」の心理を 巧みに利用するものになっていると指摘している。
 これからの日本が現行憲法でやっていくことに賛成の人は「〇」、反対の人は「×」をつ けて、と言われたら、読者諸賢は?
 私の予想では、たぶん「〇」が多い。
 では、次の質問。憲法改正に賛成の人は「〇」、反対の人は「×」をつけて、と言わ れたら、どうか。
 ここでも「〇」が多いだろう、と私は予想する。
 この二つは同じ趣旨のことを聞いているのだが、質問の仕方が逆だ。最初の質問に 「〇」をした人は、二番目の質問では「×」になり、最初が「×」なら二番目は「〇」だ。  でも、心優しい人は何につけ「×」をつけることには心理的抵抗があって、ついつい 「〇」をつけてしまう。だから、同じ趣旨の質問でも、聞き方によって、結果が逆に出る。
 今国会で「憲法改正国民投票法案」が審議されそうだという。改憲に熱心な議員らが 作った法案を読んでみたら、投票用紙の書式が定めてあって、改憲に賛成の人は「〇」を、 反対の人は「×」をつけるようになっていた。センセイたち、人間の心優しさをよ く見抜いている。

 衆議院議員選挙のときに時折同時に行われている最高裁判所裁判官の国民審査は、罷免したい 裁判官に「×」をつけるという方法をとっている。この方法での国民審査は意味がないという 議論が時々起こる。
 各裁判官がてがけてきた裁判の判決を全て検討するのも大変だし、それに全員罷免が相当 と判断しても、全員に「×」をつけるの、面倒だよな。しかしそれにもめげずに私は 毎回全員に「×」をつけている。

 吉岡さんの二つ目の話もおっかない話だ。
 主権在民、基本的人権の尊重、平和主義を三本柱とする憲法を変えるのかどうかは、大問題である。 さあ、国民投票だっ」となったとき、新聞、テレビ、雑誌はもちろん、ネットでも議論を盛り立てな ければならないと私は思う。
 ところが法案には「何人も、国民投票の結果に影響を及ばす目的をもって新聞紙又は雑誌に対する 編集その他経営上の特殊の地位を利用して(中略)国民投票に関する報道及び評論を掲載し、又は 掲載させることができない」とある。また「何人も、国民投票に関し、その結果を予想する 投票の経過又は結果を公表してはならない」そうで、違反すれば禁固刑や罰金だという。
 これって、政党などがくり広げる大宣伝しか見聞きできないっていうことじゃない か。きみらは黙って引っ込んでろ、と言われているようで、私としては……ウーン、バ、バツだなァ。

 はじめから自由な言論を封じようと言うのだ。「違反すれば禁固刑や罰金」とは恐れ入る。 憲法をはなから無視している。これって、憲法違反のたいへんな弾圧だよ。

 それに上記のような悪法がなくとも、もうすでにマスコミのほとんどは国家権力の宣伝機関に 堕している。民意だとか世論だとか言われているものはマスコミの一方的情報操作の結果じゃな いか。
 マスコミが上から下へとただ垂れ流している情報もさることながら、国家権力が 隠している情報が問題だ。国家権力が重要な情報を隠しながら重要な局面をしのいでいることが、 後になって多々明らかにされている。

 現在のこの国の国家権力もご多分にもれず、警察暴力によるあからさまな弾圧と法律というオ ブラートに包んだ弾圧を使い分けながらその権力を維持してきている。大日本帝国時代はもちろん、 新憲法下の新生日本だってその歴史は弾圧のオンパレードだよ。いま自衛隊の成立過程を調 べ始めたが、ますますその観を深くしている。