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170. 憲法改悪の真の狙い
2005年1月31日(月)

 憲法改悪に対して、私は「憲法擁護」とは言いたくない。もちろん天皇条項の故である。くだんの条項を 削除する改正なら諸手を挙げて賛成したい。憲法改悪反対の立場の人の多くが同じ思いではないかと 推測しているがどうだろうか。

 憲法改悪を企む側も反対する側も第9条を一番の争点と考えているようだが、私はそれにもまして前文の 改悪を懸念している。

 いま都教委が行っている教育支配のための施策の多くが憲法違反あるいは教育基本法違反であることは 明らかだ。教育基本法違反を詰問された都教委員の某かが「いずれ教育基本法が改正されて、私たちのや っている事が正しいことになる。」とうそぶいたという話を仄聞したが、そういうものいいがあっても 驚くに当たらない。違反承知でやっているのだ。
 イシハラは現憲法を認めないと公言している。イシハラの腰きんちゃくも親分に倣っていることになる。

 イシハラは現憲法を目の敵にしている。特にその前文がもっとも癇に障るらしい。「醜悪」だという。 日本語の表現として悪文だと批判している(それはそれで当たっている)のだが、イシハラの数々の言動から、彼が目の敵にしている 本命のターゲットは前文に盛り込まれた「理念」なのだ。
 自民党らの改悪案は、前文がそのままでは、多くの条項が前文と齟齬をきたすに違いない。 改悪遂行者らは、憲法は国家が決めて国民に従わせるもの、という憲法前文と真っ向から対立する 観点から改悪しようとしているのだから、前文を全く反対の理念で書き換えねばならない。私はこの前文の 改悪が憲法改悪の骨子だと考えている。

 憲法前文の理念と真っ向から対立する「醜悪」な例が昨年度発表された与党の「教育基本法改正協 議会・中間報告」のなかにある。

 現基本法第10条
 「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」

 改悪案
 「教育行政は、不当な支配に服することなく、国・地方公共団体の相互の役割分担と連携協力のもと に行われること。」

 これはブラックユーモアだろうか。いや大真面目なのだ。こんな噴飯ものの詐欺を平気で行う精神も なかなか「醜悪」だ。

 「日の丸・君が代の強制」に対するさまざまな訴訟では憲法が保障する「思想の自由」と基本法の 10条が眼目となる。なるほど、こんな条文に改悪されれば、都教委が「正しい」ことになる。

 ところで、いまここで問題にしている憲法前文と天皇条項についての改正意見を1947年に発表していた 人たちがいる。
 次回はそれを紹介する。
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