2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
108. 詩をどうぞ(9)
2004年11月30日


 主人と奴隷の中間にいる者たちは、弱者に対しては主人と同じ心性をまねて 暴虐をいとわず、主人に対しては奴隷根性まるだしで媚びへつらう。中間者は 傲慢と卑屈を使い分ける心性を脳髄に刻み付けてきた。

 支配者の虚勢は被支配者への猜疑心と恐怖心を悟られまいと押し隠す。しかし 中間者=支配者の手先は忠誠心の証として、猜疑心と恐怖心をあからさまに表出する。



「不作法者」抄   中江俊夫

お前のおならは
法と秩序に対する挑戦であり
問題点を充分検討し
警備の万全を期したい
県警本部長が言った

お前のおならには
騒乱罪の適用に踏みきるか
思いきった立法で対処するか
慎重に検討し もちろん現行法規も最大限に活用する
国家公安委員長が言った

お前のおならは
国民に不安を与え 不信を抱かせ
国際社会からも批判を受けており
深く遺憾とする
首相が言った

お前のおならには
今度こそ絶対安全という状態で
長期にわたる警備体制をとり
抜本的な対策を練る
所轄警察署長が言った

お前のおならは
凶悪な過激臭と化した
これまで拳銃を携行しなかった機動隊員にも
拳銃の使用を許可するよう政府に要請した
警察庁長官が言った

お前のおならには
威嚇と抵抗抑止の目的で断固として
自衛隊の出動も考慮する
それが国民全体の期待にこたえることになる
防衛庁長官が言った

   (「ユリイカ・現代詩の実験」1978年10月臨時増刊号より)


 素晴らしさと愚かさを兼ね備えているのが人間さ、としたり顔で 分かったふうな御託はたれたくない。人間の歴史は、総じて、殺戮と愚行の オンパレードだ。それが人間だと言うのなら、一段高い別の生物に進化しない限り人間に 未来はない。

 「不作法者」よりもう一連。


うじ虫や
めだかだけが残る
人間は誰一人生き残りはしない
糞虫や
かなぶんぶんだけが残る
人間は誰一人生き残りはしない
鍬形虫にも読める(くねぎ)文字で書いておこう
人間どもの碑文をあと少々
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107. 支配者の心性
2004年11月29日


 非支配者の脳髄に刻み込まれたのが奴隷根性なら、 支配者の脳髄はどうなっているのだろうか。

 再び堀田善衛著「方丈記私記」を利用させていただく。

 方丈記が書かれた時期の天変地異を九条兼実の日記「玉葉」から の引用で列記した上で、堀田さんの文章は次のように続く。
 兼実が「言語ノ及ブ所ニアラズ、日本国ノ有無タダ今明春ニアルカ。」と言うのもまた無 理はない。しかし、私は、兼実の言う「日本国」というものが、兼実の心持としては彼らの 貴族エスタブリッシュメントに限られたものであったろうと註しておきたい。一般人民のこ となどは彼らの「日本国」には入りはしない。
 そうしてそのことは、一九四四年において、直ちに公爵近衛文麿の書いた天皇に対する上 奏文を思い出すための道を拓くように思う。これは二月十四日に上奏され、秘密に附されて いたものであるから、言うまでもなく当時としてはわれわれ一般人民の知るに由のなかった ものである。支配階級というものは面白いほどに等質なものであるということの、一つの症 例になりうるか。

 堀田さんはその症例の一つは「国民と言うものの無視、あるいは敵視」であるとい、上記 「上奏文」中の国内情勢に関する部分を取り上げる。
これによると、少壮軍人の多数も、右翼も左翼も、官僚も、みな共産主義者であり、「抑々満 洲事変、支那事変を起し、之を拡大して遂に大東亜戦争まで導き来れるは」、軍部革新派であ り、「是等軍部内一味の者の革新論の狙いは、必ずしも共産革命に非ずとするも、これを取巻 く一部官僚及民間有志(之を右翼と云うも可、左翼と云うも可なり。所謂右翼は国体の衣を着 けたる共産主義なり。=近衛自証)は、意識的に共産革命に迄引きずらんとする意図を包蔵し 居り、」というわけである。資本家と貴族を除いたほかは、活発な人々は誰もかれもがぜんぶ 共産主義者だということになるのである。
(中略)
こんなにまで真面目で非常識な、真剣で滑稽な文書と いうものも少いであろう。「一億玉砕を叫ぶ声」さえが、「遂に革命の目的を達せんとする共 産分子なりと睨み居り候」となるに及んでは疑心暗鬼、悲惨というのほかない。しかも、 「此の事は、過去十年間、軍部、官僚、右翼、左翼の多方面に亙り交友を有せし不肖が、最 近静かに反省して到達したる結論」だという。満州事変、支那事変、大東亜戦争などについ て責任があるのは、また、中国の「国民政府を相手にせず」などといったのは誰だったのだ ろう。その非常識滑稽は、社会から斥けられた法外者(アウトロウ)か、犯罪者の抱く歪ん だ社会観に近い。近衛氏は、共産革命を防止し、国体と称するものを守るためにのみ、戦争 終結を急いだ。そしてこの国体と称するものも、要するに自分たちと天皇ということにほか ならぬと思われる。                  
 堀田さんは「こんなことをいわれて天皇がそのココウの臣たちについてどんな感想を抱いた か、聞いてみたい気がする。」と書いているが、天皇の心のありようも近衛とほとんど同じだ ったろうと私は思う。天皇はこの上奏文に共感したに違いない。
 戦争終結の路線はこの上奏文と同じ方向に向かって進められた。
  かくて宜戦の詔書によって開始された戦争は、三年有余の年月のうちに完全に破綻の様相を 蔓延させながら、最後に「国体護持」の一点のみをめざした「終戦」の詔書によって幕をとじる ことになった。「終戦」の詔書は、この戦争が内外の民衆にあたえた甚大な被害についてのみず からの責任にはふれず、もっぱら情勢の悪化によって終戦がやむなくなったとし、降服という事 態にもかかわらず天皇制が持続することを国民に訴えていた。戦後日本史の歴史的前提はさまざ まな意味で、この「終戦」の詔書に凝縮されているといっても過言ではないだろう。
(「岩波講座・日本の歴史21」所収「国民動員と抵抗(粟原憲太郎)」より)

 被支配者に対する恒常的な強い猜疑心と恐怖心。これが支配者の脳髄に刻み込まれた深い溝だとしたら、 奴隷根性とこの貧相な性根と、人類は救いようがないではないか。
 支配者・被支配者をともに解放する道筋は果たしてあるのか。その可能性が支配者の側にはないこと だけは確かだ。
106. 奴隷根性
2004年11月28日


 私はかねがね世襲君主を拝跪するような思想は、それがどんなに理論めかして 粉飾しようとも、奴隷の思想だと思っている。

 焼け跡の後始末の作業、絶望のどん底での辛く悲しい作業を中断してまで、灰燼のなかに 「土下座して、涙を流しながら、陛下、私たちの努力が足りませんでしたので、むざむざ と焼いてしまいました、まことに申訳ない次第でございます、生命をささげまして、といっ たことを、口々に小声で呟いていた」人々の心情を堀田さんは、さまざまな逡巡をしながらの 保留つきながらも、「無限に優しい優情」と言っている。
 私にはとてもそうは思われない。仲間として被抑圧者や弱者への共感や支援や共生へと向か う心性をこそ「無限に優しい優情」と言うべきではないのか。
 世襲君主に土下座をする心性は、奴隷の心情以外の何ものでもない。「無限に卑屈な劣情」 というべきだろう。
 しかし私は糾弾しているわけではなくただ痛ましいと思う。なぜなら私は土下座する人たち の高みからものを言っているのではなく、私の中にも巣くっている「奴隷の心情」を見据えなが ら言っているのだから。

 私は「99.『「非国民」手帖』を読む(6)」で次の文を引用した。
 
 加速する日本崩壊の根源を辿るとき、その原点にくっきり見えてくるのが、……日の丸や君が 代に象徴される理念や規範など、伝統的な精神文化の崩壊ではないか(田代京子「日の丸のこ と、君が代のこと」)

 このとき出典を明らかにすることを忘れていたが、これは『「非国民」手帖』の「どれだけ敗北 を重ねれば」(99年10月号/歪)からの孫引きで、この文について「歪」さんは次のようにコメント している。
 さすが、『正論』(9月号)の巻頭を飾る天才右翼高校生だけある。オリジナリティはゼロだが、 オジサンたちの論点をうまく整理して口真似はできている。もちろん全くの虚妄にすぎないけど。

 この文の田代京子という筆者は当時高校生だったということだ。
自ら守るのが真の平和主義 大学生 岩永拓也(神奈川県海老名市19歳)

 「共産と社民が9条守るには」(22日)を読みました。私は戦争を知らない世 代であり、その悲惨さを目の当たりにしないまま今まで当たり前のように平和な 生活を享受してきました。
 しかし私には戦後の日本が真の意味で平和を守れる国家として歩んできたとは 思えません。なぜなら、日本が憲法9条で戦力や交戦権を放棄したところで、相 手に戦争をする意思と力があれば戦争は起こると思うからです。今の日本の平和 な暮らしは日米安保条約が大きな支えになっているのが現状だと思います。  必要な武力は持つ、でも他国は侵略しないというのが、真の平和主義だと思い ます。しかし日本の防衛は日米安保が前提であり、他国による侵略があると自衛 隊単独では守りきれないことは明らかです。それでも多くの日本人は米軍基地が 自分の住む町に来ることには強く反対します。自衛隊の規模拡大に不可欠な徴兵 制も、導入されれば私は応じようと思いますが、自分で自分の身を守ることすら 拒む人がまだ大勢です。
 そんな姿勢が、沖縄県に米軍基地の7割余を押しつけたままにしているのでは ないでしょうか。現実から目を背けない姿勢が必要だと思います。

 これは11月25日付朝日新聞朝刊の読者欄の投稿文だ。
 いまさらその誤謬や欺瞞をあげつらうために引用したのではない。日々うんざりする ほど垂れ流され続けている支配者の口ぶりをそっくりなぞったものに過ぎないことを確認で きればよい。
 いずれも、単純明解にして、皮相である。耳目に入りやすい言説の常である。

 自分のハイティーンの頃を振り返ると、もっぱら背伸びをした読書にかまけて現実の政治問題 や社会問題についてはほとんど考えていなかったようだ。
 それにひきかえ上記の高校生・大学生は社会意識・政治意識が高く、感心する。 しかしその言説を私はとても痛ましいと思う。お二人ともおそらく支配されている側の 人間だと思うが、なんともたやすく支配者の思想に取り込まれてしまうことか。私には土下座を する人たちと同じに見える。

 被支配者が支配者を支持し、その支配をより強固なものにする権力の一翼を担ってしまう のは何故か。これについてはマルクスの分析以上のものを知らない。一度引用したことが あるが、再度引用する(出だしの部分のみ)。
 支配階級の思想はどの時代にも支配的な思想である。すなわち、社会の支配的な物質的な力 (ヽヽヽヽヽ)であるところの階級は、同時にその社会の支配的な 精神的な(ヽヽヽヽヽ)力である。物質的生産の手段を左右 する階級は、それと同時に精神的生産の手段を左右する。だから同時にまた、精神的生産の手 段を欠いている人々の思想は、おおむねこの階級に服従していることになる。

 しかし、被支配者が支配者の思想を受け入れてしまうのは、ただ「精神的生産の手段を欠いている」た めだけだろうか。
 被支配者の側の心性にすでに服従をこととする素地があるからではないか。

 大杉栄に「奴隷根性論」という論文がある。古今東西のさまざまな奴隷のおぞましい生き様を列挙して、 結論に曰く。
  主人に喜ばれる、主人に盲従する、主人を崇拝する、これが全社會組織の暴力と恐怖との上に 築かれた、原始時代からホンの近代に至るまでの、殆んど唯一の大道徳律であつたのである。そ してこの道徳律が人類の脳髓の中に、容易に消え去る事の出來ない、深い溝を穿つて了つた。服 従を基礎とする今日の一切の道徳は、要するに此の奴隷根性の名残りである。
 政府の形式を變へたり、憲法の條文を改めたりするのは、何でもない仕事である。けれども、 過去数萬年或は数十萬年の間、吾々人類の脳髓に刻み込まれた此の奴隷根性を消し去らしめる事 は、中々に容易な事業ぢやない。けれども眞に吾々が自由人たらんが爲めには、どうしても此の 事業は完成しなければならぬ。 (大杉栄「奴隷根性論」より)

 90年も前の言説だけれど、なお色あせていない。
105. 堀田善衛さんの奇しき体験
2004年11月27日


 1945年3月18日のヒロヒトの罹災地視察を偶然目撃した人がいる。堀田善衛氏。
堀田さんはその時の体験を、著書「方丈記私記」(とくま文庫)に書きとめている。そのくだりを 紹介しよう。

堀田さんは1945年3月18日早朝、知り合いの女性の安否を確かめるため深川へでかけた。 その道すがら目撃した戦災の様子を次のように描写している。

 『永代橋の途中で、私は思わず立ち止ってしまった。朝日が空の 途中まで上っていたけれども、その中途半端な朝日の下に、望み見る門前仲町や洲崎弁天町 や木場の多いあたりは、実に、なんにもなかった。実になんにもなくて、ずいと東に荒川放 水路さえが見えそうな心地がした。平べったく、一切が焼け落ちてしまっていた。 合流火災(ヽヽヽヽ)が、隅田川を飛び越えた、それは この広い川添いに方々で、右岸から左岸へ、左岸から右岸 へと火が飛び越えた、と聞かされていたのであってみれば、その猛烈さ加減は想像されぬこ ともなかったのであるが、現実はやはり想像を越えていた。永代橋を、とにもかくにも渡り 切ってもとの佐賀町、永代二丁目、門前仲町であったあたりのところへ入って行ってみると、 隅田川を渡る以前の地区との、一つの違いが見出された。それは、いまの中央区か港区にあ たるあたりの焼け跡には、すでに多く移転先や疎開先を記した板ッピラなどがたてられてい たものであったが、それが、川を越えてはほとんど見当らぬことであった。ということは、 多くの場合に、そこの住民が全滅したことを意味したであろう。生きながらの大量焚殺であ る。』


 このときの死者は10万人と言われている。
 目的の女性の住んでいた辺りはほとんど何もなかったので、尋ねる意味がなくなってしまった。 もう堀田さんには何もすることがなく、そこらここらでぼんやりすごして、富岡八幡宮の境内が あった辺りで佇んだ。

 『そうして、もう一度私はおどろいた。焼け跡はすっかり整理されて、憲兵が四隅に立ち、 高位のそれらしい警官のようなものも数を増し、背広に巻脚絆の文官のようなもの、国民服  の役人らしいものもいて、ちょっとした人だかりがしていた。もとより憲兵などに近づくも  のではない。何事か、と遠くから私はうかがっていた。
九時すぎかと思われる頃に、おどろいたことに自動車、ほとんどが外車である乗用車の列 が永代橋の方向からあらわれ、なかに小豆色の自動車がまじっていた。それは焼け跡とは、 まったく、なんとも言えずなじまない光景であって、現実とはとても信じ難いものであった。 これ以上に不調和な景色(けいしよく)はないと言い切ってよい ほどに、生理的に不愉快なほどにも不調和 な光景であった。焼け跡には、他人が通りがかると、時に狼のように光った限でぎらりと呪 みつける、生き残りの羅災者のほかには似合うものはないのである。乗用者の列が、サイド カーなども伴い、焼け跡に特有の砂埃りをまきあげてやって来る。
 小豆色の、ぴかぴかと、上天気な朝日の光りを浴びて光る車のなかから、軍服に磨きたて られた長靴をはいた天皇が下りて来た。大きな勲章までつけていた。私が憲兵の眼をよけて いた、なにかの工場跡であったらしいコンクリート塀のあたりから、二百メートルはなかっ たであろうと思われる距離。
 私は瞬間に、身体が凍るような思いをした。』


 そこで繰り広げられた儀式めいた光景に、堀田さんは三度びっくりする。
 あたりで焼け跡をほっくりかえしていた人たちが集まってきて、しめった灰の なかに土下座をしたのだ。

 『私は方々に穴のあいたコンクリート塀の蔭にしゃがんでいたのだが、これらの人々は本当 に土下座をして、涙を流しながら、陛下、私たちの努力が足りませんでしたので、むざむざ と焼いてしまいました、まことに申訳ない次第でございます、生命をささげまして、といっ たことを、口々に小声で呟いていたのだ。
 私は本当におどろいてしまった。私はピカピカ光る小豆色の自動車と、ピカピカ光る長靴 とをちらちらと眺めながら、こういうことになってしまった責任を、いったいどうしてとる ものなのだろう、と考えていたのである。こいつらのぜーんぶを海のなかへ放り込む方法は ないものか、と考えていた。ところが責任は、原因を作った方にはなくて、結果を、つまり は焼かれてしまい、身内の多くを殺されてしまった者の方にあることになる!そんな法外 なことがどこにある! こういう奇怪な逆転がどうしていったい起り得るのか!』


 『富岡八幡宮の焼け跡で、高位の役人や軍人たちが、地図をひろげてある机に近 づいては入れかわり立ちかわり最敬礼をして何事か報告か説明のようなことをしている- それはまったく奇怪な、現実の猛火とも焼け跡とも何の関係もない、一種異様な儀式として 私に見えていた-、それはなんとも、どう理解しょうにも理解の仕様もない異様な儀式と 私に思われた。この儀式の内奥にあるものは、言うまでもなく生ではなくて死である。しか もその死は、誰がなんといっても強いられた死であり、誰一人として自ら欲しての死ではな い。特攻隊もまた頻々として飛び立っていた時期であり、南の島々においての全滅もまた月 に何度も報ぜられていた。それらの死に対しての、最高の責任者を、予告もなくて突然に、 目のあたりに見ることは、それはどうにも現実としては信じられない、理解不可能な事柄に 属していた。
 信じられない、
 信じられない、
 というのがどこもかしこも焼け跡だけの焼け跡を風に吹かれて歩きながらの私の呟きであった。』
104. 詩をどうぞ(8)
2004年11月26日


 ブッシュの軍隊によるイラクでの虐殺が続いている。

 第2次大戦下、アメリカ軍の無差別爆撃で焼け野原となった東京、 残虐な原子爆弾で一瞬にして灰燼と帰した広島・長崎が二重写しになる。

 東京の無差別爆撃は1945年3月10日に始まった。
 3月19日付・朝日新聞の一面見出し「畏し、天皇陛下戦災地を御巡幸」「焦土に立たせ給ひ御仁慈の大御心」  大達内相謹話「聖慮に唯感泣」
  なんと醜悪な構図。ヘドだ!!

 五月二十三日夜、アメリカ空軍の空襲で原宿の家が一冊の書物みたいに、 あっけなく焼けあがった。五月二十五日夜、寄寓先きの四谷左門町のお寺の 離れが、同じくアメリカ空軍の空襲で焼けた。逃げ出したとき、わたし と母は炎の海のただなかに取り残された。手と手をにぎりあって、炎の海のな かを走った。どこまでも走った。掌がずり落ちた。わたしだけが、なおも走った。 わたしは母を置き去りにした。わたしは、わたしを生んで育ててくれた母を殺した……
(「現代詩文庫・宗左近詩集」(思潮社)所収「わだつみの一滴」より)
 宗さんは母親を見殺しにした自分を見つめ続ける。それをヒロヒトのように「忘れてしま うわけにはゆかないのだ」
 宗さんは母への鎮魂と自己処罰の書、約100編の詩よりなる300ページ余の長編詩「炎える母」を書く。
 しかし、たぶん、宗さんの心は、その真摯な営為にもかかわらず、なお慰撫されてはいまい。



『炎える母』第6章「サヨウナラよサヨウナラ」から

     サヨウナラよサヨウナラ 3     宗 左近   

見えている炎の海はたちさったけれど
見えない炎の海があふれかえっているのだから
炎えつづけて炎えやまない母だから
炎されつづけて炎されやまないわたしだから
この炎えている炎えあがってくる白い現(うつつ)に
サヨウナラはないサヨウナラはいいえない

   のびあがり
   身をよじり
   ひるがえり
   うねり
   くねり
   ねじれ
   まがり
   波だち
   たぎり
   湧きたち

炎えつづけて青く炎えやまない母だから
焦げつづけて赤く焦げやまないわたしのなかの母だから
サヨウナラはいいえないサヨウナラはない

   うめき
   うなり
   さけび
   泡をふき
   くいちぎり
   くるめき
   歯がみし
   あえぎ
   もだえ
   波だち

見えている炎の海はたちさったけれど
見えない炎の海があふれかえっているのだから
サヨウナラはないサヨウナラはいいえない
ああ炎えあがり炎えあがりつづける母だから
わたしのまるごと垂直に常に吸いあげられてゆきかねない
この白すぎる朝を焼きおとすために
この光りすぎる中空を煙らせるために
サヨウナラはいわないサヨウナラはいいえない
わたしは炎されつづけてゆかなければならないのだから
サヨウナラぐるみ炎していったもののためにわたしは
サヨウナラぐるみ炎されつづけてゆかなければならないのだから
懐かしい母の乳房の匂いのする
サヨウナラはないサヨウナラよサヨウナラ
幼い日の夕焼けの染めている
サヨウナラはないサヨウナラよサヨウナラ

(「長編詩・炎える母」(彌生書房)より)
103. 詩をどうぞ(7)
2004年11月25日


 前回『覇王紀』の最後の6行

「王のように/愛し裁き憐れむことで/彼等を忘れてしまうわけにはゆかないのだ/ 彼等が世界の一部である限り/彼等の死 彼等の恐怖は僕の生と/結びついているのだ」

を受けて。



『二度死んだ男たちへ』から

    要約せざるもの    田村隆一

きみは
戦中派についてつぎのごとく四つの命題をあげる--
一、自分自身の生命と戦争とが必然的に密着していた事。
二、戦争の悲惨さの実感。
三、戦争目的に関する相対主義。
四、敗戦意識と戦争の挫折感。
昭和二十年三月十七日、琉黄島の陸海軍の守備隊が全滅したとき、
きみは戦艦大和の電信士だった。
まるで硫黄島の全滅と期を一つにして、
きみの船艦「大和」は沖縄にむかって出航する。
戦後、きみの証言と行動には、きわめて重要なふくみがある --
「いっさいの要約を拒否するのが、戦中派
 の発想の特色であろう。これまで
 に述べた四つの命題は、
 要約されることよりも、
一つの基本的な姿勢の中に生かされることを
 待っているにちがいない」
では、一つの基本的な姿勢とは何か?
「戦争の悲惨さの実感に徹する以上は、
 自分だけが戦争から
 身を避けようとする姿勢ではなくて、
 自分の生活の中から〝平和″に
 相反する行動原理を駆逐すること、
 何よりも
 人間(ヽヽ)>を尊重し、
 人間(ヽヽ)>の生活の重みをいつくしむこと、
 そのことのために、
 地道な
 潜心が積み重ねられなければならない」

きみの葬儀は
東洋英和女学院の
マーガレット・クレイグ記念講堂で行われた

ぼくは電報を打った --
「チカクオメニカカリタカツタノニ」「デハ」
「イツカマタ」 タムラリユウイチ

二度死んだ男たちよ
ぼくはぼくの「死」を大切にしたいと思う。
要約されざるものよ、
また逢う日まで。
   (「ユリイカ・現代詩の実験」1979年11月臨時増刊号より)


 「二度死んだ男」の一度目の死は、言うまでもなく、敗戦のときである。天皇の命による 聖戦を信じ真摯に戦ったものほど、「昭和」をのっぺらぼうに生きることが出来なかった。
 だから二度目の生も真摯たらざるを得なかった。

 自分の生活の中から〝平和″に
 相反する行動原理を駆逐すること、
 何よりも
 人間(ヽヽ)>を尊重し、
 人間(ヽヽ)>の生活の重みをいつくしむこと、

  私はこの基本姿勢を心底から肯うが、自らを振り返り、「自分の生活の中から 〝平和″に 相反する行動原理を駆逐すること」の言うは易く行うに難いこと痛感している。

 いらぬ注釈かもしれないが、二度死んだ男・「戦艦大和の電信士」とは 「戦艦大和ノ最期」の著者・吉田満氏である。1979年逝去。

 田村隆一氏は1998年に亡くなられた。青年時代、私が熱心に読んだ詩人のひとりだ。私が恩恵を 受けてきた人が次々に亡くなられる。
102. 詩をどうぞ(6)
2004年11月24日


 久しぶりに山本太郎さんを思い出すことになったので、遅まきながら追悼をかねてもう一編選ぼう。
 太郎さんには「覇王紀」という長編叙事詩があり、私はその350部限定版というのを 持っている。この創作神話とも言える長編叙事詩は日本の現代詩では非常にユニークな試みだ。 その続編を心待ちにしていたのだが、いまは太郎さんなく、いまさらながらとても残念である。
 久しぶりにその「覇王紀」をひもといた。その一節を。


「覇王紀」・七のうた覇王への序曲 より     山本太郎  

「独り」を病む人間の
最も美しい症状は
集団を憧れるということだ
集団のなかでなお
独りであることの恍惚
すべての王 すべての帝王は
君同様人間のそんな特性を
家畜化の為めに活用したのだ
自分より「巨きなものに仕える」よろこび
その為めに流される血と汗に
輝かしい「意味」の勲章を授けるのは
王達の 昔も今も変らぬ詭計だ
適当な渇きと適当な授与を計量し
人間牧場(まきは)の中央で
あらゆる覇王は
「わが帝国こそ永遠」と夢みるのだ

(中略)

武力・制度そして平和は
人とともに育ったものゆえ
人とともに内側から腐ってゆく
この冷い星が劇場となる為めには
はじめ生命(いのち)の誕生が必要だった
この冷い星で幕が揚がる為めには
次に人間の登場が必要だった
家や町や国家は人とともに大きく育ち
人とともに汚れていった
優美な塀をめぐらした家の内部では愛と憎しみが
コンピューターで人民の意志を計算する市会では正と不正が
威圧的な武装をもつ国家の中枢では戦争と平和が
わかちがたく結びつき
世界を腐植土に変えていった
人間の出現以来この星は
危険な病気に憑かれているのだ
改めて問うがいい
孤独とは何か 渇きとは何かと
兵士は死にありて王の名を呼んだか
罪人は刑をうけつつ王にざんげをおくったか
その無表情 その黙殺の儀式を君は視たか
家畜化をのがれ
自分だけの「独り」を誰にも手渡さず
持去ろうとするものの最後の黙礼を君は視たか
僕は腐ってゆく肉体をみれば吐き気を催し
殺人者はまっすぐこれを憎む
神の代行者ではないから
さいわい「愛する」などといわずにすむ
王のように
愛し裁き憐れむことで
彼等を忘れてしまうわけにはゆかないのだ
彼等が世界の一部である限り
彼等の死 彼等の恐怖は僕の生と
結びついているのだ
101. 詩をどうぞ(5)
2004年11月23日


 「ユリイカ・現代詩の実験」1975年12月臨時増刊号に、1975年の詐術への憤怒をしたためた詩 もう一編発見。

オオ・ノー・モア・ヒロヒト     山本太郎

20数年ニナルカ
「オレハ アナタノ名ヲ 呼バヌ」
「モウ呼バヌ」 トイッタガ
オレノ聲ハ ムロンキコエヤシナカッタ
ヒロヒト アナタノ耳孔ガ
イチドダッテ ホンキデ
オレタチノホウニ 開イテイタコトガアルカ
ホンキト絶縁ノ
ホンキモ ソンキモナイヒトノ
笑イモ 泪モシラナイヒトノ
キミノワルサヨ
キショクノワルサヨ
オレタチハ アナタニ
数エキレヌ貸シヲモツガ
アナタハ ソレヲ知ラナイ
アンコール狎レシタ役者ノヨウニ
アンコール好キノコクミンニ
カラクリノ人形ヨロシク
カグン・カクント 首フリ腕フリ
オオ・ノー・モア・ヒロヒト
イマサラニ アワレ
ナドトイウツモリハナカッタガ
「亡霊ノ名ハモウ呼バヌ」 ト
モウイチド書イテオコウ
ジブンノコトバヲ モタヌ マレビト
血ノカヨワヌ カタコトノ
アナタハ ヤハリキケンナヒトダ
ヤッパリ邪魔ダ キッパリ無縁ダ
ヒロヒト アナタハタシカニ個体ジャナイ
一系ノ妖シイ流レニ
クラゲナシタダヨエル菊ノヒトモト
象徴劇ノ カーテンコールノ
ヨク似合ウ遺伝保持者デ
ユラユラユラリ
パントマイムノ アヤウサニ
オイタワシヤ ト
マタゾロ ワルノリノ
拍手ガチラホラ キコエルノデ
オオ ソウサ
「アア ソウ」 ト
ヒトコト スナオニ
呟イテ 消エル
イマガ 潮ドキナノダ
 太郎さんが「イマガ 潮ドキナノダ」と書き留めてからさらに14年間ヒロヒトは居直った。 ヒロヒトの即位が1926年、1989年に死去。
 太郎さんは1925年生まれで1988年になくなられた。奇しくも昭和と呼ばれた時期とほとんど重なった 生涯だった。まだ63歳だった。
100. 心優しきロッカーたち
2004年11月22日


 「anti-hkm」メールで

反戦と抵抗の祭〈フェスタ〉ANTI-WAR AND RESISTANCE FESTA

11/20(土)13:00―17:00
パネルディスカッション+デモ

11/21(日)17:30―
「黒色エレジー梅島騒擾2004」

というイベントの案内メールを受け取った。
 本当は20日の方のイベントに参加したかったのだが、時間が取れなたった。
 21日は予定がなかったので20日の代わりということで行ってみることにした。 イベントの名称の過激性に好奇心を引かれたこともある。

 私には違いが分からないが、「Punk」とか「HardCore」とか「Mixture」とか「HeavyRock」とか のライブだった。私のようなオジサンには場違いなようだが、けっこう楽しんできた。

 参加者は50~60名ぐらい。もちろんのこと、ほとんど若者。ごく普通のいでたちの者の方が 多かったが、茶髪、モヒカン、ピアス、いろいろな凝った異装の者もいて、なかなかにぎやかである。 年配者もチラホラ。

 参加者はほとんどが立ちんぼで、所狭しとひしめいていた。すみのカウンターに4脚椅子があった。 私はその一つを獲得、バーボンのオンザロックを楽しみながら参加した。

 音響はこれ以上大きな音はあるまいと思われるほどで、ポケットに入れたものにそっと触れると それが振動していた。私はとても耐えられず、ティッシュで耳栓を作って防戦した。それでもかなり大 きな音だったが、一応耐えられるぐらいにはなった。

 歌っている言葉は、私には楽器の音のひとつでしかなく、全く聞き取れない。しかし、曲と曲の 間のコメントによるとそれぞれ、イラク派兵、日の丸君が代の強制、天皇制などへの異議申し立てや レジスタンスを訴えていたり、コイズミやイシハラへの批判・非難もあり、 それらをテーマに作曲されているようだ。反権力・反権威の姿勢が貫かれている。
 攻撃的なライブにかかわらず、時折見せる恥ずかしげな素振りや照れた笑顔にその 心根の優しさが窺えた。

 立ちんぼの人たちは全身でその激しいリズムにのっている。身体で連帯と共感を表現しているのだと 納得した。私たちとは表現する方法は違っているが、そして過激でちょっぴり粗暴ではあるが、 まさしく同じ方向を目指して闘う仲間だと認識した。

 狭い空間でがなりたてているだけでは、単なる仲間うちの憂さ晴らしに過ぎない。しかし、 各バンドとも、デモに参加したり、孤立無援で闘っている人を支援したり、署名運動をしたり、 新潟中越地震の「benefit gig」なども行っているようだ。12月5日には「出てこい小泉」とい う首相仮公邸をターゲットにしたデモを企画しているという。
頼もしい若者たちではないか。
99. 『「非国民」手帖』を読む(6)
天皇退位論を隠蔽する戦後史の詐術
2004年11月21日



俎上の鯉:『20世紀かく語りき』(産経新聞取材班著、扶桑社発売)
料理人 :鵠
料理記録日:01年1月号

   内閣不信任案が否決されたその日に森首相が新社屋のお祝いに駆けつけるほど、保守の政 治家たちから「評価」されているらしい産経新聞が、ここ数年、歴史を新たに 「発掘」 し、 「見直す」 ことに熱心なのは周知のとおりだ。『戦後史開封』『教科書が教えない歴史』『親と 子の日本史』『国民の歴史』等に続いて刊行された『20世紀かく語りき』(産経新聞取材班著、 扶桑社発売)も、新聞紙上に連載された「歴史物」の一つ。「鉄は国家なり」「欲しがりません、勝 つまでは」 「もはや戦後ではない」等々、人口に膾炙した流行語や「名言」 の背景を探ること で、今世紀の事象を読み取ろうというものである。
 岸信介の再評価を促し、国交回復以来の対中外交に批判的な見方を示すなど、「産経らしさ」 は随所に窺われるとはいえ、「トンデモ教科書」 や『国民の歴史』 に比べれば、本書はニュー トラルな立場を慎重に維持しているように見える。しかし、それでもやはり稚拙な歪曲を露 呈してしまう部分こそ、天皇をめぐる記述にほかならない。例えば、昭和天皇が 「先の大戦 突入の際、最後の最後まで戦争を避ける道はないかと心を砕かれた」などというのは、すで に多くの実証的研究によって、戦争の遂行に天皇が大きく関与していたことが明らかになっ た今では、そうであってほしいという「願望」 の表明でしかない。そして実際、そう思い込 まなければ戦後保守派の論理は根本的に破綻してしまうのだ。つまり、昭和天皇が戦争責任 を回避したことの倫理性を問わずして、「国民の道徳」を説こうとするのは明らかに矛盾だか らである。
 そこでまた歴史から隠蔽されているのは、天皇の戦争責任が、少なくともサンフランシス コ平和条約締結の頃までは、保守の側からも問題にされており、例えば中曾根康弘らによっ て、天皇退位諭が公然と主張されていたという事実でもある。それを知らないはずのない西 部邁から、小林よしのりに至るまで、保守派の論客たちが批判する「戦後民主主義の欺瞞」 は、侵略戦争の指導者が 「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」という「名言」 へと還元され てしまう歴史記述の詐術にこそ表れている言うべきだろう。
十分に咀嚼すべき最もおいしい部分:
 歴史から隠蔽されているのは、天皇の戦争責任が、少なくともサンフランシス コ平和条約締結の頃までは、保守の側からも問題にされており、例えば中曾根康弘らによっ て、天皇退位諭が公然と主張されていたという事実でもある。

 敗戦直後は保守側の連中もヒロヒトの戦争責任をはっきりと認識していたということだ。
 ところで、「堪え難きを堪え、忍び難きを忍」んで何を残したのか。言わずと知れた「国体」だ。
 敗戦処理が曖昧に行われたため、いやほとんど行われなかったため、生き残った 大日本帝国の亡者どもが、いま魑魅魍魎のごとく湧き出している。そして 「伝統的精神文化」を僭称して、またぞろ死臭紛々の支配理念や支配規範やらを担ぎ出している。
 加速する日本崩壊の根源を辿るとき、その原点にくっきり見えてくるのが、……日の丸や君が 代に象徴される理念や規範など、伝統的な精神文化の崩壊ではないか(田代京子「日の丸のこ と、君が代のこと」)
 「日の丸や君が代に象徴される理念や規範」が「伝統的な精神文化」とは笑わせる。「伝統 的精神文化」を語るのなら、縄文時代までさかのぼれ。
98. 詩をどうぞ(3)
2004年11月20日


 茨木のり子さんは私が好きな詩人のお一人なので、紹介したい詩がたくさんある。 しかし「詩をどうぞ」では、このホームページのテーマと共通部分があるかどうかを 基準に詩を選んでいる。そういう基準で選んだ茨木のり子さんの詩をもう一つ紹介したい。 比較的新しい詩集「倚りかからず」(筑摩書房)より。


(ひな)ぶりの唄    茨木のり子

それぞれの土から
陽炎(かげろう)のように
ふっと匂い立った旋律がある
愛されてひとびとに
永くうたいつがれてきた民謡がある
なぜ国歌など
ものものしくうたう必要がありましょう
おおかたは侵略の血でよごれ
腹黒の過去を隠しもちながら
口を拭って起立して
直立不動でうたわなければならないか
聞かなければならないか
   私は立たない 坐っています

演奏なくてはさみしい時は
民謡こそがふさわしい
さくらさくら
草競馬
アビニョンの橋で
ヴォルガの舟唄
アリラン峠
ブンガワンソロ
それぞれの山や河が薫りたち
野に風は渡ってゆくでしょう
それならいっしょにハモります
 
   ちょいと出ました三角野郎が~
八木節もいいな
やけのやんぱち 鄙ぶりの唄
われらのリズムにぴったしで


今日の夕刊(朝日新聞)の文化欄に「行動するリベラルを貫いて」という表題で 経済学者・宇沢弘文氏のインタビュー記事があった。その中に、現今の新聞紙面ではめったにお目にかかれない 歯切れのよい一節があった。
 でもいま、経済学は社会を悪くしてるよね。何の志もない小泉「改革」を持ち上げて、腐敗しきってい る。ブッシュを再選させたアメリカは建国以来、最悪の時代だけど、反対運動も反戦運動も起きない日本 は、もっとひどい。イデオロギー対立の時代が終わった今こそ、多くの人が共有できる価値を作り出す必要 がある。

 ただ、最後のくだりには疑義がある。
 「イデオロギー対立の時代が終わった」ということがよく言われる。しかし私は「ロシア・マル クス主義」の思想が、その誤謬を理論的にも現実的にも露わにして破産しただけのように思える。その 理論的誤謬は真摯でラジカルなマルクス学者や評論家などによってつとに指摘されていたことである。 それを現実が追確認したということに過ぎない。(その誤謬のためにどれだけ多くの人が虐殺されたこ とか!怠慢で無能な知識人は直接手を下さなくとも、大変な殺戮をやっていることになる。恥を知れ!)
 勿論「イデオロギー」という言葉で何を指すのかで認識が異なってくる。支配階級の「人間抑圧の 思想」と被支配階級の「人間開放の思想」をそれぞれ「イデオロギー」と呼ぶなら、いまは支配者のイデオロギー が一方的な暴力を振るっているが、その対立は断じて終わってはいない。 「イデオロギー対立の時代が終わった」というようなもの言いはその事実を隠蔽することになる。
 もしそうだとするなら、いま最も必要なのは、人類が陥ってしまった「支配ー被支配」という陥穽から 人類を解放するための万人に共通の「倫理」ではないのか。
97. 詩をどうぞ(2)
2004年11月19日



四海波静    茨木のり子

戦争責任を問われて
その人は言った
  そういう言葉のアヤについて
  文学方面はあまり研究していないので
  お答えできかねます
思わず笑いが込上げて
どす黒い笑い 吐血のように
噴きあげては 止り また噴きあげる

三才の童子だって笑い出すだろう
文学研究果さねば あばばばばとも言えないとしたら
四つの島
(えら)ぎに(えら)ぎて どよもすか
三十年に一つのとてつもないブラック・ユーモア

野ざらしのどくろさえ
かた かた かた と笑ったのに
笑殺どころか
頼朝級の野次ひとつ飛ばず
どこへ行ったか散じたか落首狂歌のスピリット
四海波静かにて
黙々の薄気味わるい群聚と
後白河以来の帝王学
無音のままに貼りついて
ことしも耳すます除夜の鐘
   (「ユリイカ・現代詩の実験」1975年12月臨時増刊号より)

 茨木のり子さんが政治的な問題を素材にして、それをストレートに詩にするのは珍しい。 茨木さんの憤怒のほどが窺える。
 ちなみに、茨木さんは先日亡くなられた川崎洋さんと同人誌「櫂」を1953年に創刊し、現代詩の 隆盛の一時期を担っている。

 ところで、この詩を読むといつも「頼朝級の野次ひとつ飛ばず」の一行で頭が傾いでしまう。 「頼朝級の野次」ってなんだろう?
 分からないのは私だけかもしれない。ともあれ気になるので、今回はいろいろ調べて一応私なりの解釈を してみた。
 結論。次の歴史的逸話を下敷きにした一行ではないか。

 後白河法皇が義経に頼朝追討の宣旨を下したことを知った頼朝は激怒し、大軍を上洛させると後 白河法皇を脅した。後白河法皇は頼朝に、本意ではなく天魔のせいだと弁明した。この弁明に対して 頼朝は「あなたこそ日本一の大天狗だ。他に天魔は居らんぞ」と怒りの返書を叩きつけたという。

 どうだろうか。もし違っていたら、ご教示を。
96. 『「非国民」手帖』を読む(5)
タブーを回避するゴーマニズムの矛盾
2004年11月18日

俎上の鯉:小林よしのり『ゴーマニズム宣言スペシャル 戦争論』(幻冬舎)
料理人 :鵠
料理記録日:98年9月号

 今更本誌で小林よしのりを批判するまでもなかろうという気もするが、描き下ろしの新刊 の内容は相当に凄まじい。アジアの独立運動を促す「正義」があったとして「大東亜戦争」 を讃え、「八紘一宇」は白人の人種差別と戦う民族平等の思想だと主張し、「南京大虐殺」 や「従軍慰安婦」の強制連行を否定し、祖国のために死ぬ覚悟のない者は政治に参加する 資格がないと断じる、といった調子である。
 矛盾だらけの暴論とはいえ、藤岡信勝や西尾幹二でもさすがにそこまで言い切れていないの だから、それはそれで立派だという見方もあるかもしれない。だが、小林が戦後民主主義の空 気に逆らって自分の意見を主張する勇気ある発言者だと自認するのであれば、これを例えば中 国やアメリカで翻訳して出版すればいい。外国人が読まないことを見越して日本国内だけでゴ ーマンかましているというのでは、彼自身が戦後日本人の特徴として批判する「臆病」以外の 何者でもない。そればかりか、内容においても小林が「臆病」に避けている決定的な部分があ るのだ。
 例えば小林は、敗戦後の日本人が「国民は軍部にだまされていただけ」などと言うのは「決 定する主体たる自分はなかった」と言っているに等しく、責任の回避であり、信念や覚悟の欠 如であると批判する。また、東条英機には多くの犠牲者を出した戦争指導者としての責任があ るとした上で、誇りを失わずに東京裁判で戦い抜いた東条は立派だとも言っている。あるいは 特攻作戦で若者を次々と死地に送った責任をとるために自決した指揮官の「倫理観」を称賛し てもいる。
 これらは一つの考え方であるから、その是非については様々な意見があるとしても、論理的 に考えて決定的な欠如がある。小林の考えからすれば、責任を回避し、誇りを持たず、倫理観 が欠如しているのは、「国民」の誰よりも「天皇」ということになるはずではないか。ところ が小林は一切それに触れていないのだ。もっとも重要なその認識を回避して戦後日本人の批判 をしたところで、何の説得力もない遠吠えでしかない。
        
十分に咀嚼すべき最もおいしい部分:
 責任を回避し、誇りを持たず、倫理観 が欠如しているのは、「国民」の誰よりも「天皇」ということになる。
 もっとも重要なその認識を回避して戦後日本人の批判 をしたところで、何の説得力もない遠吠えでしかない。


 『責任を回避し、誇りを持たず、倫理観が欠如している「天皇」』という文に出会え ば、いやでも思い出すことがある。
 1975年、昭和天皇在位50年の年。戦前戦後をのっぺらぼうにして、「昭和」を一色にする ための詐術が盛り沢山に行われた。敗戦直後にGHQの命令で教科書に墨を塗って使ったとい うが、今度は支配者どもが歴史に同じ墨を塗って改竄しようという趣向。
 その一環として天皇・皇后の訪米が行われた。天皇は真っ先に、天皇の延命に力を尽くした GHQ最高司令官マッカーサーの墓を詣でたという。
 10月31日、訪米から帰った天皇が日米記者クラブで初の公式記者会見をした。

記者からの質問:「戦争責任についてどのようにお考えですか」
天皇の答:「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしていないので よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えが出来かねます」

 この空とぼけた答えはどうだ。天皇の名において理不尽な死を強いられた2000万強の死者に対する 冒涜ではないか。天皇教信者らにとっては天皇教の本山・靖国に祭られた死者だけしか念頭にないよ うだから、靖国の「英霊」だけに限ってもよい。天皇教信者よ、これでは「英霊」はうかばれまい。 まこと「責任を回避し、誇りを持たず、倫理観が欠如している」ものの見本ではないか。
95. 『「非国民」手帖』を読む(4)
危険な言説の在り処
2004年11月17日

俎上の鯉:皇太子妃の懐妊をめぐる報道批判
料理人 :歪
料理記録日:00年4月号

 『いま《危険な言説》はどこにあるのか。わたしたちが批判の対象とすべき、抑圧と統制を 招来する言説。それは、保守派オピニオン雑誌の中に見出せるのか。いや。むしろ誰も異論 をはさまない、至極当たり前の意見こそが、《危険な言説》に転化し得る。  皇太子妃の《ご懐妊》をめぐる騒動は、流産という結末を迎えることで、一転、報道批判 へと集約していった。天皇崇拝者からフェミニストまで。無論その論拠は異なっているが、 妊娠を報じること自体の必要性に対する疑問、とりわけ妊娠による身体的変化までを報じた ことへの怒りでは共通している。  そして皇太子もまた、「医学的な診断が下る前の不確かな段階で報道され、個人のプライバ シーの領域であるはずのこと、事実でないことが大々的に報道されたことは誠に遺憾であり ます」 (2/22記者会見)と主旨を同じくする報道批判を語っている。  もちろん、妊娠をめぐる女性の身体的変化が子細にマス・メディアで報じられるのはグロ テスクな風景である。また、非婚者や子どもをもたないことを選択したひとたち、不妊に悩 むひとたちへの抑圧として機能したことも間違いない。  しかし、メディアにそう語らせてしまうことも含めて、これはまさに《天皇制》の問題と して考察されるべきなのだ。報道姿勢を批判することにとどまってしまえば、問題の淵源に はたどりつけない。 《家》的な思考の下に女性を生殖の手段とし、《性》を国家的な事業として、公的な意味合い を持つものとして位置づけているのは、《天皇制》そのものである。  報道があろうとなかろうと、皇太子妃は常に妊娠をうかがう視線に晒されているのであり、 報道があるとすれば、同じく低次元でしか展開されざるを得ない。。朝日新聞のスクープは《不 敬》ではなく、《翼賛》報道であるのは自明ではないか。グロテスクな風景はいずれまた再現 される。  皇太子妃《ご懐妊》報道批判は、《天皇制》そのものの考察へと射程を広げなければならな い。そうでなければ、あらたな皇室タブーをつけ加えたことでしかない。』
十分に咀嚼すべき最もおいしい部分:
 これはまさに《天皇制》の問題と して考察されるべきなのだ。報道姿勢を批判することにとどまってしまえば、問題の淵源に はたどりつけない。

 《家》的な思考の下に女性を生殖の手段とし、《性》を国家的な事業として、公的な意味合い を持つものとして位置づけているのは、《天皇制》そのものである。


石原の「ババア」発言は同根の問題である。《天皇制》はあらゆる低劣な差別思想の根源なのだ。
 石原の発言『“文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババア”なんだそうだ。 “女性が生殖能力を失っても生きてるってのは、無駄で罪です”って。』

 昨日、朝日新聞が「辺野古の過酷な闘い」について一行も記事を書かないことを批判した。
 今日の朝刊の社会面にベタ記事でたった十数行の「辺野古」の記事が載った。しかしその内容は 「海底調査のため本格的な掘削を始める」ためのの「海上やぐらの組み立て準備作業」が波が高かったた めに見送られたというだけである。
 現地では「海上やぐらの組み立て準備作業」阻止を海上ヘリ基地建設阻止の正念場として、 さらに決死の闘いが行われている。その闘いについてはまったく触れていない。防衛施設庁提供の 情報をただ垂れ流しているだけなのだ。
 この記者は、どうして激しい反対闘争が起こっているのか、全く考えたこ ともないのだろう。いや反対闘争が行われていることすら知らないのだろう。知っていれば、 あんな垂れ流し記事で済ませることは出来まい。いずれにしてもジャーナリストとしてとんでもない 無知蒙昧な破廉恥漢だ。


「沖縄タイムズ」のホームページより
17日(水)朝刊
・辺野古調査、高波で作業見送り
・辺野古沖、決死の抗議/迫る台船 あわや衝突
辺野古

(写真説明)作業船にぎりぎりまで接近し、進行を阻止しようとする抗議船=16日午 後2時40分ごろ、名護市・辺野古沖
94. 『「非国民」手帖』を読む(3)
《天皇制》の隘路
2004年11月16日

俎上の鯉:宮内庁編『道~天皇陛下御即位十年記念記録集』(NHK出版)
料理人 :歪
料理記録日:99年12月号

『《天皇制》は共同体に流通する価値を回収し、規範として再び共同体に提示する。いわばミラー ボールのようなものだ。それ自身が光源であるわけではない。社会に存在する支配的な意識 を映し出し、反射させている。
 本質を持たず、変容しながら、《空虚な中心》が支配の軸になりうるとはそういうことだ。  権力の生成の構造も知らず、支配者と被支配者を実体的に想定しても、敵の姿を捕捉するこ とはできない。
 戦後の《天皇制》は、とりわけ1959年の所謂《ご成婚》以降、マス・メディアと結びつ いたかたちで、《家族》の範型を提示することにおいて、大衆の支持と関心を集めてきた。
 宮内庁編『道~天皇陛下御即位十年記念記録集』は、平成の天皇明仁即位以 降、この十年間の天皇・皇后の発言集。本書に横溢する《護憲》《平和》《繁栄》などの言葉は、 これらこそが戦後の体制的言語であったことを示している。その一方で、折りにつけ天皇一家 の様子が報告されていることから、それが国家や社会と同じく重要な課題であることがわかる。
 しかし、社会や家族の急速な変容の中で、《天皇制》が立ち尽くさざるを得ない地点に来て いることも確かだろう。皇太后を家族全体で介護している姿を積極的にメディアに打ち出せず、 むしろ《隠匿》している印象を与えること。紀宮が未婚のままでいること。そして、陰に陽に 展開される皇太子妃への後継者プレッシャーもそうだ。国民が憧れる家庭像を提供してきたは ずの《天皇制》が、いつしか時代の流れから乖離しつつある。とはいえ、天皇一家がこの現在 の《家族》像に迎合してその形を変えることもできまい。
 《天皇制》が時代の共感を獲得し、次の世紀への延命をはかるには、この隘路を通過しなけれ ばならない。
 超越性にぶらさがることだけが秩序形成の唯一の途と、《国旗・国歌》の強制に血道をあげ ながら、ロックミュージシャンの人気にすがろうとする、足元のふらついた保守には《天皇制》 も市民社会も見えていない。』

十分に咀嚼すべき最もおいしい部分:
本質を持たず、変容しながら、《空虚な中心》が支配の軸になりうるとはそういうことだ。  権力の生成の構造も知らず、支配者と被支配者を実体的に想定しても、敵の姿を捕捉するこ とはできない。

 『「非国民」手帖』からこれを選んだ理由はもう皆さん、お分かりでしょう。

 15日夕刊と16日朝刊と続けて、朝日新聞は天皇家の娘の婚約を一面トップで報じた。
 おいおい、一面トップで報じるほどのことかよ。いや、新聞が報じることじゃあるまい。 芸能人のゴシップと同様、そんなことはどうでもよいこと、知りたくもねえや。
 辺野古の過酷な闘いや権力の弾圧に対するさまざまな闘いが日々闘われている。国会では共謀罪という とんでもない弾圧法の審議が行われている。それらには一行の記事も書かないくせに、民衆の味方づら をするな。なんて、いまさら言っても始まらないか。他の新聞よりはいくらかましという理由で 購読しているに過ぎない新聞だから、まあそんなもんだろう。

しばらく、天皇制問題を取り上げた時評を取り上げていく。
93. 滝村隆一の国家論
2004年11月15日

   私は国家に関わる文を書いているとき、「支配階級、被支配階級、抑圧者、被抑圧者、支配層、 被支配層、国家権力などなど」の中からどの言葉を使うの が適しているのか、迷うことが多々ある。それぞれの文脈に応じて一応は考えて選んでいるつも りではいるが、その選択の基準はそれほど明確ではなくかなり直感的である。 わたくしにとって一つの課題であった。
 しっかりとした選択の基準をもたないのは、「支配階級、被支配階級、抑圧者、被抑圧者、支配層、 被支配層、国家権力などなど」が、現実の政治過程でどのような相互関係にあり、どのように抗争したり共闘 したりして国家意志が形成されてい くのか、という問題についての理解が曖昧なためであろう。今回のテーマにはその課題を果たす目的 もある。

 滝村隆一著「国家論をめぐる論戦」(勁草書房)に「国家の本質と〈階級独裁〉」という一節が ある。今回のテーマにぴったりの内容なのでそれを要約する。が、まずは以前に取り上げた 吉本隆明氏の「国家の本質」についての言説の復習から。

 『国家の本質は共同的な幻想である。この共同的な幻想は、政治的国家と 社会的国家の二重性(二面性ではない)の錯合した構造としてあらわれる。』

 『国家権力は、経済社会構成の上層に地位を占めるものがよりあつまっ てつくられるものではないから、社会的国家に公的権力が存在するのではない 。社会的国家は、法によって政治的国家と二重化されるとき、はじめ て権力をもち、普遍的な<階級>のもんだいがあらわれる。』

 「国家権力=支配的階級(経済社会構成の上層に地位を占めるもの)の権力」 (これは俗流マルクス主義の国家観)ではないと言っている。
 では国家権力とは何なのか。また「政治的国家と社会的国家の二重性の錯合した構造」 とはどのようなものか。それらの問題が少しでも解ければと思う。

(以下は「国家論をめぐる論戦」所収「国家の 本質と〈階級独裁〉」の要約)

 まず論考を進める上での歴史的・現実的前提がある。「〈近代的〉市民社会」=「統ー的 な階級社会」の形成がそれである。
 その形成を待って初めて国民的な統一社会が支配階級(ブルジョアジー)と被支配階級(プロレタリ アート)の二大階級を軸とした諸階級・諸階層へと分裂する。その結果必然的に、諸階級・諸階層の 〈特殊利害〉と統一社会的な〈国民的共通利害〉との構造的分裂が起こる。

 支配階級と被支配階級は、その現実的な社会的・経済的利害や、観念的な(共同幻想上の) 政治的利害にもとづく独自の意志・要求を、それぞれ階級意志として押し出すことによって、 不断の対立と抗争を展開する。その対立・抗争は統一社会そのものを衰退や解体に追い込む 危機を孕んでいる。
 そこで、社会全体の「一般的共通利害」の立場から、統一社会を防護するための強力で組織 的な実践的制御と干渉を行う権力が社会的に不可欠なものとして必要となる。これも 完成された統一的な階級社会を現実的前提とする限り、必然的な成り行きといえる。

 従って、「一般的共通利害」の立場から、諸階級へと分裂した社会全体の秩序維持のため、 形式上は二大階級〈権力〉の上に立った〈第三権力〉が成立する。 これが国家権力である。すなわち国家権力は、 支配階級・被支配階級の如何を問わず、社会の全構成員に対して法的規範としての 〈国家意志〉への服従を強制する形態をとって成立する。

  しかし、国家権力は形式上は第三権力という形態をとっているが、その実際の社会的 ・階級的性格はどうなのか。実際には支配階級の階級意志=総資本的意志の支配下に置か れているではないか。

まず、支配階級(ブルジョアジー)の階級意志=総資本的意志はどのように形成されるのか、検討する。

   ブルジョアジーは、日頃は〝産業の自由″の名の下に不断の相互的対立と抗争をくり返してい る。だがこの自由競争は、競争の必然の結果として産業上の覇権と集中化をもたらす。 さらに、プロレタリアートの階級的結集・全国的組織化に対して対抗し闘争する必要からも、 国民的ないし統一社会的レヴェルでの資本の有機的な連合と中央集権的な統一的組織化が 必然となる。
 従って総資本的意志は、このようなブルジョアジー全体の階級的結集と中央集権的組織化にも とづいて形成されたものである。しかもそれは、資本制的生産様式全体に関わるもの として市民社会全体に関わり、この意味で直接に〈政治的性格〉が付随している。
 しかしブルジョアジーは、現実的にはあくまで個々の資本家として、 傘下の企業労働者を経済的に支配できるだけである。総資本的意志を、 プロレタリアートはじめ国民的諸階級・諸階層の全体に直接押しつけ、服従させることはできない。 それをなすためには、総資本的意志を特殊に、社会全体の秩序維持に任ずる法的規範としての国家 意志にまで、転成させねばならないのである。

 その転成はどのようにして行われるのか。

 一つは、国家は社会的国家として、各種公共土木事業や文教・福祉・医療等に関わる 社会的・経済的政策を〈国民的共通利害〉=「一般的共通利害」の履行として打ち出してくる。
 しかし上述のように、第三権力という形態をとった国家権力による社会全体の法的秩序維持は、 全社会的規模における階級分裂と階級社会の形成の結果として 必然化されたものであるから、社会的・経済的政策の実質的な遂行は、たてまえとしては第三権 力による大きな政治的指揮・統制の下で行われるとしても、実際には個々の民間企業(ブルジョア ジー)に委託する他はない。つまり、〈国民的共通利害〉=「一般的共通利害」 である社会的・経済的政策が実質的にはブルジョアジーの階級的特殊利害によって支配され、主導 されることになる。

 二つに支配階級は、支配階級を中心とした諸階級・諸階層の〈特殊利害〉を「国民的共通利害」= 「一般的共通利害」と仮構・僭称して強力に押し出し、被支配階級の相当な部分を取り込みな がら、その総資本的意志を国家意志のなかに大きく反映させ、貫徹させていく。そして、〈政治的 (共同幻想的)〉と〈社会的・経済的〉の如何にかかららず、 支配階級を中心とした諸階級・階層の〈特殊利害〉が一般的諸法として、 あるいはそれを直接の法制的前提として展開される〈政策〉の形態をとった国家意志として現実化さ れる。
 これは、ブルジョアジ一による階級支配が、政治的国家においても貫徹されるを意味している。

 このように、ブルジョアジ一による国家的支配(つまりブルジョア独裁)とは、その総資本的意志が 国家意志を実質上大きく支配することである。また、ブルジョアジーはそのことによっ てはじめて、経済的支配階級としての自己を、政治的な統治階級としても構成することができるので ある。
 これは、支配階級が、総資本的意志をプロレタリアートはじめ国民的諸階級・諸階層の全体 に直接押しつけ、服従させることが出来るようになったことを意味する。
92. 『「非国民」手帖』を読む(2)

好んで《国家》を語るくせに
2004年11月14日

俎上の鯉:①江藤淳『日本よ、どこへ行くのか』
    :②森嶋通夫『政治家の条件』(岩波新書)
料理人 :歪
料理記録日:92年4月号

 ①江藤について

 『基調はあまりに単純。要するにこうだ。「日本はなにごとも自分で決めてアメリカに口出しされないようにしなければな らない」
 国家間の関係を人間関係の延長でとらえる程度の能力しかない。好んで国家を語るくせに 《国家》についてまともに考えたことなど一度としてないのだ。揚句に、日本が軟弱なのは海 部首相が軟弱だからだ、という短絡に陥る。』

 と切り捨て、返す刀でリベラルと目されている②森嶋を料理する。

    『江藤と同じ方法をとっている。やはり《国家》や《政治》の問題を全 て個人の性格に還元するのである。当然日本の国際的孤立は海部の性格がもたらしたことにな る。ウエーバーを担ぎ出そうと、政治の本質は政治家個人の倫理に収斂されるものではない。
 根底を欠いた《リベラル》など所詮《反動》の鏡像として立ち現われる他ないのだ。』

 そして最後に止めの味付け。

   『過剰なまでに国家が語られながら、だれも《国家》を理解していない。
 《政治》が《政治家》という個人を媒介に顕現するのは確かだが、それは現象である。個人や 集団の意志が国家の意志として形成される過程と、国家の意志が個人や集団の意志を服従させ ながら実現していく過程のふたつを統合的に分析すること。これが《国家》を、《政治》を語 るということなのだ。
 しかし批判するのは知的怠慢によってだけではない。政治を政治家の占有に帰し、大衆を傍観者の圏内に封じる思想をこそ叩くのだ。』

 「批判するのは知的怠慢によってだけではない。」は分かりにくい文だが、「江藤や森嶋に対して その知的怠慢だけを批判しているのではない。」という意だろう。

十分に咀嚼すべき最もおいしい部分:
『個人や集団の意志が国家の意志として形成される過程と、国家の意志が個人や集団の意志を服従させ ながら実現していく過程のふたつを統合的に分析すること。』

 この部分(現実の政治過程の分析)の咀嚼とは、国家本質論を踏まえたうえでの統治形態論的な解明 ということになる。この問題についての最も良質な理論は、それをライフワークとする専門家が何年 もの研究を重ねたうえで構築するような質の事柄だ。
 専門家にも品質の差がある。「虚妄の言説」と「本物の言説」とは、自分の目でとらえた現実の世 界のあり様や自らの体験と厳しく付き合せることによって見定めるほかない。
 私が見定めた「本物の言説」、滝村隆一氏の国家論の助けを借りて咀嚼してみよう。 (次回に続く。)
91. 『「非国民」手帖』を読む(1)

『「非国民」手帖』は、国家に抗する社会を作るための教科書である。
2004年11月13日
 表題(「非国民」手帖』は、・・・)は解説(宮崎哲弥)の最後の一行です。


 まずこの教科書の成り立ちから説明しよう。

 「反権威・反権力」を標榜する『噂の真相』が今年4月号で休刊になった。
 『噂の真相』には93年4月号から時評欄「撃」が設けられた。それぞれ 「(ひ ずみ) (またはゆがみ)」、「(くぐい)」というペンネームで二人の匿名氏が 担当した。それを加筆修正の上まとめたものが『「非国民」手帖』である。

  「撃」の時評はそれぞれ短文ながら、その時々の言説に激烈な舌鋒を浴びせて、その切り口は鋭い。 読んでいて胸のすく思いがする。逼塞した世界状況に抗い、ともすると深く傷つき鬱積 しがちな心を慰藉してくれる。しかし、そのような読み方だけで終わるわけには いかない。いや、終わらせてくれない。

 『どこまでも抗い続ける精神。決して権力にまつろわぬ言説。そうしたものが、あるときまで--- おそらく1980年代の初頭までは、いたるところに突出し、遊撃戦を展開していた。
 ところがいまや満目蕭条、寂として声なき有様である。権力者たちは不祥に脅えることなく 高枕で熟睡している。良民たちはセキュリティ・ブランケットにしがみつき、惰眠を貪ってい る。権力は睡魔に似ている。メディアは子守唄に似ている。
 かつて安らかな眠りから見放された一群の人々がいた。悪い時代、うつつの闇によって熟睡 を奪われた。少なくとも彼らはそう信じていた。そうして誰に頼まれるでもなく、機嫌の悪い 不寝番を買って出、微睡む私達を揺さぶり起こしてまわった。「目を醒ませ。眠っちゃ駄目だ。 醒めた目で現実を見詰めよ」と。
 いつのまにか、信頼できる不寝番は『サンデー毎日』の辺見庸「反時代のパンセ」と『噂の 真相』の匿名コラム「撃」の二つだけとなってしまった。自称不寝番は幾らかいるが、自分だ けは醒めているつもりの夢遊病者ばかりだ。
 然るに辺見庸はとうとう病に倒れてしまった。そして「撃」は『噂の眞相』休刊でひとまず 打留めとなる。ついにこの国は眠りに制覇されてしまうのか。皆挙って迷夢に退歩していくの だろうか。辺見や「撃」の筆者たちからすれば「保守反動ブタ」に違いない私までも不眠症に なりそうだ。(後略)』
(宮崎哲弥・解説「眠れぬ夜の共和国のために」より)

     『今となっては悲しいほどによくわかる。暴力的な圧政に抵抗しうるのは暴力的な言論だけだ。
  9・11以降、加速する反動の波はとどまるところを知らず、憲法改正すら目前に迫っている。
  堤防が決壊したのは1999年のことだった。
  短期政権を予想されていた小渕内閣は自由党との連携を取りつけ、旧田中派に脈々と受け継 がれる公明党との太いパイプを用いて、「自自公」という巨大な《怪物》を作り出した。わた したちはあの無能そうな笑顔の裏に潜むものを見逃したのだ。
 かの政権は国家権力の強化につながる超重要法案を矢継ぎ早に成立させた。野党はもとより、 「反対」のスタンスをとる新聞メディアの《正論》や《客観報道》もあまりに無力だった。《敵》 は---例えば盗聴法が---憲法の精神に整合しない、欠陥だらけの法律であることなど承知の 上で国会審議に臨んでいたのだ。絡め取られるのは必然だった。
 虚無と無関心がこの社会を覆い、慣れ、そして忘れた。
(中略)  だが、著者たちが撃とうとしている《本当の敵》は、狙上に載せられている言説 ではなく、それを称揚し垂れ流すメディアであり、ひいてはそれを許容し、無批判に受け入れ ている《世論》、つまりわたしたち自身だ。  「撃」が数年前に撃ったはずの虚妄の言説が、姿を変え、今もなお蔓延(はびこ)っている。頼れるのは あらゆる情報の政治性を自覚し、批判的に受容する、名も無き個人が紡ぐ《倫理》だけである。』
  (編集部記「まえがき」より)

 「撃」は、「虚妄の言説」は今もなお垂れ流されている、「目を醒ませ。眠っちゃ駄目だ。醒めた目で 現実を見詰めよ」と「私たち自身」を撃つ。

 『「非国民」手帖』は、「虚妄の言説」に真っ向から相対するための「ものの見方・考え方」の宝庫だ。 「国家に抗する社会を作るための教科書」たる所以である。
90. 詩をどうぞ(1)
2004年11月12日


 ファルージャの殺戮はまだ続いている。新聞は報じる。「イラク各地で騒乱拡大」
 これはテロではなく、明らかにレジスタンスだ。ブッシュが押し付ける手前勝手な 殺戮という平和への。


語彙集第百三十章    中江俊夫


それは君のためなんだろうか
僕のためなんだろうか
誰のためでもないはずだその平和は
だってそうじやあないか
お袋も 親父も 妹も
みなその名で殺された 駄菓子屋 勤人 煙草屋は
ほかの名じゃあ殺されなんだ 僕の知ってるかぎり 僕の町筋で
不正の名でかりたてられ
友の名で殺されたものはいない もっと大きな もっと大きな!
みなうまい名でかざりたてられ 兵士は
きれいな小箱に入って帰り
不細工な忠霊塔におさめられたよ


それは君のためなんだろうか
僕のためなんだろうか
誰のためでもないはずだその平和は
だってそうじゃあないか 僕らは
まだ若いんだしそんなにいつ迄も眠っていたくはない
気がむいたときに本も読みたいし 議論もしたい
暇はなくとも 映画を観たり 散歩もしたい
朝七時には眼がさめるし 夜十時には眠くなる
そりや無理もするけれど 恋と戦争はおかどちがいだ
兄弟げんかや隣の夫婦げんかとはわけがちがうよ
僕らは愛しあっても 憎みあってもいない
誰が相手かさえ知らんのだ


それは君のためなんだろうか
僕のためなんだろうか
誰のためでもないはずだその平和は
子供のかくれんぼなら繁みに隠れても
鬼が見つけたらすごすごでてくるよ
大人のかくれんぼときたら 繁みにきてみると
黒っぽくなった骨たちをみつけたという始末さ
いったい誰がじゃんけんしたんだ
僕の兄たちを賭けて 誰がサイをふったんだ
いったい誰が楽しみ 明日の時間をつぶしたんだ
誰がふところにもうけを入れてしまったんだ
誰だ誰だ!


国の平和とは誰が言うんだ
いつも指導者で お偉方 何とか長官たち 大人たちさ
僕らをとかく平和のためだろうと 戦争のためだろうと
あごで使おうつて魂胆なのさ
人的資源というやつで 十八歳から二十五歳というやつ
結構なすじがきで僕らの未来を買占め
もうけの道具に使う
こつちは他国で血を流す
引金をひくのか 号令をかけるのか役割りもきまっていて
ほかの芸は要らないという仰せだ国のため
火をつけろ ぶっこわせ 殺せ殺せ


国の平和とは誰が言うんだ
死んじまった風? 空? 緑?
死んじまった学童? 職人? 蛙? 鳥?
生きのびた大臣
生きのびた首相
生きのびたおおぜいの役人
成程なるほど
国の平和とは大事です 便利重宝だ
それは君のためなんだろうか
僕のためなんだろうか
死んじまったものは 生きていたときも無言
死んじまったらなおさら無言 国の平和には便利重宝さ


ぬけぬけ性こりなく繰返す商売々々だ
平和は一番売りやすいよ 口実は一番崇高だ
かんじんの中味は戦争さ
断固平和を守るため
断固戦争を続行する!
平和の種類は嘘八百種だ
突然変異の珍種も頻出し
他種の平和は認めない
自種の繁栄と商売にかかわることだから
それは君のためなんだろうか
僕のためなんだろうか どっかの
人食い鮫のためなんだろうか


国の平和とは誰が言うんだ
平和は火葬場じゃない 難民収容所じゃない
爆弾じゃない
牢屋でもない
あざみのことだ タンポポのことだ
かなぶんぶんのことだ
婦人のことだ 小鳥のことだ
百姓 漁師 ひとりひとりの個人的なことだ
国なんぞ存在したためしがない 権力と
法律書や馬鹿者の頭のなか以外には
それを誰れがいったい国があると言うのか
その平和とはなんなのか なんに利用するつもりか誰が?


   (「ユリイカ・現代詩の実験」1972年10月臨時増刊号より)
89. ついに矛先は生徒に向かう
2004年11月11日


   米長が言うところの「残されている宿題二つ」を、私は見誤ったようだ。
 都教委は教員の制圧は完了とみなしたか。「日の丸・君が代」を生徒 にまで強いようとしているのは周知のことだが、いよいよはっきりと矛先を生徒に向けてきた。
 全く次々と人間性を圧殺するような施策をよく出してくる。

 今日の朝日新聞朝刊の一面の見出しに『都立高「奉仕」必修へ 07年度から』とあった。
記事から抜粋する。

 『奉仕活動は、戦後教育の見直しを目指した教育改革国民会議で浮上。自 主性を基本とするボランティアと異なり、共同生活の中で義務付けるもの として検討された。
 都教委幹部は導入の狙いについて「内容はボランティア活動と変わらな い。生徒がいろいろな人と交流し、活動を通してより広いものの見方がで きるようになることを期待する」と話している。
 一方で都教委は、「ボランティア」でなく→奉仕」と呼ぶ理由につい て、「自主的・自発的に行うだけでなく、他教科と同じく教育課程に組み 入れて必修化するため」と説明する。』


 「奉仕」=「つつしんで仕えること」
 いやな言葉だ。一体誰に仕えろと言うのだ。広辞苑には第2の意味として 「献身的に国家・社会のためにつくすこと」とある。私には戦中の「勤労奉 仕」がすぐ思い出される。何から何まで大日本帝国下の教育と同じにしたいらしい。

 強制でやらせるのでは、ボランティアと言えないのは当たり前だ。
 「内容はボランティア活動と変わらない。」だって?冗談言っちゃいけない。内容と 形式は相互規定し合う不離一体のものだ。
 自らの内心の要請に従って行うボランティアと強制してやらせる「奉仕」とでは、 たとえやっている事が同じでも、雲泥の差がある。実行者にとって 生きる上での意味や意義、あるいは直接他者と関わる行為であれば、他者との人間的なかかわり から得る心の交流や 自他がともどもにそれを通して得る精神的な糧など、全く違ったものになるだろう。
 それに「ボランティア活動と変わらない」内容をふみこえないことを 誰が保障するのだ。現在の六バカ都教委ではやがて「勤労奉仕」的になるのは明らかだ。あるいは 「自衛隊体験学習」にもなりかねない。
   どだい、自分たちは権勢欲と私利私欲の塊のくせに、人に奉仕活動をせよなどと、よく言えたもんだ。

 「いろいろな人と交流し、活動を通してより広いものの見方ができるようになることを 期待する」のなら、教育委員会がなすべきは、何事も強制することなく、生徒が自由に羽ばた けるように環境を整えればよいのだ。教育の内容にまで口を出すな。要するに教育委員会は 余計なことをするなということだ。

 いつの時代でも、教育を支配しようと企む支配者とその腰ぎんちゃくは考えること が同じだ。その論理の指向も。

 戦中に文部省が出した「戦時学生自戒五条」の四に曰く「感謝奉公ノ念ヲ持シ進ンデ勤労 ニ服スベシ」
 「日本少国民文化協会」という少国民の練成と動員を目指した団体があった。 幼少年時から洗脳すべく「愛国いろはかるた」というばかばかしいものを制定している。 勇ましく強い皇軍の宣伝ばかりではない。その中には「勤労奉仕」の勧めもある。
 「は 「ハイ」ではじまる御奉公」「ぬ ぬぐふ汗水勤労奉仕」(以上「山中恒「撃チテシ止マム (ボクラ少国民第3部)」より」

   1938年の「教育審議会」の議事録から委員達の発言を拾ってみる。(山中恒「御民ワレ (ボクラ少国民第2部)」より)

「……最近マデハ個人自由主義二依ッテ大学ノ基礎ガ恰モ白蟻ガ崩スヤウニ崩サレテ来タノデアリマ ス、又資本主義ガ右ノ方カラ大学ヲ動揺サセ、共産主義ガ左ノ方カラ大学ヲ動揺サセル、此ノ三方カ ラ我ガ国ノ大学ハ動揺サセラレテ将二転落ノ危機ニ瀕シテ居ルノデアリマス……」

 自分達の利己主義は棚に上げて、自由主義・個人主義を攻撃する。「教育基本法」改悪 を目論むものたちも自由主義・個人主義を非難している。日本固有の歴史やら伝統文化やら を持ち出して、それを国家主義的なものに変えようとしている。
 自由主義・個人主義は社会を疲弊させ、国家を過たせる元凶だという。自分達の誤った 政治や富の独占や利己主義がその元凶だろう。利己主義と個人主義の違いをきちんとわき まえてものを言え。

 「……自分ノ境遇才能ヲ顧ミズシテ、争ウテ大学ノ門二蝟集スル、ソレデ高等学校ノ繁 昌トナリ、延イテ中学ノ教育ガ受験的トナリマシテ、斯クシテ画一主義、詰込主義、記憶偏重主義ノ 教育ノ弊ヲ助長シテ、精神教育ノ上ニモ体育ノ上ニモ尠カラヌ支障ヲ来シテ居ルコトハ顕著ナル事実 デアルト信ズルノデアリマス……」

 「画一主義、詰込主義、記憶偏重主義ノ教育ノ弊」だって?そのような「銀行型教育」は、 ものを考えない被支配者を創り出すために、お前らにとっては理想的な教育だろう。だいた い天皇教教育こそ「画一主義、詰込主義、記憶偏重主義ノ教育」の典型じゃないか。 「問題提起型教育」には「偏向だ」とわめくくせに、笑わせるな。
 「自分ノ境遇才能ヲ顧ミズシテ」だと! 何たる傲慢! 何たる浅薄さ!三浦や江崎と同類の バカがどの時代にもいる。

「……抑々行ノ教育卜云フモノハ生徒ガ実地二手ヲ下シテ体験シテ、又繰返シ練習スルコト二 依ッテ初メテ遂ゲラレルモノデゴザイマス、然ルニ我ガ国デハ前代ヨリノ因襲二依リマスカ手ヲ下シ テ物事ヲスルト云フコトハ劣等ナル階級ノ者ノ為スコトデアルト云フヤウナ考へガ浸潤致シテ居リマ シテ、中学校デ生徒ヲシテ学校ノ庭二木ヲ植ヱサセヨウト致シマスト、村会議員ナル父ハ之二抗議ヲ 致シマシテ、我ガ子二植木屋ノ真似ヲサセテ呉レルナト申シマス、実二行ノ教育コソハ勤労ヲ愛好ス ル習慣ヲ付ケマシテ、額二汗シ手二膏スルコト二依ッテ外界二接触シ、諸般ノ知識ヲ教師カラデハナ ク自ラ獲得スル方法デゴザイマス、軍隊教育ヲ受ケルト人物ガ一変スルト申シマスガ……」

 「行(ぎょう)」というのは説明を要することだが、ここでは置く。「行」を「奉仕」と 読み替えれば、都教委の「奉仕」が何を目論んでいるかよく分かる。「軍隊教育」がその理想 形態なのだ。
88. ザルカウィを探せ、とブッシュがわめく
2004年11月10日


 歴史上最悪の大バカ・ブッシュが当選祝いのようにまた大々的な人殺しを再開した。「平和のために ファルージャの市民を殺せ」と。無辜の民衆の死で購う平和って何だ?

   今回のファルージャ攻撃の名目はザルカウィが率いる武装集団の壊滅とザルカウィの殺害 または拘束だという。この名目は「大量破壊兵器」のときと同じトリックだ。

   バグダート在住のイラクの一女性が書き綴っているサイト「Baghdad Burning」で、彼女は 次のように語っている。

Baghdad Burning

 『イラクではだれもがアブ・ムサブ・ザルカウィがファルージャにいないと知っている。 私たちの知る限り、彼はどこにもいない。彼は大量破壊兵器のようだ―大量破壊兵器を引き渡せ、 さもなくば攻撃するぞ。さて攻撃が行われてみたら、どこにも兵器がなかったことが明らかに なった。ザルカウィに関しても同じことになるだろう。次々と登場する政治家の誰かがザルカウ ィに言及するたびに、私たちは笑っている。彼は大量破壊兵器よりさらに都合がいい。なにし ろ足があるから。ファルージャでの大失敗にけりがついたら、ザルカウィはタイミングよくイ ランやシリア、ひょっとしたら北朝鮮にでも移動することだろう。』

 ファルージャ攻撃の記事の本日夕刊の見出しはこうだ。
 『ザルカウィ幹部拘束失敗か 米司令官「封鎖前に脱出」』
87. 増田都子さん・0地点からの反撃
2004年11月9日


『私は八面楚歌の中で、断固として闘ってきた。私には怖いものはない。なぜなら、義は我にあり、 真実は我にあるからだ。たとえ、全世界が敵に回りデマ宣伝が行き渡ろうとも、私の生徒たちは、 私が、ごく真っ当な教員であることを知っている。』

 増田さんの強さの源泉はこの生徒たちとの信頼関係なのだろう。さまざまな過酷な攻撃に果敢に 反撃している。

 くだんの母親が情報を流し、右翼都議・土屋が飛びつき、産経紙が 『偏向教育』パッシングキャンペーンを張る。
 また、三バカ都議土屋(民主)古賀俊昭(自民)田代ひろし(自民党) が共著で、右翼出版社である展転社から「こんな偏向教師をを許せるか』 という本を出版する。

 『同書には「感情的な反米教育」「犯罪事実」「これだけの 偏向授業をしている確信犯ともいえる教育」 「生徒をマインドコントロール・洗脳」などと、私の授業に対 して全くのデマ・誹謗中傷が満載である。』

 増田さんは、三バカ都議と展転社を名誉毀損、プライバシー侵害で東京地裁に提訴。

 一方、この「偏向教育」キャンペーンにのって、都教委は増田さんに不当な連続 処分をする。第一・減給処分、第二・減給処分、第三・懲罰長期研修処分。
この研修処分は99年9月1日から02年3月31日までの二年半にもおよんだ。

『権力を嵩にきた現場外しの強制、そのための「研修 所」送りである。しかし都教委は私を「指導が不適切な教員」 なるものには、一度も認定できなかった。それには無理があっ た。そのような事実はないから。私は、「職務命令だ」と彼ら がいうところの「研修を命ずる」という一枚の紙切れを受け取 ったのみである。』

 この現場外しの不当処分に対し都教委を提訴。
 この提訴で都教委は増田さんが『指導力不足教員」であるというでっち 上げた文書を大量に出してきた。増田さんはこれを地方公務員法第 lニ十四条の禁ずる「守秘義務」に違背し、「東京都個人情報保 護条例」「東京都情報公開条例」に違背するものとし、この件でも都教委を提訴 し、損害賠償を請求している。

 土屋が足立十六中の学区域一の繁華街・北千住で行った街宣を 名誉毀損で提訴したものは、増田さんが勝訴し、35万円を支払わせたが、その時 の判決文に教育に対してのとんでもないバカ認定がある。

 『「学習指導要領では日の 丸を掲揚し、君が代を斉唱するよう指導を求めていること、原 告(増田)は、学習指導要領には一定の拘束力があるにもかか わらず、生徒に対し、教師としての立場で、日の丸、君が代の 持つ意味、歴史的経緯について批判的に紹介し、君が代は国歌 でないと発言していること(当時は『国旗・国歌法』は無い)、 原告(増田)は、政治的色彩の強いテーマを題材に紙上討論授 業を行っていることからすると、被告(土屋)らにおいて、 原告(増田)が学習指導要領の枠の中で授業をしていないと信じ る相当の理由があったと認められる。」
 「(増田は)政治的見解の対立のあるテーマを授業で扱っており、政治的中立性が保た れるよう配慮することが必要であるにも関わらず、……紙上討 論授業において米軍基地問題を取上げ、日米安保条約反対、 米軍基地反対の方向に議論を導いているばかりか、教師としての 立場から真実を伝えると強調した上で日米安保条約反対、米軍 基地反対の意見を掲載し、その意見は生徒を説得するべく強い 調子で書かれでいる」
 「よって土屋が「偏向教育」と信じたのにも無理がなく、誤信 相当牲があるので違法性が阻却される。」』


 「政治的中立性」とは国家権力・政府・行政官などの施策に無批判 に唯々諾々と従うことなのか。哲学も公正中立性のかけらもない「偏 向」裁判官だ。

   最後に増田さんの決意の言葉を掲載してこの項を終わる。

 『私は官僚裁判官にさえ、都議・土屋たかゆきを「人権侵害男」 と認定させた。
 また都教委によるパワーハラスメント・ポリテ ィカルハラスメント現場外しに屈せず、現場に復帰させた。
 現在、都教委による個人情報漏洩の不法行為を認定させ、右翼三 都義に対する名誉毀損・プライバシー権侵害を認定させるべく 裁判闘争を闘っている。これについては、歴然たる証拠も存在 しており、いかに官僚裁判官といえども、認定せざるをえない だろうと確信している。
 さらに、2002年1月30日付「社説」で私を「反日教育 (それ以前は、ずっと私が「反米偏向教育」をしたと書いていた!?)をして、 それを批判した母親を誹謗中傷し子どもを傷つけ不登校に追いやって研修センターに収 容された問題教師」と書いた産経紙に対しても法的措置を取る つもりでいる。
 違法都教委、違法都議、右翼デマジャーナリズ ムを追いつめ、恫喝暴力教育行政に風穴を開けていきたい。』
86. 増田都子さん・孤立無援の闘い
2004年11月8日


 増田さんは八面楚歌だと言う。
①一部右翼的保護者
②保身しか考えない校長・教頭
③都(区)教委
④土屋たかゆきら右翼都議
⑤産経新聞
⑥行政の犬になり下がった官僚裁判官
⑦所属組合員を売って恥じない全教(都教組)
⑧教育内容・方法に対して不当な干渉をしかけてきた一母親への屈服を迫った「人権派」弁護士

 ①~⑤は、でっち上げの先駆けとしてどの弾圧事件にも登場するおなじみの犬たちだ。 シナリオを打ち合わせているかのように見事な連係プレーする。

 ⑥、教育弾圧事件に限らず権力対被抑圧者の裁判ではバカ裁判官ばかりが目立つ。
 もう大多数の裁判官は法の番人ではなく、権力の番犬に成り下がっている。被抑圧者側の訴えが如何に 正当であっても、勝訴はむずかしい。憲法を遵守し、法を公正に適用した判決ができる裁判官は少ない。 そういう裁判官に当たる幸運を祈るしかない。情けないことに、裁判ではなくて、くじ引きみたいな ものなのだ。

 ⑧は、「82.大杉榮の教育論」で引用した言葉を借りると「自らの眼を以て社會的事物を観察し、 自らの頭を以てそれを判断し得る力」つまり「個人的思索」の力を欠いた知識人の典型である。
 そういえば吉本隆明氏はこの手の銀行型優等生のなれのはてをチャート式知識人と揶揄していたっ け。

 『この弁護士、「人権派」として有名な方で、今でも「人権派」「護憲派」の会にはたいてい顔と名前を出して活躍し ていらっしゃる方だが、何とも教条主義だった。「教師は権力者、父母・生徒は弱者」という『公式』から、一歩も抜け出す  ことができなかった。』
 その結果は『原告・母親は、反米軍基地は、反米ではないことを理解する。被告・増田は原告の感情 を傷付けたことを謝罪し50万円を払う』などという和解案だ。勿論増田さんはこんなとんでもない和解 案には応じない。

 『幸い、「真の人権派弁護士」の最長老とも言うべ「き、元・教科書訴訟弁護団長の森川 金寿弁護士が引き受けてくださってから、闘いは前進した。さすがに森川先生は、お送りした書類だ けで、直ぐ、この問題の本質を見抜かれて、格調高い、素晴らしい準備書面を書いてくださ った。』

 ⑦の都教組の執行委員たちも「人権派」弁護士の同類だ。接木したイデオロギーを 金科玉条とし、硬直した耳目・頭脳でものを見聞きし判断するイデオロギーロボットだ。
 自己の内部の世界を現実とぶつけ、検討し、理論化してゆく過程を経ることなく、 ただ進歩的・革新的思想をつき木しただけの思想は、ラジカルな問題に出会ったとき破綻する。

 『当時、私が所属していた都教組(全教)足立支部執行委員会 は、どう対応したか?彼らは「民主教育、平和教育を進めます」 というスローガンを掲げながら、『父母国民と手を結ぶ』方針 から、私に対し、教育基本法第十条が禁ずる『教育に対する不 当な支配』干渉を行ってきた母親に屈服するよう迫ったのであ る。そして私に対し「母親を誹謗中傷した」として都教委が不 当処分を出すと、これを歓迎した。所属組合員である私の教育 を「偏った教育」と明記したビラ(都教委でさえ「偏向教育と は言えない」と認定していたのに!?)を大々的に足立区内繁 華街でばらまくやら、足立区内全教職員に配布するやら、という 体たらく。そのビラたるや、拾った生徒が右翼のものと勘違いし て「センセー、ヤツラ、また、こんなものくばってたよ。訴 えちゃいなよ」と言うほどのものである。それを受け取った私 も、てっきり都議・土屋らがばらまいたものと思った。ところ が、末尾に「東京都教職員組合足立支部執行委員会」と明記し てあったので、ズッコケてしまった。翌日の「しんぶん赤旗」 は、この都教組(全数)の行動を嬉々として報じた。 』

 このやり口は、30年前と同じだ。私は「八鹿高校事件」を思い出した。 当時、ある事情から、私はこの事件についてはかなり詳しく調べ、レポートを まとめている。中傷とウソだらけのえげつないビラを多量に撒き散らす物量作戦。それを持ち上げる 「赤旗」の援護射撃。
 この党派がこの体質を克服して、真の力強い味方となることを期待し続けてきたが、 またまたがっかりさせられた。相変わらずだ。

   『真の意味で「人権」とは何かを知っており、「本物」と「偽物」を見抜くことので きる能力を持つ人たちが、口コミで、一人、また二人と集まって、「平和教育を守る 足立の会」を立ち上げ、私をしっかりと支えてくれた。そして、数年の苦闘の後、 (所属組合員を売って恥じない都教組(全教)では闘えないため)東京都学校ユニ オンを立ち上げ、全労協(全国労働組合連絡協議会)に加盟した。これで、やっと、 都教組(全教)、「人権派」弁護士が私のスカートを踏んづけるだけ踏んづけてく れたマイナス地点からゼロ地点に立つことができた。』
85. 11・7全国労働者総決起集会
2004年11月7日


 昨日の集会が「教育基本法改悪反対の一点での幅広いネットワークを目指した運動」だったのに対して、 今日の集会は闘う労働組合の総決起集会だ。この数年、毎年行われているという。もちろん、私の参加は 初めて。
 闘う組合の敵は権力だけではない。闘わない組合、闘えなくなった組合、権力と結託して組合員を抑圧する 組合とも闘っている。
 昨日の集会では、各組織・団体は、それぞれの主張を抑えて最大公約数を表明した。その集会の趣旨に 沿うためで、それはそれでいいのだが、やはりものたりない。

 今日の集会は、参加者数は約3500人で昨日より少ないが、どの組織・団体にも遠慮なく思う存分 を自己主張をするので、歯切れよくさらなる熱気に溢れていた。
 教育労働者だけではなく、官庁・一般企業を問わず全ての分野の労働者が同じ手法で同じ弾圧を 受けていることがよく分かった。いや、一般企業で行われてきたことが、学校に持ち込まれたと言ってよ いだろう。韓国・アメリカでも同じ状況のようだ。国家権力と官僚と資本家が結託した周到な支配強化が グローバルに行われている。

 スローガンは「大失業と戦争にたち向かう労働者の国際的団結を!たたかう労働組合の全国ネットワークをつくろう!」 とあり、闘う労働者の全国ネットワークをつくる端緒ともなるべき集会であり、また韓国・アメリカの闘う労働者との 連携を強める集会でもあった。闘う運動を通して、闘わない組合の再生も課題としている。

 集会の目次に目を通せば、この集会の特質と意義が自ずと分かるだろう。

関会のあいさつ  全国金属機械港合同
連帯のあいさつ
国労5・27臨大闘争弾圧を許さない会発起人代表  佐藤 昭夫
憲法と人権の日弁連をめざす事務局長  竹内 更一
とめよう戦争への道!百方人署名運動事務局次長  小田原 紀雄
沖縄・海上ヘリ基地反対協議会共同代表(メッセージ)  安次富 浩
韓国から
  民主労総ソウル地域本部事務処長  パク サンユン
  民主労総ソウル地域本部組織部長  ムン ムンジュ
アメリカから
  ILWU(国際港湾倉庫労働組合)ローカル10
            ビジネスエ-ジェント ジャック・ヘイマン
                        キャロル・ヘイマン
  ILWUローカル10執行委員  ドワイド・サンダース
  ILWUローカル19執行委員  トッド・ウイークス
  ILWUローカル34/MWM事務局長  キース・シャンクリン
  MWM事務局       キャシー・シャンクリン
基調提起   国鉄千葉動力車労働組合
特別報告
  「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会
  全金本山労働組合
  イラク派兵費用差し止め訴訟原告
MWM in ワシントンに参加して
2004年11・7アピール 国鉄千葉動力車労働組合
閉会のあいさつ  全日建運輸連帯関西地区生コン支部

 舞台に上がらないので目立たないが、会場を見回すと私が全く知らない小さな組合のの ぼりや旗がたくさん目に入った。

 昨日のデモは「誰でも参加できる市民の会」について歩いた(実は腰痛が出てきて、途中で脱落)が、 今日は集会のときからデモまで、 『「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会』の後についた。
 代表の近藤徹さんのアピールは格調高く、不覚にもつい落涙してしまった。歳をとると涙もろくなっていけない。

 また、集会時にいい光景を見た。名前を存じ上げていないが、年配から推察するに嘱託を解雇された方だ ろう、十数人の若者がその方の傍にやってきて挨拶をしていた。色紙のようなものを受け取り、一人一人と 握手をしていた。署名の色紙を持って激励に来た教え子たちに違いない。
84. 11・6教育基本法の改悪をとめよう!全国集会
2004年11月6日


7日朝、書いています。

 主催団体は「教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会」という。言いだしっぺ(呼びかけ人) は、小森陽一、大内裕和、三宅晶子、高橋哲哉の四氏であることを、今日集会に 参加して知った。(知らなかったのは私だけかも)

 北は北海道から南は沖縄まで、全国からさまざまな闘いを担っている団体・組織・個人が参加し、 収容人員約3000人の日比谷公園大音楽堂を約5500人が埋めつくした。

 実行委員会の申し合わせ事項に

1 教育基本法改悪反対の一点での幅広いネットワークを目指した運動である。
2 非暴力であること。
3 互いに誹謗、中傷、攻撃を行わない。
4 意見の相違を認め合い、一致点を大事にする。
5 組織、個人にかかわらず、互いに対等、平等である。

とあり、全国で闘っているさまざまな点を結んで、一大ネットワークを創り出す意図と 意気込みを感じた。

 今朝早くも、「反ひのきみネット」MLに主催団体(多分集会の司会者のお一人)の報告があった。 その一部を引用する。

 『自分たちだけで運動をやるのは簡単です。 しかし、意見や立場の違う人々と運動をやるのは大変です。 時には、口論になったり、ギクシャクしたりします。
 それでも、大きな目標を見定めてそれを見失わず、仲間を信頼して、 準備を積み重ねてきたから、今回の成功があったのだと思います。
 集会では、それこそ沢山の方々が発言されました。 また、「全教」の立場から、「日教組」の立場からの発言もなされました。 会場には、いわゆる「セクト」とみられるような人々も参加していました。 世の中も、運動体も、多様ですね。
 しかし、その多様な人々、運動体が、「教育基本法の改悪反対」で 本日結集したのです。本日は、統一戦線に向けて、また一つ新たな一歩が踏み出された日 だったのではないでしょうか。』

 過去のさまざまな大衆的運動の多くが、組織やセクトや、なかんずく政党間の主導権争いで 無力化していったことを思い出す。上記の「申し合わせ事項」を堅持して、運動を発展させて いって欲しい。もしも主導権争いのようなおかしな動きをする団体が出てきたら、断固排除し なければいけない。

 全国が線で結ばれた。
 各地で運動をさらに広範に広げようとの呼びかけがあった。線が面となり、 大きなうねりとなること、切に期待する。
83. 増田都子さんへの弾圧
2004年11月5日


 権力は「問題提起型教育」を狙い撃ちする。

 増田さんは、沖縄の基地を扱った授業を「偏向教育」と攻撃され、繰り返し処分されてきた。 しかし増田さんは、果敢に力強く闘い続けている。その間のことを詳しく書いた 「教育を破壊するのは誰だ!」(社会評論社)という著書を出している。
 ちなみに、「サンデー毎日(9・26号)」の「サンデーらいぶらりぃ」で斎藤貴男さんが その本を紹介している。

 これらのことは、先日参加した集会で増田さんが用意した文書で知った。「義は我にあり!」という 題で、増田さんへの弾圧とそれへの闘いの概略が書かれている。それを用いて、増田さんへの連帯と支援 の意をこめて、増田さんへの弾圧とそれに対する闘いを簡単に紹介する。(詳しくは「教育 を破壊するのは誰だ!」をお読みください。)

  発端は一母親による足立区教育委員会への密告電話だった。
 97年1学期、増田さん(足立区立第十六中学校)は2年生の『地理・沖縄県の授業において、 NHK福岡放映の九州レポート「普天間基地と普天第二小」のビデオを使い、生徒の感想・意見を プリントしたものを教材として紙上討論を行った。』

 アメリカ人と結婚している一母親に授業のプリントを読むことを 示唆した者(都内公立小学校のある女性教員)がいて、これを読んだその母親が、 「反米教育だ、反米思想だ。」と足立区教育委員会指導室に密告電話をした。

 この密告電話も、以下に述べるそれからの成り行きも、増田さんが全く知らぬまま進行する。

 区教委は「何でも言ってくれ」とこの母親を激励した。校長・教頭も「反米偏向教育」 だと断定し、PTAの電話連絡網を利用して、増田さんの授業を問題視する保護者だけ集めた会を開き、 騒ぎまわらせた。
 この間、区教委指導室長は都教委にお伺いを立てている。都教委はその授業を「偏向教育とは 言えない」と指摘したという。都教委がこのような当然の判断が出来たのは、その頃の都教委が まだ石原の支配下になかったからだろう。
 しかし指導室長は、その事実を隠蔽したままことを進めていく。
 ちなみに、このときの指導室長は小学校長に、教頭は中学校長になっているという。「教育公務員として の資質・能力」によっぽど優れているのでしょう。

  親たちの騒ぎに巻き込まれた生徒から質問を受けて、自分の授業が問題にされていることを、 増田さんは初めて知る。
 生徒の質問に答えて、増田さんは

 『授業の中で、この母親を「この親」と匿名にし「このようなアサハカな思い上が りによる教育内容への干渉は許しません」と紙上討論プリントに書いて説明した。足立区教委指 導室長・指導主事、校長、教頭は密談の上、この母親に「名誉毀損」と、私を提訴させた。さらに、 この母親は自分の娘である生徒に、二学期から私の社会科 授業のみ「権利としてボイコット」をさせた。この生徒は、直後、当時の親友に「私はどうでもいい んだけど、お母さんが、 社会科の授業は出なくていいと言うから出ないんだ」と言っていた。そして三ヶ月後、 友人関係がうまくいかなくなって 不登校となり、その後、転校した。この母親は、それを私のプリントのせいだとして、 また騒ぎまわった。』

 実は、増田さんが狙われたのには、深い根があった。
 増田さんの前任校(足立区立第十二中)での卒業式(97年3月)で、君が代斉唱時に抗議の着席をした 生徒たちがいた。これを増田さんが行っていた「偏向教育」のせいだとし、区議会で鈴木明 という区議(民主党) が取り上げていたのだ。以来、区教委は増田さんへの弾圧の機会を狙っていた。
 区教委・学校・父母の秘密裡の連携も、上記の深い根も、裁判(足立十六中「名誉毀損」 捏造事件)の過程で判明したことであった。

 『私は、この母親が起こした事件の大騒ぎの中でも一度もたじ ろいだことはない。日本国憲法制定後、その理念に反する政治 が何十年も実施され、同様、教育憲法たる教育基本法の理念に 反する教育行政が何十年も実施されている以上、憲法・教育基 本法の理念に忠実な社会科教育は、いずれ、どこかで激突する だろうと思っていた。人権尊重・人格の尊厳・自由・真理と正 義・自主的精神……そういった教育上の基本的なものが、体系 的に、否定、抹殺されつつある学習指導要領、及び、それに忠 誠たらんとする教育行政という構造において、憲法・教育基本 法の魂であるそれらをきちんと教える教育は、いずれ激突する ……その時が、来た。そして、その時……私は、たった一人だ った。文字通り孤立無援だった。なぜか?』

 次回は、増田さんの闘いを紹介する。
82. 大杉榮の教育論
2004年11月4日


 大杉榮氏が甘粕と言う憲兵に虐殺された2,3年後に出版されたものと思うが、 世界文庫版の「大杉榮全集」というのがある。30年ほど前にそれの復刻版が出版された。 大杉榮氏については教科書程度の知識しかなかったが、どういうわけか私はその復刻版全集を 購入している。購入したけど、一度もひもとくことなく「積読」ままだったのを、数日前から その全集の拾い読みを始めた。

   私は15回と17回で、深く共鳴したフレイレの教育論を紹介した。その教育論のキーワードは「銀行型教育」 と「問題提起教育」である。

 「大杉榮全集」第1巻「論文集」の最初の論文「個人的思索」は教育論で始まる。その内容に 私は驚き、また我意を得たりとうれしくもなった。
 大杉氏の教育論の骨子はまさに「銀行型教育」と「問題提起教育」なのである。

『 何學間でもさうだが、其の最初からの研究方法を教へずに、ちゃんと出来上がった學説を真っ 最初から覚えこますのが、今日の學校教育である。だから其の研究方法と云へば、學ぶべき學説 の順序正しき排列である。参考書の羅列である。なるべく自分で頭を使はずに、しかも無駄のな いように、多くの書物を読む事である。  従って今日の學者の書物は、総て極めて解り易く書かれてある。読んでさへ行けば、大して考 へずとも、又大した疑ひも挾まずに、ひとりでに合點の行くように書かれてある。これは、ちよ っと見には甚だ結構な事のやうにも思はれるが、しかし其の實際をよくよく考へて見れば、甚だ 怪しからぬ事なのである。即ち斯くの如き書物の書き方は、教育を官營する國家にとって、次ぎ の如き二重の利益がある。先づ第一には将來國家の為めに有用な人物となるべき生徒に、短か い時間にいろいろな事を覚させる事が出來る。そして第ニには、國家の為めには常に有害な 個人的思索の能力を早くから減殺させて了ふ事が出來る。』

 国家権力にとって都合のよい教育を述べている。 「短かい時間にいろいろな事を覚させる」教育=「銀行型教育」がそれだ。
 これに対して、「個人的思索の能力」の育成は国家権力にとっては常に有害なの だと断じている。そして

『此の個人的思索の能力を發達さすと云ふ事が、實を云へば、教育の本當の目的でなければなら ぬのだ。又,一切の學問の研究方法と云ふのも、其處に基づかなければならぬのだ。けれども各 個人の此の能力の發達は、今日の組織の國家や社會にとつては、其の存亡に關するゆゆしき一大 事である。各個人は只だ、國家の教へる通りを其のままに覺えこんでゐなければいけないのだ。 殊に政治學とか、法律學とか、経済學とか、史學とかの社會科學に於ては、國家の教へる範圍以 外に、決して個人的思索を許さない。  そこで此の社會科學の範園内に於ける本當の研究は、何よりも先づ、政府的思想による一切の 學者と書籍とを斥けて、自らの眼を以て社會的事物を観察し、自らの頭を以てそれを判断し得る 力を造る事にしなければならぬ。』

「個人的思索の能力」、言い換えれば「自らの眼を以て社會的事物を観察し、自らの頭を以て それを判断し得る 力」を引き出す教育=「問題提起教育」が本当の教育だと言う。

 「各個人の此の能力の發達は、今日の組織の國家や社會にとつては、其の存亡に關するゆゆしき一大 事である。」
 だからこそ、国家権力が教育を弾圧するとき、真っ先に狙われるのは「問題提起教育」なのである。
 大日本帝国=特高が行った大々的な教育弾圧のはじめの餌食は「生活綴り方」教師たちであった。
 いま、「日の丸・君が代」以外での教育弾圧はみな「問題提起教育」に対するものである。 その弾圧は「偏向教育」というレッテル張りで始まる。
81. 石原の陰湿で狡猾な弾圧
2004年11月3日


 米長が、そのホームページに「残されている宿題を二つやりつつ、後任者へバトンタッチ」と書いて いた。この二つの 宿題とは何か。当然石原による都立学校の教育支配の完成を目指す最後のツーステップということになる。

 石原が都知事になってから都立高校の教育支配のために打ち込んできた楔のうち、教員たちの日常 の活動を 直接圧殺するような威力を発揮しているもを列挙する。(部外者の分析ゆえ、捉えそこない、取りこ ぼしがあ るかもしれない。指摘いただけるとありがたい。)

1998年 学校管理運営規則の改悪
    (特に「職員会議を校長の補助機関として明確に位置づけ」たこと。これにより今まで 職員会議によって決めてい たあらゆる重要事項が校長の独断によって決定することが可能になった。

2000年 人事考課制度の導入
    (教育にはなじまない成績評価主義を持ち込む。これは最後のツーステップへの布石。)

2003年 主幹制度の導入
    (教員の5段階分断の完成)

2003年 異動要綱の改悪
    (校長の意に染まない者を恣意的に異動させる事ができる。)

2003年 いわゆる「9・23通達」
    (「職務命令→処分」の前例作り。なにかというと「職務命令」が出されるようになるので はないか。)

 さて、最後のツーステップは何か。


 9月7日付で、都教委から都立学校長に「教職員の普通昇給に係る業績に基づく延伸の実施について」 という通達が出された。
 今年度の業績評価に基づいて来年度から実施される。評価がC,Dの教員は昇給3ヶ月延伸というもの。
 全教員について業績を評価するなど、教頭・主幹・主任などを手先に使っても不可能だろう。 大体個々の教員がやっている 授業の良し悪しを決めるのは生徒だし、校長・教頭・主幹・主任などのヒラメ教員に他者の授業の 適正な評価をする力量などあるものか。結局は、校長のやることや言うことに逆らったり反対する 教員への見せしめに使うのが目的だ。授業内容でのC,Dがあるとしたら、「問題提起型教育」 に対するものだ。


 「学校経営支援センター」の設立。
 地域ごとに、校長も含め、学校全体を監視する体制作りだ。そこから派遣される職員は校長級だそうだ。やがて、 大日本帝国時代の「視学官」のような猛威を振るうようになるだろう。

 どれもオブラートに包まれていて、権力側が出す情報を鵜呑みにして受け入れる大多数の 一般都民にはその真の狙い(権力による教育支配)は分からない。受けのよいスローガンを掲げ、「す べていいことじゃないか」としか受け取れないように企まれている。
 例えば、教育の場に「企業の論理」を持ち込んだ「人事考課制度」のパンフには「子供たちが、楽しく伸び伸びと学 ぶことができる学校づくりを!」とでかでかと書かれているが、「人事考課制度」と「楽しく伸び伸びと学 ぶことができる学校」を結ぶ論理は何にもない。

 大日本帝国時代の弾圧は、特高を初めとする官憲を使ってのあからさまな暴力的弾圧だった。今は、一応建前は民主主義国家 だから、一般国民の支持を得られないような無茶な暴力的弾圧を大々的にはできない。(個別的にはたくさんの例がある。 最近の例では、反戦ビラをポストに入れたり反戦の落書きだけで、家宅侵入とか建造物破損とかの矮小化した罪状で逮捕 されている。)
 そこで権力側は、オブラートに包んだソフトな形で、より陰湿で狡猾な弾圧を考え出していくだろう。石原がやっている ことはその典型という事ができる。

 これだけのすさまじい攻撃に対して、組合はただ拱手傍観するばかりなのか。
 大多数の一般都民がその事実を知らぬまま、もう都立学校は完全に石原に支配されてしまったと言って もよいように、私には思われる。

 だからこれからの石原との闘いは、防御ではなく、奪還の闘いと位置付けるべきではないだろうか。
 一度奪い取られたものを奪還するのは容易ではない。勿論敵は石原だけではない。連帯すべき味方も 教育労働者だけではない。他の労働者も同じ状況に追い込まれている。全人類の課題である支配者 対被支配者の闘いである。長い闘いだし、広範な連帯を必要とする。
80. 米長の欺瞞
2004年11月2日


 「反ひのきみネット」MLでは、天皇の発言についての議論がまだ盛んなに行われている。
 私は米長がどう始末つけるのか、という関心から、米長のホームページを覗いてみた。
 「さわやか日記」というページの10月29日の記録では園遊会での天皇とのやり取りを 次のように書いている。

 『園遊会 投稿者:米長邦雄  投稿日:10月29日(金)16時57分9秒
10月28日は園遊会。雲ひとつない久し振りの日本晴でした。
父親の形見の紋付で出掛けました。
全く思いもよらず、天皇皇后両陛下からお声をかけていただきました。
さすがに緊張します。
将棋のことをお話ししました。
「現役はやめました。将棋盤を挟んで親子が楽しんでいる家族は幸せだと思います。 将棋の普及に務めております。陛下のお正月の昭和天皇と皇太子殿下とご一緒の写真は 大切な我が家の宝でございます」
「あの、もう随分前のことになります」
「教育委員として本当にご苦労さまです」
「はい。一生懸命頑張っております」
しばらくして隣の妻にもお声をかけて下さいました。
「ご苦労は大変なものでしょうね」
妻はその後は全くなにも覚えてはいない由です。
皇后陛下からは日本の文化、特に音楽についてのお話をさせていただきました。
又、養護学校についても心豊かな子どもの教育が大事と教えられました。』


 これで全部。もっとも大事なやり取りには全く触れていない。どうやら知らぬ顔の半兵衛を決め込む ようだ。「さわやか日記」どころか「ずる日記」である。

 米長の記録によると、皇后の「素晴らしいお言葉」は養護学校の教育についてだった。
 皇后は障害者などの施設をよく慰問する。「平和を愛し、お優しい」皇室のイメージ作り の一つであるが、皇后自身がハンディを持った人たちに本当に関心を持っているのかもしれない。
 将棋の米長相手に養護学校の話が出でくるのはいかにも唐突だ。やはり米長が都教委員を務めていること に関連しての話題ではないか。これは勘繰りすぎかもしれないが、都教委の養護学校いじめの 様子も天皇・皇后の関心事で、耳目に入っているのかもしれない。

 10月30日の日記はなく(お出かけのようでした)、次は10月31日の日記。

 『掲示板 投稿者:米長邦雄  投稿日:10月31日(日)14時28分32秒
土曜日に帰京しました。
掲示板への多くの書き込み有難うございます。
読みきれないくらいありました。
感動しました。感激しました。
陛下をご尊敬申し上げている人達のなんと多いことか。
お言葉の深さを本当に肝に汲みいるように受けとめている。
数々の書き込みを拝見して、心がひとつであるという氣が致しました。
胸を打つ書き込みが多く、重ねてお礼申し上げます。

陛下のお言葉には閣僚が相次ぎコメント。文部科学省は「強制ということではなく、 喜んで自発的に掲揚したりするありさまが好ましいということをお述べになったので はないかと考えている」と述べた。
私は都の教育委員として、残されている宿題を二つやりつつ、後任者へバトンタッチし たいと思います。』


 自分が天皇の政治利用という憲法違反をやらかしたという意識は皆無だ。
 米長を感動・感激させた「胸を打つ書き込み」を読みたいものと、「掲示板」の ページで探したが、ない。次いで「放談室」というページを覗いたら、次の記事を発見。

『HP更新 投稿者:米長邦雄  投稿日:10月31日(日)14時29分49秒
たくさんのご意見承りました。
これからHPを更新します。
更新したHPと日記を是非ご覧下さい。私の意見を書かせて頂きました。
この後は園遊会と陛下のお言葉についての意見は堅くお断りいたします。』


 なんと、折角のたくさんの「胸を打つ書き込み」を削除して、もう「胸を打つ書き込み」 はいらないと言っている。遠慮深く慎ましいお方だ。

 そこでまた「ずる日記」に戻った。

『非凡なる教育者と国旗 投稿者:米長邦雄  投稿日:10月31日(日)14時27分47秒
金曜日は富山県上平(かみたいら)村で仕事。これは本日更新のHP「まじめな私」 をお読み下さい。
教育の原点、国旗に対する姿勢についての意見を述べました。』


 忙しいお人だ。引用した3つの文章のアップロード時刻はそれぞれ14:28:32、14:29:49、14:27:47。 相当急いでたのだな。

 私も忙しい。次は「まじめな私」にアクセス。
 かなり長いので「教育の原点、国旗に対する姿勢についての意見」の部分だけを抜書きする。

『教育と国旗
 「米長先生、東京では卒業式に国旗を掲揚しない学校があるんですか」
「富山県では小中学校全校掲揚している筈です。国歌を斉唱しない?えっ、起立しない人がいる?」
「あ、そういえば以前起立しない教師が居ましたが、いつでしたか退職しました」
 帰路は富山市へ立ち寄る。どうも私の話は全くかみ合いません。
 そうか、東京を変えて日本を変える。これが間違いだったのか。心の東京革命は、 先ず首都東京を改革してから全国発信しようという意氣込みなのです。
 文部科学省よりも先に進み、全国へ波及させる。井の中の蛙とはこのことか。日本には 健全の自然と人間が共生している地方があるのをすっかり忘れておりました。驕っておりました。
 東京を変えることは、発信ではなく着信だったのか。東京こそ変らなければならなかったのか。
むしろ東京さえ変れば良いと言い切ってしまおう。
(中略)
 都教委の職務を全うして後任へとつなげてゆきたい。』


 どこに「教育の原点」についての意見ががあるの?お目にかかりたかったのに「非凡なる教育者」 も見つからない。
 どだいこの人にまともな教育論などあろうはずがない。まったく「ふまじめな私」だ。
 ぜんたい、粉飾と慇懃無礼にへりくだった美辞麗句だらけの気持ち悪い文章だ。

 それに、おいおいだいじょうぶかい?
 「東京を変えて日本を変える。心の東京革命は、先ず首都東京を改革してから全国発信しよう」というのは 親分石原が立てた方針でしょう。老婆心ながら、「これが間違いだったのか。」なんて勝手に判断して 親分の逆鱗に触れるよ。

 今回の不始末で詰め腹を切らされるのか、自分からの申し出たのか知らないが、ここへきて
「残されている宿題を二つやりつつ、後任者へバトンタッチ」
「職務を全うして後任へとつなげてゆきたい」
と辞任を示唆するような文が二度も出てくる。ほんとに辞めるとありがたいのだが、まあ後釜も 同じようなバカが座るわけで石原が辞めない限り、同じか。それに、抜け目のない石原のこと、詰め腹 を切らせる場合とこのまま居座らせる場合と、どちらがダメージが大きいか、世論の動向を窺いながら、 思案中だろう。

 直接会ったのか、電話で行なったのか分からないが、米長は石原と少なくとこの苦境をどのように 切り抜けようかぐらいの善後策は講じのだろう。

 今日の朝日新聞朝刊「石原知事発言録」の一節
 「政治家のコメントも出てるようだけど、私は中山君、文部(科学)大臣の言っているのはご く妥当で、ちょっと法務大臣はピントがずれているんじゃないのかね」

 米長が援護射撃と判断して飛びついたのも文部科学大臣の発言。

 なるほど、その線で沈静化をはかろうと言うのかねえ。

 だいぶ長くなったが、石原の詭弁・強弁(上記発言の続き)に一言いわずに済ますわけには 行かない。

『(都教委の方針は)これは強制じゃないんですよ。これは要するに国が決めたことをだね、 公務員としてですね、義務として行うか行わないかの問題であってね。一般的に強制する、 しないの問題とはこれまた違う。そこは今後混同しないでもらいたい。』

 スパイを派遣して監視させ、処分をして、どうして「強制じゃない」などとほざけるのか。 文学者が聞いてあきれる。お前は日本語の破壊者だ。

 おまえが日本国憲法をどんなに憎悪していてもそれはお前の勝手だが、おまえはその憲法の 下で選挙された知事なのだ。その憲法を無視すればその職を失う身分なのだ。
 自らは憲法を認めぬと公言していて、教職員に国が決めて事を行う義務があると、よく言えたもんだ。
 だいたいおまえたちが出した通達は、最高法規の憲法と、国の教育の基本的あり方を決めた 教育基本法との両方に違反している。国民には憲法違反の通達などに服従する義務など全くない。 その通達に屈服させようというのは強制以外の何ものでもない。

 『仮に通達と法律とが矛盾しあうならば、法律に従うべきであり、法律と憲法が矛盾し ている時は、憲法に従うべきであるというのが私の行政官としての判断 である。』(都知事を務め ていたときの美濃部亮吉氏の言葉)

 美濃部亮吉氏の爪のあかでも煎じて飲んでおけ。
79. 「生きるということ」
2004年11月1日


 天本英世さんの「日本人への遺言」から。
 東京で開催されたスペイン映画祭の折の、スペインの映画人たちの 議論の話から書きはじめている。初めの部分を割愛する。

 『私は延々と続く彼らの議論を聞きながら色々なことを考えた。
 彼らの議論はどんどん熱を帯びていく。
「自由への闘いはまだ終わっていない……」
「自由とは戦争がないということではない……」
 スペイン人の熱い議論を聞いているうちに、
「結局、生きていることは闘いなのではないか」
 と、私は思ったのである。
 何の闘いであるかというと、自由であろうとする闘いである。
 自分が、不自由の中に拘束されていると思ったら、それを打ち破ることが、人間の日々 の闘いなのではないか。
 戦争という、相手の国や人間を殺すことが目的の戦いではなく、自由であろうとする個 人の闘いが、平和の中でこそ必要なのではないか。平和の中で、人間に闘いがなかったら、 人間は呆けてしまうのではないか。
 スペイン人は、いつも議論をしている。
(中略)
 それに比べて日本人は、ほとんど議論をしない。自分だけの意見を持ってもいない。
 日本人が平和呆けしているのは、平和の中での闘いがないからだ。
 平和というのはいいことだが、人間を呆けさせる危険をいつも孕んでいるのだ。
(中略)
 呆けないためには、闘わなければいけないのだ。何に対して闘うのかというと、文部省 や教育委員会のバカたちとの闘い、日本の政治家たちとの闘いである。
 今、文部省とか教育委員会は、人間の自由を制限しようとしている。
 君が代を歌う、歌わないというのは、個人の自由であるのだが、揃いも揃った愚かな政 治家たちが、君が代を歌わない人間は日本人ではないといい出した。高松市の教育長など は、教師と児童生徒には君が代を歌わない自由はないという恐ろしい発言をした。
 君が代を歌いたくない、こんなものが歌えるかと拒否する日本人がいるのは当たり前で ある。
 人間は自由なのだ。人間の精神は自由なのだ。
 自由を奪おうとする国家に怒る日本人が増え、日本を戦争中の日本に戻そうとする危険 な政治家たちと闘うことは、平和呆けした日本人にとって、平和呆けを返上するいいチャ ンスなのである。
 君が代を歌えと強制するのは、人間の自由に対する侵害である。
 人間に対して不自由を押し付ける人間が、私は大嫌いである。最低の人間だと思ってい る。国民に対して不自由を押し付け、自由を制限する連中とは闘わなければいけないと思 っている。
 しかし、日本人は、自由について麻痺しているから、今さら自由についていわれても、 何をいっているんだというぐらいの意識しか持っていない。
 自由というものに決して麻痺してはいけない。
 平和呆けしている場合ではない。
 本当の自由のために闘うのだ。
 そうでないと、また大変なことになるぞ!
 生きていくことは、闘いなのである。』


  このホームページで、私はずいぶん威勢のよいことも書いてきたが、 「闘う」という言葉を使うとき、実は私の心には忸怩たるものがある。
 私は生来臆病な小心者で、その上怠け者なのだ。闘うことなどまったく不向きな のだ。闘おう、闘うぞ、と叫ぶだけで、ほとんど何事もなし得ない。
 意見広告に参加したり、カンパなどにささやかな協力をしたり、 集会やデモに参加してうろちょろするぐらいしか出来ない。先頭に立って何かやろうというような 気概はない。ほんとに我ながら情けないが、 自分のなし得ることをなせばよいのだ、と自己弁明しながら、このホームページを 書きつづけている。

 昨日紹介したような面従腹背のささやかな抵抗しかできない庶民・兵士を私は批判 できない。国全体が面従腹背のささかやな抵抗しか出来ない状況になってしまっていた。 そんな状況を作ってしまったのは、面従腹背のささやかな抵抗をしている大多数が、かって 何ら闘いらしい闘いをしなかったためではあるが・・・。

今日は意気の上がらない書き出しになってしまった。気を取り直そう。

 日本は、実態は不充分ではあっても一応いまのところは自由と民主を基調とする国家である。 この体制を維持できるのか、大日本帝国時代のような天皇制ファシズムの国家になって いくのか、この一年がそれを決する決戦のときであると繰り返し述べてきた。今闘わずして 一体いつ闘うと言うのかと。

 どんな闘いが可能なのか。

   被支配階級の闘いの武器は「数」しかない。権力にとり込まれてしまっている者もい るが、被支配階級は圧倒的多数なのだ。一人でも多くの者が立ちあがることしか反撃の方途は ない。闘いの最前線にいる人たちを孤立させてはいけない。
 場合によっては逮捕も覚悟で運動を推進していると言っている市民運動の指導者がいるが、 私もそのぐらいの覚悟は持って集会・デモに参加しようと、弱い心を励ましている。

   ともに立ちあがるものを一人でも増やすためには、現在の危機的な状況を伝えなければ ならない。友人・知人にいろいろな手立てで情報を提供しなければならない。

   私は、都教委の10・23通達を機会に教育現場がどうなっているのか関心を持ち始めたが、 そのときはもうすでにひどいことになっている事を知った。情報に疎かったのは私自身の 怠慢のせいであるが、私は「人事考課」だの「主幹制」だの「異動要綱の見直 し」(校長の恣意的な異動を可能にした)だの、そのときになって始めて知った。
 憲法や教育基本法の改悪の内容を詳しく知ろうとしたのもその時からで、我ながら自分の うかつさにあきれている。

   多くのマスコミは国家権力におよび腰だ。マスコミは頼りにならない。
 しかし、もし一つの集会に数万の人々が参集したとすれば、 マスコミも無視できまい。マスコミが取り上げれば、現在の危機的な状況をより多くの人に 伝えることになる。

 全体的な社会情勢を見ると絶望的になるが、11・6と11・7の集会に、 せめて数千の参加者があればと、その日に希望を託したい。

■教育基本法の改悪をとめよう!11・6全国集会
とき◇11月6日(土)午後1時30分~/集会後デモ
ところ◇日比谷野外大音楽堂
主催◇教基法の改悪をとめよう!全国連絡会(03-3812-5510坪井法律事務所)

■闘う労組の全国ネットを!労働者の国際的団結を!11・7全国集会
とき◇11月7日(日)正午~/集会後デモ
ところ◇日比谷野外大音楽堂
呼びかけ◇全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部、全国金属機械労働 組合港合同、国鉄千葉動力車労働組合
(事務局 tel.043-222-7207 fax.043-224-7197)