2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
47. 頼もしい保護者たち(4)
2004年9月30日


 (前回の続きです。)


 『都議会への陳情をはじめ、直筆の署名を口コミ、メールで呼びかけると、驚くほど広が り、賛同する都立高保護者有志も増え、たくさんの都立高校名が並びました。この広がり を怖れたのか、「早く片をづけろ」という自民党など与党の意向があったそうで、陳情の 審議は六月の予定が三月の文教委員会で行われることになりました。
 文教委員会では生活者ネット、共産党、自治市民が賛成されましたが、自民、公明、民 主が反対、多勢に無勢で5686筆の署名を添えた陳情は否決されました。
 はじめて都会を傍聴した私が驚いたのは自民党議員のヤジでした。共産党議員が「10・23通達に国旗 は左、都旗は右と書かれていますが、右・左の根拠は何か?」 と質問したのに対し、担当 部長が、「国旗は右、都旗は左の根拠は国際的慣習」と答えてしまいました (通達では「国旗は左、都旗は右」)。自ら右左を混同する程度のことを全都立学校に命じた彼の 名前は近藤氏。学校が混同したら処分?
 このやりとりの時に、自民党の樺山たかし議員、山本賢太郎議員がヤジを連発し、「そ れは国際的な常識だ」と言いました。「そうだろうか?」 「こんな強制が国際的な常識なの かしら」と不思議に思い、外国人特派員協会で記者会見をしてみようかと思いました。
 元外国人特派員の方のご紹介で申し込みましたが、最初は門前払い。でも、絶対、ニュー スの価値があると信じて再度挑戦すると、特派員協会の方が力になってくれ、実現しまし た。スリリングな逆転でした。資料の翻訳・通訳はこの取り組みを通して出会ったすばら しい仲間が引き受けてくださり、当日を迎えました。
 前日、都教委が卒業式で不起立の教職員の処分を発表し、会見当日、『ジャパンタイム ス』が一面に取り上げたため、会場は特派員でいっぱい! 緊張しながらもファイトがわ きました。
 「私たちは、『国旗・国歌や国を愛さないで』と言っているのではありません。国旗や 国歌といえども歴史から自由ではありません。ナチスの旗であったハーケンクロイツと同じ 時代に、同じような役割を果たしたこの旗、この歌に複雑な思いをもつ人は多いのです。 東京に住む、さまぎまな立場・国籍の人と仲良く暮らしていきたい、多様な考えを認め、 共生の知恵を身につけて欲しいからこそ、強制して欲しくないのです。『10・23通達』と 処分の撤回を強く求めます」と訴えました。たくさんの質問が出て、国際的な関心の高さ と都教委の非常識が浮き彫りになりました。』


 ここまで読んできて、とても大事なことに気が付きました。筆者の丸山さんはこの活動を 楽しく遂行していることが文脈から感じられます。絶望的にも悲観的にもならず息長く着実に 前進するためには、自分の活動の正当性に自信を持って、むしろ楽しみながら活動することが 必要だと思いました。しかしこれはとても難しいことだと思います。私はどちらかというと 、追い詰められた深刻な感覚にとらわれ、悲観的になりがちです。

 それにしても、都の幹部も議員も、なんと言うオソマツくんでしょう。こういうオソマツくんを議員に 選んでしまう国民・都民もオソマツというほかありません。大方の反感をかっても、そう言わざるを得ま せん。自分で自分の首を絞めているのです。
 おおよそ権力に擦り寄る議員なんて面の皮の厚いのだけが取り柄の人物なのでしょう。その面の皮の厚さに比例して権力に近く なっていきます。一番面の皮が厚いのは小泉・石原。その面の皮の厚さに反比例して国際社会の 信頼を失っていきます。やがて国際社会で孤立して、国際連盟を脱退した大日本帝国の轍を踏ま ぬよう、彼らの面の皮を引き剥がしていく外ありません。
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46. 頼もしい保護者たち(3)
2004年9月29日


 (今日の引用文は「「日の丸・君が代」処分」(高文研)からです。筆者は 「都教委通達の撤回を求める会」・丸山江里子 さんです。)



 『これ(10.23通達)を知った一人の母親は、
 「エッ、これって、平成じゃなくて昭和15年の通達の間違いじゃない?」 とひと言。
 いま思うと、その言葉は実に予言的な言葉でした。昭和15年は、太平洋戦争開始の前 年。そして、平成15年は、今年一月に強行されたイラクへの自衛隊派兵の前年です。 「都教委の異常な強制は〝戦時体制〝づくりなの?」卒業する息子が国家に絡め取られる ような不安を感じました。来たる2005年はアジア太平洋戦争敗戦60年。〝時代の還暦〝なんて、 私は真っ平ゴメンです。

 今年の一月、まだ松飾りもとれない時、近所の仲間とお茶を飲みながらたまたま、卒業 式の話題になりました。
 「都立高校ばかりか、公立小・中学校の卒業式・入学式まで変えるんだって?」
 「不登校だった息子が卒業式の日、自分の絵があると言って行ったのよ。それなのに絵を舞台に飾っちゃいけないなんて」
 「納得できないね」
 気持ちがおさまらないまま、みんなに声をかけ、1月7日に14人が集まりました。  「やっぱり黙っていたくないね、都教委に要請してみよう」
 「賛同する人の署名も添えたら」
 と話がすすみ、「卒業式、入学式に関する都教委通達の再検討を求める要請書」をつく り、メールやFAXで賛同者を集めることにしました。この時、四校の都立高校保護者が 参加していたので、「○○高校保護者有志」として学校名も添えることにしました。再検 討を求める理由は次の三点でした。

 1、日の丸の掲揚、君が代の斉唱を生徒、保護者、教職員に強制しないで。
 2、生徒の門出を祝い、各学校独自に会場を設営する自由を認めて欲しい。
 3、日の丸、君が代問題での教職員の処分は絶対にしないでください。

 当初4校から、6校、10校、20校と面白いように広がっていき、都立養護学校が加 わり、都立高校だけでなく都立学校全体の問題として、さらに輪が広がりました。
 2月6日、30分という限定付きで都教委の近藤精一部長と新井、巽、両課長に面会し、50校の 都立高保護者有志、802名の賛同者名をもって要請しました。
 養護学校の父母は、「フロア式ならば自分で証書を受け取れる子も、壇上では大人の介 助が必要だ。せっかくの自立の節目である卒業式の意味が変えられてしまうのは悲しい」。 都立高校の父母は、「さまぎまな人が通う都立高校だからこそ、強制はすべきでない。教 師の心の自由を奪って、子どもが自由に豊かに育つと思えない」と訴えました。
 私たちは同じ土俵で子どもの教育を話そうと思っていたのですが、最初から「反対の立 場」と決めつけ、「学習指導要領にあるとおり」とオウムのように繰り返す都教委、木で 鼻をくくるとはこのことだと思いました。教育を語る人でなく、機械的に人間を管理する オペレーターのようでした。』


 都の役人・校長・教頭は皆オウム型ロボットです。しかし、教育委員ともなるとさすが に違います。自分の言葉で本音を言い放題です。

 『4月8日には、東京都教育委員会の教育施策連絡会というものがおこなわれた。区市 町村の教育長・教育委員ら約300人が出席したそうだ。清水司教育委員長(元早稲田 大学長)は「子どもたちの晴れの門出で不都合な行為があり、許すことができない。純 粋な子どもたちにどれだけ影響を及ぼしたか、起こした教員には反省を促したい」と言 い、鳥海巌教育委員(丸紅顧問)は「徹底的につぶさないと禍根が残る。特に半世紀巣 食ってきている癌だから、痕跡を残しておくわけにはいかない」と話した。』(「良心的・・・」所収「加藤好一・私たちは癌ですか?」より)

 「子どもたちの晴れの門出で不都合な」通達を出しておきながら、あきれた言い分です。 盗人猛々しいとはこういうのを言うのでしょう。元大学学長とはさらにあきれます。
 鳥海は真の目的を正直?に述べています。「平和」や「自由」や「自主自立」を理念に掲 げる教育は、支配者にとっては癌であり、これを徹底的に潰すのが「日の丸・君が代の強制」 の真の目的だといっています。
45. 共謀罪って、知ってましたか
2004年9月28日


「反ひのきみネットML」より、二つ

10月1日の共謀罪に反対する市民の集いが近づきましたので、再度のご案内させていただきます。 ぜひ、ご参加ください。

話し合うことが罪になる 10・1共謀罪に反対する市民の集い

と き   10月1日(金)午後6時30分~
ところ   文京区民センター2A集会室
基調講演   新倉修(青山学院大学法学部教授)「共謀罪の危険性」
お話し   マッド・アマノ(パロディスト)「表現の自由と監視」
報 告   海渡雄一(弁護士)「国会をめぐる動向」 発 言   福島瑞穂(参議院議員)、民主党議員(予定)、共産党議員(予定)
参加費   700円

主 催   共謀罪に反対する市民の集い実行委員会
連絡先   盗聴法<組対法>に反対する市民の会
      日本消費者連盟 TEL03-5155-4765
JCA-NET(広報室 西邑)TEL070-5580-0563
ネットワーク反監視プロジェクト(小倉)TEL070-5553-5495

 日本のイラク派兵のなかで、言論・表現の自由を規制しようとする動きは、ますます強 まっています。その最たるものが、現在国会に提出されている共謀罪新設法案です。
   この共謀罪は刑法などで処罰される560の行為について話しあっただけで、実際に行動を 起こさなくても処罰するというものです。行動以前の「言葉」だけで処罰する、それが共 謀罪です。政府に批判的な動きが封じられるのは当然のことながら、日常の友だち同士、 隣近所同士、同僚同士、家では家族同士の自然な会話にすら、権力の介入を許してしまうこと になりかねません。また、この共謀罪新設法案には、インターネットに対する規制も盛り込 まれています。メールや掲示板など、ネットを通じた私たちの自由なコミュニケーションが、 政府の取締下に置かれようとしています。
   こんな悪法の成立は絶対に許してはなりません。この法案の審議は、この秋から始まる臨時 国会が焦点です。ぜひ、多数のご参加をお待ちしています。

 こんなとんでもない法案が提出されていることを、マスコミはほ とんど報道していません。マスコミを掌中にした権力はとっても危険です。いつのまにか 大日本帝国時代よりひどいことになっています。


 通達一年に当り、「首都圏ネットワーク」では、来年3月4月の卒・入学式に向け、 具体的な闘う体制を作り出していくために、

『「日の丸・君が代」強制と処分を許さない10・24討論集会』

を以下の要領で計画しています。
 都立高校や義務制での教職員の闘いをどう作り上げるか、保護者や生徒は強制をどう跳ね返すか、 労働者・市民はどう連帯するか、そして、連帯の輪で都教委の一部の権力者・無法者たちをどう 包囲、孤立化させ、粉砕していくか、などについて積極的な意見交換をしたいと思います。 多くの皆さんの参加をお待ちしています。

<日時>2004年10月24日(日)13時30分~
<場所>文京区民センター(JR水道橋駅下車、徒歩10分)
<内容予定>・基調提案
         ・各参加者(教員、保護者、卒業生、労働者、市民など)からの発言
         ・討論
             ・まとめと行動提起
<資料代>300円 <主催>「都教委包囲首都圏ネットワーク」
      (連絡先)多摩教組 電 話 042・571・2921
                ファックス 042・574・3039

なお、次回「首都圏ネットワーク」会議は、10月1日(金)18時より、 「あんさんぶる荻窪」第二会議室です。

 10月24日には全国いろいろ各地で同趣旨の集会が開かれます。私は神仏を全く信じないものですが、 どんどん輪が広がるよう祈りたい気持ちです。
44. 頼もしい保護者たち(2)
2004年9月27日


 『2月23日、校長に時間を割いていただき、校長室で差し向かい、要請文を渡し、 話をする機会を得ることができました。「国旗・国歌を敬うな、歌うなと言っている のではない、強制することはおかしいのではないか。貴校の自主自立の精神にもそぐわ ないし、内心の自由も侵すことにはならないか。従わない先生方を一方的に処分するのはや めてほしい」等々、要請文の中味で大切な事柄を伝え始めたのですが、校長はとても感 情的になられて、次のような言葉で怒られてしまいました。「わざわざ、そんなことを言いに きたのですか! 私に通達を破れとおっしゃるのですか! これは公務員の仕事です。 国旗・国歌を敬うのは当たり前のこと、こんな時だけ〝内心の自由″を振りかざす考えは、 おかしい人間のすることです。強制するのはある種の〝教育〝です!」会見は15分で終了、 そそくさと退散しました。この通達の意図するところが、国旗・国歌を尊重するという目的 よりも、あらゆる命令に疑問を持たず逆らわずに従うことを植えつけるのが目的であるならば、 この次に待っているのは生徒への強制ではないでしょうか。私は、今この間題をしっかりと受 け止めて、自分の頭で考え行動することがどんなに大事かを、生徒たちに伝えることが急務だと 考えました。そうだ、卒業式が来る前に校門前で生徒たちに呼びかけよう!』

 いま都立のどこの学校の校長とやりあってもこの校長の言っている以外のことを聞くことは まずないでしょう。広島では憲法違反のような職務命令には従えないと不服従を貫いた校長た ちがいます。東京では皆無です。「人間は一本の葦に過ぎない。しかも風にそよぐ葦である。」 というの現今の都立校の校長をはじめとする管理職の姿です。教育者であることを辞めてしまった哀れな 権力への屈従者たちです。
 なぜ「国旗・国歌を敬うのは当たり前」なのですか。なぜ今「〝内心の自由″」を問題にせざ るを得ないのか、一寸でも考えたことがありますか。「〝内心の自由″」を問題にする人間は、 なぜ「おかしい人間」なのですか。日の丸・君が代を「強制するのは」どういう「種の〝教育〝」 なのですか。
 「国家が決めたものから。都教委の命令だから。」以外の答を聞き出そうとしても無駄 でしょう。あるいは都教委からのもう少しはましなマニュアルが出ているかもしれません。 いずれにしても自分自身の言葉はありますまい。
 なぜ、なぜ、なぜ・・・と問う教師や生徒を屈服させようしているのですから、まずご自分 が範をたれているのかもしれません。

 『2月26日、市民運動の仲間に手伝ってもらって、高校の門前でビラを撒きました。 「○○高校のみなさん、どう思いますか?」というタイトルで、「通達が出たことで、 本来ならば嬉しいはずの卒業式・入学式に出席することがつらいと思う先生方がたくさ 処分されるのです。民主主義の原点である学校という場所で、このような絶対服従の命 令が強制されるのはどうしてでしょうか。自分の頭で考えてみませんか。そして、友だ ちや家族と話し合ってみませんか」という内容のビラです。
(中略)  校舎の窓から手を振ってくれる生徒、外階段の踊り場で拍手してくれる先生、 ビラを受け取りながら、「頑張ってください」と励ましてくれる生徒、 「もっとください、友だちの分も」と何枚か持っていってくれる生徒、 1時間で200枚のビラがなくなりました。
 いよいよ卒業式です。ビラ撒きに恐れをなした管理職が警戒態勢を布いていて、「在 校生(この時点で息子は二年生)の保護者はお断り」と言われたのですが、「地域に開か れた学校を目指しているはず。まして在校生の保護者を締め出すとはどういうことです か!」と詰め寄ると意外にもすんなり入ることができました。式の形式は残念ながら通 達通りでしたが、生徒たちの答辞・送辞には今回の卒業式に対する無念さと批判の言葉 が盛り込まれていて大変素晴らしいものでしたし、何より嬉しかったのは、在校生(2 年生)がほとんど不起立たったことでした。』


 「答辞・送辞に今回の卒業式に対する無念さと批判の言葉が盛り込まれ」「在校生 がほとんど不起立」だけでも相当な成果でしょう。都教委の監視役や校長は相当 悔しがっているにちがいありません。来年は答辞・送辞の検閲や在校生への強制にまで エスカレートするかもしれません。しかし、後に引くことはできない闘いが始まったの だと思います。
43. 頼もしい保護者たち(1)
2004年9月26日


 (「あなたと行うインターネット読書会」と銘打って、「良心的・・・」を読み始めましたが、 先日参加した集会で新たに資料を入手しましたので、それも利用しながら情報提供・意見陳述を していこうと思います。そこで表題はその日に取り上げる話題を表すものに戻します。)


前回、『親や市民は”お上に従え”と私たちに刃を向け』ます、といいましたが、もちろん良識ある 保護者・市民の方々もたくさんいらしゃいます。いろいろな運動に取り組んでいて、 教師たちを勇気付けてくれています。
 『良心的・・・』にも保護者の寄稿文があります。九条守という筆名で書かれた文を取り上げます。

 『 息子の通う都立高校には制服がありません。体操服も一応決まっているけれど、T シャツとトレパンでOKだし、合唱祭や文化祭などの行事も生徒主体の自由な校風が伝統です。でも、 石原都政の都立高校改革は例外なくこの学校にも悪影響を及ぼしました。
 通達の内容を知り、友人の都立高校教師に尋ねてみると、「どこの高校も通 達通りやらないと処分だよ」との答えでした。早速息子の高校の担当者に尋ねてみると、 職員会議では先生たちが「なぜ、このように強制的な通達に従わなければならないのか。 なぜ、例年のようなフロアー形式だと厳粛といえないのか」等々、管理職に対してこちら からは正攻法の質問をぶつけているのですが、その答えは「これは学習指導要領に基づくも の、通達には従うのが公務員の義務。通達通りにやります」 の一点張りで、先生方の疲労 感と徒労感は相当なもの。それならば保護者に問題を投げかけてみればと問いかける と、「保護者は怖い」という驚くべき返事でした。その根拠は次のようなものです。
 学校の周りには〝教師ウォッチャー″なる人が出没している。何をしているかという と、勤務時間中にフラフラとコンビニに行く先生はいないか、自家用車通勤をしている 先生はいないか、等を見張っていて、教育委員会に〝密告する″のが仕事なのだそうで す。保護者の中にそういう類の方々がいる可能性がなきにしもあらず。だから、教師の ほうからはなにも言えない……ということなのでした。 』


 「自由な校風が伝統」の都立高校はたくさんあります。私が最後に勤めた学校もそういう学校でした。 しかし、その自由な校風の学校の「自由」も風前の灯のようです。「日の丸・君が代」の問題だけを 切り離して論じることは出来ないのです。

 『都立学校に於ける国旗・国歌の適正な実施は、学校経営上の弱点や矛盾、校長の経営姿勢、 教職員の意識レベル等がすべて集約される学校経営上の最大の課題であり、この課題なくして学校 経営の正常化は図れない。』

 これは、都教委が設置した「卒・入学式対策本部」の「実施方針」の一節です。 「学校経営上の弱点や矛盾・・・」とは今まで当たり前に行われてきた学校の民主的運営 のことでしょう。全教職員が自由に発言できる職員会議を中心に運営事項を決めてきました。 その運営の基本スタンスは、生徒が主人公であるということにあり、その方向は自由と平和 を基調としたものです。都教委はこれを否定しているのです。都教委の意を忠実に履行するロボット 校長の専断・独善による学校経営を「正常化」といっています。処分で脅す「日の丸・君が代の強制」 を突破口にして、民主教育を圧殺し、教育行政による教育支配を企んでいるのは明らかです。
 いま、全ての都立高校で「正常化」が着実に進行中です。そして、一気に全国的に「正常化」 を図ろうとしているのが、「教育基本法の改悪」なのです。

 
 それにしても、〝教師ウォッチャー″なぞという権力のお先棒を担ぐ情けないスパイ行為に 情熱を燃やすやつがいるんですね。

 「百万人署名運動」の事務局長・西川重則さんは石原の靖国参拝に抗議をするために、毎年 靖国神社に行っているそうです。今年の様子を「百万人署名運動全国通信」に書いています。

   『その日は小雨だったが、いつにない風景が見られた。異常な風景と言うぺきかもしれない。 都知事到着直前のことだが、都知事の参拝を強く要望している人々が群をなし、待機していた。 そこに「日の丸」を抱えた人が現れ、「早く、早く」と大声で「日の丸」を持たせた。待機して いた人々は、自動車から降りた都知事に一斉に「日の丸」を振り、「万歳」「都知事ありがとう!」 と連呼した。
 参拝を終わって、記者会見をしている都知事。再び異常な風景が続く。「朝日帰れ!朝日帰れ!」 「毎日帰れ!毎日帰れ!」という叫び声。そして「読売がんばれ!」「産経がんばれ!」こんな さまは去年はなかつた。
 最初は気つかなかったが、手渡される「日の丸」を受け取る人々に私は囲まれていた。 「早く日の丸を取つて!」の声に抗しきれない人々。そんな群集の中で、私は「ひとりで戦え」 と良心に呼びかけていた。』


 動員されて、無理に日の丸を持たされている人が多いのでしょう。もしかするとその動員には 交通費みたいな名目で金が支払われているかもしれません。私たちのように手弁当の運動ではな いでしょう。どこから流れてくるのでしょうか、権力側の運動団体の資金は豊富です。
 つまらぬ出来事で右翼新聞がおおげさな記事を捏造します。こうした積み重ねで全体の 雰囲気が作られ、庶民意識は、その雰囲気に呑まれて、それが当たり前になってしまうほどに知性も感性も 麻痺していくのでしょうか。
42. あなたと行うインターネット読書会
『良心的「日の丸・君が代」拒否』・第五回
2004年9月25日


 『私は「日の丸」「君が代」への敬礼や斉唱の行為をおこないたくはない。同時に、自 らの敬礼行為によって、子どもを立たせるといった人権侵害の加害者にもなりたくない。 人権侵害となる職務命令には従ってはいけない。これは教員ならば、当然なすべき抗命 義務である、と思っている。子どもたちの心と身体が、国家に丸ごと奪われようとして いる時に、職務命令に従って、奪う側にまわるのか否か。これらのことは、教員生命を かけて問われている問題だと思うのだ。
 ドイツなど欧米では良心に反する場合、職務上義務とされる行為を強制してはならな いとして「良心の抗弁権」が確かなものになっている。
 親や市民は”お上に従え”と私たちに刃を向けるのではなく、我が子の生命と人権 を守るために、”先生たちに良心の抵抗権を与えよ”と叫んで欲しい。行政や国家が、 我が子の未来を奪おうとしていることに一刻も早く気がついて欲しい。なによりも子ど もたち自身が、自ら考え、いかにあるべきか行動して欲しい。
 私は事情聴取も受けられず、事情聴取に予定されていた時間のわずか二時間後の教育 委員会で減給処分を決定された。処分は加算されて重くなり、今また「長期研修」とい う厳しい攻撃が画策されている。
 しかし不起立したことへの後悔は全くしていない。今、精一杯不服従の抵抗をしなけ れば、いつやるのか。抵抗が実を結び、戦争への可能性が断たれるように、力を尽くし たいと思う。ともに、がんばりましょう。』


 『親や市民は”お上に従え”と私たちに刃を向け』ます。私たちは少数派であることをしっかり 自覚すべきです。
 いつの時代でも、支配されているものが支配しているものを熱烈に支持します。 だから支配-被支配が永続します。このおかしな情況がなぜ延々と続くのでしょうか。 これはただ単に父母や市民の問題としてではなく、いますさまじい勢いで教育現場を荒廃させている 教師の転向を問うているつもりです。

 前々回、私は『教師は知識人(インテリゲンチャ)でしょうか。教師一人一人が一度は自らに 問うてみるべきでしょう。私なりの見解はありますが、いまはその表明を控えようと思います。 ただ、いま教師たちの中で起こっていることは『「非転向」的な転向』であったり、『「無関心」的な転向』ではないかと 思っています。』と述べました。もう一歩踏み込みます。

 『支配階級の思想はどの時代にも支配的な思想である。すなわち、社会の支配的な物質的な力で あるところの階級は、同時にその社会の支配的な精神的な力である。物質的生産の手段を左右 する階級は、それと同時に精神的生産の手段を左右する。だから同時にまた、精神的生産の手 段を欠いている人々の思想は、おおむねこの階級に服従していることになる。』(マルクス「フォイエルバッハ」より)

 『わたしのかんがえでは、庶民的抵抗の要素はそのままでは、どんなにはなばなしくても、現実 を変革する力とはならない。したがって、変革の課題は、あくまでも、庶民たることをやめて、人民たる過程のなかに追求 されなければならない。
 わたしたちは、いつ庶民であることをやめて人民でありうるか。わたしたちのかんがえでは、 自己の内部の世界を現実とぶつけ、検討し、理論化してゆく過程 によってである。この過程は、一見すると、庶民の生活意識から背離し、孤立してゆく過程であ る。
 だが、この過程には、逆過程がある。論理化された内部世界から、逆に外部世界へと相わたるとき、はじめて、外部世界を論理化す る欲求が、生じなければならぬ。いいかえれば、自分の庶民の生活意識からの背離感を、社会的 な現実を変革する欲求として、逆に社会秩序にむかって投げかえす過程である。正当な意味での 変革(革命)の課題は、こういう過程のほかから生れないのだ。』
(吉本隆明「抒情の論理」所収「前世代の詩人たち」より)

 優性遺伝を引きずったままの庶民的内部世界をそのまま放置していては、 どんな進歩的・革新的思想をつき木しても、その思想は、ラジカルな問題に出会ったとき簡単に転向し 、無効となります。そういう問題だと、私は思います。

 ホームルームで生徒に伝えたメッセージの中でこんなことを書いたことがあります。
 『自分の考えってなんだろう。今自分がもっている考えはほんとに自分の考えなのだろうか。 20才前後の頃だったと思う。こんな思いにとらわれ始めた。「支配階級の思想はどの時代にも 支配的な思想である。」(マルクス)
 おれが自分の考えだと思っているのは、実は生まれてからこの方、親兄弟・学校 ・マスコミ等を通して身に付けさせられてきた「時代の支配的思想」にすぎないのではないか。 これからは自分の考えを一つ一つ疑って検討し直しながら、「身に付けさせられたもの」を引き 剥がしていかなければいけない。その結果残っていくものが本来のおれなのだ。本当の勉強という ものがあるとすれば、その作業がおれにとっての本当の勉強だ。』

 ここで思い出した詩があります。

人民のひとり   中桐雅夫

君は人民のひとりか?
混んだ電車のなかでへどを吐いている男か、
眉をひそめてその光景を見ている男か、
人一倍膝をひろげてマルクスを読んでいる男か、
膝をくんでヘミングウェイを読んでいる男か、
家に帰れば、その膝に子供を抱く男か、
翌朝になれば、課長に遅刻の言いわけをしている男か。

君は人民のひとりか?
ガード下に立っている盲目の傷痍軍人か、
その前を眼をそらして通る男か、
その箱に十円玉を一回はいれた男か、
二回、三回といれたがいまはいれなくなった男か、
飲み屋に借りをつくって払わぬ男か、
払ってもらえぬ飲み屋のおやじか。

君は人民のひとりか?
七十二万の失業者のひとりか、
昇給のためには同僚の足をひっばる男か、
名声のためにはすこしだけ仲間の悪口を言う男か、
妻をなぐるのをそんなに気にしない男か、
人を指導するのが好きな男か
指導される方が楽でいい男か。

君が何であっても、
人民のひとりであるような顔をするな!


 もちろん私は自分の中の庶民意識を止揚し得ていません。しかし、今回の「日の丸・君が代の強制」問題に 深く関わることは「自己の内部の世界を現実とぶつけ、検討し、理論化してゆく過程」として捉えています。
今回も問題提起でした。
41. 『9/23労働者市民のつどい』に参加して
2004年9月24日


 開場時間(1:00)を10分ほど遅れて会場に着きましたが、20人ほどの人が道路を挟んで 入り口の向かい側に集まっていました。まだ入場が始まっていないのかと思いましたが、 ちょっと騒然としていて様子が変です。入り口のほうを見ますと、係りの人が 「警察は不当な撮影をやめろ」と書いた大きな紙を捧げていました。こんなささやかな集会にまで 警察が目を光らしているのです。国家権力や都の行政権力は、「教育基本法改悪」反対や 「日の丸・君が代の強制」反対の動きにかなり神経を尖らしているのでしょう。 反対運動が大きなうねりになることを予感しつつ会場に入りました。

 プロクラムは「開会あいさつ 田上中さん(百万人署名運動呼びかけ人)」に続いて
 ☆辺野古の闘いのフォト・レポート
 ☆沖縄アピール 糸数慶子さん(参議院議員)
 ☆非戦リーデインク 非戦ユニット・ピーストレイン
 ☆講演 梶村晃さん(百万人署名運動呼びかけ人、元福岡県教組委員長)
    「教育基本法の改悪阻止を本気で闘おう」
 ☆「日の丸・君が代」予防訴訟事務局から 金信明さん
 ☆都教委包囲首都圏ネットワークから 見城赴樹さん
 ☆教基法の改悪をとめよう!11・6集会実行委員会から
 ☆闘う労組の全国ネットを!11・7集会実行委員会から
 ☆とめよう戦争!隊員家族と元自自衛官連絡会から
 ☆集会のまとめ 西川重則さん(百万人書名運動事務局長)

と盛りだくさんで、間に休憩がありましたがいささか疲れました。

 「辺野古の闘いのフォト・レポート」の闘うおばあちゃんと「非戦リーデインク」につい涙を 流してしまいました。私はよっぽど泣き虫なのでしょうか。周りを見ましたが、泣いてる人はい ませんでした。

 糸数慶子さんは「改憲阻止、反戦・平和運動の統一をめざして」をスローガンに掲げて、先の参議院選に 立候補しました。 沖縄社会大衆党、共産党、民主党、社民党の革新共闘を実現して、自民党、公明党が 推す自民党県連政調会長・翁長政俊を、30万票もの差をつけて当選したことで、新聞紙上をにぎわしました。
 糸数さんは、そのときの革新共闘の力の大きさを強調していました。「教育基本法改悪」反対や 「日の丸・君が代の強制」反対の運動でも大同団結することを訴えていました。

 その後に続いた講演・挨拶でも、全国各地のさまざまな闘いを一つに結びつけることの重要性を 基調にして行われました。全国の闘いがポツンポツンと点として散在するだけのようで、 私は心もとなく思っていました。いよいよ大きなうねりを創り出すための運動が開始された という感じで、とても心強く思いました。

 梶村晃さんの演題は「・・・本気で闘おう」となっています。壇上に立たれた皆さん、本当に「本気」 でした。「教育基本法改悪」と「日の丸・君が代の強制」に敗れれば、一気に「憲法改悪」「自衛隊の戦闘部隊派遣」 を許すことになるだろうと、大変な危機感を持たれています。2004年~2005年を決戦の年と位置づけています。
 「まとめ」の西川重則さんは、私より年上とお見受けしましたが、牧師(クリスチャン)さんだそうです。
 「今私たちは、沈黙は許されぬ、ある人が沈黙は権力の同伴者だと言っていますが、そういうところにまで 追い詰められている。悪政には抵抗あるのみです。逮捕のようなことも起こるかもしれません。私は真剣 です。」 と述べました。

 この集会は次のステップに向けて、次のような提案と当面の重要集会を提示しています。

二つの活動を提案

●教育と憲法
<教育基本法の改悪に反対する全国署名>を集めよう!
*100万筆をこえる署名をなんとしても実現しましよう。本日お配りした署名 用紙はA4サイズで、署名運動の呼びかけ団休名にまだ(準)がついていますが、 この用紙をコピーして集め始めて下さい。
*この署名ネットワークに賛同する「協力団休」を募つています。「協力団体」は、 署名運動のひろがりをつくりだすために署名用紙に名を連ねます。詳しくは、 別紙「協力団体になつて下さい」をご参照下さい。

●沖縄
<辺野古緊急カンパ>を集めよう!
*別紙ビラ「辺野古緊急カンパのお願い」をご参照ください。そしてこのピラを 使つてカンパを集めて下さい。ピラがほしい方は百万人署名運動事務局ま で申し出て下さい(tel.fax.03-5211-5415)。
そして、辺野古の座り込み行動に参加しましよう。全国のリレーで体制がとれるよう調整します。 また、国会前(衆議院第2議員会館前)でも月曜日~金曜日の午前11時~午後5時 のあいだ、基地建設中止を求める座り込みが続けられています。

当面の最重要集会

■ワシントン100万人労働者行進に連帯する10・17共同行動(仮称)
とき◇10月17日(日)本集会・午後2時~/集会後デモ
ところ◇渋谷・宮下公園(JR渋谷駅すぐ近く)
呼びかけ◇11・7集会実行委員会(事務局tel.043-222-7207 fax.043-224-7197)

■教育基本法の改悪をとめよう!11・6全国集会
とき◇11月6日(土)午後1時30分~/集会後デモ、
ところ◇日比谷野外大音楽堂
主催◇教基法の改悪をとめよう!全国連絡会(03-3812-5510坪井法律事務所)

闘う労組の全国ネットを!労働者の国際的団結を!11・7全国集会
とき◇11月7日(日)正午~/集会後デモ
ところ◇日比谷野外大音楽堂
呼びかけ◇全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部、全国金属機械労働 組合港合同、国鉄千葉動力車労働組合(事務局 tel.043-222-7207 fax.043-224-7197)

 管理人からのアピール
1. 「百万人署名運動」に参加しましょう。ぜひ成功をさせなければならないと思っています。それぞれが出来る範囲でやれ ばよいと思います。家族だけでもいいのではないでしょうか。連絡いただければ、署名用紙を送ります。
2. 上記の11.6集会と11.7集会が大同団結を成功させれば、強力な反撃へのターニン グポイントになると思います。出来るだけ多くの人を誘って、参加しましょう。
40. あなたと行うインターネット読書会
『良心的「日の丸・君が代」拒否』・第四回
2004年9月23日


 『9/23労働者市民のつどい とめよう!戦争のための教育基本法大改悪!』に行ってきました。 明日、そこで得たことを報告します。

 渡辺厚子さんの文章を続けます。

『わたしは、2002年入学式で、「日の丸・君が代」強制反対の絵柄入りブラウスを着た として、「戒告」処分を受けていたが、このような反教育的通達には従えないと思い、 不起立を決めた。すでに処分を受けているので重なるとどのようになるのか、見当がつ かなかった。万が一免職になったら……そう思うと心は揺れた。しかし、ここで妥協し ささやかな抵抗すらしなかったなら、まさに権力という暴力の前に屈したことになる。
 かつてキリシタン迫害時代におこなわれた踏み絵は、偶像の絵を踏むことに意味があ るのではなかった。心の中で大切に守ってきた信念や、価値ある存在を、自らの手でぽ ろりと手離してしまうことだ。屈辱、喪失、敗北感。権力にねじまげられた心の痛み。 私は良心の自由を失うくらいなら「職をかけて抵抗するほうがましだ」と思った。
 生徒の親たちからは「先生が先生であり続けてくれることが大事なのだから、免職に なるようなことはしないで」と言われた。心が引き裂かれる思いだった。不起立宣言は 私の迷いの振り切りであり、こうまで悩み苦しませる石原都政への怒りでもあった。
 3月24日、卒業式の日がやってきた。そして「君が代」が始まった。教頭が間近に やって来て、「起立してください」「都教委の方が見でおられます」としつこく言った。 さらに教頭は、たった一人、子どもたちの中で座っている私をビデオに撮った。撮るな ら撮りなさい! 処分するなら処分しなさい! いつかあなたたちのほうが裁かれる日 がくる。卑劣な行為をあなたたちが心底恥じる日が来る。そう心の中で念じていた。子 どもたちは教頭に向かって「何しているの」といぶかし気に尋ねた。彼は歪んだ笑いを 浮かべて離れた。』  私は「日の丸」「君が代」への敬礼や斉唱の行為をおこないたくはない。同時に、 自らの敬礼行為によって、子どもを立たせるといった人権侵害の加害者にもなりたくない。 人権侵害となる職務命令には従ってはいけない。これは教員ならば、当然なすべき抗命 義務である、と思っている。子どもたちの心と身体が、国家に丸ごと奪われようとして いる時に、職務命令に従って、奪う側にまわるのか否か。これらのことは、教員生命を かけて問われている問題だと思うのだ。


 都教委が教師たちに、生徒たちに対して「日の丸を仰ぎ見て、君が代を歌え」という指導を強いるこ とになると知ったときから、私の教師たちへの視線は厳しくなったと自ら感じています。その命令に 抵抗できない教師を、私はなんと言うべきでしょうか。
 『都教委の方』の目を恐れている教頭、その恐れは教頭を下僕のように使っている校長 の恐れでもあります。『都教委の方』の目をなぜ恐れなければならないのでしょうか。恐れる べきは生徒や保護者の目でしょう。校長や教頭の目を恐れている教師は、校長・教頭とど れほどの違いがあるのでしょうか。「職務命令に従って、奪う側にまわるのか否か。 これらのことは、教員生命をかけて問われている問題だと」私も思います。
39. あなたと行うインターネット読書会
『良心的「日の丸・君が代」拒否』・第四回
2004年9月22日


 本日の朝日新聞朝刊に次のような記事が掲載されました。

 『「不当な戒告」都教委を提訴 養護学校教輸

 入学式でブラウスのマークを「日の丸掲揚に抗議する絵柄だ」と問題にされ、不当な戒告処分を 受けたとして、東京都立大泉養護学校(練馬区)教諭の渡辺厚子さんが21日、都教委を相手に 処分取り消しを求める訴訟を東京地裁に起こした。
 訴えによると、渡辺さんは02年4月の入学式で、白いブラウスの右胸につけたマークを理由に、 校長から上着を着るよう職務命令を受けた。マークは縦横10センチほどの四角形の中心に直径3 センチの赤い丸を置き、その上に対角線を一本引いていた。渡辺さんは命令に従わなかったこ となどを理由に同年11月、戒告処分を受けた。渡辺さん側は「式の雰囲気を壊す絵柄でもないの にことを荒立てた」と主張している。』


 渡辺厚子さんというお名前は、つい最近目にした記憶がありました。確認しました。 『良心的・・・』で最も感銘を受けた文章の筆者でした。実は今日はその文を取り上げる予 定でした。

② 処分は突然に

 この部では、まず渡辺厚子さんの文章を読んでみます。以下引用文は、渡辺厚子さんの「抗う義務」(P.81~84)からです。

 『昨年の卒業式のことである。自分の後ろで起立した教員たちを見て、あせったように その生徒は立った。その隣の生徒は一瞬うろたえたが、つられて立ち上がった。林立す る人の間で、生徒の親は座っていた。
 私はこれを見て、頭に血がのぼり、怒りと恥ずかしさで身が震える思いだった。
 自分たち教員の行為が生徒を立たせてしまった事実に、どう向き合うというのだろう か。決して素通りしてはならない、教員の根幹にかかわる自責の念のはずである。私は、 この日見たことを決して忘れまい、と心に刻んだ。』


 「日の丸・君が代」を大道具に使った作為的な緊張を強いる欺式(変換ミスではありません。) において、教師の行動が決して教師一人の問題ではなく、生徒にどんな影響を与えるか、 その心理的な機微を見事に表現しています。それが都教委の狙いでもあるわけです。
 来春、教師たちは生徒たちに対して、今度は言葉で「日の丸を仰ぎ見て、君が代を歌え」 と言わされる職務命令を受けることになります。そのとき教師たちは一人一人自らの意思で、 どのような教師であり続けるのか、自らの態度を決めなければなりません。教師全員が 態度決定を迫られているのです。

 『そして、2003年10月23日がやってきた。この日出された通達は、憲法、教育基本法、 学校教育法にあきらかに違反していた。障害児のあるがままの姿を否定し、学校ごとの 決定権を奪い、個人の思想信条の自由を侵し、一人ひとりが自らの判断によって立つことを許さない。
  通達の行きつく先は"お国のための個"になることであり、人間が戦場の消耗品とな る社会の再来である。障害児は、投資価値のない存在として切り捨てられる。現に、 10・23通達による「起立」の強要、壇上やスロープ使用の押しつけは、子どもたちの存 在のあり様そのものを否定しているではないか。』


 「日の丸・君が代強制」の初段階では、養護学校への攻撃が際立っていました。石原の 差別意識のよって然らしむる所でしょうか。
 ヒトラーは、大衆の中にある負の意識を掘り起こし、大衆に不安感と嫌悪感を植え付けながら、 ひとつひとつ狙い撃ちしていきました。そのターゲットは共産主義者、社会主義者、ユダヤ人、 マスコミ、学校、教会、さらにはジプシー、身障者、同性愛者などです。
 いままで石原がやってきた言動を思い起こしてください。なんと似ていることでしょう。

  「社会問題リンク集」というサイトに「暴言 失言 大暴走 石原慎太郎言動録インデックス」 を発見しました。関連すると思われる項目を書き出して見ます。「インデックス」には この倍ぐらいの記録があります。

IQが低い人発言・人格あるのかね発言・「三国人」発言・男女平等いい加減にしてくれよ・ゲット ー発言・子どもに対するテロ発言・国立の学校は異常発言・北朝鮮ミサイル発言・ 共産党ハイエナ呼ばわり・ハンセン病訴訟への態度・気違いに刃物発言・人種差別・同性愛差別・ ババア発言・「赤旗」攻撃・茶髪は不潔発言・戦争容認発言 等々

 こんなげす野郎(この下品な言葉をはじめて使いました。しかし石原にはこんな下品な言葉しか 思い当たりません。)が都知事をやっています。この石原に300万人が投票しました。 ヒトラーに対する大衆の支持には及びませんが、危険な兆候と言わねばなりません。
38. あなたと行うインターネット読書会
『良心的「日の丸・君が代」拒否』・第三回
2004年9月21日


 『良心的・・・』の構成は、高橋哲哉さんの序文『この国の地金を変えていく一歩』、池田幹子さんの 巻頭論文『「日の丸・君が代」はどのように強制されてきたか。』に続いて、嘱託を解雇された人、不起立で処分をされた人、予防訴訟の 原告団に加わった人など49名の方々が、それぞれの自由への思いを語っています。 『私の「良心的拒否」』と言う表題ですが、さらに5部構成になっています。各部ごとに読んでいきます。

① 記憶の中の「日の丸・君が代」
 この部の筆者たちは敗戦時に小学生だった方々です。大日本帝国下の体験をもつ最後の世代でしょうか。 いわゆる「戦争体験」を持つ世代が現役の教師の中にいなくなることが現在の状況を作り 出す要因の一つになっているのかもしれません。そうだとすると、 「戦争体験」の伝承がよく出来ていなかったことになります。
 大日本帝国下の国民学校(小学校)の記憶が綴られている文を引用します。

 『四大節(四方拝、紀元節、天長節、明治節)の式典ではこの校庭で、「君が代」斉唱 と同時に「日の丸」掲揚で式が始まりました。教頭が奉安殿から教育 勅語をおもむろに取り出し、頭上高く持ち歩きます。壇上の校長にうやうやしく渡すと、 緊張の糸がほぐれて、私はついクスッと笑ってしまいました。そのとき、先生は私を 思いきり殴りました。
 陛下は生き神さまで日本は神の国だから戦に一度も負けたことがないと言います。大 東亜戦争はアジア、世界の平和のための戦争だと言いました。陛下のために命を惜しま ず奉公するのは名誉なことで、軍人になることが日本男子の本懐だと徹底的に教育され たのです。
 そういって強制した教師ほど戦後民主主義にさっさと鞍替えしました。私はその変わ り身の早さに打ちのめされた記憶があります。権力に対して冷静に、勇気をもって批判 できる教師、世界の動きに敏感で賢く判断できる大人がもっといたなら、沖縄戦の悲劇 も、広島、長崎の悲惨も回避して戦争を終えることができたのかもしれません。』
( 渡辺國雄「冷静さと勇気を持つ人であれ」)

 今都教委が企んでいる生徒たちに対する「日の丸・君が代の強制」に手を貸す教師は、 「私を思いきり殴」った教師と何ほどの違いがあるでしょうか。
 大日本帝国の信奉者から「戦後民主主義にさっさと鞍替えし」たのは教師だけではありませんでした。 政界・財界はGHQの追放後数年で復帰して自らの総括など皆無、右に倣えで各界こぞって戦争責任を あいまいにごまかしてやり過ごしてしまいました。何しろ最高責任者の天皇がほほかぶりをしてしまっ たのですから。そのつけを今払わされていると言うべきでしょうか。
 それで今度は、各界こぞって「戦後民主主義」から大日本帝国まがいの「ファシズム」へとさっさと 鞍替えを始めています。この国の習い性をよく見据えておくべきだと思います。
 この変わり身は、言い換えればいわゆる「転向」です。吉本隆明さんは「転向」を次のように定義しています。

『 わたしの欲求からは、転向とはなにを意味するかは、明瞭である。それは、日本の近代社会の 構造を、総体のヴィジョンとしてつかまえそこなったために、インテリゲンチャの間におこった 思考変換をさしている。(中略)
 わたしのかんがえでは、「非転向」的な転向も、「無関心」的な転向もありうるのだ。』
(「芸術的抵抗と挫折」所収「転向論」より)

 教師は知識人(インテリゲンチャ)でしょうか。教師一人一人が一度は自らに問うてみるべきでしょう。 私なりの見解はありますが、いまはその表明を控えようと思います。ただ、いま教師たちの中で 起こっていることは『「非転向」的な転向』であったり、『「無関心」的な転向』ではないかと 思っています。
 処分者がいるある学校では、他の教師たちがその人たちを激励したり支持したりするのではなく、 迷惑がったり非難したりしているという話を漏れ聞きました。本当に情けないことです。
37. 根津公子さんの闘い
2004年9月20日


 「31. ああ、健忘症の国民よ」で紹介しました <「日の丸・君が代」処分事件>の うち「11. 八王子・石川中事件」の当事者は根津公子さんという方です。根津さんの 被処分の概略が「反ひのきみネットML」で配信されました。私は始めて詳細を知り、 びっくりしています。ぜひ紹介したいです。

「反ひのきみネットML」より
根津さんの被処分の概略

   第1次処分(1994・3)……八王子市立石川中学校
 校長は職員会議の決定を破り卒業式に日の丸を揚げた。生徒が「下ろして」と叫ぶ混乱の中で 根津さんは下ろし、減給処分

第2次処分(1995・3)……八王子市立石川中学校
 職員会議の決定を踏みにじって揚がった「日の丸」について学級通信の記述で訓告処分

第3次処分(1999・3)……八王子市立石川中学校
 授業で使ったプリント「自分の頭で考えよう」という趣旨の授業内容で訓告処分

★ ★石川中裁判 東京地裁八王子支部にて敗訴(2004/5/27) すぐに東京高裁に控訴

 2004・10・5 第1回審理

第4次処分(2002・3)……多摩市立多摩中学校
 家庭科の時間に「男女共生社会を生きる」というテーマで従軍慰安婦の授業をしたこと が狙われ、根津さんを指導力不足教員に仕立て、都研送りにして研修(思想改造)を迫り、 やがては分限免職に追い込もうとねらった都教委・多摩市教委・地元の一部勢力が関わった あからさまな謀略攻撃。本人はもとより、組合、市民団体の猛反撃でたくらみは挫折。 指導力不足教員攻撃は跳ね返したが、その最中に「協議会に出ろ」という職務命令に従わ なかったという「腹いせ・こじつけ」減給処分

      ★★多摩中謀略事件  東京都人事委員会への不服申し立て却下される(2004/5/25)

  すぐに東京地裁に提訴

  2004・10・5 第1回審理

第5次処分(2003・3)……調布市立調布中学校
 都教委が、自ら定めていた教員異動要綱を破り、根津公子さんを通勤往復 4時間かかる調布中へ異動させる。しかも調布中には既に家庭科の教員がおり、 根津さんは最初から見せしめ過員配置

★★調布中への見せしめ異動 東京都人事委員への不服申し立て却下される(2004/6/15)

 東京地裁に提訴の予定

現在……立川市立立川二中
 通勤往復3時間に戻される。しかし立川二中にも既に家庭科の教員がおり、 ここでも過員配置。授業はすべてその教員と二人でやるTT(Team Teaching)という名の ″監視付き″


権力の執拗で陰湿なやり方と、度重なる処分にもひるまず堂々と身を処 している根津さんと、その両方にびっくりしてます。いまさらながら都の教育行政の愚かさにはあきれ返ります。 そして根津さん、すごい人ですね。支援の方たちもすばらしい。石原に尾を振るだけの校長・教頭らに根津さんの爪の垢を送りたい。

 第3次と第4次の処分は教育内容に対する処分です。私が用いている教育の内実による区分を用いて言う と、問題提起型教育(人間解放のための教育)が攻撃されています。教師全員を銀行型教育( 抑圧者に奉仕する教育)の隷従者にしようという意図が見て取れます。現役の先生方、他人事ではありませんよ。
(問題提起教育・銀行型教育というについては、「バックナンバーの14.15.17.」をお読みください。)

 それにしても、人事委員会も裁判所も、いったいどうなっているんでしょう。 とても公正な審理がされているとは思えません。 石原に尾を振る権力の番犬に成り下がっているのでしょうか。



 次のような集会があります。先日傍聴した「予防訴訟」の報告会で知りました。 ご紹介します。




9/23労働者市民のつどい
とめよう!戦争のための教育基本法大改悪!

とき 9月23日
午後1時開場、1時30分開会(4時30分終了)
ところ 星陵会館(東京都千代田区永田町2-16-2)
主催 とめよう戦争への道!百万人署名運動
(〒101-0061 千代田区三崎町2-6-7-301 TEL.FAX. 03-5211-5415


参加する予定です。

36. 小中学校の教師たちの闘い
2004年9月19日


 まずはじめに、いいお知らせ。東京弁護士会が下記のような趣旨の意見書を都教委に提出しました。 詳しくは『「日の丸・君が代による人権侵害」市民オンブズパーソン』(トップページから入れます。) で読むことが出来ます。

   東京弁護士会
 「国旗・国歌実施指針」に基づく教職員処分等に関する意見

                                
2004.9.7

               
意 見 の 趣 旨


 東京弁護士会は、東京都教育委員会の2003年10月23日付「通達」による学校行事等における 「国旗・国歌実施指針」に基づき教職員の処分ないし厳重注意などの不利益扱いを行うことは、 教職員及び子どもの思想良心の自由を侵害し、子どもの教育を受ける権利を侵害する事態を招 くため、かかる処分等を行わないよう強く要望する。



 小中学校では14名の処分がありましたが、そのうち8名はまとまって人事委員会に提訴したそうです。
 その8名の方全員の思いが掲載されていますので、全文を紹介します。 

「反ひのきみネットML」より
~~~~~~~~~~~~~
★9月22日(水)午後6時から 新宿南口5分の新宿農協会館にて
集会名 「君が代」不当処分に抗議し、撤回を求める9.22集会
日 時  2004年9月22日(水)午後6時~8時
場 所  新宿農協会館(新宿南口下車5分)
(代々木2-5-5 電話 03-3374-4381)
内 容  ①これまでの経過とこれからの闘い
          「君が代」不当処分撤回を求める会、担当弁護士
     ②被処分者からの訴え
     ③参加者の意見交換
主 催  「君が代」不当処分撤回を求める会(連絡先:東京教組03-5276-1311)
~~~~~~~~~~~~~~~
「君が代」不当処分撤回を求める会会報「コンタラタック(仏語で反撃)」に掲載された被処分者8 人の声を送信しますのでお読みください。

被処分者の想い
★★Aさん
 卒業式は卒業生の門出を祝う子どもたちを中心とした学校行事であること、「日の丸・君が代」の 過去の歴史的事実、実際に宗教上の理由で起立できない教え子が苦しんだこと、私にも思想・信条の 自由があること、そして何よりも今の社会情勢を見た時、今回の強制が何を意味するのか職員会議な どでことある度に訴えてきました。しかし、上意下達のシステムの中では何を言ってもだめでした。
 処分をちらつかせての強制は、『自分の頭で考えることが大切』と子どもたちに言ってきた私が、 どこまで子どもたちに嘘をつかないで行動できるか試されることでした。「ビデオ係でギャラリーに いられる」私でしたが、それでも処分される可能性はあり、正直怖かったです。でも、都立高校の卒 業式で生徒まで現実に強制される事態にやはり座っていてはいけない、教員として自分の言動に責任 を持たなければならいと思いました。

★★Bさん
 私が、卒業式と入学式の日の丸・君が代に毎年反対してきたのは、私の思想信条もさることながら、 学校にわずかに拡がろうとした民主主義が、成熟への入り口にも達しないうちに、つぶされることの 象徴だったからです。学校の民主主義を創り維持するには、互いの非常な努力が要るけれど、仲間と 模索していくのは生きがいを感じることでした。10.23通達で、学校民主主義は“み”の字もなくな りました。教育が、強制と服従になったら、これはもう“教育”ではないと思います。
 職務命令と処分で脅されて君が代で立つ、なんてできない自分と出会えて、少し自分を見直しまし た。この怒涛の時代、この自分と付き合っていきます。

★★Cさん
 処分が言い渡されたのは、入学式の日の朝でした。入学式の前に始業式があります。新しい学校に 異動させられ、クラスの子ども達と初めて会う前の、それでなくても気ぜわしいひとときでした。処 分の言い渡しまで、入学式に対するプレッシャーを与える効果を第一に考え、私達が子ども達との出 会いに心を寄せる時間を奪って平気です。このことからも都教委が教育のことなど何も考えていない ことは明らかです。

★★Dさん
 舞台の袖に指導主事が隠れて一部始終を見ていたなんて、誰が思ってみただろう。あの日のことを 思い出すとたまらない気持ちになる。
 異動先の入学式で不起立による処分があった。処分そのものよりも「こっそり見張られていた」こ とに衝撃を受けている。これまでずっと『君が代』の伴奏をしなかった。そして立って歌わなかった。 ただそれだけのことだ。
 私はなにもやましいことはしていない。

★★Eさん
 今でも卒業式当日のあの瞬間のことはよく覚えている。教頭がおののいたようにこちらを見たのだ。 たった何十秒かのできごとであった。それによって私はこれから都教委と闘うことになったのだ。と 言っても、非力な私はどうやってこれから切り抜けて行ったらいいのか内心どきどきである。でも、 ちょっとは楽しいことがあるかもしれない。着席の理由は単純だ。都教委のやり方や、それを忠実に 実行しようとする校長が許せなかったのだ。
 処分をちらつかせて、口を封じようとすることに異を唱えたかった。しかし、何回も処分を受ける わけにはいかない。事は終わりではなかったのだ。全ての人に問われていることだとは思うが、これ から自分の職場で何ができるのかということ。そのことを抜きに裁判だけをやっていてもしょうがな い。人事委員会提訴がまた、自分を叱咤激励をしてしまうというサイクルにはまりながら、ぼちぼち とやっていこうかと考えている今日この頃です。

★★Fさん
 つい5~6年前のことです。「『君が代』ぐらいで、そんなにすぐに戦前のようになるわけがない。」 こう言って、職員会議でわたしの意見に反対した新任教頭(現在市内の若手校長)がいました。しか し、今はどうでしょう。ほんとに短期間で、こんなにも危うい国ができてしまいました。
 私がしたことは、「高らかに歌うだなんて気恥ずかしい」との気持ちからです。気恥ずかしいと感 じることも許さない「歌」=国家があるという恐ろしさを感じます。
 気恥ずかしさもかなぐり捨てて起立して大きな声で歌うことが教職員の職務だというのが、今回の 「処分」なのでしょう。
 こうした処分をふりかざす都教委の暴走を、少しでも食い止めることになればと思い人事委員会提 訴の一人に加わりました。

  ★★Gさん
 私の職務は座ることだったんだと、今、すっきりとそう思えるようになりました。
 校長から立って歌うことを職務命令として出された時、私は「それは私達の職務とは思えません」 と一言発言しました。

 子どもが見事に捨てられた卒業式でした。悲しかったです。悔しかった。
 当日は証書の手伝いでしたから、日の丸に礼をする校長の後を真っ直ぐな姿勢で壇上にのぼりまし た。校長が証書を渡す横で私はピースリボンを胸につけ、一人一人の子の顔を見て「幸せになってね」 と心の中で呼びかけていました。
子どもを主人公としてとりもどしたい!
その気持ちでいっぱいです。

★★Hさん
 座って「君が代」を聞きながら、やり場のない怒りがこみあげてきました。職務命令と処分という 脅しの前に、かくも簡単に思想・良心の自由は奪われてしまうのだ。大声を上げたわけでもなく、静 かに座っていただけである。八王子では、指導主事が式の最中にメールをやりとりしていたり、教頭 が現認するためにキョロキョロ後ろを見ていたり。私よりよほど目だっていたと思われる。彼らの 「処分」のほうが先でしょうと言いたい。
35. あなたと行うインターネット読書会
『良心的「日の丸・君が代」拒否』・第二回
2004年9月18日

 『良心的・・・』の巻頭論文は「予防訴訟をすすめる会」の池田幹子さんです。 全国民にぜひ読んで欲しい文章です。的確に「日の丸・君が代」問題をまとめています。
 次の引用文は、その論文の「最後に」という章です。

 「もしイタリアで200人もの教員が処分されたら、連日、大きな抗議デモが起きる だろう」とあるイタリア人が感想を話したそうです。日本でそのようなうねりは起きる でしょうか? 司法に訴える以外、手立てはないのでしょうか?
 いま、「日の丸・君が代」強制はほぼ完成しつつある中で、イラクへ自衛隊は派遣さ れ、「教え子を再び戦場へ送らない」という戦後教育の原点の議論もなく、学校の日常 は忙しく過ぎていきます。「国家のために死ねる若者を育てる」という教育への要請も、 教育基本法改定を求める議員等から声高に聞こえてくるようになりました。
 その中で、「不起立」「伴奏拒否」にこめられた、いくつもの間いかけが、学校の外に 向かって発せられ、またこの社会、学校の構造に組み込まれた教員一人ひとりに向かっ て、新たな問いが発せられ始めています。
(P.58)

   『「不起立」「伴奏拒否」にこめられた、いくつもの間いかけ』を私たちは私に向けて 発せられたものと受け止めようではありませんか。
 脱稿した直後に情報を得たのでしょうか、「追記」として付け加えられた文章が続きます。

 横山洋吉東京都教育長は、六月八日の都議会で、10・23通達に基づき子どもを指導す ることを校長の職務命令として出す方針であると答弁しました。生徒への「君が代」斉 唱時の起立指導などが教職員への職務命令とされることを意味します。教職員が生徒を 起立斉唱させる監視・強制役になるよう追い込まれています。多数の教職員が憲法・教 育基本法を遵守して職務命令に抗する結果としてさらなる大量処分が出されるのでしょ うか? それとも…‥?  もはや学校の中だけで抵抗できる限界を超えています。臨界点を超えて一気に「自由 と人権」を獲得する闘いへとあらゆる人びとに広がることに希望を託します。(P.59)

 ここで懸念されていることが、先日実行されました。高校の全校長が集められて、 『生徒への「君が代」斉唱時の起立指導』が職務命令として通達されたと言うことです。
 今春の入学式・卒業式で、校長・教頭が教師を強制・監視していましたが、今度は いよいよ教師が生徒を強制・監視することを「命令」されることになったのです。 これが教育ですか。
 私が現役の教師だったら、もうためらうことなくこの「職務命令」は拒否します。現役の 教師たちに檄を飛ばしたい。圧倒的多くの教師が立ち上がれば、きっと大きなうねりを起こします。

 むなしいと思いつつ、言わざるを得ません。
 教育関係以外の方々にも、お願いします。「日の丸・君が代の強制」に強い関心を寄せてください。 どうか、闘う教師たちを支援してください。大きなうねりを作る一つの波になってください。 もう教師だけの問題ではないのです。この国の明日の在り様が掛かっています。こんな 無茶苦茶なことがまかり通ってよいのでしょうか。
34. 初めての裁判所うろちょろ記
2004年9月17日


 『予防訴訟』第五回口頭審理の傍聴に行ってきました。
 裁判所と警察署は敬して遠ざけていました。警察署には運転免許更新のとき以外では、 一度、道路通行許可書とやらをもらいに行きました。自宅近辺の道路は小中学生の通学時に 自動車規制がある道路です。交通整理をしていた警官に許可書を取るように言われて行った のですが、許可書は交付されましたが、担当の者に怪訝な顔をされました。 本当は不必要だったのです。その許可書、一度も必要になったことがありません。 あの交通整理の警官の嫌がらせでしょうか。時々こういう警官がいるので油断ならない。
 無駄話でした。
 裁判所は初めてです。物々しい警戒と持ち物検査は予想していましたが、 入廷までの手続きがさっぱり分からず、私の行く場所はどこだろうかと、広い館内を あちこち捜しあぐねて迷子になってしまいました。仕方がないので、いかつい身体の怖そうな 警備員さんに尋ねました。なんと、とても親切で優しい方で、私の行くべきところまで案内してく れました。裁判所側の人間はなんとなくうさんくさいぞと先入観を持っていたので、 それを打ち砕かれて、少しいい気分になりました。入廷するときにも、その警備員さんと顔が合いました。 私が軽く頭を下げると、よかったですね、というように、ほほえんでうなずき返してくれました。
 集合場所に私が到着したときは、傍聴券の抽選がちょうど終わったときでした。あれ、せっかく 来たのに残念だなあ、と未練がましくうろちょろしていたら、抽選に外れた人はいませんか、と呼び声がします。おっ、ラッキーと、 飛んでいって傍聴券をいただこうと、手を伸ばしたら、なんと、私に傍聴券を手渡してくれた人は、私が K高校で教師をしていたときの同僚のMさんでした。Mさんは原告団のお一人でした。
 ということで、なんとか傍聴できました。

 今日の記事は尾山弁護士の弁論をまとめて、掲載する予定でした。半日掛りを覚悟していました。 しかしその必要がなくなりましたので、みなさんにはどうでもよい無駄話になりました。
 どうして必要がなくなったかといいますと、閉廷後に弁護士会館で行われた報告会での 弁護士さんたちの自己紹介で、弁護士さんのなかに澤藤さんがおいでになることを知ったからです。 「事務局長日記」で取り上げるに違いない、と思いました。いつもは翌日に見るのですが、 昨夜は10ごろに「事務局長日記」を開いてみました。驚きました。もう見事なまとめが記載さ れていました。私が半日掛りを予定していたのに、神業ですね。私はほっとして、眠りに就きました。
 ということで、尾山弁護士の弁論のまとめは「事務局長日記」を拝借します。 「事務局長日記」を読んでいる人、重複します。ごめんなさい。

 予防訴訟法廷では、尾山弁護団長の熱弁が冴えた。当事者の意見陳述は感動的だが弁護士の 陳述は無味乾燥、というのが通り相場である。しかし、今日は違った。私も感動した。

 本件において正しい判決をしてもらうためには、教育の本質、教育の特性を知ってもらわね ばならない。なかんずく、日本の教育法制が、戦前の軍国主義・超国家主義教育から敗戦を経た 反省からどう変革されたかを掘り下げて知ってもらわねばならない。戦争の悲惨。その戦争に 国民を駆りたてた教育の実態。そして、その反省を、どれも表面的になぞるだけでなく、 腹の底から理解してもらわねばならない。

 さらに、寛容ということを知ってもらいたい。「日の丸・君が代」の強制は、多元的価値を 認め合う民主主義に相容れない。人がそれぞれに差異をもっていることを認めることが民主主 義の出発点である。「自分は民主主義は認めない。だから、「日の丸・君が代」を強制す るのだ」と言うなら、それなりに一貫している。一見民主主義者のポーズをとりながら、 「日の丸・君が代」を強制するのは、もっとも悪質で、狡猾な民主主義の破壊者である。

 もちろん、石原慎太郎と横山洋吉、そしてその取り巻きを念頭においての発言である。 言葉は人格の一部だ。発する一言一言に千鈞の重みがあった。
33. あなたと行うインターネット読書会
『良心的「日の丸・君が代」拒否』・第一回
2004年9月16日


 「31. ああ、健忘症の国民よ」で、「私自身の悔恨もこめて」という述懐を添えて「ナチ スに対して果敢に抵抗したルター教会牧師マルチン・ニメラーの戦後における告白」 を引用しました。ささやかながら「日の丸・君が代の強制」問題に取り組んでみて、 私は本当に深い悔恨の念にとらわれています。多くの闘う人たちがいることを知っていても、 時折もう遅いのかもしれないと言う絶望感に陥ります。
 私が都立高校に勤めていた頃、「日の丸・君が代の強制」の陰湿な圧力は年々強くなっていましたが、 今日のような状況は予想できず、まだまだ大丈夫と思っていました。もう何年も前から、 さまざまな県や市で暴力的な弾圧が進行していたのにも拘わらず。この問題について、 詳しく知ろうともせず、なんと無知だったことか。 マスコミのせいばかりにしてはいけないでしょう。
 『良心的「日の丸・君が代」拒否』(以下『良心的・・・』と略記します。)からの引用を二度 させてもらっていますが、いまこの本を読みながら、そう感じています。この本を詳しく読んでみようと思います。 もしよかったら、ご一緒に読んでみませんか。意見が交換できれば幸いです。

 『しかし国旗・国歌法成立に力を得た推進勢力は、さらに強制を強めてゆきます。1999 年秋に東京都教育委員会は、国歌斉唱率が全国で最下位に近いから速やかに改善し ろという趣旨の通達を全都立高校長宛に出し、強い「指導」によって実施率は跳ね上が りました。2000年春には国立市の小中学校が「日の丸・君が代」を導入させずにき たのに対して産経新聞が事実を歪曲し子どもたちを非難するキャンペーンを張り、「教 育正常化」を唱える右翼が街宣車で大挙して押しかけ、学校に「子どもを誘拐して殺 す」などの脅迫状が来るなど、暴力的圧力が加えられる事態にまでになりました。』(P53~54)

 私は『10. 教育現場での「孔の穿ち方」・その1』で次のように書きました。

 『他府県の学校では、東京都でも小学校・中学校では、もうずいぶん以前から 「君が代日の丸の強制」の嵐に見舞われ、既にその定着を許していることに改めて 思いいたる。もしかすると都立高校が「自由と民主」の最後の牙城なのかも知れない。 石原のなりふりかまわぬえげつない蛮行は、それゆえのあせりの表れなの だろう。』

 やっぱりそうだったんですね。私が都立高校を退職したのが1998年ですから、その明くる年に 上記の通達が出されたことになります。退職後は、自ら求めようとしなかったせいもありますが、 情報に乏しくこのこと知りませんでした。いきなり10・23通達かと思っていました。敵は用意周到です。

 国立市の闘いはおおよそのことは知っていました。東京都の小中学校では「自由と民主」の最後の 牙城だと思っていました。都立高校に先だって、集中攻撃を受けたのですね。
 右翼新聞による煽動 ⇒ 右翼街宣車の脅迫 ⇒ 憲法違反の行政指導 という常套手段での攻撃。 まるでお互いに連絡を取り合った上での連携プレーのようです。 こんな卑劣なことを大多数の国民は見て見ぬ振りか、無関心か、あるいは支持をしています。

 続いて『良心的・・・』は、補足の形で次のように述べています。

 『このような事態に対しては、2004年4年1月にジュネーブの国連子どもの権利委員会で日本の子 どもの権利に関する審査をおこなった際、子どもの人権や意見表明権に対する強い懸念を含む 日本政府に対する勧告が出されました。当時の国立市の卒業生を含む高 校生たちが訴えに行き、そのスピーチに、日本政府の役人の言葉よりはるかに説得力があった 結果が勧告に反映されました。』

 昨日紹介した「おいしいニュース」をもたらしてくれた人は、高校生のときから闘っています。 「国連子ども権利委員会」から「日本政府に対する勧告」を引き出したのは高校生た ちということです。日本の高校生たちは、なんと頼もしいことでしょう。絶望なんかしていてはい けないと思います。

 『良心的・・・』に掲載されている「国連子ども権利委員会」が日本政府に出した勧告を引用します。

2004年1月、ジュネーブの国連子どもの権利委員会で日本政府に対して出された勧告(抜粋)

(a) 家庭、裁判所、行政機関、施設、学校において、また施策の制定及び運用に際して、 子どもに影響を与えるすべての事柄について、子どもの意見の尊重及び子どもの参加を促進し、助長すること、ならびに、子どもがこの権利を認識することを確保すること。

(b) 子どもの自己の意見を表明する権利及び子どもの参加する権利に関する教育的な情報を、 特に、親、教育者、政府の行政官、裁判官、及び社会全体に提供すること。

(c) 子どもの意見が考慮される程度を定期的に見直し、かつ、子どもの意見の考慮が政 策及びプログラム、さらには子ども自身に対して与えたインパクトを定期的に見直すこと。

(d) 教育、余暇、及びその他の活動を子どもに提供している学校その他の施設において、方 針を決定するための会議、委員会その他の会合に、子どもが組織的に参加することを確保すること。

 「おいしいニュース」の中の、横浜弁護士会の人権擁護委員会が出した勧告と、その根本思想は 同じです。「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと 努めてゐる国際社会」の常識なのです。
 日本の国家権力は「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」などと少しも思っていないのです。 日本の政府は上記の勧告には、どうやら知らぬ顔のハンベェを決め込んでいます。自分たちが目指そうとしている 国家と相い入れないからです。小泉や石原は国際社会の趨勢とも逆行しています。
32. 今日はおいしいニュースをおひとつどうぞ
2004年9月15日


 今日はホームページ開設一ヶ月記念日です。おいしいニュースを肴に一 杯いこうか。

「反ひのきみネットML」より

 神奈川のバッシーです。久しぶりにいいニュースがありましたのでお知らせいたします。

 私が、高校生当時、日の丸君が代の問題について質問したことを「過激な発言をす る生徒がいる」として、県教育委員会に校長が一方的に報告し、それが発覚して以 降、削除を請求し、最終的には個人情報と認められて文章から削除はされたものの、 謝罪等は認められなかった事件がありました。

 その件について、横浜弁護士会の人権擁護委員会に人権救済の申し立てを行ったと ころ、申し立てから1年余経った9月10日付で、神奈川県教育委員会、及び当時の 校長に対して、その人権侵害を認めるとともに、勧告が出ました。(根拠は憲法19 条「思想及び良心の自由」、子どもの権利条約12条「子どもの意見表明権」)

 「日の丸・君が代による人権侵害」市民オンブズパーソン
 http://www003.upp.so-net.ne.jp/eduosk/
 によれば、2000年に広島と福岡で「警告」が、2002年に札幌と大阪で「勧 告」が出ており、これに続くものと言えます。
 神奈川県内に於いて、日の丸・君が代についてこのような判断を下したのは初の例 のようです(2004年9月11日朝日新聞神奈川県版による)。

 勧告の内容は、当時の校長に対しては「(過激と記載した)回答書への記載の問題 点について検討し、その結果を申立人にせつめいする」こと。
 県教育委員会に対しては、今後も日の丸君が代の調査を行うことで、「同種の人権 侵害を発生させるおそれが高い」と認めた上で

「(1)卒業式、入学式等の学校行事の実施に関し、国旗掲揚・国歌斉唱の実施状況 について、特定の方法を提示したり、生徒や保護者の態度の報告を求めるなど、その 具体的内容に立ち入る調査を行わないこと」
「(2)日の丸、君が代に敬意を表することが自分の思想及び良心に反すると考える 生徒や保護者の思想及び良心の自由、意見表明権を侵害しないよう、卒業式、入学式 等の学校行事の実施については、事前に生徒や保護者との協議を尽くし、その意見を 尊重し、式典においても、これらの思想及び良心の自由を尊重した挙行の方法をとる よう、県内の学校へ通知指導すること」


 を勧告しています。

 今後どのような対処をそれぞれがとるかは未定ですが、現在の教育現場の管理への 流れの中で、みなさんを勇気づけるものであると考えています。

 詳細について、また経緯などについて質問のある方は私信にてお願いいたします。

 では。


本当にいいニュースです。すごい勧告を引き出しましたね。東京の一連の裁判に影響を与 えるといいのですが。バッシーさん、元気をありがとう。

 トップページに『「日の丸・君が代による人権侵害」市民オンブズパーソン』のリンクを貼り付けました。

31. ああ、健忘症の国民よ
2004年9月14日


 「澤藤統一郎の事務局長日記2004年06月13日(日)」で、「日の丸・君が代」処分事件弁護団交流会 の報告があり、次のように出席者を紹介しています。

1.
北教組・倶知安中学事件 01年3月卒業式における「国歌」演奏中断行為に対する戒告
 道人事委員会で審査請求継続中

2.
北九州ココロ裁判 国歌斉唱時の不起立(職務命令違反)に対する厳重注意~減給3か月
  1996年11月 福岡地裁提訴今冬か来春判決か

3.
東京・「日の丸・君が代」強制予防訴訟 国歌斉唱義務・ピアノ伴奏義務不存在確認、処分の予防的不作為請求    国家賠償(慰謝料請求)
   04年1月30日第1次提訴228名 5月7日2次提訴117名 東京地方裁判所に係属中

4.
東京・処分取消(人事委員会審査請)事件 国歌斉唱時不起立・ピアノ伴奏拒否による戒告・減給(1か月)
  04年8月29日 周年行事被処分者 8名 人事委審査請求
    4月 5日 卒業式被処分者 75名 人事委1次請求
    4月30日 卒業式被処分者 42名 人事委2次請求
    5月27日 卒業式被処分者 27名 人事委3次請求

5.
東京・「日の丸・君が代」嘱託解雇取消訴訟 国歌斉唱時不起立を理由とす る嘱託採用取消・嘱託雇い止め
   手続き進行 04年6月17日 提訴予定

6.
ピアノ伴奏拒否事件(日野市立南平小学校) 99年4月6日入学式における国歌斉唱時のピアノ伴奏 職務命令違反
 戒告 人事委審査→棄却裁決→東京地裁提訴→03・12・3棄却判決     →東京高裁控訴→4月21日第1回期日で結審→7月7日判決予定

7.
国立二小戒告事件 00年3月24日卒業式におけるリボン着用+校長に対する「抗議」 戒告(信用失墜行為・職務専念義務違反)
 手続の進行  審査請求→棄却裁決→東京地方裁判所へ提訴

8.
国立二小・強制移動事件 校長への意見を言ったことを理由とする不当移動
 手続の進行 人事委審査請求→棄却裁決→東京地裁提訴

9.
ピースリボン訴訟(国立二小)  00年3月24日卒業式におけるリボン着用を理由とする 文書訓告(職務専念義務違反)
 04年2月提訴(国賠訴訟)

10.
ハートブラウス事件(大泉養護学校)02年4月 入学式におけるハートブラウス着用を理由とする 戒告(上着着用の職務命令違反)
 人事委裁決待ち

11.
八王子・石川中事件

12.
   東豊中高校事件

13.
豊中養護学校事件

14.
広島での不起立処分事件など。


6. について
 控訴審判決が7月7日にあり、控訴棄却。今、最高裁に上告中。
「原告ご本人に、出席要請したが、都合悪く出られないとのご返事。 そのなかに、『司法に期待したのが間違っていたようです』 との痛切な一文。」(詳しくは「ジム局長日記7月8日」)

以下は「反ひのきみネットML」からの情報です。(要点のみ)

11. は5月27日に判決言渡しがありました。原告の請求を棄却です。
この判決は酷いものです。裁判官は憲法無視の傍聴人規制を行いました。 日の丸君が代強制反対と小さく書いてあるTシャツでの入廷を認めなかったし、憲法9条のTシャツも 認めなかったという裁判官です。

13. の情報です。「日の丸・君が代」処分と闘う大阪教育労働者の会より
 田中直子さんの「日の丸・君が代」処分に対する大阪府人事委員会が9月13日 に開かれかれました。豊中養護学校前校長への反対尋問です。


 このように並べていると戦慄が走ります。これだけではありません。まだまだあるのです。  ちなみに、大阪枚方市の様子をインターネットで調べてました。枚方市市民の闘いは頼もしいです。

http://www.kcat.zaq.ne.jp/iranet-hirakata/newpage22-siminnokai.htm

 都教委の10.23通達は、都教委の独創?ではないのですね。枚方市教育員会は2年前にほとん ど同じことをやっています。

 この国でどういうことが進行しているのか、よーく分かってきます。 憲法違反の暴圧が全国的に行われているのです。大日本帝国の暴圧と もう同じではありませんか。
 しかしマスコミはほとんど報道しません。教育関係以外の人がどのくらい この国のこの惨状をを知っているのでしょうか。

   コスタリカでは最高裁判所が国家権力の憲法違反を裁きました。そして国家権力はその判決に従った 行動をとっています。すごい国です。
 それに引き換え、日本の裁判所は憲法の番人ではなく、権力の番犬になってしまったのでしょうか。 「いまの憲法を認めない」といってはばからない奴を、都知事に選び、憲法がそいつを 守るおかしな国。
6. の原告の方の『司法に期待したのが間違っていたようです』という痛恨の言葉を聞く耳を持つ 裁判官がはたしているのいるのでしょうか。

 国家権力や行政権力の暴走に対するのに、私たちには司法に訴えるしか方法がありません。 行政権力に対して独立を保ち、毅然とした姿勢を持った裁判官がいることを信じたいと思います。

 こんな言葉に出会いました。(孫引きです。)私自身の悔恨もこめて。

  「ナチが共産主義者を襲ったとき、自分はやや不安になった。けれども結局自分は共産主義者ではなかったので何もしなかった。それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。 けれども依然として自分は社会主義者ではなかった。そこでやはり何もしなかった。それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、と いうふうに次々と攻撃の手が加わり、そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかった。さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教 会の人間であった。そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであった」
(ナチスに対して果敢に抵抗したとされるルター教会牧師マルチン・ニメラーの戦後における告白。丸山真男「現代政治の思想と行動」より)
30. Kさんへの批判・反論(8) 
 2004年9月13日


(5)
 「国旗と国歌が嫌ならば、オリンピックで金メダルを獲得した日本選手が、日の丸を持って観衆に応える場面も批判したらどうであろう。君が代を涙で歌う金メダリストは憂慮すべき事態なのか。
 今年の夏はアテネオリンピックが開催される。「日の丸」と「君が代」がテレビで放送されればされるほど、日本中は感動で熱くなるのではないか。日本人がアイデンティティを認識するオリンピックである。」

 Kさん、この段落になってあなたの気持ちはだいぶ高揚してきました。高ぶっている息遣いが行間から聞こえるようです。オリンピックに絡ませれば、反対の余地はあるまい、と思っておいでのようです。これが目に入らないか。黄門さんの印籠みたいですね。

 「金メダルを獲得した日本選手が、日の丸を持って観衆に応え」ようが、「君が代を涙で歌」おうが、それを批判する必要はありません。それは選手の勝手でしょう。ただ私はばかばかしいとは思います。私がこう思って、ばかばかしいからチャンネルを切っても、「処分だ」と恫喝されることはありません。学校での「日の丸君が代強制」とは一緒に論じられません。
 選手は批判の対象にはなりませんが、オリンピックというスポーツの祭典になくても一向に差し支えない国旗・国歌を持ちこむ意図は批判すべき対象です。前に私はスポーツと国旗・国歌について、次のように書きました。

 「オリンピックで人は何に感動するのか。選手たちが持てる力を出し切って記録や勝負に挑む姿、その過程で見せてくれる見事な技、限界に挑戦する精神力。総じてたゆみない日ごろの厳しい修練の結実に感動する。それがいつのまにか「君が代日の丸」に感動してるように錯覚している。
 表彰台上の選手自身も、目的を見事に成し遂げた達成感と、そこに到るまでの苦楽のすべてを反芻しての感動のはずなのに、「君が代日の丸」に感動してるように錯覚して、実際にそんな感想を述べたりする。ばかばかしい。国家権力の思う壺にはまっている。」

 「『素朴な愛国心』育成のために権力者はスポーツも利用する。スポーツの利用はもしかすると教育利用以上に効果的かもしれない。対象が子供だけでなく圧倒的に大人が多い。成人してからの意識の変革はむずかしいが、たいした反対に出っくわすこともなく、当人にそれと気取られることもなく、いつのまにか「素朴な愛国心」の「刷り込み」が出来てしまう。利用しない手はない。」

 オリンピック開会間近の8月5日付朝日新聞夕刊に評論家の多木浩二氏が「オリンピックの憂鬱」という一文を寄せています。その中から。


 アテネの市民にとって迷惑な状況なのか、歓迎すべきことなのかは情報不足で分からない。たったひとつ今からでも期待できるのは、選り抜きのアスリートたちが力を出し切って記録や勝敗に挑む姿だろう。それはスリリングでもあれば、美しくもある。これは本質的に個人の争いなのだ。不思議なことに多くの人間が応援するのは自国の選手なのである。これはメディアを介して選手を知っている人間の自然かもしれない。だがそれがメダル、日の丸、君が代とエスカレートしていくと、もう無邪気だと見のがすことはできない。思想の自由を確信する学校の教員たちが教育委員会からのどのような締め付けにあっているかをわれわれは知っている。この陰険さにくらべて、メディアが「日の丸、君が代」と言いつのるのはあまりにも楽天的ではないか。


 これがオリンピックと国旗・国歌についてのまともな考え方ではないでしょうか。
 だいぶ以前に、国際オリンピック委員会の中のなにかの機関でだと思いますが、オリンピックでの国旗・国歌をやめようという議論がされたと、新聞報道で読んだ記憶があります。いつの間にか立ち消えになりました。もし、オリンピックに政治を持ち込むなというなら、まず第一に国旗・国歌の使用をやめることだというのは常識でしょう。

 折りしもほとんど時を同じくして、8月6日、ニューヨークのテレビラジオ博物館で、「オリンピックとナショナル・アイデンティティ」というテーマで、シンポジウムが行われました。JMM配信の「五輪と国のアイデンティティ」(from 911/USAレポート)という記事で知りました。レポーターは米国ニュージャージー州在住の作家・冷泉彰彦氏です。
 そのシンポジウムは、「開催国が威信をかけて大会の成功を目指すのも、選手が国や国旗を背負って戦うことも、政治的行為に他ならない、そうした醒めた判断に基づいて」オリンピックと政治問題の歴史を論じています。

 オリンピックと政治といえば、私はすぐ1968年のメキシコオリンピックを思い出します。表彰台上で自国の国旗(星条旗)に向かって拳を振り上げて抗議行動をした黒人選手がいました。私はその行動に深い共感を覚えました。しかし、その映像だけが記憶に残っていて、選手の名前やそのときの種目など忘れてしまいました。
 上記のレポートに、その日のシンポジュームの目玉として、そのことが話題になったと言うことです。その部分を引用します。


 当日の目玉は、何と言ってもトミー・スミス氏でした。1968年のメキシコ五輪の陸上200メートルで優勝した際に、表彰台の上で星条旗に対して抗議行動を行ったスミス氏のことは、五輪の歴史の中で多くの人の記憶に残っていると思います。銅メダルを取ったジョン・カルロス氏と一緒に黒手袋をした拳を振り上げた写真は、「怒れるブラックパワー」というイメージで全世界に伝えられました。

 そのスミス氏も、すでに60歳。往事の激しいイメージは消えていました。ですが、穏やかな微笑を浮かべながらも冷静な弁舌を駆使するスミス氏には、ある種のオーラが漂う感じがありました。パネリストや会場からは、多くの質問が寄せられ、それに丁寧に応える中で、歴史に名前を刻んでしまった男の人生が浮かび上がってきた、シンポジウムの流れは、そんな趣がありました。

--そもそもどうして、国旗への抗議という激しい行動に出たのですか?
 「熟慮の結果でした。あの時代、黒人の社会的な地位は本当に低かったんです。私も親や祖父母からは、白人に反抗しては殺されるから、言われるままに生きなくちゃいけない、そう教えられて育ったんです。でも、大人になり、大学に入る頃からは、そうした差別への怒りというのが生まれてきた、やがて、怒りそのものが自分が自分であることになって行ったんです。ですから、今の私という存在も、あの時の行動が基になっているのを感じます。今でも全く後悔していません。」


 トミー・スミス氏はアメリカのオリンピック委員会から除名されて、開催地のメキシコからも追放されました。その後の人生では、無視や差別や嫌がらせなど、さぞ多くの艱難辛苦に見舞われたことでしょう。それでも「今でも全く後悔していません。」と言い切るスミス氏の姿勢に、敬意と安堵の入り混じった大きな感動を覚えます。

 Kさん、これで私のあなたへの批判・反論を終わります。普段あいまいのまま放置していた多くの事柄を、考え直す機会となりました。その機会を与えてくださったことに、再度お礼申し上げます。

 ただ一つ宿題が残りました。「アイデンティティ」です。これは一度きちんと考えてみなければならない問題だと思っています。今は取り敢えず、それは国家権力への「アイデンティティ」であろうはずがない、とだけ申し上げておきます。
 では、この国が、あなたも私も共々に自由で生き生きと生きることが出来る国になることをを願いつつ・・・ごきげんよう。



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 私が加入した「反ひのきみネットML」の会員数は約500人だそうです。ここにメールを送ると、そのメールが約500人の全会員に送られる仕組みになっています。
 送られてきたメールのうち、特に私がより多くの方々と共有したいと判断した情報を随時、紹介していきます。
 「反ひのきみネットML」に加入されている方には重複する情報になりますが、ご容赦下さい。
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『予防訴訟』第五回口頭審理に結集してください!

(日 時)9月16日(木)午後13時頃までに集合/13時30開廷
(場 所)東京地裁 民事第36部;103号法廷
(報告集会)14時過ぎから弁護士会館で報告集会
 毎回、傍聴券で少し並ぶようになってきていますが、今回は参加者が少ない傾向にあるようです。103号法廷は100人ほどが入る大きな法廷です。是非皆さんの参加をお願いします。
 今回は、尾山弁護団長から「上申書」を提出し、弁論して頂きます。同弁護士は、裁判全体について進め方を述べます。この中で、何が立証されねばならないか、教育とは何か、人権とは何か、自由と民主主義・平和等々、全般について原告側の主張の基本を述べます。教科書裁判をはじめ沢山の有名な裁判を手がけて来られた尾山弁護士の信念に満ちた弁論が聞けます。必見・必聴です。


 時間が取れたら行ってきます。
29. Kさんへの批判・反論(7) 
 2004年9月12日


(4)
 「また、国旗と国歌を憲法上の思想・良心の自由に結びつけるのは、あまりに飛躍しすぎる感がある。国歌斉唱の時に生徒に起立しないように促した教師こそ、生徒の思想・良心の自由を侵害したことにならないか。親の立場で見れば、自らの思想を生徒に押し付ける教員は願い下げである。」

 この主張に対する批判は済んでいます。大事なことですから繰り返します。
 日の丸という旗と君が代という歌が存在するというだけの事実が思想・良心に関わるなどと誰も主張していません。国家権力あるいは都の行政権力が、本来の責務から踏み外して国民あるいは都民を隷属・圧迫しようとし、その道具として日の丸・君が代を利用するなら、それに異議を申し立てることは、国民として真っ当な事で、おおいに思想・良心の自由に関わるのです。

第十九条【思想及び良心の自由】思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

 この条文は、踏み外しをした国家権力や行政権力への異議申立てを保証しています。やはりまだ飛躍しすぎてすか。

  校長・教頭・都会議員(一種の圧力、監視のため招待されている)らが、教師や生徒に「立ちなさい」と恫喝したり、教頭が教師の後をうろちょろしながら本当に歌っているかどうかスパイしたりと言う例はたくさん聞いていますが、「国歌斉唱の時に生徒に起立しないように促した教師」がいるとは、初耳です。そういう例があるのなら、ぜひ教えてください。
 このことで私が知っていることは新聞の記事や友人からの情報程度でしたが、つい最近、詳細な報告を読む機会を得ました。Kさん、あなたには事実に基づいて考えていただきたいので、引用します。

 「都議を式に招待せよという要請も徹底し、強制の急先鋒である土屋敏之都議(民主党)は、招待された板橋高校で不起立の生徒たちに「立ちなさい」等と怒鳴り、校長・教頭も怒鳴りはじめ、式場は三人の怒声の合唱の場となりました。しかし生徒たちは従いませんでした。式の最後に卒業生たちは目の見えないクラスメートのピアノ伴奏で息の合ったすばらしい合唱を披露しました。」(「良心的『日の丸・君が代』の拒否」所収池田幹子「『「日の丸・君が代』はどのように強制されてきたか」より)

 生徒たちはもう18歳ですよ。それぞれに判断力を身につけています。私はこの生徒たちに敬意を表するものです。
 それにひきかえ、校長・教頭・都議のなんと言うぶざまさでしょうか。大日本帝国が侵略戦争にのめり込んでいったとき、国家権力に媚びてより先鋭な言行を競い、父母や生徒を恫喝して死に追いやったのはこうした権力の提灯持ちでした。
 先の引用文の筆者はこのような校長・教頭をナチス・ドイツの戦争犯罪人・ホロコーストの責任者アイヒマンになぞらえています。アイヒマンは裁判で次のように抗弁したそうです。上司の命令をただ下に伝えただけだ、命令にサインして伝えただけだ、自分は義務に忠実であっただけで、ほめられることはあっても犯罪者ではないと。
 続いて筆者は次のように校長・教頭の姿勢を批判しています。

  「日本の学校特に都立高校で都教委の職務命令を通達に従って出している校長、同じように通達に従って不起立者を摘発している教頭は、すでにアイヒマンだといっていいのではないでしょうか。
 こうした校長や教頭とアイヒマンの似ている点は、自分で判断する自由を奪われているだけでなく、自分で判断することを自ら放棄していることです。そして与えられた指示をただ下に伝達するだけで、責任を免れようとしているところだといえます。
 こういったシステムは軍隊や官僚機構や全体主義国家の本質に他なりません。日本の学校がそんな場になることを望む人はいないはずです。」

  自らの思想・良心に反して、屈辱感を味わいながらいやいや憲法違反の通達に従っている教師たちを非難する気は、私には毛頭ありません。もし私がいま学校の教師だとしたら、私はその中の一人だと思いますから。

 旧聞に属しますが、3月28日に放送されたTBS「報道特集」のまとめのコメント(野田正彰教授・心理学)で、次のような指摘がありました。
 「抵抗する教師ではなく、『40秒のことだ。形だけ従っておけばよい。歌うフリをしておけばよい』という教師たちに、無気力な精神の荒廃が生じている。」

 やむなく憲法違反の通達に従っている教師たちの自分との闘いも過酷なものでしょう。想像に余りあるものがあります。しかし心までは売り渡さないで下さい。自らの思想・良心をしっかりと保持し続けていって欲しいと願っています。
 それに引き換え、上記のような校長・教頭は確信犯でしょう。親の立場で見れば、自らの思想・良心を放棄したこんな教師は願い下げです。そして、あなたのように「日本の学校がそんな場になることを望む人」が父母の中にいることを、むき出しの牙を向けて来る権力者よりも、私は恐ろしいと思います。
28. Kさんへの批判・反論(6) 
 2004年9月11日


(3)の2
 「国際社会では、国旗や国歌はシンボルとして大切に扱われる。起立して人に礼をつくすように、国のシンボルに起立して礼をつくすことが、子供の教育に憂慮すべきことか。逆に起立しないことの方が、憂慮すべきことではないか。それは、人に会って挨拶しないのと同じだからだ。会釈をして挨拶する習慣は、親が小さな子供に教える基本的な躾である。」

 Kさん、このくだりに対する私の批判はいままでの議論の中で済んでいますが、改めてまとめます。
 君が代・日の丸を政治的国家が国民を支配・抑圧する目的で使用するとき、私たちはむしろ異議を申し立てるべきなのです。そしてそのように使われる君が代・日の丸を子供の教育に持ち込むことはおおいに憂慮すべきことなのです。

 Kさん、あなたのお子さんが、直立不動で日の丸を仰ぎみながらわけの分からない歌のため口を無理にこじ開けられるような入学式・卒業式を、あなたは本当に望んでおいでなのですか。
 入学式・卒業式に限りません。入学式・卒業式での強制が定着すると、次は日常的に日の丸を掲揚し、休み時間に君が代を放送で学校中に流すようになります。子供たちに、日の丸の前では最敬礼をし、君が代が流れるとどこに居ようがその場で直立不動の姿勢をとることを強要されます。既にそういう学校があるのです。あなたのお子さんが通う学校がそういう学校であって欲しいと、本当に願っているのですか。
 そうだとすると、あなたを、国家イデオロギー(虚偽意識)に取り憑かれた偏狭なナショナリストと呼ぶほかありません。お気の毒に思います。

 このくだりではもう一つ、指摘すべきことがあります。国家と個人の関係の問題と、日常的な個人と個人、あるいは家族と家族の関係の問題とを、同列に並べて論ずる論じ方です。前にも指摘しましたが、これは一種の詭弁です。
 Kさん、人と国家のシンボルとは全く違うもので、同列に並べて論ずることは出来ません。人と挨拶するのために起立することと日の丸に向かって起立することが同じとは、全くあきれた議論です。同様に「君が代日の丸の強制」に反対することと「人に会って挨拶しない」ことは全く位相の異なる問題です。「君が代日の丸の強制」に反対している人たちだって、日常生活での挨拶ぐらいはあなたと同じぐらいには出来ると思いますよ。

 Kさん、あなたの論理を逆手に取るとこう言えます。あなたは街中で日の丸に出会うたびに最敬礼しているのですか。外国の国旗に出会うこともありますよね。それにもいちいち礼を尽くしているのですか。そんことしないでしょう。大体無視するのが普通でしょう。だから、あなたは街中で知人と出会ってもきっと無視するでしょう。
 これはあなたの主張の対偶です。あなたの主張が正しのなら、これも正しいことになります。ばかばかしいでしょう。

 この詭弁がこのレベルで済んでいるのであれば、笑って済ますことも出来ますが、これがもっと大規模なものになると笑って済ますことが出来なくなります。
 大日本帝国時代、全く位相の違う家族と国家を結びつけて、家族国家論という俗論がおおいに幅を利かせていました。その結果が「国民は天皇の赤子である」でした。だから「天皇のために喜んで命を投げ捨てろ」となっていきました。心しなければいけません。
27. Kさんへの批判・反論(5) 
 2004年9月10日


 Kさん、わたくしは憲法前文を精読して本当にびっくりしています。繰り返します。
 前文は「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去」することを人類普遍の最重要課題として掲げているのです。とても崇高な理念だと、私は思います。そして国家はこの理念に基づいて責務を遂行せよ、と言っているのです。
 そしてもう一つ、「国家」があって「国民」があるという思想を真っ向から否定しています。その底流に流れている思想は、まず国民があって国民が国家に権力を委託していると言っています。
 支配ー被支配の枠組みを維持・強化しようとしている抑圧者らは現憲法を眼の敵にする理由が、改めてよく分かりました。まさに目の上のタンコブで、とても目障りなのでしょう。

 しかし、現実の日本国家は憲法が掲げている理想となんと遠いことでしょう。抑圧者らにとってはなんと居心地よい国家になってしまったことでしょう。いまや目の上のタンコブを取り去る機が熟したと、憲法改悪の動きが急になってきました。

 憲法改悪の焦点に第九条ばかりが取り上げられていますが、彼らの本当のねらいは前文じゃないかと、いま私はそのように思うようになりました。本当のねらいは、憲法を、国家が国民に下賜し管理支配するための法に作り変えることです。例によって、耳目に入りやすいおためごかしの改定と抱き合わせで、狡猾に作り変えようとするでしょう。

 Kさん、如何でしょうか。あなたが憲法改悪に賛成されているのかどうか分かりませんが、国家権力に支配される立場にある仲間として共に、この立派な憲法を守ろうではありませんか。

 いま私は立派な憲法と言いましたが、現憲法には改正すべき大きな瑕疵があります。第一章の天皇条項です。私は第一章を不要と考えるものですが、たぶんこれはいくつもの意見に分かれる種類の問題でしょう。いまはこの問題に深入りしません。機会を見つけて改めて考えることにします。

 憲法前文を精読しながら、そこに書かれている憲法の理念を崇高だと思う一方、私は次のような疑念を抱いていました。
 平和を壊し、「専制と隷従、圧迫と偏狭」を強いるもっとも強力な張本人は国家です。国家の本質とも言うべきその特質を、国家自身が取り除くことが出来るのでしょうか。もし出来たとしたら、それは「国家の死滅」を意味します。

 Kさん、ここで、国家について、その本質に迫る理解が必要になります。私の知る限りでは吉本隆明氏の国家論が一番本質に迫っていると思います。ちょっと復習させてください。

 吉本氏は「国家の本質は共同的な幻想である。この共同的な幻想は、政治的国家と社会的国家の二重性の錯合した構造としてあらわれる。」と、国家の本質を指摘しています。
 人間の生活の社会的経済的な現実過程は相互扶助的な共同体の形成を必然とします。これを社会的国家と呼びます。小林よしのりが好んで使う「公」とか「公共」は社会的国家のことと言えると思います。この社会的国家に共同幻想としての政治的国家が覆いかぶさり、二重に錯合した構造となりさす。
 吉本氏はまた「社会的国家は、法によって政治的国家と二重化されるとき、はじめて権力をもち、普遍的な<階級>のもんだいがあらわれる。」、「あらゆる共同幻想は死滅すべきである。」とも言っています。

 私たちが「国家権力」と言うときの国家は「政治的国家」を指しています。「国家の死滅」というときの国家も「政治的国家」です。
 「国家の死滅」なんてあり得るのでしょうか。これも稿を改めるべき問題ですが、ここで思い出した国があります。デンマークです。この国の国家権力はその権力の行使を必要最小限に抑制しているように思われます。「国家の死滅」への道筋の一つではないでしょうか。
 話が前後しますが、デンマークの小学生の入学の始まりを詳しく記述した文章を思い出しましたので、それを全文紹介します。日本の小学校の入学式と比べてみてください。日本の国家権力とデンマークの国家権力の在りようの落差がとてもよく分かると、私は思いました。

 出典は、村上龍さんが編集長をしておられるJMM(Japan Mail Media)というメール新聞?の記事です。 JMMに配信申し込みをすると随時記事を配信してくれます。

http://ryumurakami.jmm.co.jp/

 紹介する記事の筆者は、高田ケラー有子さんとおっしゃるデンマーク在住の造形作家です。

「ゼロ年生の初登校」

 私の息子も8月9日から学校に通い始めました。以前にも書いたようにデンマークでは1年生から始まるのではなく、幼稚園クラスと呼ばれるいわゆるゼロ年生にあたるものがあり、そのゼロ年生になりました。入学式なるものはなく、初日は9時に集合ということで、保護者も招待されて学校に行くという感じでした。遅い夏の到来で、にわかに暑くなっていたので(といっても26度ほどでしたが)、先生も保護者もそのほとんどがTシャツに短パン姿、サンダル履きといった格好でリラックスしておりましたが、何処も同じでビデオやデジカメで我が子のファーストスクールデイの記念撮影をする保護者の姿がありました。

 これが普通なのだなとつくづく思ったのは、ほとんどが両親といっしょに来ていたことです。もちろん平日な訳ですが、夫婦共働きの家庭が多い中で、90%以上が両親に付き添われていたのは、自分も当たり前のように夫と2人で参加しながらも、父親の育児や教育への関わり方を象徴しているようで、素敵なことだなと思いました。今後も、またいろいろと学校の様子など観察しながらゼロ年生なるものがどのようなものなのか書いていきたいと思いますが、今回は初日の様子を中心に紹介しておきたいと思います。

 学校が始まる前の週の木曜日に、担任となる先生から息子宛に手紙が届きました。内容は「9日からいよいよ学校が始まりますね。楽しみにしていることでしょう。先生からみんなにお願いがあります。教室をきれいに飾りたいので、お花を持って来てください。それと、床に座ってお話を聞くこともあるので、クッションも忘れずね。では9日、9時に。ピア(先生の名前)」というものでした。そして9日、ゼロ年生たちはお花とクッションを抱えて初登校しました。

 まず、入り口で校長先生が、「おはようニコラス」と息子の名前を言いながら握手をしてくれたのには驚きました。校長先生はすでに全てのゼロ年生(といっても田舎の小さな学校ですので全部で2クラス36名)の名前を覚えておられるようでした。教室の前では担任の先生が校長先生と同じように子供の名前を言い、また自分の名前を知っているかどうかの確認もしながら握手をしていました。校長先生、担任の先生共に、もちろん私たち保護者もよろしくの握手を交わしています。

 教室に入ると、机の上にはネームカードがおかれ、ダネブロー(デンマークの国旗)のミニフラッグが付いたジュースにお菓子、そして太くて柔らかい鉛筆(この鉛筆にもゼロ年生の象徴である足跡のデザインが施されています)と消しゴム、練習帳のようなものが2冊と歌の歌詞ホルダー、それに連絡ホルダーがおかれていました。みながそれぞれ持って来たお花を机の上に置くと、ほんとうに教室が一気に華やかになり、天井いっぱいに飾られた色とりどりの風船とたくさんの手旗ダネブローも手伝って、そこはすっかり居心地のよいヒュッゲリ(デンマーク語で快適な、心地よいの意味ですが、そこに人やなにかしらの暖かみを感じるような意味合いが含まれ、日本語でズバリ言えません)な空間と化しておりました。


 素敵な入学行事ですね。Kさん、そう思いませんか。ジュースとお菓子に添えられたミニフラッグ。こういう風に使われれば、子供たちも国旗さんも幸せですね。
 それにひきかえ日本の入学式では、子供たちは直立不動で日の丸を仰ぎ見ることを強いられたうえ、わけの分からない歌のため口を無理にこじ開けられます。入学早々、「服従せよ!」と威嚇されているです。



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 先ほど「反ひのきみネット」を開いてみましたら、私が依頼していたこのホームページの紹介が掲示板に掲載されていました。100倍ぐらい、人の目に触れるチャンスが増えたことになります。
26. Kさんへの批判・反論(4) 
 2004年9月9日


 Kさん、今日は初めにあなたにお礼を申し上げます。
 あなたの労作を通り一遍に読み捨てずに、一度きちんと批判しようと記録しておきました。きちんと批判するためには文章を精読しなければなりません。精読すると、短い文章の中にも実にいろいろな問題が含まれていることが分かってきます。それらの問題について、私は調べたり考え直したりします。その過程で、びっくりするような新しい発見をします。
 憲法の前文を通して読んだのは、高校生のときでしたか、中学生のときでしたか、定かでありませんが、いずれにしても通り一遍に読んだ、と言うより、読まされたと言った方がよいでしょうか。今日、50年ぶりに精読しました。日本国憲法の理念の中に、改めてびっくりするようなことを発見をしました。50年間に私が得た思想にぴったりの理念が謳い上げられているのです。
 精読する機会を与えてくれたあなたのお陰です。


(3)の1
 「むしろ、国際社会で名誉ある地位を占めたいと願うのであれば、国旗や国歌をないがしろにする振る舞いこそ、外国の支持を得られない。」

 今回も本論に入る前にはっきりとさせなければならない概念があります。「国家」です。
 あなたは国家という言葉を使わず「国」といいます。このことで思い出した人があります。小林よしのりです。ご存知ですか。読む前から言ってることの底は見えていて、小林の著書を読む気は私にはまったくありません。しかし、他の著書での引用文で小林の文?(漫画のセリフと地の文)に触れることがあります。そのとき、ああやっぱり予想したとおりだ、底が浅いと思います。
 引用文で知った範囲でのことですが、小林は国家という言葉を使いません。「国」か「公」か「公共」です。「国」と「公」・「公共」はまったく違う概念です。これをご都合によって使い分けます。だからその論理はしっちゃかめっちゃかです。しっちゃかめっちゃかでも、単純浅薄でも、すっぱりと割り切っているところが受けるのでしょうか。小泉首相・石原都知事の場合と同じです。私には小林の読者が理解できません。
 「国」と言う概念は非常にあいまいです。その意味するところは、国土であったり、故郷であったり、政府であったり、国家であったり、あるいはそうしたものすべてを含めた所謂「国」であったりします。しかしあなたの場合も小林の場合もその指し示すところは「国家」以外ではありえません。なぜはっきり「国家」と言わずに「国」というぼやけた言葉で代えるのでしょうか。
 「国家」という概念にはかならず「支配-被支配」の問題が最重要な課題として付きまといます。もしかすると無自覚なのかもしれませんが、あなたも小林もその問題を避けて、見て見ぬ振りを決め込んでいるとしか思えません。お二人ともにその論旨全体に「支配-被支配」という観点が欠けています。
 あなたのいう「国」は「国家」であるということで論を進めます。

    「国際社会で名誉ある地位を占めたいと願う」

 小泉首相はイラク派兵を正当化するために憲法前文の文章をいくつか利用しています。これはその一つですね。憲法違反を平気で犯しながら、憲法の権威だけはちゃっかりと利用する。しかも文脈から切り離して自分の都合のいいように意味を変えて。小泉の詐術は聞く方も恥ずかしくなるような見え透いたものですが、本人は恬として恥じない。破廉恥な男です。そうは思いませんか。
 Kさん、あなたはそうは思っていないのですね。詐術までそっくり真似ているのですから。我らが首相はうまいことを言うな、と感心したのでしょうか。でも、真似るにしても、最小限、原文を確かめてからすべきではないですか。

 そのくだりは次のようです。

「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」

 あなたや小泉の主張と並べてみると、何が違うのかよく分かります。「国際社会」が違うのですね。小泉が使うときの「国際社会」は「アメリカ国家とその同調国家」群のことです。あなたの場合は地球上のすべての国家が対象でしょうか。いずれにしても諸国家の関係概念のようです。

   憲法前文の「国際社会」もそうでしょうか。
  前文の主語・「われら」は国民です。その前の段落ではっきりと「われら国民」と言っています。「わが国家」ではありません。
 そして前文中の「国際社会」は「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる」社会です。この文脈では明らかに「国家」ではありません。文字通り国際「社会」です。ですから、次の文節でも「全世界の国民が」とあり、「全世界の国家」とはなりません。
  これはどういうことでしょうか。
 まず、国際社会にはいまだ「専制と隷従、圧迫と偏狭」があると認識しています。そしてそれを「地上から永遠に除去」するのが国際社会の最重要課題だといっています。その課題を担うことにおいて「名誉ある位置を占めたい」と言うのです。
 前文の次の段落は次のようです。

  われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 ここで初めて「国家」が出てきます。「いずれの国家」も普遍的な「政治道徳の法則」に従うことが国家の責務だと締めくくっています。
 ここで言われている普遍的な政治道徳の法則が、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努め」ることを指しているのは、文脈から明らかでしょう。
 つまり最後の段落で、国民が、国民に源泉する権力を国家に委託し、国家にそのあり方を指示しているのです。

 よく言われるように、大日本帝国の欽定憲法とは異なり、民主主義国家・日本の憲法は、国家が国民に下賜し管理支配するための法ではありません。国民が国家にその在り方を示し、国家がそこから踏み外さないように歯止めをしている法なのです。「国家」があって「国民」がある、という支配者たちがよく強調する思想を真っ向から否定しています。まず国民があって、国民が国家に権力を委託しているのです。
 
 国家が本来の責務から踏み外して国民を隷属・圧迫しようとし、その道具として日の丸・君が代を利用するなら、それに異議を申し立てることは、国民として真っ当な事なのです。

第十九条【思想及び良心の自由】思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

 これは、踏み外しをした国家への異議申立てを保証するための条文だと、私は理解し直しました。


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 「日の丸・君が代に対抗するネットワーク」( 略して「反ひのきみネット」)というサイトに出会いました。もう大きなネットワークを形成しているようです。より広い場に出て行くことにしました。
 リンクを貼り付けるための問い合わせをしたところ、早速返事を頂きましたので貼り付けます。
 このサイトの「メーリングリスト(ML)」というのにも加わりました。多くの人と意見交換ができます。私もホームページの記事を書き直したりして送り、より多くの方に読んでいただこうと思っています。
 私のホームページそのものを掲示板に掲載する申し込みものしました。(リンク集に加えてもらった方がよかったかな。)これは返事待ちです。
 ぜひ覗いてみてください。そしてよかったら「メーリングリスト(ML)」に加入してください。
25. Kさんへの批判・反論(3) 
 2004年9月8日


 支配者たちによる日本の戦前回帰の志向は、1950年の朝鮮戦争勃発に誘発されて起こった一連の反動の嵐から始まります。
 GHQの指示を受けて、並行して行われた「レッドバージ」と「追放解除」。革新勢力が追放され、戦前の日本を牛耳っていた政財官界人・言論界人が復帰します。大日本帝国の敗戦後たったの5年目のことです。

 以来自由と民主の砦は、少しずつ、狡猾に、確実に、削られ続けてきました。そして、多くの人が指摘していますが、1999年に状況は急展開します。自由と民主の砦は大きく崩壊するほどの攻撃を受けました。支配者側から見れば、念願成就に大きく近づいたことになります。
 時代の様相は、戦後が終わってついに戦前に回帰したようです。

 1999年に何があったのか振り返ってみましょう。

 日本の今後の進路を決定付けるような重要法案が、当時の首相・小渕の人間的軽さを体現したようにホイホイと、なんとも軽々しく成立してしまいました。
 実は小渕は私の高校時代の友人です。もっとも彼が代議士になったときから、付き合いはありません。小渕は自分が率いる政府がやっていることの重要性をまったく自覚していなかったのではないかと、私は疑っています。

5月24日 ガイドライン関連法(周辺事態法・改正自衛隊法・改定日米物品役務提供協定)成立。
 対米軍事協力の項目を明文化し、米国による戦争に日本が自衛隊のみならず、民間まで動員・協力させるを決めています。大日本帝国の「国家総動員法」に匹敵します。

8/9 国旗・国歌法成立。
 「決して強制するものではない」というオブラートをかけて成立させています。それが現在、人の心を圧殺するような法律になっています。
 また「君が代」の「君」は天皇のことだと、首相がはっきりと答弁しています。

8/12 盗聴法含む組織犯罪対策三法が成立。
 国民の安全を守ると言う耳目に入りやすいものと抱き合わせでとんでもない法律を成立させます。このような抱き合わせ手法を権力はよく使います。
 この法律は大日本帝国の治安維持法に匹敵します。
 盗聴法(通信傍受法)は明らかに憲法第21条第二項「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。」に違反しています。

8/12 改正住民基本台帳法成立。
 国民総背番号法です。私たちは全員11桁の数に過ぎません。戦場での兵士の標識番号みたいなものです。徴兵制がしかれたとき、さぞ威力を発揮することでしょう。

 さらにこの年の全国戦没者追悼式で、いままで演奏だけだった「君が代」が、天皇・皇后の前で歌われたというのです。これはずいぶんグロテスクな光景だと思いませんか。天皇の名において遂行された無謀な戦争の犠牲になった300万人に対する冒涜ではないでしょうか。大日本帝国の侵略軍に殺されたアジア諸国の犠牲者は2000万人と言われています。この人たちへの追悼の心は皆無です。
 もしかするとあなたには、感涙に咽びなくほどにうれしい光景でしょうか。

 1999年以降も戦争遂行するための法律と国民を管理統制するための法律の整備が続けられています。
 2003年12月から、とうとうイラクに自衛隊が派兵されました。イラクには何を自衛しに行ったのでしょうか。
 全く憲法が無視されているような様相です。憲法を戴いた憲法違反だらけの国家権力が、憲法の都合のよいところだけつまみ食いして自己正当化の具とし、一方で憲法改悪のプログラムを着々と進めているのです。

 Kさん、如何でしょうか。「戦後59年が経過し、国際社会の一員として見事に復興した日本」の行きついた先がどんなに無残なものか、あなたには見えませんか。「日の丸君が代」が果たしている役割がまだ分かりませんか。
 日本はもう十分に立派な戦争遂行可能国家です。自衛隊と言う軍隊は世界第三位の戦力を誇っているそうですね。徴兵制も目論まれているようです。
24. Kさんへの批判・反論(2) 
 2004年9月7日


 (2)
 「国旗掲揚と国歌斉唱の強要は戦前の軍国主義を連想させるので、思想・良心の自由を妨げると憂慮するのであろう。しかし、戦後59年が経過し、国際社会の一員として見事に復興した日本が、国旗掲揚や国歌斉唱をしたからといって軍国主義に戻るはずがない。」

 Kさん、あなたは「日の丸・君が代」とは言わず「国旗・国歌」と言っています。あなたには、「日の丸・君が代」は「国旗・国歌法」で法的に「国旗・国歌」となった、だから、それに反対するのはけしからんと言うことを、暗に強調したい意図があるのではないですか。「日の丸・君が代」の議論をしているのではなく「国旗・国歌」の議論をしているのだと。
 あなたは、はっきりとその姿を晒しても大多数の賛成が得られそうだと判断したからでしょうか、オリンピックとの関わりを論ずるときは、「国旗・国歌」という法の衣を脱いで、「日の丸・君が代」と本当の姿を使っています。私には「国旗・国歌」と「日の丸・君が代」を意図的に使い分けているように思えるのですが、私の勘ぐり過ぎでしょうか。

 ともあれ、日本の「国歌・国旗」は歴史的に特殊な負の遺産を引きずっているので、はっきりと「日の丸・君が代」と言うべきだと私は考えます。あなたもその負の遺産のことはご存知ですから、法の衣を着た「国旗・国歌」というを言葉を使いながら、「軍国主義を連想させる」危惧を表明しています。
 私は、以後は、「日の丸・君が代」と言うことにします。あなたにも異存はないことと思います。

 本題に入ります。
  Kさん、それが何であれ、何かを連想すると思想・良心が妨げられるとは、またずいぶんと珍妙な理屈ですね。
 何かの連想を強いられて、思想・良心が侵害されたと主張する人を私は想像できません。
 思想・良心に反する言動を強いられて、初めて思想・良心は侵害されたと言えます。そして今、良心的な教師たちが精神的な拷問といってもよいほどに苦しんでいるのは、軍国主義を想像したなんていうばかげた理由ではなく、行政権力が処分を振りかざしてまで、思想・良心に反する言動を強いているからなのです。

 次にあなたは日の丸を掲揚したり、君が代を斉唱したりしたからと言って、軍国主義に戻るはずがない、と自信を持って断言なさいます。
 日の丸を掲揚し君が代を斉唱するだけで軍国主義に戻るとしたら、いまそれを目論んでいる支配者たちは諸手を上げて大喜びし、いま進めている面倒な政治的策略の手続きを、すぐ放棄することでしょう。
 むろん、いま支配者たちが目論んでいるものは、大日本帝国のような剥き出しでハードな軍国主義ではなく、耳目に入りやすいソフトなオブラートに包まれています。

 Kさん、一市民として「NPO型インターネット新聞」の記者を買って出ていらっしゃるあなたが支配階層の方とはとても思えません。たぶん、私と同じ被支配者の一人かと推察します。なのに、どうしてこうも物の見方考え方が違うのか、と考え込まされます。

 あなたは植民地での被支配者の支配者に対する反抗には理解を示されました。植民地には支配-被支配という対立があり、不当で理不尽な抑圧には反抗する権利があると考えておられるものと推察します。
 しかし、日本国民の日本国家に対する反抗には嫌悪感を隠しません。私にはとても不思議です。日本には支配-被支配という対立などないし、不当で理不尽な抑圧を受けている国民などいないとお思いになっていらっしゃるのかもしれません。
 しかし残念なことに、世界のどの国家にも支配-被支配の対立が厳としてあるというのが、正しい現実認識ではないでしょうか。むしろ、支配-被支配を維持強化しようとする最強の権力が国家なんだと言ってもよいのではないでしょうか。
 こうした世界の現実認識を欠いたまま微温な日常に埋没している人たちが、その自分たちの微温な日常の中に隠されている実態を暴きそうな人や事件や言行に出食らわすと、あわてて集団的なヒステリーを起こします。最近では、イラクで活躍していた人たちに対する「自己責任」バッシングがそうでした。

 Kさん、あなたが、支配-被支配という矛盾の解決を願って行動している隣人たちに「非国民」や「反日分子」などのレッテル張りをするような卑劣な国家権力の手先にならないことを祈ります。老婆心ながら、あなたがその一歩手前にいるように感じますので。

  さて、Kさん、「日の丸を掲揚したり、君が代を斉唱したりしたからと言って、軍国主義に戻るはずがない」というあなたの論理は、部分を取り出して全体を裁断するという、詭弁の一つです。
 しっかりと全体像を検証して、そのなかに「日の丸・君が代の強制」を位置づけた上で判断すべきではないでしょうか。
 あなたが誇らしげに指摘している「戦後59年が経過し、国際社会の一員として見事に復興した日本」の本当の在りようを検証してみましょう。

長くなりなしたから、それはまた明日。
23. Kさんへの批判・反論(1) 
 2004年9月6日


 (「国旗掲揚・国家斉唱は憂慮すべきこと? 」の筆者を Kさんと呼ぶことにします。)

(1)
 日本は卒業式や入学式のシーズンになると、国旗掲揚や国歌斉唱の是非が議論される不思議な国である。諸外国の学校で、国旗や国歌に抵抗して、起立しないことがあるだろうか。植民地であれば統治国に反抗する意図は理解できるが、独立国であるのに、なぜ、国旗と国歌を無視できるのであろう。

  Kさん、あなたは、まず最初に事実誤認をなさっています。日本は「卒業式や入学式のシーズンになると、国旗掲揚や国歌斉唱の是非が議論される」から不思議な国なのではなく、「卒業式や入学式に国旗掲揚や国歌斉唱を強制する」から、不思議な国なのです。不思議と言うよりばかばかしい国なのです。
 日本は民主主義国家あるいは自由主義国家を自称しているようですから、あなたが比較する諸外国も民主主義国家あるいは自由主義国家に限りましょう。
 諸外国の学校では国旗掲揚や国歌斉唱などやらないのです。私にはいま直接調べることができませんので、信用できる人の証言を信じることにします。

 「そもそもそうした儀式をしないという選択肢もありうるし、現場に任されるべきことです。それをしたいという要求が教員や生徒の中で高まってくれば、それをすればよいのです。どういう形態をとるかはまったく自由です。それは異常なことでも何でもありません。私の娘は一年半ほどフランスの現地校に通ったことがありますが、そこでは儀式的なものはほとんどありませんでした。イギリスやドイツヤフランスの学校行事で国旗国歌が強制されるということはありません。」 (「良心的『日の丸・君が代』の拒否」の前文・高橋哲哉「この国の地金を変えていく一歩」より)

 こういう国家を民主主義国家あるいは自由主義国家とうのではないでしょうか。
あるいはあなたは、日本は民主主義国家でも自由主義国家でもなく、どちらかというと「北朝鮮」に近い国家という認識をお持ちなのでしょうか。それならば、「諸外国の学校で、国旗や国歌に抵抗して、起立しないことがあるだろうか。」というあなたの主張には一貫性があります。

 Kさん、あなたはもう一つ、位相の違う概念を並列して論じるという過ちを侵しています。「植民地」と「独立国家」です。「植民地」のままで「独立国家」を形成することは可能です。「領土・人民・政府(国家権力」を国家を国家たらしめる三要素と言うようです。植民地に欠けているのは国家権力です。従って、征服国家からの少数の入植者階級が担っても、先住民が担当する傀儡政権であっても、植民地を直接支配する独自の政府があれば、それはやはり「独立国家」ではないでしょうか。
 征服国家が植民地を自国の領土の一部に組み込み、直接支配する場合は、まさにその地域は、あなたが言う「統治国」の一地方に過ぎないことになります。現在ほとんどの植民地は独立していて、統治国に支配されているという意味での植民地は十数地域ぐらいだそうです。
 しかし、かって植民地だった地域の多くは、独立国家となったとはいえ植民地時代の問題を引きずっています。国家の権力を掌握しているのが、少数の入植者階級(つい10年ほど前までの南アフリカ)であったり、先住民が担当していても傀儡政権(これは枚挙にいとまないほど例があるでしょう。)であったりして、その国の国民の大多数を占める先住民たちは植民地時代と変わらぬ状況におかれています。

 植民地から独立したといってもカナダ・オーストラリア・ニュージーランドは国土を先住民から奪い取って出来た国家です。これらの国の先住民の人口比はカナダでは2%弱、オーストラリアでも混血も含めて1.5%ぐらい、ニュージーランドは 9%程度ということです。
 それにそれらの国家は紛れもない独立国家ですが、形式的にはいまだにイギリスを宗主国とする植民地なのです。元首は英国国王で、総督までいます。
 そして、いま世界で一番危険な「ならず者国家」のアメリカも先住民を虐殺しながら、国土を奪って立国した国家です。

 Kさん、植民地での統治国への反抗は理解できるが、独立国での反抗は理解できないというあなたの立言の根拠の薄弱さをお分かりいただけたでしょうか。

 Kさん、それでもあなたはこう言うかもしれませんね。日本は植民地から独立した国家ではないから、国家に反抗する理由はないと。これはおそらくあなたの主張(2)と関連します。そこで論じることになるでしょう。
 そのとき、もう一つ論じなければいけないことがあります。あなたは植民地での反抗には理解を表明されましたが、それは何故ですか。

 ところで、Kさん、毎日のように無辜の人たちが国家によって殺されています。大学を卒業なさった知性あふれるお方のようですから、たぶん無関心ではいられないことと推察いたします。
 この数日間は、毎日のように北オセチア共和国(ああ、事件が起きない限り、私はこの国名の国を知らなかった!)で起きた武装集団の学校占拠事件が大きく報道されています。昨日の報道写真のなかの母親や姉や祖父らしい人たちの慟哭する姿に、私はつい落涙しました。あなたは何をお感じになられましたか。日本とは無縁とお思いでしょうか。


 Kさん、あなたは小学生か中学生のお子さんをお持ちのお母様のようですが、どうか、権力者やマスコミの言うことを鵜呑みにしてそれをそっくり真似るのではなく、ご自分の耳目を使って調べ、ご自分の頭と言葉を使って考えてみてください。あなたの大事なかけがえのないお子さんのためにも。

ではまた次回に。

22. 読者への挑戦 
 2004年9月5日

 昨年10月23日に石原とその下僕たちが出した「通達」の内容を知って以来、私の怒りと危機感は一向に収まりません。怒りは静かに沈潜させて長く持続し、根底から敵を打倒しようと言う意味で、トップページの画像に広目天を選びましたが、これまでの私の怒り方では、むしろ東大寺三月堂・二力士像の中の阿形(あぎょう)像を掲げるべきだったかもしれません。「怒髪天を突く」ほどの怒りなのです。私の頭はほとんどスキンヘッドなので、怒りのほどをお見せできなくて残念です。代わりに阿形さんのお姿をお借りします。


 初めから通して読んでくださっている方は、そろそろ私の語調が鼻についてくる頃でしょう。今回から静かに深く怒ることにしました。肩肘の力を抜きます。
 そこで今回から、文体も変わったわけです。
 私はクソ真面目で、遊びが下手なのですが、時には遊びも取り入れようかと思います。

  「君が代日の丸の強制」と言う権力側からの攻撃は単に「君が代日の丸」だけの問題ではなく、私たちの「国家観」や「教育観」への攻撃であると思います。私は私自身の「国家観」や「教育観」を検証し、より強固なものにする必要があると感じました。そこで私なりの「国家観」や「教育観」を改めてまとめ直してみようと思いました。他人の言葉を頼りのしどろもどろの言説でしたが、一応一通り終わりました。
たぶん欠陥だらけでしょう。必要に応じて修正・訂正・補強を随時やっていこうと思います。

  ということで一区切りつきましたので、そろそろ敵の論旨の全体を明らかにした上で、全面的な批判・反論をしてみようと思います。いままで多くの人たちが行ってきた批判・反論に何か新しいものを付け加えることはおぼつかないとしても、ともかく自分自身のために、一度は自分の言葉でやってみる必要があると感じています。

 「市民が記者になってニュースを送るNPO型インターネット新聞」と謳っている「JANJAN」( http://www.janjan.jp/)と言うサイトがあります。時折、マスコミが報道しない情報が得られるので、一応毎日覗いて、関心のある記事を読んでいます。
 その「JANJAN」に、6月中ごろ、「君が代日の丸の強制」に賛意を表する記事が掲載されました。「JANJAN」の基本姿勢にそぐわない記事だと、他の記者たちから非難の声がたくさん上がったようです。

 しかし、その文は、それこそマスコミを通して石原や右翼新聞・雑誌が垂れ流している論点をそっくりなぞったようなもので目新しいものはないのですが、国家権力や石原からご褒美が出そうなほど、よくまとめています。私の知る限りでは、敵にはそこに盛られている以上の論点はないと思われます。権力に支配されることを喜びとする期待される正しい日本人の典型だと思い、記録しておきました。
 こういう意見をただ無視したり、問答無用で否定するだけでは、私たちのためにもならないでしょう。私たちの身近にいる多くの人たちの意見なのです。やはり真正面から取り上げるべきです。
 これを紹介して、全面的は批判・反論の材料とします。段落とその番号は、便宜上、私がつけました。
 (権力を持ったものの口撃には遠慮は不必要ですが、ここでは、筆者を槍玉に上げるのが目的ではありませんし、筆者は私たちと同じ無名の一国民ですから、筆者の名前はあげる必要はないでしょう。)

「読者への挑戦」
 次の文を読んで、ご自分なりの批判・反論・論破を用意してください。
 あるいは下記の文にない敵の論点を知っていたら教えてください。ディベートのつもりで、賛成の表明・賛成意見の補強でもいいです。より手強い理論が出てくると面白くなると思います。
(「メールの輪」に投稿してくださると、さらにありがたいのですが。)


 
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「国旗掲揚・国家斉唱は憂慮すべきこと? 」

(1)
 日本は卒業式や入学式のシーズンになると、国旗掲揚や国歌斉唱の是非が議論される不思議な国である。諸外国の学校で、国旗や国歌に抵抗して、起立しないことがあるだろうか。植民地であれば統治国に反抗する意図は理解できるが、独立国であるのに、なぜ、国旗と国歌を無視できるのであろう。

(2)
 国旗掲揚と国歌斉唱の強要は戦前の軍国主義を連想させるので、思想・良心の自由を妨げると憂慮するのであろう。しかし、戦後59年が経過し、国際社会の一員として見事に復興した日本が、国旗掲揚や国歌斉唱をしたからといって軍国主義に戻るはずがない。

(3)
 むしろ、国際社会で名誉ある地位を占めたいと願うのであれば、国旗や国歌をないがしろにする振る舞いこそ、外国の支持を得られない。国際社会では、国旗や国歌はシンボルとして大切に扱われる。起立して人に礼をつくすように、国のシンボルに起立して礼をつくすことが、子供の教育に憂慮すべきことか。逆に起立しないことの方が、憂慮すべきことではないか。それは、人に会って挨拶しないのと同じだからだ。会釈をして挨拶する習慣は、親が小さな子供に教える基本的な躾である。

(4)
 また、国旗と国歌を憲法上の思想・良心の自由に結びつけるのは、あまりに飛躍しすぎる感がある。国歌斉唱の時に生徒に起立しないように促した教師こそ、生徒の思想・良心の自由を侵害したことにならないか。親の立場で見れば、自らの思想を生徒に押し付ける教員は願い下げである。

(5)
 国旗と国歌が嫌ならば、オリンピックで金メダルを獲得した日本選手が、日の丸を持って観衆に応える場面も批判したらどうであろう。君が代を涙で歌う金メダリストは憂慮すべき事態なのか。
 今年の夏はアテネオリンピックが開催される。「日の丸」と「君が代」がテレビで放送されればされるほど、日本中は感動で熱くなるのではないか。日本人がアイデンティティを認識するオリンピックである。
21. 「国家」について(2)
 2004年9月4日


 
 国家権力は、経済社会構成の上層に地位を占めるものがよりあつまってつくられるものではないから、社会的国家に公的権力が存在するのではない。社会的国家は、法によって政治的国家と二重化されるとき、はじめて権力をもち、普遍的な<階級>のもんだいがあらわれる。 (吉本隆明「自立の思想的拠点」所収「自立の思想的拠点」より)


 専門家には憫笑されそうなものだが、自分なりの国家観を素描してみる。

 現代の国民国家では、現実過程として利害を異にするさまざまな階層の間の抗争があり、その抗争を調停する第三の権力として国家権力は成立している。しかし、政府を担当する政党はその支持基盤の階層の利害を優先するから、社会的国家が行う諸事業はとても公平とは言えない。
 戦後一時期、労働者を支持基盤とする政党が政権を担当したことがあったが、ほとんどは資本家よりの政党(現自民党)の独裁だった言える。
 しかし、独裁とはいえ圧倒的多数を占める被支配階級の支持をも得られなければ、政権は維持できない。被支配階級にもおこばれ程度の恩恵は与える。それをありたがる者たちが、現政府をあたかも自分たちのための政府と錯覚し、独裁を支えている。
 しかし、おこぼれだけでは、民衆の支持は続かない。民衆に国家への服従の精神を植えつけねばならない。

 社会的国家のイニシアチブをとった政権政党とその支持階層は、抗争に勝ち続けるためには政治的国家としての権力を保持・強化し、その政治的国家権力をを最大限に利用して、すべての階層を支配しようとする。
 そのためには学校教育の支配とマスコミのの取り込みが最大重要課題となる。

 次の引用文(秋山清「反逆の信条」)が書かれたのは1970年前後だが、まだ賞味期限は切れていない。


 国家の経済的繁栄が、そのまま日本人民衆の繁栄であるかのような錯覚に満ちわたっている。 日本の民衆は、自分たちが民衆にすぎないということすら、自覚していないのだ。かくては、毎日の生活と生活環境への順応、治安の維持(支配のための)のための道徳と法律、その法律をつくるための議会、議会のための選挙、われわれの坐臥、二十四時間、三百六十五日、この国家という権力機構の操作の外に出ることはできない。繁栄といわれている現在ほど民衆の精神生活が、わが精神環境の外側に吸収されて飢餓に瀕したことはなく、逆に国家権力がこれほど安定していることもない。国家が民衆のものであるなどと、ぬけぬけとしたいい方があり、しかもなお民衆がそれを疑惑することすらできない。

 いわゆる経済的高度成長によってわれわれの国では、従順にはたらく者の生活は保証されているかのようであるが、これは現体制の枠内で、国家と法律による階級的現状に不信と反抗を表明しない者だけにとっての保証にすぎないのである。そこでは自由そのものも、自由のための思考すらよろこばれはしない。不信と拒否、否定から反逆へという自由の発展的方向を含む志向は、常に反社会的として締め出されつづけている。

 われわれは国家というものが、大衆の意志などとまるでまったく無関係な政府によって、政府をつくる政党によって、政府をバックアップする階級によって、資本家によって、官僚によって、あるいは地主らの総合的利益のためによって、つくられて運営されて、下級民衆にはそのための必要によってのみ支配の手が緩急されるという事実をあまりにも痛切に経験しつつある。(中略)

 国家、それは、社会主義を名乗ろうと王国であろうとデモクラシーの近代的国家であろうと、その国家と民衆との関係は、圧制者と権力にしいたげられる奴隷との対立であることにかわりはない、ということにつきる。



 ここで国家の問題を考えるときに、もう一つ大事な視点があることがわかる。



 わたしたちが認めうるのは、この世界には少数の支配と多数の被支配が現実を領しているということだけである。この課題が「社会主義」国家同盟と「資本主義」国家同盟の対立、矛盾という概念によっては救抜されないということだけはあきらかである。 (吉本隆明「模写と鏡」より)


 この文が書かれたのは1963年。しかしこの文にも賞味期限はない。

 現在は「社会主義」国家同盟と「資本主義」国家同盟の対立にかわって、「ならず者国家」と「自由主義国家」の対立が流布されている。これは多分にブッシュが一方的に描いた構図に過ぎないのが、この場合も「わたしたちが認めうるのは、この世界には少数の支配と多数の被支配が現実を領しているということだけである。」

1. 国家本質を「政治的国家」と「社会的国家」の二重性として捉える視点
2. 国家と国家の対立などなく、少数の支配者と多数の被支配者の対立があるばかりだと、国際情勢を捉える視点、
 この二視点を通して時代の情況を眺めるようになってから、私はとても深く遠くま見通せるようになったし、大きく見誤ることはなかったと思う。進歩的革新的を自称する多くの人が陥った陥穽には無縁だった。「ソ連」や「北朝鮮」を労働者・被抑圧者の味方の国などと思ったことなど一度もない。
20. 「国家」について(1)
 2004年9月3日



 国家の本質は共同的な幻想である。この共同的な幻想は、政治的国家と社会的国家の二重性(二面性ではない)の錯合した構造としてあらわれる。」 (吉本隆明「自立の思想的拠点」所収「情況とは何かⅣ」より)


 私はよく、卒業式や入学式での「君が代日の丸の強制」に反対する人に「君が代・日の丸ではない国歌・国旗ならいいんですか。」と問いかける。「君が代日の丸」の代わりの国家・国旗を作ることを問題解決の一つの方法と考えている人たちは肯定的に答えるだろう。
 しかしたいていの人は、戸惑ってしまって答えに窮するようだ。はっきりと「君が代・日の丸ではない国歌・国旗でもだめだ。」と答える人に出会ったことがない。
この問はたぶん、「国家とは何か」と言う問と同義であると私は思っている。

 「12. 十年前の高校生の意識」で紹介した生徒たちの意見の特徴の一つは、「君が代」に対する拒否感はかなり強いが、「日の丸」は結構受け入れられていることだ。オリンピックやサッカーの国際試合などのスポーツから受ける感動と強く結びついて、その限りでは好ましいもののようだ。
 しかし一方で、卒業式などに現れる日の丸はなんとなくうさんくさいぞ、と言う感覚もあるのだろう。日の丸は否定しないが、卒業式に日の丸を掲揚することには反対だという生徒が多い。
この二つに裂かれた感情・感覚の根拠を掘り下げていくと、ここでもまたたぶん、「国家とは何か」という問いに突き当たる。

 道路を整備したり橋を架けたり学校を建てたりなど公共の事業を遂行したり、国民の財産・生命の安全を図ったり、福祉を増進したり、景気対策を遂行したりなどなどの社会・経済的な役割を果たす国家を社会的国家と呼ぶ。相互扶助を旨とする村落共同体が発展してきたものと言える。

 これに対して国民を支配し抑圧する国家、君が代・日の丸の強制のように心の中まで支配しようとする国家(元号の強制で時間まで支配しようとしている。)を政治的国家と呼ぶ。歴史的に「宗教が法となり、法が国家となる」と言うように展開してきた共同幻想としての国家である。 この二つの国家が二重に錯綜して一体となったもを普通国家と呼んでいる。

 吉本氏はわざわざ「二面性ではない」と注意している。国家の本質としては「社会的国家」に「政治的国家」が覆い被さると言うところか。
 しかし実際に私たちが相対する国家を考えるときは、 たとえばこんなイメージで理解したらどうだろうか。ギリシャ神話の二つの顔を持ったヤヌスのイメージ。 例えば、お巡りさん。やさしくて親切で頼もしい街のお巡りさん(最近そうでもないお巡りさんが増えているけど)は公僕であり、国民に社会的国家の顔を向けている。
 それがくっると首を一回りさせると、反政府や反戦のデモの行列に嫌がらせのような規制をかけたり、時には棍棒を振るって襲い掛かる。国家権力の番犬として、国民に政治的国家の顔をまざまざと見せ付ける。
 生徒・父母から見たとき、教師も二つの顔を持ったヤヌスだと私は思う。果たしてこのことを自覚している教師はどのくらいいるだろうか。
 政治的国家の番犬・代弁者のような言行を無自覚にしている教師にずいぶん出会ってきた。いや無自覚どころか、政治的国家に奉仕するのが教師の役割だと思っているらしい教師は結構多い。

 この二つの国家は二重に分かちがたく錯綜しているので国家に関かわる問題の議論もいろいろと錯綜することになる。
 この二重に錯綜した国家そのものは真っ二つに腑分けすることは出来ないが、国家に関かわる個々の問題については、社会的国家と政治的国家に腑分けして考えることは、とても有効だと私は思う。

 例えば「日の丸」に適用してみる。
 国歌・国旗は国家の象徴だから、当然、政治的国家と社会的国家の二重の役割を担っている。国際航路の船舶が掲げている日の丸や、航空機の機体に描かれた日の丸は社会的国家の役割を果たしており、ほとんどの人は不快感を感じないだろう。
 本来なくてもよいところに現れる日の丸は、国家権力の要請で強制されたもので、政治的国家の象徴となっているとみなしてまず間違いない。
 天皇を歓迎するために小学生に強制的に持たせる日の丸。学校の入学式や卒業式に掲示される日の丸。スポーツの開会式の日の丸。国家権力間の国際儀礼での日の丸。

  「君が代」に適用するとどうか。
 君が代が社会的国家の象徴として使われる場面を、私は想像することができない。君が代は言葉の意味が示すところ、政治的国家の象徴以外のなにものでもない。多くの生徒が嫌悪感を示すのは当然である。

 生徒たちの二つに裂かれた感情・感覚の根拠は、日の丸が政治的国家の象徴と社会的国家の象徴という二重の役割を担っていることにある。
  どの国家も教育(学校)を政治的国家の最も有効で忠実な布教者として利用しようとする。教育は政治的国家からは常に相対的に独立していなければいけない。「君が代・日の丸ではない国歌・国旗」だって、政治的国家を象徴する限り拒否すべき対象だ。

19. 私が穿ってきたささやかな孔---評価編
 2004年9月2日


履修主義

 評価を問題にするとき、議論の混迷を避けるために、あらかじめ明らかにしておくべきことが二つある。

 一つは、 「教育」と「学習」を区別して論じること。(ただ単に「教育」と言う場合、私は銀行型教育の対極にある教育を念頭においている。)
 授業において、学習は教育の一部分であり、教育そのものではない。むしろ教育の一つの手段あるいは一つの機会であるというべきか。
 教育は、教材を仲立ちにして行われる教師と生徒の対話による交流であり、学習はその教材を習得するための営為で、教師の援助を必要とするとしても、どちらかと言うと生徒が一人で行うものだろう。特に、英語の単語を暗記するとか数学の問題を反復練習して計算力をつけるとかいった習熟のための学習は一人でこつこつやるほかない。それは自己教育とは言えるが、教師と生徒の対話による交流と言う意味での教育ではない。

 もう一つは、「評価」と「評定」をはっきりと区別すること。
 人間の営為には常に評価は付きものだし、時にはとても重要だ。評価は次のステップのためのスプリング・ボードだ。
 しかし評定は必ずしも必要としない。数値であろうと記号であろうと、それはいろいろ大事なものをそぎ落とした上でのある一面でのランク付けに過ぎない。
 私は教育では、評価はきちんとしなければならないが、評定は無用というより、してはいけないと思っている。例えば、私は「文化祭」のような行事を、学校教育での最も優れた教育の場面の一つと思うが、文化祭での生徒の営為を点数化しようなどと言う人は恐らくいないだろう。
 ただし、学習の結果は大きな目安としてなら数値化はできるし、生徒への動機付けや励ましになるだろう。しかし残念なことに、銀行員教師はこの数値を、ともすると生徒への烙印付けや意欲削減のために使ってしまう。

 成績評定や進級・卒業規定は「銀行型教育」の存続を保証し、銀行員教師を強固に守っている砦になっている。銀行員教師に批判や疑問や反感を持つ生徒も、この砦の前では屈服せざるを得なくなる。

 吉本隆明という詩人・思想家は、生徒の側の位置から「学校なんて、目をつぶってでも通過しちゃえばいいんだ」なんていうことを言っている。元教師としてはちょっとしゃくにさわるけど、学校が「銀行型教育」を実施している限りはこう言われても仕方ないか。
 でも、ちょっとしゃくにさわっている元教師は、教師の側の位置から「学校なんて、目をつぶって全員進級・卒業させちゃえばいいんだ」と言っていた。

 現在の学校では、学校の規定から進級・卒業基準を削除することは出来ないから、せめて出来るだけ緩やかな基準にするように、ことあるごとに主張してきた。
 出来るだけ厳しくしろと言うほうがたいてい優勢だった。彼らのその理由は、厳しくしないと生徒は手を抜くとか、授業が軽視されるとか言うようなものだった。生徒の側に立ったつもりの発言では、大学入試や就職試験のときに不利になるとか、全国的なレベル維持が必要とかいったものだ。典型的な銀行員教師だね。

 学校の規定が変更不能でも、進級や卒業の可否を判定するときの元になる教科目の評定の権限は、幸いなことに今のところ個々の教師の掌中にある。この権限を大いに活用しよう。
 評定の権限を個々の教師の手から奪うことになりかねないから、教科全体での評定の基準や共通テストに反対だ。何しろ私の単位認定の基準は、「授業を放棄しない(出席時数がクリアできている)限り、どんなにテストの点数が悪くても単位不認定はしない」だから。

 進級・卒業の可否を判定するときの元になる教科目の評定のまた元になるのがテスト。
 テストはもともと評価のため、特に教師自身の授業評価のためにある。これをすっかり忘れてしまって、生徒の評定のためとしか思っていない教師が多い。
 本当は自分の授業が如何にダメなのかを証明しているのに、平均点の極端に低いテストをしたり、成績不認定者をたくさん出して、生徒の不勉強や無能力を嘆いて見せる教師もいる。

 全員に強制的に履修させる科目の場合、大学受験のための力をつけるというような機能的な目的が第1の目的であってはならない。それは選択科目でみっちりやればよい。
 全員履修の科目では、何よりも数学の面白さ、楽しさが共有できればよい。あるいは、数学の授業を仲立ちに、たまたま出会った生徒たちと、わずかな時間ではあるが、充実した時間を共有できればよい。そのためにこそできるだけ楽しく分かる授業を目指している。
 「分かる」と「できる」は別のことだ。もちろん出来るようになれば、それにこしたことはないが、数学ができるようにならなくともよい。分かればよい。例えば、数学は公式を覚て計算する教科と思い込まされている生徒の数学観がいくらかでも覆えればよい。数学って面白いものなんだなあ、と思えるようになればさらによい。いや、とうとう分からなくとも一向にかまない。数学の授業を通してひと時を共に生きた、これでよい。

 これが「この(亡くなった)生徒にとって私の授業は何だったのだろうか。授業はこの生徒にも意義があるようなものでなくてはいけないのではないか。」という自問に対する私の自答だ。

 授業をこのようなものと考えるならば、この教師と生徒による営みを点数化して、進級や卒業の資料に供する必要はまったくないことになる。それどころか、教育と言う営みの点数化は、生徒と教師共々の非人間化行為ではないか。

 今の学校制度ではどうしても評定をせざるを得ない。私が評定をどうしてきたかと言うと、点数化できるのはテストの結果だけと割り切って、評定にはほかの要素は一切加えない。一区切りごとに頻繁に基礎問題だけの小テストを行う。合格点に達していない場合は追テストをする。追テストでも合格しない場合は、一緒に対話をしながら問題を解いて、理解や不理解の内実を詳しく調べる機会にする。それで合格とする。
 定期テストは、多少はレベルの高い問題で行うが、零点でも一向に構わない。
 ともかく授業を放棄しない限り単位を認定する。
 評定(点数化)の仕方と、単位認定の条件を授業の始めにはっきりと説明をして、生徒との共通理解とする。
 私は武器を捨てたことを宣言した。生徒は非武装の私にいくらか心を開く。生徒も私も一つの重苦しい問題から解放されて、授業が楽しくなる。

 「授業を放棄しない限り単位を認定する」評価方針を、私は履修主義と呼んでいる。
 これには法的な根拠もある。法律を論拠に議論をすることを私は好まないが、ほとんど考慮されることがないので、取り上げてみる。なかなか良いことをいっているのだ。

学校教育法施行規則第26条 児童が心身の状況によって履修することが困難な各教科は、その児童の心身の状況に適合するように課さなければならない。
(私の教科書を使わない授業が保障されている)

同第27条  小学校において、各学年の課程の修了または卒業を認めるに当たっては児童の平素の成績を評価してこれを定めなければならない。
(評定しろとは言っていない。評価しろといっている。)

同第28条  校長は小学校の全課程を修了したと認めたものには卒業証書を授与しなければならない。
(これは余分ごと。本当は卒業証書など不要じゃないの、と私は思っている。)

同第65条  (前略)第26条から第28条まで(中略)の規定は高等学校にこれを準用する。

履修した科目に対して試験の上単位を与えると規定されているのは大学のみである。(大学設置基準法第31条)従って、第28条にいう「修了」とはいわゆる「修得」のことではなく「履修」のことである。また第27条にいう「平素の成績」が「テストの点数」ではないことは論を待たない。

 さて、私の履修主義にもとづく対応を生徒はどう受け止めているだろうか。次の感想文を書いた生徒たちは私以外の担当者なら、多分単位不認定になっただろうと思われる生徒だ。

 「2年間本当にどうしようもない生徒でしたが、見捨てずにおつきあい下さいまして、どうもありがとうございました。高校の数学はやはり難しい。しかも2年生になると、1年の時よりさらにスピードがはやくなり、途中ついていけなくなり、授業中寝ていたり、テストで0点を取ったりしたけれど、それでも長い目で見捨てずにいてくれた先生に感謝したいです。」

 「先生の授業は(私はバカなので)その時すぐに理解できなくても、プリントをみなおせばとてもよく理解できました。テストで赤点をとっても追試で助けていただきました。そのため”裏切れない”と思い、他の科目よりはテスト前の勉強したつもりです。」

 「ただ問題を解くスピードが(私にとって)ものすごく早かったので、なかなかついていけなくて何回か追試を受けるはめになってしまった。普段出される宿題はよく分からないからあまり出来ないけど、追試の宿題はわからないといっていられないので、必死にやりました。そうしてやっとわかるようになったところもあるので、追試があるのはありがたいなあと思いました。」

 「私は数学が嫌いなので、ついつい授業中に寝てたり、聞いてなっかたりします。それは中学校からのことです。先生の声は低くて大きいので、眠くなってしまいますが、ちゃんと聞けばわかるような気もします。気もするというのは私はやっぱり授業を理解できなかったからです。私はこれで数学とは永久にお別れです。ようやく解放されます。数学は大嫌いですが、今まであった数学の先生の中で仁平先生が一番わかりやすかったし楽しかったです。そして私は先生の授業より先生の追試が好きでした。」

 この最後の生徒はとうとう小テストでも合格点を取ることがなかった。しかし、私と一番多く対話した生徒かもしれない。
数学の授業が、多分とてもつらかったことだろう。授業に参加しないあるいは参加できない生徒がいると私もたいへんつらい。でも最後には楽しかったと言ってくれて、私を癒してくれる。とてもやさしい生徒だと思う。

 石原や三浦や江崎には、こうした生徒の方が、人間性において、お前らより、くらべものにならないくらい優れていることを、ついに理解できないだろう。
18. 私が穿ってきたささやかな孔---授業編
 2004年9月1日


 私の教師生活は、始めの十数年は無自覚な銀行員教師のノホホン世界であり、その後は銀行員教師から抜け出ようと悪戦苦闘する冷や汗生活だった。そして結局は、情けないけど、自覚しながらも中途半端な半銀行員教師で終わったといったところだろうか。
 後半分は、銀行型教育からの脱却という方向性をもって言ったりやったりしてきたので、たいていの問題で銀行員教師とのぶつかり合いになった。成果はあんまりなく、いつも「ごく少数派」ときには「ひとり派」だった。
 他者に受け入れられないのは過激にすぎたためだろうか。最後の赴任校では、いくぶん親しみと揶揄を込めてのレッテルだと思うが、私のことを「中年過激派」と呼んでいる人がいた。

 教師時代、私は自分がやっていることを、たびたび同僚たちに公開(いわゆる実践報告)してきた。あえて恥をさらすのは、一人でも同行者が得られればと願えばこそなのだが、あるとき「自慢したがっている。」という評をされ、がっかりしたことがある。自慢するほどのものではないことを、本人が一番よく知っているいるのにね。
  そんな実績?をもった代物だけど、何らかの参考にでもなればと、再び恥をかくことにした。退職時にまとめた文に加筆訂正を加えて掲載する。
 

 教師になって2年目、初めて担任をしたクラスで生徒を一人亡くした。大変なショックだった。そして自問した。この生徒にとって私の授業は何だったのだろうか。
 ごたぶんにもれず私には学校や授業については深く考えたこともなく、私の授業はなによりもまずよりよい進学やよりよい就職のためのものだった。だとすると、進学や就職の機会を持たなかったこの生徒にとって私の授業は無駄なものだったといえないか。授業はこの生徒にも意義があるようなものでなくてはいけないのではないか。

 教師になって11年目、都会から離れたくなって、三宅島の高校に転勤した。島で唯一の高校だから、中学卒業生のほとんど全員が入学してくる。中には分数の計算ができない生徒がいた。九九が全部言えない生徒がいた。ときには繰り上がり繰り下がりの足し算引き算ができない生徒もいた。
 選別された生徒を相手に上手にやってきたつもりの私の授業は、この生徒たちには通用しなかった。一体この生徒たちにとって私の授業は何だったのだろうか。

 学校教育にかかわることを考えるとき、私はいつもこの二つの体験を反芻する。授業についても、この生徒たちにとっても意義のあるような授業を目指して工夫してきた。



授業書(授業用自作テキスト)

 三宅高校でぶつかった壁が越えられず数年悶々とした日々を送った。その頃、パウロ・フレイレの著書と出会い、自分が銀行員教師に過ぎないことを自覚した。そして同時に目指すべき方向を学んだ。

 同じ頃、フレイレとの出会いに続いて、救いの手が、見計らったように、重ねて差し伸べられてきた。
 学校宛てに数学教育協議会(以下、数教協と略称)夏期大会の案内書が送られてきた。数教協の学校宛の案内は後にも先にもこれっきりだったから、まるで誰かが私のために手を差し伸べてくれたみたいだ。研究発表の題目を見ただけで、おれが求めていたものはこれだ、と直観した。その種の研究会についぞ出たことのない私が飛んでいった。
 そこにまたうれしい偶然が待っていた。

 まだ新米教師の頃、官製の数学教育研究会の下働きに狩り出された事がある。官製の研究会では文部省や都からの役人や校長などの所謂お偉方は別待遇で、もちろん部屋は別にあつらえられる。発表される研究内容も銀行型教育の枠内にとどまり、何の新味も無くつまらない。それ以来、一度も参加したことがない。

 数教協が官製のお仕着せ研究会と違うすごい点の一つは、すべての幹部・役員を含めて、部屋割りは申し込み順なのだ。なんと、私は故・遠山啓委員長と同室だった。遠山先生の部屋にはつわものたちがたくさん出入りして、ほとんど徹夜で示唆に富むお話を伺った。
 「その教室の中で最もできない生徒にとって楽しい授業は、もっともできる生徒にとっても本質的なよい授業である。」と遠山さんはいう。障害者教育の実践を通して得た見識である。これも授業作りをするときの大事な指針となった。

 研究発表の内容も官製のそれとはまるで質が違う。数教協で発表される研究内容は銀行型教育のその枠を大きくはみ出でいる。
 数教協では、具体物(現実の世界)と抽象物(数学の世界)を仲立ちをする半具体物(教具・教材)を「シェーマ」と呼んでいる。数教協の諸実践の中で特にこのシェーマの研究に私はびっくりした。抽象度の高い高校の数学でも有効な教具が可能なのだ。

 課題提起教育というとすぐに思い出すのは理科の仮説実験授業だが、その大会でその授業にも出会った。仮説実験授業もすごい。誰がどこでやってもよい授業になるような「授業書」と呼ばれる授業用プリント教材が開発されている。

 チョークだけを持って教室に臨んでいた私の授業が一変した。
 私は仮説実験授業の授業書をまねて、すべての授業をプリントでやることにした。ほんの真似事に過ぎないが、やはり「授業書」と呼ぶことにした。できるだけ黒板を使わないための方便でもあり、教師のほうを見る暇もないほどせっせと黒板を写す苦行から生徒を解放する意味もある。
 授業書には、導入部分や最後のまとめの問題で、できるだけ現実の世界に関連したものを取り入れた。数学の歴史の話も盛り込んだ。また、不器用な私にも簡単に作れるような教具はそれを用意した。これらは数教協の研究成果を大いに利用した。
 授業の最後には必ず授業についての感想文を、生徒全員に書いてもらい、授業書の改良に資した。
 よくテストのときに感想文を要求する教師がいるが、あれはダメだ。役に立つ感想文を書いてもらうには、無記名で、十分な時間を与えなければいけない。

 さて、授業書による授業を生徒はどう受け止めたか。授業の評価は生徒にしてもらうにしくはない。

 「とてもよい授業方法だと思った。ただ問題の解説だけをし、それをノートに写すだけという予備校のような授業方法が多い昨今、ノートを取るという作業から解放し、プリント形式にして書き込みながら理解し、そして演習し、それから教科書の問題を解く。こういう流れは作業というよりも学習という授業本来のあり方の一つではないかと思う。」

 「先生の授業は数学の苦手な人、嫌いな人にとっては大いに感激すべきものだったと思う。結局先生はできる人のための授業よりも、できない人のための授業を中心にしてくれていたと思う。とっても面白く役に立つ授業でした。先生の授業がいつまでもできる人よりできない人のためにあってほしいと願っています。」

 「はっきり言って最初はびっくりしました。一番最初の授業が足の水虫の問題から始まったからです。でもこのようなみんなの気を引くような問題文になっていたのでとてもやりやすかったです。1週間に5時間も数学の授業があるなんて、と思ったけれど、授業中に笑いがあったので、とても楽しかったです。」

 「問題の文も楽しくて印象深かったです。あと、問題ではなくて、歴史と言うか読み物的な文章が好きでした。」

 「他のクラスの子の話を聞いたりすると、なぜこうなるのかがわからない(例えばlogとかは解き方はわかるけど一体なんなのか?)という人がよくいるけど、そういうことも、実際日常のことなどをつかって教えてもらったのですんなりと理解できて本当に良かった。」