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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
13. 石原による都政の私物化
 2004年8月27日


 昨日、石原の忠実な下僕の都教委が、白鴎高校付属中学の歴史教科書に、たった5分の委員会で予定通りに、扶桑社版の「新しい歴史教科書を作る(正しくは「捏造する」と読む・・・仁平)会」主導の狂科書(変換ミスではありません。)を採択した。しかし、いまさら驚くにあたら
ない。会議は単なる形式だけの手続きに過ぎない。もう既定の方針なのだ。
 
 同じく昨日、都教委が「ジェンダーフリー」と言う言葉を使用しない方針を決め、都立学校に通知したことも報じられている。

 「君が代日の丸」の強制、「歴史狂科書」の採用、「ジェンダーフリー」をターゲットにした言葉狩り、全部、日ごろ吹聴している石原の持論じゃないか。都教委も教育庁職員も、都民の公僕ではなく、石原のめちゃくちゃイデオロギー(漢字で、虚偽意識とルビを振る。)に拝跪する石原の下僕に成り下がっている。
 都議会も、大勢は、石原に色目を使ってチェック機能をまったく放棄してしまった状況だ。情けない。



 石原のイデオロギーにかかると、同じことの言行が、自分の場合は正しく、他の者の場合は間違いになる。石原の頭の中には論理思考力のかけらもない。

 「ジェンダーフリー」運動の中には行き過ぎでおかしいと思える部分が確かにある。が、その部分の誤りを問題にして、全体を否定するのもよく使われる詭弁の一種だ。
 しかも、小説での差別用語の使用をめぐって「言葉狩りだ、ファッショだ」と喚き立てて非難していた石原が、こんどは自分が「言葉狩り」を平然とやってのける。私が「腐れ文学者」と悪態をつく所以だ。


 8月24日付の朝日新聞の「窓」というコラム欄に、小泉が持ち出した地方への「補助金廃止案」をめぐって紛糾した全国知事会の様子が取り上げられていた。
 どうやら石原は少数派だったようだ。こんな発言をしている。

 「3分の2以上の多数で地方の意思表示になるのか。不合理。不自然。一種のファッショだ」

 自分のファッショぶりは棚に上げて、自分と異なる意見が多数派になると、ファッショだとわめく。

 石原イデオロギーによる都政の私物化はまだまだ続くだろう。私には、いろいろな反動団体と綿密に連携しながら、石原イデオロギーを推し進めるかなり綿密なプログラムがあるように思われる。今度の「言葉狩り」も「狂科書採用」も
その布石の一つに過ぎない。


 たとえば、、教科書の区市町村ごとの広域採択制は石原による改悪ではないが、その改悪の上に決定的な悪巧みを付け加えている。2001年2月に石原の下僕都教委は教科書採択手続きに関して「学校票」廃止の通知を出している。現場教師の意見を封じたことになる。


 当然、現在学校単位で教科書を採択している高校への何らかの締め付けが予想される。何しろ悪知恵ばかりにたけている連中だ。



 いままで学校で決めた採択教科書はそのまま採用決定になっていたので、最終決定の仕組みには関心がなく、知らなかった。


 「平成17年度使用都立中高一貫6年制学校(中学校)用教科書、都立盲・ろう・養護学校(小・中学部)用教科書及び都立高等学校用(都立盲・ろう・養護学校高等部を含む。)教科書の採択結果について」というやたらと長い表題の教育庁の報告書をのぞいて見た。



3 都立高等学校用(都立盲・ろう・養護学校高等部を含む。)教科書の採択

(1) 各学校における教科書の選定

各学校は、都教育委員会の採択に先立ち、校長の権限と責任のもと、以下の手続きに則り教科書の選定を行った。

ア 教科書の専門的な調査研究及び適正な選定を行うため、各学校に校長を委員長とする「教科書選定委員会」を設置した。

イ 校長は新学習指導要領の各科目の目標等を踏まえ、都教育委員会が作成する「高等学校用教科書調査研究資料」を活用し、教科書の調査研究を行った。

ウ 校長は、学校での教科書の調査研究結果及び生徒の実情等を踏まえ、
「高等学校用教科書目録(平成17年度使用)」のうちから、
最も適切な教科書の選定を行った。

エ 校長は、教科書の選定後、所定の様式に具体的な選定理由等を明記し、教育庁指導部に報告を行った。


(2) 採択結果
ア 都教育委員会は、各学校の選定結果を全て適正とみなし、学校ごとに平成17年度使用教科書を採択した。


 行政権力の仕組みだから、当然といえば当然だが、最終決定権は都教委にある。これもまた、いまや都教委の従順な下僕となっている校長
(そうじゃない校長のいることを期待したい)を締め付けるのはたやすい。現場教師の意思をいくらでも無視できる仕組みになっている。都教委のわるだくみにとって今の仕組みで不都合ならば、お得意の一方的な「通達」とやらで変更すればよい。
 杞憂に過ぎなければよいのだが、「教科書検定」のますますの反動化とあいまって、教科書の実質的な国定化が進行するのではないか。

 1948年に、大日本帝国の独断的教育行政の反省から、教育行政の民主化がはかられ、一般の地方行政から独立した、市民から選ばれた代表によって構成された機関として「公選制」の教育委員会が設けられた。
 それが、早くも1956年に、「教育の政治的中立と教育行政の安定を確保し、一般行政と教育行政の調和を図り、国・都道府県・市町村が連携する教育行政制度を確立することを趣旨として」という欺瞞に満ちた
空疎な美辞麗句を掲げた国家権力の策略にまんまんとしてやられ、「任命制」に改悪された。教育委員会は支配者側に取り込まれてしまったのだ。
 それが今、行政権力の下僕に成り下がって、独断的教育行政をほしいままにしている。何が中立だ。

 連綿と意思を受け継ぎ、じっくりと時間をかけて、楔を打ち込んでくる支配者どもの深慮遠謀は侮りがたい。
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