2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。

8. ホームページ開設一週間記念号
 2004年8月22日


 毎日更新する自信がないので、タイトルを「不定期便」として始めました。それでも一週間続けられたのでホッとしているところです。今日は一週間記念日と言うことで一息入れて一杯やることにします。(実は毎日一息入れて飲んでます。)

 私は元来たいへんな怠け者なので、いったん妥協するとズルズルと駄目になっていきがちです。よほどの事情がない限り日刊を続けよう、自分に言い聞かせています。

 そのためにいろいろな刺激がほしいです。刺激の一つとして、「メールの輪」に期待しています。「メールの輪」の中で、私への批判や反論があったり、メール発信者相互の間で議論が起こったりするといいなあと思います。
 また直接「君が代日の丸」に関係ないことでも、職場での出来事(もしあなたが教員なら、校長や教頭の言動や職員会議の様子や生徒たちのことや同僚とのやり取りとか)や本の紹介やデモなどのイベントの情報などを交換できたらと思います。

 いま毎日、私が元気と刺激をもらっているサイトを紹介します。

 今年早々に友人から「澤藤藤一郎の事務局長日記」というサイトを教えてもらいました。以来毎朝、コンピューターを起動すると、まず「事務局長日記」を読むのが私の日課の一つになっています。

 処分で脅し、スパイまがいの監視をつけた「君が代日の丸の強制」などというとんでもないことが行われているのに、ほとんどのマスコミは見て見ぬ振りを決め込んでいます。権力の広報機関に堕して、権力批判をほとんどしなくなっています。産経・読売などは強力に都教委の後押しをしています。
 マスコミを掌中にした権力は暴走します。怖いのです。ナチスや大日本帝国が国を挙げての狂気に邁進してしまったのには、マスコミの力が大きくかかわっています。9.11同時多発テロ後のアメリカがそうでした。

 もうこの国は「大日本帝国」の亡者たちに乗っ取られてしまったのか、と絶望と無力感でヤケッパチな気持ちになっている時に「事務局長日記」に出会いました。味方にこんな素敵な人がいる。まだ諦めるのは早い。絶望している暇などないぞ、と元気付けられました。

 澤藤さん(もちろん一面識もない方ですが、ついこう親しく呼んでしまう。)と、私はとても波長が合っています。朝、新聞に目を通して意識に引っかかった記事があると、食事をしながらカミさんを相手に批判したり、怒ったり、愚痴ったりしていますが、翌日には、ほとんど必ず同じ記事を澤藤さんが「事務局長日記」で取り上げています。カミさん相手の私のしどろもどろの愚説と違い、切れ味鋭く的確に論じていて、してやったりと溜飲が下がります。
 いつ寝ていらしゃるんだろうかと心配なほど、八面六臂の活躍でお忙しい方なのに、「事務局長日記」を毎日欠かさず書いています。頭が下がります。

 是非「お気に入り」に入れて下さい。

「澤藤統一郎の事務局長日記」
http://www.jdla.jp/jim-diary/jimu-d.html
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16. ちょっと寄り道、2題。
 2004年8月30日


(1)
 5月末ごろ、イラクからの自衛隊の撤退と憲法九条の改悪反対を新聞紙上で訴えようと、「市民意見広告運動」からお誘いの葉書を頂いた。ささやかながら一口乗せてもらったが、広告掲載紙が私の取っていない毎日新聞なので、すっかり忘れていた。
 十日ほど前、8月6日に予定通り、全面意見広告を掲載したという報告の葉書が届いた。実に配慮の行き届いた運動団体だと感じ入った。
 その葉書に、報告書と広告コピーを全国配送するための大作業に人手が欲しいとの訴えがあった。全員に配送するとは、私のように該当新聞を取っていないものには、これもとっても行き届いた配慮だと、またまた感じ入った。
 作業日は昨日29日、日曜日で何も予定がなかったので、カミさんと連れ立ってお手伝いに行ってきた。 20坪ほどの狭い事務所に80名ぐらいはいたろうか。雨が降っていて外は涼しいのに、作業所は人いきれで蒸し暑い。人一倍汗っかきの私には汗を流しながらの作業でした。
 参加者はほとんど50から80代で、若い人は事務を取り仕切っている方々だけ(この人たちも勿論、賃金なしの事務員)。若者が多いのではないかと予想していたのだが、見事に裏切られた。「おれの情勢判断は甘いなあ」とつくづく思った。中高年ががんばるほかないようだ。
 いや,これはちょっと早まった判断だ。急いで訂正しよう。若者が主体になっている運動もずいぶんたくさんあることを知って、感動したことがあるじゃないか。それぞれがそれぞれの場で、できることをやればよい。

 この「市民意見広告運動」の推進母体は「市民の意見30の会」と言う。恥ずかしながら、この市民運動の会を私は知らなかった。インターネットで調べたが、1987年から、息の長い活躍をしている。頼もしく信頼できる会であることを知った。



(2)
 繰り返しになるが、もう一度「バカ」の定義。
 噴飯ものの詭弁、権力を笠に着た傲慢な強弁、片頬を歪めてシニカルに冷笑している差別意識。それを恬として恥じない醜く歪んだ自分の心の形にまるで気づかず、自分を偉い人間だと思い込んでいるらしい者を、私は「バカ」と呼ぶ。権力や財力を笠に着た抑圧者を罵倒するのは、被抑圧者の権利であり義務であると、私は思っている。もっとも罵倒しているだけでは何も解決しないけどね。

「三バカ大将」というのは、「超バカ」に贈る称号のようなもので、何人いても「三バカ大将」。これでいいのだ、とバカボンのパパは言っている。
 そこで、石原・小泉・渡辺・三浦・江崎に続いて、6人目の「三バカ大将」の登場。

 一昨日の朝日新聞の1面トップ記事は「小学生 校内暴力1600件」だった。まず、トップ記事にするようなニュースかね、と思った。一面で報ずべき問題が山積してるのはずだ。
 つぎに、バカな政治家や有識者とやらがまたぞろ、ピンとはずれなコメントを出すんだろうなと思った。 今回の有識者コメントは「今回の結果だけで、小学生が凶暴化していると考えるのは早計で、さらに掘り下げて調べる必要がある。」(大学教授・森田洋司)と、ごくまっとうなものだった。他面の関連記事も同様な論旨で冷静なものだった。

 しかし、この記事で思い出したことがあった。

「教育基本法では個人の尊厳が強調されている。日教組の教育とあいまって、個人の尊厳が行き過ぎて教室破壊が起こり、生徒同士が殺し合いをする荒廃した状況になっている。」

 自民党国会議員・平沼赳夫の、小学6年生の少女による同級生殺人事件に対しての発言だ。もし上記の記事について平沼にコメントを求めたら、待ってましたとばかりに、ほとんど同じ発言になることだろう。
 人と人との関係はそれほど単純じゃないが、「個人の尊厳」の思想が遍く行き渡っていけば、人を陥れたり、傷つけたり、殺したりなどの事件が無くなっていくいうのが論理の筋だろう。それに、何が今さら「日教組」なのだ。日教組はもうとっくに、体制の補完物じゃないか。(これには多くの異論が予想されるが、私はそう認識している。)私には「日教組の教育」と言うのがどんな教育なのか、さっぱり分からない。そんなものあるのかね。

 まったく支離滅裂なこんな滅茶苦茶なことを恥も外聞もなく言ってのける破廉恥漢が得意顔にのさばっている。この男、前の経済産業大臣だそうだが、こういう単細胞が政治家の大半を占めている。あきれてあいた口が塞がらない。
 いや、あるいは私たちが考える以上に彼らはずる賢いのかも知れない。支離滅裂は承知の上で、計算ずくで発言しているのかもしれない。ただ単に「教育基本法」をくさすための発言なのだ。お粗末であっても「教育基本法」改悪の正当性の主張なのだろう。お粗末な耳目に入りやすい発言を繰り返しながら、同じく単細胞で権力に従順な草の根保守主義者を取り込んでいく。単細胞権力従順保守主義者にはいまだに「共産党」や「日教組」は脅威で、「共産党」や「日教組」に対する批判を盛り込んだ政治的言説には、無批判に条件反射的に取り込まれるほどに支配者の思想を刷り込まれている。自民党の支持基盤を維持する重要な一要素になっている。
 これも、「銀行型教育」の成果の一つだ。あれ? 本道に戻っちゃった。
77. 米長の憂鬱
2004年10月30日


 実は昨日は、朝日新聞朝刊に報道された宮内庁主催の園遊会の記事を取り上げようと思った。新聞の次に インターネットの「お気に入り」に目を通すのが私の朝の習慣になっているが、私が新聞を読み終わったと きには(これも習慣で私は朝寝坊している)、例によって既に「澤藤統一郎の事務局長日記」が ちゃんとそのことを取り上げていた。

 しかし、私のホームページにもその記事を記録したいので、私なりの視点から取り上げることにする。
 まず記事の取り上げたい部分。

『 天皇陛下は園遊会の席上、東京都教育委員を務める棋士の米長邦雄さん(61)から 「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話しかけ られた際、「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と述べた。
 米長さんは「もうもちろんそう、本当に素晴らしいお言葉をいただき、ありがとうご ざいました」と答えた。』


 石原の腰ぎんちゃくの6バカ都教委の代表として、よくバカさ加減を露呈してくれた。
 米長の発言は、その意図するところを私が翻訳すると、
 「私は陛下の忠実な臣下です。私の仕事は御意に沿ったものと確信いたします。このように 忠勤いたしております。」
となる。おべんちゃらを言って、激励かお褒めの「お言葉」でもいただけると思っていたのか。

 それに対する天皇の発言について、澤藤さんは「天皇が政治的な発言をしたことに ある。国旗国歌問題について、天皇がものを言う資格など全くないのだ。自ら望んだ 会話ではないものの、出過ぎた発言である。」と釘を刺してる。法的にもっともな指摘である。

 しかし私は、天皇の衣を剥ぎ取った明仁という一人の人間としての意見なら、 帝王学で育てられたにも拘らず、ごく常識的な感性の持ち主で、ごく当たり前の常識的な意見を述べており、 なんら問題はないと思う。
 また、明仁を天皇の衣をまとった存在としか見ることができない天皇教の信者たちにとっては、水を浴びせ られるような発言で、バカどもの頭を冷さす効果が少しはあるかもしれないと思っている。

 一方、次のようにも思う。
 明仁は本人の意志に関わらず、社会的には天皇の衣をまとった者としてしか在り得ない。 とすると、「強制になるということではないことが望ましい」という発言は、自発的な日の丸 掲揚・君が代斉唱を期待している意味に取れ、明仁は「君が代」の意味が指し示す当事者なのだから、 まさに厚かましい発言だ。
 強制であろうと自発的であろうと、私は君が代を歌わない。(過去にブギ調君が代を歌ってしまった 前科があるけど)
 いずれにしても、天皇がこの程度の事さえ自由に発言できない境遇にあるとすれば、その人と しての在りようを実に気の毒に思うほかない。けだし、日本不自由・不平等国家の象徴としてふさ わしいと言うべきか。

 天皇の言葉に対する米長の応答がまた振るっている。得意満面で伝えた自分の仕事がやんわりとたし なめられたというところだが、それでも感激をしている。天皇教の信者にとっては、天皇の言葉はどん な言葉でも「本当に素晴らしいお言葉」なってしまうのだろう。あるいは単なるおためごかしか。
 「もうもちろんそう」という天皇の言葉に対する慌てふためいた相槌を、米長がどう始末するのか 見ものだ。あるいは全く意に介していなく、舌を出しているだけかもしれない。

今日は朝から仕事。今朝はさらに寝坊をして、ここまで書いて日課を果たさず 仕事に出かけた。
 仕事を終えて帰り、新聞とメールを覗いたら、この話題について、言いわけ・取り繕い・批判・ 論評の花盛り。
 「反ひのきみネット」MLに、私の感情的な罵詈雑言と違って、冷静できちんとした論理的な論考が一つ あった。それを「メールの輪」で紹介する。
 しかし、私の感情的な罵詈雑言もこの問題の一面を抉っていると思うので、一つだけ追加して、 そのままアップロードすることにした。


「反ひのきみネット」MLに、天皇と米長のやり取りの詳細が報じられていた。

 天皇:教育委員会としては、本当にご苦労様です。
 米長:はい、一生懸命頑張っております。
 天皇:どうですか。
 米長:日本中の学校に国旗を上げて国歌を斉唱させるというのが私の仕事でございます。
 天皇:ああそうですか。
 米長:今頑張っております。
 天皇:やはりあの・・・、その、強制になるということでないことがね
 米長:ああ、もう、もちろんそうです。
 天皇:望ましいと
 米長:ほんとにもう、すばらしいお言葉をいただきましてありがとうございました。
 天皇:どうぞ元気で。
 米長:はい、ありがとうございます。

 天皇のとまどいと、米長の慌て振りがよく伝わってくる。つい噴き出してしまう。 今朝書いたことを訂正する必要はないようだ。


 ところで「園遊会」って、何だ?
 なぜ税金を使ってこんなことをやるのだ?
 もう既に支配階級にどっぷり浸かっている者にとっては大親分へのさらなる服従を確認する仁義の場 だし、一心に支配階級ににじり寄ろうとしている者にとっては親分子分の固めの杯に一歩近づく ための面通しの儀式だ。
 天皇の名において出す叙勲・勲章はさしずめ固めの杯というところか。
80. 米長の欺瞞
2004年11月2日


 「反ひのきみネット」MLでは、天皇の発言についての議論がまだ盛んなに行われている。
 私は米長がどう始末つけるのか、という関心から、米長のホームページを覗いてみた。
 「さわやか日記」というページの10月29日の記録では園遊会での天皇とのやり取りを 次のように書いている。

 『園遊会 投稿者:米長邦雄  投稿日:10月29日(金)16時57分9秒
10月28日は園遊会。雲ひとつない久し振りの日本晴でした。
父親の形見の紋付で出掛けました。
全く思いもよらず、天皇皇后両陛下からお声をかけていただきました。
さすがに緊張します。
将棋のことをお話ししました。
「現役はやめました。将棋盤を挟んで親子が楽しんでいる家族は幸せだと思います。 将棋の普及に務めております。陛下のお正月の昭和天皇と皇太子殿下とご一緒の写真は 大切な我が家の宝でございます」
「あの、もう随分前のことになります」
「教育委員として本当にご苦労さまです」
「はい。一生懸命頑張っております」
しばらくして隣の妻にもお声をかけて下さいました。
「ご苦労は大変なものでしょうね」
妻はその後は全くなにも覚えてはいない由です。
皇后陛下からは日本の文化、特に音楽についてのお話をさせていただきました。
又、養護学校についても心豊かな子どもの教育が大事と教えられました。』


 これで全部。もっとも大事なやり取りには全く触れていない。どうやら知らぬ顔の半兵衛を決め込む ようだ。「さわやか日記」どころか「ずる日記」である。

 米長の記録によると、皇后の「素晴らしいお言葉」は養護学校の教育についてだった。
 皇后は障害者などの施設をよく慰問する。「平和を愛し、お優しい」皇室のイメージ作り の一つであるが、皇后自身がハンディを持った人たちに本当に関心を持っているのかもしれない。
 将棋の米長相手に養護学校の話が出でくるのはいかにも唐突だ。やはり米長が都教委員を務めていること に関連しての話題ではないか。これは勘繰りすぎかもしれないが、都教委の養護学校いじめの 様子も天皇・皇后の関心事で、耳目に入っているのかもしれない。

 10月30日の日記はなく(お出かけのようでした)、次は10月31日の日記。

 『掲示板 投稿者:米長邦雄  投稿日:10月31日(日)14時28分32秒
土曜日に帰京しました。
掲示板への多くの書き込み有難うございます。
読みきれないくらいありました。
感動しました。感激しました。
陛下をご尊敬申し上げている人達のなんと多いことか。
お言葉の深さを本当に肝に汲みいるように受けとめている。
数々の書き込みを拝見して、心がひとつであるという氣が致しました。
胸を打つ書き込みが多く、重ねてお礼申し上げます。

陛下のお言葉には閣僚が相次ぎコメント。文部科学省は「強制ということではなく、 喜んで自発的に掲揚したりするありさまが好ましいということをお述べになったので はないかと考えている」と述べた。
私は都の教育委員として、残されている宿題を二つやりつつ、後任者へバトンタッチし たいと思います。』


 自分が天皇の政治利用という憲法違反をやらかしたという意識は皆無だ。
 米長を感動・感激させた「胸を打つ書き込み」を読みたいものと、「掲示板」の ページで探したが、ない。次いで「放談室」というページを覗いたら、次の記事を発見。

『HP更新 投稿者:米長邦雄  投稿日:10月31日(日)14時29分49秒
たくさんのご意見承りました。
これからHPを更新します。
更新したHPと日記を是非ご覧下さい。私の意見を書かせて頂きました。
この後は園遊会と陛下のお言葉についての意見は堅くお断りいたします。』


 なんと、折角のたくさんの「胸を打つ書き込み」を削除して、もう「胸を打つ書き込み」 はいらないと言っている。遠慮深く慎ましいお方だ。

 そこでまた「ずる日記」に戻った。

『非凡なる教育者と国旗 投稿者:米長邦雄  投稿日:10月31日(日)14時27分47秒
金曜日は富山県上平(かみたいら)村で仕事。これは本日更新のHP「まじめな私」 をお読み下さい。
教育の原点、国旗に対する姿勢についての意見を述べました。』


 忙しいお人だ。引用した3つの文章のアップロード時刻はそれぞれ14:28:32、14:29:49、14:27:47。 相当急いでたのだな。

 私も忙しい。次は「まじめな私」にアクセス。
 かなり長いので「教育の原点、国旗に対する姿勢についての意見」の部分だけを抜書きする。

『教育と国旗
 「米長先生、東京では卒業式に国旗を掲揚しない学校があるんですか」
「富山県では小中学校全校掲揚している筈です。国歌を斉唱しない?えっ、起立しない人がいる?」
「あ、そういえば以前起立しない教師が居ましたが、いつでしたか退職しました」
 帰路は富山市へ立ち寄る。どうも私の話は全くかみ合いません。
 そうか、東京を変えて日本を変える。これが間違いだったのか。心の東京革命は、 先ず首都東京を改革してから全国発信しようという意氣込みなのです。
 文部科学省よりも先に進み、全国へ波及させる。井の中の蛙とはこのことか。日本には 健全の自然と人間が共生している地方があるのをすっかり忘れておりました。驕っておりました。
 東京を変えることは、発信ではなく着信だったのか。東京こそ変らなければならなかったのか。
むしろ東京さえ変れば良いと言い切ってしまおう。
(中略)
 都教委の職務を全うして後任へとつなげてゆきたい。』


 どこに「教育の原点」についての意見ががあるの?お目にかかりたかったのに「非凡なる教育者」 も見つからない。
 どだいこの人にまともな教育論などあろうはずがない。まったく「ふまじめな私」だ。
 ぜんたい、粉飾と慇懃無礼にへりくだった美辞麗句だらけの気持ち悪い文章だ。

 それに、おいおいだいじょうぶかい?
 「東京を変えて日本を変える。心の東京革命は、先ず首都東京を改革してから全国発信しよう」というのは 親分石原が立てた方針でしょう。老婆心ながら、「これが間違いだったのか。」なんて勝手に判断して 親分の逆鱗に触れるよ。

 今回の不始末で詰め腹を切らされるのか、自分からの申し出たのか知らないが、ここへきて
「残されている宿題を二つやりつつ、後任者へバトンタッチ」
「職務を全うして後任へとつなげてゆきたい」
と辞任を示唆するような文が二度も出てくる。ほんとに辞めるとありがたいのだが、まあ後釜も 同じようなバカが座るわけで石原が辞めない限り、同じか。それに、抜け目のない石原のこと、詰め腹 を切らせる場合とこのまま居座らせる場合と、どちらがダメージが大きいか、世論の動向を窺いながら、 思案中だろう。

 直接会ったのか、電話で行なったのか分からないが、米長は石原と少なくとこの苦境をどのように 切り抜けようかぐらいの善後策は講じのだろう。

 今日の朝日新聞朝刊「石原知事発言録」の一節
 「政治家のコメントも出てるようだけど、私は中山君、文部(科学)大臣の言っているのはご く妥当で、ちょっと法務大臣はピントがずれているんじゃないのかね」

 米長が援護射撃と判断して飛びついたのも文部科学大臣の発言。

 なるほど、その線で沈静化をはかろうと言うのかねえ。

 だいぶ長くなったが、石原の詭弁・強弁(上記発言の続き)に一言いわずに済ますわけには 行かない。

『(都教委の方針は)これは強制じゃないんですよ。これは要するに国が決めたことをだね、 公務員としてですね、義務として行うか行わないかの問題であってね。一般的に強制する、 しないの問題とはこれまた違う。そこは今後混同しないでもらいたい。』

 スパイを派遣して監視させ、処分をして、どうして「強制じゃない」などとほざけるのか。 文学者が聞いてあきれる。お前は日本語の破壊者だ。

 おまえが日本国憲法をどんなに憎悪していてもそれはお前の勝手だが、おまえはその憲法の 下で選挙された知事なのだ。その憲法を無視すればその職を失う身分なのだ。
 自らは憲法を認めぬと公言していて、教職員に国が決めて事を行う義務があると、よく言えたもんだ。
 だいたいおまえたちが出した通達は、最高法規の憲法と、国の教育の基本的あり方を決めた 教育基本法との両方に違反している。国民には憲法違反の通達などに服従する義務など全くない。 その通達に屈服させようというのは強制以外の何ものでもない。

 『仮に通達と法律とが矛盾しあうならば、法律に従うべきであり、法律と憲法が矛盾し ている時は、憲法に従うべきであるというのが私の行政官としての判断 である。』(都知事を務め ていたときの美濃部亮吉氏の言葉)

 美濃部亮吉氏の爪のあかでも煎じて飲んでおけ。
88. ザルカウィを探せ、とブッシュがわめく
2004年11月10日


 歴史上最悪の大バカ・ブッシュが当選祝いのようにまた大々的な人殺しを再開した。「平和のために ファルージャの市民を殺せ」と。無辜の民衆の死で購う平和って何だ?

   今回のファルージャ攻撃の名目はザルカウィが率いる武装集団の壊滅とザルカウィの殺害 または拘束だという。この名目は「大量破壊兵器」のときと同じトリックだ。

   バグダート在住のイラクの一女性が書き綴っているサイト「Baghdad Burning」で、彼女は 次のように語っている。

Baghdad Burning

 『イラクではだれもがアブ・ムサブ・ザルカウィがファルージャにいないと知っている。 私たちの知る限り、彼はどこにもいない。彼は大量破壊兵器のようだ―大量破壊兵器を引き渡せ、 さもなくば攻撃するぞ。さて攻撃が行われてみたら、どこにも兵器がなかったことが明らかに なった。ザルカウィに関しても同じことになるだろう。次々と登場する政治家の誰かがザルカウ ィに言及するたびに、私たちは笑っている。彼は大量破壊兵器よりさらに都合がいい。なにし ろ足があるから。ファルージャでの大失敗にけりがついたら、ザルカウィはタイミングよくイ ランやシリア、ひょっとしたら北朝鮮にでも移動することだろう。』

 ファルージャ攻撃の記事の本日夕刊の見出しはこうだ。
 『ザルカウィ幹部拘束失敗か 米司令官「封鎖前に脱出」』