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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
今日の話題3

   続「安倍政権6年間の悪行・愚行」(103)

  またまた長らくのご無沙汰をしてしまいました。
  前回の記事をアップしたのは3月24日でしたから20日ものご無沙汰になってしまいました。原因は迂闊な誤動作によるパソコンの不具合でした。まだ完全に復旧していないのですが、ブログの再開を始めることにしました。

  前回は東京新聞の【本音のコラム】に掲載された論説をいくつか取り上げた記事でしたが、その論説の中の一つが3月24日に掲載された鎌田慧さんの「アベコベ軽薄姑息うそつきカルト首相」の「悪行・愚行」を取り上げた「三つの家族」と題する論説でした。その後3月31日・4月7日と一週間置きに鎌田さんの論説が【本音のコラム】に掲載され続けています。その二つの論説を転載させていただくことにします。

3月31日の【本音のコラム】

検察はもう怖くない

   安倍昭恵首相夫人が名誉校長に就任していた森友学園への国有地超安値払い下げ事件。公文書改竄に関与して自死に追い込まれた財務省近畿財務局職員・赤木俊夫さんの手記について、先週に続けて書きます。

  パソコンに遺された手記に「気が狂うほどの恐怖」など、怖さ、怖い、嘘.虚偽などの言葉が書きつらねられてある。この国有地売却は会計検査院の検査を受けたばかりか市民団体から証拠隠滅で告発されていた。

   妻の話では、赤木さんは「内閣が吹っ飛ぶようなことを命じられた」。「検察に狙われている」と怯えていたという。実際に事情聴取要請の電話がきたあと、恐怖に震え上がり病状悪化。「玄関の外に検察がおる!」と叫ぶほどになっていた。

   一九五四年四月、造船疑獄で佐藤栄作自由党幹事長が東京地検特捜部に逮捕されそうになったが辛うじて、法務大臣の指揮権発動で救われた。
   あるいは、七六年八月、受託収賄などの罪で田中角栄前首相が起訴された。政治悪は検事総長が率先剔抉(てっけつ)するはずなのだ。
    ところが、今回、佐川宣寿元国税庁長官など、誰ひとりとして有印公文書変造罪で起訴されなかった。
  さらに安倍内閣は黒川弘務東京高検検事長が定年になるのに延長ゴリ押しの閣議決定。検事総長に据える。赤木さんが死ぬほど恐怖した検察庁は、張り子の虎にされる。

4月7日の【本音のコラム】

緊急事態宣言の朝

   今日、緊急事態宣言の朝を迎える。東京、大阪など七都府県に限定されたのがせめてもの救いか。
   「伝家の宝刀」などと意気がる自民党議員もいたが、戒厳令など強権拡大、私権制限の暗い歴史に無知な能天気。
   関東大震災での大量虐殺の横行や既に改憲草案に挿入されている緊急事態条項を思えば支持しがたい。

   「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証しとして…必ずや成功させたい」。
   相変わらずの空疎な大言壮語。現在只今の疫病対策よりも、オリンピック開会式での自分の晴れ姿を夢想しているような、ジコ中の首相。

     今やるべきことは、かのトランプ大統領に押しこまれた一機百二十億円以上もするステルスF35の爆買いを撤回して、その資金でこれからまちがいなく路頭に迷う、コロナの犠牲者の生活を救うことであろう。人民を疲弊させて超高価な武器を何のために買うのか。

    いのちの優先順位が秘かに囁かれている。
    一方では買い占めの列。生存と生活が極端な条件下まで押し詰められている。

   この状況のなかで、あらたなモラルもではじめている。
   自分の存在を被害者としてばかりではなく、加害者としても認識する。
   もしも自分が他人に感染させる存在となってしまうなら、それは堪えられないことだ、と自分と見えない他人との関係について考える。
   それが相互扶助の考え方に繋がると思う。

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今日の話題3

   続「安倍政権6年間の悪行・愚行」(102)

  前回記事を更新したのは3月12日でした。その後、12日間もご無沙汰してしまいました。
  このところ、心に留まった新聞記事を取り上げてきたのですが、この12日間心に留まった記事が全くなかったのでした。
  ところが本日(3月24日)、心に留まった記事が2編ありました。それを転載することにします。

  3月10日の記事で東京新聞の【本音のコラム】に掲載された「斎藤美奈子さん・宮古あずさん・鎌田慧さん」のお三方の論説を転載させていただきましたが、本日(3月24日)の「本音のコラム」の鎌田慧さんの「アベコベ軽薄姑息うそつきカルト首相」の「悪行・愚行」を取り上げた「三つの家族」と題する論説にもろ手を挙げて賛同したのでした。それを転載させていただくことにしました。

三つの家族

   コロナウイルス感染に終息の見通しはない。放射能でさえ「アンダーコントロール」と嘯(うそぶ)き、東京五輪誘致の超能力首相も、ついにトランプ発言に追随して延期の弱音。

   季節は巡りてまた桜が咲いたとはいえ、一族郎党、後援会員最優先、国費で桜を見る会も中止。

   さらに追い打ちをかけているのは「最後は下部がしっぽを切られる。なんて世の中だ」との無念を書き残して自死した、近畿財務局職員の遺書。安倍昭恵首相夫人が名誉校長に就任していた「森友学園」問題。
   ベラボーな国有地九割引きの払い下げの事実が露見したあと、首相は「私や妻が関係しているということになれば、間違いなく総理大臣も国会議員も辞めるということをはっきり申し上げておきたい」と大見得を切った。
   この依怙贔屓(えこひいき)の後始末が、財務省の文書の改竄(かいざん)と抹殺。その作業を実際にやらされた近畿財務局の赤木俊夫さん=当時(五四)の死に至る苦悩と恐怖の手記が、「週刊文春」に掲載された。
   《この問題が解決しないのは「(財務省幹部らが)国会等で真実に反する虚偽の答弁を貢いでいることが最大の原因でありますし、この対応に心身ともに痛み苦しんでいます」》

   繊細な良心は苦しみ命を絶った。森友学園の籠池夫妻は詐欺罪で長期勾留、刑事被告人。赤木夫妻は死別。当事者の首相夫妻は今日も首相夫妻のままだ。

   もう一つの記事はコラム欄「筆洗」に掲載された記事です。これは21日に93歳で亡くなられた宮城まり子さん(みやぎ・まりこ=「ねむの木学園」園長、歌手、本名本目真理子=ほんめ・まりこ)さんの死を悼む記事です。
   読んでいて私の目から涙がこぼれそうになりました。この感動を多くの方と共有したく、転載させていただくことにしました。

「やさしくしようね」から逃げなかった強い人

   レコード会社のごみ箱の中に歌詞が捨てられていた。それをたまたま見かけた女性が拾い上げ、読んだところ、かわいそうな戦災孤児の歌だった。
 ▼これをどうしても歌いたい。関係者にかけ合った。ヒットした「ガード下の靴みがき」(一九五五年)である。ごみ箱の曲を拾い育てた人が亡くなった。歌手で女優の宮城まり子さん。九十三歳。誰も気に留めなかった存在に手を差し伸べる。その後の生き方と重なる逸話かもしれぬ。
 ▼父親は生活の苦しいジャズマン。弟さんと二人でたいへんな苦労をして音楽の道に入った。戦後は巡業の日々だったそうだ。
 ▼からだの不自由な子どもたちの養護施設「ねむの木学園」を設立したのは障害者というだけで教育が受けられない当時の現実と自身が子ども時代に経験した悲しみがある。弟さんとこんな約束をしていたそうだ。「泣いている子にやさしくしようね」。それが学園となった。
 ▼当初は俳優の道楽と見られ、苦労の連続だった。汚物の付いた何十枚もの下着を素手で泣きながら洗った。干し終えたとたん、ロープが外れて全部落ちた。「神様、私はうそつきです。やさしくなんかありません」。逃げ出したくなる日もあったという。
 ▼子どもたちにはこう教え続けた。「やさしくね、やさしくね、やさしいことは強いのよ」。「やさしくしようね」から逃げなかった強い人が旅立った。

今日の話題3

   続「安倍政権6年間の悪行・愚行」(101)

辺野古の「軟弱地盤調査」を巡る「安倍政権の悪行・愚行」 (7)

   久しぶりに今日(3月12日)、東京新聞(朝刊〈6面〉)に「辺野古問題」関係の記事が掲載されました。
   今回は、この記事と、3月10日に掲載された「辺野古・高江リポート」を転載します。

【3月12日付朝刊の記事】

辺野古地盤 「軟弱データ 信頼性低い」

有識者 防衛省判断を追認

   沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設を巡り、海面下七十メートルより深い海底にも軟弱地盤があることを示すデータが見つかった問題で、工事の助言をする防衛省の有識者会議「技術検討会」は十一日、「信頼性の低いデータで設計には採用できない」とする同省の判断を追認し、地盤の再調査は必要ないとの判断を示した。防衛省は、有識者のお墨付きを得たとして、設計変更を急ぐ構えだ。
   防衛省によると、この日の技術検討会の会合では、「軟弱」なデータが検出された「B27」地点の調査結果を初めて委員に示した。
   B27地点で業者が計測した強度の実測データについて、委員は「乱れた試料で力学試験にはそぐわない」などと、設計に採用しなかった防衛省の判断を評価。
   同じ地層であるとして最長七百五十メートル離れた別の三地点からB27地点の強度を類推した防衛省のやり方に対しては、「近くから強度を推定することは間違いではない」と支持する意見が出たという。

   B27地点の「軟弱」データを巡っては、立石雅昭・新潟大名誉教授ら地盤や地質の専門家でつくる調査チームが、このまま施工すれば、最悪の場合、護岸が崩壊する恐れがあると分析。「科学的・技術的に審議が不十分」として、今月二日、技術検討会宛てに質問状を出していた。
   技術検討会は、この日の議事録や資料を後日公表することで回答に代えるとしている。

   立石氏は本紙の取材に、政府が技術検討会の会合前日の十日に「地盤の追加調査は必要ない」と閣議決定したことに触れ、
   「閣議決定で有識者会議に縛りをかけたようなもの。有識者の委員も政府の意向に沿って動いている感がぬぐえない。有識者会議に値しない」と批判した。 (中沢誠)


辺野古・高江リポート(2020年3月10日に掲載)

大音量スピーカーで警告

     【3日】
       米軍普天間飛行場の移設に伴う沖縄県名護市辺野古の新基地建設で、沖縄防衛局は辺野古崎周辺の埋め立て作業を進めた。
    同市安和の琉球セメント桟橋や本部町の本部港塩川地区から、埋め立て用土砂が搬出された。
    安和では、工事車両六百四十七台分の土砂を運搬船に積み込んだ。
    午前中は市民十数人が「赤土を運ぶな」などと抗議。
    カヌー十五艇を使った海上行動も展開した。
    塩川では三百四十八台分の土砂を台船に積んだ。
    辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前からは車両九十九台分の資材を搬入した。

 【4日】
    名護市辺野古の新基地建設に反対する市民らは、同市安和の琉球セメント桟橋近くの海岸からカヌーに乗り込み、土砂を運び出す運搬船に抗議した。
    市民によると、船はスピーカーでその場を離れるよう警告、その音量を測ったところ一〇七・八デシベルあったという。
    一〇〇デシベルは電車が通る時のガード下に相当する。
    二週間前のカヌーでの抗議活動後には、耳鳴りや頭痛の症状が出る市民が数人いたとも説明。
    市民は「因果関係は証明できないが、同じ症状を訴える人たちが数人いる」と話し、スピーカー被害を疑っている。

 【5日】
    名護市辺野古の新基地建設で、沖縄防衛局は、埋め立て区域への投入を続けた。
    大浦湾側の「K8」護岸では埋め立て土砂を陸揚げし、ダンプカーに積み替える作業が確認された。
    辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前では、工事関係車両八十八台が三回にわたって資材を搬入した。

 【6日】
    名護市辺野古の新基地建設で、沖縄防衛局は、海上埋め立て工事を継続した。
    辺野古側の埋め立て区域で大型ダンプカーが海上に土砂を投入する様子を確認した。
    市民は同市辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前と同市安和の琉球セメント前、本部長の本部港塩川地区でそれぞれ抗議した。

        (琉球新報の記事を転載しています)
今日の話題3

   続「安倍政権6年間の悪行・愚行」(100)

   前回、最近現政権を鋭く批判している三編の「本音のコラム」の論説を転載することにして、そのうちの二編、鎌田慧さんの「亡国の内閣」と斎藤美奈子さんの「子どもの権利」を転載しました。
   もう一編は、宮古あずさん(看護師)の「専門家会議」という論説です。
   ところで、本日(3月10日)の「本音のコラム」に、鎌田慧さんの「惨事便乗型内閣」と題する論説が掲載されていました。
   今回は、予定していた宮古あずささんの論説と、新たに掲載された鎌田慧さんの論説を転載させていただくことにします。

【3月9日付の宮古あずささんの「本音のコラム」】

専門家会議


   新型コロナウイルヌ感染症対策専門家会議は感染症の専門家十二人で構成され、座長は国立感染症研究所所長の脇田隆字氏である。
   二月二十七日に安倍首相が行った全国一斉休校の要請は、この専門家会議に相談なく行われた。
   安倍首相も自らの政治的判断であると、この事実を認めている。

   一斉休校については、専門家会議のメンバーからも、
     「感染が起きていない地域で同じ対応をとることにどれほどの効果があるかはわからない」
     「根拠についてはもっと議論が必要」 などの問題が指摘されている。

   しかも、このような異論が後から出るのでは遅いのであって、正式な手順として、議論されるべきだった。
   専門家会議は、自分たちに諮られず重大な決定が行われたことについて、正式な抗議をしてほしい。

   免罪符として権力に使われたら、専門家ほど有害なものはない。
   専門家には、専門家としての良心を持ち、必要なときにはきちんと政府の方針にノーと言う。
   それが専門家の矜持ではないか。

   それにしても、科学的根拠なき号令を「政治判断」と胸を張る現政権の幼さには愕然とするばかりである。
   この乗りで緊急事態を宣言され、私権が制限されるのは恐ろしいことだ。

   独善を避けるための手順も踏まず、科学的根拠を軽んじる人間に、これ以上の権力を与えてはならない。
 

【3月10日付の鎌田慧さんの「本音のコラム」】

惨事便乗型内閣

   明日十一日はフクシマ事故から九年。
   十基の原発すべてが廃炉と決まったが収束にはほど遠い。
   被災住民の病死が続き、子どもたちの将来の健康も心配だ。
   避難者の生活再建は難しく、被曝労働者は発病の不安を抱えている。
   それでも政府は原発をやめようとしない。
   事故が起こったにしてもだれも責任を取るなどと考えていないからだ。

   二十日、東京・亀戸中央公園で予定していた「さようなら原発全国集会」と翌日の国際シンポジウム「東京五輪で消されゆく原発事故被害」は、痛恨の想いで中止にした。

   つまりはコロナウイルス拡大のためだが、放射能に無策の安倍内閣に対する抗議集会が、ウイルス防衛に失敗した、首相の「自粛要請」を受けた形で中止になるのは、いかにも悔しい。

   ナオミ・クライン著「ショック・ドクトリン」は、自然災害や戦争のショックに乗じて、大資本と右派政治家とが結託、「復興」や「再建」によって、膨大な利益を恣(ほしいまま)にする例を紹介している。
   翻訳者は言い得て妙というべきか「惨事便乗型資本主義」と訳した。

   水際の防疫に失敗して全校休校の強行。官房長官も文科相もアッと驚く暴政(非正規労働者の死活問題)だった。
   いま、どさくさまぎれに「緊急事態宣言」を伴う法律を強化しようとする。
   憲法改定の重要な柱「緊急事態条項」導入。油断も隙も内閣だ。

今日の話題3

   続「安倍政権6年間の悪行・愚行」(99)

   最近、また「辺野古問題」関係の記事が掲載されなくなりました。しばらく「辺野古問題」から離れることにします。

    東京新聞に何人かの筆者が交互に担当している「本音のコラム」というコラム欄があります。
    私はこのコラム欄が好きでここに掲載された論説を度々利用させて頂いてきました。
    その利用具合を調べてみたら、
    一番古い記事は2006/12/07(木) の記事で、利用させていただいた「本音のコラム」の論説は吉田司(ノンフィクション作家)さんの「琉球独立」と題する論説でした。
    一番最近の記事は2020/01/12(日)の記事で、利用させていただいた「本音のコラム」の論説は三木義一(弁護士)さんの『神童たちの政治』と題する論説でした。
    なんと14年もお世話になっていたのです。その間に利用させていただいた「本音のコラム」の論説は28件になります。

   さて、長々と「本音のコラム」との関りを述べてきましたが、実は、最近続けて現政権を鋭く批判している三編の「本音のコラム」の論説に出会ったからでした。今回はそれを転載させていただくことにします。

【3月3日付の鎌田 慧(ルポライター)さんの「本音のコラム」】

亡国の内閣

    たまたまテレビで、下級生が上級生に手づくりの卒業証書を渡すシーンをみた。今春で廃校の予定だったが、この二日から全国臨時休校。それで、その日、唐突に最後の授業となった。

    何年か前、小学校でミサイル訓練があった。児童たちが教室の机の下に潜らされた。いまではバカげたエピソードのひとつにされているが、危機の宣伝に子どもをダシに使うのはよくない。

   今回の臨時休校も戦車に乗ってポーズをとったり、戦闘機に乗ってご満悦、号令好きの首相が、専門家会議に諮ることなく、大向こうを狙った独善的な決定だった。

    説明なしの決定だったため不満が高まった。
    一月中旬にコロナウイルスが問題になっでから一カ月半、ようやく首相が会見にでてきた。
    が、演題左右に配置された、プロンプターの文字を読み上げるだけの演技だった。

    どの言葉にもひとを思う心がこもっていない。首相としての痛みも方針もない。水際での防疫の失敗への反省もない。

    子どもを抱えた親たちは仕事をどうするのか。子守りや食事やこまごまとした生活への配慮は、まったく見当たらない。
耳についたのは、万全の対策をとる決意。盤石な検査、医療体制の構築。最大限動員など、いつもながらの空疎な大言壮語。
大臣たちも危機を危機として感じず、対策緊急会議をサボっていた亡国ぶり。。

【3月4日付の斎藤美奈子(文芸評論家)さんの「本音のコラム」】

子どもの権利

    安倍晋三首相の鶴の一声で決まった全国一斉休校。
    萩生田光一文科相は「地域や学校の実情」を踏まえた柔軟な対応を示唆したが、大多数の自治体(教育委員会)は首相の要請に従った。

    この措置の意味するところは何だろう。唐突すぎる、学校現場が混乱する、仕事が休めない、学童保育のほうがリスクが高いといった問題も無視できない。
    しかしより重いのは、確たる論拠もなく憲法が保障する「教育を受ける権利」を一時的にであれ政府や自治体が子どもたちから奪った、この事実である。

    新型コロナをめぐる状況はいよいよ戦中めいてきた。高熱でも病院に行かず、品薄のマスクを調達し、外出を控え、会合を自粛する。そのうえ親や教師は「非常時だから我慢して」と子どもたちに命じなければならなくなった。一方で政府は検査態勢を整えず、発生から何週間も専門家を招集せず、会食もやめず、徒(いたずら)に時間を浪費した。専門家会議は「十~三十代」に行動の自制を要請したが、今日、行動半径が広いのは経済的に厳しい若者たちよりむしろ中高年である。無計画な戦いのために前線と銃後に犠牲を強いた戦時みたい。

    国難だから政府や専門家に従うというのは翼賛体制への道である。大丈夫、まだ引き返せる。各自治体は独自の事情に沿った判断で休校をいつまで続けるか再考すべきだろう。

(次回に続きます。)