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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
歴史隠蔽偽造主義者たち(1)

極右政治家たちが関与している極右組織

 歴史を直視できない者たちを捉えている主義主張を「歴史修正主義」を呼ぶことが定着しているが、私はこの呼び方は間違っていると思っている。彼らがやっていることは「修正」ではく「偽造」である。わたくしは「歴史隠蔽偽造主義」と呼ぶことにする。

 歴史隠蔽偽造主義を推し進めている中心にふんぞり返っているのが日本会議である。日本会議についてこれまでに随分いろいろな記事で取り上げてきた。その最初の記事は『天本英世さんの「日本人への遺言」』
の中の三番目の記事『君が代問題について(1)』であった。そこで私は
『「国民・・・」や「日本・・・」という団体は、支配階級の肝いりの団体か、揉み手をしながら支配階級にすり寄る団体と見てまず間違いがない。とても分かりやすくて見まがうことがない。』
と書いていたが、もちろん現在極右政治家を捉えている団体は日本会議だけではない。俵義文さんがホームページに『第3次安倍晋三第3次改造内閣:相変わらずの極右内閣』という分析結果をアップしている。その表を見ていると、いつの間にこんな多数の極右政治家が議員になっていることにビックリした。その表に出てくる極右政治家たちが関与している極右組織を列挙しておこう。

*自民党歴史・検討委員会
*日本会議国会議員懇談会(「日本会議議連」)、 衆参290人(2016.12現在)
*日本の前途と歴史教育を考える議員の会(「教科 書議連」
*神道政治連盟国会議員懇談会(「神道議連」)、 衆参326人(2016.5.30現在)
みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会(「靖国議連」)、衆参362人(2016.5.30現在)
*平和を願い真の国益を考え靖国神社参拝を支持する若手国会議員の会
*創生「日本」、安倍が会長の「戦後レジーム」からの脱却、改憲をめざす超党派議員連盟(大部分は自民党)で事実上の「安倍議連」。2010年2月5日の発足時は75人、安倍政権誕生10か月後の13年10月29日の総会時に190人に。15年11月28日に2年ぶりに開催した研修会で190人の国会議員が加入と発表。
*憲法調査推進議員連盟(超党派の「改憲議連」)
*新憲法制定議員同盟(超党派の「改憲同盟」)
*教育基本法改正促進委員会(自民・民主による超党派議連)
*北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟(「拉致議連」)
*正しい日本を創る会
*中国の抗日記念館から不当な写真の撤去を求める国会議員の会
*映画「南京の真実」賛同者
*米「ワシントンポスト」への「慰安婦」否定の 意見広告に賛同した議員
*アメリカ下院の「慰安婦」決議への抗議文に署名した議員
*米・ニュージャージー州「スターレッジャー」 に「慰安婦」否定の意見広告に賛同した議員
*日教組問題を究明し、教育正常化実現に向け教育現場の実態を把握する議員の会
*親学推進議員連盟。高橋史郎が理事長の親学推進協会と連携して2012年4月に設立
*人格教養教育推進議員連盟。14年6月10日設立の超党派議連。道徳の教科化などを推進。70人。
*文化芸術懇話会。自民党の若手タカ派議員によって15年6月25日の初会合で正式発足。作家の百 田尚樹を講師に招いた同日の会合で、マスコミ をこらしめるには広告料収入をなくせばいい。 文化人が経団連に働き掛けてほしい」「悪影響を与えている番組を発表し、そのスポンサーを 列挙すればいい」などの意見が出て、大きな問題になった。

 さて、今回から歴史隠蔽偽造主義者たちを取り上げることにしたが、まずはじめに「日本会議」を本格的に取り上げることにする。これからいろいろな本のお世話になるが、まずは『週間金曜日1089号』(2016年5月27日刊)の特集記事「日本会議とは何か」を教科書とする。

 この特集記事の冒頭論説は魚住昭さんによる「右派の統一前線としての日本会議」で、これは魚住さんの談話を成澤宗男さんが聞き手としてまとめた論説である。副題として「復古主義だけではない 現実の怖さとは」が付されている。そして論旨を「事務局を牛耳る極右が正体をカムフラージュしている」と題して次のように述べている。

 近年、国内外で日本最大の右派運動団体とされる日本会議が注目されている。「安倍政権の黒幕」、「日本を支配」といった評価も目立つ。だが、誰がその内部を動かしているのか、どのような経過で生まれてきたのかといった点についてはあまり知られてはいない。その実像を追う。

 相当長くなるので、その本文は次回に紹介しよう。
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歴史隠蔽偽造主義者たち(2)

日本会議(1)

 前回の最後に予告したように、今日は前回の続きです。さっそく『週間金曜日1089号』(2106年5月27日刊)の特集記事「日本会議とは何か」の第一論考の本文を掲載する。

 日本会議とは、一口で言えば「右派の統一戦線」です。日本の右翼の伝統は少数精鋭主義で、統一戦線は左派のお家芸だった。その統一戦線戦術を実行したのが、日本会議だというわけです。

 この団体には神社本庁のみならず、仏教系の佛所護念会などさまざまな宗教団体、文化人、財界人などが加わっています。①そういう意昧での「統一戦線」なのですが、核になって事務局を掌握しているのは、日本青年協議(日青協)という小さな団体です。日青協は、かつて活発に政治活助をやっていた右派教団である生長の家の創始者・谷口雅春氏の教えを受け継いだ集団です。

 生長の家がすでに政治から手を引き、日青協は教団と組織的つなかりはありませんが、創始者の教えが生きている。その点では他の新興宗教とは合わない部分も大きいはずなのですが、それを巧みにオブラートで包み、本来自分たが持っているものを隠すのがうまい。実際には極右ですが、表面的にはソフト。だから他の宗教団体なども、日本会議に入ってくる。

 知名度は低いですが、日本会義を動かしているのは日青協の彼らだといっていいと思います。

 彼らが影響を受けた谷口創始者の持論は、「明治憲法の復元」でした。改憲ではありません。改憲というと、現行憲法を認めることになる。現行憲法は制定続きに瑕疵があり、正統性があるのは明治憲法だ。そこに戻らねばならない――という理屈なんですね。

 また、敗戦もなかったと。太平洋戦争に敗れたのは、迷いと島国根性に凝り固まった「偽りの日本」だ。「神洲日本国」は破れたのではない――という理屈です。歴史修正主義の、極端なところまでいっている。そうした「教え」を受け継いでいる集団が、今や権力の近くにいるんです。②


安倍政権を支える有力者

 日青協関係者で存在が大きいのは、会長の椛島有三(かばしま ゆうぞう)、日本政策研究センター代表の伊藤哲夫、そして安倍晋三首相に近い参議院議員の衛藤晟一(えとう せいいち)の各氏です。みな生長の家系の民族派学生運動の関係者でした。

 椛島氏は現在、日本会議の事務総長。伊藤氏は、自民党の右派に影響力を持つ人物です。「戦後50年」の1995年、当時自民党と社会党、新党さきがけの連立与党が「侵略戦争への反省」を盛り込んだ国会決議を採択しようとした動きに対して、自民党を中心とした右派議員が猛烈に反発しました。そうした議員は97年2月、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(2004年に『日本の前途と歴史教育を考える議員の会』と改名)を結成します。

 そのナンバー1が、故・中川昭一、ナンバー2が事務局長の安倍晋三の各議員でした。他に下村博文、萩生田光一、高市早苗ら後に安倍政権を支える極右的な議員が育ちましたが、彼らは現在、「日本会議国会議員懇談会」の有力メンバーとなっています。

 当時、若手と呼ばれた彼らを日青協の方向に組織したのは、伊藤氏でした。高市議員が、「私たちの会にお力添えいただいた」と回顧談を書いています。また衛藤参議院議員は、日青協と国会議員をつなぐ、重要なパイプ役でした。

 そして安倍政権の一番大きな問題が歴史修正主義ですが、日青協の歴史観とオーバーラップしているのです。日本が西欧の列強と伍して帝国主義戦争に参加した時代の「栄光の日本」に戻りたいというのが、日青協ら日本会議の中核メンバーの心理ですが、それに安倍首相や側近の下村、萩生田、高市といった議員の歴史観が近い。

 そのため、日本会議の実態は小さなクループの寄り集まりで、実際に地域で動いている活動家はごくわずかでも、このように現在の極右的な政権と非常に密接なので、巨大な勢力のように見えてしまう。しかも小選挙区制では、少しの票が移動しただけでも勝敗が左右されますから、新興宗教団体を中心にさまざまな団体が加わっている「統一戦線」としての日本会議は、議員心理として頼もしく映ります。それで、「日本会議国会議員懇談会」に加盟した方が有利に思われ、多くの議員が参加する。

軍事大国路線との符合

 このように日本会議は戦術が巧みで、実態以上に自分たちを大きく見せるやり方が非常にうまい。その結果、彼らがあたかも現在の日本を覆い、政治を動かしているかのような誇大イメージが現在、あちらこちらに広まっている。

 問題は、日青協=日本会議的な心理が単なる復古主義ではなく、現実的な基盤があるということ。未来志向というか、「これからの日本がどう生き延びていくのか」という、現実的な必要性の議論と関係しているという点です。

 たとえば第二次安倍政権になって武器輸出を解禁しましたが、武器をより効率的にかつ規模を大きくして生産できるようにし、日本の産業の核として確立する。その技術はあるし、軍需産業は裾野も広い。これが日本の産業力を高める方策としてベストだ――という考え方が生まれています。

 それは、今の国際情勢は戦前と同様に資源や市場をめぐる国家間の争いの時代であり、日本が他の諸国に対抗して列強として生きていくにはやはり自衛隊を強大に仕立て上げなくてはいけない。そのためにはこれまでの専守防衛体制を変え、敵地先制攻撃も辞さない「軍隊」を確立すべきだ――という、軍事大国路線とつながる。しかも、経済大国復活路線でもあるのです。

 当然、日本会議のような戦前を肯定する歴史観は、そうした軍事的な路線と合致する。必ずしも、復古主義と片付けられない現実性があるのです。そこが怖い。

 しかし、安倍首相や日本会議の路線がそう簡単に実現するとも思えません。戦後の70年間、憲法の平和主義は国民の大多数の無意識の深いところに根づいています。一方で、隣国を罵って溜飲を下げ、「日本は素晴らしい」みたいな単純美化の傾向も強まっている。戦前を反省するような歴史観も、じわじわと後退している。今や、両者のせめぎ合いが正念場にさしかかっているといってよいでしょう。

 その意味で今回の参議院選挙は、自公に3分の2以上の議席を与えるのか否かという以上に、このせめぎ合いがどうなるかを占う重要な機会となるでしょう。(談)

 赤字部分①②については特集記事「日本会議とは何か」の第四論考と第三論考がそれぞれその関連論考となっている。次回から第三論考・第四論考の順で取り上げることにする。
歴史隠蔽偽造主義者たち(3)

日本会議(2)

 特集「日本会議とは何か」の第三論考は能川元一(のがわ もとかず 大学非常勤講師)さんによる「幼稚な陰謀論と歴史修正主義」という表題の論考で、「生長の家元信者で、政府の諮問機関委員にもなっている」という高橋史朗の歴史隠蔽偽造主義を厳しく批判している。その論考の前書きで次のように書いている。

「反米」か?
「東京裁判史観」批判の荒唐無稽


 日本会議の代表的な論客の一人、高橋史朗氏。戦後になって戦争を反省したのは、「占領軍の洗脳」のためだという。こんな「理論家」が幅を利かせているのが日本会議なのだ。

 私は『右翼イデオローグの理論レヴェル』
で八木秀次という右翼学者の論考批判を書いている。その中で八木を次のように紹介した。
『この右翼イデオローグは「新しい歴史教科書をつくる会」の会長を務めていたことがあり、いまは「日本教育再生機構」理事長だそうだ。政府の諮問機関「教育再生会議」と紛らわしいが、「日本教育再生機構」は右翼巨大団体「日本会議」傘下の民間組織である。つまりヤギは「日本会議」の教育部門のトップ・イデオローグということになる。』
 つまり、能川さんが取り上げている高橋史朗と同類なのだ。八木秀次の論考は「憲法」についてなのだが、その底流に流れているイデオロギーは高橋史朗と全くと言っていいほど同じなのだ。

 では能川さんの論考を転載しよう。

 「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(以下、WGIPと表記)という用語を、ご存知だろうか。評論家の故・江藤淳氏によって保守・右派論壇に導入されたもので、「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」(江藤『閉された言語空間』文春文庫)を意味するという。

 具体的には、占領期にGHQ(連合国総司令部)が行なった検閲や、NHKラジオ番組「真相はかうだ」に代表される、一連のプロパガンダ事業を指している。現在もこのWGIPについて熱心に語っている右派論壇人の一人が、明星大学の高橋史朗特別教授だ。日本会議の代表的なイデオローグの一人であり、育鵬社の右翼的な中学校用公民・歴史教科書を実質的に支えている一般財団法人「日本教育再生機構」の理事でもある。

 2014年に高橋氏が刊行した『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』(致知出版社)の第3章によれば、WGIP政策を遂行した民間情報教育局(CIE)の主要任務は、日本人の「内部からの自己崩壊」「精神的武装解除」であったとされる。今日の日本が「自虐的にすべて日本が悪かったのだと謝罪をくり返すようになって」いるのは、このWGIPの「成果」だ、というのである。

 東京裁判やその報道、検閲などを通じ、GHQが日本の侵略戦争や戦争犯罪についての認識を当時の日本人に持たせようとしたことは、事実である。有名なところでは、1945年12月15日に出された「神道指令」により、国家と神道が分離され、「大東亜戦争」など国家神道、軍国主義と密接に結びついた用語の公文書での使用が禁じられた。

 また、同時期にCIEは全国紙のすべてに「太平洋戦争史―真実なき軍国日本の崩壊」という記事を掲載させ、同趣旨の内容のラジオ番組「真相はかうだ」をNHKで放送させた。満州事変以降の日本の戦争を侵略戦争とするとともに、責任をもっぱら軍部に負わせるという、東京裁判とも共通する歴史認識を日本国民に提示し、検閲制度とあわせ「太平洋戦争」という用語の定着を図ったのである。

 高橋氏らのWGIP論が史実にそぐわない陰謀論となっているのは、第一に「洗脳」の効果を極度に過大評価し、GHQの占領の終了以降も日本人を呪縛し続けたという、心理学的に無理のある主張をしているからである。

すべてはWGIPのせいか

 前述の『閉された言語空間』に対する一橋大学の吉田裕教授の「アメリカ側の提示した価値観をうけいれるだけの歴史的土壌が日本側にもあったことが、完全に無視されている」(『日本人の戦争観』岩波現代文庫)との批判は、高橋氏の議論にもそのままあてはまる。加害責任の認識より「戦争はもうこりごり」という意識が支配的だったにせよ、アジア・太平洋戦争を批判的に捉える自発的な契機は、日本の庶民の間にもあった。

 WGIP論を陰謀論とする第二の理由は、高橋氏らがWGIPの目的を日本人に「自虐意識を植え付け」ることだと理解している点にある。アメリカ側から見れば「侵略戦争」や「戦争犯罪」は事実に即した認識なのであるから、日本人がそうした認識を持つことが「自虐」であるはずがない。高橋氏らがアジア・太平洋戦争の侵略性を否認し、南京大虐殺に代表される日本軍の戦争犯罪を否認しているからこそ、「侵略戦争だった」「南京大虐殺は事実だった」という認識は、一方的に「自虐意識」だと写るのである。

 この意味でWGIP論は、日本会議や右派の南京大虐殺否定論や日本軍「慰安婦」問題否認論といった個々の歴史修正主義的主張を包括する、メタ理論(注=一理論の、さらに上位の理論)の役割を果たしている。歴史認識に関する右派の攻勢に日本社会がまだ完全に屈するに至っていないことも、また国際社会において日本の右派の歴史認識がほとんど受けいれられないことも、すべてWGIPが原因だとされる。

 高橋氏の最新著『「日本を解体する」戦争プロパガンダの現在』(宝島社)は冒頭、「戦後70年の節目が過ぎた今日も、いまだ戦後の占領政策が日本を支配している」とし、「そこに付け入り、中韓が露骨な反日プロパガンダを仕掛けてきている」とする。つまり、WGIPを起点とする「歴史戦争」が70年間続いている、というのが高橋氏の戦後史認識なのだ。

 何しろ日本の戦争責任を追及する動きをすべてWGIPに根ざした「反日キャンペーン」のせいにしてしまうのだから、高橋氏の歴史認識は主観的には無敵となる。自らの主張が国際社会から(あるいは「左翼」から)否定されればされるほど、WGIPの「呪縛」という決まり文句が、効果を発揮するのである。

対米追随だからできる「反米」

 高橋氏のWGIP論の特徴は、それがアジア・太平洋戦争についての歴史認識のみならず、占領下での改革全般、特に「個人の尊厳」に立脚した家族政策の否定に結びつけられていることだ。「日本国憲法を神聖視し、批判をタブー視する傾向のルーツ」がやはりWGIPにある、というのである(前掲の最新書第5章)。

 日本会議の出版物や公式サイトなどにおいて披瀝されている戦争理解、戦後史認識は、WGIPについての高橋氏の主張こそ前面に出ていないが、その大筋は高橋氏のそれと一致している。アジア・太平洋戦争を侵略戦争だとする戦争理解を「東京裁判史観」と呼び、そこからの脱却を主張したり、教育勅語の否定や「押し付け憲法」が戦後の「教育荒廃=家族破壊」の元凶である――とする点などに、そのことはよく現れている。

 WGIP論に依拠した戦後史理解は、強い「反米」色を帯びている。日本の占領統治を主導したのが米国である以上、必然的なことだ。親米/反米の対立は戦後の保守・右派論壇においてくすぶり続けている火種で、2000年代のはじめに小林よしのり氏らが、親米派を「ポチ・保守」と批判したことで顕在化したこともある。

 だが論壇内でのいさかいならともかく、現実の政治においては、対米追随によって米国の「同盟国」としての地位を確保することが、保守派にとって動かしがたい既定路線となっているのが実情だ。そもそも、大日本帝国の戦争を美化し、その戦争犯罪を否認するような政治団体が公然と存在しているのは、戦後、戦争責任追及が中途半端に終わり、日本が冷戦下で米国の忠実な同盟国として対米追随を選択したから可能だった。日本会議や高橋氏が、米国の許容を逸脱した「反米」路線を追求したら、現在のような影響力はなかっただろう。

 イデオロギー面で日本会議ときわめて近い安倍首相が「侵略の定義は定まっていない」という趣旨の発言をする一方で、正面からアジア・太平洋戦争を「侵略戦争ではなかった」と公言できなかったことも、右派の歴史認識に関する主張の限界を如実に示している。「反米」的歴史認識は、対米従属が可能にしている。右派は、米国が日本の反動的動きを制止するつもりはないのもそのためだと、心得ておかねばならないだろう。

歴史隠蔽偽造主義者たち(4)

日本会議(3)

 特集「日本会議とは何か」の第四論考を紹介する前に予備知識として、最終記事の「日本会議を生んだ右派宗教潮流」という図解記事を転載しておこう。(「生長の家」の右下の欠けている部分の団体名は「生長の家政治連合」です)
右派宗派
 このページの右下に次のような解説があり、日本会議に役員を送っている主な宗教系団体の一覧表がある。これも転載しておこう。

  東京都目黒区内の日本会議の事務所があるマンションの同じフロアに、元生長の家信者が中心になって結成した日本青年協議会(日青協)の事務所がある。
 日本会議のルーツの一つである日本を守る会の事務所は明治神宮内にあり、日青協幹部と生長の家職員、及び神社関係者が運営していた。もう一つのルーツである日本を守る国民会議の前身の、元号法制化実現国民会議も同様だった。
 日青協の椛島有三会長は、日本を守る国民会議の事務局長で、日本会議の事務総長。日本会議の系列組織で、現在改憲運動の前面に立っている美しい日本の憲法をつくる国民の会の事務局長だ。日青協の幹部が、日本会議及びその前身の団体の事務局を担当。日本会議や系列団体の動員は、宗教団体の信者に負っている。
・神社本庁・伊勢神宮・新生佛教教団・念法員教・崇教真光・解脱会・熱田神宮・黒住教・佛所護念会教団・天台宗・比叡山延暦寺・神道政治連盟・靖国神社・オイスカ・インターナショナル・モラロジー研究所・大和教・東京都神社庁・倫理研究所・明治神宮(日本会議のHPの役員名簿より)

 さて、第四論考は成澤宗男さんによるインタビューをまとめた記事である。そのインタビューのお相手は三輪隆裕さんで次のような肩書きの方。
「みわ たかひろ 1948年、愛知県、清州山王宮日吉神社宮司。神職三輪家56代。名古屋大学文学部卒業。至学館大学研究員。」

 この論考の中でも取り上げられているが、昨年の正月にほとんどの神社に「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の改憲署名用紙が置かれていたことを知り、私は「神道って何なのだ」と強い違和感を持った。この問題については第四論考の2ページ目に「信念で改憲運動をやている神道人は一握り」という大きな表題が付されている。三輪さんのこの論考によって現在のほとんどの宮司が神社本庁の言いなりである理由が良く分かったし、三輪さんのような事実に即したしっかりとした論考をしている宮司がいることに安堵の念を強く持った。

 では第四論考を紹介しよう。表題は次のようになっている。 「本当の神道の姿を説く三輪隆裕宮司インタビュー
明治時代の天皇崇拝は神道の長い歴史では特殊

 そして次のような枕記事が置かれている。
『日本会議は、「伝統」こそがあらゆる価値の中心と見なす。改憲も、「現行憲法は日本の伝統に合わない」からと言う。だがその「伝統」とは、神道では異端である明治時代の国家神道なのだ。』

 では本文を読んでみよう(「――」の後の太字部分が成澤さんによる問いかけ)

――日本会議は、「皇室と国民の強い絆」は「千古の昔から変わることはありません」と主張し、これが「伝統」だとしています。日本会議と密接な宗教法人の神社本庁もそうですが、天皇の価値を強調し、「国民統合の中心」に置こうとするのは、「伝統」だから、という論理なのですが。

 いや、それは「伝統」ではありません。江戸時代にはごく一部の知識階級を除き、「京都に天皇様がおられる」ということを庶民が知っていたか、はなはだ疑問です。本来神仕とは地域の平和と繁栄を祈るためのもので、この日吉神社でいえば、江戸時代は氏子の地域と尾張国の繁栄を神様に祈願していました。明治になって、日本という統一国家ができたので、その象徴として「天皇」を据えたのです。

――「天皇のために死んだ」とされる人々だけを祀る靖国神社は、「伝統」でしょうか。

 西欧的な一神教では「神と悪魔」がいて、敵と味方を峻別します。しかし多神教の神道は、もともとそうしたことをしません。特に古代から日本では御霊会が行なわれており、非業の死を遂げた人々の霊を手厚く弔う習慣がありました。しかし、西欧文明を受容し、富国強兵を目指した当時の日本国のために死んだ人びとを神々として祀り、戦死を美徳とする必要があったのです。特に戊辰戦争で戦った幕府方の人々は靖国に祀られていませんが、彼らだって一国のために戦った」と思っていますよ。

――なぜ神道にとって伝統でないものが、「伝統」とされたのですか。

 そのポイントは、明治という時代にあります。江戸時代からの神官たちは、明治になって、社領を政府に取り上げられ、一部を除き、廃業してしまいました。そして神社は、土地も建物も国有化され、宗教から外されたのです。新しく神官となった人々にとっては、明治が最初の時代で、彼らは準国家公務員ですから、明治は栄光の時代でした。だから、明治が出発点となったのです。ところで、薩摩藩と長州藩は幕末に最初「尊王」「攘夷」を唱えましたが、実際に外国と一戦を交えて、とてもかなわないことがわかった。そこで新政府を作り、開国して海外から技術やシステムを取り入れ、国が強大になったらいつか「攘夷」をやろうと思ったのです。そして欧米列強と肩を並べようとしたのが、「大東亜戦争」であったとも言えます。

国家神道は伝統に非ず

――しかし明治時代に強くなったのだから、日本会議のような右派は「栄光の明治」と呼んでいます。

 たまたま日清・日露戦争で勝てただけです。私に言わせれば、明治政府は文化と宗教の破壊者です。彼らは開国した以上、それまで禁教だったキリスト教の布教を認めざるを得ませんでした。一方で、日本がキリスト教国家になると困るので、防波堤になるものを考えた。そこで、神道を宗教から外して、国民の精神を昂揚させるための手段とし、神社から宗教色を抜くために、仏教的な色彩を取り除こうとしたのです。これが文化破壊です。

――明治維新後の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)ですね。

 明治政府が考えた対応策が、「神社は宗教ではない。国家の儀式をつかさどる機関である」という、「国家の宗祀」理論です。宗教ではなく国家の儀礼だから国民に強制でき、同時にキリスト教に対抗できる西欧の「市民宗教」的な機能を神道に持たせようと考えた。そこでは神社は国営化され、建物も敷地も国家のものになりました。神社を管理するのは内務省、宗教を管理するのは文部省と区分された。そして「宗教ではない」からと、神社の宗教行為まで禁止したのです。儀式だけやれと。布教したらダメで、それに代わって国家が国民の教化のために作ったのが、「教育勅語」だったのです。しかしこのように一つの価値観と規律で国民をしばる、などという発想は、多神教の神道にはありません。

――そうすると、国家神道は、神道の歴史ではきわめて特殊だと。

 それが、今の神社本庁には理解できないのですね。戦後、占領軍の「神道指令」で国家神道は解体されました。その後、神社は生き残るために宗教法人・神社本庁として再出発しますが、当時の神道界のリーダーは、ほとんど明治時代に神主になった人だったため、それ以前の本来の神道ではなく、明治政府が作った神道が「伝統」だと思ってしまった。その感覚が、戦後70年経ってもまだ残っているのです。

――だから今日も、過度に「天皇の価値」を強調するのでしょうか。

 天皇は国民を思い、国民は天皇を敬愛し、大切にするという、天皇を頂点とした一種の家族主義的国家観、「国体」観が明治以降、国民の意識に植え付けられましたからね。しかし、家族主義というのは、せいぜい通用するのは家庭内とか友人関係、つまり「顔」の見える範囲の社会です。それを国家のような巨大な社会まで拡大したら、危険ですよ。なぜなら近代の民主主義の前提は、「人間を信用しない」ということです。だから人々が契約を結び、違反したら法で裁かれる。法治社会です。どんなに素晴らしい政治家でも、常に人々にチェックされます。しかし、親子関係は、契約で結ばれていますか。違うでしょう。家族主義を国家まで拡大すると、権威主義や全体主義となります。「良いリーダーの元に素直な人々が結集して良い社会を作る」。これが一番危険です。戦前のファシズム、あるいは共産主義もそうです。カルト宗教なんかも同じです。今のイスラム原理主義もそうです。民族派の人たちが主張するような社会になったら、また昔の全体主義に逆戻りしますよ。

神社の改憲署名に違和感

――そうした「国体」観を破壊した占領軍が作ったのだから、現行憲法は改憲しろ、というのが日本会議と神社本庁です。今年の正月には多くの神社で、日本会議系の「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の改憲署名用紙が置かれていました。

 人々は神社にお参りに来たのであって、改憲署名には違和感を覚えたのではないですか。しかし、ほとんどの神社の宮司は、本庁から書類が来ているのでそのようにしているだけです。

――まったく、意外ですね。

 それが、全体主義の怖さなのです。個々人が自分の頭で考えず、「組織から言われたから」と引きずられる。主体性がない。

――改憲をどう考えていますか。

 時代に合わせて改憲をするのはよいことです。しかし、方向性が問題です。現在の世界で、人類社会の基本的価値として認められている、民主主義、基本的人権、自由で平等な社会、経済の市場システムといったものをより強く育んでいけるような憲法なら変えてもよい。しかし、日本の独自性とか、妙な伝統とかいったものを振りかざして、現代の人類社会が到達した価値を捨ててしまう可能性があるような憲法なら、変えないほうがよい。日本会議の改憲案は世界の共通価値と離れ、時代錯誤の原理主義と権威主義に満ちている。私は、自身のブログで詳細に論じています。

――三輪さんのような考えは、神社界では異端なのですか。

 私自身、右でも左でもないリベラリストだと思っていて、似たような考えの人は他にもいますよ。

 三輪さんのブログを覗いてみた。なかなか良い記事が沢山ある。毎日訪問ブログに加えた。紹介しておこう。 『宮司のブログ』
歴史隠蔽偽造主義者たち(5)

「南京大虐殺」捏造論(1)

 歴史隠蔽偽造主義者たちが躍起になって否定しているのが「南京大虐殺」と「慰安婦」である。現在その先頭に立っていきりたっているのが日本会議にべったりの自民党極右政治家である。

 ところで、『週間金曜日1069号』(2105年12月11日刊)の特集記事が『「南京」と「慰安婦」』だった。ということで、今回からこの特集記事を教科書とする。

 この特集の第一記事は「週間金曜日」の取材班がまとめたもので、その表題と枕は次のようである。
ユネスコ騒動に見る安倍自民党の極右体質 歴史修正主義は日本の外交政策か
中国の「南京大虐殺」関連資料のユネスコ世界記憶遺産登録にケチを付け、一方で「特攻隊の遺書」を登録させようと動いた安倍首相と自民党。今や世界に向かって、「『南京』も『慰安婦』も握造だ」と言いたげだ。このような歴史修正主義者たちが外交を乗っ取ったら、日本は世界の孤児になる。

 では自民党極右派はどのようなケチを付けたのか。

 この10月(2015年)から11月にかけて、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)による南京大虐殺関連資料の世界記憶遺産登録に対し、政府・外務省や自民党、右派メディアから猛烈な抗議が起きた。  菅義偉官房長官は10月12日のBSフジ番組で、登録に対し、拠出金停止もほのめかして「事実をめぐり意見が分かれているのに、一方的に中国側の意向に基づいてユネスコが指定するのはおかしい」と批判。翌13日の記者会見では、「(南京で)非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない」としながら、中国側が主張する30万人の犠牲者数について「政府として具体的な数の断定は困難だ」
と発言した。

 こうした言い分の何が問題なのか。取材班は次のように論じている。

 だが、日中両国政府の協定に基づいた公的研究事業である「日中歴史共同研究」の報告書では、「日本軍による虐殺行為の犠牲者数は、極東国際軍事裁判における判決では20万人以上……、1947年の南京戦犯裁判軍事法廷では30万人以上とされ、中国の見解は後者の判決に依拠している。一方、日本側の研究では20万人を上限として、4万人、2万人など様々な推計がなされている」とある。  すると「虐殺行為」があったのは日中の共通理解である以上、「意見が分かれている」点は中国側の30万人と、日本側の「20万人を上限」とする数字上の違いだろう。差し引き10万人の差が、「拠出金停止」といきり立つまでの日中間の対立問題になるのか。しかもこの南京戦犯裁判軍事法廷は、ポツダム宣言に沿って、連合国の米英やオランダ、オーストラリア等7ヵ国に設置された「通例の戦争犯罪」と「人道に対する罪」を裁くBC級戦犯裁判の一つだ。今になって「30万人」という数を問題にしても、国際的な支持は得られまい。

 続いて取材班は『自民党の本音は「捏造」論』だと指摘している。この「捏造論」加担者には政治家だけなく、高級官僚や学者の風上にも置けない御用学者が次々と登場する。1%(支配階級)の知的レベルの低さには全くただただ呆れるほかない。

 一方、菅官房長官に呼応するように自民党からも抗議が上がったが、同党の外交・経済連携本部国際情報検討委員会や外交部会等が連名で10月14日に決議した文章は、中国が「一方的な主張に基づいて登録申請」したのは「容認できない」というもの。だが本当に問題視しているのは、犠牲者数ではないらしい。同委員会の原田義昭委員長は11月19日に開かれた自民党の会合で、南京大虐殺について「もう一回歴史的な事実を総合的に検討すべきだ」と発言。また、「出席議員からは『南京事件がなかったという意見もある』……などの意見が出た」(「毎日新聞」11月20日朝刊)からだ。

 つまり政府・自民党の抗議の背景には、疑いなく南京大虐殺が「なかった」という本音がある。事実、原田委員長は10月22日に放送されたTBSラジオのインタビュー番組で、南京大虐殺が「間違いなく捏造だと思っています」という趣旨の発言を何度も繰り返している。だが、インタビュアーから外務省も「殺害行為があったことは事実だと認めている」と質問されると、「そりゃなかったとはいいませんよ」としどろもどろになった挙げ句、「捏造」だとする根拠を一切示すことができなかった。

 安倍晋三首相も、2012年2月に名古屋市の河村たかし市長が「南京虐殺はなかった」と発言して大きな問題になった際、「南京の真実国民運動」なる団体が同年の『産経新聞』8月3日付に掲載した市長の「『南京』発言を支持します!」という意見広告で、「呼びかけ人」の筆頭に名を連ねている。

 しかも原田委員長は、自民党の「勉強会」に「『南京大虐殺』の歴史捏造を正す国民会議」(議長、渡部昇一上智大学名誉教授)の「呼びかけ人」の一人・高橋史朗明星大学教授を招いた事実を認めている。この「捏造」論者の高橋教授は、何と外務省のオブザーバーとして、10月初めにアラブ首長国連邦で開催されたユネスコ記憶遺産国際諮問委員会に同行している。

世界に何を「発信」?

 高橋教授自身は日本史の研究者ではないが、『毎日新聞』11月6日付朝刊によると、同諮問委員会に日本政府が提出した中国の登録申請資料に対する「意見書」を作成。内容は、「南京市にいた中国人女性の日記についても『伝聞情報に依拠した記述ばかり』と記述。さらに、事件自体を否定する主張で知られる亜細亜大の東中野修道教授の著書を引用して、中国が提出した写真の撮影時期に疑問を呈し」たという。

 東中野教授といえば、自著で南京大虐殺の生き残り女性の証言を「ニセモノ」と決めけてこの女性から名誉毀損で訴られ、最高裁で敗訴が確定。一審の東京地裁判決では、自著につて「学問研究の成果というに値ない」と断じられ、現在では事実上言論活動の引退に追い込まれた人物だ。その「著書を引用して」中国側に対抗を試みるような人物を登用し、外務省は何を主張したいのだろう。中国が提出した資料には、南京戦犯裁判軍事法廷に関連するものが3点含まれているが、これも否定されるのか。

 前述の自民党外交・経済連携本部国際情報検討委員会は昨年6月、「中国、韓国などの反日宣伝とも思える情報が溢れている(例、慰安婦像、日本海呼称、靖国問題、安重根記念館など)」とし、「国として主権や国益を守り抜く」ため、「積極的に『攻める情報発信』」が必要との「中間とりまとめ」を菅官房長官らに提出している。

 外務省も昨年8月公表の2015年度予算概算要求の重点項目で、筆頭に「日本の『正しい姿』の発信(領土保全、歴史認識を含む)」という「戦略的対外発信」を掲げた。だがこうした「発信」とは、「捏造」論者や名誉毀損敗訴教授を登場させることなのか。

 南京大虐殺が「捏造」なら安倍首相の持論である極東国際軍事裁判の「見直し」につながり、日本軍「慰安婦」が単なる「反日宣伝」なら、この問題で国家責任を認めた1993年の河野談話の撤回に発展する。いくら自民党や外務省でも、世界にそんな「発信」ができるはずもない。だからこそ今回、「一方的」などと中国側に難癖を付け、それを『産経新聞』あたりが「中国や韓国が仕掛ける『歴史戦』をにらみ」(11月20日付)などと煽っているだけなのだ。

 自国の歴史を直視できずにこうした動きを「国益」と自称するのは、米国だけには卑屈を極めてへつらう自民党の体質の産物だ。